甥っ子はつらいよ | 4

 近くの空域である限り、誰の耳にも届くその音声は、喜々として弾んでいた。
 濁った混色の戦闘艇が、逃げる紫の機体を追いかける。
「――ハハッ! これで邪魔する奴はいなくなった! 思う存分戦えるだろ、なあエレ!」
 名前を呼ばれた相手エレは、おっとりのんびりとした性格から、本気で怒ることはあまりないのだが、さすがにこれは頭にきていた。追われる自分のみならず、護衛の依頼を受けた、守るべき船団を巻き込む事態になってしまっては。
「も〜〜信じられないわ! こんなことして……ヤケクソなの!?」
 気にかけない分、エレの声も大きかった。もう、会話を聞かれることなどどうでもよい。今、彼女が自制する余裕も、周囲が二人の話に傾聴する余裕も、ないだろうから。
「ヤケクソじゃねえよ! ヤケクソじゃあ!」
 イディオはそれ以上の声で否定した。振り切るため加速するエレに、ぴったりとくっついて。
「今までまともに戦える機会が一度もなかったんだ! 考えて考えて、考え抜いてきたんだよ……。本当は前回で決めるはずだったんだ。仕事中なら、振り切って逃げるなんてマネはできねえだろうと踏んでな。だがあん時は、お前とたまたま組んでたガンナーに邪魔されて、結局駄目だった……!」
「それはねえ……! 仕事中のガンナーに戦闘艇なんかでちょっかいかけてきたら、落とされても文句言えないでしょ、普通! 妨害なんだから。警察に突き出されなかっただけでも、すごく運が良かったと思うわよー!?」
「だが、今度は完璧だろう!」
 怒声で非難を浴びせても、イディオの自信は揺らがなかった。そうなるとエレも、遠慮する気にはまったくなれなかった。
「もう、許せる程度じゃないわよ!」
「それでも、約束は守ってもらうぜ!」
「だから、これからあなたを倒すんじゃない!」
 向こうがこれで決めるつもりだから、エレもここで終わらせるつもり。
 イディオは嬉しいのか楽しいのか、笑い出した。興奮しているのは分かる。
「しびれるなぁ……エレ!」
 そして、機銃が火を吹いた。

「はじまったか……」
 ブーストをかけ、傾きながら空を突き抜けていく紫の機体に、遠目では地味なモノクロに見える機体が、引き離されまいと執拗に追いかける。無駄も多いその動きは、エレに対する男の執念が、そのまま空で展開されているようだった。
「ちっ」
 つい視界に入って、つい口にしてしまった言葉に、コパンは顔をしかめて舌打ちした。
 ああなったのも自業自得であるし、向こうのことなど今更どうでもよく、自分はただ貨物船団の護衛という請け負った仕事を遂行するだけなのだと、決めたつもりだったからだ。気にする必要などまったくないと。
「イライラするぜ、ほんと……」
 内心の感情よりはるかに押し殺した、呻きのようなつぶやきを吐くと、コパンは腕が軋むのもお構いなしに、握っていた操縦桿を強く締め付けた。
「面倒な上に、面白くないんだよ!」
 小刻みだが重く、連続する音がシュバリエから撃ち出される。聞きなれたそれと振動は機銃のもの。
「付き合ってられるかよ! さっさと終わらせてやるからな!」
 普段は身体を何事もなく通過していくそれが、今は心地よいリズムのようだった。コパンの怒り苛立ち、わずかばかりの焦り、充満した雑念を潰し、削っていくような。
 だが、その忘我も一瞬のことだった。高揚するには短すぎる。結局は不燃焼で、不満が勝る。愚痴が出てしまうのは止められなかった。
「こいつら……なんだよ、無駄にちょろちょろしやがって」
 狙いは、前を横切るように掠った戦闘艇だった。しかし射程に捉えたのは一瞬のこと。銃弾は機体の後部にいくつかの穴を穿っただけで、大きなダメージは与えていない。被弾したイディオの手下の戦闘艇は、気にした様子もなく逃げていく。
 そこに、通信機越しの声がかけられた。
「意外とやっかいね。ほとんど逃げることに徹して、たまに飛行船を狙うんだから……」
「やっぱり、初めから僕たちに勝つことは考えてない動きだね。思ったより連携もとれてるし、邪魔することだけが目的となると、ちょっとやり辛いね」
ファムが言うとシエルも続けた。今戦っている相手に対し、彼らも多かれ少なかれコパンと近い苛立ちを抱いているのだ。
 イディオの手下たちが狙っているのは飛行船団。しかしその目的は、ガンナーをひきつけることにある。ガンナーの護衛の対象である貨物飛行船を攻撃することで、イディオとエレの一騎打ちに邪魔が入らぬように。
 だから彼らは逃げる。真っ向からガンナーと戦う必要はなく、そもそも勝つ気もないのだから。仲間が狙われれば邪魔をするし、回避に繋がるのであれば攻撃もする。だが、目的は違う。倒すべきものはない。彼らは自分たちの被害が少なく、ガンナーをひきつけさえすればそれでいいのだ。
 狙いは分かっている。それが余計に気に食わない。
「まったく、舐めてるとしか言いようがないよな」
 その間だけの軽い口調も笑う造作も、風によって後方に流されるように消える。コパンの操縦桿を握る手に、再び力が篭る。
「誰が囮と遊んでやるかよ。ガンナー相手に逃げ切れると思ったら大間違いだぜ。……それをこれから教えてやらないとな!」
 そこでスピードを上げたシュバリエに、タイミングよくシエルのアヴニールが並んだ。
「向こうは連携で撹乱狙いだし、ここは各個撃破にまわるより、三人で確実に数を減らしていくほうがより早いと思うんだけど。……どうかな?」
シエルも気持ちとしてはコパンと同じ。しかしその衝動に身を任せず、自制をもって当たることもガンナーに求められる行動だ。熱くなりすぎず、過剰な熱を冷静な思考に変えられないようでは、名うてのガンナーは務まらない。
「いいんじゃない?」
 ファムは即座に同意した。状況を見て、臨機応変に動くのは当然。まだ若手だが、実力が伴いつつある彼女は、確実に経験と才能を生かしている。判断は早い。
 彼女もシエルとは反対側から、シュバリエに近づく。
 コパンを挟み、三人の機体が空に並ぶ。そして二人は、残る一人を見やった。
「……了解だ。こんな仕事はテキパキと片付けるに限るよな」
 浮かび上がった照れ。どこか見失いかけていたものを思い出した、少しだけの苦笑いだった。コパンの表情に笑みが戻る。シエルもファムも笑顔を返す。
 彼もまた、自分を天才と称すだけある実績をもった、実力派ガンナーである。熱くなろうとも、自分がガンナーであるプライドを失ったりはしない。それさえ見えれば、理性を捨てて暴走することはない。軽快で鋭く、余裕を見せつける自信と実力に溢れた、いつも彼に戻れるのだ。
「まあ、こっちも見せてやろうぜ。ガンナーの連携ってやつをな」
 青空に映えた表情で、コパンは片目を瞑る。握った拳の親指を立て、合図を左右に。
「よし、やろうか」
「任せて」
 シエルが同じ仕種を送り、ファムが少し控えめな仕種を送る。
「――行くぜ!」
 そして一際強い発声後、横並びとなっていた三機が割れた。ブーストをかけたシュバリエから、アヴニールとブランシェが機体を傾けつつ、滑るように左右へと。

 スピードの速いシュバリエが、前方にいた一機の後ろについて追う。するとイディオの手下は近づかれるのを恐れたか、近くの貨物船の機関部に回り込んだ。振り切るために利用する障害物であり、一時的な盾のつもりだろう。貨物船団はガンナーにとって護衛対象なのだから、迂闊に撃って流れ弾が機関部を壊すようでは、本末転倒だ。しかし、それを読んで先に待ち伏せていたのが、シエルのアヴニールだった。実際に見えはしないが、イディオの手下の驚く顔は想像できる。機体の特殊機能、EXアクションであるスチームブレーキを使い、急停止して滞空するアヴニールが機銃を撃つと、それは高威力のヘビーバレットとなる。そして、あっという間に撃ち抜かれた戦闘艇が落ちる頃には、別の手下が大きな隙を作ったアヴニールをチャンスとばかりに狙っていたが、逆に自分が狙われていたことには気づけなかったようだった。やはりEXアクションであるアクティブターンによって、急旋回後、強襲という手をとったブランシェの機銃にまったく対処できず、これまたあっさりと落ちていく。
「コパンちゃんたち、仲いいわね。……うーーん、このままじゃ先輩ガンナーとしてはずかしいし、向こうが終わる前にこっちもどうにかしたいんだけどな……」
 観察するつもりはなかったが、視界の中の向こう側が分かってしまうと、エレは嘆息してしまった。
 向こうは着実に流れを変え、自分たちのペースに持っていこうとしているのに、こちらときたら。
 ふつふつ、じわじわとわいてくる惨めな気分である。情けない。振り切れないことに再度ため息がでる。どうやらスピードも旋回性能も、向こうの機体が勝っているようなのだ。
 しかしそんな事実はこの場合、問題ではない。
「あ〜もぉ! 女のお尻を追いかけまわすなんて、みっともないと思わないー?」
「ハハハ! 言ってくれるな!」
 エレは何より、自分に苛立っていた。自分は空の戦闘のプロフェッショナルであるガンナーで、向こうはただのならず者。その事実が大いに問題だった。自尊心である。機体の性能差くらいで、プロが素人に負けるわけにはいかない。
「だが、一対一の勝負だ。後ろを取ることが卑怯なマネとは思ってないぜ。嫌なら俺を振り切ってみせるんだな!」
 イディオの声が力んだところで、機体の機銃がうなりを上げた。
「……っと! マズイわねぇ…… 」
 エレは機体を回転させ、攻撃を避ける。しかし、ずっと後方を取られたままでは攻撃ができないし、圧倒的に不利である。
「いくらジェネラルが速くないガンナーマシンだと言っても……ほんと、どうなってるのよ。エンジン変えたのかしら……スピードが格段に上がってるわね。でも、旋回性能もあがってるなんて……素人の改造じゃない。それでも……」
 ちらりと後方を振り向く。最高速度でも、距離はほとんど離せない。
「……なら、落として捻ってみましょうか」
 苛立ちはするが、最高速度で振り切れないからといって、勝負が終わったなどとは思わない。まだまだ、始まったばかりだ。
「もう加減飽きたわ!」
 猛スピードで、追随するようについてくるイディオ。エレは徐々に上昇しつつ、できるだけ引き付けると、機銃の狙いをわざとつけさせるため直線の飛行を加える。
「おら、エレ! あたっちまいな!」
 それをチャンスと見て、すかさず機銃を撃ってくる。しかしその時すでに、エレは減速しつつ機体を傾けて大きく急旋回し、下降。高度を下げていた。
「って、ぁあ! 逃げたか……! おいどこだ!?」
 イディオは、急に視界から消えたエレの機体を追いきれなかった。慌てぶりには、悔しさも出ている。冷静に対応できるほどの経験は、ないということだ。
「……こっちよ、こっち」
 そして今度はエレがイディオの後ろを取った。ただし、余裕や自信など彼女は見せ付けるつもりはなく、即座に機銃を撃つ。
「――どぉおおっ!」
 被弾は同時。通信機を通し、雑音が増幅された耳障りな悲鳴だった。それで終りとはいかなかったが。
「危ねえ!」
 狙ったタイミングとしてはベストで、かなりの穴を穿った。だが、機銃の威力自体は高くないため、まだ落ちない。イディオは機銃の狙いからとにかく逃れるよう、飛行し始める。
「大量にぶち込まれたのが分かったから、冷やりとしたぜ。……やっぱり簡単にはいかねえか」
「そりゃあ、簡単にガンナーが落とせると思ったら困るわよ」
 先ほどとは逆となり、エレがイディオを追いかける。速度と旋回性能が勝っている相手の機体であるが、離されないのはガンナーとしての腕だ。視界に捉えてさえいれば、ある程度は先見で身体が反応する。機銃もこまめに撃ち、じわじわと当ててダメージを累積し、プレッシャーをかける。
「うひゃぁ……なんか、そろそろヤバイ感じになってきたぞ! キツイな、こりゃあ! まったくよ、常々こんな危険に晒されて戦い続けるたぁ、大した度胸だと思うぜ。ガンナー稼業が大変だってのが、身にしみて分かるってもんだ」
 窮地だと語る内容のわりに、イディオの言葉は笑っている。エレはそれを、強がりだと思った。
「何度も撃墜を経験してるのに、いまさら言うことなのー?」
「まあ、お前と戦うのはこれで最後だからよ……感傷って奴さ!」
 負け惜しみを次から次と言う――。そう苛立ったエレは、イディオとの距離を詰めていった。次の一撃で確実に撃ち落すために。
「少しビックリさせられたけど、残念だったわね。どれだけお金をかけたか知らないけど、機体性能に頼って戦いを挑んでくるなんて、私を追いかけるにしてはつめが甘いんじゃないかしら?」
「仕方ないってもんさ。ガンナーとまともに戦いたいなら、それこそガンナーになるしかねぇよ!」
 そしてエレは、機銃の狙いをつけた。
「感傷に浸る時間は十分あげたつもりよ。これで最後ね、イディオ!」
もう終わらせたいと、気が急いたこともあった。できるだけ近づき、機銃を確実に撃ちこむために集中していた。今や自分が攻撃する番であり、相手は逃げ続けるだけだと思っていたのだ。
 エレ自身が先ほど逆転して見せた状況であるのに、まさしく油断である。
「おいおい、早すぎだろう! まだ手があるんだよ!」
 狙いをつけ、機銃を撃つ寸前だった。イディオの機体から何かが放たれた。
 心底の笑いにエレが気づいた時には、もう遅かった。身体は固まっており、せいぜい口が悲鳴を上げるだけだ。
「な、なにこれ!?」
 空中に撒かれたのは無数の黒い小さな影。トゲらしきものに覆われたこぶし大ほどのそれは、接近していたこともあり、もはや回避できるものではなかった。向かってくるというより、こちらから突っ込む形で機体と接触し、爆発する。
「――キャアアッ!!!」
 目の前が真っ暗になる。いくつもの爆発が機体を激しく揺さぶり、振り落とされそうになる。実際の衝撃と、上げたものより大きな心の悲鳴は、意識をぐらつかせるほどのダメージだったが、それでも腕の先にある操縦桿だけはしっかりと掴んでいた。
 それはガンナーにとって、機体と自分を繋ぐものに等しいからだ。飛び続ける意思でもある。何が何でも離せないもの。
「や、やってくれるわー……ごほっ、本当に……」
 エレはなんとか目を開けて、踏ん張って力をこめる。
 爆弾が大量に吐き出した真っ黒な煙から、逃げるように青い空へと戻った僅かな間、バランスを崩して降下する機体の立て直しを試みた。
「でもまだ……まだ落ちないわよ!」
 自身もふらつきながら、エンジンが止まりかけた機体を何とか上向かせたところで、ヒュゥと短く高い口笛が聞こえる。
 イディオは旋回し、戻ってくるところだった。
「……完璧な不意打ちだったのに、よく持ちこたえたな、エレ! さすが俺の女だぜ!」
「このくらい、ガンナーだったら日常茶飯事よ。……あと、どさくさに紛れて……あり得ないこと言わないでくれる?」
 エレはできるだけ冷たく言い放ったが、イディオの笑いはますます上機嫌で、卑しくなった。
「冷てぇ物言いだなぁ。まあ、あれだけの爆発に巻き込まれたら、優しく答える余裕なんて残ってねぇわな」
「……確かに、ウニみたいなものを投げられたんだから……無傷というわけにはいかないわね」
「違う、いがぐりだよ、いがぐり爆弾。使い方はさっきの通りだ。ひきつけといてばら撒いて、ドーン! ってな。火薬の調合でも悪いのか、やたらと黒い煙がでるのが気になるけどな。こいつも高かったんだぜぇ。おかげで大借金だ。積んでたかいがあったけどよ! まあ、なんだな……遠くからチビチビと地道に狙われたら、俺も決め手がねぇぶん、負けるしかなかったんだが……エレは思い切って勝負してくると信じてたよ、ああ!」
 愉快だと言いたいのだろう。イディオはそこでまた、耳障りに高く笑うが、エレはもはや気にしてなどいなかった。
 旋回を終え、もう恐れるに足りないと思うのか、真っ直ぐ向かってくるイディオの機体。それを睨みつけて、エレは今まで触ったこともない、計器類の近くにあるEXアクションの安全装置を解除した。
「ふうん……。でも、言っておくわ。笑う余力こそないけど戦う力は残ってるわよ……」
 先ほどの爆弾の衝撃で、内部か外部の損傷か不明だが、機体が思ったように傾かなかった。それに気づかれては、終わったも同然。うまく旋回できなくなれば、また後ろを取られてしまう。また爆弾を使ってくるかも、分からない。
 エレは嫌でもすぐに、勝負を決める必要に迫られていた。だから使うつもりなどまったくなかったジェネラルのEXアクションを、使うしかなかった。
「おお、今の言葉、グッとくるなぁ……。美人が台無しの煤けた格好になっても、とことんやるって言うんだからなぁ!」
 機銃の狙いを定めている相手のことなど考える暇もなく、エレは覚悟を一息で飲み込んで、ジェネラルのEXアクションを使った。

 ガンナー三人は、確実にイディオの手下を落としていき、今や残る相手は一機のみとなっていた。
「ビンゴ! ……さーて、残り一機だ!」
 機体を回転させて突っ込むという、豪快なシュバリエのEXアクション、ローリングでバラバラになった機体。遅れて追いかけるパラシュートが、空に流れていく。
 そんな調子付いた時に、三人を一瞬のうちに硬直させたのが、複数の爆音と黒煙を上げたイディオのいがぐり爆弾だった。
「まさか……ねえさん!?」
「ひどい爆発だわ! エレさん……!」
「直撃してる!」
 まさか、ガンナーであるエレが敗れるなど露も思っていなかった三人だけに、被害を物語るその黒い大きな煙の塊は、胸中を不安で埋め尽くすには十分すぎる不吉なものだった。
「エレさんはどこ!? まだ飛んでいるわよね?」
 気をとられたのは瞬きするほどの間で、彼らはすぐにエレの姿を探す。その、目を離すことなど出来ない状況のさなか、黒い煙からジェネラルの機影が落下しかけたのを見つけ、シエルが声を上げた。
「落ち――いや、落ちない! でも様子がおかしい……!」
 際どく持ち直した動きを見て、シエルは異変に気づいた。爆発による機体へのダメージは相当なもので、どこかが破損、あるいは故障寸前なのではないかと。
 しかしその思考も、間近に迫る危険を察知した身体の警告に、中断せざるを得なかった。
 機銃の狙いをつけられている。
「一機まだ残ってる!」
 機体を急加速させながら、シエルは残す一機となったイディオの手下を見やる。
 エレは心配だが、片付けなければいけない仕事がある――。
 そう思っているのはファムも、そしてコパンも同じだった。だからそれぞれが、すぐさま注意を切り替えて、だが一刻も早く終わらせようと動き出した。
 もはや彼我の状況は、実力差に加えて多勢に無勢。誰が狙っても、残る一機の撃墜はあっという間で、手間取るとは思っていない。そんな中で、真っ先に攻撃の機会を得たのがコパン。
「今はうろちょろされたくないからな、一発で決めてやる!」
 直進なら、競争して勝てるガンナーマシンはほとんどないシュバリエの突撃。またローリングを狙っているのは、誰の目にも明らかな加速だった。
 間もなく、空を突き抜ける蒼き騎士が勝利を告げるのを、誰も疑いはしなかったが。
 そこでなぜか、異変が生じた。
「――うわあああああ!!!」
 まさかそれが曲がろうとは。
「えっ、コパン!? どうして!」
 一体、彼らの思いの何が違えていたのだろう。なぜ悲鳴が上がったのか。なぜそれが曲がっているのか。追いつけたのは視線だけだ。
 予想とまったく違う展開に、シエルも思わず口をあけて、絶叫を上げ続けるコパンの行く先を見る。
 それから、あれよあれよと起った出来事は、さらに彼らの予測しうる結果の範疇を、完全に超えていた。
「何なの……?」
 ファムも見ているその間、それだけしかつぶやけなかった。
 何がどうなっていたのだろう。まるで吸い寄せられるかのように、交錯寸前のエレとイディオの元へと向かったシュバリエが、ローリングであろう回転をやたらとしつつ、イディオの機体の後方から突撃。いや、激突だったのか。
「どわああああっ!!! なっ、なんだぁぁっ!!!」
 耐久性は極めて低かったようだ。あっさりばらばらになったイディオの機体。後に、EXアクションの過剰な使用による熱暴走、そしてその状態での接触による、激しい衝撃によりエンジンが停止したシュバリエが、落ちていく。
「うわぁぁぁぁ……!!!」
 海原へ落ちていくコパンの悲痛な叫び。シエルは聞こえていながら、受け止められない。
「コパン……」
 そんな状態であるから、次に聞こえてきた声も、聞いていたようで、その時は考えられるはずもなかった。
 コパンがイディオの手下に突撃する直前に、もう終わったと思い、受信を再開した通信機から。集中するため一時ほど切っていたチャンネルから、二人の声が聞こえてきた。
「ひ、卑怯だぞオォォォ! サシの勝負でエェェェ……!」
「卑怯じゃないわよ。……だってさっきの、ジェネラルのEXアクションだもの」
 その後、海面より盛大な水柱が二つあがって、場の雰囲気は変わった。
「え……っと……」
 まず、何を言えばいいのだろうか。間違いなく終わったというのに、気まずい何か。苦しい何か。まだ残っているイディオの手下も、既に目的もなく、放心状態だったのだろう。誰もすっきりとしない状況だったので、仕方ないのかもしれない。
 だからそこに、シエルが出動を要請していた、アソシエ市の警察部隊がやってきたのは救いだった。
 彼もようやく、するべきことが見つかったから。
「こちら、アソシエ市警の飛行艇部隊。通報を受けた状況は、すでに片付いていると判断した。これから事後調査と逮捕に移るので、ガンナーは応答願う」
「もしもし……あの、こちらリーヴのガンナーですが、先に……仲間の機体が墜落してしまったので、救助と墜落ポイントの記録をお願いできませんか……。後はこちらで、サルベージの依頼をしますので……」
 力も入らない自分の声を聞き、話ながら、視線は自然と下へ下へ。
 くらげのように浮かぶパラシュートと共に、緩やかな波に揺られるまま海を漂っているコパンを見て、しかしそれ以上は見つめられず、シエルは目を反らしたものだった。


 今日のリーヴの天気は快晴で、清々しい朝だった。そして本日のガンナーカフェも、忙しさ、賑やかとは無縁だった。新市街のある島より、少し離れた海上にぽつんとあるカフェだから、周囲の影響を受けることもなく、流れる時間は穏やかなもの。朝の空気を大きく吸い込めば、日常として過ぎ去ってしまうような、よくある一日の開始と思われた。何が少しだけ違っているのか、分かる者はほとんどいなかった。
 些細といえば、些細だ。

 早朝の白い涼しさが消え、青みを増す空に太陽が燦然と昇っていく頃、ガンナーカフェの外に置いてある円卓には、つっぷして顔を伏せたまま、それを上げようとしないガンナー、コパンの姿があった。数分経っても、一陣の海風が心配するように彼の青い髪を撫でていこうとも、身じろぎ一つない。その存在感は妙に希薄で、放っておけば、そのまま風化でもしてしまいそうな儚さである。
「コパン!」
 そこに駆けつける足取りで、トレーに乗せたフレンチトーストとサラダ、スクランブルエッグを持ってきたのがシエルだった。飲み物には冷たいミルク。思わず溢しかけたのを、落ち着いて回避し、歩み寄る。
 いつも食べるスパゲッティはいらないと言うので、軽いメニューにしたのだ。
「ほらコパン、朝食もって来たよ。昨日はろくに食べてなかったし、朝はしっかり摂らないと」
 テーブルに置いて話しかけたが、返事はない。だからと急かすつもりはなく、シエルがゆっくりと反対側の椅子を引いて座り、しばらく待っていると、のっそりとコパンが顔を上げた。どんよりとして眼差しが冴えなく、テーブルから持ち上げたものの、顔は俯き気味で背筋も伸ばしていないため、病人のようであるが。
「……」
 無言でナイフとフォークを手に取り、フレンチトーストをもそもそと食べ始めたコパン。活発でおしゃべりも好きな彼はどこへ行ってしまったのか。そう思うほど、のろのろとした無言の食事であったが、とりあえず食べ物を口にするだけの力はあるということで、シエルは落ち着いた。
 食欲があるようには思えず、おいしそうに食べている様子はまったくなかったが、それでも時間をかけて全部きれいに食べ、飲み終わると、コパンはそこでか細い消え入るような声でつぶやいた。
「途中はさ……今回ぐらいは、うまくいくんじゃないかって……思ったさ。あぁ……やっぱり気のせいだったんだよな……あぁ」
 空を仰いだ彼は、まるで魂が抜けているようだ。
 シエルはとっさに返す言葉も見当たらず、慰めも思い浮かばず、考えたところで彼が元気付くことはないだろうと思ってしまった。無意識に開いた口が、再び閉じるのを止められない。考える気力がなかったのかもしれない。シエル自身もまた、昨日は最初から最後までばたばたすることばかりで、疲労を持ち越していたから。
 あの決着がついた後、襲撃者たちはすべてアソシエ市警に任せたが、護衛の依頼は継続中であり、残るガンナー三人で続行した。船団がアソシエ市へ到着した後、積荷の入れ替えを行っている合間に、救助されたコパンの様子を見るため警察にいった。特に外傷もないが目を覚まさない彼を、もう少し預かって欲しいと頼み、アソシエ社に向かって、シュバリエの墜落ポイントを記入した地図を渡し、引き上げと修理を依頼。戻ってすぐに船団の帰路の護衛を引き続き行い、リーヴにて依頼完了後、複座の飛行艇を借りてまたアソシエまで飛び、朦朧としているコパンを迎えにいった。
 結果として、シエルがガンナーカフェで寝床についたのは、深夜も回ったころ。ベッドに倒れこむように寝つき、夢も見なかったほど熟睡したが、早朝、いつものように目が覚めて身体を起こすと、少し動かすのがだるく感じた。
「ふぁぁ……」
 そこで意図せず、シエルは大きなあくびをしていた。
 普段ならコパンを前にして気にすることでもないが、今日は気まずく感じ、反射的に口を手で覆う。
 コパンはじっと見ていたようで、疲労感の濃い表情をいっそう重くした。
「昨日は……色々と悪かったな」
「いや……いいんだけど」
 この上ないまじめな姿だけに、彼の場合、詫びるだけで精一杯といった体である。
 シエルは本当にコパンの元気がないことを実感して、聞きたいことはあったが、当分、昨日の話題は避けるべきだろうと判断を下した。
 しかし、そんな彼のちょっとした配慮を簡単にぶち壊す相手が、今日のガンナーカフェにはいたのだった。ほんの一時、迂闊にも存在を忘れていたのがそもそも問題であり、配慮もなにも、実際にはどうしようもなかったのだが。
「おぉ〜い!」
 声に、飛び上がりそうになる。読めなかった自分を責めたくなる。
 その、今まさにカフェの内部から姿を現し、こちらへ来ようとする様子を見つけて、シエルは青ざめた。打つ手などまったく、これっぽちもなかったのだから。
「コパンちゃ〜ん、おーはよ! 起きるの遅かったわね。まぁ昨日が昨日だから仕方ないか」
 元凶という言葉が一番適切と言えるだろう、彼女がいたのだ。昨晩はガンナーカフェに宿泊したので、接触を避けるのは極めて困難だった。彼女自身が、昨日の事件に直結しているのだから、気遣いなど無理な話だった。
「ねえ……さん……」
 震えた声に、シエルは即、にこやかなエレからコパンに視線を戻した。
 彼は顔を俯かせ、身体をわななかせていた。
「あれ、コパンちゃんどうしたの? 元気……ああ、ない、かな……?」
 エレが多少、見当がついていると思える発言をしつつ立ち止まり、珍しく慌てた様子で、カフェの内部よりファムが姿を現したところで、コパンが椅子を蹴倒して立ち上がった。
 肩を怒らせ、赤く染めた形相で怒号を叩き付けた姿は、まさに一瞬で爆発した、火山の噴火を彷彿とさせた。
「――あるわけないだろッ!!! あってたまるかッ!!! 誰のせいだと思ってるんだよッ!!! あと、何度何度何度……コパンちゃんは止めろって言わせれば気が済むんだ!!!」
 向けられたのが自分ではないとはいえ、大音声の怒声の煽りに、シエルとファムは思わず身を竦める。
「コパンちゃん……」
 エレは言葉を失ったかのように口に手を当て、戸惑いの眼差しでコパン見た。疲れきった顔にみなぎる怒りの迫力は、尋常ではなく、恐ろしいものがある。さすがの彼女も、これには肝を潰したかと思ったが。
「そんな大声で……カフェに迷惑よ、すごく。……ほら、他のお客さまもいるし」
 迷惑行為だと窘める。そのエレに脱力したのは、コパンだけではなかった。
「「……」」
 全力で怒りと思いをぶつけたつもりが、すり抜けて手ごたえまったくなしである。気まずいどころか、逃げ出したくなる空気だった。
 そんな場に身を晒し、シエルもファムも見守るだけ。最善の策などなく、言葉は出しかね、コパンは燻るもその熱は治まらず、すぐに再び爆発するかと思われた。
 二人は身構えるため、息をのみ、覚悟を決めた。しかしコパンより、エレがほんの少しだけ、早かった。
「……さすがにね、悪かったと思ってるの。使うつもりはなかったけど、あの時は他に手がなくて。コパンちゃんも怒るわよね。酷いことになっちゃって……本当に、ごめんなさい」
 今にも怒りが炎の如く吐き出されそうな――大きく開かれた口が、そこで止まった。
 一分にも満たない硬直は、シエルとファムには拷問のように苦しく、不安が募る長い無言の空間であったが。
「……」
 コパンの表情自体は、極端には変わらなかった。不機嫌で眉根をよせ、口をへの字に曲げている。しかし確実に、威勢がそがれていた。
 沈黙の中で、彼はやる気がなくなったといいたいのか大仰に肩をすくめると、蹴倒した椅子を起こし、再びテーブルについた。エレには背中を、前にするシエルにはそっぽを向いた体勢で、彼はひとり言のように言う。
「ねえさんに関わると、ろくな目にあわないことは分かってたんだ。覚悟くらいしてたさ……ああ、予想以上に酷かっただけで。変えられるんなら絶対変えてやるけどな……無理なんだから、犬にでも噛まれたと思って、早く忘れた方が賢いってもんだ。一分、一秒でも考えるってことは馬鹿なことだぜ。ああ無駄だ、無駄すぎる」
 大きな大きな嘆息。
「えええ? なーんか気になる言い方よね……」
 不服そうに口を尖らせるエレだったが、自分が悪いと思っているせいか、それ以上は言わず、コパンとシエルの元へ向かった。少し遅れてファムも、嵐が去ったことを覚り、まだ多少戸惑いが見えるものの、ゆっくりと後に続く。
 シエルもそこでようやく、息をつけた。たった二日間の間に、何度も二人のやり取りは見てきたが、さすがに今度ばかりは危機的な状況で、どうにもならないかと思っていた。
 だがやはり、なんだかんだといいながら、二人の間に本気の衝突は絶対起こらないのだと確信したものだ。だから少し、笑う余力ができた。
「シエル、なんでそこで笑うんだよ……」
 そして不満そうなコパンの元にエレがやってくる。
「とにかく、今回はおねーさんの責任大だから、シュバリエの修理代はバーンとね、私が持つわ」
 提案は当然といえば当然であるが――。エレは太っ腹ということを強調したいのだろう。自らの胸を叩いてから、テーブルを口で言ったように、平手でバシと打ち鳴らす。
 しかしコパンは、不審な眼差しを向けるだけ。
「そんな気前よく払えるのかよ……。新品の八割くらいの修理費だぞ、言っとくけど」
「うぇぇ、そんなにっ! ま、まあ……やっぱり、それくらいかかるかしらね……」
 コパンの言葉に、エレは仰け反った。分かっていたことだったが、シエルも実際に聞くと、やはり高いと思ってしまう。
 シュバリエは昨日のうちに海中から引き上げられ、既に修理に移っているはず。コパンが起きてすぐに、アソシエ社から電話が入っていたので、それが見積もりだったのだろう。
「中はほとんど、交換するしかないよね……」
「……ああ、組みあがってるものを分解して、修理や交換や洗浄をして、また組み上げないといけないわけだからな……工賃がやたらとかかる。いっそ新しいのを買ったらどうかって勧められたぜ。断ったけどな……」
 コパンがため息を吐くが、仕方ないだろう。大変高価なガンナーマシンであるが、特にシュバリエは現行のマシンの中で最も高い。それの修理費が安いわけがないのだ。機器である内部を、すべて交換に近いような修理内容であれば、なおさらだ。
「ま、新しければいいってもんじゃない。思い入れもあるからな。……付き合ってきた女の子たちの歓声を浴びた、俺の自慢のマシンだし」
「えっ……。う、うん……?」
「……だからまあ、直せるんなら、直したいよな」
 あえて修理するというその理由。シエルが少し頷くのためらっている前で、コパンが感慨深そうに言う。そして横では、特に発言を気にしていないエレが、腰に手を当てて頬を膨らませる。
「うー……! 金額の問題じゃないのは分かってるわよ。あまり余裕ないけど、払えるんだから払うわよ!」
 最初の期待されていない言い方が気に障っての、立腹らしい。こうなるともう、流れは元通りのようだった。
「……無理しなくていいぜ。壊れないものなんてないしな。修理費気にしてるようじゃ、ガンナーでまともに食っていけないだろ」
「いーえ! 払うって言ったから払うの! 私も昨日、修理してもらったからどうせ支払いがあるし、嫌って言ってもアソシエ本社に送りつけるから!」
 エレは自分の発言を通すつもりの態度。対して、呆れた様子のコパン。
 ――ついさっきまでの、テーブルに伏せっていた姿はなんだったのか?
 そんな疑問はどこかへ押しやって。もうかなり立ち直っているとシエルは判断したが、すぐに考えを改めた。
「頑固だな……。俺としては、払ってもらうよりも返して欲しいものがあるんだけどな」
 軽い口調。そこで遅れてやってきたファムが、彼らの側に加わる。その直後、彼女とシエルは似たような表情を浮かべたものだ。
「……シュバリエに貼り付けてたエリーゼの電話番号、あの時になくしちまったんだぜ? まったく、向こうから掛かって来るの待つしかないなんて、どうしてくれるんだよ……」
 その嘆きよう、完全復活であった。シエルとファムはもう、細かいことは気にせず、心置きなく苦笑する。
「えー? なにー? 彼女の電話番号のメモー? そんなの知らないわよっ。ちゃんと保管してないほうが悪いー!」
「コパン、大事なメモはガンナーマシンに貼り付けないほうがいいわよ。前も言ったと思うけど……」
 エレがますます膨れっ面になったのは見ていないが、なかなか笑いが止まらないファムの指摘には、ばつが悪そうに返す。
「そうだったな……まぁ、気をつけるよ」
 そんなことがまた、二人の間では簡単に問題へと発展する。
「なによー。ファムさんの言うことには素直なのに、おねーさんの言うことは聞けないわけー」
「……違うだろ。そもそも悪いのはねえさんだろ。怒るのは俺だろ? 何でここで文句言われなきゃいけないんだよ……」
「なによなによなによー。私のせいでシュバリエが落ちたから、謝ったし修理代を払うって言ってるじゃない! こんなに悪いと思ってるのに!」
「いや、悪いと思ってるのに、どうして開き直ったような態度ができるんだ……」
 放っておけばいくらでも続きそうなそこで、シエルは口を挟んだ。
 昨日からとても気になっていたが、聞ける状況ではなかった。しかし今なら大丈夫。もはや遠慮も不要だろう、と。ついでに言えば、またまた始まった二人の話も逸らせるし。
「あの、昨日のシュバリエは……コパンの行動じゃないんですよね」
 昨日のシュバリエの動きが異常だったのは、誰の目にも明らかだ。イディオの手下へ向かっていったはずのシュバリエが、直前で急旋回し、不安定で奇妙な動作をした後、結果として墜落してしまった。まさかそれを、コパンが狙っていたとは到底思えない。悲鳴をあげ、悲痛な叫びを発して海へ落ちていった彼が、することだろうか。
「EXアクションって、最後に言ってましたけど」
 エレだけではなく、コパンの視線もシエルへ向いた。一瞬だけ、彼らが同時に思案したようにも思えた。
 雰囲気の変化に、シエルは聞いてはいけないことかと思ったが、その直後にコパンの姿勢が崩れた。だるそうに、どこか恨めしく。
「あぁ、そうさ……。あれがジェネラルのEXアクションだよ。酷いだろ?」
 嘆き、認める。大きなため息を間に入れて、彼は続けた。
「分かりやすく言うとな……。ほら、アルディたちがいつも訓練してるだろ。色々な隊形を組んだりさ、さまざまな状況に対応できるように」
「警察の飛行艇部隊の戦法ね……」
 ファムが思い出しながらつぶやいた。リーヴの空でたまに見る光景だった。
 リーヴはガンナーの腕がよいため、出番も活躍もそう多くはないのだが――。警察にも戦闘艇に乗り、街の治安を守る部隊がある。そしてリーヴ市警では、敏腕で過去にガンナー経験があるアルディ警部が、飛行艇部隊を率いている。しかし市警が採用し、配備されている戦闘艇は、ガンナーマシンとしては安価だが、性能としてはやや劣るデュール社製のもの。特殊機能もなく、オプションウェポンも積んでいないため、一機一機の戦闘力は低いと言わざるを得ない。だからそれを補うために彼らは複数で、アルディ警部の命令によって、隊形を組み、戦うことがあるのだ。
「隊列とか集中とか、散開とか……アルディ警部が指示してたね」
 依頼によっては、警察の部隊と一緒に戦うこともあり、シエルもたびたび目にしている。よく訓練していることもあり、統率が取れていた。
「まあ、あれをな……シュバリエに対して強制的にやるんだよ、つまりは……」
 思い出してげっそりしたらしい。コパンは俯いた。シエルはいつものように、付き合って笑うことはできなかったが。
「シュバリエに対して強制的にって……コパンの機体だけじゃなくて、シュバリエすべて……?」
 それには、難しそうな顔でエレが答えた。
「そうなるわ。あれ、試作機で終わったマシンだから、EXアクションは未完成のまま開発を終了したってことなんだけど、おかげで特定の範囲内のシュバリエすべてに影響があるみたいなのよ。受信装置がねー……シュバリエの制御に関する機構の一部に、外せないものとして混じってるみたいで……。もともとは同時開発だったこともあって、合理化してたらそうなっちゃったんだとか……なんとか」
 彼女の言ったことは、かなり驚くべき内容だった。シエルは思考にひた走り、ファムも眉根を寄せながら、口にした。
「それって、問題じゃないですか? とても……」
 ジェネラルは違うが、シュバリエは製品化し市販されている。コパンの機体以外にも、シュバリエは空を飛んでいるのだ。そのすべてがジェネラルのEXアクションの影響を受けるというが、しかし突然、知らないところで機体が勝手に動き、墜落したらどうなるか――。極めて危険で、認められない機能なのは間違いない。
 エレは苦笑した。観念したかのような、表情でもあった。
「……だからね、前、機体のことを話したときに、使えないって言ったのよ。使い辛いってこともあるんだけど、使っちゃいけないって、意味でね……。今回はコパンちゃんだけだけど、他にシュバリエがいたらどうなるのやら……。未完成だからとても中途半端な機能でね、せいぜいこちらに向かわせて、EXアクションを使わせることしかできないのよ。もし複数飛んでいたら、シュバリエ同士が衝突しちゃうかもしれないし、うっかりしてたらジェネラルとだって、ぶつかるんじゃないかしら……」
 話していて事の重大さが身にしみてきたのか、俯きつつ声のトーンが低くなる。
「まあ、その……ジェネラルは一台しかないわけだし……私がEXアクションを使わなければ問題ないわけで……。話しちゃったけど、他言無用でお願いするわ……。明るみにでたら、アソシエ社の責任問題だもの……。当然、これは使うなって言われてたし、私も間違いなく、ジェネラルを没収されちゃうわ……。最悪、シュバリエまで販売停止、回収になっちゃうかも……」
 横目を送りつつ、そこで口を開いたコパンは、無関係ではないのに他人事のよう。
「そうだな。ジェネラルが試作機で終わってるから、乗り手は自分のシュバリエが影響を受けるなんて知らされてない。アソシエ社としても、話せないことだしな。勝手に動かされて、引き受けた仕事に支障がでたり、場合によっては大破するかもしれないマシンに乗るガンナーなんて、普通いないぜ。間違いなく大事になるよな。ねえさんが軽はずみなせいで」
「うっ、ううう……そこで攻撃してくるなんて、反則だわー……」
 青くなって言い返せないエレだったが、シエルはその彼女とコパンを見ているようで、見ていなかった。先ほどから心の中に疑問の蟠りがある。解けるどころか、一層濃くなった疑問が。
「言いふらすようなことはしません。でも……」
「……でも、なんだよ?」
 シエルの表情が厳しいことに気づいたコパンは、短く先を促した。
「とりあえず、あの時のおかしな動作の理由は分かったけど、でも……おかしいと思う」
 強制的にシュバリエを動かす――。どうしてそんな機能が必要なのか、どういう目的で何を想定された機能なのか、彼は気になった。ガンナーは己の意思で依頼を受け、空を飛び、時に戦う者だ。それを認められているからこそ、銃や兵器を装備した戦闘艇を所持できる。なのに、なぜ――その自由意志を奪う機能がついているのか。
「どうしてそんな機能があるのか……引っかかるんだ」
 僅かな沈黙の後、コパンだけが、口元のみで笑った。
「なあ、シュバリエは騎士だろ。そしてジェネラルは将軍だ。どっちがえらいか、分かるよな……?」
「……」
 シエルはその問いかけに、答える気になれなかった。エレもファムも、硬い表情で口を挟むことはなく、聞き続けるだけだった。薄々分かっていたからだ。
 コパンもシエルの様子で、彼の疑念に勘付いているからこそ、余計なことは言わなかった。
「……シュバリエは一般兵用、ジェネラルは指揮官用ってところだろうな。で、この関係ってのは、上の命令が絶対だろ」
 その言葉に即、シエルは返した。否定したかった予感が外れなかったからだ。
「――まってよ、でもそれじゃあ軍隊の……軍用なんじゃ」
 厳しい眼差しを向けるシエルに対して、苦笑いこそしていたものの、コパンの態度は普段どおりの構えだった。
「おかしくはないだろ? アソシエ社は兵器開発が主力事業なんだぜ。……ほら、あのじいさんが永久機関を狙ってた時に出してきた、機械兵とでかい地上戦車だって、改造はされてたみたいだが、元はアソシエ社が開発したんだぞ」
「そうだけど……」
 シエルが言葉を濁す理由は分かると、コパンは言う。
「軍事目的の戦闘艇……いや、ガンナーマシンとなると、波立つのも仕方ないよな、ガンナーとしては。……それも実際に、開発計画が進んでいたとなると、な」
 根拠としてジェネラルがある。疑うべくもない機能をもつ機体。しかもそれはガンナーマシンだ。ガンナーの乗る戦闘艇なのだ。それはシエルにとって、ガンナーにとって重大なことである。軍事目的から、戦争は切り離せないものだから。
 話しが話しなだけに、エレやファムも、口をずっとだせないでいる。そしてシエルが続きを躊躇うのは、普通の反応だろう。
「……きな臭い話が、あったってことなのかい」
 カフェに降り注ぐ陽気な日差しの下にしては、冷えた雰囲気だった。その中でコパンがオーバーだと言いたげに、少し呆れたような態度で振舞ったのは、彼なりの配慮で、湿っぽさを振り払いたかったのだろう。気にしすぎだと。
「どうだろうな……。自国で使うつもりだったのか、よそに売り込むつもりだったのか、それも分からないことだしな。俺たちが何を考えても憶測さ。だが、頓挫したってことだろ?」
「そうなるんだろうね。でも、どうしてやめたのかな……」
 シエルも頷きはしたが、どうしても不審が振り払えず、考えることをやめられなかった。
 そんな彼に、コパンは多少困った顔をした。もう、答えられることなどないということか。
「それこそ知らないぜ。なんだな……ほら、圧力でもかかったんじゃないのか?」
 彼自身、もはや投げやりでいい加減だと思ってか、自嘲気味。
「したい奴もいれば、したくない奴だっているさ。たとえば……あー……どっかの権力もったネージュのお貴族様が、そんなことになったら自分が楽しめなくなるとかなんとか、難癖つけてだな……」
 そこで軽口のようなコパンの口が、はたと止まる。
 誰を指しての例か、シエルとファムは分かったが、それを言った当人の表情が一番はっきりとしており、なにやら苦しそうだった。
 ファムが声をかけると、ぎこちなくそちらを向いたものだ。
「……顔色悪いような気がするけど、大丈夫?」
「ああ……。なんか、実際にそんな理由でやりかねないと思ったが……。やっぱり考えすぎはよくないよな……」
「あはは……」
 コパンが本気でそう考えたのが分かるので、シエルは空笑いが出た。話の人物の行動に関しては、自分も否定しがたい覚えがあったために。
「「さすがにね……」」
 そして次の言葉がシエルとファムで重なると、ますます三人の中で疑惑と呼べそうな感情が入り混じるが、一人だけ蚊帳の外の人物がいたために、それはあっさり吹き飛ばされた。
「なんなのー。分からないのって、私だけなのー!?」
 言うなり、エレが口を尖らせた。子供っぽい不満そうな態度で絡みだす。
「だれだれ、誰のことなのー? 大物っぽいのは分かるんだけどなぁ……んもー、おねーさんに隠し事はよくないわよ!」
「隠し事って……。俺たちは三人で依頼を受けることが多いからさ、たまたま思い当たる人物を三人とも知っていて、たまたま考えが一緒になったってだけなんだろ……」
 それが嫌だとでも言いたげなコパンであるが、エレはそれが不満のようだ。
「はいはい、みんな仲良しこよしなのは分かってるわよぉー! ……まあそれは仕方ないとして、誰なのよぉ」
「……仕事柄、ぺらぺら話せることと話せないことがあるのは、ねえさんも分かってるだろ、ガンナーなんだから」
 食い下がろうとするエレだったが、コパンにそういわれると、舌をだして膨れっ面になった。
「はいはいはい、守秘義務があるっていいたいなら引き下がるわよ。ふーんだ!」
 そんなエレを目にしつつ、シエルとファムはコパンを見やった。彼が話せないことだと言ったのに、そこで自分たちが話して聞かせるのもおかしいので、口は出さない。それに実際、話の人物は大物中の大物であるし、知らない、見えない部分が多すぎるため、控えるべきことだとは思っている。ただそれでも、何か他にも理由があるのではないかと――感じたから。
 視線に気づいたのか、頬杖をついたコパンは小さく、ため息を吐きながらつぶやいた。
「守秘義務というか……。もしも、万が一巻き込まれたら、困るからな……」
「えっ……?」
 エレが目を瞬かせた。コパンの発言は、とても素直に解釈するなら、身を案じた心配だと受け取れるからだ。シエルもファムも、まずそう思った。
「コパンちゃん……」
 だからエレが、少し照れくさいような、目を潤ませるような表情を見せたのだが、そんな空気はつかの間だった。コパンといえば横を向いて、またため息を吐く。
「……もしも、ねえさんと俺たちが巻き込まれることにでもなれば、最悪なことにしかならないからな……主に俺が。だから話せるわけないだろ」
「――どんな理由よっ!」
「胸に手でも当てて深く考えてくれ……」
「全然思い当たるものなんてないわ!」
「だから困るって言うんだよ……」
 もはや呆れる以上の思いはなく、シエルとファムは何とか笑うしかなかった。ところが、予想よりはやく、エレが言葉を引っ込めた。
 怪訝そうなコパンの前で、エレは肩を竦め、真似たようにため息を吐いて見せる。
「まあ、ね……そう言われてもね、仕方ないかもしれない。今回の件で、私ってガンナーとしてだめだなって、思ったわよ……。がっかりだわ。素人とぎりぎりの勝負だなんて、情けなくって」
 しおらしく殊勝な態度と思われたが、コパンは考える間こそ開けたものの、にやりと笑った。
「ということは……引退だな。みんなそのほうが喜ぶぞ」
 聞くなり、エレは真っ赤になって腕を回すように振り、突っかかった。
「しーまーせーんー! もっともっと腕を磨くのー!」
「歳も歳だし、潮時としては悪くないと思うけどなぁ。ガンナーやってると、色々と落ち着けないしな」
「だめだめ、だめよ! 何を言ってもやめないんだから! ……それに、ほら私、戻ったらすぐに次のお仕事があ……って、あぁぁ!!!」
 エレはコパンの言葉を振り払うように首を横に振り、後ろに半歩下がったが、そこで唐突に悲鳴を上げる。
「な、なんだよ……?」
 思わず、椅子から腰を持ち上げかけたコパンが問うと、エレは頬を両手で挟むようにして、ぶるぶると顔を小刻みに振った。焦りの表情である。
「お仕事、仕事よ! 明け方に発つつもりだったのにー。ぅわああっ、急がないと集合時間に間に合わないわ! 悪いけど、もう帰らせてもらうから!」
「は……」
 絶句したコパンと、口を開けるだけでついていけない二人を残して、エレは決して走らず、華麗な早足で離れていく。「荷物、荷物〜!」と叫びながら、宿泊施設のある建物へ。
「……とろいのに、なんで余裕のないスケジュール組むんだ、ねえさん」
 既に声の届く距離ではなかったが、コパンは顔を手で押さえつつ、吐かずにはいられないと。
 その直後、返事ではない声が届く。
「シエルさーんファムさーん、それにコパンちゃん! 本当にごめんなさい! 見送りとかはいいから! 色々お世話になりました!」
 慌てぶりは酷いが、別れの挨拶だけは忘れなかったらしい。
 それから、もはや何を言うでもなく、何度目かになる嘆息をコパンがもらし、ファムが向きを変える。
「私、ちょっと行ってくるわね」
「悪いな……」
 笑みを返したファムが、シエルとコパンの側を離れ、向こうに消えてから十数分。
 そして予想よりも早く、ガンナーカフェの発着場で、エンジンの音が鳴り響く。
「ファムのおかげだな……。普通なら三十分以上かかって、それでも忘れ物があったとかなんとか言って、戻ってくる……」
 そう話したコパンと、相槌も打てず困り顔のシエルの前に、海水の飛沫を上げながら、エレが通り過ぎた。手を振りながら。
 シエルだけが立ち上がり、手を振り返す。見る間に、加速した紫色の機体が海から空へと上がる。
 そして、シエルはその色が分からなくなるまで手を振り返し、つぶやいた。
「最後はあっという間だったけど……エレさん、いっちゃったね……」
「ああ、やっと落ち着けるぜ」
 せいせいしたと答えて、コパンは自分が食べ終えた後の食器を片付け始めた。しかし、シエルが一向にそこから動かないので、首を傾げる。
「どうかしたか?」
「さっきのことがやっぱり、気になってね……」
 コパンとエレのごたごたで、そちらを気にする暇がなかったが――。ジェネラルを見たせいだろう。彼の中でまだ引っかかっており、消えていなかったもの。軍用として開発に着手されたガンナーマシン。それが計画のままに完成していたら、どうなっていたのだろうと疑問が、そして疑惑が、海の彼方を見ているように振り向かない、シエルの様子に表れる。
 コパンは普通に、何気ない会話のように答えた。
「結果として、ただのガンナーマシンとして飛んでる。それでいいんじゃないか?」
 やや間が開いたが、シエルはうなずいた。
「そうだね……。何事にも、ならなかったんだしね」
「もしもを考え出すと、きりがないぜ。気になるのは分かるけどな。でも、どうなっていたとしても、俺たちは変わらないだろ。……変わる気も、ない」
「うん……。僕たちがガンナーマシンに乗る理由は、変わらない。空で戦う理由は、自分自身で決める」
 そこでシエルは、ようやくコパンを振り返った。
「それが確かなら、十分だろ。俺たちはガンナーマシンに乗せられてるんじゃないからな」
「そうだよね、難しく考える必要はなかったね……」
 笑うコパンに、シエルもつられて笑った。
 そこに、エレの出発の手伝いをして、発着場で彼女を見送ったファムが戻ってきた。
 コパンは苦笑に切り替える。
「ファム、面倒かけてすまなかったな。助かったぜ」
「ううん。でもエレさん、時間に間に合うといいけど」
「間に合わなかったら、自業自得さ。なにのんびりしてたんだか……」
 どうしようもないとコパンが嘆いたところで、ファムがくすりと笑った。
「エレさん、きっと心配してたのよ。コパンがすごく落ち込んでたんだもの。分かっていたけど、せめて一言、直接謝って帰りたかったんだと思うわ」
 言われて一瞬、コパンは面食らったかのように見えたが、すぐに否定を返す。
「いや、最後はすごく焦ってたぞ……。どう考えても仕事のことなんて忘れてたぜ、あれは……」
「確かに……最後は本当に焦っていたから、もしかして……途中で忘れてたかも、しれないけど……」
 ファムは途中で苦くしたものの、笑顔は続けた。
「でもコパン、今日は起きてくるの遅かったし、待っている間に、色々話してくれたわよ?」
 その意味ありげな視線に、コパンは彼女が聞いたという話の内容を悟って、一瞬んで青くなった。頭を抱える。
「くっ……。ねえさん……余計なことを……」
 そして、次にファムがすらすらと続けた時のコパンの表情は、完全に崩れていた。
「あなたのことよろしくって。また五日後に会いましょうって」
「――なんだってっ……!」
「え? 五日後? たったの……五日後?」
 シエルも思わず驚いて、聞き返す。ファムはそんな二人の反応を、逆に不思議がったようだ。
「ほら、今回の依頼の報酬。私たちだって、まだ受け取ってないでしょ。小切手、取りに来るからって」
「あ……。そっか、そうだよね」
 シエルはあっさりと納得したが、コパンは小刻みに震えている。もちろん理解はしているのだろうが。
 ファムはコパンの様子を窺いつつ、話すのを躊躇ったようだが、それでも今、話しておくべきだと判断したようだ。
「小切手を受け取った後は、今のところ予定もないし、リーヴで少しゆっくりしてもいいかなって、そんなことも言われてたけど……」
「……な、なななな!?」
 かなりうろたえ、動揺しているコパンは、とっさの言葉がでないのだろう。口をぱくぱくさせた。それがさらに動揺に繋がったのか、どこかちぐはぐな動きで、宣言する。
「じゃ、じゃあ! 俺はどっかに行くからな……! 知らないぞ、ねえさんなんか……!」
「でもシュバリエ、修理中だよ? 急いでも……」
 シエルが駄目を押すと、コパンは忘れていたといわんばかりの硬直を見せた。そこでそのつもりはないものの、まるで追い討ちをかけるように、ファムは自分が聞いた情報を場に出した。
「あとね、さっきマスターに聞いたんだけど……。昨日、カフェに電話があったみたい。リヴァルさん、ね……また宿泊の予約が入ってるそうよ。……普通に、顔を合わせることになっちゃうかも」
 宿泊日がいつとは言わなかったが、最後に付け加えた言葉が如実に物語っていた。
「え、リヴァルまた泊まるの……!」
 空以外で会うときは、どうも苦手な人物が来ると聞いてシエルは困り顔になったが、コパンなどもう、追い討ちどころか、さらに包囲されて絶体絶命のピンチを迎えたような表情である。絶望という。
「どういうことなんだっ、これは……! おかしいぞ……何かおかしい! 何か狂ってるぞ!」
 懸念して、エレに該当の人物の話は避けたというのに、自分の思惑とは関係ないところで、その懸念が現実へと進んでいく。運命という。
 気持ちとしては、わらにもすがる思いだったのだろう。コパンはシエルの肩を掴んだ。
「シエル! あいつはお前を気に入ってるんだ! どっかに誘い出してくれよ! きっとついてくる!」
「そんな……無理だよ……」
「この際、色々と聞いてみるチャンスだぞ! さっきも散々気にしてたこととか! あいつは絶対、そういうことに詳しいからな!」
「いや、もう……うん、ほら、気にしてないから……」
 されるがまま揺らされるシエルに、あてにならない、手ごたえがいまいちだと感じたコパンは、首を横に向けた。しかし彼が何かを言う前に、ファムからは首を横に振る仕種が返った。
「実は私、数年ぶりに会う友達と約束があって……その日、無理なのよ」
「嘘だろう、そんな俺に不利ばかりな出来すぎた都合……」
「残念だけど、本当よ……。違う日だったら、エレさんを買い物に誘うことぐらい、してあげられたんだけど……」
 腕を上げる力も失ったのか、シエルの肩からコパンの腕が落ちる。
 とうとう、真っ白になっていた。
 二人といえば、この状況はどうしたものかと考えはしたのだが、すぐに自分してやれることは何もないのだと、見切りをつけた。もちろん気の毒とは、思ったが。
「コパン……。僕、そろそろ整備に移るよ」
「さすがに、シュバリエがまた壊れるなんてことは、ないと思うわ……」
 二人がそそくさと離れようとしたところで、コパンは力んだ。
 もう悩みもない。行動あるのみと、物語っていた。吹っ切れたのだろうが。
「分かってる、分かってるぜ……! 俺自身のことは、俺が何とかする……! するしかないんだろ!」
 半ばやけくそ気味に。がむしゃらに。
 その決意がシエルには逆に、痛ましかった。
「コパン……!」
「とりあえず、アソシエ社に電話して、修理を一日でも早く終わらせてもらうぜ……!」
 食器を載せたトレーを持って、駆けていくコパン――。一心な彼を止めることは誰にも出来ず。
 思い出したように、ファムがそこでつぶやいた。
「面倒臭がりに見えて、がんばるところはしっかりがんばるんだって……エレさん嬉しそうに言ってたんだけど……」
「……」
 シエルもそれは同意できたが、しかしその時は、頷くことができなかった。

 そして――。
 結局、地道な努力が実ることはまったくなく。五日後に、コパンの悲鳴が響き渡るのは、誰もが予測していたことである。


おわり


<もうくたばっちゃえ>

ここ修正してるとき、かなり久々にやったよ! ……弾幕シュー!!!

というわけで、ファムの出番がねええええ! と、私が悩んだかは定かではありません。
そう、気にするな。気にしちゃだめだよ! 気にしなくていいよ……。
……。
今回はまあ、メインがコパンなのは分かっていただけると思いますが、シエルはともかく、ファムの存在感が今回なさすぎるかも……。もうどうにもならんけどー。
で……今回のやつは「コパンはなぜ年下好きか?」に始まって「はあはあ、きっと年上の兄弟姉妹に幼少の頃酷い目にあわされたからに違いない! ト・ラ・ウ・マ!ですね〜(ウザイ)」という勝手な結論からであります。
で、まぁ……「みんな好きだろ、こういうの!?」を、狙ったつもりでしたが、なんですか、その……どうもぱっとせず、辛かった以上のものはできませんでした(苦笑)。無駄な時間ばかり費やしました。
軍事目的だ戦争だ、どうだこうだはあれだけの流れです。あの世界にはきな臭いというか血なまぐさいのは似合わないので、あまりやりたくなかったのですが、なんかエレの機体のEXをどうしようか悩んだところ、そういう流れができてしまったので、そのまま作りました。
ただ、中でもかいてますけど、アソシエ社は機械兵とか、ばかでかい歩行戦車とか、作ってる兵器がやばすぎだと思います(苦笑)。ヴァントル様が色々作ったり改造したりは、対ガンナー用として見てもいいかと思うのですが。
ほんの最初の頃は、コパンに「俺は甥っ子だぁぁぁああ!!!」とかって叫ばせて突撃させるシーンがあったのですがねぇ……消え去りました(苦笑)
えーと……もちろんリヴァルは、自分が楽しめなくなる状況になるくらいなら、なんでもしますよたぶん。自分の欲望に素直な人じゃないですかね、うん……。
一応、スカイガンナーのネタはまだあるので(苦笑)、他のものが上手くいかないと、着手するとは思われます。まぁ、これの次にやるのはまたリトマスでしょうな。
……ほんと、今回はどうしようもないことかいてます、私……。まあ、あとがきって書いてないし(苦笑)

ともあれ、お疲れ様でした……。

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