それは まことに ゆゆしき事態
<3>
翌日、国王リチャード三世より、勇者軍に勅命が下った。しばらく前から報告されていた件。警戒している魔物の調査指令で、依然事件となっていないものの、ここ数日で目撃情報が一気に増えたため、住民の不安を解消すべく目的地に向かうこととなったのである。
タムタムは気が気でなかった。勇者軍が向かう目的地とは、昨日聞いた隣村だったのだ。
村に着き、入り口で出迎えてくれたよぼよぼの村長から、早速話を聞く。
「そうだぁ……なんかこう、山のようにおっきくてなぁ、ずしんずしんって音を立ててなぁ、走り回ってるみてぇなんだ。しかも夜にでるんでなぁ、みんな怖がってなぁ……」
「魔物が村の外で、何かやっていると……」
ところが、リイムが村長と話していると、いつの間にか老齢の村人が集まってきて、世間話が始まりつつあった。
「んだなぁ。何してっか知らねぇけど、ロクなことじゃねぇだろなぁ」
「だから、それを調べてくれるんだろ。お願いしますだ、勇者様」
「勇者様が来てくれたら安心だぁ。今夜からぐっすり寝られるだぁ」
「なぁ勇者様。うちは宿屋やってるから、くつろげるだよ。休憩していかんかねぇ?」
リイムの、少し困った顔。
「あ、いえ。まだまだ聞き込みがありますので……。えーと、時間がかかりそうな時は、お願いします」
「そうかぁ。まあ、ゆっくりしていってくだせぇ。なぁんもないとこだけど」
「それよりも勇者様、聞いて下され。うちの孫がな……」
囲まれ、足止め状態である。リイム自身は次の聞き込みに行きたそうだが、好意をもって話しかけてくる老人たちを押しのけて進むわけにもいかず、相手を続けている。
タムタムはチャンスだと思った。
「ねえ……みんな! リイムがおじいさん、おばあさんたちに捕まった以上、いつまで待たされるか分からないし、ここは手分けして聞き込みをしましょうよ!」
話しが終わるのを待つつもりが、一向に解放されそうもないリイム。残りメンバーが、さてどうするかと顔を見合わせたところで、タムタムは真っ先に提案した。
「……だな。ありゃあ、待ってたらかなり掛かりそうだモー。俺たちでやったほうが良さそうだ」
モーモーはリイムが気になるようで、そちらから目を離すことはなかったが、腕を組んで仕方がないと同意した。
「よぉーっし! ならがんばってリイムの分も聞いてくるブヒよ〜!」
「隣村ってのは拍子抜けだったが、こういう任務は久しぶりだからな! がんがん仕事するぜ、アミーゴ!」
ダンとトーマスは、訓練や見回り以外の任務のためか元気がいい。全面的に賛成のようだ。
しかしスカッシュが向けてくるのは、明らかに疑わしいものを見る目つきだった。
「個別での聞き込みに異論はないが……」
「な、ないが……何なのよっ?」
当て付けなのか、隠そうともしない態度。言葉とは裏腹な眼差し。
思惑が覚られているのかと、タムタムは焦りながらも相手を睨みつけたが、スカッシュはかわすように背を向けた。
「まあ、突き止めたところでな……」
どうせくだらないことだろうと。
そう、語らない言葉が聞こえる呆れたつぶやき。そしてそのまま彼はゆっくり歩き出す。
モーモーがスカッシュを見ながら首を捻る。
「ん? いや、突き止めないと駄目なんだろ……?」
勘違いだが返答もなく、どこか解け合わない雰囲気が残る。だが、二人で盛り上がるトーマスとダンが、張り切った声で打ち消した。
「じゃあこれで一旦解散だな! 聞き込み開始だぜー!」
「やるブヒよー! いーっぱい、いーっぱい聞きまくるブヒー!」
やる気は分かるが、果たして彼らにできるのか。遊びにいくようなうきうきとした足取りで、向こうへ走っていく。
「ちゃんとできるかしら……」
それを見送りながら、タムタムは一抹の不安を抱き、つい普段の調子でつぶやいたものだが、すぐ振り払うように首を横に振った。
「っと、私も行かなきゃ……!」
思考を自分の目的に切り替える。今は他人を心配している場合ではないのだ。まず行動に移らなくてはと、タムタムは足を踏み出した。
予想外だったのは、直後に声を掛けられてしまったこと。
「なあ、タムタム。一緒に行っていいかモー?」
「――え、えっ!?」
驚いて振り返れば、モーモーが困った様子で頭を掻いた。
焦りのせいで、裏返った声が出る。
「わ、私とッ?」
顔も強張っていた。しかし人懐っこく、細かいことは気にしないモーモーだから、その言動を不審に思わなかったのだろう。むしろ、筋骨隆々の逞しい大男が後頭部に手を回し、押さえながら申し訳なさそうな顔をするほうが、妙な光景かもしれなかった。
「だってよ、苦手なんだモー。戦うことなら任せとけって言うんだが、こういうのはなぁ……。聞いても俺じゃあ、分かるもんも分からなくなるかもしれないだろ。でも、ここで突っ立ってるのもちょっとな」
モーモーの言い分は分かる。戦うことに関してはとても頼もしいが、頭を使うことを苦手とするのは、周知の事実。ミノタウロスという、種族の傾向もあるのだろう。
だが今は困るのだ。何もなければ二つ返事なのに――。
「それは……」
タムタムは心底困った。今回の任務は、ひとりでやらなければならない話しではないし、誰かが側にいて困る聞き込みではない。筋の通った、もっともらしい断る理由など、思い浮かばない。単純に嫌だと突っぱねるなら別だが、共に戦い信頼する、大事な仲間のモーモーが頼んできているのである。どうやったらそんなまねができるだろう。大した理由かと言えば、とても大した理由とは言えない私的な思惑で。
それを天秤にかけて、さらに断る文句を考える自分は最低ではないか。
「えっとね……」
「どうしたモー?」
顔を上げられないので見えはしないが、モーモーはきっと不思議そうな顔をしているのだろう。ただついていくだけという、別に面倒でもないことを、目の前の仲間が断ろうとするなど、露も思っていないはず。
「その……」
タムタムは苦しくなっていた。自分を恥じる気持ち、モーモーに詫びる気持ちしかなく、どうしても断る言葉などでなかった。仮に浮かんだとしても、きっと口に出すことはできないと思った。
それがあまりにも辛くて、もう恥を忍んでみんな話してしまったほうが、いっそ楽になるのではと、思いかけたが。
「モーモー」
相手の名前を呼んだのは、我慢しきれなくなった自分ではなく、スカッシュの声だった。
「え……」
そちらを向くまで気づかなかったが、どうやら彼は歩き出したものの、すぐに足を止めていたらしかった。少しだけ離れた位置に立っており、肩越しに横顔を見せている。
「なんだモー?」
「一緒に回ってくれないか。……言うまでもないが、お前やリイムは、知らない者が稀なほど、この国では有名だからな。俺ひとりで話を聞くより、スムーズにいくだろう」
「ふーん、そういうもんなのか? 俺は全然構わないモー」
モーモーは、また申し訳なさそうな顔で苦笑した。
「一緒にって言ったばかりだけどよ、スカッシュがああ言ってるし、ついていったほうが俺も役に立ちそうだモー。ころころ変えて悪いな、タムタム」
「う、ううん。そんな、謝ってもらうことじゃあ……」
気持ちに整理がつかないまま、タムタムはとにかく、首を横に振った。モーモーは何も悪くないのだと伝えたくて。
だが、そもそも怪しんでいない相手だ。そんな内心を察することなどできるはずがなく、モーモーはすぐさまリイムのほうを向いて片手を上げる。
「リイム! 俺たちは先に行ってるモー!」
「……ごめん、頼むよ!」
やり取りはある程度見ていたのだろう。相変わらず老人たちに囲まれているリイムは、すまなそうな表情だった。
そして、スカッシュとモーモーの二人もその場から離れていく。
「……はぁ」
タムタムは後味の悪さに一人で溜息を吐いたが、次にはリイムに声を掛けた。
「リイム! 私も、行くね……」
「うん……。タムタムも、ごめん。お願いするよ」
ここ数日の件のせいだろう。少しぎこちなさがある返事を聞いてから、歩き始める。
(ごめんね、リイム……)
謝るのは全て自分のほうだと、一層気分が重くなる。
今の微妙な距離感は、自分も嫌だし辛かった。だから、食事をこのままずっと、別々に食べることは無理だ。シャルルが理由を伏せて、なぜ突然一人で食べるようになったか、それらしい話しをリイムたちにしてくれたようだが、やはり納得には遠く至らない。そろそろ限界だと思う、お互いに。
(まさか、今日この村に来るとは思わなかったわ……)
やはりみんなと一緒に楽しく食べたいし、リイムと普通に話したいし、彼の憂いのある顔は見たくない。
それになにより。このままでは、本当に距離があいてしまうかもしれない。
(最悪のタイミングだけど……)
タムタムは口を固く結ぶ。
うじうじ、落ち込んでいる暇はなかった。一人で行動できる時間ができたのは、極めて幸運だ。無駄には出来ない。
(いいわ、私が思い切って、プライドとか、こだわりを捨てればいいだけだもの。ここですっきりさせるんだから……!)
タムタムは心に決めた。
あまり広くない村のことである。王城にも近く、度々通っているので、どこに何があるかは、ほぼ分かっている。
目指すは村の広場――。他の誰よりも先に行って、事をすませなければ。
タムタムの歩みは早まり、自然と小走りに変わっていった。
駆けつけた広場。ここも他と変わらず、祭事やおしゃべり、買い物の場として村ではもっとも人が集まるところ。店を出すならここ以外に考えにくい。
「いた……!」
思ったとおりだった。ざっと見渡してすぐに、探していた行商の二人を発見する。
販売対象が被るためか、集客の相乗効果を狙っているのだろう。隣り合わせで店を出しており、ちょうどどちらも同グループと思われる数人の客が購入し終え、離れていくところだった。
立ち止まるのもそこそこに、タムタムはそちらを目指す。
「おじさん、おばあさん……!」
走りながら声を掛ける。二人とも、ほぼ同時に気づいてくれたようだった。
敷物の上で女性ものの服を並べ、待つ老婆。白いテーブルクロスをかけた台に、ティーセットを置いて待つ、中年男性。城下町の中央広場で会った、婦人衣料とダイエットティーを売る二人である。
「あれまあ、タムタムさんかい?」
「おお、お嬢さん。わざわざ村まで来たのかい?」
少なからず二人は驚いていた。城下町でならともかく、ここで会うとは思っていなかったのだろう。
タムタムは乱れた呼吸を落ち着かせることもなく、手早く用件を話し始める。
いつ彼らがやってくるか分からないのだから、とにかく早い方がいい。
「実は、ここに来る用事が偶然できて……。それであのっ、おばあさん。今は持ってきてないんですけど、この前のあの服……できるんだったら、今度交換してもらいたいんです」
「ええ、聞きましたとも。昨日、来てくれたんだってね。もしかしてと思って、ちゃんと確保しているよ、サイズ違いの」
にっこりと笑った老婆に、タムタムは軽く頭を下げて、すぐさま隣の男性店主に向き直った。
「あ、ありがとうございます。それで、おじさんも……今日は買えないんですけど、今度三カ月分の、お願いできますか?」
「えっ、一番多いのを買ってくれるのかい? ……いや、ありがとう。じゃあ用意しておくよ」
商売柄か、一瞬面食らった表情も、買ってもらえると分かれば笑顔に変わった。
しかしまだ話は終わらないのだ。
タムタムは深呼吸して、再び口を開いた。
ここからが大事な話。
「……それから。お二人にお願いが……あるんです」
改まった様子に、また表情を戻すことになった二人。ただそれは、もっともであり予想できた反応なので、タムタムは気にせず進めた。
「私、今……仲間のみんなと調査で村に来ていて。だからそのうち、みんなが聞き込みに来るはずなんです……」
この村に調査に向かうと聞いて、まず焦ったのは、行商の二人が今日、偶然にも村にいるということだった。
老婆はすぐに、思い出したようだ。
「仲間って言うと……この前のお兄さんがただね? 若い騎士の子と、牛の人と、黒い服の人……あとお日様さんや、魔物さんがいたねぇ……」
「は、はい……」
会っていないはずだが、そこで老婆のつぶやきを聞いた男性店主は、知っている反応を見せた。
「騎士の人、牛の人って……あれなのかい? もしかして、勇者軍?」
「は、はい。その、そうです……」
隠す理由もなければ、隠しとおせるものでもないので、タムタムは頷いた。
すると、二人から感嘆の声が上がる。
「勇者軍って……私も聞いたことがあるよ。あの魔王ゲザガインを討ったっていう、有名な勇者様の部隊じゃなかったかい」
「すごいなぁ、お嬢さん。まさか勇者軍にいるなんて」
二人は国外から来たようだが、それでも少し話せばすぐに分かってしまう。それだけ彼らは誉れ高く有名で、外面的にも分かりやすかった。スカッシュがモーモーに言ったことも事実だろうし、それゆえに隠せるものでもなかった。偽っても、会えば嘘だと気づかれてしまうだろう。
こんな時は、勇者軍の一員でないほうがいいのにと、タムタムは思う。話すのは恥ずかしいと思いつつも、それに勝る隠したいことがある。
驚きと感心の眼差しで見てくる二人に向けて、タムタムは情けなく、身を縮めた。
「それで、お願いなんですけど……その時に、私の話はしないで欲しいんです……。この前のこととか、この今のことも……」
「「えっ?」」
二人が同時に口をあける。タムタムはここまで話してしまったら、後はもうどうにでもなれと、気持ちをそのまま吐き出していった。上手く話す方法も分からなかった。
「みんなに言ってなくて……。もし触れられたら、気づかれちゃうかもしれなくて……。だから服を交換したとか、お茶を頼んだことは、話してもらったら困るんです……!」
タムタムが焦ったのは、この村に来て聞き込みを始めたら、二人に会って気づかれてしまう恐れがあったためだ。
まず、先日の服を購入した際、試着しなかったことを知られている。その服を交換してもらおうということは、着られなかったと連想されるかもしれない。そして、ダイエットティーに興味があることを知られたら、なぜ一緒に食事を食べないのか、その理由を覚られてしまうかもしれない。減量しようとしていることを。
その二つの予想をあわせれば、間違いなく答えに突き当たるに違いない。
彼の頭の中に「タムタム太った?」なんて文字が浮かんだら……。
ぞっとする。振り払うように、タムタムは頭を振った。
「まさか今日、任務でこの村に来るとは思ってなくて……。一緒に聞き込みに回ることになったらどうしようって困ってたんです。その時、おじさんやおばあさんに声を掛けられたら……って。そうなったら、今、別々に食事をしている理由も、みんなばれちゃうって。でもたまたま、運よく別々の行動が取れることになって……。だから今のうちに、こうやってお願いしに来たんです!」
結局、全てを話してしまっていた。
前の二人は、驚いたまま黙って聞いていたが、話が終わると程なく、忍び笑いを始めた。
それはそうだと、自身も思う。これを笑わない者がどこにいるだろうか、こんなに恥ずかしく、滑稽な話をして。
タムタムは恥ずかしさに真っ赤になりながらも、再び頭を下げた。下げるしかない。
「あの……っ、すごく勝手なお願いだとは思っているんですけど……でも……!」
老婆はまだ笑いながらも、首を横に振った。
「いや、ごめんねぇ……タムタムさん。頭なんか下げなくていいから。フフフ……私も女だし、若い頃があったから、その気持ち分かるわよ」
男性も笑ったままだったが、不快なものではなかった。
「うん、こっちも……ごめんよお嬢さん。つい微笑ましくてね……気を悪くしないでおくれよ。でも、心配はいらないから。いや、商品が商品だからね、デリケートな悩みを持ってるお客さんが多いのは分かってるんだ。だからもう、何も言わなくていいよ。おじさんはお嬢さんの味方だから。余計なことは一切口にしないよ」
そこまで聞くと、少し不安が解けた気がした。ひとりでずっと考え、溜め込んでいたのを、吐き出したこともあるのだろう。
タムタムはもう一度、頭を下げた。
「……その、お二人ともありがとうございます。本当にすみません、こんな勝手なお願いをして……」
老婆は腰を浮かし、身振りを添えて止めるよう言った。
「もういいから。いいからね、タムタムさん、頭を上げて。それより、私たちと話しているところを見られるとまずいんじゃないのかい? いつお兄さんがたがくるか分からないけど」
話を変える中に、心配も感じられた。タムタムは再び頭を下げそうになったところを咄嗟に戻して、話す。
「あっ、それは……。私は任務で村に来たわけですから、聞き込みをしていたって言えば、聞かれても怪しまれることはないと思います」
男性店主は、少し苦笑して理解を示した。
「ああ、そう言われると初めに聞いてたかな。まあ、こっちも話を聞いた後だし、今見つかったところで、口裏を合わせれば大丈夫そうだね」
そしてそこまでつぶやいて、気になったことを尋ねてきた。
「……でも、お嬢さんたちがやってるその聞き込みって、何なんだい? まあ、聞いてもこっちは行商で、一定の場所にあまり長くはいないから、たぶん分からないことだろうけど」
現在聞き込みに回っていることだ。この後二人が、村人に聞いても分かってしまうことであるし、ここで黙っておく理由は全くないので、タムタムは説明した。
「私たちがしているのは……魔物調査です。まだ何も、起こってないんですけど」
聞くなり、老婆は不安そうに言ってきた。
「何も起こってないのに、調べるっていうなら……。この村で、何か起こりそうなことがあるんだね?」
しかしタムタムは首を横に振りながら、眉を顰めた。
そこを調べるのも、今回の任務に入るのだ。
「いえ、それもまだ分かりません。ただ、ちょっとおかしいみたいで……。報告によると、変な魔物が頻繁に見られるようになったらしいんです。言ってしまえば……それだけです」
男性は、不安から怪訝そうな顔になった。
「変って、何がだい?」
もっともな疑問である。だが、それに答えるほうも分からない。考えても仕方がなく、とにかく行って調べるしかないという流れになったのだから。
「実は、その変というのがはっきりしてなくて……。とにかくおかしい、奇妙な魔物が出るって。それが、サイクロプスみたいな魔物とか、ポンポコみたいな魔物とか、サイマンみたいな……とか。なぜかはっきり断定されないんです。あとは気持ち悪いとか、体は大きくて、遅くて。でも変わった動きをするとかで……」
話す自分もすっきりしない説明だ。納得しろというのは無理というもの。老婆も首を捻るだけだった。
「うーん? 聞いててもさっぱりわからないわねぇ……」
タムタムも同じ気持ちだった。苦笑するしかない。
「はい、私たちもでした。だからまずは、その魔物を自分たちの目で見てみないとなんとも……?」
そう締めくくったところで、ふとタムタムは振り向いていた。
何か思ったのではなく、ふとした予感がそうさせた。的中だったことは、どこかからの悲鳴が示す。甲高い女性のもの。
「キャー!」
「なっ……なに!?」
しかしまさか、真昼間から騒ぎが起こるとは思わなかった。タムタムは遅れて慌てる。
悲鳴の主は広場にはおらず、少しだけ遠いようだ。村のどこかだろうが。
「どこ!?」
見回すと、広場にいる者たちも動きを止め、声の方向を探している。
だが、自ら探すため駆け出す必要はなく、すぐ判断できた。
「うわァッ!」
「いやァーッ!」
悲鳴は一度で終わらず、次々と上がりだし、大きくなったのだから。
「――向こう!」
タムタムが通ってきた道とは、別の出入り口。真っ直ぐ行くと、ほどなく村を出ることになる。
そして悲鳴はなお続く。とりあえず向かうべきだとタムタムは走り出したものの、数歩進んだところで止まることになった。
向こうから逃げてきたと思われる男性が、広場に姿を現したのである。入ってくるなり、後ろを一度振り向いて。
「おいっ、魔物だ! 変な魔物が出たぞ! 早く逃げろ! もう来るぞ!」
既に間近か――。タムタムは迫っているのを感じて、身構えた。その予感は正しく、家屋の向こうから激しく揺れる複数の影が、地響きとともに現れた。
相手を見据えるつもりが、思わず目を丸くしてしまったが。
「えぇ……!?」
それらは確かに、報告で聞いたとおりで、変だったから。
一際大きな姿。一本角に一つ目の巨人と言えばサイクロプスなのだが、知っている姿とはかなり異なっていた。顔も腕も、体が全体的に膨らんで、腹など別種族のジャイアントのように盛り上がっている。だがそれだけではなかった。さらに異様なのは、肩から背中にかけての大きな毛玉。担いでいるのか、揺らしながら走ってくるのがなお奇妙。そして他の魔物といえばやはりおかしく、狸のポンポコと思しいものは、これまた丸く膨らんで、元々短い手足が身体に埋もれていた。鼻の上に角があるのは、突進が危険なサイ魔獣のサイマンであるはずだが、本来立派な角が目立たなくなるほど、体が横に大きくなっていた。後は悪魔のガーゴイルらしきもの、トカゲのバジリスクらしきものもいるが、共通するのはどれも体が大きいと言うか、不自然に、歪に膨らんでいることだった。
「な、なんなの……病気?」
異様な魔物が、おそらく走りながら迫ってくる。しかし恐怖というものはあまりなく、タムタムは思わず呆然として、それを眺めていた。途中で誰かを襲うこともなく、真っ直ぐこちらに向かってくる魔物たちを。
「やいっ……! そこにあるのをよこせ!」
タムタムが我に返ったときには、その魔物たちが目の前にいた。先頭に立つサイクロプスのような魔物が、荒い呼吸で肩と大きな腹を上下させながら指差した先は、ダイエットティーを販売する男性店主だった。
タムタムは今まで何もせず、逃げるよう声を掛けなかった、迂闊な自分に悲鳴を上げた。
「おじさん! おばあさん!」
同じように奇妙な光景を見て、呆然としていたのだろう。二人ともその場からまったく動いておらず、魔物との距離は、目と鼻の先のようなもの。
男性は少なからず混乱しており、訳が分からないと首を何度も振った。
「そ、そこにあるのって……?」
リーダー格らしい、サイクロプスのような魔物は声を荒らげた。
「あぁ!? 前にあるだろ前に! そのお茶だぁ、お茶! お前、しばらく前に人間の女たちに渡したんだろ!? しらばっくれてもダメだぞ! 話してたのを聞いてきたんだからな!」
なぜなのか、じたんだを踏みながら、タムタムには検討のつかない怒りを振りまく。
「た……確かにさっき買ってもらったけど……。そうか、さっきの悲鳴はお客さんの……」
男性が青ざめながらつぶやくが、早くしろと言わんばかりに、魔物は右手を振り上げた。
「ごちゃごちゃ言ってないで、それをよこせよっ!」
しかし咄嗟の拒絶だろう。男性は必死に、首を再び横に振った。
「だ、だめだ! これは大事な売りものなんだよ……! お金を払ってくれれば渡すけど、大体、なんでうちのお茶なんか……」
最後は疑問のつぶやきへと変わっていたが、魔物の大きな一つ目はつりあがった。
「こいつ……痛い目にあいたいのか!」
怒りに任せ、腕を振り下ろしかねない――。タムタムは思うなり、彼らの間に割り込んだ。
声を張り上げて、睨みつける。
「やめなさい! あなたの要求は通らないわよ!」
魔物は不愉快そうに見下ろしてきた。
「ぁあん……!? なんだ……邪魔するつもりなのかよぉ? ケッ、さてはお前もそいつからお茶を貰ったんだろう!?」
なぜそうなるのか分からなかったが、今度売ってくれという、秘密にしたい事実がある身は、思わず目を逸らしてたじろいでいた。
「えっ……。わ、私は貰ってないわよ! まだ……!」
理由は分からないが、その反応に魔物はさらに怒りだした。
「やっぱりお前もお茶が欲しいんだな!? クソッ……何だ人間ってのは!? ちっとも太ってない奴が、なんで痩せたいって言ってんだ! お前たちには要らないだろうが! ふざけやがって!」
「へっ……?」
その時、タムタムの頭の中で魔物たちの正体が閃いた。しかし前にある太い腕が動いていた。
二人の悲鳴が上がる。
「タムタムさん! 危ない!」
「お、お嬢さん! 逃げて!」
それを聞き、今、鎚のように振り下ろされるであろう腕を見上げながらも、タムタムは一歩も退かなかった。
――逃げることはできるが、それで後ろの二人はどうなるか。
咄嗟に踏みとどまっていた。しかし恐怖まではなくならない。次には両手で頭を庇い、思わず目を瞑る。
直後に。
「――タムタム!」
聞えてきたのはリイムの声。魔物が現れ騒ぎになったことで、駆けつけてきたのだろう。ただし、少し距離がある。
(リイム……!)
もはや、そちらを見ることはできなかった。
間に合わないと思い、タムタムは歯を食いしばり、ただ身を固めた。
しかしリイムとはまた違う方向から、トーマスの叫びも届いた。
「――喰らえってんだあぁぁっ!」
そして、何かが唸って飛んできたのか。その音に、タムタムは直感で開いた。固く瞑った目を。
「!」
「――グヘェっ!」
前にして、サイクロプスの横っ面にマラカスがヒットしていた。
ダメージと衝撃でふらついた魔物は、背負っていた毛玉を落とし巨体の膝をつく。
側では毛玉の落下に巻き込まれそうになったか、他の魔物たちが悲鳴上げて飛び退いた。
「やっりぃ! やっぱ日頃の訓練の賜物だなー! アミーゴ!」
「よーし間に合った! いい狙いブヒよー!」
走ってくるトーマスとダン。
「トーマス、ナイスマラカス!」
リイムも側に。さらに見れば、モーモーとスカッシュも来ていた。
「間一髪だったな! 遅れてすまねえモー!」
魔物たちを囲うように、勇者軍が揃っていた。
「リイム、みんな……!」
強張った身体も、今は安堵し楽になった。
タムタムは皆を見回し、もう一度リイムを見た。
「タムタム、無事でよかった。もう大丈夫だよ」
目が合う。彼は帯剣のガラバーニュを構えながらも、にっこりと笑った。力強く。
「うん!」
これでもう、何の心配もいらない。
タムタムは一度頷いて、後退った。
「おじさん、おばあさん、後ろへ!」
すぐさま後ろの二人を庇いながら、さらに後方へと下がる。その間に、サイクロプスが頬を抑えながら、よろよろと立ち上がった。
「ウグ、ぐうぅ……。いてぇ……いてぇだろうがよぉ、この野郎ッ! よくもやりやがったな!」
真っ赤で、目も血走っている。歯をギリギリと食いしばり、今度は両手を振り上げて、叫んだ。
「お前ら……みんな気に入らねえ! 俺たちを怒らせたらどうなるか、教えてやるからなァッ!!!」
続き、膨れた魔物たちも吼える。それを合図に戦いが始まった。
だが。
「……ぐっ」
トーマスが俯いて漏らした。両手のマラカスをだらんと下げて、わなないていた。
ダンは前に倒れるように両手を地面について、肩を落としている。
「なんというか……これは……ないブヒ……」
そんな二人の真ん中に、胡坐をかいて座り込んでいるサイクロプス。赤く膨らんだ顔で膨れっ面。実に不満そうだった。
「……」
沈黙は僅かの間。程なく、サイクロプスから投げやりな溜息が漏れる。するとトーマスがマラカスを激しく振りながら、堰を切ったように怒鳴った。
「よわっ……! くっそよわっ!!! なにそれ、なんで膝をマラカスで叩いただけで倒れるわけ!? ありえねー! てめえ……いや、てめーら俺たちを馬鹿にしてんのか! アミーゴ!」
ダンは空を仰ぎ、ふるふると顔を振った。嘆き悲しむように。
「後ろに回って、それについてこれないなんて……しかもこけるなんて……いくらなんでも鈍すぎるブヒよ……」
それを聞き、肩を震わせた太いサイクロプスは、右手の握り拳を地面に叩きつけた。牙をむき真っ赤な顔で反論するが、やがて声が震えた。
「うるせーっ! お前たちなんてコテンパンだぞ!? 俺はなぁ、これでもドラゴン二体相手にして倒したことがあるんだからな! ほんっとの話しだぞっ!? この体が……! 本来なら……。違うんだよぉ、重い……こんな身体のせいなんだよぉお……!」
なんと、戦いはあっという間に終わってしまったのである。ものの数分だろうか。戦って終わらせたというより、勝手に終わっていたというのが正確な流れだが。
実際、あれは戦いだったのか――。魔物たちの動きは鈍い上、自分で転倒したり、ふらついたり、仲間を押し倒したり、めちゃくちゃだった。勇者軍に少しかき回されただけで、結果倒れていた。酷い者は動きすらしなかった。サイクロプスが投げたした毛玉は、後でよくよく見れば、ナマケモノのようだった。しかも今もそのままだ。あれからぴくりともしない。
「うっさいバカ! 昔のことなんかどうでもいいんだよっ! やっと回ってきた活躍の場だったのに……これじゃああんまりだろ、アミーゴォ!」
「武器なんか必要なかったブヒ……。たぶん、今まで戦ったどの相手よりも……弱かった、ブヒ……。というかあれは、本当に戦いと呼んでいいものだったのか……」
「えーい! 黙れっ! 黙れよおぉぉぉ……!」
自分でもかなりショックを受けている様子。顔面を両手で覆うサイクロプスの嘆きも悲痛だった。
そして彼らの周りには、やはり座り込んだり寝込んだりしてふて腐れている、丸い魔物たちがいる。
複雑な面差しで突っ立っている、勇者軍がいる。
先ほどから終わっているのだが、タムタムはその場から一歩も動いていなかった。
「うーん……」
変わった事件は日常茶飯事の勇者軍であるが、ここまで拍子抜けの場面に遭遇することは、さすがに当たり前の話ではない。このおかしな手合いを前にすると、何か言い出しづらいし、やりづらいしで。
「なんだったのかしら……」
ふとつぶやいたことで、ようやく。どっと疲れが押し寄せて来て、タムタムはうなだれた。つい数分までの緊張感など、微塵も残っているはずがなかった。
耳に届く声も、どうでもよく思えてくる。ひとりで怒鳴っているような、泣いているようなサイクロプス。何とかして面を再び前に向けるものの、音声に加え映像という情報が入ると、なお悪かった。今度は脱力のあまり、座り込みたくなる。
それは終いには仰向けに倒れて、ばたばた手足を振って暴れ始める始末だった。実に見苦しく。
「あぁぁ……。くそっ……くそっ、くそぉ……こんな身体じゃなかったらぁ……! こんな身体じゃなかったらお前らなんかにィーッ!」
その半べそ状態な光景を見ながら、リイムが困ったように首をかしげた。
さすがの彼でも、てきぱきと話を進め辛いのだろう。
「なんで……こんなことになったんだろう。こんなに大きく太った魔物、今まで見たことないよ……」
変な魔物の正体は、もう誰もが分かっていた。それは、丸々ずっしりとして肉を揺らす、太りに太った魔物だったのである。
「今まで見たことも聞いたこともないんじゃあ、何の魔物なのかはっきり答えられなくても仕方ないかもしれないね……」
多くの魔物に出会い、戦ったリイムですら、ついぞ見たことがない肥満体型の魔物。
どうしてここまで極端に太ったのか。どうして今、太った魔物が現れたのか、そこまでは見たところで分からない。
そんな疑問に動いたのは、複雑そうなスカッシュだった。
「お前たち……生まれは魔界だな? ゲザガインについて、この地、ライナークに来た……」
じたばたしていたサイクロプスだったが、聞くなり大きな一つ目をもっと丸くして、身を起こした。
「あ? ……そうだけどよ、なんで分かったんだ?」
不思議そうな顔をしたのは、モーモーもだ。
「何の話なんだモー? 分からねえよ。……どうしてそこでゲザガインがでるんだよ?」
それはタムタムも同じだったし、リイムもまた同様で、皆がスカッシュを見る。
「……」
聞えない溜息が吐かれて分かる。問いかけておきながら、彼はそれ以上の話に気乗り薄なようだった。だが皆の視線を結果として集め、でき上がった説明を求める雰囲気は無視できないと思ったか、仕方ない様子で口にし始めた。
「元からライナークに棲みついてる魔物なら、ここまではならなかった……。まず、何度目撃されても、それが極度の肥満だと気づいた者がいない。これはリイムが言った通り、前例がないためだろう。ラクナマイトの中でとりわけ豊かなライナークであっても、自然から食料を得るという行為は容易くないからな。豊富にありあまって常に手に入るくらいなら、人間だって耕作などしないだろう……。時に満足する量は食べられるかもしれないが、さすがに肥満になるまではな。それに食料があることに慣れているから、必要以上の執着もない。魔界の魔物のように、貪って奪いつくすこともないんだろう」
「……モー?」
頭に入っているのかいないのか、モーモーが返事をするように呟くと、彼を一瞥してスカッシュは続けた。
「足を踏み入れたお前たちなら分かるだろう。……魔界は広いだけの、枯渇した不毛の大地だ。大半の魔物は飢えていて、その為に争うことも少なくない」
サイクロプスがどこか上機嫌で反応する。
「そう、そうなんだよなぁ……。それが昔は当たり前だったけどよ、魔界はなーんもないところだって、知ったぜ。こっちにきた時はビックリしたし、ショックもあった。食えるものが、わりとそこらへんにあったりするからなぁ……。ひと口の食べ物で相手を張り倒したことがある俺からすれば、ここは天国みたいなもんだ」
相手にとっては、よほど衝撃的な光景だったらしい。聞かれていないことも話し出す。
「だから決めたんだ。もう魔界には帰らない、ずーっとここにいるって。……まあ、ゲザガインは倒されたって聞いたし、今のところ帰れる当てもないんだけどな」
別に帰れなくてもいいというニュアンスで。
饒舌なサイクロプスを見て、思うことがあったのか、スカッシュは僅かな溜息を再びついた。
「ゲザガインは大きな災厄をラクナマイトに残したな……。数多の魔界の魔物をこちらへ連れて来た」
言葉だけならまるで他人事だが、実の父親のこと。そうわざわざ口にした心情は推し量れなかった。
それにどう反応したものか、周囲が一瞬押し黙った一拍を置いて、彼は依然憂鬱そうな様子を変えず話を戻した。
「まあ……今まで、食料が乏しい状況でずっと生きてきた者たちの前に、大量の食料を置いたらどうなるか、ということだ」
リイムが分かってきたと頷いた。
「喜んでみんな食べてしまう……かな」
「そうだな、あるだけ食べてしまうわけだ。次はいつ食べられるか分からない。明日食べられる保証はない。持っておけば奪われるかもしれない。……そういう生き方をしてきたから、ある時に食べられるだけ食べておく習性になってしまう」
タムタムはスカッシュが一旦切ったそこで、疑問を挟んだ。
「つまり、ライナークは魔界より食べ物がはるかに豊富だから、がっついた魔物が一気に太ったって、言ってるのよね? でもそれなら、もっと前からこういう魔物が出てきてもおかしくないと思うけど」
人々の記憶から薄れるのは、まだまだ先の話になるだろうが、魔王ゲザガインがラクナマイト大陸、そしてライナーク王国に現れたのは、月日で言えば最近のことではなくなった。十四歳という若さでゲザガインを討ち取り、以降、再三にわたる襲撃でも王国を守りきったリイムは、既に十八歳を過ぎている。
「ゲザガインが初めてライナークに現れたのは、もう一、二年前の話じゃないのよ?」
だが答えたのはスカッシュではなく、得心の表情のリイムだった。
「あ、そうか。それで今年の大豊作だね」
スカッシュは少し頷いて、しかし視線を向けたのはサイクロプスのほうだった。
「ああ。初めに少し触れたが、ライナークであっても、普通は過剰になるほど食料が有り余ってはいない。だが今は違う……。野山にも食べられるものが満ちていると聞いた。腐るほどあると」
「おう、そうだ。しばらく前から食べ放題になったんだ! 甘い果物がごろごろなって、木の実もびっしりだろ。蔓を抜けばでかい芋が連なって抜ける! キノコも一面生える! ほんと信じられないようななぁ……食べ物が余りまくってるなんて、考えられない状態だぜ。でもって、放っておくと本当に腐れるからな。もったいないし、毎日たくさん……もう食えるだけ食って食って食いまくった! そしたら……」
最初は勢いがあったサイクロプスだったが、最後には黙り込んでしまった。そこから先は、聞かなくても誰も既に分かっているが。
そこでぼそりとつぶやいたのは、サイクロプスを見上げた呆れ顔のトーマスとダンだった。
「……気づいた時には見事なデブになったんだな、アミーゴ」
「とんでもないおデブだから、そりゃ弱くなるブヒ……」
聞いたとたん、太ったサイクロプスはまた仰向けに倒れて、手足をばたつかせた。
「うわ〜ん! デブって言うなあぁ〜!!!」
そして、そんなサイクロプスに実は興味津々らしく、トーマスとダンはちょっかいを出し始めた。
「ぅわー。すっげーブヨブヨ肉……! やわらけー!」
「見るブヒ! お腹ほんとすごいブヒ! ぼよんぼよ〜んブヒ! 意外と楽しいブヒね!」
「触るなあぁ! おいコラ! 上で跳ねるなよぉ……!」
やかましくなった場では、じゃれあいのような有様を眺めつつも、モーモーが別の疑問をつぶやいた。
「……にしても。山奥にいたんだよな? なんでこいつら、この辺りをうろちょろするようになったんだ? 何してたんだモー?」
「それはもちろん……」
タムタムは何気なくそこまでつぶやいて、思わず口を手で押さえ、黙る。
魔物の目的は襲われそうになった時、もう判明していた。ダイエットティーである。しかし、隠していることに関わりがあるため、反応が過敏になり、反射的に言葉を引っ込めてしまった。
「……」
いずれ分かることなのに、ここで黙ったほうが怪しいのに。そう思っても遅かった。
「もちろん、なんだい?」
不思議そうにリイムとモーモーが見てくる。しかし焦る前に、反対側から泣きも入った怒鳴り声が割ってはいる。
「――ウオォー!」
見れば、トーマスとダンを振り落とし、サイクロプスがまた上半身を起こしている。こちらの話が聞こえていたようで、そんなことも分からないのかと忌々しく、地面を手で叩いて。
「これはなんかマズイって、さすがの俺たちも思ったんだよ! だから、どうやったら元に戻れるか、他の縄張りの奴らに聞いたんだ……! そうしたら、食べる量を減らして、後はひたすら身体を動かすしかないって……!」
モーモーもリイムも向こうを向き、眉を顰めたようだ。
「運動というか、減量してたってことかモー?」
「でもそれなら、人里に下りなくても出来ると思うけど……」
疑問にサイクロプスは歯軋りを見せ、忌々しそうに経緯を話し始めた。
「食べられないのは辛いし、体は重いからすぐ疲れるし……。それに、必死に動いたつもりなのになかなか戻らないんだよ……! なんか納得できなかった。本当にこれでいいのか、戻れるとしてもいつになるのか不安になったから、しばらくして他に手がないか、自分たちで探すことにしたんだ……。それで、人間が作った道を通ってたらよ、たまたま薬をいっぱいもって、売って色々旅してるって奴を捕まえた。で、俺たちはそいつに聞いたんだ。身体を戻す薬はないのかって。そうしたら、あるって言うじゃないか! 自分は持ってないけど、痩せ薬っていって、ダイエットとか減量の文句で売ってるはずだってな……!」
ここまで話を聞くと、モーモーも納得の様相で、首を捻ることはなかった。
「はぁ……なるほどなぁ。それを探して、この村まで来たってことか」
「ああ、それでうちのダイエットティーを欲しがったのか……」
添えるようにぽつりとつぶやかれた男性店主の発言には、商品にようやく気づいたらしいリイムが振り向くと同時に、サイクロプスが再び怒り出す。
「あぁそうだっ! やっと見つけたんだ、痩せ薬! でもお前、なんで俺たちみたいに『太った』状態じゃない奴に薬を渡してるんだ!? 一体どういうことなんだよ! さっき見た女たちも、そこの女も、なんでその薬が必要なんだ!? どう見たっていらないだろ! まったくよぉ、腹の立つ……!」
吐かれた内容に、タムタムは真っ青になった。事情を知っている老婆も男性も一緒に、表情を瞬く間に曇らせる。
思わず見やった先のリイムは、視線に気づくなり、一瞬だけきょとんとした。
「ダイエットティー? ……じゃあもしかして、タムタムはダイエットのために僕たちと食べなかったのかい?」
ずばり言い当てられ、タムタムは真っ青から真っ赤になって、おろおろした。
「そっ、そそそ、その、リイムそれは……」
ばれてしまった――。その事実にパニックになる。自分自身、今いかに不審であるか分かってしまうほど、露骨に慌てておかしな挙動だった。
だがリイムは、訝しがるどころかにっこりと微笑んだ。
「いや、そうだったらいいんだ。……安心したよ、深刻なことじゃなくて」
「――やだ、リイム! そんな安心だなんて……」
自分で繰り返して、ふと気づく。タムタムは思いがけない言葉に動きを止めて、リイムを改めて見た。
「……へ? あん……しん?」
自分にとっては深刻も深刻なことだった。だから黙っていたのだが。
「そう、なの……? え、なんで……」
真意が分かりかねるとタムタムは戸惑うが、リイムの返答は少しの苦笑だった。
「……僕はおかしなことを言ってるかな? ずっと一緒に食べてきたのに、ある日突然、理由も言わずに一人で食べ始めるんだから、何があったんだろうって心配するし、気になるよ。それがダイエットなんて、まったく思いも寄らないし、気づかなかったからね。……言われてみれば頷けるんだけど、さすがに分からなかったな。サイクロプスが言ったとおり、タムタムに必要なことだとは思えなくて」
「あの、私……」
優しい声だったから、落ち着きを取り戻した。出掛かっている伝えたい気持ちは、言葉として紡ぐことはできなかったが。
それでも、少しは伝わることはあったのか。相手からは苦笑が消え、再び穏やかな笑顔になった。
「もちろん、するしないはタムタムの自由だからやめろなんて言わないんだけど。でも……これからは、別々に食べる必要はないんじゃないかな」
タムタムはやっと、ひとつの言葉を見つけて、俯いた。
自分が悪い。なのにリイムは優しすぎるから、そのまま甘えてしまいそうになる。だからこれだけは言わなければならない。
「う、うん……。ごめんなさい……」
「うん。でも謝るほどじゃないよ。人によってそれが言い出しづらいことなのは、僕も知っているつもりだから。……タムタムも僕たちを気にしてただろうし、お互い様だと思う。だからもうこれで、水に流そう」
「……うん」
まだ少し苦しく、恥ずかしいが、顔を上げてようやく笑うことができた。
しかし、笑いあったのはつかの間だった。それは後方から。
「あ〜あ。なんだいなんだい……あんなに必死になって言って来たけど、気にすることなんてなかったんじゃないか。ねえタムタムさん?」
「全くだよお嬢さん。余計な心配だったね。こんなのを見せつけられるんじゃねぇ」
タムタムが振り向けば、にやけた顔。少し意地の悪い笑い声。行商の二人だった。
すぐには分からず、目をぱちくりさせたが。
「は……? ぇ……っ!?」
少し遅れて揶揄であることに気づき、顔が火照った。しかしこれもまた一瞬で。
「必死になってって、なんの話しなんだい?」
青ざめて戻ることになった。前ではリイムが小首をかしげていた。
「あ、ぁああっ……」
タムタムは言葉に詰まった。
工作を明るみに出してはならない――。無駄になったが、知られたらさすがに気まずい。そこまで必死だったのかと、今度は酷く呆れられるに違いない。
「あの、あの……」
悲鳴こそ堪えたものの、どう返えして切り抜ければよいものか、焦りもあって浮かばない。組み立てられない言い訳が頭の中でぐちゃぐちゃに駆け巡るだけ。
あっという間に窮状へ立たされていた。だが、冷や汗が出る前に事態が変わってくれた。
「――んだよぉ! あれだけこっちに話振っといて、お前ら一体何しに来て、何がしたいんだよ……!」
ついていた。ちょうどそのタイミングで、向こうから不服そうな声があがったのだ。リイムも他の者の視線も、一斉にそちらへ移る。
「変なツラで沈んでたかと思えば、突然慌てたり笑いあったり、また青ざめたり。分かんねぇな、人間って奴は……」
相手にされなくなったのが気に入らないのか、不機嫌そうにサイクロプス。ふて腐れたのか、大きな身体を横にすると、肘を立てて頭を乗せた。
その隣では、したり顔を見せたダン。肩を竦めて、わざとらしい溜息をついた。
「ふっ……。色々あるんだブヒ。問題が二つあって、それが一辺に片付いたんだブヒ。お前たちも、そのうちきっと分かるようになるブヒよ」
サイクロプスは、白眼視だった。
「……別に分かんなくていい。なんか面倒そうだし」
つぶやくなり、ごろりと大きな身体を動かし背を向けるサイクロプス。
たちまちダンの眉間には、縦皺が寄った。
「まっ、まあいいブヒ……。それよりも、こんなところにずっと寝っころがられたらみんなの迷惑ブヒー! ほら、立って動くブヒよ!」
ダンが小さな手で叩いて促す。だが、大きな肉の背中はぴくりともしない。
「……やーなこった。疲れた。動きたくない」
「んなっ!? こ、このっ……負けたんなら、言うこと聞くブヒー!」
ダンは次第にむきになってきた。サイクロプスはどんどん横柄になってきた。
「あぁ〜? なんだぁ? 誰がいつ負けたってぇ? 言っとくけど、認めてねーからなー。だって俺たち、自分からねっころがっただけだし。動かしたかったら、抱えてでも動かせばいいだろ〜」
「ぐあっ! こ、こいつ!」
怒りで真っ赤になったダンに、トーマスが慌てて割って入った。
「おいおい、落ち着けよダン! ……なあなぁ、そっちもずっとそうしてるつもりはないんだろ? 拗ねずに動いてくれよな、アミーゴ!」
するとサイクロプスは再び寝返りを打って、トーマスに目配せした。
「……まあな。でも急がなくてもいいからなぁ〜。一つ頼みを聞いてくれるなら、今すぐどいてもいいんだけどなぁ〜」
「はぁ? なんだよ……アミーゴ?」
トーマスが面倒そうに聞くと、サイクロプスが口の両端を上げてにやりと笑う。
「くれよ、俺たちに。ほらあれ、ダイエットティーってやつ」
「……」
図々しい取引にトーマスは呆れて、開いた口が塞がらないようだった。しかし一緒に聞いていた隣のダンは、落ち着きを取り戻す間もなく、かんかんに怒り出した。
「オマエー何様ブヒッ! 調子こくんじゃないブヒッ! 負けて取引しようなんてふざけてるブヒッ! もう一回思い知らせてやるブヒー!!!」
誰かが止める間もなく――。ダンが勢いのまま、サイクロプスの大きな腹にパンチした。
「――あ! お、おいっ!?」
先に出たトーマスの悲鳴に近い声すら、制止には遅かった。握られたマラカスが彷徨う。
そして、タムタムもさすがに前に出ていた。咄嗟のこと。
「――だめよ……!」
身を隠すように、目を合わせないように。声を潜めて眺めることに徹していたのだが。追及を恐れ、誤魔化すために。
だが皆が、一歩後れを取っていた。既に、ダンの手は厚い腹部に消えている。
リイムも、モーモーも見ていた。その場に走る衝撃。呆れ、弛緩した空気が一変し、緊迫したそれとなったのだが。
「……フ〜ンフン」
なぜか鼻歌のような声が上がった。
タムタムは目を瞬いた。
「え……?」
まさか何事もなかったのか――。一瞬我が目を疑ったが、確かにダンの拳は突き刺さり、その後抜かれたはず。なのに今、皆の注目を受けた相手は微塵も感じていないようだった。それどころか自らの大きな腹を手の平で叩き、にやにやと不敵な笑みを見せるではないか。
サイクロプスは周囲の驚きを鼻で笑ったのか。
「フフフ〜ン? はぁ……効かんなぁ。コブタちゃんの短いお手てじゃ、俺のこの腹を通すことはできないぜぇ?」
その瞬間、再び衝撃が走ったのだった。
「「――な、なにィー!?」」
村中に届くであろう、ダン、トーマスの絶叫が響き渡る。
同時に、尖らせ硬くなった雰囲気が解かれた。もう何度目かになる脱力である。疲れ切って、彼らに付き合う者もいなかった。
「――腹もでかい、態度もでかいなんて最悪な奴だっ! 座ってるだけなのに!」
「――あ、諦めないブヒっ! この拳で絶対ギャフンと言わせるブヒー! 一発でダメなら何発でも!」
対照的にヒートアップし、喚きが続く中、リイムのつぶやきが漏れたのは数分後だった。どうでもよい忘れ物を、見つけたかのように。
「まあ……大事にならなくて良かった……よね」
続き、モーモーが珍しくうんざりとした様子で後頭部を掻いた。
「……とりあえず片付いたんなら、いいってことだろ」
つぶやきにつられそちらにを向いたタムタムは、二人と視線が合う。
「そう、ね……。うん……」
二人とも微妙な表情。たぶん自分も同じ。少し間が抜けた顔。
「ふ、ふふふっ……」
変な顔――。そう気づいたところで、無性にタムタムはおかしくなった。それはリイムもモーモーも同様だったのか、笑い声が重なる。お互いの同じ気持ち。やっと心に余裕ができたということだろう。堪えきれなくて、苦笑が漏れた。
そしてひとしきり笑い、落ち着いた頃だった。微かな溜息が聞えた。
「それで……どうするんだ?」
待っていたのか。先には、ひとり加わらず笑いもしなかったスカッシュ。向けてきた視線にだけは、呆れの色が見えていた。
「ええと……どうするの?」
問われて答えられず、タムタムは再びリイム、モーモーと顔を合わせた。
その時にはもう、警戒心がなかったのだ。忘れていた。
「モー……。後は静かになるまで待てばいいんじゃねえか……? どうせそのうち、向こうも疲れるだろ……。その間、まあほら、適当に話でもしてればよ。あ〜……待てよ?」
諦め半分で面倒そうなモーモーだったが、はたと何かに気づいた様子。
だがその時になっても、タムタムには予感すらなかった。それだけ完璧に油断していたと言える。
「そういえば、なんか話の途中だったよな? 何話してたっけな?」
話すと同時の尋ねる視線に、真っ向のタムタムは瞬時凍りついた。
「え――」
周囲の驚きにのまれ見ていたし、笑いあっているうちに抜け落ちてしまった。頭の隅からすっかり、そのことが。忘れてしまいたい、逃げ出したい願望もあったのか。
怒涛の連続で、焦る間もなかったが。
「あ、それってタムタムがお店の二人と話していたところだったよね。必死とか、見せつけられたとか……。そういえば、あれって何の話だったんだい?」
最悪だった。運悪く、リイムがしっかりと覚えていた。
今度はさすがに悲鳴を上げてしまった。
「――えぇえっ!?」
うやむやになったと思ったのに、まさか、流れがまた戻ってしまうとは。
まさに自分もトーマスやダンと一緒で、終わってはいなかった。いや、再燃した、自分の問題が。
モーモーとリイムの視線を感じる。タムタムは青ざめた顔でたじろぎ、動揺した。
「いや、ね……な、なんでもないからっ! ちょ、ちょっとした世間話みたいな……だから!」
元々、隠すことが苦手である。混乱すると、より態度に表れてしまう自覚はあるが、直せない。挙動怪しく、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「そう、何気ない話よ!」
これが普段なら、それでもなんとか誤魔化せていたはず。ところが今日に限って、モーモーに怪しまれてしまったのが運のつきだったのだろう。
「世間話って言って、なんでそんなに慌ててるんだモー。……ん、まてよ? なあタムタム、聞き込みしてなかったのかモー?」
しかも彼からは珍しく、呆れた突込みまでもらって。
「そ、それはっ……。違うわよ、あのね、怠けてたわけじゃないのよっ! もちろん聞き込みはするつもりだったけど、先にね……」
そこで自ら固まる。
焦りは頂点を迎えていた。言い訳が言い訳にならず、どんどん事態を悪化させている。気づいたのは、頬に冷や汗が伝ったこと。
「うう……っ」
なお悪いことに、周囲には逃げたり散ったりした村人たちもまた集まってきており、物珍しそうだった。まるで、ビックリショーの見物だ。無論、好奇の目を向けているのは魔物たちのほうであるが、追い詰められた状況下だと、自分も見られているのではないかと錯覚してしまう。
とても冷静になるなど無理だった。そんな中で、モーモーが顔を顰めた。
「……先に、どんな世間話が必要だったんだ?」
「……」
これ以上何か言えば、取り返しのつかないことになると、自制が働いてのことか。パクパクと口をあけるにとどまった。自ら首を絞め、悶える様だったのかもしれないが。
湧き上がるのは、走ってこの場から逃げ去りたい衝動。しかし、話す以外の逃げ道はないのだから、立場を悪くするだけのこと。
結局、困窮状態にまいるタムタムにできたことと言えば、すがるものはないかと、目を彷徨わせるだけだった。
ただし、そこで視線があった相手も先ほど以上の呆れ眼で、そっぽを向かれてしまった。
彼は小さく言う。
「無理だな」
加えて、全て分かったと言わんばかりの、長い溜息が一つだけ。諦めろという拒絶にしか見えない態度。
「うー……」
呻くだけで精一杯だった。
味方はいない。今となっては、行商の二人の助けも無理だろう。浮かんだ答えは、完全に八方塞りということ。
不思議そうなリイムの、怪訝そうなモーモーの視線が痛すぎた。
「――えぇい! 動けアミーゴぉぉ!!!」
「――まだまだブヒ! こんなもんじゃ終わらないブヒ! もっともっともっとー!!!」
向こうでも、まだ戦いは熱く続いている。
こんな時にタムタムの脳裏によぎったのは、どちらが先にギブアップするかということだった。
事件は解決したはずなのに。
終りの見えている我慢比べの始まり――。タムタムにとっては、長い長い時間だった。
タムタムは城下町の外れにある、ラドックの研究所で待っていた。先日すっぽかされた件である。
「はぁ……」
整理しても少し経つと溢れかえる資料や、発掘されたガラクタの山を見ながら溜息をつきつつ、その中で申し訳なさそうに置かれている、埋もれかかったテーブルに着いて、もう十数分経つ。
本当は綺麗に片付けたいところなのだが、何があるか分からなくなるからと言われ、主人のラドックがいる時以外は放置だった。当然、知らない者から見たらゴミの家。そんな、歩くのも気を使う窮屈な内部が、さらに狭くなることになった。
新しい来訪者を告げる、ドアの開閉音。
「――うぉおっす! タムちゃーん! 俺がいない間に、面白いことがあったんだってー?」
「タムタム、聞いたわよ! おかしくて愉快な事件があったんだってね?」
中の状況が分かっているだろうに、足取り軽く現れたのはミラクルとシャルルだった。カラード教に関わる古文書の解析のため、ラドックの元に行っていたらしい。片方はおまけでついていったのだろうが。
「あのね……」
片や明るく元気で楽しそう、片やいつも通りの能天気。今は気に障る二種類の声に、タムタムは笑いかけるのは無理だった。不機嫌な顔を隠さず、入ってきた両名に向かう。
今の時点で既に頭が痛かった。だからまず最初に、突きつけておく。
「言っておくけど、面白くないから。愉快でもないから」
「そ、そう……?」
初めから低いテンションと、機嫌の悪さを感じ取り、歓迎されていないと思ったか、シャルルが少し戸惑った様子。
だからといって、タムタムは気遣うつもりは全くない。特にこの二人には。
「大体、聞いてきたんでしょう? なら、今さら私から話すことなんて、特にないわよ……」
はあ、と露骨な溜息を最後に吐き出して、テーブルに頬杖をつく。
しかしシャルルも、こちらに気遣う様子など見せなかった。気にしたのはほんの一瞬だけで、もう臆面もなく言ってくる。
「全然! ちょこっとだけだって。後はここで、ゆっくり聞こうと思ったから」
「……私からじゃなくてもいいと思うけど」
白い目を返してつれない返事をする。相手に全く効果なしだったが。
「まあまあ。とにかく、まずはお茶を入れてくるね」
仕切りなおそうと言うのか、シャルルは笑いながら奥に入っていった。
そして残されたミラクルは、テーブルの上に飛び上がって、顔を覗き込んできた。
「な〜んだなんだぁ。タムちゃん今日は超テンション低いな〜? なんか嫌なことあった?」
「無いわよ……。もう片付いたことだし、終わったことだし、仕方ないし」
どこまで知っているのか。分かっているだろうに聞いてくるのかと、疑う視線を送ったが、この相手のペンで線を引いたような目では、実際どうなのか分からなかった。ただ数回揺れて、顔を近づけてくる。
「でもあったんだろ、それって? 片付いて終わった仕方ないことが」
「……」
答えずに半眼を向けると、ミラクルは後退りながら、また顔を横に振った。
「わ、分かったよ、聞かない聞かない……」
臆してしまったのか、ミラクルは口を閉じてしまった。
ところが沈黙は嫌いなこの精霊、黙っていることがあまりない。数分もしないうちに再びしゃべり始める。
「ん、んん〜……その、話は変わってだな。実はお土産があんだよ、タムちゃんに!」
タムタムは胡乱な眼差しを戻さないまま、ミラクルを見た。
「はぁ? お土産?」
そう聞いて、どうにもいい印象を抱けない相手である。ろくなことをしない、言わない。
向けられた眼差しで覚ったか、疑いは誤解だとミラクルは必死に否定してきた。
「うっ。いやなぁ、違うって! 怪しいものじゃないって、いいものだって! 俺が買ったんじゃないから! シャルちゃんがすぐに持ってくるからさー! ちょい待って!」
「シャルルが?」
聞き返したところで、話の人物が戻ってきた。
「はい、お待たせー!」
両手で持つのは、来客用でもあるが、ほぼ自分たちで使っている白いティーセット。トレイにポットと、花を模した形のカップ、ソーサーをのせて。
「お土産よ、タムタムに」
シャルルはにっこり笑ってティーセットをテーブルに置くと、見つめられる中、慌てる様子もなくカップにお茶を注ぎ、差し出してきた。
「どうぞ召し上がれ」
「……」
タムタムは僅かに眉を顰めたが。無言でカップを手に取り、淹れられたお茶を数秒眺めた後、静かに口に含んだ。
「これ……」
カップを口から離して一言。
香りは飲む前から気づいたが、ベルガモット。つい昨日飲んだお茶と、同じ香りの。
タムタムは、自分の表情が曇るのを自覚した。お茶そのものの味も、知っていたから。
自らも席に着いたシャルルは、様子に気づくこともなく、ご機嫌そうに言ってきた。
「何だと思う? お土産って言っても、向こうで買った訳じゃなくて、さっき買ったんだけどね」
タムタムにできたことは、できるだけ冷たく言い放たないよう、先に溜息を吐いて、自らの感情をいくらか抜いておくことだった。
「……ダイエットティーでしょ」
「あれっ!? なんだタムタム、知ってたんだ……」
シャルルは一瞬びっくりしたが、後は残念そうな響きだった。
「まあ、城下で売ってたわけだから、知っててもおかしくはないけど……。そっか……いいお土産だと思ったんだけどな。お菓子は今、厳禁でしょ」
その様子、特に演技にも見えない。となれば言ったとおりで、やはりほとんど知らないまま来たのかと。
「ねえ、事件のこと、どこまで聞いてきたの?」
「どこまでって……だから、ちょっことだけって言ったじゃない。最近ちらほら現れる奇妙な魔物の正体は、ブクブクに太ったとってもデブな魔物だった!ってオチだけよ? ……というか、もしかして事件に関係あるの、ダイエットティー?」
魔物のところで頬を膨らませたかと思うと、元の顔に戻して聞いてくる。連想はできなかったらしく。
「そう……」
タムタムは億劫だと思いながらも、仕方がないかと諦めた。親友に対して邪険にもできず、自分も尋ねた手前があるし。
「……その魔物が、つまりダイエットティーを狙って現れたのよ」
「魔物が?」
シャルルは目をぱちくりさせたが、すぐに納得したようだった。
「へぇ……。なるほど、そうよね……考えてみれば、魔物が欲しがっても別におかしくないかもしれないわね、太るみたいだし。人間用のものが、魔物に効果あるか分からないけど」
そのつぶやきに、タムタムは気づかされたことがあった。
あの時はそんなことは全く考えなかったが。
「言われてみれば……そうね、飲んで確実に効果があるのか、分からないわよね……」
懸念を含むつぶやき。自分に向けられたものではないと、シャルルは感じたようだった。
「ん、どういうこと? もしかしてその太った魔物に、ダイエットティー上げちゃったりしてないわよね?」
今度は鋭かった。彼女も自分と同じく過去ラドックに師事し、若くして教王の側で仕える司祭見習いだ。優秀でないと言えば嘘になる。ある程度分かってくると、女の勘という能力の相乗あってか、どんどん突いてきた。
「ん、ん。だ、だって、ちょっとごねてたし……」
もごもご。タムタムはうっかり余計な事を言ってしまったと思ったが、もう遅かった。表情にも言葉にも出てしまったらしく、身を乗り出してきたシャルルの質問責めが始まってしまう。
「ごねたって……それでいちいち魔物の要求に応じてたらキリがないじゃない。そのためにも、勇者軍があるんじゃないの?」
「それは、そうなんだけど……」
「さすがに勇者軍から出さないわよね。……まさか、個人的にお金を出して、わざわざ買って上げたなんて、言わないでしょ?」
シャルルは眉を顰めたようだが、タムタムは目線を下げたまま何も言えず。
その肯定でも否定でもない態度から、近い内容だったと判断したのだろう。シャルルはあり得ないという含みに加えて、さらに一言。
「そんな……まさか同情?」
太った者同士のよしみなのかと。
まさかそこまで言われるとは思っておらず、タムタムは一瞬にして頭が真っ白になりかけた。だが、自分のメンツのため、首を全力で横に振りつつ、なんとか立ち向かうように身を乗り出した。
「ちっ、違うわ……違うわよっ。あそこまで太った魔物と自分を一緒になんてしないわよっ! 買ってあげたんじゃないの! ただ、要らなくなったからあげただけなの! でも、お金は経費として下りることになったから、返して貰えるし……!」
だから、触れたくなかったのだ。また勢いで余計なことを口走った。
「あっ」
気づくと同時に、顔に出てしまったか。
互いに身を乗り出し、まるで対峙するかのようにぶつかった視線だが、先に逸らしたのは自分だった。
シャルルのほうは、やはり聞き流すことはなかった。しばし考えていたらしく、疑問を冷静に突っ込んできた。
「ちょっと待った。……買ったのに要らなくなったってことよね。どうしてよ? タムタム、ダイエットするから勇者殿にばれないように、一人で食べ始めたんじゃないの? さすがに数日じゃ痩せないでしょ」
「ええっ、と……それは……」
感情任せに言ってしまい、誤魔化しがきく状態ではなくなった。考えようとはするものの、それがますます怪しく見えたらしい。
「まさか……黙ってるつもりだったの? なによ、私とタムタムの仲じゃない。この前だって、色々フォローしてあげたでしょ。それなのに隠して教えてくれないわけ? そんなことないわよね〜? ほらほら、ここまできたら全部言っちゃいなさい!」
「う……。た、確かに飲むつもりで昨日、お店のおじさんに頼んだんだけど……。結局、ダイエットのことがバレちゃって……」
感謝していないのかと言われると辛かった。心理的に追い詰められて、結局話してしまうはめに。
聞いたシャルルは納得だと言いながら、次第に顔をにやけさせた。
「フムフム……。タムタム隠すの苦手だもんねー、顔にでるし。でもさ、バレたから止めるって話にもならないんじゃない? だってそれならそれで、堂々とはいかないだろうけど、さすがにもう、こそこそ隠れてダイエットしなくてもすむわけじゃない? ……でも、ダイエットをやめろなんて言わないと思うわけ……。あの勇者殿に限ってね」
あえて最後に言って強調させたのだろう。そして何かを期待する楽しそうな視線。
シャルルは笑いながらじりじりと、さらに身を乗り出してくる。
タムタムは目を逸らし、顎を引き、身を後ろに反らした。
「さてさて、話してもらいましょうか。どういうことを言われて、やめる気になったのかしらねー?」
しかし、無駄に膨らんでいるシャルルの期待に、タムタムは僅かな恥ずかしさに上気しつつも、軽く咳払いをして姿勢を戻した。
いつもいつも言われっぱなしではいられない。からかわれる内容でもないはずと、自分を奮い立たせた。
「別に……シャルルが面白がることなんて、言われてないから。……とめないけど、本当に今以上に痩せるつもりなのかって。痩せすぎも身体に良くないから、無理なことはしないよう、ほどほどで気をつけてって……言われただけで」
「はぁ?」
不満であることが一言で分かった。聞くなりシャルルはそう漏らし、身を引いて頬杖までつく。予想外につまらなかったというのだろう。溜息のおまけつきだ。
「な〜んだぁ……タムタムは今のほうがかわいいよとか、もうちょっとぽっちゃりしたほうがいいよとか、期待したのに。つまんないの……」
がっかり、期待はずれだと口を少し尖らして。隠そうともしないが、実に分かりやすい。
タムタムはその態度を前にしてすっかり呆れ、冷めた。微かに残っていた恥じらいも消える。
「全然違います。残念でした」
澄ました顔で素っ気無く言ってやると、シャルルは膨れっ面を見せた。
「なによぉ〜それはタムタムがでしょー。あまりにも普通じゃない、女の子に言うんだからさ、もっとねぇ……」
それから、お菓子持ってくればよかったとこぼしながら、シャルルはダイエットティーを自分のカップに入れて飲み始めた。
興味を失ったせいか、淡々と。
「……まあ。うん、分かったわ。勇者殿にとって、タムタムは今でも十分痩せてる認識だってことはね……」
「……そうみたい。だから止めることにしたわ。ダイエットしたら、大丈夫?って心配されかねないし……」
「まあねぇ。勇者殿の性格なら心配するだろうけどさ……」
まるで希望を見失ったかのように投げやり、下向きで語っていたシャルルが、そこで一旦切って見上げてきた。
「……でも、あまり不満そうじゃないわね、タムタム? 何も進展してなさそうなのに……」
「そう?」
あまりにも手ごたえがない返事だったか。短く、変哲のない反応が面白くなかったようで、シャルルは声を荒らげた。
「あーもー! そうなの! こっちがもやもやしてくるわよ、ほんと! 大体あの勇者殿、どうにかならないのかしら? 何を考えているんだか私もさっぱりだし、異性にちゃんと興味あるのか、どんどん不安になるわよ!」
ころころと変わる態度。自分の話でもないのに、実に不満そうに二杯目をカップに注ぎ、次から次へと口を動かしたシャルルに、タムタムはふと、声を忍ばせて苦笑していた。
当然見えているからか、相手は拗ねてしまった。
「なによ、もうっ。タムタムのこと心配してあげてるのに!」
怒り出すシャルルがなんとなく面白く、タムタムは苦笑し続けながらも、ぽつりぽつりつぶやいた。無意識に。
「ん……ごめんなさい。まあね……私だって、不満がないと言えば嘘になるけど、今のリイムが好きなのは事実だし……もし変わっちゃったら、逆に不安になるかも。それに、少しくらい待つのも慣れてきちゃたのかなって……」
そこで、シャルルが口に持っていこうとしたカップを途中で止めて、目をぱちくりさせた。
「へ……? 余裕が出てきた? 隠すつもりもなくなったの? 勇者殿が好きって、堂々と口にするくらいにはなったんだ、タムタム」
「――え」
思わぬことを指摘され、タムタムは一瞬思考が停止した。その後、自分が先ほど口にした言葉が頭の中で再生されて。
「……」
さーっと、何かが頭の中で引いていくような気がする。そして次には、津波のように感情が押し寄せてきた。
「――キ、キャァアー!? いい、今の聞いちゃだめっ! なしなし、なしよ!? 間違っちゃったのっ! ……あ、いや、違うけど、間違ってないけど違うのよっ!!! さっきのは!!!」
椅子から立ち上がって、両手を顔をやみくもにふって、何を言ったんだか分からないまま。
気づいた時には肩で息をしており、周囲は静まり返っていた。
そして目が合う。
シャルルはとたん、片手をぱたぱたと振り、目の前でおかしそうに笑い始めた。
「アハハッ。なーんだ……意識して言ってなかった? まあ、ここにいるのはもう分かってる相手だから良かったわね」
「そ、そうだぜタムちゃん、落ち着けよ〜……」
その時、その声に。タムタムは再び血の気が引いた。
「あ、あ? あ……?」
存在。いたのに、すっかり忘れていた。それが不安そうな顔で覗き込んできたのだった。
ヒマワリの花の顔。
「あなた……!? 今日に限って全然しゃべらなかったから、忘れてたじゃない! み、みんな聞いて……?」
相手はおそらく、口から生まれてきた精霊だ。黙っているということを知らない。そのミラクルの前で、ダイエットやリイムのことなど、広められたくない、これ以上知られたくないことを、うっかり話していたではないか。
「なんで……!?」
いつもなら黙ってと強く言っても、口を手で押さえてつけても、大きな口を開く存在なのに。
「わ、忘れてたって、酷くね……?」
ぼそりと吐かれた呟きがあったが、シャルルの笑い声に消された。
「そりゃまあ、みんな聞いちゃってるけど、今さらでしょ」
事が重大とは思っていないらしい。
そんな彼女を見て、タムタムはふと思った。ミラクルと話していた、始めの頃にさかのぼる。
「……。そういえば、シャルルと一緒に来てダイエットティーのお土産を知ってたってことは……初めから……」
シャルルは悪びれる様子もなく、あっさり肯定した。
「もちろん、ダイエットのことは話してあったわよ。でも大丈夫だって。脅し――じゃない、ちゃんと釘刺しておいたから。このことを他の誰かにしゃべったら、それはもう恐ろしい目に遭って丸坊主だから! ……ってね」
大きな口をわななかせて、引きつっているのかもしれない笑顔のミラクルを指差し、最後を強調してシャルル。
「恐ろしい目って、シャルル、あなた……」
この精霊を黙らせてしまうとは、一体どういう脅しをかけたのか。
タムタムはよほど酷いことを言ったに違いないと呆れかけたが、ミラクルを指していた指がこちらを向いたのであった。笑顔と共に。
「……タムタムから」
「――って私から!?」
シャルルは噴出しそうになったのか、口を手で押さえ、面白そうに笑うだけだった。
「ん〜んん。軽い冗談だったわよー、冗談冗談」
ところが対照的に、ミラクルはぶるぶると小刻みに震えているし。
「いや……これは確かにどんでもなく危険な情報だと思って……。俺、我慢しきったよ……。途中どれだけ口を開きかけたか……。でも耐えた……耐え切ったんだよ。すごいよ俺、やればできるじゃん俺……! でもでももうさすがに限界なんだよ……! しゃ……しゃべりたいっ!!! しゃべっていーいっ!?」
しかも脅しに屈服したのではなく、しゃべりたいのを我慢していたそのせいで、青ざめていたようで。
「あなたたちね……」
タムタムは思わずこめかみに手を添える。中には、ふつふつとわき上がるものとか、ぐるぐると渦巻くものがでてきた。
そのうち、無意識に腕を組んでいた。
「私を何だと思ってるわけ!?」
怒りが滲む声に恐れを成したか、シャルルとミラクルが身を引いた。
「えっ……。だ、だってタムタムいつも力技で黙らせて……なかったっけ?」
「や……ま、待ったタムちゃんっ! あなたたちって、俺、今回ほんと何もやってないし!? ね、分かるだろ!? 必死で静かにしてたし、我慢したし……むしろこれって褒められるくらいじゃねっ!?」
怒りがそれで収まるはずもなかった。握りこぶしが上を向く。
「何が力技なのっ! なんで褒めるのよっ!」
そして、爆発したその時だった。よりにもよってそんな時に、また別の来訪者があろうとは、誰が思うか。
シャルルとミラクルの後方、タムタムには真正面の位置。閉じられていたドアが突然開かれた。
反射的に振り向くが。
「みんな、いるかい? おじゃましま……」
そこから出てきたのはなんとリイム。ちょうどタムタムが怒ったところで、彼の言葉は一瞬途切れ、消えかかる。
「す……」
――真っ先に見えたものが何か?
タムタムは思うなり飛び退いて、遅れて握り拳を後ろにしまった。
「リ、リイム……っ!?」
予想外の登場だった。彼が来てもおかしくない場所であるが、今日、今この時間、やってくるとは考えもしなかった。うろたえる。
「どうして……!? リイム、どうしてここに!」
自分とシャルルは用事があってここに来ており、お互いその用件を知っている。だが、リイムが来るとは聞いていなかった。何しろ彼は――彼ら勇者軍には、別の予定があったはず。
「だ、だって今日は……あの魔物たちのお世話でしょ!?」
報告としては、隣村で行商の二人を襲う前に捕縛、ということになった肥満の魔物たち。目的からあまり危険性はないと思われるものの、このまま解放するとまた同じ事を繰り返す可能性があると判断。ならば彼らをどう扱うかと、やはり顛末を聞いて困惑した、国王リチャード三世と話を進めた結果が、口にしたことだ。
勇者軍でしばらく、監視することになったのである。魔物たちは困った末の行動であるし、情状酌量の余地がある、と。
――早い話が、痩せるまで面倒をみてやれと。
その為、タムタムが彼らに上げたダイエットティー代は、必要経費として下りることになったのだ。
「ドクターメェのところで、一緒に話を聞くんじゃ……」
しかし勇者軍も初めての、特殊というかおかしな任務だ。少なくとも減量に関しては素人集団で詳しい者がいないため、まずは宮廷付きの医師であるヤギのドクターメェのところへ行き、詳しく聞いてみようということになった。
「もしかして、もう終わっちゃったの……?」
リイムは、先ほどのことなど見なかったように、笑顔で答えた。
「いや。そうだったんだけど、教授への届け物をお願いされてね。他のみんなに彼らのことは任せて、僕たち三人はここに来たんだ。でも、渡してすぐ戻るつもりだよ」
タムタムが引っかかりを覚えたところで、返答がまた別の相手からあった。
「だから、俺たちもいるモー。……しっかし。今日はまたひでぇな。いや、今日もか……」
ドアの向こうから姿を覗かせるモーモー。顔を顰めているのは、狭くごちゃごちゃした有様のせいだろう。リイムが三人、モーモーが俺たちと言ったので、姿を見せてこない残り一人は、おそらくスカッシュ。
「そう……だったの」
リイムの話に奇妙な点はないし、そもそも彼は嘘をつかない。
特に返す言葉もなく、タムタムはつぶやいた。先ほど目撃されたことによる恥ずかしさが戻ってきて、間の抜けた返事。顔も合わせにくく、視線は横に逸らしてしまう。
それを彼が不審に思わなかったのは、相手もまた、いつの間にか別の場所を見ていたからか。
「ところでこの香り……そのお茶は、ダイエットティーだね?」
「えっ!?」
タムタムとしては、もう蒸し返されたくない話だった。特にリイムの前では。
だが、その話をしてきたのが彼ではどうしようもない。シャルルたちの時とは違い、露骨な態度は出せず、ぎょっとしてリイムを見返しただけ。
「こ、これは……」
言葉に詰まる。そこに言葉を挟んできたのは、シャルルだった。ちらりと視線を向けてきて、それからリイムへ。
「当ったり。でも、勇者殿も分かるってことは、飲んだの?」
「必要ないから、僕は飲んでないよ。ただ、たまたまさっき匂った香りが同じだったから。魔物たちが飲んでいたお茶とね」
シャルルがなるほどと小さく呟いた間に、リイムが向き直った。
助け舟があったが、まだ終りではない。
「う……」
罰の悪い思いがしたのは、何を言われるのか検討がついたためだった。
「でもタムタム、結局飲むのかい? 要らない、止めるって言ってたけど」
ごねて起き上がろうとしなかった魔物たちを前に、どうしたものかと困っていたリイムに言った言葉。ダイエットティーは要らなくなったから、自分の分をあげる、と。
リイムは初め難色を示したが、あげる代わりに、何か仕事を手伝ってもらう条件付きではどうかと提案したところ、同意してくれた。そして魔物たちも、よほどダイエットティーが欲しかったか、交換条件をすんなりと飲んでその場は解決したのだ。
しかし、ここにダイエットティーがあるため気になったのだろう。
リイムは決して、責める口調ではなかったが。タムタムは声を小さくしながら俯く。
「あの、これは……」
シャルルが偶然お土産として買ってきたものだと言えば済むことなのに、リイムの前を意識してしまうと、羞恥や焦りの感情、無駄に浮かぶ必要ない言い訳じみた言葉が出るまでに詰まってしまい、冷静な応答ができない。
その様子を見てのことか、リイムは気づいたように声を上げた。
「あ、ごめん。僕が口を出すようなことじゃないのに、デリカシーがないよね……。タムタムだと、つい気軽に聞いちゃうのかな」
詫びられて、ふと見返したリイムは小さく苦笑していた。
あまり見せないその表情をぼんやりと眺めながら、タムタムは自然とつぶやいていた。
「そんな……謝られることじゃないの。これは、シャルルが買ってきてくれたものなの……」
そこでシャルルの咳払いが聞こえた。師そっくりの、実にわざとらしい。
「ん、んんーっ!」
胸騒ぎにタムタムがそちらを向くと、にやけたシャルルと目があった。
とても嫌な予感。
「シャルル……?」
世話好き、親切心なのは分かるが、好意的ばかりに受け取れないのは、楽しんでいるようなところがあるからだ。余計だったり、やり方がまずかったりする。思い返すとその顔の後には、ろくな目にあわないことが多いような。
止めようと思うのが遅すぎたが。
「――そうなのよ! お土産にいいかなって思って。まあ、要らなくなっちゃったみたいだけどねー。勇者殿のおかげで」
最後に加えられた、いかにも意味ありげな一言に、タムタムは口から心臓が飛び出しそうになった。
「ちょ……!?」
「ね、勇者殿! 思い当たること、ない?」
リイムは一瞬驚いたようだが、ほどなく、思い当たる節があると僅かに頷いた感じ。
「えっと……? もしかして、僕が言ったこと……なのかな」
タムタムは顔を真っ赤に染め上げ、慌てふためきつつ、リイムに迫った。
何かを考えてのことではなかった。
「あのっ、あのね、違うわよ!? リイムのせいなんかじゃないのっ! だって、きつくなってた服は勘違いしてて去年買った服だったの! 一回着てから、着る機会がなくて放置してたんだけど、洗ったせいでたぶん縮んじゃったのよ! それに、リイムもだったけど他の誰も太ったなんて言わないし、自分でもやっぱりよく分からないし! それならとりあえず、おやつを我慢するくらいでいいかなって!」
その時見えたリイムの顔は、呆気に取られたものだった。何を言っているのか分かっていない――つまり、何を言っているのかと。
「あ」
言い切ってから、また口走ったことに気づくのだが、もちろん時は戻らない。
「あ……う……」
微妙な沈黙の中に自分が佇んでいることを、タムタムは知った。
今どんな顔をすればいいかなど、分かるはずもなかった。
そして、入り口からは足音も立てず、もうひとりが現われる。
「……」
あまりの醜態に、足を向けずにはいられなかったということか。姿を見せたスカッシュは、無言と呆れた眼差しだけを送ってきた。
「……う」
さらに重厚になる沈黙。
たまらず、タムタムは逃れるように視線をずらずと、口をぽかんと開けたモーモーと目が合う。
「……っ」
ここも無理――。思うより早く目を背けたものの、次も変わらなかった。
シャルルが失敗したと言わんばかりの仕草で、顔に手を当て横を向いたところで。
「あーあ……」
耳を塞げるなら塞ぎたかった。
またしてもタムタムはそこから逃れたが、逃げ場は確実に失われていた。だから呼ばれるまま、振り向くことになった。
「タムちゃぁぁぁん……」
焦りと迷いでぽつんとつぶやいたミラクルは、笑顔のままで引きつっているのか、花びらがしなびていて。
同情の響きであることを否定したかった。
「……うぅ」
自分はどれだけ哀れなのか――。
タムタムはがっくりと肩を落として、小さく俯いた。
八方塞であった。自分がまた、馬鹿なことをやってしまった故の有様。
「つ、つまりは……そういうことで……」
タムタムは崩れるように椅子に座り、そのままテーブルに倒れ、突っ伏した。
洗いざらい吐いてしまったので、今さら取り繕うこともできないし、そんな態度を見られたところでどうだという。溜息すら出ない。
もう、諦めた。
「タ、タムタム……!」
心配そうな声をあげ、側にやってきたのはシャルルのようだが、顔を上げる気にはなれなかった。
「うん……。私のダイエットがみんなの役に立って……良かったわ……ほんとうに……」
話を終える言葉のつもりだった。
後はもう、何も言わず何も聞かず、タムタムは楽になりたいと思っていた。だが、シャルルが強く身体を揺すってくる。
「あぁ、もう! しっかりして! ほら、これから教授がくるのよ? この前、約束ドタキャンされたんでしょ。ねねっ、ガツーンと怒らないと! ね!?」
リイムの前でこんな態度をとるなど重症だと、心配してのことだろう。努めて明るく、強い口調で。
「いい? タムタムだけが頼りなんだから! 誰も教授を叱れないんだもん!」
「……。そうだったわね……」
言われて思い出す。忘れかけていた本日の目的に、タムタムは顔だけなんとか上げた。
しかし、思ってもやる気はやはりでない。シャルルたちが来る前は、そのことを何度となく考えてはいたのだが。今はとうに気力など尽きている。
「けど……なんか疲れちゃったから……」
奮い立たず、タムタムは再び突っ伏した。
「シャルル、代わりに怒って……」
「えっ!? いや、それは駄目でしょっ。あぁ〜、ちょっとタムタム! だめだめ、しゃきっとして!」
シャルルはまた肩を掴んで揺らし、頭を掴んで揺らし、無理やり顔を上げさせようとしてくる。
そんなことをやっている間に、周囲では動きがあった。スカッシュがつと立っていたドアの入り口から部屋の奥に入り、モーモーが後方を振り向いて隅に移動し、リイムも逆の隅へ移る。
何事なのか。
タムタムは揺られながら見ることになったので、しばらく彼らが何故そうしたのか分からなかったが、遅れて理解した。声が漏れる。
「あ……」
何故なら、また新たな人影が現れたからである。今までと違うのは、客人ではなく、ここの主ということ。
シャルルの揺らす手が止まり、声高の呼びかけは悲鳴にも聞えた。
「ああっ、教授……!」
リイムたちは狭い室内で、入り口に空間を作っていたのだ。そして、その小さなスペースに収まったのは、自分とシャルルの師――老ネズミの博士、ラドック。
「おお、遅れたのう! ふむ……しかし今日はまた、こんな狭いところにお客がたくさんじゃな」
常に忙しくしているためか、歳のわりに落ち着きがない。挨拶代わりに上げた手持ちの杖は役に立っているのか。バタバタ振りながら入ってきて、白い髭を細かく揺らし、鼻にかけた眼鏡を通して室内をざっと見渡した。
特に変わったところもない、いつもの師。
「教授……」
タムタムもシャルルに続き呟いたが、依然やる気が湧き上がることはない。だがその姿を目の当たりにすると、違った。
「……」
タムタムは自分の顔が強張るのを感じて、口元を結ぶ。用意していた言葉はなく、あれだけ真剣に考えさせられた懲らしめる方法についても、職務に忙殺され考える時間はなかったし、ダイエットの件で気持ちに余裕がなくなったこともあり、結局は答えを出さないままだった。
それでも、相手に自覚させ反省させたい、怒っていることだけははっきりさせ、主張しなければならないと、意志がにわかに働く。以前の虚脱感と嘆き悲しむ気持ちが、奥底に残り続けていたためか。
「あの――」
タムタムは決意して両手をテーブルにつき、重い身体を持ち上げると、椅子から再び立ち上がった。
「あ、タムちゃん……」
皆が少し驚いて見て来るが、自分が見るのはただ一人だけ。
歩いてくるラドックに向き合い、深呼吸しながら一度、目を瞑る。
「……」
その一瞬で、タムタムは厳しい眼差しと毅然とした態度に切り替えるつもりだった。
ところが、目を開けた前に見えたのは、頭を下げたラドック。
面食らった。
「――教授!?」
とたん、考えていた言葉が全てバラバラになった。シャルル、リイムたちも驚いており、声を上げずラドックを見ている。
そして、皆の視線を受けるラドックは雰囲気が分かっているのだろう。頭を上げると、白い髭を揺らしながら神妙に話し始めた。
「タムタムや、この前は悪かったのう……。お前さんも忙しいのに、ワシの勝手な都合で徒労に終わらせてしまって」
「はい……?」
タムタムはさらに驚いた。思わず絶句して口を開けてしまったほど。
予想だにしなかった言葉を聞いたから。
「え、え……!?」
ラドックに自覚があるとは思っていなかったので、謝罪を期待したわけではなかった。ただ、怒っていることを伝え、迷惑な行動は慎むよう注意したかったのだ。反省してもらって、繰り返さなければいいと。だから最初に自分への謝罪が出てくるなど想定外で、逆に混乱してしまった。
「じゃ、じゃあ、ですよ……? あの日……私が忙しいって、思ってたんですか……?」
尋ねると、実に不可解そうだった。
「妙なことを聞くのぅ……。この忙しいワシの優秀な弟子であるお前が、暇であるはずがないじゃろう? 毎日忙しいのに、良くやっていると思うておるわい」
聞くなり、タムタムは脱力して、椅子に腰を落とすはめになった。
「そ、そう……ですか……」
その反応に気づいたらしく、ラドックのほうが呆れ、がっかりしたという有様になった。
「はぁ……なんじゃなんじゃ、へたり込んで。まさか、師が弟子のことを理解してないとでも思っておったのか。だから悪いことをしたと思って、詫びたというに……」
考えすぎてしまったということか。悪い方向に思いつめてしまった。
「掛け持ちして、あれもこれもこなしているお前さんのことを、みんな忙しいと思っておるじゃろう。誰だって分かるぞい」
タムタムはうろたえた。
「だ、だって……! この前に限らないじゃないですか。だから教授は私のこと、もしかして何も思ってないのかなって……気にしてないのかなって……」
目覚めた直後のように、ぼんやりとした思考の中だった。言い訳ではなく本心が、口から真っ直ぐ抜けて出て行く。
「考えちゃったんですよ……」
そして、力は完全に抜けてしまった。傷心の中、なんとかタムタムを突き動かした前提が、勘違いだったのだから。支えているものがなくなってしまった。
ラドックと言えば、眉毛と髭が揺れる。ばつが悪そうに。
「むぅ……。そういう思考になるまで追い詰めてしまったのは、ワシの行いのせいなのじゃな……。いや本当に悪かった。しかしこっちも忙しいでのう……。いつもすぐその場で連絡が取れるとは限らんし、急遽、予定の変更を余儀なくされることもあるし……」
ぼそぼそとつぶやくラドックを見ると、少し目が逸れた。
「だが、別に開き直ってはおらんぞ? ワシもな、いつもいつも悪いことをしたと思っていてな……」
「……そうなんですか?」
さらにタムタムが見つめると、それに気づいたラドックは、再び目を合わせてきた。
含みのある口元。皺に囲まれた表情が、さらにしわくちゃに。
「フム。……そうじゃのう、今後もないとは言い切れんから、先にもっともっと謝っておこうかの?」
冗談のようで本気なのか――。
タムタムはぷっと吹き出した。だが相手が見ていることを思い出し、すぐに咳払い。姿勢を正して、顎を少し上げた。
「……それは困ります」
笑ったことで、ようやく思考が働いた。内心おかしくなってきたのを我慢して、できるだけ冷たく装い、やりとりに臨む。
「もうドタキャンは止めてくださいねって、言おうと思ってたんです。先手は取らせませんから」
何度か繰り返されてきたことだ。怒りがすっかりどこかへ消えてしまったとはいえ、ここでまたうやむやにする気はない。きっぱりと押し通すつもり。
しかし問題の相手、ラドックの目は笑ったままだった。
「なんと……。許してくれんのかのぅ。悪いと思って、お土産も買ってきたんじゃがのぅ?」
眉をわざとらしくあげて、ちらちら見てくるラドック。
タムタムは再び聞いた言葉に、少し驚いた。
「……お土産? 私に、ですか?」
いつもの話なので、怒られるのは予見していたということか。それが師の切り札のようで、自信たっぷりだった。
タムタムは釣られるものかと言い放つつもりだったが、ラドックのほうが早かった。
「ピーコックに頼んで、お城に持っていっておるよ。戻る途中で大層美味なオレンジを食べたのでのう、タムタムにもと思ってな。もちろん、みんなの分もあるからの」
「――美味なオレンジ!?」
やられたと。まさかの好物に、口から出た声は上ずった。
だがどう手を打つか考える前に、シャルルが割って入ってきた。
「あぁ教授、タイミング悪いですねー。タムタムは今、おやつだけは我慢してるんですから」
深刻で残念そうであるかのような顔は、作ったわざとらしさが見え隠れしている。
たぶん、笑いを堪えている。
しかし、その点を指摘する間もなかった。聞いたラドックの様子が、再び怪訝そうになったから。
「おやつを我慢じゃと? ……なんじゃ、もしかしてダイエットか?」
「――うっ」
図星である。不意打ちのダメージに思わず唸るが、シャルルが横からまた顔を突き出してきた。
「ぅわー。さっすが教授。弟子のことは一発ですね」
愉快そうな表情で、拍手をする。
その様子に、タムタムは眉根を寄せるしかなかった。
いつの間にかシャルルは――なぜか、完全にラドック側ではないか。
「ちょっとシャルル――」
すぐさま、相手の寝返りを非難しようと思った。ところが、相手がバトンタッチした。
「フォッフォッ。じゃが、なんでそんなことを? タムタムには必要なかろう」
得意そうに笑うラドックの、時間差攻撃がきた。一瞬にしてタムタムは青ざめた。
「教授……!」
ラドックは特に話しかける相手を指定せず、それは周囲に向ける問かけに思えた。当然、先ほどの間にあった話など、居なかったから知らないわけだが。
「それは……」
言葉が止まってしまう。
深い考えあっての行為ではないだろうが、よりにもよってその問いかけをこの面前で投げるのか――。
「「……」」
不安は的中だ。声なき動揺が、場に走ったのを察知した。名指しはなかったので、誰のものとも言えない沈黙ができあがる。
「うー……」
誰ひとりとして声一つ漏らさないのが、一層泣けた。
タムタムはまたなのかと嘆き、恥ずかしさのあまり前を向いていられなかった。
「フム……」
しかもそれらに気づかないのか、ラドックはしげしげと見てきた。
「な、なんですか……っ」
今は誰の、どんな視線も向けられるのが嫌だった。タムタムは拒否反応で身じろぎをした。
だがその時まではまだ、感情を気にし、周囲を多少なりとも見やり、考える余裕があったと言える。
ラドックの次の発言までは。
「いやのう……。思えばお前さんはリイムたちと数々の修羅場を潜り抜けてきたんじゃし……ふくよかになったというより、逞しくがっちりしてきたのかと考えてな」
おそらくそれは、実に何気なく思ったのだろう。
「……」
聞いた直後、タムタムには何も感想はなかった。ただ、テーブルに両手をついてゆっくりと立ち上がっている一連の動作を、俯いていたため見ている自身があった。不思議なくらい、静かにだ。
「教授……」
そしてタムタムが自覚したことは、何もおかしくないのに、口の端があがったことだった。
時間にしてみれば、短かかった。しかしその場に居た者たちにとっては、はるかに長い、拷問のような体感だった。無意識と思われる、ラドックが漏らした感想に、その場にあった動揺が一瞬にして凍りついてから――たったの数分。
もはや虫の息である。
「……」
今やぐったりとして席に突っ伏しているラドック。目をぱちくりとさせているリイムや、その他、理解が追いつかない者、茫然自失として突っ立っている者。無関心、面倒そうに視線をどこかへやっている者。つまりは彼女以外の全員を残して、タムタムがつかつかと出口に向かい振り返った。
「教授! では、私はお城に戻りますね! お土産は遠慮なくいただきますから!」
「お、おおぅ……。お前さんの為に買ってきたんじゃ……う、うぅん……食べておくれ……」
さすがに応えたのか、ラドックは唸るような搾り出すような、弱々しいつぶやきだった。
後悔が見て取れる痛々しい師を見て、青ざめているシャルルは言葉を漏らす。
「教授……。うっかりでしょうけど、自分の弟子だからって無用心すぎましたね……」
「あわわ……。やっぱりタムちゃんは力技だぁ……」
こちらは腰が抜けた状態なのか、ぐにゃりと後ろに倒れ、仰け反ったミラクルで。
すっかり意気消沈である。嵐が過ぎ去ったというのに、いまだ立ち直れないその場には、積極的に口を開こうという者もいなくなってしまった。だが、そこでいきなり笑い始めたのはリイムだった。
ふとこみ上げてきたらしく、自身も少し戸惑い気味に。
「でもタムタム……少し元気が出たみたいだよね」
彼女の様子。酷く腹を立てているが、それ以上に開き直った、吹っ切れた感じでもあった。腕を大きく振り、肩を怒らせて出て行ったものの、その下、足取りは軽かった。
「……本当に、オレンジが好きなんだな」
ところが、リイムのお陰で少し緩んだ雰囲気であるのに、モーモーが眉根を寄せる。釈然としないと。
「そりゃよく分かってるけどよ……。オレンジって果物だろ、甘いだろ……」
彼だからこそ、あえて触れないその話題をひとり、口にしてしまったのかもしれない。
「……おやつは止めるって、言ってなかったか? でもさっき、食べるって言ったよな……。タムタムのダイエットは、どうなったモー? そのせいで、こっちはこっちで、色々あったじゃねえか……」
どうしたのかと心配もしたし、騒ぎもあった。そして妙な任務までついてきた。そんな今までのごたごたと苦労は何だったのか、ということだ。
「「……」」
それでも、返るものは沈黙だけだった。複雑な感情を含んではいるが、言葉にはできない。今度はさすがのリイムも沈んだ面持ちで、笑わなかった。
「モー……」
程なくモーモーが呻く。疲れ、嘆き、呆れ、悲しみが漂う狭い室内にいる。ひとつひとつが分からなくても、肌で混ざった諦めの空気が感じ取れるからだろう。これ以上の問いは、周囲をますます苦しめるだけなのだと、本能で察したのだ。
彼がしたことはただ、彼女が出て行った方向を振り返るのみだった。
「もしかして……じいさんよりもタムタムのほうが……」
彼らしからぬ微かなつぶやきは、周囲の無言の圧力により、途中で消える。
今まで黙っていたスカッシュが、そこでわざと聞えるようにか、溜息をついて言った。
「何を今さら……」
誰の耳にも入った言葉。
彼らはまだまだ、立ち直れそうもなかった。
その後、彼女のダイエットの結果に触れる者は、誰一人いなかったのである。
<おわる!>
<う……うぉおおん>
ダメすぎたわ。何度読み返してもダメじゃった。
上手くいかなくて無駄にくそ長いけど、もうこれはこれで上げるしかないと思った。
やっぱりタムでギャグはもうだめなんだと思う……。まあネタも微妙だし……ってもう微妙ネタしかないし。
とにかく後半は辛くてやる気完全になくなって全然進みませんでしたね。だからもう出来は知らん……。
なんか変かもしれんけど、もう考えられんのじゃよーーーーーー。
「それよりも勇者様、聞いて下され。うちの孫がな……」
それ話違うし。こんな老人の相手もする勇者は大変なのです……。
「コブタちゃんの短いお手てじゃ、俺のこの腹を通すことはできないぜぇ?」
あれですね。ハート様みたいにお肉があるんだろう……。
「もしかして……じいさんよりもタムタムのほうが……」
ギャグにすると最凶がタムタムになってしまうんです……。
とりあえずもう終わったということで、次何しましょうかね……。
いまいちなネタしか残ってないんだよな……。
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