お膳立てトラップス
<2>
タムタムの『お見合い』は正午からだが、今日は特別に丸一日休みを貰ってある。流石に慌てて向かうのも良くないし、まして遅れたらとてもではないが笑えない。本日までの間、迫るこの日のために意識して心を備えてきたつもりだが、それでもいよいよ来てしまった当日にも、やはり決意というものが必要だった。そのための少しの時間だった。
「……ふぅ」
タムタムは、ライナーク王城の城下にある自宅を出る。
もう当日はお見合いを済ますだけの事を考え、余計な感情を挟まないように、昨夜から城を離れ自宅へ戻ってきていた。知った相手――みんなと、リイムと顔をあわせるのは、きっと良くないと思っていたから。
あの精霊には、行く前に会った方が効果的だか釣れるだかなんだかだと、昨日しつこく言われたが。
「……」
考える事など全くないと思ったのだが、どうにもその時を思い出してしまって、タムタムは自らを見下ろした。
まず、服装はそのまま。全くどこも変えていない、いつも通りの実用的な法衣だ。魔導を扱う者が大抵身に纏う、ちょっとした術式が織り込まれた魔力を秘める衣。
なんとなく、タムタムは自らのその服に触ってみて、溜息をついたりする。
「いつもと同じ、か……」
悩む前に、これが自分にとっては礼装のようなものだった。むしろ宮廷僧侶という職業上、いつも自分は私服というものを着ていない。これから向かうのは遊びの場ではないのだから、逆に数少ない私服を着て行くわけにもいかず、かといって、まず着用しない特別な正装を出すほどのものではない。こうなれば、落ち着くべきは普段の格好である。
自分で実に納得する。が、なんとなく侘しい気分にもなったものだ。
(そう…いつも、こんな格好じゃあね……)
その気にさせるには、当日行く前に会って、ドレス姿で潤んで見せれば完璧!などと無茶な事を薦めてきたミラクルの話はともかく。
確かにリイムだって、いつも同じような格好を見ているのだから、気になるはずもないか、と。
(まあ、私がドレスなんか着たらある意味、ビックリして見てくれるかも……)
似合う、似合わないは別として。持っていないのも別として。
そして、タムタムがドレスという衣装で最も思い浮かべる人物と言えば、ライム姫だった。何着も持っているだろう。リイムに何度も助け出された、ライナーク王国の麗しき姫君。同姓のタムタムから見ても、飛び切りの美人だ。
そんな彼女もまた、彼の事を強く意識しているのは……気づける。
「もし、一緒に並べられたりしたら、困っちゃうわね……」
いつのまにか口でそうつぶやきつつも、タムタムは自らの頭の中で自らを描き、ライム姫を描き……頭をぶるぶる振った。
「あぁ、やっぱり無理! ドレスなんて着て、とても歩けないわ。……そうよ。大体、目立っちゃうし、はずかしいし、またどんな噂が広まるものか分からないし……!」
言ってみて我ながら、溜息もでる理由。
巻き込んだ当人の配慮なのだが、一応注目を浴びないようにと、見合いの場所は王城から小一時間ほど離れた村で行うことに決まっていた。向こうは他国の人間で知られていないからいいが、タムタムはそれなりに有名人であるから、城下で行えばまたどんなことになるか、想像に難くない。
しかしタムタムには、ドレスを着られないことに決め付けた、理屈という安堵に嫌悪が広がるだけだった。
「だめ、だめ……。考えないようにしないと。今は今日のことに集中して、無事に終えなくちゃ……」
結局、考えないようにと調整、整理していたつもりなのに、やはり無理だった。
いや、本当はそうすることによって、日々増していく思いを抑えるつもりだった。
リイムはあの日以降、彼女のお見合いの話しに触れてくる事はなかった。接し方も、変わらないと思った。自分や城内の噂は、この日が近づくほど落ち着きがなくなっていったのに。
リイムの事ばかり意識してしまったのに。
だから今日は、会わないようにした。会ってしまえば本当にどんな顔をしてしまうか分からない。ミラクルの言うように、涙ぐらい出してしまうかもしれない。
「……。もう行かなくちゃ……ね。落ち着かないと」
そのつもりはなくとも、顔に出てしまうかもしれない。顔色を窺うつもりはなくとも。
戸惑わせるつもりはなくとも、自分がこんな状態では相手は気にしてしまうかもしれない。
「笑顔で挨拶しないとね……失礼だから」
言い聞かせて言い聞かせて、タムタムは思いを振り払うように、足早に歩き出した。
城内にある、勇者軍に与えられた部屋の中。
――ぐぎゅるるるぅ!
と、ねじれまわる轟音を響かせたのは、モーモーの腹だった。
「おっと。腹時計がどんどん激しくなって来るモー。みんな、そろそろ昼メシに行こうぜ!」
照れることもなく、モーモーはテーブルに手をダンと着き、椅子から立ち上がって言った。
「お昼か……」
リイムは目の前に広げられていた数枚の書類や地図から、視線を上げる。
彼らは、三日後出発予定となっている任務の確認と打ち合わせをしていたところだった。内容はよくあることで、遺跡の定期調査。人が近寄らなくなった古代遺跡などは、魔物が住み着きやすい。近くに村や町などがある深い遺跡については、特にその必要がある。遺跡の状態を確認する学者達と一緒に向かう事がほとんどなので、護衛を兼ねてよく勇者軍にも仕事が回ってくるのだ。
「話は途中だが、昼からでもいいだろ? こんな腹へった状態じゃあ、とても集中できないモー」
「うーん」
モーモーならではの理屈に、リイムは少し苦笑した。
「ふむ。モーモー殿の言い分も、一理あると思うでごじゃる。ただ、アラビアは食べても食べなくても問題ないでおじゃるが……」
発言したのはアラビア。リイムの持つ元魔剣、ガラバーニュの守護者で、ターバン姿、ずんぐりとした体型の剣の魔人。
「じゃあ、アラビアは昼食にしてもいいって事だね……僕もだけど」
リイム自身も、特に午後に回して問題はないと思う。異論はないので、さらに周囲に聞いてみる。
「みんなはどうだい? 先に昼食や休憩にした方がいいかな?」
テーブルについているもの、いないもの、つけないもの。大中小。様々な種族、多種多様。リイムだからまとめられる魔物の面々の答えは、ほぼお昼だったが。
ざわざわと。
「クエ? 僕はねー。お昼の方がいいかなぁ。ねー?」
「チュー!」
「チューチュー!」
「どっちでもいいよ! 僕は今日非番だから、一日中ヒマといえばヒマだしね」
「リイムがお昼でいいって言うなら、お昼にしよう。コケコケ」
「アミーゴ! 俺も昼休みでいいぜ。どうせ俺たちゃあ、当日留守番組みだし…っでぃや!?」
「ブヒヒッ! このなーんも考えてないおバカはどうでもよいとして、お腹すいたブヒッ」
「もうお昼お昼〜。リイム一緒に食べようじゃないか〜ペリペリ」
「……」
「むむーん」
大きなドラゴン。その背中に乗っている小さなねずみ、マウスマン達。椅子にきちんと座っているウサギのラビットマンと、隣のニワトリ、チキンマン。マラカスを振ろうとして叩かれたサボテン魔獣カクタスに、叩いた当人、豚魔獣オーク。既にお昼モードで、大きな口を開け、羽ばたいている鳥はペリカンマン。隅でただ佇むゴーレム。なぜかテーブルの下にいる青銅色の珍奇なコアラ、ブロンズコアラ。
常にリイム達と行動を共にする魔物は一部なのだが、勇者軍に籍がある魔物は城内にわりといる。彼らは声がかかれば一緒に行くし、そうでなければ城や城下で別の、何らかの仕事をしている。言わば非常勤だ。
しかしみんなリイムが好きなので、事前に任務があることを知ると、こうやって部屋に集まってくる。実際何らかのトラブルでも起きれば、誰かと交代という事態もありえるので、リイムが任務の内容により問題ないと判断すれば、一緒にそのまま打ち合わせをする。
この状態は、傍目からすれば、ごたごたしている様に見えるだろう。実際、勇者軍の部屋はその存在の大きさゆえに結構な広さのものを与えられているが、ゆとりはあまりない。関係者――リイム達には慣れたものであるが。
少々私語も混じり、お昼休み支持一色の中。
「お昼にする意見が圧倒的だね。……スカッシュ、君はどっちがいい?」
リイムは端に座っている、最後の一人に問うた。言いたい事があるなら聞かれなくても言う相手なので、答えは分かっているのだが。
「反対するつもりもない。お前もその気なら、昼でいいだろう」
淡々と、見返してもこない彼の意見も同じということで、方向は完全に決まった。
リイムも席を立つ。
「うん。じゃあ、話はきりのいいところだったし、一旦中断してお昼にしよっか」
「「わーい!」」
「よし! 即、食堂に直行だモー!」
がやがやと、魔物達が一気にリイムに群がり始めたところだった。
「あれ? 今日はタムタム誘わないの?」
そんな言葉がドラゴンの口から出た。とたん、騒ぎもピタッと止まった。
一瞬だったが、その静けさは重かった。
実際の事だから、少し口にする程度は憚らなくてもいいと思うのだが。
魔物達も皆、勇者軍の一員であるタムタムの事は好きだ。しっかりしているようで、時にかなりのお転婆だが、いつも明るいし優しい。よくお世話になっているし、よく話す。そして、彼女が好意を寄せている相手ぐらい、目星は付いている。その相手が気づいているのかいないのか――ライム姫の思いも知っているので、立場としては中立のつもりなのだが、それでもタムタムに代わってやきもきしたりもする。
だから、気にする心は強かったが、その彼女の判断だからと言い聞かせ、話題を徐々に避けるようになった。本当の事情というのも密かに聞いているので、タムタムがまさかこのままお見合いの相手と進むはずはないと思っているのだが、実際会ってみれば非常に良い人で、彼女が気に入ってしまったらどうしようかとも、思わなくもない。やはり心配。不安はやはり広がるもの。口にするのが怖い。だから最後の今日に至っては、彼らの間でタムタムの話題は今この時まで全く上がらなかった。
そしてリイムの口からタムタムの今日の件について、話などもちろん出ていない。今日はまだ、タムタムの名前すら出ていなかった。
「タムタムは……」
そこにはリイムの少し困った顔があった。
カクタスは、咄嗟にドラゴンを小突くように言った。
「おいおい、忘れんなよ。……今日、見合いの日だぜ、アミーゴ!」
ドラゴンの長いかま首が、力なく下がった。
「あ。そうだった。朝は覚えてたんだけどさ……。僕、今うっかり忘れてたよ。そっか…そっかぁ……そうだよね」
お昼ムードは一転して、ここに崩れた。一言上がってしまったので、塞いでいた小さな栓が、拍子に抜けた。
ぽつりぽつりと、魔物達は秘めていた思いを言い始めた。
「お昼……もう、お見合い始まっちゃったかな…タムタム」
「チュー……」
「相手はどんな人だろ……。よその国の人なんだよね。ほんと、一体どんな人が相手だろ……話、弾んでるのかな……どうしてるのかな、タムタム」
「ちょっと待つブヒ。話が弾んだら困るブヒよ……! 他の国の人ともしも……もしーもいい感じになっちゃったりでもしたら! 向こうにいっちゃうかもブヒよッ!? いなくなっちゃうブヒ……! きっとあんまり会えないブヒブヒ!」
「むーん」
「タムタムいなくなっちゃう〜って。それ寂しいぺリ。そうなったら仕方ないけど、嫌ぺリぺリ〜。どうにかならんのか〜」
不安そうな魔物達に、モーモーも言葉少なく眉を顰めた。
「さすがに、こればっかりはなぁ……。どうにもできないよな、俺たちには。なあ、リイム」
それは癖であり、無意識に振ってしまったものだった。
「……」
「リイム?」
親友から返事が来ないので、モーモーは目を瞬かせた。その時のリイムは、彼の目からすると難解な顔だった。
「うん……。そうだね。これは僕達が口出しすることじゃないね……」
彼が自分で意識しての事かどうかは、誰にも分からない。笑ったが、それは表面に力を加え、見せかけただけの儚い代物だ。滅多にしない。
リイムは笑ったようで、誰も見ていない視線で。ひとりごとのようにつぶやいた。
「でもみんなの言う通り、もしもタムタムがいなくなっちゃったら、やっぱり寂しいよね……」
思案に染まりつつあるのか。そんな、周囲からつと浮いたリイムの様子をただ見守っており、賑やかだった魔物達の声はそこから失せていった。
ゆえに、城内に起こったさざなみをいち早く感じ取ることができた。
咄嗟に感覚を尖らせる事について、経験上彼らは特化している。
「何かあったようだな」
スカッシュが言ったと同時に、皆、閉じられたドアの向こうを注視する。大人数で騒いでいるものとは違うが、平穏な時と比べるならば、気配の異質が僅かにあるのだ。
しかし、さて何事なのかと探っている間もなく、それは向こうから飛び込んできたが。
どうも声がする。聞いた声が。うるさい声が。それはあっという間に大きくなって。
「ん……! こいつぁマズイ」
モーモーは一瞬の判断で、ドアを急ぎ開けた。
「――ぁあああ!!! たぁああああいへぇええええんだぁあああい!!!」
バタンと鳴ったと同時か。少々乱暴に開いたドアから、ぐしゃぐしゃに歪んだヒマワリの顔が間髪いれず現れる。
「――ひぃぎゃあっ!?」
無意識でやっているのか、様々な色とりどりの花を撒き散らしながら真っ直ぐに飛んでいたそれは、ドアのちょうど真正面――奥にいたゴーレム、ミッキーに接触した嫌な音と共に貼りつく。
「……」
ミッキーは動かない。ミラクルも貼りついたまま。
モーモーは眉間に浮き出た汗を拭った。
「間一髪だったモー……。ドアが壊されるところだった」
「ミッキーがいなかったら、後ろの壁も崩れてたかもねぇ……」
ラビットマンのロビーが耳を揺らし、なんとなくだろうが肩を竦める。
「……っ。み、みっぎぃ……」
くぐもった声。
「……」
ゴーレムは動じない。動じるようにできてはいない。それでもゴーレムの中では情緒豊かなミッキーだから、困ることはある。
「……んで、いづもいづも……ごん……とぎまで……は……も……」
力尽きたということか、剥がれる。剥がれ落ちる。仰向けにひらひらと。ぱさりと床に。
「チュー!」
「チューチューチュー!」
すかさず、マウスマン達がドラゴンの背から降りて、様子を見るため突付いたり、手向けなのか、撒き散らされた花を上に置いてみたり。
なかなか冷めた顔で、ロビーもかがみこんだ。
「君もどうしていつもぶつかっちゃうかな? ワザとやってんの?」
すると一回転半回りながらそれは起き上がった。大口を開けて怒鳴る。
「えぇいやめーい! 俺様は生きている! これぐらいでへこたれて姫様を奪えるかと踏ん張って生きている! 何事も冒険だ、障害だ、乗り越えて漢になるのだ! その先はハッピーエンドに違いない! そうでなきゃ詐欺だ! そうじゃなきゃつまんねー! あぁ愛の為に生きる俺! 愛があればなんでもかんでも! そうだと俺は姫様からお水をもらえるだけで幸せ満載なんだ。もうそれだけでついていくとも! 愛しの姫さまー!」
しきりに顔を振りながら声を撒き散らしていたが、不意に反り返ったまま止まる。
周囲は数秒じっと見ただけ。
再度揺れるそれ。ちょっと赤いかもしれない。
「……言っててちょっとはずかしぃ! なんでそんな関係ない事まで言わせんだ! 気が利かねぇなお前ら! 早くツッコめよお前ら! でももちろんツッコんでも止まらないけどな、俺! だから遠慮しても意味ないぞ!」
呆れているだけであり、言われなくても遠慮するつもりはないが。モーモーはちょっと嫌そうにそれを手で掴まえて、半眼で聞いた。
「で、なんなんだモー? 花はなんか撒き散らすし、ドアは突き破ろうとするし……」
すると、ミラクルは顔を赤くし、それをモーモーに叩きつけるように吼えた。
「だぁっ! お花を撒き散らしちまったのは思わずで事故だ! それより、こんなことやってる場合じゃないないなーい! 狂っちまったじゃねえかよ!」
「お、俺のせいじゃないモー……」
顔を引いたのに、さらに近づくなんだか暑苦しそうな花の顔。
「バーロー! そんなことはどうでもよしだ! ううう、一刻も早くしないと! タムちゃんがタムちゃんがぁッ!!!」
「――タムタムが!?」
まさか出てくるとは思いもよらなかった名前に、リイムはモーモーに掴まれたままの、暴れ具合に揺れているミラクルへ駆け寄った。
「何かあったのかい!?」
「これはツッコミいれるなよ! 聞けっ! 大変も大変だ! えーと、タムちゃんのお見合いの相手が、盗賊なんだッ!」
「……盗賊だって? え、何で何で???」
「コケ! なにを言ってるのかな!」
「むーん」
まず、魔物達の中に動揺が走った。
突然話の変わった見合い話に、思考の整理が苦手であるモーモーは、煙る頭で自らミラクルを引き寄せ、揺らしながら問い質した。
「盗賊って、おいおい! わかんねえ! 爺さんの兄弟子の弟子って聞いてるぞ。どうしてそれが盗賊なんだモー!?」
実際力の篭った腕に掴れて苦しいのだろうが、それ以上の苦難を眉間に寄せて、ミラクルはぶんぶん顔を横に振った。
「違うんだちがーう!!! ああああ! 話が、ややこしいんだっ! その本来の相手は、お見合いを断ってるんだよ! だから今、その代わりに盗賊がタムちゃんと……! なんでだー! 確かに諦めたこの俺だけど! そんな奴に渡すぐらいならやっぱり俺がぁあ!」
「まって、ミラクル。落ち着いて。それは間違いなく、本当の事なのかい!」
錯乱しかけたミラクルを落ち着かせようと、リイムは静かに、しかし強くさらに問う。
自らを覗き込む瞳を見て、電撃でも受けたかのようにミラクルは跳ねると、一気に捲くし立てた。
「あ、あ……。こ、断りの手紙を急いで届けようとしたおっさんが、今朝、襲われたって! みんな奪われて、手紙も奪われて、盗賊の親玉が手紙を見たらしーんだっ! それでお見合いするだってさ!? なんだよそりゃ! そんな許せんこと言ったのしっかり聞いたそうなんだよっ!? いやそれはだから、しばらく前に襲われたおっさんが助け出されたって、さっきそんな話が入ってきて……!」
混乱の口調は消えなかったが、なんとか繋げる事ができる内容だった。
「奪った物の中にあった、お見合いの断りの手紙を見た盗賊が、自分達がお見合いをするって言って、動いたって事だね……?」
「そう、そう、そう! そうみたい! とにかくそう!」
ミラクルはガクガク頷く。
「たた、大変でごしゃる!!!」
アラビアの、その分かりやすい事態の一声があたかも扇動となり、魔物達が騒ぎ出そうとした刹那、小さいが聞こえる吐息をスカッシュが吐いた。
皆、思わず彼の方を向く。相手は誰も見てはいないが。
「考えられるとすれば、身代金の要求でもするか、タムタム自身を人買いなどに売り払うつもりか……。 途中でどこかに連れ出して、さらうつもりだろうな。演技に秀でた連中かどうかは知りようもないが……立ち回り次第では、普通にするより簡単だろう。何しろ、自分達が見合いの相手だからな……」
馬鹿げた事だとスカッシュは言いたいのだろうが、笑ってはいなかった。
「考え方の尺度からすれば、少人数のコソ泥上がり程度の賊だろう。真正面から襲って、変身する事ができるタムタムをどうにかできるはずもないが……誘い出されて静かに気絶させられる事態もありえる。小心で実力のない連中にとっては、声でも上げられたら好ましくない。できるだけ穏便に済ませたいだろうからな」
「タムタム……!」
リイムはそこで、走りだそうとする足を押さえつけるつもりで、ぐっと握り拳を作った。
まだ、勇者軍にタムタム救出の命令は下りてきていなかった。
「魔物相手じゃないとはいえ、まさか僕達以外に命令が出るとは思えないけど……」
彼は開きっぱなしのドアの向こうで、兵士達が騒いでいるのを不安に感じた。
勇者軍に命令が下るのは、大まかに言えば魔物が関わっている件についてだ。人間が起こす犯罪の日常たる事件では、滅多にない。彼ら勇者軍は、勇者軍だから任せられる、また勇者軍にしかできない任務を負う。彼ら以外に王国には騎士団がいるし、町や村落など人の集まるところには必ず兵士が配備されている。適材適所で任が与えられ、それぞれ役割分担がある。
本日は特別な任務もなく、待機となっている以上、新たな命令が出ないかぎり勇者軍は城から勝手に動いてはいけない。
勇者軍を任せられた者として責任ある思考をし、冷静であろうとするから、リイムは苦悩の表情で立ち止まっていた。
モーモーは見かねて、親友の肩を叩いた。
「……待ってないで、行こうぜリイム! タムタムは俺達の仲間だモー」
「モーモー……」
見上げるリイムに、モーモーは軽快に笑う。
「後で、言ってくるのが遅いって文句言おうぜ! これは勇者軍にとって緊急事態なんだから、事後報告でも構わねえよな?」
「……そうだね」
ポリポリと、モーモーは頬を掻く。
「ま。もし、怒られるんだったら……みんなで怒られるか」
苦笑して頷くリイムに、スカッシュが横から言う。
「急いだ方がいい。相手が見た目からして盗賊であっても、その様子が明らかにおかしくても、あいつの事だからな……。怪しいと思っても、結局最後には自身の警告を跳ね除けて、信じ込んでしまう可能性もある。捕まった後だと少々やっかいだ」
彼がこんな時でも呆れてしまうほどか。さらにリイムは見返しながら、納得に苦笑せずにはいられなかった。
「うん。とても心配なところだよね……」
勇者軍はいつでも出撃できるように、準備は常に整えてあるのだ。そして今、リイムは心の準備も終えた。
「よし、行こう! タムタムを助けに!」
迷いのないリイムは駆け出すが、ドアの手前で一旦振り返った。
「僕達で行くから、悪いけど皆は後を頼むよ。全員向かってここを空にするわけにはいかない。アラビア、お願いだけど、後を任せてもいいかな? 王様に、僕達が出た事も伝えて欲しいんだ」
「リイム殿がそういうなら、分かったでおじゃるよ。気にせず任せて欲しいでごじゃる。もちろん、呼ばれればいつでも行くでごじゃる」
腰を上げかけた相手だったが、二つ返事でアラビアが頷いたのを見ると、リイムはもう進みながら話した。
「……頼むよ。でも、すぐにタムタムを助けて帰るから!」
モーモーとスカッシュが即続く。一瞬ではないが、その流れは魔物達が声援を送れないほど、緊迫していた。さらに彼らの横を、ズシンと鈍い音を響かせながら、ミッキーが走り抜けていく。
「……なんと……ミッキー行くか、ペリペリ……おおお!?」
巨体に対し邪魔せぬよう飛びながら道を開けたペリカンマンの横を、またさらに一つ、ヒマワリが抜けていく。
「ま……まてい、ミッキー! お、俺も、俺も行くー!!! タムちゃんの為に、絶対行くったら、行く! まてぇぇい!」
煽られて二回ほど回転してしまったペリカンマンが、尻餅をついた。その時ロビーは息を吸ったところで。
その頭に、赤い花が降って来た。
「いいけどーーー! 無意識のうちにお花を咲かせたり撒き散らしたりするの、やめてよねーーー!!!」
走っていた者全員を見送りながら。なんとも不謹慎な発言だと思いつつ。城がずっと騒がしいのは、たぶんそのせいだと彼は思っていた。
とにかく思考を振り切る事を意識して、前へ前へと歩いてきたものだから、村へは予定より少し早く着いた。遅れる事を思えば何も問題のない話だが、はりきっているわけでもなし、早くから相手をじっと待つというのも気分が乗らない。しかし、村を見て回れるほどの余裕でもなく、結局タムタムは村の入り口で数秒悩んだのち、すぐに所定の待ち合わせ場所である宿屋に向かう事にした。
「こんな感じで済ませられれば、少しは楽なんだけどね……」
舗装され頻繁に整備されている本街道と、重要な交易ルートからは外れる方向にあるせいか、王城に近いわりに雑な騒ぎの少ない場所である。王城に近いがためにわざわざ立ち止まる場所ではなく、ここは少ない旅人も通り過ぎてしまう村だった。ただしその分、村人は皆大らかだ。
木造の家屋の側で、転がるようにはしゃぐ子供達と追いかけられつつ、捕まらないマウスマン。せっせと薪を割る男性に、麦藁をいっぱい背負った女性達。老人が店先で腰掛けて談笑し、相槌を打った店主は思わずあくびを抑えられなかった。周囲は和やかで、まだ日が高い事を実感する。
今日は彼女にとって特別な日であったが、この村はいつもの平和そのものだった。そんな普遍に少しだけ癒されつつ、村唯一の宿屋の前まで来る。
「ここね……」
両開きの扉を最大限に開放した入り口で、まず窺うように立ち止まる。食堂を兼ねた内部は少々古くなっている感があるが、小奇麗にしているようだ。しかし、ランチタイム前だというのにお客らしい人はいない。
「まあ、今日は他に人がいない方がいいわよね……」
小さくつぶやいて、中に入る。
カウンターには、女主人と思われる中年の恰幅のよい女性がいた。ヒマだという証拠か編み物をしていたが、すぐにタムタムに気づいてくれた。
「あら、こんにちは」
「こんにちは。ええと……」
教授がはりきって手配を済ませているらしいので、別に説明しなくとも名前を告げるだけで分かってもらえる事だろう……と、彼女が思ったところで、女主人はニコニコと、しかし少しだけ遠慮のつもりか口元を押さえながら笑った。
「ふふふ。噂で聞いた事があるけど、ほんと可愛らしいお嬢さんだこと! あなたがタムタムさんでしょ? ちゃ〜んと席の準備は整っているからね」
知らぬ相手の好奇の視線と、パワーに押されつつも、タムタムも極力笑って返答した。
「は、はい。タムタム・タンバリンです……。あの、今日はご厄介になります……」
「いえいえ。こちらは慣れたものだから気にしないでね。でも、最近は少なかったから……お見合いの席だなんて、一年ぶりかしらね? あ、結構この村ってお見合いが多い方なのよ。ほらだって、出会いがねぇ……ちょっと町なんかと比べると少ないでしょ? 私もお見合い結婚だったのよ、実は」
「あ……そうなんですか」
賢者と呼ばれるラドックの弟子だけあって、博識な彼女であったが、こういう場合は何と答えたら良いのかいまいち分からない。相槌を打ったつもりは全くないのだが、しかしご機嫌そうな女主人は話し出すと止まらず、遠慮の無い目でタムタムを見てさらに言ってくる。
「それにしても……あなたならいくらでも男の子が寄ってきそうなのにねぇ。やっぱり、職業上難しいのかしら? お見合いの相手の人、良い人だったらいいわね。……ああそうよ。気になったんだけど、お見合いなのにお世話する人がいないそうじゃないの。事情は分からないけど、かなりやり難いと思うわよ。それにあなた、お見合い初めてじゃない? なんだったら、私が場を取持ってあげるけど。よくお世話させてもらってるから、任せてくれても大丈夫よ。もちろん御代はいただかないし、どう?」
カウンターから身を乗り出してくるやる気満々の相手に、タムタムは焦って退いた。
「え、ええええっ!? いえ、そんな結構です……! あの、お気持ちだけで十分ですから!」
本気に真面目に心底結婚したくてお見合いをしようという願望の持ち主では全く無い。実際はその気など全く無い、とんでもなく失礼な自分がどうして世話人など頼めるものか。
気を使われるほど気分が重くなる。その度に、本当に失礼な事をやっているという事実が浮き上がり、さらに気が滅入る。
「いいのよ、ほんと。こっちのことは全然気にしてくれなくても。今日は他に予定もないのよ」
「いいえ。本当に、大丈夫ですから……」
自分達の話しで終わるだけではなく、こうやって他人まで実際介入してくると、とにかく早く終わって欲しいという気持ちがいっぺんに強くなった。
彼女は顔に出すのが得意、だ。その沈鬱な気持ちが、一層相手の気を引き、女主人はなおも食い下がった。
「いいからいいから。本当は不安な事ぐらい、おばさん分かってるから!」
「いや、本当に本当に大丈夫ですから。ちょ、ちょっと……事情があるんです。あああ、あの、そのですね……! ダメですってば…ええと、や、困るんです……!」
カウンターから出てきて、背中を押しつつ席へ案内しようとする女主人に、タムタムがパニックになりかけた丁度その時、彼女達からすれば出口に、ぬうっと人影が立った。
「あーっと……」
野太いながら、少々間抜けそうな声を上げたのは男だった。歳は三十前ぐらいだろうか。浅黒い肌で無精髭を生やしており、野蛮そうな雰囲気を感じた。
「……?」
タムタムは違和感に、思わずその相手をじっと見た。止まった女主人も、おそらく同じ事を思っている。
タムタムが奇妙だと思ったのは、どちらかといえばその男は、体格からすれば戦士系だと思うのに、似合っていない少々きつそうな紺のローブ姿であるからで、さらにその事がどこか心に引っ掛かったからだ。
「えぇと……ご宿泊のお客様…でしょうかね? それとも、お食事……?」
女主人のそれは、思った事をあえて除いた問いかけだった。
男は頭を掻きつつ、頬を引きつらせた笑みで答えた。
「……あ、あー。そうだ。おれ……い、いや! わ、わたし…は、えーっと、ウェッジとも、申しますです」
「「ええっ!?」」
二人とも、たどたどしい言動が怪しいと思う前に、その答えに対してショックを受けた。予感していたにも関わらず。
「あなたが……ウェッジさんですか……」
「あんた、ご予約のお客様なのかい? え、本当に!?」
お見合いの相手、お見合いの席のもう一人。
宮廷僧侶と宿屋の女主人と、職業こそ違うが多くの人と接してきた経験がある二人であるから、人相だけで人を判断しないのだが、それでも現れたこの男、事前に得られた情報からのイメージと違いすぎるというかなんというか。
「ウェッジだが…ですが、な、何かおかしいでしょうか? それより、私……本日は、ここでお見合いをすることになっておりましてですね、遠路はるばるやってきたわけでありますが……ええと……」
野太い声のトーンを上げての、緊張気味な男。二人からしばらく視線を外して見回した後、他に誰もいない事に気づいたか、また視線を戻して、どうしたらいいものかと困った顔をした。
「……つまり、待ち人がいるんですが……あん、あなた方の他に誰もいないみたいで、もしかして……」
ウェッジと名乗った男が、じっと自分を見ているのに我に返って、タムタムは身に付いた行動として、咄嗟に軽く会釈した。言葉はまごついたが。
「は、初めまして……。私が、タムタムです……」
すると、ウェッジは色黒の顔を破顔させた。
「おお、やっぱり……! うう、しかしこりゃ……当りだぜ!」
「は……はい?」
タムタムにはその一瞬が何か分からなかったが、ウェッジはそこでいきなり自分のローブをなにやらそわそわと整えながら、最高のつもりらしい笑みで近づいてきた。
「い! いえいえ、何でもないですなんでも……! それよりも、あの……俺、見合いってよく分からなくて、でもすぐしたいなぁなんて……。あ、ああほら、時間も限られてるし」
「えっと、ごめんなさい。私も慣れていないので……」
半歩引きながら、タムタムは隣の女主人に視線を投げかけた。
「あ、ああ。はいはい……。席にご案内しますからね……そこで、自己紹介でもなんでも、色々と話をするといいから……料理もそのうちお持ちするし……。で、でも、本当にするの…かい?」
こちらはまだショックから立ち直ってなさそうで、ウェッジは全く見ずにタムタムだけに話しかける。
そして、相手のために困惑な顔をなんとか笑顔にさせようと努める彼女が、ここにきて頷かないはずもなかった。
一応、宿屋内でもっとも良い席らしい。着席し、開放された木窓から見えるのは、特に何かあるわけでもない村の広場。騒ぎも少なく、少々遠くに人が通るのが見えるだけで、落ち着ける席と言われればそうなのだろう。彼女自身は落ち着ける気持ちではなかったが。
「えっと、タムタム…さん。何を話せばいいのかな……ははは」
ウェッジが、出されたお茶を一気に飲み干して、そう切り出す。
「そうですね。何を……話しましょうか」
席について一分程。タムタムは始めから困った。見合いはすると頷いたものの、何を話すかどうするか、イメージなどしてもいなかったし、大体あれから考えていたのはリイムの事ばかりで。
「……」
顔を上げたつもりだったが、思わず頷いてしまった。何か話そうと思案するつもりが、リイムは今どうしているのかと、考えてしまったからだ。
「ん? もしかして気分でも悪いのかい!? タムタムさん!」
変だと思ったか、ウェッジは椅子から腰を上げてまで尋ねてきた。
「いえ、大丈夫です。何をお話しようかなって思っているうちに、俯いてしまっただけで……」
嘘を何とか保つ笑みで覆う。そんなやる気の無い相手と話そうとしている目の前の男性に申し訳なく、タムタムは目を逸らす。
そんな些細な仕草には気づかないのか、ウェッジは咳払いなどしてから、聞いてきた。
「じゃあ、俺……じゃなかった、私が先に聞いていいですか?」
「ええ。どうぞ」
「うん……そうだな、趣味とか特技とか」
いかつい顔つきではあるが、それがニコニコと嬉しそう。
「趣味ですか。……お裁縫、でしょうか。でも忙しくて、あまりできませんけど……。それと、読書も好きです。特技は……回復魔法です」
うんうんと頷く相手に、タムタムはより一層気まずさを覚えた。やる気のなさは、自分自身の発言が他人のそれのように聞こえるから良く分かるが、ウェッジの姿勢、その視線は自分をずっと見ており、この見合い劇にやる気があるとしか思えない。
こちらは受けるだけでいいだの、仕方ないからするだのと始めから実にいい加減な姿勢。だが、向こうは本気で心配して送り出し、真面目に目の前の相手と向かい合って、気が合えば本当に付き合うつもり。
比べる。予想と現実では重さが違いすぎる。やはり受けるべきではなかったと、タムタムの中では後悔と自責の念があふれ出した。
相手は、もちろんそんな彼女の思いなど見通せない。どんな質問をすれば良いのかと、考えているのだろう機嫌よく。
「じゃあ……好きな食べ物は?」
答えることすら偽りに繋がっていくが、答えないわけにはいかないと、タムタムは少し小さくなった声で返した。
「……好きなものは、オレンジです。……パイナップルも、好きです」
そう言って、また胸が痛む。パイナップルも今では好きだ。リイム達とよく食べるから。リイムの好きなものだ。
「うんうん。俺もパイナップルって好きだなぁ……最近食べてないけどな……」
見れば、頷きながら呟きになったそれが終わる頃には、しょぼくれた様子に。
「食べていない……ですか。……あまり、食事されないんですか?」
なんとなく、自分も何か言わなければと尋ねてはみたが、タムタムはあまり疑問に思わなかった。自分の師のことを思えば、研究熱心なあまり食事も忘れて没頭する事について心配は当然するが、別に珍しい話とは思わない。
「あ、ああ。その、色々事情があって……!」
「……きちんと食べないといけませんよ。大丈夫と思っていても、そのうち栄養が足りなくなって、いつか必ず体調を崩してしまいますから」
言い終わってから、余計な事だと後悔した。会ったばかりだというのに、なんと説教臭い事を口走ってしまったのかと。
しかし、前にある口が大きく開いた。
「ワハハハ。慣れてる慣れてる! ずっと前からだって。これでも体だけは丈夫にできてやがるからなぁ」
周りなど見えていないだろう。遠慮もなく笑う。その姿にタムタムはふと、薄々思っていた疑問を口に出していた。
「……ウェッジさんって、普段からそうなんですか?」
「え?」
「――お〜いおばちゃん! お水もういっぱい!」
ウェッジの口が少々間抜けに開いたそこで、しばらく前に入ってきた二人組みの男性客の一人が、やおら声を上げた。タムタム達とは一つ席を挟んだ前で、二人なのにスープ一つとパンを一つだけを頼んでいたのが、気になると言えば気になる客だ。
「ふ、普段からそうとは……?」
ウェッジは、声が上がった方をちらりと見てから、表情が少し強張った。
「いえ。こんな言い方は失礼かも……しれないですけど、言葉遣いとか、学者さんなのに随分元気がいい人だなって、思ったんです。体も逞しい感じがしますし、ローブがきつそうで……」
「は……き、気になりますかねぇ? 体は、その、鍛えてますから……ははは。仕事の合間に……! なんせ、友人とかみんなまぁ、元気のいい連中で……つるんでるときはこんなもんで……それって、珍しいですかねっ? やっぱり、タムタムさんのお仲間は真面目な人達ばかりで、そんなことない…のかな……あはは……」
「いえ、そんなことはないんですけど。実は私の周囲の皆も、とても元気のいい人達ばかりですから……そうなら……気になりませんよ」
今の彼女には、乾いた笑いも、急に真っ直ぐに伸びた背中も、他所を向いた視線もあまり目に入らなかった。
視線を下げ気味のタムタムは、仲間と聞いてまた自然とリイム達の事が気になっていた。
「…どうしてるのかな……」
「うん?」
「あ、何でもありません……」
思わず口にしていたのを、首を横に振って返したのに、それは消えない。
正午は過ぎているはずなので、既に昼食中だろうか。案外もう食べ終わっているかもしれない。
昼時の食堂は賑やかで、楽しい時間だ。タムタムもほとんどの日はリイム達と一緒に食事を取る。全く飽きのこない日々。続いていた日々。意識した今。
「お待ちどうさま。冷えても美味しいものにしたから、まあ……ゆっくりね」
無意識に溜息がでそうになったが、その声と共に目の前に料理が盛られた皿が見えて、タムタムは我に返った。
「……あ。ありがとうございます」
料理を出し終えた後、女主人はウェッジにまだ納得のいかない視線を向けたが、タムタムには微笑んだ。
「なぁ、おばちゃんってば。みず、みず!」
「はいはい。こちらのお客さんが先客だったんだよ。すぐ持っていくよ」
別の客に急かされて、早足で去っていく女主人。
その姿が追えなくなり、タムタムが視線を戻した時には、前を向きながらも目線が下になっているウェッジの姿があった。
「どうかされたんですか?」
問うと、その視線は上がり、
「えっ。なんでも……! なんでもないですよ、ええ」
言ってごくりと喉を鳴らしたような気がする。笑おうとしているようで、そしてまた視線が下がり、その雰囲気はなんとなく誤魔化しているような焦りだとタムタムは思った。
「……もしかして、お腹、空いているんですか?」
「あ、え? んん、いやまぁ、空いてないとは言わないし、でも、空腹で空腹で死にそう!って程でもないんだが……実は朝食べてなくてさすがに減らないわけはないって言うか……」
言い訳したいとでもいうように並べだすウェッジに、タムタムが真っ先に疑問符を思い浮かべたところで、もう一組の客がやたらと騒ぎ出した。
「水ってばさー! ったく、どうしてたかだか水一杯を、すぐ用意できないかねぇ。水ぐらいケチケチすんなよー!」
「あ……あんまりしつこく言わなくても……聞こえてるよ、たぶん……」
身なりが良いとは言えない、中背とひょろ長い人物の二人組。そのうち中背の男の方が、苛立っているのか、テーブルを指でコツコツと叩き始めた。
それが少し気になって、タムタムがちらりと見やると、耳障りな音を鳴らしている中背男がニヤリと笑った。
「……!」
視線が合った時に。微かに背中に触れられたような、ゾクリとした感覚が走る。
戦いの中にも身を置くタムタムだから、半ばそれは条件反射で、嫌悪に近い一抹の予感に体が身構えようとした。しかしその彼女のギリギリの視界のところで、何かが阻むかのように、長く伸びた。
「ウェッジさん……?」
目の前のウェッジが椅子から腰を上げ、立ったのだった。やはり下を向いているのだが。
「どうか、されましたか?」
どこか神妙な様子。何なのか分からず、応答を促すため座ったまま見上げると、息を絞って掠れた咳払いが聞こえた。
「……た、タムタムさん。ちょっと外に……出ませんか?」
「えっ? 何故、ですか?」
「だって……そこの連中、うるさいと思いませんか? さっきから。いつまでそこに陣取っているのか分かりませんが、まぁその……ちょっとした散歩みたいなのを兼ねて、気晴らしとか、あれだ……いなくなるまで、出てましょうよ……というか」
下を向いたまま、ちらりちらりと向こうのテーブルへと視線をやり、溜息を吐いたり。
それがどうにも未練がましそうで。
「分かりましたけど……でも、先にお昼にしなくていいんですか?」
「うっ……だ、大丈夫だ! 大丈夫です、よ! だから……いいですかね?」
やっと顔が上がって、ぶるぶる浅黒いそれを左右に振った。
「料理は、話をしておけば、戻ってきてからでも食べられ…食べられますでしょうし、うう……」
今度は背けた。
どうも言動が落ち着かないようだが、タムタムはそれを深く考えられなかった。緊張が簡単に解れない事はあるだろうと思ったし、何より今の彼女には、ちょっとした事でもリイム達の、リイムの方へ思考が飛んでしまった。
「じゃあ、少しだけ出ましょうか……」
席を立ち、笑いかけながら言うのが虚しい。
リイム達の時間は変わらないだろうに、自分だけが違う流れに入り、違う時間を過ごしている。一緒に居たいのに、話したいと思っていながら、なぜ逆の事をしているのか。理由はあったが、今ではもう分からない。
もう一組の客に水を持っていくため出てきた女主人に、戻ってくるからと一言謝って、ウェッジの後に続き、タムタムはふらふらと外へ出た。
二人組みの客の隣を通り過ぎる際、目配せがあった事にも気づけずに。
宿屋は村のほぼ中央にあった。そして広場は、町であったなら行商が商品を広げて商いをしていたり、旅芸人がおひねりを貰ったりと賑やかな場所であるはずだが、この村ではせいぜいが子供の遊び場か、奥様方の憩いの談笑場所といった用途である。今の時間帯は昼時。集まる人々は皆揃って、申し合わせたかのように昼食か休憩に入っているらしく、往来には人影が少なくなっていた。
それに少し、タムタムはほっとしたものだ。思えば今まで、リイム達と歩いていて他人の目など気にしたことはなかったが、これからウェッジと二人で歩くというのは嫌とは言わないが、目立ちたくないとふいに思った。
「ええと……。ウェッジさん、とりあえずぶらりと歩きますか?」
「あ、ああ。そうですねっ……! じゃあ、向こうの方に行ってみますか」
妙に肩を張っているウェッジが指差したのは、ライナーク王城から遠ざかっていく方向で、村の奥へ続く川沿いの道だった。川はずっと向こうにある山岳の湖から流れてくるもので、指された村の奥は、その川を挟む形で広がる小さな森に繋がっており、村人達がキノコ採りや薪拾いなどの目的でたまに入る程度。そこに自分たちが見るようなものはないだろう。
「あの、向こうは森だったと思いますよ。行っても、たぶん何もないと思いますけど」
ウェッジは後頭部を掻きつつ、視線は他所の方向で――照れ臭いのだろうか?聞いてきた。
「あぁ……そうなんですか? いや、でも静かな方がいいと思いません? それにその、俺、いや私、あまりこういうのは慣れなくて、どちらかと言えば人目につかない方が落ち着けそうなんですけど、だ、ダメですかね?」
「いえ。そういう事なら別に構いません」
反対する意見もなく、自分もまた、このまま二人で人通りが多い場所を歩くのは引ける気持ちがある。タムタムはすぐに頷いた。
「はあ、良かった……。じゃあ、タムタムさん。何か話しながら、ぶらりと行きましょう」
妙にウキウキし始めた相手を追う形で、歩き出す。
「ええと、ええと……これから何を話せばいいんだ……。突然でそんなところまで考えられなかったからな……」
固められただけの舗装のない道を歩みながら、ブツブツとウェッジはつぶやく。困った風のそれに、少しだけタムタムは同情心が生まれた。
「ウェッジさんもこの話は突然だったんですね」
「え、ええっ。ああ、もう忙しくって……ねぇ」
「師事されているお師匠様は、どんな方なんですか? 私の恩師であるラドック教授の兄弟子と伺いましたけど……」
「あ〜。そうだね、うん。たぶん、タムタムさんのお師匠さんと似たり寄ったりだと思うなぁ……うんうん」
触れられたくないような、あまり話したくなさそうな様子である。まあ、本当に教授と似たもの同士ということなら、話題に上げたいものではない気もする。
全く、その教授は今も忙しいだろうがどうしているものやらと、タムタムはつい、いつものように溜息を吐いた。
「ああ……。つまんないかな?」
「え? あっ、すみません。違うんです、ちょっと教授はどうしてるのかなって思ったら自然に……」
思わずの相手に対する失礼だったので、タムタムは失態について慌てて弁解した。
するとウェッジは足を止めた。
「こんな時まで、自然と溜息かい? まだ若いのにそんな…苦労してんだね、タムタムさん……」
返って来たのは、気分を害した様子もない、意外にも真摯な同情の目だった。それにはタムタムの方が驚く。
首を横に振って考えた。こんな話を返した事は今までないので、たどたどしくしか言えないが。
「そんな……。楽しいですよ。バタバタしたり、振り回されそうになったりも無いとは言いませんけど。教授だけじゃなくて……大変で、色々困った事があったりしましたけど……みんなと一緒は、楽しいです、とても。みんなと一緒だから、乗り越えて来られたし……。苦労なんて。それに何を言っても、支えられてもいるんですから……」
ラドックに師事し、同じく師事した友人と学ぶ傍ら、魔法の修行も励み宮廷僧侶となった。宮廷僧侶となってからリイム達と出会い、ある事でお城を飛び出し、助けられて以降、勇者軍をサポートするためずっと同行するようになった。それから今まで、楽をしたという気持ちはあまりない。日々何かあれば疲れるし、苦しくて泣いたり、強大な敵を前にして恐怖したこともある。しかし一人だったことはほとんどない。苦労も一緒。自覚が掴めそうなほどある。皆で山分けしてきた。だから、今もこうして笑っているのだろう。皆が笑っていれば、自分も笑うから。それが楽しい。
タムタムはそこそこ深そうな暗色の川の流れをぼんやりと眺めながら頷き、そして相手に微笑んだ。
「……」
ウェッジが一瞬硬直した。じっと自分を見る目にタムタムは、今までと違う違和感だけを覚えた。
「……どうかされました?」
「なななな、なんでもっ!」
急に顔を逸らす。わざとらしくハハハと笑って、ぎくしゃくとまた歩き始める。
「あはは……。な、なぁタムタムさん?」
「はい?」
改めて名を呼ばれたような気がして、タムタムは前に向けた顔をすぐに相手の方へ戻した。
ウェッジはこちらを向かず、不自然に笑っているまま。
「うん…いや、まぁ。タムタムさんの好きなタイプって……どんな?」
「好きなタイプ? って、なんのですか?」
「え……その、だから……好きな、男の……」
困ったように付け加えられたその直後。今度はタムタムが顔を逸らす番だった。
「えっ……と」
言葉に詰まった。過去、シャルルにそんな話を振られた経験はあるのだが、今はその時の気軽な状況とは違った。
気持ちが薄れていたが、まだ見合いは続いているのだと胸が苦しくなった。そして、言葉を聞いて動悸が早くなるのが、自分でも分かった。
「こ、好みですか……」
「そう。いやまぁ、あん…き、君みたいな子が、好きになるタイプに近づけたら……かなり男前になれるだろうなぁって思って……」
「私みたいなって……。そんなこと」
「や。まあそれはいいとして……。ど、どんなのかなぁ?」
照れているようだが、タムタムは相手の顔をまともに見ることなどできなかった。胸が一段と苦しくなる。ウェッジに対して申し訳ないと思っているだけでなく、答えを考えると、押さえ込もうとしていたその姿が濃くなっていくから。
そればかりが見えて、タムタムは立ち止まった。
あまり歩いた記憶はないが、もう周りは森に近くなっており、半分人の手の入ってない自然の風景になっていた。若干森の暗さが入っていて、低木の茂みは増え、ある建物といえば滅多に使われない作業用の小屋だ、ぽつんと。川はそこで一旦池になっていて、風に撫でられる水面が一段と輝いていた。
「……誰に対しても優しくて、皆に慕われる人で……」
彼は生来、魔物と心を通わせる能力があると言うが、魔物達が彼を心から慕うのはその優しさあってだと思う。そしてその変わらない優しさは魔物以外でも、同じだ。彼は人間と魔物に対して、別の扱いをする事を知らない。彼の姿があるところ、誰かが居ない事はありえない。
「……普段は大らかだけど、いざ何かあった時の行動や決断は早くて、頼れる人」
彼の態度は落ち着いており、辛抱強く切羽詰った時も、決してピリピリしない。そんな彼がいると安心できた。取り乱すことなく皆を自ら率いて、状況をしっかり判断し、ずっと引っ張ってくれる。
「どんな時だって立ち向かい、諦めない……勇気があって、やり遂げる強い人……」
ラクナマイト大陸の国々を恐怖に落としいれた強大な魔王。誰も勝機など見えず、広がるばかりの絶望の中にいながら、彼は立ち上がった。諦めず、諦めず、諦めずに戦い抜いて、自分を信じその勇気で見事敵を討った。王国に襲い掛かる魔の手に、彼は怯まず立ち向かっていた。困難を退けた。そして、全て勝利した。
彼は雷光の騎士。彼は勇者だ。
ずっと見ている。彼らと一緒にいる時間は多い。だから、良く分かっていると思う。ライム姫より彼を知っていると思っている。彼がどんな人物なのか、分かる。なのに彼の気持ちは分からない。自分をどうのように見ているのか、全然分からない。いつも笑ってくれるのに、その先が分からなくて踏み込めない。
本当に分かっているのだろうか。側にいて分からないのはどうしてなのか。考えるのは怖いが、考えないと焦ってしまう。好きだから、考えるのが苦しい。
(リイム……)
口には辛うじて出さなかった。
「……む、無理……」
ウェッジは、しかめた顔でそんな事を言った。なんとなく聞こえてはいたが、届くものではなく、彼女は顔を上げるのもままならなかった。
「……ん。やっぱり、なんか具合悪いのかい? タムタムさん……?」
まさか数分も経っていないだろうが、しばらく様子を見ていただろうウェッジは、なんの反応もないのと、自分を全く見ていないのが気になったのか、一歩彼女に近づいた。
その気配に気付いたタムタムは、一歩引いて否定した。
「……あ。いえ、悪いところなんてありませんから」
「でも、なんか実際、顔色悪いような……? ほんと大丈夫かい?」
「大丈夫です……」
タムタムは今までのようになんとか笑いかけようとウェッジの顔を見返したが、とても見ていられる気分ではなく、くるりと背を向けてしまった。
訝しんでいるだろう相手に背中を向け、何も見ないように目を閉じながら、それでもこの場を壊さないために言う。顔を上げる。
「たぶん、お見合いって……初めてですから緊張しちゃって、今その疲れがちょっとでてきてるだけだと思います……。普段の方がもっともっと、実際はハードなはずですから、これぐらい…平気ですよ」
言いはしたが、向けられる顔はなく、振り向けないまま言葉を失う。
「……」
向こうからの言葉もなかった。
もうだめかもしれない――と、タムタムが顔を落とした時、溜息があった。
「……分かるって。いや、分からねえけど……でもそれで、無理してないわけないよなぁ。もうちょっとぐらいいいかと思ったんだが、なんかこれ以上長引かせても気の毒だしな……。ここがいい時間なんだろうさ。なあに、しばらく休んでもらうつもりだよ」
それは一体、どういう言い回しなのか。明らかに気配の違う言葉が混じっている。口調は何も変わっていない。しかし、ここでその言葉はどういう意味で、何の意味が?
ふいにどんよりと曇った予感に、タムタムは振り向こうとした。
「……あ」
普段ならありえない。気づくのが遅かったが、真後ろにいる。今の自分は酷く緩慢で、格好の獲物だと感じた。
「や……」
一瞬で彼女ができたこと。身構えるもなにも。危機を感じ取るよりも。頭で何か考えるよりも、まず彼女の体は先に震えてしまった。理解できないのが恐怖ではないのに、体が竦むなど思っていなかったのに、その時の彼女は動けなかった。感情を押さえ込み、思いを馳せ、一杯で苦しくて、押さえつける我慢が弱くした。無意識に心の中の像へ助けを求めるほど。
「い、いや…リイム……!」
「――タムタム!」
声に、彼女を縛っていた意識の拘束が解かれた。
「――リイム!」
そして一気に振り向けた。
そこで彼女が見たものは、飛び込むように駆けて来るリイムの姿と、驚いて触れる寸前だった両手を戻し、後ろに下がるウェッジの姿だった。
「リイム!」
「タムタムから離れるんだ!」
「なっ、なんだ、この……おわぉっ!?」
予想外の事に全く対応しきれておらず、闖入者に浮き足立ったウェッジは、小柄なリイムの突進に踏ん張ることなく突き飛ばされた。
「う……この、ガキぃ……!」
隠し持っていたのだろう。上半身を持ち上げたところで、やられた事の怒りを吐き、睨みつけながらナイフを取り出す。
リイムは倒れている相手を見下ろし、強い口調で言った。
「僕は自分の剣を抜くつもりはないけれど、どうしてもやるというのかい?」
力んでいるわけでも、目を細めたわけでもないが、それは彼にしてみれば睨み返したのだろうとタムタムは思った。
「うぅ……ちっ、く、くっそぉ……!」
汗を浮かべ、ずりずりと立ち上がれないまま、ウェッジは後退していった。
そこから視線は逸らさず、リイムは声をかけてきた。
「……タムタム、大丈夫かい? ――わっ!?」
「リイム!」
考えていては、そうはならなかった。またもや気持ちが一杯になって、今度は苦しみではなく嬉しさが弾けて、彼女の体は無意識に突き動かされた。目頭が熱くなった気がした。
飛びつかれたリイムは、戦っている時と比べるならば軽すぎる衝撃に、しかしよろめく。
「タムタム……?」
その時はさすがに、リイムは視線をずらしてしまった。タムタムは肩に、額を押し付けている。
「リイム…来てくれたんだ……」
「うん……。でも、タムタム……まだ仲間がいるかもしれないから……」
少し戸惑ったが押し戻すことはできず、構えられない体勢で、彼は周囲を見やった。
まだ腰が上げられない男は、自分の耳を疑わんばかりの形相で、つぶやく。
「リイム、リイムって……お前、まさかあのゲザガインを倒したって言う、勇者リイムじゃないだろうな……」
「……そうそう、そのリイムであってるぜ!」
藪の向こうから声。それにタムタムはハッと顔を上げた。そこから、モーモーが姿を見せて、
「そらよっと」
モーモー腕を振るうと、宿屋にいた二人組みのうち、細く背の高い男が道に投げ出された。そして少々離れた藪の向こうからは、中背の男が姿を見せたかと思えばばったりと倒れ込み、その後ろからスカッシュが出てくる。
「モーモー、スカッシュも……?」
自分が思っているのとは違うような。タムタムは徐々に、感じ取る。なんとなく、見やる。
「……な、なッ……」
喉の奥から掠れる呼気。倒れている男達は既に気絶しており、全く動かない。それに気づいたようで、ウェッジが青ざめて行く。
「これだけしか仲間はいなかったようだ。後はその男だけだが……」
スカッシュが目線をやると同時、今のいままで地べたに腰をついていた一人は、慌てる足で地面を蹴りたくってなんとか立ち上がると背を向け、よろけながら走り出した。
リイムはもとより、モーモーもスカッシュもそれを追わない。
なぜなら、池の水面が盛り上がったから。
「冗談じゃねえ! かなうかよ…………ぅひっ!?」
水柱が立ったかと思えば、それはゴーレム。いつの間にいたのか、池の中より現れたミッキーが、その重い体からは想像もできない跳躍で、逃げようとする者の進路を阻み地に降りた。
「ご、ゴーレムだとぉっ!?」
地響きのような轟音と衝撃に再び尻を着く。それ以上は言葉にもならないらしい男に、最後の一人?が高らかに言い放った。
「ここに、まだいるぜーーーッ!」
「うっ……!」
どこから高く飛び、まぶしい太陽を背にして、空から降ってくるヒマワリ。
「タムちゃんに手を出そうする奴ぁ、お花に埋まっちまえーぃ!」
「う、うわぁ…………!」
同時に他の花が現れる。上がる悲鳴。そして数秒後。
ピタッとミラクルが着地した時には、瀧のように流れ落ちた花が人一人を飲み込んで、そこに大きな山を作っていた。
「あー。決まったよ俺! タムちゃん今の見てくれたか、俺の勇姿をっ!」
振られたタムタムは、リイムの腕に掴ったまま、もはや言葉もなくそのままで呆けていて。
「……え、え?」
「……状況が分かるか?」
スカッシュに聞かれ、タムタムは首を横に振るだけで答えられない。
「ざっと話せば、そこの花に埋まっている男は、お前の見合いの相手じゃなかったんだ。今回の話は向こうが断っていて、その断りの手紙を奪った盗賊が、さっきまでお前の相手をしていた」
「へっ……!? な、なにそれ……」
タムタムは固まるしかなかった。口がパクパクした。本当なのかと、皆の顔をひとつずつ見やった。
誰も何も言ってくれないのが、彼女の顔を恥ずかしさの赤に塗り替えた。てっきり、リイムは彼女の都合の良い理由で、駆けつけてくれたのだとばかり思っていたので。
「う、う、うそ……!?」
「本当だよ、タムタム。だから僕達が来たんだよ」
「え……ええっ!」
にこりと笑って、それが事実だと言ってくるリイムに、タムタムは、今もまだある手ごたえに飛び上がった。まるで熱いものにでも触れたかのような反応で、掴っていた腕から離れる。
まともに顔も見れず、思わず俯く。
「ご、ごめんなさい……」
「どうして? 謝る必要はないと思うけど」
不思議そうなその顔をちらりと見たところで、やはりタムタムは顔を逸らした。
盗賊と会っている自分を心配してではなく、見合いの相手と会っている自分を心配して来てくれたものと勘違いしていた……など、言えるはずもなかった。
「だ、だって……! その、ずっと掴っていて…………リイムの邪魔、しちゃって……」
「いいんだよ。タムタムが元気そうだったから、安心したぐらいだよ」
タムタムの少々余所余所しい態度に疑問も抱かず、リイムはいつものように優しく微笑む。
「んん……。うん……」
その顔をされるとどうしても弱かった。魅入ってしまう顔。気恥ずかしいのに、誰に対しても彼はそうなのに。どう思おうと、もう逸らすことができなくなってしまう。見てしまう。熱いのではない、暖かくて、心地よい。
「リイム……。助けに来てくれて……ありがとう」
「うん。何事もなかったみたいだし、無事でいてくれて本当に良かった。色々と、心配したしね……」
「あ……」
リイムの目が一瞬だけ覗き込んで、笑って。そう思ったタムタムは、何をと聞き返そうとしたが、言葉にできず、
「タムちゃ〜ん! はいはーい! 俺も助けに来たぜー! お礼ー! 俺にも言って〜」
熱くなりかけたそんな折に、ミラクルが跳ねてきた。
「だって俺も一杯心配したよー? いろいろこもごもまざまざと! でもそんなことで枯れるほど俺も中途半端にお花やってないっつーか……」
「……はいはい。あなたもありがとうね。助かったわ」
「おう! いつでも俺を呼んでくれタムちゃん〜わはは!」
放置しておいたら延々と述べるに決まっているので、苦笑ついでに早々と止めておいた。そして少し、楽になった気がした。
「皆も、ありがとう。心配かけちゃって……」
気にするなとモーモー。
「タムタムは俺達の仲間だからな。そりゃ、助けに来るのは当然だモー」
「そうそう。タムちゃんがいなくなったら俺が悲しむっ!」
割り込んでくるミラクルに、やれやれとタムタムは肩をすくめた。
「……あなたね、ライム姫様はいいの?」
「もちろん姫様、大大好き俺様だけど!?」
「言っちゃおうかしら。二股かけてますって」
「――ぐぼぁっ!」
勝手に倒れた。
それに少々敬遠しがちな視線が集まったところで、向こうからざわめきが聞こえてきた。
「……何かしら?」
「駐在の兵士も来たようだ。野次馬まで一緒のようだがな」
スカッシュが言って、モーモーが声を張り上げる。
「丁度いいタイミングだモー。さっさとこいつらを引き渡して戻ろうぜ。おぉーい! 見つかったぞー! こっちだモー!」
後は駆け足が押し寄せてきて、盗賊達は兵士に引き渡された。村では事件自体がめったにないらしく、付いてきた村人達が少し離れたところから、憶測などしつつ物珍しそうに見ている。
そしてそこから、一人の恰幅良い中年女性がタムタムの元へ走り寄った。宿屋の女主人だった。
「もう、タムタムさん。災難だったわねぇ。人相が悪いと思ったら、実は盗賊だったなんて。どう見ても吊りあわないし、おかしいと思ったわよ、ほんと!」
「私もびっくりしました……。相手の方の事はあまり聞いていなかったんです。それでも変わっているなって、感じたりはしたんですけど……まさか、お見合いは無しになっていて、盗賊が成りすましていたなんて……」
溜息が出てしまった。全く、今までの緊張やあれこれの煩悶はなんだったのだろうかと、彼女はうな垂れた。
それが、相手にとってはお見合いできなくてへこんでいると映ったらしい。
「あらまぁ、何言ってるの。残念だと思ってるのかい? お見合いなんてする必要ないじゃないのさ」
女主人にやれやれと溜息を返された。しかし、何やら面白そうな相手の様子。
「あの……?」
「……だって、あの凄い勇者様方って、あなたのお仲間なんだってね。いい男ばっかりじゃないの。あんな男連中に囲まれてたらねぇ……そりゃあ、あなたに好意を持つ男は多いんだろうけど、引け目を感じて近づいてくるわけないわよ、タムタムさん」
そう言われて、タムタムは思わずぽかんとした。そんなものは意識した事がなかった。
「え。えぇと……私……その、ですね……?」
何をどう返せばいいものやら心が急かされるが、しかし何も浮かばず、タムタムは焦りだした。
相手の方は、そんなタムタムを面白そうに見やって、攻めるばかりだった。
「まあいいわ。でも、実際どうなんだい? あの中で自分に気がありそうだなって感じる人いないの? それに、あの中に実は好きな人とか、気になってる人がいるって事ないのかい? おばさんねぇ……いるんじゃないかなって思ってるんだけど? なんで今回はまたお見合いなんてしたのか知らないけどさ」
「……」
タムタムの顔が真っ赤になった。それを勝ち誇ったように女主人が笑ったところで、何かが二人の間に飛び込んできた。
「きゃ!って、あなた」
そんなところまで気が回っていなかったので、驚けばまたアレだ。顔をぶるんぶるん振っている。
「あら。なんなんだい? これって、サンフラワー?」
「ダ、ダメなんだタムちゃん! 俺がとてつもなくいいお花だからって……俺はダメなんだよタムちゃ〜ん!?」
「――あなたじゃないから、余計な心配しない」
「ぎゅむぅ……」
女主人は呆気にとられている。即口を押さえて、タムタムは助かったと思った。掴まえた花は、ぐったりとしてまた倒れてしまったが。
「お〜い? 引渡しは終わったモー。お城に帰ろうぜタムタム!」
モーモーの声に振り向こうとすれば、その前にリイムがいた。
「あ……リイム」
思い返したばかりだったので、自然とはいかず少し言葉に詰まる。それをしっかりと見ている目。
「帰ろうタムタム。もうこっちは済んだよ。……ええと、そちらの人は?」
視線を感じたリイムが尋ねると、女主人は自ら進み出た。
「タムタムさんがお見合いをするはずだった宿をやってるのよ、勇者様。よく、そういうお世話をさせてもらってるわ」
すると、気後れなど見せたことのないリイムが珍しく迷い、言葉を考えている様子だった。
「そうですか……。…………ええと、今日は僕達の仲間のタムタムがお世話になったみたいで……ありがとうございます」
とたんに、女主人は吹き出す。
「アハハ! 勇者様、あんた真面目でうぶなんだねえ。でも、ちょっとお堅すぎるんじゃないかい? もう国内じゃ名前を知らない者はいないって程有名人なのに、それじゃ損だよ」
「そうでしょうか……」
あのリイムが、これは苦手らしい。特に返す言葉もないらしく、困った顔のままでそう言った。
タムタムは口を挟める状態ではなく、リイムと同じように困った顔で、それが女主人の気をさらに良くした。
「全く、若いわねぇ、二人とも。……ふふふ。まあ、これからなんだろうけど。あんた達、なかなかお似合いだわよ?」
「えっ……!」
分かってるんだよと言いそうな笑う目配せに、タムタムは一気に真っ赤かになって、俯いた。
そこに、向こうから再度声が掛かった。
「おーい。二人とも戻らないのかモー?」
なかなか二人が戻ってこないため、モーモーがどうしたんだとやってきた。
二人は答えられず、女主人のみが愉快愉快と笑っていた。
「まあ、あんた達なら、いつでもお世話させてもらうわよ。気軽においで。そうそうモーさん。あんたもたまには気を利かせてあげないと」
「? 何の事だモー?」
いきなり振られて、モーモーは首を傾げるのみ。リイムとタムタムを見ても、応えがない。
「う〜ん。まあ、忙しいみたいだし。話すのはこれぐらいにして、おばさん戻るわ。じゃあ。タムタムさん、がんばってね」
三人のそれぞれ微妙に違う困った顔が揃ったところで、女主人はやはり笑いながらだが、自ら去っていく。
「「……」」
スカッシュが来ても、ミッキーが来ても。復活したミラクルが騒ぎ出すまで、彼らはしばらく、無言のままそこに佇んでいた。
ライナーク王国の蔵書を納めている王城内の図書室に向かう。一般人も利用できるが開放しているのは毎日ではなく、本日は関係者以外立ち入り禁止。
――何の邪魔もない。
走ってはいけないが、歩みが早くなる、小走りなる。
帰ってきている情報は得た。まず城下の研究所にはいなかった。仲の良い学者仲間にはまだ会っていないらしい。城内の与えられた自室にもいなかった、しかしリチャード国王の元にはしっかり顔を出している。ならば残りは、ここ。いるのは分かっているのだ。
「――教授! もう、一体何だったんですかっ!」
勢い良くタムタムは中に進入した。
「ぉ。おおう、タムタムか……」
思ったとおり、ラドックの姿を発見。ただし、隣に見知った顔がある。少々、威勢をそがれた。
「タムタムさん、こんにちはですぅ」
「へ……リルル? またこっちに来たの?」
どことなく、いつもおっとりとした感を漂わせる、タムタムより一つ下の少女。同じ師を持つ、もう一人の親友だ。マテドラルの宮廷司祭見習いで、シャルルの攻撃魔法を操る黒琥珀使いとは反対に、彼女は補助魔法を使いこなす白琥珀使い。
「今度は何の用事なの? こないだしばらく滞在してたばかりなのに」
シャルルのもう一人がリルルであり、リルルのもう一人がシャルル。彼女達は頭部に強すぎない衝撃を与え、なおかつそれと同時に特定の周波数をもつ音を聞かせると、まこと不思議な事に入れ替わってしまう特異な体質で、それにはもっぱらピコピコハンマーが用いられる。
「この前のお仕事が済んで、またとんぼ返りでライナークに向かう用事ができちゃったんですよ。でも、また済みましたから、今日で帰りますぅ」
「そ、そう……? 忙しいわね……」
リルルは朗らかでいつもやんわりと笑っている事が多いが、今日はニコニコしすぎではないかと、タムタムは思った。ラドックがこそこそと逃げ出そうとしていたのが見えたので、考えている暇はなかったが。
さっと前に仁王立ち。
「きょうじゅ! 一体、どちらにいかれるんでしょうか? 調べ物が明らかに途中だと思われるんですけどね……?」
「う。フォッフォッフォッ……。いや、突然用事を思い出してのぅ……ちょっと先にそちらを済ませてこようかと思って……」
「そぉですか。でも、先にお話があるんですけど、もちろん……聞いていただけますよね…?」
じりじりと下がる、じりじりと出る。
「う、うむぅ……。な、なんじゃろうな? やっぱり……昨日のアレ、かのう? お前さんも無事じゃったし、リーダーが王に告げずに飛び出してしまったそうじゃが、お咎めは一切無しでほんに良かった良かった……!」
「確かにそれは良かったですけどね。残念ですが……ち・が・い・ま・す!」
タムタムはすぅっと大きく息を吸った。慄くラドックに、用意していた手紙ごと突き出した。リルルの前だが、押さえられそうにない。わなないて。
「――これの事ですよ! なんですか、これは!? 恋人がいる相手のお見合いのお世話だなんて……。私がどれだけ悩んだ末に引き受けたか、分かります!? 全く……」
それだけで一挙に徒労感の大波に押しつぶされ、息んでいた力が抜けていった。肩に力が入らず、がっくりと落とす。
それは、捕まえた盗賊から取り戻した手紙で、本物の見合い相手であったウェッジからタムタムに向けて、急ぎ送られたものだった。
突然、師から話を聞いて驚きながらしたためている。いつの間にか見合いを決められてしまっているが、自分には実は師に話していない恋人がいて、とてもではないが見合いを受けるわけにはいかない。申し訳ない。心配してくれるあまり、つい、でしゃばってしまった師の分も深くお詫びする……などという事が大体書かれている。
「ぅう……。まさかいつの間にかしっかりと恋人ができておったとは、向こうも知らなんだ……。まぁ、思えばダムレイはあまりそういうのに敏感なひとではなかったが……。いや、我々だけで話を進めた挙句、こうなったことは本当に悪かったと思っておるよ、タムタム……。なんの悪気もなかったんじゃ。すまんのぅ……」
ふらふらとタムタムは後退して、後ろにあった椅子に倒れこむように腰を落として、机に伏せった。
「もういいです……。私も馬鹿でした……。もうお見合いなんて金輪際しません……聞く耳もちません……逃げ出しますから……」
燃え尽きた後のタムタムに、リルルはそろそろと近づいた。
「タムタムさん、あまり落ち込まないで下さい……。その、お勉強になったと思えば……」
「こればっかりは、無理……。私の一週間を返して欲しいの……」
伏せったまま向こうを向いて、ぼそぼそとそんな事を言う。
「むぅ。あのタムタムがこうなってしまうとは……。重症じゃのう……。いくら優秀な僧侶でも、これは癒せんのぅ。どうしたものか……」
唸るラドックに、リルルはにっこりと笑った。大丈夫ですぅと。
「でも、リルルは知っているんですよ〜。良いことありましたよね、タムタムさん。王様にも告げずに、勇者様が飛び出してくれただけじゃあ……ないですもんね?」
「……」
ピクリと動いたような動かなかったような、些細な反応。
「勇者様、来てくれましたよね、一番に。それに、心配してましたよね。タムタムさんの事」
その瞬間、タムタムはリルルに詰め寄り、椅子を蹴倒す瞬発力で反応に変わった。
「――ななっ、なんで知っているの!? 誰から聞いたの!?」
彼女はほんわかと笑う。
「違いますぅ。リルルは、昨日村にたまたま用事があったんですよ。あの村で、しばらく前にカラード教典の、ず〜っと昔にバラバラになってしまった原本のうちの、一枚らしきものが見つかったって話、聞いていませんか? だから、受け取りにいったんですぅ」
「え! あ、もしかして聞いたかも知れないけど……そ、それより近くで姿なんて見なかったし、気配だって……?」
タムタムはリルルをまじろぎながら見ていて、ふいに、相手の頭に登って来た、小さなものに気が付いた。驚愕する。
「ハムス……!」
常に姿を見せているわけでもないそれは、少し尻尾の長いハムスターといった姿で、大きさは握り拳程。シャルル、リルルが可愛がっているペットであり、ちょっとした護衛獣で、また使い魔のような関係でもある。
「私、そういえばうっかりしていて、タムタムさんがどこでお見合いするのかは聞いてなかったから、まさかあの村だったなんて思わなかったんですけど。……いつの間にかハムスさんがいなくなって、タムタムさんが危ないって突然聞いたら、勇者様が来たみたいで」
相変わらずにっこりと話すリルルなど目に入らず、タムタムは血の気が引いた。
あそこにハムスがいたとしたら、きっと自分がリイムに飛びついたり女主人に冷かされたりした事も、みんな、全部、全て、聞いているだろう……。
「う……」
「良かったじゃないですか〜。勇者様も、別に嫌な顔してなかったですよね。駆けつけた後の時も、おばさんに言われた時も」
あれよあれよと、蒸気がそこから吹きだしそうな顔。
やり取りから何となく理解したらしいラドックも、白い髭を揺らして含んだ笑い。
「なんじゃなんじゃ。……タムタムもお見合いは仕方ないと言いながら、転んでもただは起きなかったのか。さすがワシの弟子じゃのぅ。フォッフォッ」
「ふふふ〜♪ リルル嬉しいですぅ。あれやこれや、がんばっちゃった甲斐が少しはありました。ね?」
二人のその笑みが止まらない。
タムタムはふらふら後退しつつも、真っ赤な顔で言い返そうとがんばった。
「ちょ……! でも、でも……あれぐらい考えれば、別に普通の事かもしれないし……! 教授もリルルもそんなに嬉しそうに……! 人の顔を見ながら笑わな……」
「――気にせんでよい。嬉しいのは分かる。リイムの攻略はゲザガインを打ち倒すぐらいの難関だろうからのぅ。まぁ、前進じゃのぅ?」
「な、何がですかっ……!?」
「え〜? だって、タムタムさんもちょっとだけ積極的に慣れましたよね。しばらく、離さなかったじゃないですか〜。それに肩に……」
「あー!? しばらくって、だってあの時はなにがなんだか分からなくて、それどころじゃあ!」
「うん? 積極的とな。もしや、何がなんだか分からなくて、思わず抱きついたりしたとかのぅ」
「……!!!!!!!!!!!」
からかわれて、もう、タムタムがこれでもかというぐらい熱々に茹で上がった頃。
「タムタム。ここにいたんだね」
「――り、リイムッ!?」
いつ来たものか、そこにリイムが入ってきた。
そういえば、ドア開きっぱなし――。
彼はタムタムの悲鳴に近いようなそれに、一瞬だけ面食らった様子。
雰囲気を感じ取ったのか、肩越しに振り向いているタムタムと、相対している二人の間を何度か視線が往復する。
「……昨日の予定が変わっちゃったから、今日、これからミーティングをしたいなって思って探していたんだけど……何か、おじゃまだったかな……?」
「べ、別にそんなことは……! 全然っ」
「……そうかい? 忙しかったら時間をずらすつもりだけど」
オーバーに首を横に振る。彼以外の誰もが、現在タムタムが熱暴走で頭の中が渦巻きになっていることは、大体見て取れた。
「ミーティング、ね! うん、分かったわ……! うん、すぐに、逃げずにちゃんといくから…!」
「……逃げる?」
リイムが小首を傾げるような仕草を仕掛けたところで、さらにギャラリーが増えた。
「どうしたんだモー? なんか妙に騒いでねえか?」
「お祭りー? お祭りお好きな俺様も! お邪魔していいっ!?」
「……」
ぞろぞろと、モーモー、ミラクル、ミッキーの姿。
「あ〜〜〜! お祭りじゃないわよ! 見世物でもなんでも、何でもないんだから……!」
リイムが一人で歩いている事はむしろ珍しいので、焦るがここは驚くべきことではない。タムタムはこれ以上はと――先に進ませないよう、ドア付近で呆気に取られている彼らの方へ自ら走り寄った。後ろではクスクス、ホホホと笑っているわけだが。
「……またやられたのか。どおりで賑やかな訳だ」
そこに、毎度呆れると言うスカッシュが加わった。
「おう? やられたって、なんだー?」
「……お花には関係ないことっ」
「なんでー!?」
お花の飛び上がる抗議は無視し、タムタムはこの場から皆を押し出すつもりで、前に出る。
「あの、教授はこれから大事な調べものだからっ。私ももう、出るところだったの。行きましょう!」
笑い声。
「いや、まぁワシも終わるところだったんじゃ。別にここで話し込んでも構わんぞい。フォッフォッフォッ。どうじゃ、ここでもう一押ししてみんか? 協力は惜しまんぞ?」
「――しませんっ!」
全力で振り向く。
「良いのかい? 気を使わなくても、都合が悪いようなら僕達、席を外すけど……」
全力で戻る。
「――いいの、もう!」
前に後ろに、忙しい。そんな彼女と分かっていて、拍車をかける者。
「まあ、頷けなくもない。からかい甲斐があるからな」
「ななっ……!」
絶句したタムタムの前で、ミラクルも能天気だ。
「何の話で誰の事だぁぁ!?」
がやがやとする周囲でひとり、リイムが真面目に問う。
「……もしかして、タムタムの事?」
「リイムっ! もう、いいから早く出るの! ミーティングするんでしょう!」
「わわっ! タムタム……!」
真っ赤に赤くなりながらも、タムタムはリイムの後ろに回りこんで、問答無用で彼の背中を押し出した。
「おいおい、タムタム……」
「モーモーも出る!」
「――うおっ!」
彼も押し出し、ミラクルは何か言うまでにタムタムが先に視線で押すと、何も言わず出て行った。スカッシュもミッキーも、後は続くように出て行く。
皆を図書室の外に追いやったその頃には、肩で息をする彼女の後ろにいる二人も、何とか笑いが収まっていた。
「じゃあ、私も失礼しますから……!」
「うむ。まあ、お前さんは飲み込みが早いから心配は無用かもしれんな。ちょっと積極性が足りんと思っておったんじゃ。安心したぞい」
「タムタムさん、今までちょっと遠慮してた感じでしたからね。これからは押しもがんばってくださいですぅ。悩みすぎないで、アタックですよ?」
面白可笑しい笑みが消えた二人と対面すると、とたんタムタムは気恥ずかしくなった。その目が自分をどう見ていて、実際どう思っているのか分からない彼女ではなかったから。
「わ、分かってる……。分かってますよ、私だって……」
もっと積極的になりたいと思っているし、もう一人の彼が好きな相手の事も、意識しすぎないようにと考えているし、色々頭の中は忙しく働いてくれるのだが、行動にはなかなか至らない。それも悩みの一つだ。今回の場合は、考えることもできず、思わず行動してしまったから飛びつけたのだと思う。それぐらい、真っ直ぐ夢中になればいいのだろうが。
――そうすれば、気づいてくれるのだろうか?
そんな事を考えながら場面を想像し、赤面しているところへ、図書室の外から、少し離れたところから声が掛かった。
「おーい、タムタムー! 一緒に行かないのかい? それとも後の方がいいのかなー?」
「あ……」
リイムが呼んでいた。少し行ったところで、どうやら待ってくれているらしい。
ラドックが行けと目配せした。
「ほれほれ、およびじゃぞい」
「わ、分かってますってばっ。じゃあ……!」
タムタムは二人に背を向ける。そして置いていかれないように、少し駆け出した。
「ちょっと待ってー! すぐ行くからー!」
図書室から飛び出し、走ってはいけない廊下を、躊躇せず踏み抜く。
(もっとがんばるから、待っていてね……リイム)
こちらを見ているリイムに向かって――後は怯まない。タムタムは真っ直ぐに走っていった。
<おしまい>
<何書けばいいんでしょか……2>
続き上げました。はふ。えーと?
タムタムは、そうですね、えへへ?(蹴)。彼女って構いやすくて構いたいキャラですな……。趣味はお裁縫なんだ! ちくちくぬいぐるみを直すんだい(涙)。しかし、こういうのは苦手ですよ。中身が月並みで薄くても勘弁してください。まぁ彼女は、実は勇者軍内で一番お人よしな人だと思う……リイムよりね。
リイムはだから分からんと……(蹴)。永遠に分からんと(苦笑)。リイムが上手く書ける人はきっとなんでも書けるさ……。クセがない神キャラすぎて難しい。負けるはずがないし、な……。彼は神輿のようなキャラ。動かすのは周囲の担ぎ手(苦笑)
実はヒマワリは使いやすいんです、そういうキャラの位置づけですから。場を変えるにはね……。ミッキーと組ませるのは必殺の一撃コンビということ。
モーモーもアラビアも語れるはずがないっ……です。しかし、モーモーいつもリイムと一緒なのでリイムを狙う人にとっては大きな壁(笑)。しかも、私の話ではアラビアとスカッシュまでくっ付いています。もちろん魔物も群がります。どうしましょう、リイム攻略は至難の業です……。
スカッシュは決して厚顔ではないと思っているので大人しくなっていると思いますが、私的にはこれぐらいのテンションでまぁ普通。2の時が一番元気だったと思ってますから彼は……。で、なんかいつの間にかいたり、解説してくれたり、パターンはあんまり変わりません(苦笑)。まぁ、発言がやや少ないのです。意外に便利キャラ。特性は美形10で地味10+2。だから普段目立たない。
教授はともかく、リルルです。シャルルでまた出そうかと思いましたが、せっかくなので変更。私、電球が出ましたよ! そうです、彼女達には衝撃だけではなく、音が必要だったんですよ!? そうじゃないと勝手に戦闘中変わってしまいます。ふ……。ハムス便利。
魔物達は別にここで語ることもなかろうかと……。盗賊達も語れるはずがないと。ちなみに勝手に作った教授の兄弟子ダムレイはゾウマンです。
おばちゃんってああいう話が好きだから嫌いなんだ(苦笑)。ちなみに私は見合いなどしたことないので何もツッコまないで下さい。
ウェッジ? ふるねぃむはウェッジ・○ッド。
まあ、こんなもんでしょうか。久しぶりだからあとがきは好きに書けて良かった(苦笑)。お粗末様ですた……。また当分書かないでしょう。やる気もネタもないし。ネタあれば地道に……。
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