謎の依頼人は | 後半
風も変わりつつあった。だが、微風ながら触れ合う感触は冷たい。まだ満ちる冷気を運んでいる、無色の流れ。
朝ぼらけ。灰色の空へ白く染み出した薄明が終わり、強い曙光が空へ割り込む。凪の海面は称えるようにさんざめいて、揺れる波頭がちらちらときらめいた。
三人は指定ポイント付近の海へ着水し、そのまばゆい自然な光景を目にしていた。
「すごく…静かだね…」
潮のたてる僅かな音の世界に、シエルの声。
穏やかで、三人の機体など、微塵も思っていないかのような海原に揺られるまま。
「どっかじゃ、まだ派手にやってるんだろうけどな」
シートへ完全に身を預けるコパン。気だるく実に退屈そうに、大あくびをひとつ。体位も少し変える。
「ヒマだなぁ…。今はここで待機して、相手が通るのを待つだけか…。ええっと、ファム、予定では後どれぐらいだっけ?」
「もう十数分ってところよ。暇なら、索敵でもしたら? ちょっとぐらい早く来るかもね」
ほら、これでと、首に下げた双眼鏡を持ち上げて示すファムに、コパンは横を向いた。
「シエル、頼んだぜ! ま、そこそこのが通るんなら、すぐ分かるだろ」
「…コパンったら」
呆れよりも苦笑を見せるファム。シエルも僅かに苦笑を見せ、双眼鏡を覗いた。
指定された方向は、現時点の位置からすれば、切り立った丘陵の向こう側から。前面に広く展開する陸地側は、人の手の入らない、森と山の合わさった塊。ここは辺境地帯だ。周辺地域には、人の集まる街の類は一切ない。
逃げるつもりがあるならば、確かにこのようなルートを選ぶと思われた。ずっと彼らの前を横切るように飛べば、隣国との国境は間近。半日とかからない。国外逃亡を図る相手に対し、リヴァルが目算した一帯だった。
「…あっ」
しばらく、双眼鏡を覗いたままだったシエルが、ぼそっと洩らした。
「――もうお目見えか!?」
コパンが来たかと跳ね起きるが、
「ううん…。ちょっと、鳥が群れで森から出てきたから…」
シエルが双眼鏡を覗いたままで返すと、コパンは再び機体のシートへ、身をどっかり落した。
「…紛らわしいなぁ。しっかり頼むぜ」
そして、両腕を頭部の後に回し、支えにして、
「さて…一体どれだけ現れるもんかな…。少数でも注意しろって…なんかそんなこと言ってたっけ…あいつ」
コパンの顔が少ししかめっ面になったのは、リヴァルの顔でも浮かんだせいだろう。
独り言のようなつぶやきだったが、ファムは彼を横目で見ながら話した。
「頭目の前歴が、兵器開発に関わっていた研究員って話してくれたでしょ…。何かあるのかも…」
依頼を受ける事に決まって、リヴァルが後刻詳しく話した内容に、空賊の詳細がある。
コパンは話しが始まってから、じっと聞いていたものだが、それはより内容を把握しようと傾注していたわけではない。話しの内にどこか暴けるような…付け入る隙でもないものか?そんな眼差しで、話し手に信頼を置いた聞き方ではとてもなかった。
経過としては、変化もなく対応する相手。結果は結局、彼はここにこうしている。面白くはなさそうに。
生返事を返しつつ、彼はぼんやりと、それでも思い出していた。
「…あぁ、そうだったかな…? なんかイメージ的に弱そうで、よくもまあ空賊の親分になんかになれたよなぁって感じだけど…。まぁ…どんな空賊でも、野太い筋肉バカが率いてるわけじゃないからな。とにかく、そいつが頭になるまでは、少数で荒らす剽悍な空賊だった…そんな事も言ってたか? 180度やり方が変わったら、警察もお手上げ状態の集団になっちまって…。…それが一体どんな変遷があって、あいつから俺達にまわって来たんだか…」
ぼやきが入った頃に、ずっと双眼鏡を覗いていたシエルは、前に乗り出す格好になった。
「――見えた! 指定通り、丘の上! 小型船が一隻、周辺に単座…それに複座機が合わせて八機いる。それぞれ武装確認。…戦闘艇と、空中巡洋艦ってところだね。例の空賊に間違い無いよ!」
シエルが言い切った時には、コパンも既に、自分の双眼鏡を覗いていた。
「あぁ、今こっちでも確認中! 一応は低空飛行か…。しかしあの速さだと、たぶん巡航速度だな。…お気楽なもんだぜ。巻いたと思ってるんだろうな、きっと」
ファムも双眼鏡で追う。
「…それにしても、向こうはこっちに気付いていないのかしら? 編隊に変化がないけど…」
彼我の距離がどれだけ離れていようか――。こちらは茫洋たる、見渡す限り障害の無い海上に浮いているのだ。ぽつんと。しかも異物は目立つカラーリング。コパンのシュバリエ――青はそこまででもないが、ファムのブランシェの白と、シエルのアヴニールの赤は、とても見逃し様がない。それらが固まっているのだから、肉眼でも空の上からなら、何かあることぐらいわかるはず。
巡航速度とはいえ、向こうは逃げている最中なのだから、それでも警戒体制にあると思われるのだが…。
様子見で数秒待つ。しかし、一団の変化はやはり無かった。速度にも変化はみられず、逃げるという行為を取っているわけでもなさそうだった。
「う〜ん。気付いているのかいないのか…よく分からないけど」
やがて。シエルが双眼鏡を降ろし、横を向いた。僅かばかりの苦笑と共に。
「向こうがこっちを相手にするんじゃなくて、こっちが向こうを相手にしなくちゃならないしね」
「じゃあ、出るのね?」
本当は、尋ねるまでもない。だからファムは、ガンナーマシンのキーである、イグニッションガンのトリガーに指をかけた。
――互いの意思はスタートへ。二人も視線で答え、同様に応じる。素早く機体のスロットへイグニッションガンを差し込み、トリガーを引く。
「これだけは派手にやってやるからな!」
「よし、行こう! 散るよ!」
エンジンが点火された彼らの機体は、海面を滑りつつ離水した。
海岸に近い森の上。ターゲットの一団は、完全に分かる距離に接近しても、乱れた動きはなかった。その事に注意を払いながらさらに彼らが迫ると、ようやく動きを見せ始めた。高度を上げ、速度を速めると共に、突如戦闘艇のうち五機が横に隊形を組み、シエルのアヴニールへ向かってきた。
「なんだ。揃ってシエルのほうに行きやがって!」
通信機を通じて聞こえてきた、コパンの実に不満そうな声。
シエルは苦笑して、真正面からではなく、多少迂回しながら迫り来る機体の一機に、狙いをつけた。
「集中攻撃するつもりだろうけど…それじゃあ固まり過ぎだね」
炸裂すると、球状の広範囲に爆発する花火ミサイルを3ロック――発射。
威力自体はそうない兵器だ。落せないかもしれないが、それでも隊列を崩すことはできると思われた。
だが直後。彼の――彼らの結果の中で、まさかの、あり得ない事が起こった。狙いをつけたシエルの驚きは当然。
「…!? ロックした花火ミサイルが当らないなんて!」
ターゲットを追尾する花火ミサイルは遠ざかり、既に肉眼ではわからない程になった。
そしてほんの数秒で、猛烈に迫りくる五機。我に返ったシエルは、機銃の連続的な音を耳にしながら、機体を捻った。
『シエル!』
ファムとコパンが同時に叫ぶ。傾き、下降に移ったアヴニールの機体が、一瞬不自然に揺れた。
「おいシエル! 大丈夫か!」
再び声を張り上げたコパンに、シエルは返した。
「大丈夫! ちょっと受けたけど、まだ問題無いよ! それよりまた…」
苦い声を完全に聞く前に、いち早くファムが機体を操作した。
「撃たせないわ!」
五機はターンして、今度はアヴニールの後方から迫ろうとしていた。ファムは機首を振り、続けて三機に猟犬ミサイルをロックした。
「いけっ!」
猟犬ミサイルがブランシェから放たれる――。
「――そんな!?」
次にはファムの悲鳴。
それも彼女の、彼らの思い通りにはならなかった。発射された猟犬ミサイルは、ロックされたターゲットに噛み付き、行動や攻撃を阻害するはずだったが、シエルの花火ミサイルと同様に当らなかったのだ。
「くそ、なんだってんだ!」
吐かれた焦燥。アヴニールに迫っていた五機に、横からコパンのシュバリエが突っ込んでいく。彼もまた、ファムと同じく動いていた。
しかし危険を察知したか、五機は素早くバラバラになり、散る。
「ちっ。…ちょっと遅かったか」
シュバリエの特殊機能、EXアクションのローリングを発動させようとしたのだろう。だが、先に逃げられてしまった。
速度を落して旋回するシュバリエに、シエルのアヴニールが近づいた。
「ありがと、コパン」
答える彼の顔は硬い。
「ああ…。しかし何だ? 花火ミサイルも猟犬ミサイルも当らないなんて…」
そこで急に、通信機からファムの声が響いた。
「…二人とも、方向十二時! 何か向かってくるわ!」
「なんだって――?」
シエルはすぐ首を振った。森の背景のごく上に見えたのは、かなりの速度で向かってきている、たったの一機。それが瞬く間に黒い機体となって、視界に入ってくる。認識したと同時に、思わず声を上げていた。
白と黒の飛行服、金属製のメガネをかけた人物は…。
「ええっ、リヴァルっ!?」
「はっ? 議会だか会議だかじゃなかったのかよ!」
コパンのそれはまるで悲鳴。
予定外に現れたリヴァルは、機体の速度を落すと通信してきた。やや不明瞭な声だけで、カフェで会ったときとは違う――雰囲気を明らかにして。
「ククククク…。もう遅いかと思ったが、まだやっていたのか」
違いを感じ、顔を顰めたコパンだったが。それでも通信機に向かって噛み付いた。
「おい! 何で来たんだ!? 仕事があったんじゃなかったのか!」
「何をてこずっている?」
「始まったばっかりだ!…って、質問に答えろ!」
怒声を隠しもせず張り上げると、一拍後に返答。
「あれは寸前で中止になった。臨時のものだったとはいえ、まったく、職務怠慢も嘆かわしいほどだ」
「――だから来たって!?」
「そうだ。少し暇になったからな。だが私が落としたところで、報酬に天引きはないぞ」
「んなこと聞いてないっ!…って、あんたほんとに同一人物か…!? 別人じゃないだろうな?」
「クククク…さて、始めるか」
「――聞けって! ぐ…あのやろ…。なんだ、なんなんだ!?」
通信が切れた。と、速度を落していた黒い機体が動きを見せる。
声を張り上げっぱなしだったコパンは、渋面を作り、機体を拳で叩かんばかりの様子。
分かっているシエルは、それでも慣れないのか、ぽつりと言った。
「あれが…僕が戦ったリヴァルだよ。聞いてないよね、確かに…一方的だし…」
一気に調子が狂った二人に、ファムのブランシェが近づいてきた。
「シエル、コパン! とりあえず戦闘に戻らないと!」
突然の闖入者に、様子を窺っていたらしい空賊も、また動き出している。注意を促して離れると、それから彼女は通信機を操作した。
先ほどの不可解な事態――。何か知っているかもしれない、そう思った。
「あの…リヴァルさん! ミサイルが当たらないんです。何かご存知ないですか?」
リヴァルの方は、既に戦闘態勢に入っていた。だが聞いていたらしく、右往左往する戦闘艇の後へつくと、巧みにそのままで返してきた。
「…そうか。なら、ジャマーのせいだな。やはり完成させていたか」
「じゃまー?って何だよ」
同時に聞いていたコパンが入ってきたが、
「ふん。だが小賢しい。そんなもので弱体化を計ったつもりか」
返答ではない言葉に、彼の表情がまたピシリと戻った。
「き、聞いてねぇ…」
「ミサイルの追尾性に頼るな。直接狙う方法で攻めろ。出来ないとは言うまい?」
時間差のある返し。
「無効化する装置を、あの船が積んでいるわけだ」
やはり聞いていたシエルは、直後、恐る恐るコパンを見た。
彼は、
「〜〜だあぁっ!!! 分かったぜ! つまりこういうことだなっ!?」
ブーストで一気に速度を上げて行く。目標は――近づいたことに敵船が攻撃を開始するが、最高速で突っ切るシュバリエを捉えることはできない。
あっというまにその上を通過しようというところで、コパンが動いた。
「俺のかぼちゃは投げるだけ!」
彼お気に入りのウェポンだ。
上部の大型砲台に、投げられたかぼちゃ爆弾が触れるや、激しく爆発。
「ビンゴ!」
コパンは無意識に、ある方向を見る。
その時、リヴァルの方には、追われている戦闘艇を助けようとする、別の三機が向かっていた。
「貴様らなど機銃だけで十分だ」
リヴァルはあっさりと目標を変える。シエルのアヴニールと同じEXアクション、空中に僅か滞空するスチームブレーキで止まると、旋回性能の高い機体を使いこなして、横から迫り来る機体の後を楽々と取った。程なく機銃がうなれば、簡素でもろい物でもあるかのように三機が落ちる。
光景をまざまざと目にしたコパンは、うめいた。
「げ…あのヤローの機銃、なんて威力だ…。相当金つぎ込んでるな…」
「聞こえているぞ?」
「――うわっ!?」
まさか聞いていると思わなかったコパンだった。
が、次には、明らかに驚いたことを知られたのが悔しかったか、理不尽に怒り出した。
「…あ、傍受したな? 勝手に聞くな! 通信に入ってくるな!」
そんな怒鳴りに返って来たのは、リヴァルの声ではなかった。
ファム。
「コパン! 右!」
「ぁあ…分かってるって!」
リヴァルに最初追いかけられていた機体だった。面倒そうにそちらを見やったコパンは、撃ってくる機銃の攻撃をパワースライドでさけ、通りぬけた相手が旋回しざまに、ルートを先に読んで、かぼちゃ爆弾を流した。
「ほら! 受け取れ!」
風に乗ったかぼちゃは見事直撃。煙を派手に吐いて、戦闘艇が墜落していく。
「ほぉ…狙いがいいな?」
通信機からの声に、コパンは得意そうに答えた。
「へっ当然だろ! 希代の天才ガンナーってのは、伊達じゃないぜ」
「そんなこと言われてたっけ」
さりげなく、素早くシエル。即行で返らなかったのは、一瞬詰まったからだろうか。
「シエル、のほほんと傍観してないで、お前もやれよ! あとまだ…」
「後はあの一隻しか残ってないよ」
「何だって?」
コパンは慌てて周囲を見た。実に良く見えたのは、八機のうちの最後と思われる戦闘艇が、落ちて行くところだった。
「ぐ…もう残りの腰巾着を落しやがったのか…。手の早い奴!」
「でも女の子なら、コパン早いでしょ」
ファムからの突っ込みに、コパンは絶句したものだった。しかし、リヴァルの機体が新たなターゲットを狙う動きを見せたところ、
「…んっ、あいつラストも狙ってるぞ! そんなに取らせるかよ!」
「張り合ってるなぁ…」
苦笑を帯びたシエルのつぶやきは、届いたか否か――。
シュバリエは空中巡洋艦へ再び向かった。だが、リヴァルの黒い機体は旋回すると、そこから離れだした。
「あ…おい、どこいくんだよ!」
不思議に思ったコパンが尋ねると、少々冷めた様子で返ってきた。
「そろそろ来るようだ。落して行きたかったが、私はここまでだな」
「来る…? おい、こら! 離脱すんのか!」
「こればかりは仕方が無い。では、な」
ぷつりと途切れた後は、反応が一切なくなった。速度をより増したのか、ぐんぐん遠ざかる一方。
程なく黒い機体は、彼らが見続けた末、遠くの滲みそうな森景色にまぎれてしまった。
「…い、いっちまいやがった…。いきなり現れた挙句、いきなりどっかいくか…?」
理解に苦しんだか、放心気味のコパン。
しかし、まだ終わっていないのだ。シエルは残った空中巡洋艦が砲門を開き、向かってくるのに気付いた。
「コパン! 攻撃してくるよ!」
「――あああっ!? なら俺が黙らせる!」
今までの事態が原因か、一気に沸点へ達してしまったらしいコパンは、シュバリエを飛ばした。
シエルも追う。
「僕が機関部を叩くから、ファムは後方の砲台をお願い!」
「任せて!」
それからは早かった。コパンがローリングで派手に武装を絡め取る間に、シエルは機関部をヘビーバレットで撃ち抜き、ファムはアヴニールへ攻撃しようとする砲台全てを破壊した。
搭載した兵器は破壊され尽くし、推進力もなく――ただ煙を上げ、墜落していくだけの船体からは、パラシュートが幾つか開いた。
これで依頼は終わりだ――。見届けたシエルは息を大きく吐き、操縦桿を握る手を緩めた。
「終わったね」
振った方は、しかし顔が晴れていない。
「ちょっとまてよ。向こう……なんか数機来るぞ?」
コパンが言った方向を確認すると、ファムは双眼鏡を覗いた。空賊達がやってきた方向と、ほぼ一致する。
「…ファム、どう?」
双眼鏡を通して、黙り窺うファムにシエルが聞いたところ、
「あれは…クラージュとオルドルじゃないの? あ、向こうも気付いたわ。…やっぱりアルディさん!」
ファムが黄色の機体数機に、アルディ警部や警察官の姿を確認したところで、通信が繋がった。
「――シエル君達か!? なんだ…ヴォワルー一味の逮捕に協力することになったガンナーとは、君達のことだったのか…」
三人は同時に詰まった。話がわからない。警察が途中、助勢にくるなど聞いていないのだ。コパンはないまぜになっているものの、腑に落ちない様子で尋ねた。
「なあ、アルディ。こんなとこになんで来たんだ?」
「君達もよく聞いていないのか? 私は上からの命令で駆り出されたのだがね。急に人手が要るようになったからと、詳しい話しは聞けなかったんだが…本当に急だった。とにかく、ガンナーの協力があるから、指名手配の空賊を追って、全て逮捕しろとな…」
聞いた三人はしばらく黙ったが、ファムが思い出したように加えた。
「今、落ちて行ったんですけど…。あ、早くしないと森の中を逃げるかも…」
「それなら、この付近はもう地上部隊が出ている。君達が落してくれたなら、後は取り押さえるのみだ。まあ、じきだろう」
アルディの言葉に、三人は完全に言うことがなくなった。
リーヴに戻り、わだかまりを持ち越した一夜が明けた。早朝。カフェの喫茶店内には、既に三人が揃っていた。
「…載ってないぜ」
新聞を置いたコパン。真っ先に起きると、頼んだ朝食が来たにも関わらず、終始それを無言で睨んでいた。
「えっ、載ってないの?」
それまで、声はどうにもかけ辛く。手持ち無沙汰ゆえ、先にゆっくり朝食を摂っていたシエルだったが、スパゲッティーを絡めていたフォークを止める。
「全然?」
「いや…あいつの事だよ。俺達のことや警察の作戦なんかは載ってる…」
さらに顔を顰めてコパンは言い直した。そうなると、言いたい人物は一人だけ。
「リヴァルの事?」
相手は椅子の背もたれに身体を預けると返した。皮肉を交えた口調で。
「そうさ。全く影も形もない。…本当に上手くやったもんだよな。俺達はアルディが言った通り、作戦に協力したガンナーって事になってる」
「じゃあ…報酬はどこからはいるんだろ…」
何気なくつぶやいたシエルに、コパンは投げやり風に答えた。
「上からだろ。俺達は記事によると、公の仕事したんだし」
「へえ」
「へえ、じゃないだろシエル! 完全にあいつの思い通りって感じだぞ!? 面白くないぜ、まったく! ああ…なんかいらいらする…腹立つ…」
一言の相槌に、コパンは椅子から立ち上がって声を荒らげると――落ちるように座り、それからぶつぶつ、胸中の不満を吐き出した。
その時、ずっと黙って二人のやり取りを見ていたファムだったが、気付いてなさそうな二人に言った。
「ねえ。さっき音が聞こえて、ここで止まったみたいだけど、誰か来たんじゃない?」
カフェの付近を飛ぶ飛行器機はそこそこ多い。日頃聞き慣れているためか、気を取られていることがあれば、それらの音など耳に入らないことはしばしばある。
だがファムは、一機の音が、ガンナーカフェで止まったのを聞き逃さなかった。
コパンは言動からして嫌そうだ。
「どーせ、カフェの宿泊客かなんかだよ。…まったく、こんなむしゃくしゃしてる時に、依頼の話とかは勘弁してもらいたいな…。アポでもとってるんなら別だけどさ…」
テーブルにへたり込む彼だったが、次に聞こえてきた言葉には、一気に飛びあがった。
「悪いところで来てしまったかな?」
「――げっ!?」
「リヴァルさん」
「リヴァル! どうして…」
三人ともが、差こそあれ、驚いた眼差しで入り口のリヴァルを追った。
彼のほうは、苦笑を見せながら入ってくる。
「どうして、とは…意外だな。依頼人が仕事を終えたガンナーに、後日会いに来るのがおかしい事とは思えないが?」
コパンはすぐさま、テーブル上に広がっていた新聞を平手で叩く。
「どこが依頼人だ! どこが! 新聞に微塵も載ってないぞ!」
特に顔色を変えるでもないリヴァルが、それに堪えるはずもなかった。
「都合で依頼人の事を伏せる事例も多々あるだろう? それより、私としては、君達の都合の良いように計らったつもりだが…間違っていたか? そもそも、色々危惧していたのは君ではなかったかな?」
「ぐっ…」
返せなくなったコパンの表情を見てから、リヴァルは話を変えた。
「多少の変更があった。あのとき話したな。私の手が空いたため駆けつけたが…その前にまず、警察の上層部の説得をした。真正面からではなかったが、正当だと言っておこう。その経緯で、君達が警察に協力するガンナーとなり、リーヴの警部達も派遣された。そして結果、空賊ヴォワルー一味は、君達の功労により全員捕まった。よって手柄としての報酬は、報奨金として国からでることになる。…簡単に話せばこんなところだな」
黙って聞く三人を軽く視線で見やると、リヴァルはコパンへ尋ねたようだった。
「聞きたいことはあるか? 話せることなら話そう。さっき話したことについて、より詳しく聞きたいなら話してもいい。長くはなるが」
一番不満を抱いているのが見え見えのコパンだから、振ったのだろう。
――彼は、
「…。俺が聞きたいのはひとつだ…。もしあんたが依頼を受けていたら…何をやったんだ?」
何を思惟するのか読めない双眸が、笑ったような気もする。自嘲、なのか。
「逃げてきたヴォワルーを落し、捕まえて、警察署に空から投げ落としてでもいただろうな…」
リヴァルは一旦切った後、言いたいことなのだろう――そうやってから続けた。
「同じだ。その後の関与は、私もしない…。空賊を片付ける、それまでだ」
「……」
コパンの方も、それを聞いて何を思ったのかはわからない。顔色を変えないまま見返している。
その相対を、先に崩したのはリヴァルだった。薄い笑みが先ほどとは違う。
「よくよく思えば、違いがあるな。…君達が三人に対し、私は一人だ」
とたん笑った、コパンが。真っ向から見据えて、口元を上げる。
「言ってくれるぜ」
聞こうとすれば、挑戦的――。いや、相手はまさしくその意味で言ったのだろう。だからコパンは笑った。
向うがこちらに対しどう思っているのか――まったく、良く分かる。だから笑ったのだ。
リヴァルはちらりとシエルに視線を送ると、
「では、私はこれで戻る。シエル、また勝負をしよう。楽しみにしているぞ」
「ええっ!?」
「このやろ、俺は無視か!」
嫌そうな声に、文句をつける声。
それを背に受けて、彼はそれから何も言わず出て行った。
すぐ近くに、乗って来た飛行タクシーでも待機させていたのだろう、音は唸ると、遠ざかっていった。
まるで後は、完全に取り残されたかのような三人。
その中で、二人は呆気にとられたまま、動きもない状態だったが、一人は渋い顔でテーブルに座り込んでいた。
ほんの少々。それだけで、間に特に何かあったわけではない。だが、何を思ったかコパンは、いきなりテーブルに勢い良く手をついて立ちあがるや、二人が何事かと見てくる前、こう言った。
「シエル、こしょうだ!」
「は?」
「こういう場合だな…ええと、嫌な奴が来た後は、厄払いにこしょうを表に撒くんだよ。どっかの国の風習だ」
説明するコパンに、ファムが眉をひそめてたずねる。――聞いたことがない。
「どこの国…?」
「忘れた!」
そんなことはどうでも良いらしい。既に割り切ってしまっているからだろうが、それでも一瞬首を捻った。
「…ん、あれ…唐辛子だったかな…。まあいいや。…俺はやるぞ、やるからな!」
コパンは一人で宣言すると、調理場に向かって行った。その時カフェには再び、来客があった事を伝える、飛行艇の音が聞こえたが。
…そしてその後は。
「うわっ! なんだコパン君……は、はなが…」
「うわ!はこっちだアルディ! なんでこんな時にくるんだよ!? 今、こしょうまいたばっかだぞ!…う…うう…ックション!」
「こ、こしょう? いや、報酬の件は早々に話さなければならないだろう…うっ、は…ブワックショ!!!」
カフェの表から若干二名の、くしゃみが激しく聞こえてきたものだ。
門を抜け、回廊を少し進んだ程度。いつも通りの定位置で、スチュワードがこうべを下げた。
「おかえりなさいませ」
リヴァルはいつものように応えたつもりだったが、相手は言った。
「リーヴに向かわれると、ご機嫌がよろしいようですな」
「そうか? ふむ…そうかもしれないな」
自問すると、何気なく笑みが浮かんだ。
あまり深くは尋ねてこないスチュワードは、別の話に変えた。
「あの御方に電話を繋げますか?」
「ああ、いい。自分で掛ける」
「承知致しました」
リヴァルは自室へ向かった。彼にしてみれば、何があるわけでもない部屋だが、目的は電話だった。椅子に座りもせず受話器を取り、ダイヤルを回す。
すぐに繋がった。
「…私です。全て上手く行った事は、あえて詳しく話すまでもないと思いますが」
珍しく相手は聞いてきた。だが、今までと違うことなど、彼には無いと同然だった。
「後のことは、彼らは当然、私も関知するところではありません。それで十分なはず。ましてあなたも、こちらに関することは必要ない。違いますか?」
向こうは言葉を足してきた。何故と返してくるのは、今まで無かったことだ。それに応えるのも、今まで無かったことだ。微苦笑が浮かんでも、おかしくはないだろう。
「そうですね…。彼らとは、上手くやっていきたいのですよ。そんなところでしょうか」
何度も返してくるのは珍しい。だが、分からないでもない。リヴァルはどこかおかしくなって、笑った。
「…そう思いますか? ふふ、たとえるなら…私とあなたのようなものですよ。功利を求めているわけではないですからね」
向こうも笑った。珍しいことだ…お互いだろうが。
愉快そうな節に、終わりが含んでいた。これ以上話すことはないのだから。
「ええ、ではまた…」
リヴァルは受話器を置いた。誰も居ない。そこでぽつり、ひとりごちる。
「…変わった、か…」
自分のつぶやきに苦笑すると、彼はそれでもまんざらでもない顔で、部屋を出て行った。
おわり
<あとがき>
ちょっと校正がいい加減ですが…(コラ)もったいぶったように伸ばすのは心苦しいので(苦笑)さっさと上げることにしました。脱字とかなんかありそうですが、勘弁してください…。
ぼかし。ぼかしです。ぼかしすぎって感じで、いかに逃げているか分かるのでいまいちです。本当はもっとうねうね(謎)したかったです。あの御方あたりなんかは、ぼかすしかないんですけど…勝手に作るか。
あいかわらず、空戦は苦手…。それより戦闘機がわからないので、その辺がどうしようもないのですが、勉強する気がないのがもっとダメかも(苦笑)
コパンは調子が狂いまくってます。彼らしい彼を書けるのはいつか?(爆)
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