ぬいぐるみVS謎の集団


<4>

 魔物がいる地点は安易に分かる。人の流れ行く反対側だ。逃げてくる向こう。
 迷うことなど無いためか、リイムは人の間を縫いつつ、流れを逆行。ひたすらに走っていた。
『ギー! ギッギー!』
「近い!」
 そこまで、どれほども無い。遠くではなかった。
 スカル・パイレーツの声ひとつで、人が大挙して一本の流れに混じる。
 障害などありもしないふうに、リイムは新たに流れようとする人の波を突っ切った。
「お前達の好きにはさせない!」
 威勢良く、前にいたスカル・パイレーツの懐へ入りこむが。
「うわぁっ!!!」
 相手の振るった蛮刀をギリギリでかわす悲鳴。
 受けるつもりだったのだろうが――丸腰で、呆れる。
「そういえば僕、こんな格好だから剣もってないんだった!」
「何をやってるんだか…。投げるぞ、受け取れ!」
 スカッシュは今更気付いたマントも投げ捨てた。一瞬ほどのタイミングを見計らい、リイムの剣を鞘ごと投げる。
「――! 僕の剣!」
 リイムは即座受けとって、斬撃を今度は剣で受け止めた。
「…スカッシュ、一体どこに!?」
 説明が要るのかと嘆息しそうになるが、場合が場合、彼は答えた。
「マントの下だ! 多少持っていても分からないからな。念のため、お前の分も持っていた。――感謝しろよ!」
「ギギーッ!?」
 向かってきた、別のスカル・パイレーツの剣を落とす。
 総じて。相手としては弱いが、とにかく数が多い。手合いを変えつつ、三人では少々難航するかもしれないと、スカッシュは思った。
「うおおおおおおっ!!! お前らの相手は俺達だモー!」
 今日のモーモーの動きは、いつもより俊敏で豪快に思えた。…開放されたせいだろうが。
 拳ひと振りで地に叩きつけ、足が回れば二体は巻き込む。攻撃させる隙すら与えない。それより姿を見ただけで、スカル・パイレーツは引いてしまう。逃げ出す者もいるほどだ。発する気迫が違う。
 モーモーを敵わぬ相手と見たか、スカル・パイレーツはリイムの方に殺到する。思考としては単純だった。リイムは侮られているのだろう、現在の姿のせいで。
「たぁっ! やっ!」
 詰められないよう、下がりつつ防御に徹するリイム。しかし周囲に発生した群れには、いきなりモーモーが突っ込んだ。
「俺が相手してやるモー! かかって来い!」
 スカル・パイレーツが散った。
「ギー…」
 下っ端であるがゆえに、不利と覚るやその後の行動は早い。逃げるか、相手を変えるか。それが出来ないなら――。
「ギーギー! ギギッギー!」
 仲間を呼ぶ声だった。後方から――建物の中から、スカル・パイレーツが新たに次々現れる。
 モーモーも考えが分かったようだ。
「チッ! そうかよ、とにかく数で押そうってのか!」
「モーモー! とりあえず後退しよう。一辺に襲って来られないよう、狭い場所に誘いこむんだ」
「分かったモー…」
 こちらには目線で合図を送り、リイムとモーモーが牽制しつつ後退する。
 その、前に集中していたときだった。何故かタムタムの悲鳴が、進んでいた後方――背中越しに聞こえた。
「え、タムタム!?」
 リイムが振り返ろうとしたが、執拗な繰り出される攻撃にかなわない。
 ――だが、気配で知れる。状況としては挟み込まれた。
 それより起こって疑問なのは。多少退いたとはいえ、ここはそう戻った位置ではない。とすると、タムタムは分かっていて混乱の只中にやってきたのか。
「何をしに来たんだ!? もう逃がし終えたわけじゃないだろう!」
「に、逃げ遅れた人を探しに…」
 スカッシュは歯噛みした。聞いてなおさら歯がゆく思う。こんな連中だと分かっていても。
「こいつらの相手は俺がやるブモー。 貴様らはさっさと町を破壊しろ!」
 ふいに、スカル・パイレーツへ命令を下した声に、モーモーが群がりをなぎ倒しつつ、身体の向きを変えた。
「てめえは…!」
 バイキング船を使い、魔物を率いている隻眼のミノタウロス、ブラック。
 スカル・パイレーツの攻撃が止んでなお、リイムとモーモーが一段と厳しく睨みつけるのは、そのうちにタムタムが囚われているからだ。
「変な奴らが邪魔をしていると聞けば…」
 見渡すようにして、ごく視線を投げてくる。
 どうやら、こちらの存在を知って襲ってきたわけではないらしい。勇者軍の行動が予定外なら、向こうは予想外の遭遇か――。
 リイム達と同様に、スカッシュも顔を歪めざるを得なかった。ブラックは相手に自分がいると分かって、円滑に事を進められるほど賢くは無い。どこかでぼろが出る恐れがある…。
 そんなことを考えているところに、リイムが驚いた声。
「あ…あれ、僕達の軍資金だ!」
「なんだと?」
 思考を中断して返せば、
「ほら、あのブラックってミノタウロスの腰元。…僕が勇者軍って書いた袋だから間違い無いよ」
 言われて気付けば、袋を下げている。確かに『勇者軍のお金』と、でかでか書いてあるのが…。
「奴らに拾われてたのか…。けど、今はタムタムだモー…」
 さすがに人質がいれば、モーモーもむやみに突っ込んだりはしないが。
(まったく…ヘタなことは出来ないな…。さて、どうするか…どうすればいい…)
 聞こえないようにつぶやく。倒されるわけにはいかないし、倒すわけにもいかない。分かったことは、困難はなはだしい事をやってのけなければ、ここにいる意味が無い事。
 スカッシュは毒づきたくもなった。
 心魂からブラックを睨みつけると。何かしろという催促に取ったようだった。
「…どうするブモー? 揃って訳のわからねえ格好しやがって…変装でもしたつもりかブモー!」
「うるさいわよ! この卑怯者! ぶもぶも牛! バカバカ!」
 恐れを知らない娘だが、牛の着ぐるみを着ているので、緊張感はやや欠ける。現実に変わりは無いだけで。
「くっ…」
 スカッシュはまた歯噛みした。所詮時間稼ぎにしかならない。
 焦燥を分かっているはずもない。ブラックは言われたことに呆れかけたようだが、口上を続けた。そこでタムタムが動いたのは、腕を引かれたからだろう。
「減らず口を叩きやがって…。分かってんのか?てめえの立場ってモンが。ガキに構っていなければ、逃げ切れたかもしれねえがな。とんだお荷物だブモー」
「……」
 無言でタムタムはブラックを睨み上げた。
 捕まった状況は大体わかった。逃げ遅れた子供を見つけ、逃がしている間に捕まったのだろう。
「――タムタムを放せ!」
 半歩出たリイムだった。だが、敵にそう言われて放す馬鹿がどこにいるだろうか?
「できねえな! この小娘を返して欲しかったら、クリスタルのカケラを出せ。持ってるはずだブモー!」
(そうきたか…)
 状況からすれば順当な振りだった。人質と交換。交わした条件が守られるかの保証は無い、約束。
 確約ではないが、リイム達なら呑むだろう約束。
 数秒だった。天秤にかけてもいないだろう、思った通り頷いていたリイム。
「…分かった。そうすれば、タムタムは放すんだな?」
「カケラさえ手に入れば、この小娘にも貴様らにも用はないブモー」
「でたらめよ! こんな奴の言うことなんか信用しちゃダメ、リイム!」
 タムタムが即座に張り叫んだ。勇者軍の中でまともに疑いを持つ者はひとりだ。『こんな連中が約束を守るはずが無い』と、完全に否定するのは。
「うるせえ! 人質は人質らしくおとなしくしてろ! 黙りたいのか!」
 ブラックが脅し、強引にタムタムを引っ張る。
 いや、ブラックなら実際、容赦無く手を上げる――。
『やめろ!』
 複数の声が同時。だが、全く同一ではなかった。格別違う高い声音が、違う方向から――反対側から混じっていた。
「やめてよ! おねえちゃんを放してよ!」
 言下、タムタムが蒼白になって身じろぎする。
 普段ならば相当跳ね回っているだろう。負けん気を見せる顔立ちだが、この場ばかりはそれが精一杯だったに違いない。
 小さな身体に似合わず、大声を張り上げたものの、震えていた。泣き出さんばかり表情は、無理もない。
「――! どうして戻ってきたの!? 逃げて!」
 それでも、動こうとはしない。動けない可能性が高いが。
 タムタムが逃がしたはずの子供が、誰も思わないところで戻ってきた。ブラックは目をやると、舌打ちし、払いのけるように片腕を振った。
「チッ、目障りだ! そのガキも捕まえろ!」
 監視役の、近くで待機していたスカル・パイレーツが動いた。
 その流れと同時に、スカッシュは咄嗟に動いていた。
「借りるぞ!」
「…ギ?」
 伸ばした腕に気付き、こちらを向くが――遅い。確かな手応えを掴み、それを放った。
「そらっ!」
「――ギヒイィィィィッ」
 悲鳴を長く発しつつ、スカル・パイレーツの頭がブラックに向かって飛んでいく。頭を失った本体は、追いかけるように走った。
「ブ、ブモ?」
 何が起こったのか理解していない。しかし反射的だろう、頭蓋をキャッチする。側から手を放して。
「今だ! タムタム、その子供と一緒に逃げろ!」
 叫ぶと、タムタムが忘れていたように走り出す。我に返ったブラックだが、追おうとした時、そこで頭を求めるスカル・パイレーツの身体がぶつかった。
「ブモッ!?」
 驚いてスカル・パイレーツを振り払う。
 その時には、タムタムは子供の手を取って走り出した。側のスカル・パイレーツはおろおろし…
「に、逃がすな! とにかく誰でもいいから止めるブモー!」
 ブラックが混乱しきった様子で口走る。周りのスカル・パイレーツは、向きを変える。
「へっ! やってやるぜ! きな!」
「タムタム、僕達が足止めするから早く!」
 スカル・パイレーツの動きに合わせ、リイム達も動く。が、ブラック自身はどうすればいいか、頭の中ではまだ分かっていないようだった。
「くそ…」
 ニ、三歩下がりかけたその前に、スカッシュは飛び出た。
「お前の相手は俺がしてやる」
 目を見張るヒマも与えなかった。刀を振り上げる。鼻先をきわどくはずし、体勢が整えられないブラックの足はもつれた。
「ブモォー!? ス…」
 そこで斬り返す。よろけ、後退する格好になったので当たらなかったが、言葉を呑ませることは十分成功した。間を詰める。
(間違っても俺の名前を呼ぶな…。…いいか、全力でかわせ。向かって来い。さもなくば斬るだけだ)
 囁けば、絶叫かやけっぱちの雄叫びか分からない。
「ブ、ブモォー!!!」
 大振りに拳を振るう。なんのことはない、距離を取るためのものだった。注意しなくても当たらない。
「スカッシュ!」
 背後から、リイムの声だった。加勢しようと思っているのだろうが、スカル・パイレーツの数が多いので出来ないでいる。…好都合だが。
 スカッシュはブラックと向きあったまま返した。
「この前の礼をするだけだ! いいからお前はお前で気を抜くな!」
「――余裕かましやがって!」
 必要以上の大声の後、ブラックが今度は詰める。
 勢いはやや弱いが、リイムとモーモーがスカル・パイレーツと構っている中、よほどヘタをしない限り見抜かれはしない。状態としても、互いに背中を向けている。
(まさか…その、ここにおいでになっていたとは…)
 迫るすがら、そんなことを言った。
(言い訳はいい。とにかく退いてもらうぞ)
 返しざま、刀を横に閃かせた。ブラックはさけると同時、体勢を一気に落すと、そのまま懐に突っ込んできた。
「ブモオォ!」
「おっと!」
 角で跳ね上げられる寸前、身体を投げた――背中に片手を着き、倒立状態で突き放す。本来なら空中で身体を捻っているところだったが、その必要は今ない。地を蹴って飛びあがり、ブラックの身体を乗り越え、背中を向けた体勢で背後へ回った。
「ウオオォッ!」
 ミノタウロスの格闘センスは侮れない。背後に強烈な拳圧を感じるや、身体を翻しつつ切り上げる。
「――ハッ!」
「!」
 腕に掠めた。
 瞬間、互い間を置き、再び向き直る位置となる。ブラックは隻眼の目元を歪めていたが、それでも構えを崩してはいなかった。だが、既に後ろが終わった。それが分かったか、
「ち…役立たずどもが…」
 ごく身体の向きを変えて吐き捨てた。もう、簡単には動けない。
 スカル・パイレーツの集団を倒し終えたリイムとモーモーは、ブラックに向けて構えている。これで、挟み込む形。
「お前達は、何をするつもりなんだ?」
「……」
 リイムの問いかけに、ブラックは嘲笑うように口元を上げただけだった。
「答えるつもりはなさそうだな…」
 スカッシュは言いつつ、様子をつぶさに見る。
 囲まれている割には焦りがない。窮状を脱する手はあるようだった。
 モーモーが上等だと、拳を突きつける。
「とにかく、覚悟するモー! ついでにそこの、俺達の金も返してもらわないとな」
 すると、ブラックがにやりと笑った。モーモーが眉を上げると、
「…こんなもの返してやるブモー!」
「なんだと? ――モー!?」
 まさか、囲んだ有利な状況下で、いきなり無防備に突っ込んでくるとは思わなかったようだ。モーモーの構えが驚きで僅か下がったが、しかし、構え直すのも早かった。
 ところが、ブラックは攻撃するのではなかった。
「欲しければ受け取れ!」
「えっ…」
 リイムの目は、思わず上へ放り投げられた袋へ移った。しかしそれから…そこから溢れるように落ちる輝き、金貨や銀貨に意識を奪われたのは、仕方がなかったのかもしれない。モーモーも。
「どきな!」
「わあっ!」
 ブラックは、立ち尽くすリイムをあっさり突き飛ばして包囲を抜けた。途中振り返ったのが、捨て台詞だった。
「覚えてろブモー!」
 すぐに逃げ去った。追う必要はないので、スカッシュはリイム達の側まで行くと止まった。
「逃げられたな。…俺と同じような手を使ったわけか」
 最後は二人に言ったわけではない。ひとりで納得しただけだった。
 モーモーは振り返った姿で立っており、リイムは突き飛ばされた後、上半身を起こした体勢でぼんやりしていた。
「…おい。リイム、モーモー。まだやることがあるだろう」
 とりあえず促す。リイムは見上げてくると、いきなり慌てだした。
「そうだ! お金拾わないと!」
 悲鳴ののち、這って散らばった貨幣を掻き集めだすリイム。何をやっているんだと言いたげに、
「モーモーもスカッシュも手伝ってよ!」
「…違うだろ! まだ辺りに残党が散らばってるだろうが!」
 思わず荒らげて突っ込む。リイムの飛びあがった反応は、今更としか言えない。
「そうだ! 早く残りの敵をやっつけないと! あ、で、でも…ここをこのままにしておくのも…」
 未練がましい。リイムほどのお人よしが気にするとは、相当王国は余裕がないのか…。
 そんなことを思ううち、モーモーが屈み込んだ。
「俺が拾っておくモー。だから二人は残りの敵を頼むモー」
「大丈夫? モーモー?」
「任せとけって。こういうのは得意だモー」
 何が大丈夫で何が得意なのかと口から出そうになったが、堪える。後はもう、スカッシュは振り払うように、リイムを置いて先に走り出した。
「あ。待ってよスカッシュ!」
 リイムが慌てて追ってきたが、スカッシュはさらに速度を上げた。


 結構倒したはずだと思ったが、それ以上に魔物は町に下り、広がっていた。
 スカッシュと走りながら、リイムは共に、目に付くスカル・パイレーツを倒していた。
 住民はどこかに掛けこんで扉を閉ざしたか、襲われている場面に遭遇することはなかったが、混乱は違う場所でまだまだ続いているようだ。肌でそう感じる。
「あとどれくらいいるんだろう…」
「さあな。だが、そのうち片付くだろうさ。あのミノタウロスは逃げたからな」
 大きな町である。このまま全体を回るのは非常に困難だが、規模があるその分、自警団や派遣された兵士もかなり出ているはず。自分達だけが戦っていることはない。
「とりあえず俺達が、一番残っていそうなこの周辺を抑えればいいんだ。あとは任せても何とかなる。集団でもない限り、そう強くは無いからな…」
「うん…」
 リイムは少し上を見た。しばらく前まで在ったバイキング船の船影はもうそこにない。
 だから魔物が増えることはもうない。が、まだ現に魔物は町に居るのだ。
「タムタム達は上手くやっているかな…」
 心配をこぼすと、同感を表す言葉が返る。
「付近の住民の避難は終えているみたいだが…あいつはそれからまた、歩き回ってるかもな」
 スカッシュが半ば、冗談交じりでもあった。しかし、聞こえてきた悲鳴は、それを裏打ちするものに間違い無かった。思わず彼らは足を止める。
「タムタムの悲鳴だ!」
「…世話ばかりかけさせやがって!」
 二人は即座に悲鳴が聞こえてきた方向へ足を向けた。見える、前方の分かれた右手の角を越えた向こうは、ショーをした広場への一直線。
 その途中だった。
「――リイム! 横だ!」
 声に、リイムがごく一瞬ながらもどかしい思いで振り返ると、スカッシュが目前で刀を振るっていた。
「ぅわぁっ!」
 反射的に離れようと飛び退けば、いきなりスカル・パイレーツが見えていて、しかも倒れていくところ。
「えっ…」
 それを境に、まるで場面が突然切り変わったような気がした。取り巻く気配。付近に――向こうに、家屋の上に、そこかしこに――スカル・パイレーツがぞろぞろ居る。驚きを禁じえない。
「! まだこんなに残っていたのか…!」
 今しがたスカル・パイレーツを切り伏せたスカッシュは、ちらりと視線を送ってきた後、背中を見せた。
「待ち伏せだな…。俺達が悲鳴を聞いて、そっちに向かうと思っての目算か。まったく…あいつが動くと、何もかも裏目にでるんじゃないか?」
 そんな事を今言ってのけた彼だが、雰囲気に余裕は見えない。半歩出て、軽く刀を振った。
「…二人で相手をするわけにはいかないな。ここは俺が引き受ける」
「スカッシュ! でも数が…」
 リイムは自身も出ながら返そうとしたが、一瞬だけ、再び視線を見せたスカッシュに言葉を呑む。
 背中を向けたまま、早口に彼は、
「他に手がないだろう。それとも、仲良く一緒に戦いたいのか?」
「…」
「少しでも迷うヒマがあるなら、いけ! 遅くなっても知らないからな」
 考えさせる間もなく、彼は邪魔だと言わんばかりに手を振った。リイムはその時点で何も考えず、向きを変えて駆け出した。
 飛び出してきたスカル・パイレーツを一刀で倒し、勢いを増して突き抜けた。

 追ってくる気配は無かった。その事に対し考えは過ぎったが、今全力で走り、次々と流れる中では、深く考えることもできなかった。がむしゃらに今は走っている。
 角を曲がる。
「――タムタム!」
 声が飛び出た後、肩越しに振り返る彼女が見えた。
「――リイム!」
 返事が返った彼女の側には、孫を連れてきたらしい老夫婦だろうか?老人二人と小さな子供の三人が身を寄せ合い、居た。
 そして、その外周に入たのが、スカル・パイレーツ達。数にして、十。舞台の上には、船長の姿をしたスケルトン、スカル・チーフ。
 完全に囲まれている上、立ち塞がるように――見下ろすように構えたスカル・チーフの態度から、彼女達も待ち伏せを受けたのだろう。あわや襲われる寸前だったようだが、駆けつけたおかげで一時的に阻まれた。視線は全てこちらを向いていた。
 リイムがある程度の距離で立ち止まると、さすがに警戒の色を見せる。舞台上からは、鼻に掛けた声がかけられた。
「なんだ…せっかくの獲物をこれからいたぶってやろうと思ったのだが、邪魔をする気か?」
 スカル・チーフ。
「邪魔立てしないなら、お前は見逃してやるぞ? どうだ、いい提案だろう?」
 にやにやした嘲りに、自信。尻尾を巻いて逃げるのを期待している。
 それに真っ先に噛み付いたのは、タムタムだった。
「あなた達って、頭の中が干上がってるから分からないようね? リイムは強いんだから!」
「こ、こんのクソアマ〜!!!」
 スカル・チーフはあっさり逆上して、得物のレイピアをぶんぶん振った。それから、片方の、先端がフックとなった腕をタムタムに向けた。
「ギー! 変な格好してるくせに、小生意気でむかつくやつめ! ブルブル震えてりゃあ、いいものを!」
「変な格好は余計よ! 大体、生意気なことと、どういう関係があるのよ!」
 タムタムが突っ込むと、地団駄を踏む。
「うるさいうるさいうるさいぞ! おう、てめえら! もう遠慮はいらねえ、思いっきり痛めつけてやれ!」
 と、身も蓋もない号令に、手下のスカル・パイレーツ達は文句も言わず動き出した。
「させない――!?」
 リイムはすかさず飛び出そうとした。が、後方から殺気を感じて横に跳んだ。
 直後、先ほど居た場所へ剣が斜めに突き刺さっていた。
「ハ・ズ・レ〜!」
 振り返る――上からだった。
「ギイー!!!」
 屋根の上には、はしゃぐ者と、悔しがるスカル・パイレーツがいた。伏せっていたのか。
「ギャハハ! 俺様はちゃんとこの頭で考えてるんだぞ! まだまだ序の口! よ〜く見ろよ小娘! ――野郎ども、みんな出て来い!」
 スカル・チーフの馬鹿笑いが聞こえると、周囲の影になっている場所からは、また新手のスカル・パイレーツが現れた。
「そんな…」
 一体どれだけの敵が町に降り立ったのか。先ほどにしろ、減っているのか。
 リイムは歯を食いしばった。
「驚いてるか!? わめけ、わめけ! そら、びびれ! なにせ俺様たちゃぁ、質より量だからな!」
 舞台上では、得意げなスカル・チーフだったが、
「ギー…。自慢にないってないっス」
「うるさいっ! 下っ端風情はギ〜って、いってりゃいいんだっ! おら、ぼさっとすんなよ!? 小僧も小娘もジジイもババアもガキも…みんなボコボコにやっちまえ!!!」
 側のスカル・パイレーツを怒鳴りつけると、スカル・チーフはレイピアを振った。
 命令されるまま――見る間に敵が殺到してくる。リイムは前進を阻まれた状態で叫んだ。
「やめろー!!!」
 タムタム達にも自分と同様に敵が群がっていった。駆けつけることはできない。届かない剣は彼女達を守れない。
 だから叫んでいた。スカル・パイレーツ達の集まった叫びに、呑まれてしまったが。
「ギヒィィィ〜〜〜ッ!!!」
「ぶギャふっ!!!」
「タムタムー!!! …って? ぶぎゃふ?」
 リイムはまたも叫んでいたが、何かがおかしいことに気付いてしまった。悲鳴が間違っても、彼女達の物ではなかったから。
 それは、スカル・パイレーツ達も思ったようだった。
「……」
 何故か舞台上では、スカル・チーフが、スカル・パイレーツと一緒に倒れている。見るところ、スカル・パイレーツがどういうわけか…かなりの勢いでぶつかったようだが。
「――ぬいぐるみ、すご〜い!」
 静まっていた場に何故か歓声。震えて抱き着いていた女の子の発言だった。抱きつかれていた側のタムタムは、片手を高く突き上げていた。
「タムタム…?」
 呆然としてつぶやけば、彼女はゆっくり手を下ろすと、こちらに言った。
「リイム…。私…戦えるわ! 今、分かったの!」
 そして振り向いた。みなぎる意志が溢れる顔だった。
「任せて! こんな奴らに負けないから!」
 タムタムはそれから、状況が理解できず、止まっていたスカル・パイレーツへ向かった。拳の一突きで、
「――ギィィィィーーーー!!!!!」
 確認できたときは、既に50メートル以上先に吹っ飛んでいると思われた。
「おい、リイム!」
 知った声。後ろからの呼びかけには、ただ振り返る。
「あ…早かったね…スカッシュ」
「何だ、その緊張感の無い返答は? 大体、敵に囲まれて…お前は一体何をやってたんだ? こんな全く歯ごたえのないやつらに…」
 下を視線で見やった彼。苛立たしげなスカッシュは、どうやら側で一緒に一点を見ていたスカル・パイレーツを、来るなり倒してくれたらしい。
 リイムは納得する。
「そっか、それでさっきのは見てなかったんだ…」
「さっきの?」
「ほら、ちょうど来るよ」
 横を向いて、その場から退く。
「ギギギィィィ〜〜〜〜!!!」
「――うわっ!?」
 スカッシュが悲鳴の方向に顔を動かしざま、驚いて飛び退く。
 ぶわっと。ちょうど彼らの間を通って、スカル・パイレーツが飛んでいったのだった。
「…な」
 見てしまったスカッシュの口が開く。すぐに飛んできた方向を追ったから。
「まさか…ここまで…だと…?」
 覚りながら、否定的な響きを口にしたいような。タムタムが次の敵を蹴り上げて、家屋の向こうへ軽くふっ飛ばしたところを見ていながら。
「…凄いね。モーモーより膂力があるかも…」
「……」
 答えは返らなかったが、それでは肯定に他ならない。
 無駄の無い軽快な動きと、大砲の如き威力を持った攻撃。完全な事実を目の当たりにし、そしてその力に、全く驚くばかりだが…リイムは心底凄いとも思った。
 一体どんな仕組みになっているか、だ。
「あの着ぐるみ、一体どうなってるんだろ…」
「…は?」
 つぶやくと、スカッシュが、横でいきなり間の抜けたと思われる顔をした。一瞬後には眉根を寄せて、
「さっき、なんて言ったんだ…?」
「え? あのタムタムが着ている着ぐるみって、どうなってるんだろうって」
「……」
 何故かスカッシュは絶句した。部品が外れでもしたような顔だった。何か見てくる眼差しも露骨。だが、何か押しやったのか?そんな風に詰め寄ってきた。
「お前…あのモーモーそっくりな着ぐるみに、どこか仕掛けがあるとでも…!?」
 その時には、タムタムの右ストレートが突き刺さり、翻ったところで、見事な三段蹴りが確実にヒットするところだった。
 見ながらリイムは答えた。確かに外見上には、着ぐるみというそれ以外の変哲は無い。
「見た目はただの着ぐるみだよね…。何か魔法的な施しがあるのかもしれないよ」
「――本気でそう思っているのか!? いや、そんな事あるわけないだろう! ただの着ぐるみ以外にどう見える!? どう考えてみても、あれは中身が…」
 問答無用に捲くし立てる語勢だったが、急に衰えて止まる。以降、苦悩が見えた気もした。
 そんな彼がつまり何を言いたいのかは、何となく分かった。
「…だって、タムタムは僧侶だよ?」
「それが当然と、理由になるのか…? いや、いい…。もう聞くつもりは無い……聞きたくない…」
 スカッシュは一方的、半ばひとりごちて、顔を逸らした。
 そんな最中でも、戦いは続いている。思わず目をやってしまうリイム。
「うわっ、タムタムが闘気を放ったよ!? 僕だってマスターするのに数年もかかったのに…!」
「……」
「凄い脚力だよ…! さっき、16メートルは跳んだよ、タムタム!」
「くっ……やめろリイム! 口にするなっ…!」
 振り返って、スカッシュは怒鳴ったつもりだったのだろうが、見るからに威勢がないのは明らかだった。
「どうしたんだい、スカッシュ? 何だか顔色悪いよ…?」
「…。そう思うなら何も言うな、もう黙っててくれ…」
 彼の面がぐったり下がったのと、タムタムが最後のスカル・パイレーツを派手に舞台上に叩きこんだのは、大体同時だったと思う。


 年数はそれなりに経過しており、全体的に黒ずみを感じる室内は、ランプの明かりを乏しくさせてしまう。
 お得感の高い四人部屋。その設定にしては一回り狭い内部だが、歩けないほど窮屈なわけでもなく、多少目障りだと思うものは、大き目のテーブルぐらいだった。
 ここは、昨日も彼らが休んだ部屋。都合により、もう一泊すると伝えたから、泊まらないわけにはいかない――と言うよりは、へとへとになった身でキャンセル料を払う選択は、さすがに馬鹿だろうと思われた。だから彼らは自然と成り行きのまま、ここにいる。
 町の混乱が大体収まったのは、日も落ちた夕刻頃だった。現在は星の瞬く夜に入っており、皆、ドアを固く閉ざしていることだろう。明かりの漏れは少なく、窓もカーテンで塞いでいる。夜の訪問は始まった程度だが、既に街中は深夜の底のような静けさだった。
 そして、彼らの部屋もまた、静かである。硬貨を積み上げる時の金属音が、微かに鳴るぐらい。それは、二人の集中している度合いとも言えた。
 モーモーとリイムがテーブルで軍資金を数えており、スカッシュはベッドでぼうっと仰向けになっていた。とらおとこ、アルマジロン、ラビットマンの三人は、既に同じベッドでへたり込み、半分寝ているようなもので動きはない。
「これで十と…」
「十、二十…三十…」
 硬貨の積み上げが終わり、リイム達は数を数え始めた。何度も確認のため数えていたが、やがてリイムが長い吐息。
「三十五…。三十六、三十七…。モーモー…やっぱり、銀貨が一枚足りないよ…」
「おかしいな。隅々まで探したんだけどなぁ…。あんだけばら撒かれたから、誰か拾っちまったのかも…」
 と、深刻そうな顔が二つ。そこで、やにわにスカッシュが身を起こして、側に落ちている袋を取った。
 二人が見る前で、彼は無言、袋の中に手を入れた。そして出したときには、何かを指で弾いて放る。
「わっ…と」
 明かりを反射し輝くものを、リイムが慌ててキャッチした。指を開くと、
「あれ…これって金貨だ…。モーモー……拾いすぎ」
「べ、別にネコババしたわけじゃないモー!」
 やはり困った顔に変わりは無く。
 スカッシュは見るのも、言葉を発するのも億劫そうだったが。
「手間賃とでも思っておけばいいだろう…。働いた分も全く受け取ってないしな…」
 彼は再びベッドに倒れ込む。愛想尽かしなのか、二人を見ずに目を閉じて言った。
「それは……だって、軍資金も見つかったんだし…」
「まあ、貰わなくたって困らなかったしなぁ。それに…」
 モーモーがつぶやいている途中、スカッシュは彼らに背を向けて横になった。
「分かってるさ。勇者軍だってばれたことだしな。体面上、受け取れるわけがない。それより……あのいい訳が、よくも通ったと感心するぜ。…思わないか?」
 彼は再び身を起こした。リイムは相槌を打つ。
「際どかったのは確かだね…。演じる事も、渋ってから承諾したんだし…」
 混乱が収まりかけ、動いていた彼らの正体が、勇者軍だと周りに気付かれたときだ。咄嗟にいいわけを述べたのはタムタムで、
『魔物が、もしかすると町を襲うかもしれないとの情報を得たので、待ち構えていたんですっ。えと、イベントショーに出ていたのは、つまり、変装が目的だったんですよ。ほら、こんな格好なら敵の油断を誘えると思って!』
と、衆目の前で堂々たるものである。
 しかし、それで特に追求もせず、なるほど、そうだったのかと納得してくれるものだから、勇者軍という名は使えるといえばよいか…。
 そして、そいういう身であり、訳だからと、商工業ギルドからの報酬を断った代わりは――
「みんな、できたわ!」
 いきなりドアを開け入って来たのは、向かいのひとり部屋のタムタムだった。
「おい、ノックぐらい…」
 スカッシュが振り向いて言おうとしたが、彼女の姿を見るなり、動きも言葉も止まった。
 既に…。
「上手く出来たでしょ?」
 言うタムタムは、昼着ていたぬいぐるみそっくりの着ぐるみを着ていた。だからスカッシュだけではなく、リイムもモーモーも、目線はくぎ付けになったものの、とてもすぐには言葉が無かった。
「教えてもらった通りに作ったから、これで私も戦えるわよ」
 彼女は夕食の時間すら惜しんで、部屋にこもっていた。その理由が、今着ているぬいぐるみ。
 ショーのアルバイト代を受け取らなかった代わりに、ぬいぐるみの着ぐるみの作り方をタムタムは教えてもらったのだった。余っているからと材料を分けてもらった後、ひとりチクチクと縫っていたのだが。
 それが先ほど完成…。さらに、わざわざ着て、彼らに見せに来た。
「お前…」
 ようやく言葉を出したスカッシュだが、まるで嫌なものでも見る眼差しの彼を、タムタムは睨んだ。
「何よ? 言いたいことがあるなら普段みたいに言ったら?」
「それを着たら、強くなれるとでも思っているのか……」
 不審な目に、タムタムは呆れ顔すらして見せた。何を言っている?その瞳だ。
「だって、これを着たら実際戦えたのよ?」
「……」
 彼はしばらく黙ったが、じっと見た後、まだ口を開いた。
「恥ずかしいとか、思わないのか…。最初は嫌がっていただろう…」
「それは思うけど…。これでみんなの力になれるんならね…まあ」
 タムタムはぬいぐるみの姿のままで、仕方が無いといった感じにため息を吐いた。しかし、まんざらでもないような気もする。
「とにかく。これで私も十分加勢できるから、今まで以上にがんばるわね!」
 笑顔を見せた彼女に、リイムは…無理に笑ったのが明らか。
「う、うん…期待してるよ。だってその姿のタムタム、僕よりつよ…」
「――リイム!」
 強くそれ以上をスカッシュが制した。ほんの名前を呼んだだけなのに、乱れた感すらある。
 タムタムが何よ?と険悪な視線を送れば、スカッシュはさっさと戻れと、邪険と思うほど露骨な態度で背を向けた。
 彼女はむすっとしたが、リイムとモーモーにはおやすみを告げると、ドアをバタン!と閉めた。
 そして、
「……。さっきので蝶番が曲がったモー」
 モーモーが認める。最初より傾き加減のドアの隙間から、薄ら寒い風が入った気もする。
 リイムはまともに思考が出来なかったが、とにかく疲れが身に染み込んでいた。
「…弁償は明日にしようよ…とりあえず。今日は…」
「寝るぞ…俺はもう寝る…。文句ないな…?」
 スカッシュは一方的にベッドへ沈んだが、リイムもモーモーも、異論などあるはずがなかった。
「うん…。僕達も…もう寝よっか、モーモー…」
「…そうだな」
 二人とも椅子から立つ。リイムがテーブル上のお金を袋に入れて、モーモーは鍵を掛けにドアまで行った。
「…やっぱ、鍵がかからねえな。ま…大丈夫だろ」
 さっさと諦めて戻ってくる。彼もまた、あとは寝台に潜り込んだ。
「おやすみ、モーモー…」
 最後のリイムはランプの火を消し、軍資金入れの袋の口を縛ると、それを持ってベッドに腰掛けた。
「みんな、お疲れさま…」
 何となくつぶやいて、横たわる。後はもう考えることは一切止めて、ただ目を閉じた。
『えいっ! やあっ! モー!』
 室内が完全に静寂となると、向かいからであろう声が届いた。
 明日の朝、さわやかに起きてくる彼女が脳裏に映った気がしたが、彼の意識はそれをさっさと暗くした…。


 
おわり

 
<ぼやきが多いかも>

おわり〜です。…まあその、ぬいぐるみ誕生劇みたいな?あはは…。
最初に考えたときより、ちょっとだけ発言を抑えてある…あります。前はリイムが「どうやったら量産できるんだろう?」とかまじめこいて言ってましたから(苦笑)
大体どのあたりかは考えていないです。こんなのそこまで考えません。でもスカッシュが入った以降なのは確かですね(苦笑)。実際は抜けるまでにぬいぐるになる事は…普通に進めるとないでしょうが。
しかしスカル・パイレーツばっかりとか突っ込まないでください。頭を転がして攻撃しないのは、単に表現としていまいちだからです。それに、剣もってるのグラフィックあるのに、使ってないのもかわいそうですし、ゲーム中で(苦笑)
さて、今回一番悲惨だったのはだれでしょう…やっぱり彼かなぁ。モーモーもいいせんいってたんですが(?)
最後に。お粗末でした…げほげほ。



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