現れた者達

<1>

 リイム、モーモー、タムタム、ラムフェリアの四人が図書室に入ると、机一面に古文書などを広げていたラドックが、せわしない動きを止めた。
「おお…戻ってきたか。どうじゃった? 王のもとへは?」
 リイムは頷く。王城へ帰還した後、まずリチャードに報告を済ませた彼等は、ラドックが図書室にいる事を聞いた。
「はい。すぐに報告を終えてきました」
「そうか。何か、わかったかの? 魔物騒ぎがあったようじゃが…」
 まず尋ねてくるラドックに、どうしたものかと、リイムは思案顔で言った。
「それが…。まず、教授からお話願えませんか? こちらもそのほうが、まとまるかもしれませんから…」
「わかった。ますこちらから話そう。お前さん方が城から離れて、解読した結果なんじゃが…」
 ラドックは一旦、文献へと目をくれる。それから鼻の上にある小さなメガネの位置を正し、話し出そうと再び彼等のもとを振り向いたとき、やっと気がついたようだった。
「ん、おや…そちらの女性は初めて見るが…どなたかな?」
 タムタムが紹介する。ラムフェリアを見て、ラドックを見た。
「あの、教授。こちらは、僧侶のラムフェリアさんです。魔物に襲われた町の人々を救っていただき、私も含めて、今回の事で大変お世話になった方です。今は王国の客人として、ここにいらっしゃいます」
「おお、そうなのか。ならばわしからも礼を述べねばのう。…ラムフェリア殿。此度は教え子のタムタムが大変ご厄介になったそうで、このラドック、師としてお礼申し上げると共に、皆々を救っていただいた事、ライナークの者として深く感謝致しておりますぞ」
 ラドックは深く頭を下げた。ラムフェリアはその面を上げさせる。
「いえ。当然の事ですから、そう深く頭をお下げにならないで下さい。それに、タムタムさんはよくやっていらっしゃいましたわ。本当に、よく出来たお弟子さんで…。ただし…少々無茶をする嫌いがありますが」
「ふぉっふぉっ。やはり分かりますかな。…そうなのですよ。幼き頃より見てまいりましたがの、いまだ少々、頑是無いやんちゃくれと変わらぬところがありましてな。人一倍元気なのは大変結構ですが。…ああ、これはもう一人の弟子の娘と一緒に、魔法を学んでいた頃の話ですがの。タムタムの方が…」
 機嫌の良くなったラドックが、長話を始める兆しを見せたとき。タムタムがズンと出た。
「――教授っ! 今はそんな話をしている場合じゃありません!」
「ああ、分かっておるよタムタムや。そう目くじらを立てるでない。…ラムフェリア殿、ではこの話は、また後日ということで…」
 ラムフェリアに、白い眉毛を揺らし目配せする。彼女がくすくす笑い、タムタムが眉根を寄せてラドックを見ると、彼は堰払いをひとつ。
「うぉっほん。さて、解読して分かったことなんじゃが…」
 机に、ところ狭しと広げた文献を次々指す。片手には、自分でしたためた物だろう、小冊を持って続けた。
「ライナークにいる上位精霊なんじゃが…どうやら精霊の鏡よって、こちらへ召喚されたらしい。そして精霊の鏡は、初代国王が精霊界から持ちかえったものらしいのじゃ」
 ラドックは文献を指でなぞる。そして、鏡が描かれたそれにて止めると、顔を上げる。リイムと目が合った。
「初代国王とは…カオスドラゴンを倒してライナークを建国したという、初代雷光の騎士ですね?」
「そうじゃ。なんでも記述によると、初代はライナークを打立てる前に、カオスドラゴンと魔物達によって荒れ果て、死滅した大地を憂い、精霊界へ向かったそうなのじゃ。そして精霊の鏡を持ちかえり、ラクナマイト…ライナークとなる地にて鏡を掲げ、上位精霊を招いた。見る影も無い無残な大地は、それにより風を得て、緑を宿し水を湛え、暖かさを取り戻したということじゃ」
 小冊を閉じると、ラドックは机の上にそれを置く。そして見返してきた動作は、彼が解読した事は、それで全てということだった。後は彼等に求めている。
 聞いた話は、直接結び付けられる事でもない――。さてと、リイムは遭遇した出来事をどこから話そうかと思索するが、とりあえず一から順を追った顛末より、まず把握出来ている点を優先させて述べる事にした。
「…教授。僕達は向かった先の神殿で、意外な遭遇をしました。蒼月と…ゲザガインと名乗る男です」
「なんじゃと! ゲザガインはリイム、お主が倒したではないか…! よもや…またも復活したというのか…?」
 白い眉と髭が、跳ねあがるように揺れる。ゲザガインはリイムが確かに倒したのだ。それも、二回もだ。みたび蘇るとは、一体どうしたことか――。ラドックもさすがに驚愕を隠せない様子。
 リイムはやや面を下げ、しかし上げる。彼自身、疑問が渦巻いている。
「それが…その男は、僕達が知っているゲザガインとは明らかに姿が異なっていました。でも、僕達のことは知っていました…」
「……」
 ラドックは何も言わない。リイムは苦い顔で、さらに続けた。
「僕達は、ウンディーネとは会えませんでした。その男が、封じた後だったんです。青い球を、男は持っていました。これがウンディーネだと…」
「なに…?」
「それから、既に、サラマンダーも手にかかっているようでした…」
 赤い球体。水の神殿でそれを見せられたのだから、真っ先にサラマンダーは、男の手にかかった事になる。
「そして次を探すと言って…男は消えました」
「ならば上位精霊を、その男は全て封じるつもりなのか…?」
 思惟し、つぶやくラドックに、リイムはまだまだ終わらない話を続けた。
「僕達が消え行く神殿から脱出したところに、水の精がいました。ウンディーネと名乗ったその精は、すぐに消えましたが…。ノームとシルフを頼む、精霊の鏡には、龍が封じられているのだと…言い残しました…」
「精霊の鏡に龍が封じられておるじゃと…!? まさかそんなことが…いや、鏡の変化からすると、それは事実なのか…? 上位精霊が、龍を封じておるというのか…。しかしそうなら、一大事じゃ…。城に置いておくのは危険すぎる…」
 さらなる驚愕は疑問に転じ、そして懸念の小さなつぶやきとなった。リイムはそれに頷いた。
「僕も、そのことは王様に話しておきました。…だから、持っていこうと思います」
 ラドックは一瞬眉を上げたが、面を下げた。
「そうか…それがよいのかもしれんな…」
 危険を押し付けることになるが、万が一が起こった場合、結局対処できるのは彼等において他にはいないのだ。それが現状。彼は自分から言って出た。考えなくとも、分かる。
「それと…気になることが他にもあります。タムタムには、川の氾濫で被害を受けた村に残ってもらったのですが…そこでスカッシュに会ったそうです」
 今度は見えて驚きはしなかった。ラドックは話しに耳を傾け、つぶやくのみ。
「ゲザガインの息子じゃな…。リイム、やはりお主が倒したはずの…」
「…神殿であった蒼月とは、ほとんど話を交わせなかったのですが、彼はどうやら、トランプを追っているようです。ヤゴによって消されてしまったはずの…」
 リイムは考えたいきさつを話す。村を襲った魔物の中に、半年ほど前、隣国マテドラルとライナークを襲った、魔獣盗賊団スカル・ボンバーズの頭と思しき存在がいた事を。しかし、スカル・ボンバーズの頭トランプは、ヤゴという小悪魔の力によって消された。だから、かつてトランプと同士であった蒼月は、その消息を追っているのだろうと。ゲザガインと名乗った男が、神殿にて口にした言葉により、彼が誰かを追っていることは判明している。
 ラドックは聞き終えて、眉をひそめるばかりだった。
「一辺に何があったんじゃ…? ただごとではない…。だが、しかし…いや、だからこそ今は急いで、残りの上位精霊に会う必要があるか…」
 現実は、他に頼るものが無いが。しかし上位精霊は、何かしらこちらが知らない事を知っているのは間違い無いはずだった。しかも猶予がないとくる。今はその行動しかない。その行動しか取る道は無い。
「…はい。すぐにでも向かいたいと思います。何としてもゲザガインより先に会って、話を聞かないことには…。教授、ノームとシルフの情報は?」
「うむ…。シルフの神殿らしきものの情報が、つい数時間前、はいったところじゃ。だがの…」
 言葉を濁すラドックに、モーモーは言った。
「なんだよじいさん? …なんかあんのか?」
「うむ。実は今…タイフーン地方は大荒れなのじゃよ」
「…大荒れ、って?」
 ラドックはほとほと困惑気味に続けた。緊急事態として入ってきた情報だった。今だかつてない、突然起こった気象状況に、住人達はてんやわんやになったとの事。長年の付き合いにより、竜巻の動きをおおむね予測できる彼等も、さすがに恐ろしくなったらしい。
「近年稀にみる巨大な竜巻が、無数に発生しているそうなのじゃ。僅かながらの住人は既に避難し、近隣に住んでおる者も自主的に退避し始めておる。突然現れた神殿は…報告によると、塔らしい。おぼろげに視認されたようなのじゃが、竜巻が、塔を取り巻いておるそうじゃ…」
 リイムは対し、すぐに挙げた。考えられる可能性。頻繁に発生する竜巻が、上位精霊の影響だとすれば、ひとつしかない。
「シルフの影響でしょうか」
「おそらくは。…敵を近づけまいとしておるのじゃろう」
「じゃあ、近づく手段はねえのかよ!? 竜巻が消えたときは、遅いってことじゃねえのか!」
 モーモーが、机を拳で叩いた。ラドックは一時沈黙したが、
「こればかりは、わしらにはどうにもできん。…しかし、ウンディーネはメッセージをこちらに残したぐらいじゃ。彼等が協力者であるならば……もしかするとお前さん達に気づいて、道を開いてくれるやもしれん。保証は無いが…少なくとも、ここで待っておるよりは良かろう」
 それだけがとれる最良の行動なのだと悟りつつも、彼等は苦い思いを噛み潰すしかなかった。
「…わかりました。タイフーン地方へ行ってみます」

<2>

 そこからはよく見えた。城の正門がある、上に位置する。来る者も、出て行く者も、そこからならよく見えた。城のニ階に位置するバルコニー。ここなら、これから彼等が、彼が出て行くのも見える。
 門番の兵士が、向き直って敬礼する姿と、声が聞こえた。いよいよ。
「リイム…」
 ライムはつぶやきを発する。隣では客人のラムフェリアが、同様に下の様子を静観して告げた。
「…少し慌しくなったと思えば…勇者軍はもう出発するのですね。さすがに、ゆっくりもしていられないでしょうが」
 勇者リイム、ミノタウロスのモーモー、僧侶のタムタム。そしてラビットマン、チキンマン、ゴーレムの面々が次々と城門へと続く。
 しかし、リイムがその足を止めた。ゆっくり振り向いて、見上げる。
「あら…勇者殿に届いたようですね」
 彼の周りも、それで気づいたかのように、次々と振り向いて見上げてきた。
「おおーい、姫様ー! じゃあ、行ってくるモー!」
 モーモーの威勢の良い、大声が聞こえてくる。リイムは会釈すると、再び前を向いて、仲間と共に城門を出て行った。
「リイム…。どうか…ご無事で…」
 遠ざかって行くその姿を見て、ライムはつぶやいた。指を組み、祈った。
「どうか、無事に戻ってきて…」
「…たとえ、二度も黒魔龍を退けた勇者とはいえ…心配でたまりませんか?」
 隣りの静かな問いかけには、僅かに面が下がった。
「リイムは…身の危険を顧みず、何度も私を救ってくださいました…。でも私は…こうやって祈ることしか出来ませんから…」
 答える。自分が出来ることとは…。一度、二度ならず、三度までもリイムに助けられた彼女が出来ることは、たったひとつしかなかった。
「王女でしかない私は…共に戦うことも…あの人のように、側で傷を癒すこともできませんから…。せめて無事を祈ることしか、私には出来ないのです…」
 リイム達の姿は、既に城下町の中へと消えたが、それでもライムは瞳を閉じて祈り続けた。
 そして、しばらくしてからだった。
「彼のことが…好きなのですね」
「えっ…!?」
 慌てて横を向けば、ラムフェリアが微笑んでいた。
「ふふ…一心な姿を見れば、誰だって気づきますよ。見る眼差しが、違いますもの」
 ライムはそのラムフェリアから顔を逸らし、前を向いて俯いた。
 思うたびに、心がちぢに揺れる。自分の思いが見透かされるのなら、彼はどうなのか…?全く分からない。
「…リイムは、とても優しい御方です。…でも、私は王女。彼は、騎士です…。彼の眼差しは、私に対する忠誠でしかないのかもしれない…」
 彼の瞳はときに凛々しく、しかし優しい。いつも、その眼差しを見る。誰にでも向けられる、その隔てない眼差しを。だから思う。彼はそれ以外の特別な眼差しを、別の人には向けているのではないのかと。
「彼の目は、既に他の人に向けられているのかもしれない…」
 ラムフェリアは、勇者軍が去った向こうを見ていた。
「あなたが今思った人もまた、立場こそ違えど、あなたと同じ思いを抱いていると思いますよ…」
「……」
 彼女はそれから、軽い嘆息を吐きつつ、我が事のように困って言った。
「…まったく。勇者殿は、優しすぎていけないようですね。…気づいているのでしょうか?」
 ライムは微苦笑を返した。本当にその通りで、どうにも笑わずにはいられなかった。
「ええ。本当に…。優しすぎて…困ります」
 と、そこへまた、能天気な声が聞こえてきたのはすぐだった。
「あーいたいた姫さまーっ! って、おっ! ラムフェリアさんも一緒じゃん!」
 二人は同時に後ろを振り返った。城内へ通じる入り口から、声の主、サンフラワーのミラクルは、ぴょんぴょん跳ねて近づいてきた。そして見上げながら、頭をゆっくり左右に揺らす。どこか、ぼんやりとしている感じ。
「…どうしたのですか?」
 ライムは不思議に思って尋ねた。いつもなら、すぐにしゃべり出そうものが。
 ミラクルは、頭を振るのを止めた。
「あっと、えっとなあ…。う〜ん…こうやって並ぶのを見るとさしずめ、使用前、使用後って感じだな…って」
「??? 何ですか、それ…?」
「いや、わからないならいー。姫さま気にするな〜ははっ」
 軽く流そうとして笑ったミラクルに、今度はラムフェリアが、思った意訳で聞いてみた。
「あなたはもしかして…ライム姫の数年後が、私のようになると…そう、思ったのですか?」
 図星ということだ。なにか言い訳のようにも見えるが――ミラクルは頭を大きく揺らす。
「その、いやさー。ねえ…両人とも美人だし、同じ金髪で、瞳の色も一緒だし…何となく似てるかなぁって…。うんうん、悪い意味じゃないんだーこれはほんとだよ姫さまっ! うっかり言葉を間違ったんだよさっきは! おととしと、さらいねんというべきだったわな」
「そうですか??? あ、でも…」
 ライムは小首を傾げた。そのとき、ひとつ思ったことがあった。
「でもでも〜?」
「あ、ラムフェリアさんのお名前ですけれど…。実は、ライナーク王家にお一人、同じ名前の方がいらしたそうなのです」
 話すと、ミラクルは特に感心深く思ったようではなかったが、感懐は述べた。
「へえ〜なかなかの偶然じゃんか。…まあなぁ、世の中広しといえ、同じ名前なんて掃いて捨てるほどあるのかもしれんがなぁ。ははん、ボキャブラリーがないんかねぇ…あ、違うか。とにかく、やっぱ美人だったんだろうなぁ…と、美化しておきたいところだよな、ここは?」
 それには何とも返せず、ライムは微苦笑を帯びた表情を、ラムフェリアへと向けた。
「初代雷光の騎士と共になった方…ええと、初代ライナーク国王の妃となった方なのですが…」
 そこで、胸元の隠れた内にあった、ネックレスを外す。チェーンには特に目立つでもない宝飾の、見るからにただの、銀色をしたペンダントがついている。
「それは…」
 見てつぶやくラムフェリアに、ライムは説明した。
「これは、ライナークの第一王位継承権を持つ者、そして王妃となる者が、代々受け継いできた物なのです。初代王妃が身につけていらしたもので…ライナーク王家のシンボルなのですよ」
 それが、一体何を表したものかは伝わっていないが。丸と、それを支えるような線、斜め下方、左右ともに突き出た線で成っている。学者の間では、神を表したものだとか、鎧を着た人の姿だとか、羽が生えた人だとか、宝玉と広がる光を表したものだとか…根拠は無い様々な説がある。
「あ〜姫さま見えない〜。下からじゃよく見えない! 見せてーよく見せてー!」
 ミラクルがやいやい騒ぐので、屈んで見せてやる。彼はじぃっと見るも、やはり興味を示したようではなかったが。
「ほおぉ、変なネックレスだなー。まあでも、とっても大事な物であるわけよな、コレ」
「ええ、そうですよ。普段はしまっておいて、特別な時にしか身につけないのですが…これを持って祈ると、届くような感じがするのです…」
 ライムはペンダントを両手で握って、勇者軍が去って行った方向を見た。そして振り返った。
「不思議と、そんな気がして…。思う人が、どんなに遠い空の下でも…」
「そうですか…」
 ラムフェリアが、特に言葉も見当たらないふうに返したそこで、ミラクルは突然大声を出した。しきりにぶんぶん頷いている。
「そーかぁ…おお、そうっだったのか姫さま! うん、つまり俺が離れていたときも、それで無事を祈っていてくれたんだなー。ああ嬉しいねぇ! 俺もずっと姫様を…」
「ラムフェリア殿、話があるでごじゃる…」
 しかしアラビアがやにわに登場してきて、彼は身体を斜めに捻りつつ叫んだ。
「てあぁー!? アラビア魔人ー!? 俺のさらりとしていた告白がー! てーか、いつもなんで邪魔がはいるかあぁ!?」
 それから。ライムは堪えきれない苦笑を浮かべて、隣のラムフェリアと顔を合わせるしかなかった。

<3>

 暗い場所だ。暗い場所などいくらでもあるが、しかしそこははっきり見覚えがあった。ひどく湿った空気の漂う、洞窟の中だった。その中でも、人々が近寄らない海域に位置する孤島――その島にある、ソドムの洞窟。覚えていた。
「くやしいでごじゃる…アラビアは…アラビアは、何もできないでごじゃる…」
 アラビアが涙を一杯に溜めていた。こちらを見やって。嗚咽していた。
「泣くなよ…。涙で見送られるなんて、俺は好きじゃないよ」
 以前聞いた誰かの声が、また聞こえる。アラビアはそれに反応していた。流れ出る涙を、両手で拭う。
「涙? この水のことでおじゃるか…?」
「ああ…濡れると気持ち悪いだろ。だから泣くな」
 声が言うにも関わらず、アラビアはぼろぼろと涙を流した。顔をしかめて、不満そうで、しかし悲しみに満ちて、まるで何が何だか、自分自身でも分からないようだった。
「うう…アラビアは、何でおじゃるか…? どうにもできないなんて…アラビアは…。こんなはずじゃあなかったでごじゃる…。納得できないでごじゃる…」
「アラビア…。お前はさ…剣の魔人だよ。宿った剣を守護し、その剣を得た主と共に戦う、剣の魔人だ。…そうだろう? カッコいいじゃないか」
 アラビアは後から後から流れ出る涕涙を腕で何度も拭って、また嗚咽した。
「うう…情けないでごじゃる…。全然カッコよくないでごじゃる。…散々豪語しておきながら、アラビアはこんなんでごじゃる…」
 濡れて、赤くなった顔をこちらに向ける。声は軽く告げた。
「俺が死んだら、こんなしけた剣は出ろよ。新しい剣でも見つけて、新しい主を見つけるんだ。入り口も既に塞いであるし…後は俺が最後に、この剣を封印するだけだ。剣はこれから、人目にさらされることもなく、ここで眠る…。そうなれば、こんな剣にいたって、お前さん暇だろう? …だから出ろ」
 アラビアは泣きながら、侮蔑した表情を無理に浮かべようとした様子だった。涙で、崩れる顔で。
「無茶苦茶いうでごじゃる…うう…。アラビアはガラバーニュの魔人でごじゃる…馬鹿でおじゃるか…」
「ああ、分かってるだろ。俺は馬鹿だよ…。だから笑ってくれよな」
 努めて明るい声。アラビアはこちらに向けて、ぐちゃぐちゃな顔をずっと見せている。しかしそのとき、辛うじて、口元が上がった気がした。
「……」
「よし。じゃあ…そろそろ今生からお別れだな。ああ…泣くなって。臨月の嫁さんにも泣かれたんだぞ…。まったく…ばつが悪いよなぁ…」
 諦観していたのか、声に悲愴感はなかった。ただ、気がかりなことに、遠く思いを馳せているようだった。
 最期なのだと、知った。

<4>

 肌を打ち、髪を、衣服をはためかせる流れの乱舞。
 タイフーン地方の大半は、主に草原が広がった平野で、休まず年中強い風が吹き荒れる。古来よりの風土であり、竜巻は日に何度も確認され、この地方にあっては、その自然現象は全く特別なことではない。少ないながらも村落は存在しており、そこに住む者等は、ある程度竜巻の動きを予測できるという。
 ともあれ、そんな彼等の経験の賜物か、風の気まぐれなのかは分からないが、竜巻が民家を吹き飛ばした事例は不思議と無かった。しかし今となっては、そうあっていられるか疑わしい。普段発生する竜巻とは比べ物にならないほど巨大なそれが、報告にあった通り、見渡す限り無数に発生していた。
「…はあ…あっちにもこっちにも…向こうにも向こうにも向こうにも、やっぱり向こうも…一体全体、どれだけあるんだモー?」
 モーモーが人差し指で指しながら数えているが、隣でタムタムが溜め息づいた。
「数えたって、どうにもならないわよモーモー…」
「そうだけどよ…とにかく狂ってるぞ。とても危なくて踏み込めねえよ。いつ飛ばされるかわかりゃしない…。さすがに、走って逃げ切れるもんじゃねえからなぁ…」
 険しい顔をして、彼は日頃の癖でリイムを見た。
「それでも、僕達には進むしかないよ…。なんとか、もう少し近づこう。まず、現われた塔を確認しないと…」
「リイム、リイム」
 リイムが言うさなか、ロビーが後ろから呼んだ。振り返る。
「なんだいロビー?」
「リイムの荷物の中…何か光ったみたいな感じだけど」
 ロビーは、傍らに置いた荷物をさした。そして、隣の巨体に同意を求めた。
「ねえ、ミッキーも見てない?」
「……」
 ゴーレムの彼からは言葉の返答こそ無かったが、少し傾く仕草が返った。
「…ミッキーも、そんな気がするって?」
 ミッキーの『無き声』も聞いて、リイムは自分の荷物を調べかけた。すると、中から精霊の鏡が、なんと飛び出した。
「――ぅわっ!?」
 一瞬驚いたリイムの前で、鏡はピタリと宙に浮いた。やはり白濁した鏡面だったが、ほのかに全体が微光を放っている。
「これは…? 光ったのは精霊の鏡なのか…」
 リイムはそっと手を伸ばし、鏡に触れ、何事も無い事を確認すると、浮いたそれを手に取った。
「どうしたんだ…?」
 つぶさに見る。微かな光を放っている以外は、外見に変化は無い。リイムはあれこれと、鏡を裏返しにもした。
「…あ、リイム。今、光ったわ!」
 タムタムは鏡面が光るのを目にした。リイムが鏡を裏返していたときだった。
「さっき一瞬だけど…。色々傾けていたときよ」
「えっと…こんな感じかな?」
 裏返しにしたままで、リイムは鏡を色々動かした。
「お、リイム光ったモー」
「また光ったわ」
 モーモーとタムタムは、ほぼ同時に言った。リイムは鏡をある方向に向けた。
「ここかい?」
「ええ…。鏡がずっと光ってる」
 タムタムが頷いたその方向は、無数の巨大な竜巻で荒れ狂う中だったが。
「どういうことだモー?」
「この方向に…進めってことかな…?」
 リイムが返すと、モーモーはかなり心配そうに顔を曇らせた。
「…大丈夫かモー?」
「でも、今はこれしか頼るものがないから…とにかく、鏡が示す方向に向かってみよう。危険だと判断したら、すぐ戻る。竜巻の動きに注意するんだ」
 リイム達は、危険地帯となったその地を、鏡の光を頼りに進んで行った。
 そして数時間後には、円柱状の屹立する塔の前へ、無事に辿り着いた。

 塔の内部は円形で、壁に沿った螺旋階段が上まで続いていた。区切るフロアーはなく、ただ最上階のみに繋がっていた。リイム達が延々と上がった後、辿りついたその階には、ただひとつ一段高い祭壇があり、そこに何かが浮いていた。
「よくぞ…おいでくださいました。勇者の方々…」
 三歳児程度の大きさしかない、細身の少女。真っ白い肌。薄緑の衣を纏い、どこか外見状の年とは似合わぬ、儚げな眼差しで見ていた。
「あなたが…シルフ?」
「はい…そうです」
 リイムの問いかけに、少女は微かな声で答えた。
「教えて欲しいんだ…」
 敵意は全く感じられない。シルフに近づきながら、リイムは考えた。まず、何を尋ねればよいのか。
「…僕達には……分からないことで…いっぱいなんだ。けど、ウンディーネの影響を受けたと思う水の精から、おぼろげな話を聞いたんだ。精霊の鏡には龍がいる…。どうやら、あなた達が、封印しているようだけど…」
「…そうです。鏡には確かに龍が封印されています…。狂いし龍、ディンガズス。ゲザガイン、カオスドラゴンと同じ、古き邪龍です」
「邪龍…!? ゲザガインやカオスドラゴンのような…?」
 ざわめいた面々の前で、シルフは淡々と後を続けた。時々、目を伏せて。
「ディンガズスは私達が生まれた地…精霊界に現れました。その龍は…精霊を、精を食らう存在だったのです。精霊王と私達上位精霊で、何とか精霊の鏡の中へ封じこめたのですが…精霊界は多くの精を失いました…」
 リイムは次に疑念を口にした。ラドックが文献より解読した内容を聞いたときから、わだかまっていた。文献には、龍の存在など記されてはいなかった。
「精霊の鏡は…ライナークの初代国王が精霊界から持ちかえって、あなた方をラクナマイトに招いたと聞いたんだけど…」
「そうです…。カオスドラゴンと、地を覆う邪悪な魔物の大規模な破壊によって、ほとんどの精はこの地より消え去りました。精霊の、精の宿らない世界では自然現象が消滅し、豊穣の大地も、遠い蒼空も、波立つ大海も…二度と戻ることはありません。再生されない世界を再び元の姿に戻したいと、カオスドラゴンを討った騎士は、私達の地へ訪れたのです。しかし…」
 シルフはそこで俯いた。些細な仕草だったが、苦悩が僅かに声に混じった。
「しかし、私達もまた、ディンガズスによって多大な被害を受けていました…。…送り出す精もいなければ、精をラクナマイトへ送る余力もまた、ありませんでした…。ですが…そのとき、たったひとつだけ、ラクナマイトを再生させる方法がありました。それは…」
 シルフはリイムを見た。
「…精霊の、鏡?」
 彼が答えると、シルフは一度目を伏した後、再び話し出した。
「ディンガズスを封じたその鏡には、私達上位精霊の、大半の精霊力が注ぎこまれています…。上位四精霊の力が結集したそれを媒介にすれば、他の世界において、精霊界との接点を作り出せる…。そして…私達は自らの力を道しるべとして、この地に来ることが出来たのです。私達は地に宿って、精を生み出すことにしました…」
 リイムはただ、ひどく静かになったそこで、つぶやいた。
「それで…鏡を初代国王に渡した…」
「――いいように言ってるがなぁ、つまりいつ爆発するかわからねぇ爆弾を、黙ってこっちに押しつけたわけだろうがぁ! ヒャハハハー!」
 そこに突然、異質の声が満ちた。その場にいた、誰でもない声。しかし彼等は知っていた。
 リイムは即座振り返る。彼等が上って来た階段の位置に、見知った姿を捉えた。半年前に、スカル・ボンバーズを率いてライナークとマテドラルを襲った、スカル・キャプテン。
 そう認識したと同時に、彼は言葉を失った。
 その姿は、大柄な骸骨――アンデッドモンスターの、スケルトンだった。左腕に、船の碇を模した特異な武器、スカル・アンカーを持ち、眼球の失われた暗い眼窩には、代わりに鮮血のような赤い光が宿っている。――だが、存在には下半身が無かった。有ったものが、無くなっていたのだ。以前は足と義足があった、そこが無い。胸郭から伸びた脊柱までが残っており、そんな状態で宙に浮いている。
 一段と異様になった姿に、リイムは息を思わず呑んでいた。それは彼以外でも、そうだった。
 スカル・キャプテン――トランプは、顎を開き嘲る笑いを発した。
「ヒャヒャヒャ…どうしたぁ?クソ野郎ども。俺様の顔を忘れたたぁ言わせねえぜ!」
「トランプ…! なぜここに…!」
 構えたリイム達の前で、トランプは髭を揺らし喜悦した。
「そりゃぁなぁ…用事があるにきまってんだろうが! ヒャハハアッ!」
 トランプは右手を前に突き出す。すると、リイム達の背面から悲鳴が聞こえた。
「キャアアアアァッ!」
「シルフ!?」
 黒いもやが、力が――取り巻いている。風の精霊は苦悶の表情で仰け反り――。そして数秒も経たなかった。小さな少女の姿は、さらに小さな何の変哲も無い緑色の球体へと変化する。
「シルフ!」
 リイムが再び叫んだとき、それは祭壇から消え、トランプの上げた右の手のひらに出現した。
「…な…それは…」
 絶句する。水の神殿にて見た光景と、これはまるで同じ。同じことが、サラマンダーの身にも、ウンディーネの身も起こったのだろう。しかしそれをやったのは、ゲザガインと名乗った男だったはず。
 リイムは奥歯をかみ締めた。
「トランプ……お前は…」
「ヒャヒャ…。驚いたかぁ? つまり俺様にもこんな芸当ができるわけだ…。あいつばかりを警戒していて、俺様の接近に気づかなかったたぁ、馬鹿な精霊だよなぁ。もちろん、てめえらもだがなぁ!」
 馬鹿にして言い放ったトランプの手から、球体が消える。
「…シルフが!」
「ヒャヒャヒャ。送ってやったのよ…ゲザガインの奴にな」
「トランプ…今度は…」
 リイムが言おうとすると、トランプは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「フン! あいつはいけすかねえ野郎だがなぁ、親切な俺様は替わってやったのよ。…精霊がどうとかこうとかぁ関係ねえ! 俺様はなぁ、ただ好きに壊せりゃあいいんだ! てめえらをまずブチ殺して、この国もみんな壊してやるぜ! ヒャッハァ!」
 狂気じみた声。爛々と光る赤い二つの双眸。リイムは睨み付けた。
「くっ…あのゲザガインはどうしたんだ!?」
「ハッ、知らねえな! だが、見つけたからどうとかほざいていやがったぜ。顔出しするとも言ってたからなぁ…どっかに向かったんだろうよ! まあ、俺様に殺されるてめえらは、心配する必要もねえだろう? ヒャハハハハッ!」
 トランプの哄笑が満ちた後――。塔が突然揺れ始めた。
 リイムは察知する。シルフの力が絶えたため、水の神殿と同じことが起こりつつあるのだと。
「塔が…! 消える!」
「ヒャハッ! 先に外で待ってるぜぇ! …絶対出てこいよ! てめえらを殺るのが楽しみだからなぁ!」
 そう言い残し、トランプは瞬間に消えた。
 そして、リイム達は全力で、消え行く塔を下り始めた。

<5>

 ライナーク王宮の庭園には、不思議と音ひとつ無かった。いや、無くなった。
「――だからな、姫さま〜!」
 自然の音が、去った。鳥のさえずりも、風による梢の囁きもなかった。その風すらも止んでいた。
「なあ姫さま〜なあなあ〜」
 城も静かだと思った。いつもここにくると静かになるが…。だが、その静けさとは違う気がした。
 静寂が訪れたのではない。無音がむしろ、ここにのみある。空間として。
「……」
 ライムが眉をひそめた。彼女は耳の奥が、頭が、何か痛くなった気がした。
「姫さま姫さま〜。…?」
 下でしつこく連呼していた植物の精霊は、彼女の様子に気がつき、ようやく周りに視野を広げる。
「姫様? どうかしたのかよぅ? …お、ラムフェリアさんまで、なにかたまってんだぁ…??? ――おい、アラビアまじーん! …もかよ」
 名を呼ばれた彼等も、何かを感じ取っていた。唯一音としてあったが、ミラクルの声は聞いてはいなかった。計り知れない何かの感覚に、傾注していた。だから返答は無い。
 彼は一人不機嫌になり、そこでしきりに周りに向かって、気を引こうとした。
「…なに? 何なのさあ? …俺をおちょくる冗談なわけ??? あ、それ性格わりぃよ? だって俺、幸せ振りまく精霊だもん! 幸せ逃がすよ、マジですよ!?」
 ミラクルが叫んだときだった、ラムフェリアの上がった面に、影が差した。
「この感じは……まさか!? ――ライム姫!」
 呼びかけにライムが振り向く。そしてその真後ろに、黒い存在が出現したのは同時だった。
「え? …あ!」
 黒いローブで全身を覆ったそれは、瞬く間に後ろからライムの身体を押さえ込み、その口を手で塞ぐ。
「むっ…ぅ…うぅ…!」
「…ひ、姫さまぁっ!?」
 刹那だった。その間に、ライムが自由を奪われた。ミラクルの悲鳴が聞こえた。
「お、お前は…」
 アラビアが震える声を出す。彼には、見覚えのある姿だった。水の神殿にて遭遇した男。
「お前はあのときの…」
 男はフードに隠された奥で、アラビアを一瞥した。
「フフフ…。なんだ、お前はここにいたのか」
「あなたは…!」
 ラムフェリアが険しくなった顔で言うと、黒い人物は彼女を見て低く笑いを漏らした。それから抵抗しようとしているライムへ、さらに力を込めたようだった。
「クククク…。無礼を働き申し訳ないが、少々静かにしていただきますよ、ライム姫…」
「…う…」
「あ…くっそ! てめ…」
 ライムの苦しげな表情を見て、ミラクルは仰け反ろうとしたが、男は即座冷たく告げる。
「動くな。お美しい姫君の首を、掻き切られたくなかったらな。…言っておくが、いくら喚こうが無駄だぞ。…ここにいるお前達の声は、他の者へは届かない」
「…うぐぅ。ぬぬ…な、なんかしやがったのか…っ!」
 男はフードから覗く口元に、冷笑を浮かべるのみだった。
 ラムフェリアは男を静かに、しかし強く見据える。
「あなたは…。あなたが黒魔龍、ゲザガインですね?」
「…んっ…ぅ!?」
 ライムは身悶えする。驚いたのだ。彼女もラクナマイトを、ライナークを襲ったゲザガインは知っていた。
 捕らわれの身になった。老魔術師の姿をした、黒魔龍にだ。
 もがく腕の内の反応を覚って、男――ゲザガインは、ライムの顔を僅かに上向かせ、覗きこんだ。
「ああ…久方ぶりになるのに、あいさつもなしでしたな、ライム姫。このように姿が変わってしまえば、さすがに驚かれるのも無理はない…ククク…」
 酷薄じみた微笑を浮かべるゲザガインに、ラムフェリアは毅然として言った。
「あなたはここへ、何の用ですか?」
 するとゲザガインは、不愉快だと言わんばかりに、その口元の笑みを消す。
「フン…しらばくれるつもりか? 前のようにはいかんぞ。まさか…気づかないとでも思っていたのか? 必ず現れると思っていたぞ…!」
「…あなたとは、初めてお会いするはずですが」
 その言葉に、ゲザガインは不快感をさらに強めたようだった。敵意が言葉に混じる。
「いみじくも言う…。よくそうすまして、そんなことが言えるものだな…? この娘、別に殺してやってもよいのだぞ…」
「うぅ…」
 ライムを締め付ける力が強まったのは、一目瞭然だった。美しい顔立ちが、苦しみのみに歪む。
「ひ、姫様っ!」
 声を上げたミラクルを、ゲザガインは見なかった。ラムフェリアを見たまま、
「黙れ。貴様等はしゃべるな」
 告げた言葉はストレートだった。意味はその捕捉が足りなくとも、反した場合の結果はありありと見えた。ミラクルは口を悔しさにひん曲げて、黙りこむ。
「……」
 静かになったその場で、ゲザガインはもはや彼女にのみ焦点を当てていた。数歩、近づく。
「さて、取引だ…。まず今回も、当然力を隠すために持っているだろう? …それを渡せ。それからお前は殺してやろう。後はこの娘、放してやる」
「――なんつー取引だよ、おい! いきなり出てきて、きったねーぞ! てめーは何様だっ!!! ちくしょーがっ!!!」
 思わずミラクルは罵声を上げるが、ライムの苦しげな声と蒼白になっていく顔で、すぐに哀願するように言葉を弱めた。
「ううっ…」
「わかった…。…黙る、黙るからやめてくれよぉ!」
 ゲザガインは相変わらず一方を見たまま、冷淡に告げる。腕に加える力は、強さを増すばかりだった。
「さあ…出せ。言っておくが、私はこのままこうしているつもりはない…。早く出さねば、少しずつでも壊してやるぞ…」
 決して脅しなどではないゲザガインの言葉に、面と向かっていたラムフェリアの顔は、やがてすぐ苦悩に変わった。顔を下げ、首肯するかのようにうなだれた後で、小さくつぶやく。
「……わかり…ました」
 それから、彼女はゆっくり襟首に手を回した。そして白い法衣の下にあった何かを、取り出して掴む。握った間から、銀色のチェーンがはみ出ていた。ネックレスだと思われた。
「フフフ。素直で結構なことだ…」
 ゲザガインはほくそ笑むが、その嫌らしい笑みが突如止まる。視線が動いた。
 また、ラムフェリアも異変を感じ取っていた。顔を上げる。
「また……来る?」
「…!? これは……くそっ!」
 身を翻しながら、ゲザガインはライムを投げ出した。
 直後。いきなり黒いローブの肩から胸あたりが、切れた。何とか初撃をかわしたのは、浮き上がっていたローブと、血が吹き出ないことで分かる。しかし、瞬時返された刀の刃は、障害に阻まれることもなく、ゲザガインの首筋に当てられた。
「……」
 動きは停止。言葉は無。
 同じように突然場に現われた人物――黒色で固めた軽装姿の若い男が、その刀を操っていた。
「ライム!」
 ラムフェリアはすかさず、投げ出されたライムを抱え起こした。ぐったりとして、気絶している。ゲザガインに押さえ込まれた後半、彼女は既に意識を失っていた。
 そして、ゲザガインは動けない、首を後ろに引いた体勢のままで、相手を視線で見下した。
「……スカッシュか」
「…いくら貴様でも、首を刎ねれば、しばらく動けないだろう?」
 微動すらせず、表情も変えず、彼は視線に鋭利さをもって返している。
「う、うわ。な、なんかひきょーなやつらばっかだよ…。大体突然出てきてさ…なんだ…? 何だよっ!?」
 一変した場景に僅か驚愕し、それから懐疑で埋め尽くされたミラクルの問いかけに、二人は何も返さなかった。今は、相手しか見ていない。
「フン……この前かなり痛めつけてやったはずだが、傷はもういいのか?」
「あいにく、既に完治している。前より調子がいいぐらいだ」
 淡々と言うスカッシュに、ゲザガインは余裕ともとれる嘲笑を上げた。
「フフ…そうか…。濁流に見失いさえしなければ、微塵に粉砕してやったがな…」
「……。言いたいことはそれだけか?」
 スカッシュの表情と声色には、変化が無かった。ただ、刀が鳴った。握る右手が、微動した。
 ゲザガインはしかし、さらに笑った。
「ククク……私の首を刎ねるだと? 果たしてできるかな?」
「何だと…?」
 ゲザガインの態度に、スカッシュの眉が上がったときだった。――それも、忽然と現われたのだ。二人の間に。
「な、シルフ!?」
 スカッシュは一瞥するほどの間、その緑色の球体に気を取られた。それが消える――口を極端に歪め――ゲザガインの右手が、動く。
「油断したな!」
「――っ!!!」
 魔力が叩きこまれた。手がスカッシュの胸部に触れたとたん、彼の姿は後方へ吹っ飛ぶ。そしてゲザガインは間髪入れず、動いた。
「それを渡せぇっ!」
 叫ぶと、察知して立ちあがろうとしたラムフェリアを突き飛ばす。
「キャアッ!」
 彼女は倒れ、手に握っていた物が宙に投げ出された。
 あっという間に地に落ち、それをいち早く拾い上げたゲザガインは、大きくそこで哄笑する。
「フハハハハッ! …これだ! これがなければ後はどうにでもなる! 見るがいい!」
 両腕を広げたゲザガインの上に、黒いもやが発生した。そこへ、チェーンのついたペンダントらしき物が吸いこまれる。もやが程なく消滅すれば、一緒にそれも消えていた。
 ミラクルはその前に、ペンダントの形状を見た。見覚えがある。
「あ…あれって…」
「――ハハハハッ! 永劫の闇の中へ消してやったぞ! もはや見つけることは誰にも叶わん!」
「くっ…うっ…くそっ…!」
 狂ったほどの哄笑が満ちる中、スカッシュがうめいて立ちあがった。ゲザガインは嘲笑が洩れる声を、痛覚に逆らい、それでも睨んでいる彼へと向けた。
「ククククク…スカッシュよ、これでもう諦めることだな。狙っていたのだろうが、あれなくしてお前に打つ手など無い。これからどうあがこうと、お前に我らは倒せないのだ。おとなしく、後は封印される時を待つがいい! ハハハハハッ!」
 スカッシュの表情は渋面に満たされた。ゲザガインは宣言するように両手を上げ、高く叫ぶ。
「シルフの力が絶えた今、後はノームだけだ! …いよいよ近いぞ!」
 そこでアラビアが、腰に下げた曲剣を抜き放った。
「さ、させないでごじゃる! うっ…!」
 突進したが、彼はあえなく剣を叩き落された。片手で胸倉を掴まれ、持ち上げられる。
 体を揺らし、必死に振り解こうともがくアラビアに、ゲザガインは言った。
「フン…。貴様だけで、一体何ができるというのだ? いずれ必ず消してやる……忌々しい、ガラバーニュごとな」
「…リイムが…リイムがあなたの企みを必ず阻止します!」
 そこに張り詰めた、悲鳴の如き声。ライムが半身を持ち上げ、放った精一杯だった。意識が戻り、とにかくそう叫んだのだろう。
 ゲザガインはアラビアを軽々と吊り上げたまま、そちらに視線をやった。あからさまな冷笑が彼女に向けられるが、ライムは怯まず睨み付けた。
 フードの下には、いたぶりを好む細い視線と、興味にほころぶ口元があった。
「フフフ…あの小僧がか…。しかし、先に呑まれねばよいがな…? クククク」
「どういうことです!?」
「知っているだろう? あの小僧が持つガラバーニュは、使用者を蝕む破滅の魔剣だ」
「……」
 ライムもそれは知っていた。事実。言葉は出ない。ゲザガインは様子を見やって、口元の酷薄な笑みを一段と濃くする。
「破壊と殺戮の狂気を与える、呪われた魔剣…。今、その呪いは強くなっている。…剣を振るうたびに、力を引き出すたびに、あの小僧は確実に落ちてゆく。ククク…いつまで正気でいられるか、楽しみだな」
 ライムの頭は、一時空白となった。理解できなかった――否、思考が拒んだ。なのに、首を微かに振った後には、刻みこまれてしまったように、脳裏には余韻すらあった。無意識に、ゲザガインの声で反芻すら頭がしていた。ふいに震えが襲ってくるが、さらに首を振った。
「うそ…嘘です! リイムがそんな…キャア!」
 身を乗り出してライムが否定しかけると、そこにはアラビアが投げつけられた。
「いずれ本人が気づく。まともに話せる間に、せいぜい思い出話でもしておけばよかろう。最後にな…」
 ゲザガインはまた、低く笑った。その少し離れた側面で、仰け反る者がいた。
「てんめー! おりゃーぁ怒ったあっ!」
 ミラクルが飛んで突っ込む。しかし、ゲザガインは消えて位置を変え、それを難なくかわした。そこで右手をかざすように出す。
「…ぐっ!」
 顔を顰めたのはスカッシュ。切りつけようとした刃が、その手によって止められた。触れる寸前にて、紙一重で止まっている状態だ。ゲザガインは生み出した魔力障壁で、受け止めている。
「諦めの悪い奴だ。だが、私はもうお前の相手などするつもりはないぞ。詮無き事だからな。そして、既にここにも用はない。さっさと引くとするか」
 ゲザガインは睨むスカッシュにそう軽く言うと、瞬時にそこから消えた。
 それで――ライム達が最初に感じた、異質の気配はもう無くなった。無音の感覚。完全に消え去った。ゲザガインは去ったのだと、その場にいた誰もが悟った。
 そして突っ込んだ花畑から、花まみれになったミラクルが、頭をがばっと持ち上げる。
「ぬあ〜消えやがったかー!? お花を埋もれるほど浴びせるつもりがっ!」
 アラビアはようやくのそのそ動き出した。四つんばいで這いながら、声をかける。
「ら…ライム姫…ラムフェリア殿。怪我はないでおじゃるか…?」
 彼等とは少し離れた位置に座りこんでいたラムフェリアは、ゆっくり立ちあがった。僅差で、ミラクルも動いていた。
「そ、そーだよ! 姫さまぁ! ラムフェリアさんっ! ぶじかー!?」
 返答はまず、ライムの側に寄った、ラムフェリアが返した。
「私は突き飛ばされただけです、大丈夫…。でもライムが…ライム姫は…」
 ライムは地に座りこんだまま俯き、震えながら、両手で顔を覆っていた。
「嘘…リイムが…リイムがガラバーニュに呑まれるなんて……いや…」
 か細い声に、しばらく沈黙があったが。彼女の傍らで、アラビアは言った。
「ライム姫…。リイム殿は…リイム殿は呑まれたりなんか…しないでごじゃる…」
「皮肉なものだな」
 それは彼等の後方より、唐突に聞こえた。見えて過剰反応したのは、ミラクルだった。
「――おうえわ!? そ、そういやお前がまだいたかっ!?」
 ビクッと振り返る。彼は本当に忘れていたのかもしれない。人物はあれから、静かだったから。刃先を下げた抜き身の刀を右手に持ち、今は彼等のほうを、やや細められた眼差しで見返している。顔には吹き飛ばされたときに出来たものか、擦過傷があり血が薄っすら滲んでいた。胸元の黒は、他より濃い色をしている。
 ミラクルはやや物怖じしながら、虚勢で叫んだ。
「び、びび、びびるだろっ! いきなり皮肉なものって、だーれに言ってんだよっ!?」
「そこの、剣の魔人とやらだ」
 即答したスカッシュに、アラビアは無言で見返した。
「……」
「リイムは…簡単に呑まれたりはしないだろう。ただあるとすれば、初代と同じ結末になるか…」
 そう続いたスカッシュの言葉に、ミラクルは首を捻った。
「同じぃって…? お前な、分かるようにだな…。い、いいや! いや、俺はそもそもお前を知らんぞ! お前なんだ!?」
「その男は、ゲザガインの息子でごじゃる…」
 アラビアが答えた。ミラクルはそちらを振り向いて、たどたどしく揺れながら記憶を探った。
「ゲザガインの息子っつーとだ…。えっとなあ…ああ…。た、確かタムちゃんがリイム達となんか真剣に話してた…なんか!?」
 そこまで言って、ミラクルは跳ねるようにスカッシュを振り返った。大口を開け、どうやら、混乱していた。
「だー!? ゲザガインってさっきの黒いのだろっ!? あれはなんか若そうだったぞ!? こんなでかい息子がいていいのかっ!? ぐえわー!?」
 喚く彼は差し置いて、ラムフェリアがすっと前に出た。
「そうですか…あなたが…。なるほど…先ほどのゲザガインと全く同質の力を持っていますね。でも、異なる力も感じます。あなたは…人の血も引いているのですね」
「…それがどうした?」
「――ああそうだっ! 人間じゃないならそれもありじゃんよー! 俺だっていい年だしっ!」
 ミラクルは完結している。スカッシュは表情を変えない。アラビアは何か、堪らないように叫んだ。
「お前は…お前は、なんでここにいるでごじゃるっ!」
 それには、ごく軽微な仕草が返った。首が僅かに振られただけ。何か彼は思ったらしいが、問い返した言葉は淡々としていた。
「馬鹿馬鹿しい質問だとは思わないのか? お前こそなぜここにいる。リイムの側へ何故いない?」
「そ、それは…」
 アラビアは視線を落とし、言葉を詰まらせた。彼は今回、リイムに頼んで勇者軍に加わらなかった。――ラムフェリアと、話したいことがあるからと。リイムはその虚心で、それ以上の理由を求めず彼の頼みを聞き入れた。
「それは…」
 俯きかけた苦しげな顔を見て、スカッシュは一瞬、皮肉めいた造作を見せる。そして、繰り返した。
「…辛くて側にいられないとでも? 皮肉なものだな…。お前がガラバーニュの持ち主をどう思おうと、お前はその者を呪わずにはいられない…」
「なっ…!? 何でお前が知っているでおじゃるか!?」
 見えて動転したアラビアは、数歩だったが、詰め寄るように前に出た。
 対しスカッシュは、厳しくなった口調で言った。
「倒された…。黒魔龍と、黒魔龍の息子である俺が、ここにいることで分からないか? だから馬鹿馬鹿しい質問だと言ったんだ。…俺は今、奴と同じく死にはしないし、お前が何なのかも、そこの女が何者かも知っている。過去、お前達が何をしていたのかもだ。お前は雷光の騎士と共に戦い、その女は僧侶として騎士の側にいた。こう言えば分かるか?」
「――あなたは、何をするつもりですか? いや、後はどうするのですか? …!」
 ラムフェリアは動きを止める。会話に割り込んだ彼女の喉元に、スカッシュは刀の切っ先を向けていた。
 出来た空白。ミラクルが怯みながらだが、それを叫びで埋める。
「て…てめえもかよっ!?」
 スカッシュは耳を貸さず、ラムフェリアを見据えたまま、彼女に話した。
「分かっていただろう? 俺はこうするつもりだった。だが…」
 ゆっくり刀を下げ、数歩下がる。そして彼女へ疑わしい眼差しを向けて、逆に問うた。
「…お前こそ、どうするつもりだ? 俺の事など、等閑言だろう。聞く必要はないはずだ。…お前はどうする。後は成り行きまかせで放っておくのか? それとも、リイムに全てを賭けるのか…?」
 そこで自ら首を振る。
「いや…無理だな。せいぜいゲザガインと…ディンガズスが復活するとなれば、それを止められるに過ぎない。いくらあいつでも…そこが限界だ」
「そうでしょうか…?」
「…。たとえ…それでもあいつが持ち堪えたとしても…その後に決定打は無い。お前は楔を差すことが出来ない。…どうするつもりだ? 今一度戻って、再びここへ来るのか? もっとも、そのころには既に、ライナークは…ラクナマイトは落ちているだろうがな…」
 それから、そこは静かになった。彼等の会話に入りこめる者はいなかった。
 ラムフェリアは彼から視線を逸らさなかった。だが答えなかった。彼女もまた、問うた。
「あなたは…力を手に入れて、全てを終わらせるつもりでしたか? 解放すれば、その力があなたを消し去ってしまうとしても…?」
「所詮は些細な違いだ。…そんな生かされ方もごめんだな」
 また触れられたからだろう。眉は上げた。だが、言葉通り小事に過ぎないと言い切る様子で、調子に変化は無く、スカッシュは返した。ラムフェリアはその後の彼に、答えた。
「…私は今度こそ、やり遂げます。成し遂げなかった事を…。そのために来ました」
「分かりきったことを…。…何が言いたい?」
 眼差しに怪訝さを増した彼に、彼女はさらに答えた。眼差しに意志を乗せて、強く。
「必ず終わらせます…全ての因果を断ち切って。だから今はお引きなさい。今しばらくは…」
「……」
 スカッシュは黙ってラムフェリアを見据えていたが。やがて、十数秒ほどだったか。現われたときと全く同様に、突如消え去った。
「ひあ…消えた。あいつもどっかいっちまったぞ…」
 呆然とミラクルはつぶやく。アラビアはようやく顔を上げて、呼んだ。
「ラムフェリア殿…」
 振り返った彼女は、静かに首を横に振った。
「アラビア…ミラクルさん。今はライム姫を。…かなりショックを受けていますから」
 ライムは今も、座っていた。あれから何も、彼女は聞いてはいまい。来襲者が去った後でも、立ちあがる気配がなかった。その俯いた姿は、自力で立ちあがることも出来そうに見えなかったから。

<6>

 時が来ると、タイフーン地方に現われた、さしずめ風の塔とも言うべきそれは、まるで風に煽られて散って行く様のように消え入った。崩壊は上部から始まり、微小な粉となって、宙に撒かれていく…そんな様。風に乗って渡るかのように広がりながら、徐々に拡散し、そして消えて行く。しかし今そこに、風自体は無かったが。
 タイフーン地方の象徴でもある竜巻は、全て消え去っていた。
 今はそれを背後にし、塔が消え去る前に脱出した勇者軍がまず目にしたのは、離れて立つ二人の姿だった。
「蒼月!」
 リイムが一人の名を呼ぶ。数日前、水の神殿で会った蒼い人狼の姿。さほど驚きはしなかった。その人物は、相対するトランプを追っていたのだから。
「ヒャヒャヒャ…。ギリギリってとこだなぁ、チビすけ。まあ、塔と一緒に消えないで良かったぜ!」
 トランプも、また蒼月も、彼等のほうは見なかった。
「…またお会いしましたね、勇者よ。ですが話しは、後にしていただけませんか。…邪魔は、くれぐれもね」
 トランプが不愉快そうに鼻を鳴らす。二人が再び会ったのは、様子からしてつい先刻のようだった。
「はンッ、サシで勝負ってかぁ!? ヒャハッ! あいかわらずの馬鹿野郎が! てめーなんざさっさと殺してやるぜ、蒼月ッ!」
 異様な武器、トランプの左手にあるスカル・アンカーが、蒼月に向かって投射された。
「トランプ…!」
 蒼月はすれすれでかわした。しかし難なくだった。一直線に飛び、同様に戻って行くその武器による攻撃は、俊敏な彼にとって問題ではない。ただ、僅かに戸惑いがある。冷静に徹することが出来る彼でも。予測は、していたのであろうが。
 かわしたままの足を開いた体勢で、蒼月はじっとトランプを見ていた。相手は武器が手元に戻ってくると、低く笑った。
「…へっ。ちょろちょろと俺様の後を追ってきたのは知ってるぜ。全くうっとおしくてなぁ。だから、そこらの町や村に魔物どもを手当たり次第放ってやったんだが、こうも早く追いつくたぁ、なかなかいい感してやがるぜ…」
 蒼月の目が、僅かに細められた。
「私の目を惑わすために、辺りに魔物を放ったのか…?」
「そうよぉ…。てめえがしつこいからだぜぇ……蒼月ッ!」
 再びスカル・アンカーが飛ぶ。それも蒼月は難なくかわした。
「…トランプよ。お前はなぜ、ライナークへ戻ってきた? お前は…お前はヤゴによって消されたはずだ…。…復讐なのか? その怨念で、ここに戻ってきたのか?」
 彼の問いかけには、嘲りが返った。口蓋を開け、トランプは宙に浮いた姿で笑いに震えた。
「ヒャヒャヒャぁ…。そんなこたぁなあ蒼月、俺様はもう、どうでもいいんだ…。俺様は……俺様はなぁ? 何でもいいから叩き壊して、誰でもいいから叩き潰して…つまり、どこでもいいからぶっ殺せればいいんだよぉ…。それがたまたま、またライナークだっただけでなぁ…! ヒャハハハハー!」
「お前は…トランプ! いや…お前と私は…くっ!」
 三度目のそれを、際どくかわす。蒼月は前に出て言葉を紡ごうとしたが、そのときまたスカル・アンカーが投げられていた。言葉を一心に言おうとした彼の動きは、やや鈍った。
「…トランプ!」
「ねちっこいんだよ…。今更昔話なんざ、持ち出そうってわけかぁ? そんなむかつくモン、語らせねえぜ…!!!」
 やや俯いたトランプは、はめこまれたような、二つの赤い光をぎらつかせる。
 蒼月は前に詰めた。
「昔話だと…? ついこの前だ…! 理想がそう簡単に遠のくものか…! 我らはそれを、共に求めたのではないか!」
 彼の感情は、激しく高ぶっていた。言動にそれが珍しく見えた。普段の――少なくともリイム達の知る彼は、冷静沈着な人物だった。表層に情緒が浮き出ることは無かった。ただし、その内に、非常に強い思いを抱いているのは知っている。だからこそ、理解できた。
 蒼月にとって半年程度など、昨日今日の出来事。それは境であって、境では無かった。境以前も、それ以後の今に至るまで、彼は常に求めている。深層の渇望に等しきもの。だから境の事件は、半年前起こった。――トランプと共に、スカル・ボンバーズを率いたのだ、彼は。
 トランプは、タイフーンの障害無き場所で、大きく上へ向けて哄笑した。心底の、うるさい嘲笑だった。
「理想だぁ…? ヒャハハハハッー!!! いつまでも、しがみついてるだけだろうがよぉ! きれい事をいつまでも語りてえ性分なのか! …てめえがわかってねえだけだろがっ! てめえがいつまでも馬鹿なだけだぜ!!! 死ね!」
 怒気を孕んだ四度目の攻撃をかわし、さらに近づいて蒼月は叫んだ。
「お前は…変わったと言うのか! 求め続けた理想をかなぐり捨てて…得たモノがあると言うのか! …見つけたと言うのか!?」
 にやけた笑い。おかしくて堪らないような、しかし既に壊れてしまったような、危うい笑み。異様だった。リイム達の中には、戦慄が走った。異様だった。
「見つけたぜ…。…俺はなぁ…見つけたんだぜ。…闇の中でなぁ…見つけた…。ヒャヒャヒャ…。だから変わったんだよぉ…俺はよぉ…ヒャヒャ…」
 面を俯け、しゃくるようにトランプは笑った。まるで、痙攣しているようでもあった。
「お前は…理想を失い、その開いた空隙に闇を取りこんだのか…!」
 その問いに対する答えは早かった。面を上げたトランプは、右手を突き出し、吼えた。
「俺は、俺様は変わったんだ蒼月ッ!!! ハエのようにうざってえてめえは、殺してやる!!! その力もあるんだよぉっ!!!」
 ――爆発した。蒼月がいた場所が、轟音と共に。爆炎と、微塵。
 リイムは叫んだ。
「蒼月ー!!!」
 だが、膨れ、舞いあがる土煙の中から、影が飛び出した。蒼い。
「その程度の殺意で……私は倒せないぞトランプ!!!」
 無傷か。だが、まるで血を吐くような慟哭の咆哮。
 場に強い金属音が鳴る。蒼月の右手に逆手で握られたクナイが、トランプのスカル・アンカーと接触した音だった。
「ぐぅ…ぎぎぎ…!」
 トランプには焦りの表情が覗えた。クナイの攻撃を防いだものの、力で押されている。
 そして、次の瞬間には。トランプが弾かれたように、大きく後ろへ仰け反った――。
「ガアアアぁッ!」
 その前に、突き出されている蒼い右手。
 体を入れ替え、クナイを左手に持ち替えた蒼月が、赤い光の宿る眼窩へそれを刺しこみ、そこへ右の掌底を押し当てた後。
「――どうしたトランプ! その程度なのか…! お前の何が変わったと言うのだ…!」
「グオォォォ! ウるせエェェーー!!! てメえに何がわかるゥー!!!」
 赤い光が一つ失われたそれは、体勢を戻す前にスカル・アンカーを振りかぶっていた。しかしサイドステップで既にかわしていた蒼月は、アンカーが目前の地を叩いたとき、その腕の関節に手を触れた。
「…ハぁっ!?」
 トランプの顎は大きく開く。軽くなった驚愕に――肘から無い左手に。
 スカル・アンカーが腕ごと外れた。持っていた蒼月は、それを後ろに投げ捨てる。
「ハ…」
 視界の隅に捨てられたスカル・アンカーを捉え、それから蒼月を追おうと横を向いたトランプには、次はもう無かった。既に相手の身体は捻り、後ろ――前へと一回転していた。
 武器となった足が、剥き出しの肋骨を打ち砕く。
「ギャアアアー!!!」
 絶叫を上げ、トランプは地に仰向けとなって倒れた。砕けたあばら骨が宙に撒かれ、後でパラパラと落ちる。
 息を呑むほどの間、静けさ。対決は終わりを告げたのだ。風は、止まったまま。顎をカタカタと鳴らし、仰向けの存在はそれ以上動かなかった。蒼月も止まっていた。
「もう…止めにしようトランプ…。お前は何も変わっていない……。なぜ、変わらなければならなかったのだ…?」
 もはや茫乎となった隻眼の光は、何を見ているのか分からない。仰向けで動かないトランプは、上しか見ることが出来なかっただろうが、そこすらも見ていないようだった。弱々しく、それでも笑ったが。それしか、出来なかったのか。
「…。ヒャ…ヒャヒャッ…。ワかる…分かるぜェ…。ヒャハハハ…オれは見つけタってぇ…言っただろうガ…。ヤゴのくそ猫ヤロウニ飛ばサれて……おレハ…」
「何を…何を見つけたのだ……。――何!?」
 聞き取り難い声に耳を傾け、足元のトランプに問いかけていた蒼月だったが、不意に頭上を仰ぎ見た。
「あ…ア…」
 震え。トランプも、それは見えたらしかった。真っ黒い者が宙にいる。彼等の上にて、見下ろす姿。
「分かるな? そう、お前は用済みだ」
「…ゲザガイン!」
 ゲザガインが言葉を発したのと、リイムが名を叫んだのはほぼ同時だった。そしてまた、地を揺らし爆発が起こったのも、その刹那の出来事だった。
「蒼月…! トランプ…!」
 巻き起こった爆煙は、トランプが起こしたものの倍以上だった。轟音に続き、爆風がリイム達を襲ったが、彼等は場景を見ていた。
 ゲザガインが、上空にて右腕を振るった。と、幾つかの物質が、落下する。宙にいた姿も消える。
 地上に転移した黒い姿の側に、金属のクナイが数本落ちてきた。前に出された片手の真っ向には、やはり手のひらを突き出して止まっている、蒼月の姿があった。
「フフ。さすがにお前は、あれでお終いとはならないか…」
「……」
 蒼月は無言。不動。まるで互いの力は拮抗しているように止まって見えたが、それは違った。ゲザガインは冷笑していた。余裕がある。残りの片手を上げかけた。
「ククク…。早く手を離さなければ、焼けてなくなるぞ…?」
 それでも彼は動かなかった――蒼月の突き出された手は、ゲザガインの張った魔力障壁に焼かれていた。
 モーモーが覚り、叫んだ。――彼は、引かず動かないのでは無い。
「リイム、やばいぜ! 蒼月は動けねえ!」
「ガラバーニュ!」
 リイムも同時に理解していた。剣より力を放つ。白光の雷球が、ゲザガインへ向かった。直後に、彼は飛び出す。
「…フン」
 ゲザガインは横目で確認すると、消えて迫った攻撃を避けた。そこで、顔を引く。追随した蒼月の手刀は、空を切った。
「蒼月!」
 接近したリイムの声に、蒼月は後方へ飛んだ。彼がいた辺りを、ガラバーニュが大きく薙ぐ。やはり空を切ったが、
「くっ…」
 ゲザガインが出現したそこに、また蒼月。彼が再び放った手刀が鼻先を掠める。焦りの色が見えた瞬間に、リイムが気合を吐いた。
「やあぁぁっ!」
 ガラバーニュが鋭く突き出される。黒い左肩を、やすやすと貫いた。
「グゥオオオオッ!」
 獣のような咆哮が上がった。しかしそれは残りの右手で、側にある蒼月の肩を掴みかかり、襲った。
「ぐぉっ!」
 蒼月がうめきを漏らす。リイムはそちらを思わず見やった。
「蒼月!? うわあぁっ!!!」
 伝えて、魔力を流し込まれた。ゲザガインは左手でガラバーニュを掴んでいる。電撃が身体を貫くような衝撃に、リイムは堪らず下がった。肩口より、剣先が抜ける。
「オォ…おのれェ!」
 怨恨を吐いて、蒼月を襲った腕がリイムに伸びようとしていた。そのとき、
「させるかモー!」
 モーモーが危機に追いついた。だが、渾身の力を込めたその拳も当たらなかった。ゲザガインはまたも消えて、今度は宙へ浮いていた。
「ぐ…小癪な奴らめ…! くそっ…」
 フードが外れ、血走った形相を露にした黒髪の男は、そう言い残すと消えた。
 ――現われない。モーモーはそれでも、気配を周囲隈なく探った。それから声をかけた。
「完全に逃げやがったか…。リイム、蒼月! 大丈夫か!?」
「リイム!」
 タムタムが走ってくる。ロビーもジョージもミッキーも、後に続き慌ててやって来る。
 蒼月は掴まれ、血が流れ出る肩を押さえながら言った。
「私は肩をやられましたが…お互い、大事にまでは至らないようですね。…? リイムよ、どうしたのだ?」
 怪訝な様子で尋ねる彼の前で、リイムは無言で片膝をついていた。俯き加減で、顔色が悪い。土気色になっている。現われた汗は、脂汗だと思われた。
 その姿を見たタムタムは、駆け寄って屈みこんだ。
「リイム…? すぐ癒すからね」
 彼女により、回復魔法がすぐさまかけられたが、彼の様子はまるで変わらなかった。数秒置いても、一向に変化は無い。汗がさらに増して、流れ落ちる。
「リイム…!? どうしたんだモー!」
 心配そうな声を上げたモーモーに、リイムはやっと顔を上げて見せた。
「……なんでも…ないよ…。ちょっと…情けないんだけど、めまいがしてさ…。たぶん、すぐ治るから…」
 だが、周りの不安を煽るように、彼の言葉は弱々しかった。
 リイムは立ち上がるまでに、数分ほど要した。それからの彼は、普段と全く変わらなかったが。

<7>

 見覚えのある一振りの剣を見ている。どこか見覚えのあるような場所で。ああ、ここは前のような世界なのだと、すぐに分かった。いや、同じなのだと。確信する。ぼんやりだが、荒涼の大地はラクナマイトで、目の前に握られている剣はガラバーニュなのだ。
『分からない…。お前は、恐ろしくはないのか? 私が呪い殺してやると言っているのに。…死ぬのだぞ? お前はやがて、狂気に魅入られ、見境なく破壊と殺戮を繰りかえす…。そして、全て失われたとき、最後に残った自らの命を断つのだ』
 その声は、聞いたことがあるような気もしたが、忘れてしまった。しっくり、こないのだ。低いが明瞭な、男らしき声。しかし、それが誰が言った言葉なのか、まして内容がどのようなものだったのか、思い出そうとしたことで、一瞬気にならなかった。思考が、定まっていなかったのかもしれない。
「それが何だって? 聞いてるよ、お前を手にする前にさ。…大体、しつこすぎやしないか? 分かってるって、再三言ってるだろう。同じ事を何回言わせれば気が済むんだ」
 次の男の声で、先ほどの彷徨となっていた意識が鮮明になり、理解した。何回か重なっていた。はっきり覚えのある声だった。
 彼は、今何かに座っている。おそらく岩か木か、そんなものだろう。そして、随分げんなりとしている。自らが持つ剣に向かって、溜息をついていた。
『分からない…。お前は何だ? たかが人間のくせに…死が恐ろしくないと言うのか…。分からない…。死は恐怖のはずだ。そうでなければ、私は…』
 目の前から発せられる――正確には、頭の中に直接聞こえているのだろうが――その声は、迷っているようだった。戸惑っていた。だから尋ねているのだろうが。
 話す相手は、立ちあがったようだ。それからぞんざいに、剣を地に突き立てた。次は故意に、肩でも前で竦めて見せたのかもしれない。それからまた腰を降ろした。
「分からんで全く結構だ。…大体だな、こうやって剣と話してるの見られるのってさ、はずかしいんだわ俺。それこそ危ない奴みたいでな…」
 あ〜あと、彼はどこか、投げやりな声を出して言った。間もなく、再び溜息が聞こえる。
 それから、しばらく間があった。が、剣が思い付いたように、投げかけた。
『お前の恐ろしいものは何だ?』
「はあ? 唐突に何だよ…。けどな、そんなもん絶対教えないぞ…。弱みを握られてたまるか」
 横を向いたらしい。剣から視線が逸れる。
 剣はまたしばらく黙っていたが、やがてつぶやくように言った。
『そうか…なら…』
「ならって…? うお!? 何だ!?」
 彼が聞き返せば――。自分も少し、驚いた。剣が突然、光りだしたから。ほんの一瞬の出来事だ。経験はあるが。彼の方は、かなり驚いた様子で立ちあがった。
 見える位置には、アラビアがいた。
「お前の恐ろしいものを、これから見つけてやるでごじゃる。それを見つけて、お前を責めてやるでごじゃる」
「お…お…!? な、なんだお前!? おい、ガラバーニュ! …あ、あれっ?」
 彼はかなり動揺しているようだ。剣を地より引き抜いて話しかけたが、返答が無い事に対し、後ろに下がった。目を白黒させているに違いない。
 アラビアの方は、かなり呆れた様子だった。まるで小馬鹿にしたようでもあり、フフンと得意げな表情で、お返しなのか、肩など竦めている。そんな彼を見るのも初めてだ。
「お前はずいぶん馬鹿でおじゃるな。さっきまで話していた相手がわからないとは」
 聞いた彼は、さらに驚いたようだった。自分も、驚かなかったわけではないが。
「えっ!? う…うそだろ…? そんなことできたのかよ?」
「ガラバーニュの力があれば、こうやって意識を分離することだって可能でごじゃる」
 アラビアの返答に、それでも彼はまだ驚いていた。しかしそれ以上に、かなり疑問に思ったようだ。おそらく今、理解に苦しむ顔をしていることだろう。
「でも…でもな……何でしゃべり方違うんだ!? 大体なんだ!? そのしゃべり方は…!?」
 自分には、その話し方の方が自然なのだが。彼には違ったわけだろう。思うに、もしかするとそれが自然なのかもしれないが…。
 アラビアは相手の突っ込みなど完全に無視して、残念がっていた。
「…驚いているでおじゃるか? むむ…しかし、恐くはないでおじゃるか…」
 彼が今度呆れた。当然、怖がっている様子など微塵も無かった。
「恐いってなぁ…お前…。そんなんでなぁ…。いや、ある意味…いやいや、違う意味で恐いような気もするような…ああ…どうかなぁ…」
 ぼそぼそつぶやく。アラビアには聞こえたらしい。
「恐いでおじゃるか? なら…ずっとこうやってお前を怖がらせてやるでごじゃる!」
 今夜は、それまでだった。

<8>

 今夜は満月だった。空はまっ黒くなどなかった。雲も無い。星くずの欠ける、実に明るい夜だった。しかし月光は一段と濃い陰影を作ったし、刻はごく自然な静けさを作った。何も特別なことは無い。何も。普通の夜だ。どこかから、ウルフマンの遠吠えが聞こえる。今日に限った事ではない。
 ひんやりとした夜気が満ちる街路に、一つ伸びる、影を見つけた。人間とは違うシルエット。こちらが気づいた時点で、それは止まった。
「蒼月…行くのかい?」
 リイムが後姿に声をかけると、彼は肩越しに振り返った。
「勇者よ…もうお目覚めか…。しかし出発が早いとはいえ、まだ今宵は明けていませんが?」
 リイムは僅かに上向いた。仕草に意味は無い。微笑を返す。
「うん…。最近たまにね、変わった夢を見るんだよ…。どうもね…」
 何気なく口にしたが、それが返答になっていない事に気づく。しかし相手は、それ以上聞いては来なかった。黙然とし、そして別の事を口にした。
「……。黙って去ろうとした私を、あなたは責めないのか?」
「みんなには、僕が言っておくよ。…あなたにはあなたの目的がある。たまには、こうやって重なることもあるかもしれない。昨日はそうだったんだ…」
 蒼月は首を戻し、前を向いた。
「すまない。私は、まだ共にあなた方とは歩めない…。我々は、果たして上手く行くのか…まだ確信が持てない。私に、まだ蟠りがあるうちは…」
「焦らなくてもいいし、謝る必要もないと思うよ。それは、誰が悪いわけじゃあないから…」
 すると、蒼月はまた肩越しに振り返ろうとしたようだったが、それを止めた。
「リイムよ…。私は本心、あなた方と共にありたいと思う。しかし、その思いに素直になれるほど、私は真っ当に生きてきたわけではない…。もどかしいものだ…」
 彼もやや、上向いた。そして面を戻した。きっと、意味は無いだろう。そうさせるものなのだろう。下を向くよりは、いい。
 リイムは聞いた。
「これから、何処へ?」
「…あとしばらくは、この地に。…トランプが率いていた無法者の残党が、これからまだまだ動くはずです」
 トランプは自ら口にしたように、各地に魔物を放っていたようだった。この宿場とした町で幾つか、その情報を得た。幸い、壊滅した話しではない。だが、紛れも無い被害だった。
「…蒼月。……トランプのことだけど…」
 切り出すが、蒼月は肩越しに振り返ってきて、それ以上は制された。
「何も言わなくて結構ですよ。何もね…」
 また、前を向く彼。今度はごく、下向いた。
「あのような結果になったのを、私は運命と言いたくありませんが。…報いなのかもしれない。誰が決めたものでもありませんが…恨みなど数え切れないほど買っていますからね…。それは私も。もっとも相応しい言葉をあてがうとすれば、知っているものは口を揃えて言うことでしょう。それが現実です…。切り離すことの…できない、ね」
「蒼月…」
 それから蒼月は再び、上向いた。
「しかしながら、それを語る私がもっとも、夢想しているのかもしれませんが。…理想とね」
 自然だった。彼は常にそうして、どこかで自嘲していたのかもしれない。片隅ながら、どこかで。そしてそれと、常に戦ってきた。
「理想を抱くことは、何も悪くないよ」
「…道を、踏み外したとしても?」
「気づいて、少しでも…少しずつでも変わればいいよ…あなたのように。背負うものは、重いかもしれないけれど…」
 相手は背中越しに、微苦笑したようだ。
「フフフ…リイムよ、あなたも酷な事を言うのか」
 だが、言葉にはまだ、続きがあった。だからリイムは、その背中に言った。
「重いかもしれないけど…。それがあなたの全てじゃあないから。誰も、あなたの全ては語れないから…。あなたの道があるかぎり、あなたはこれからも進んで行けると思うよ…」
 しばしの間で、蒼月は沈思した。
「それを私は許されるのか……いや、それは誰かがこうと決めるものではなく…自然とそうあるべきなのか…? だとしたら…」
「だとしたら…?」
 尋ねると、彼はようやく振り返った。夜でも、明るいから。少し離れていても分かる。確かに笑っていた。
「私はまだまだ、それに価しませんね」
「そうかな?」
「フフ…勇者よ。あなたは…あなた方は特に、人が良いですからねぇ…」
 そこが、愉快そうではあった。何故なのかは、少し分かっている…気もする。
「そう、なのかな? よく言われるような気もするよ…。誰が言っても変わらないんだな…」
 リイムはただ何気なくつぶやいたが。蒼月はそこで、真摯な眼差しを向けてきた。
「リイム。…トランプは、変わっていませんでした。あれは…変えられたのですよ。いや、自分で無理やりそう思いこんだのかもしれませんが…。背後に何かあります。あの男が…ゲザガインが絡んでいることは間違いないでしょう」
「…うん」
「気をつけることです。それは少なくとも、トランプとは比べ物にならない…何かでしょうから」
 それは短い返事だが。今はこれが一番確かだと思われた。全貌の見えない中、確かなものは。意志ひとつあればいい。
「うん…」
 そして、蒼月は踝を返した。
「では…私はこれで…」
「――蒼月…!」
 リイムは蒼月が歩みだそうとしたとき、呼び止めていた。無意識だったが、後で自分のしたことが、彼自身よく分かった。拳を握っている。
「…?」
 蒼月は不思議そうに、また肩越しに振り返った。
「…頼みが…あるんだ…」
「何を…ですか?」
 どことなく察して返してくる彼に、リイムは次の言葉を、それでも躊躇しながら言った。
「もし僕が……。もし…僕が、今の僕でなくなったら…止めて欲しい」
 それからの沈黙は、ひどく長く感じた。どれほどのものだったかは、分からないが。
「………。それはつまり…人の良いお仲間には頼めないことですね」
「ごめん…。別にあなたが違うってことじゃないんだ…。でもあなたなら…私情に捕らわれない、心を持っていると思うから…」
「…。どういう…ことですか?」
 彼は理由を求めてきた。何を言ったのか、理解してくれたからだ。当然、それは話さなければならない。リイムはゆっくり、説明を始めた。
「僕の持つ剣は…持ち主を狂わせ、破滅を導くとされる、ガラバーニュと言う曰くつきの魔剣なんだ…」
「少し、聞きましたよ。……我らと戦っていたときは、そのような魔剣とは思えませんでしたがね…」
「そう…。でも…いよいよなのかもしれない」
 身に起こった事を思い返せば、背筋が凍るようだった。――分かった。分かっていた。重圧ではないそれが、何なのか。同質となろうとするのだ、まるで。それを受け入れない事が、むしろ苦痛。内より芽生え、広がろうとしている…。
「…それは覚悟で、洞窟の奥に封印されていた剣を取ったんだ。ガラバーニュの闇の力に呑まれるようなことがあれば…僕は…初代雷光の騎士のように、自害して剣を封印するつもりだよ」
 沈黙は、先ほどより短くなったと思う。彼はその中で、疑問を言ってきた。
「……。なら、何故私に?」
 それも言わなければならない。ただ、感じたことだったが、大事なことだった。もしかすると、世界の運命を左右するかもしれない事だ。
「これはね、ただの予感だよ…。けれど、言っておくよ…」
 リイムは一旦、息を呑む。思わず視線が下がりかけたが、修正した。
「でも……そうなる前に、終わらないかもしれないって、ふと思ったんだ…。自分の意識が変わっていっても、まだ戦わないといけないかもしれない。終わったときに、僕に自害できるほどの自我が残っているのか…。少しだけね、それが不安なんだ」
「つまり…私に、あなたが万が一魔剣に呑まれたとき、破滅を止めるために、あなたを手にかけろと…そう言うのですね?」
 念を押すためだろうか、蒼月ははっきり口にした。しかし、彼の言うことで合っている。
「こんな勝手なお願いは…やっぱり駄目かな…?」
 蒼月は前を向いた。前を向いて言った。それが彼なりの配慮らしかった。そして、姿勢だ。
「……。分かりました…あなたが…私にこうやって頼むのであれば…聞き入れましょう」
「ありがとう…蒼月」
「まだ…あなたを殺すとは決まっていません。それに、あなたが…言うように、ガラバーニュに呑まれてしまうかも、ですよ…」
「…ありがとう」
 その後彼は、振り返ることなく、無言で静かに去っていった。音すら立てずに、蒼い姿は夜へと消え去った。
 
<次へ>

 
<つぶやき…>

※この章も、ちと長いので、分けて上げさせていただきます。一回目は1〜4までです。(02年4月12日)

■1より

巨大な竜巻
スーパー竜巻パニックを思い出してくださいませ(笑)。いや、あれは凄かったですよねぇ。死にますって。
ふつう、竜巻に飛ばされて落ちたりすれば、いいとこ骨折はするでしょう。前に、奇跡的に無傷ですんだ人がいたとか…あったような気がしましたが、現実で…。

■2より

丸と、それを支えるような線、斜め下方、左右ともに突き出た線で成っている。
わかんねーよ的説明。じ、実物をご覧ください…。

■3はノーコメント。

■4より

タイフーン地方の大半は、主に草原が広がった平野
ええ、ゲーム中はそうでもないところだったかと(苦笑)。でも、私的には、やや乾燥帯って感じで…なんていうか…モンゴル的イメージがあるんですけど。ゆーぼくみーん。

そこに住む者等は、ある程度竜巻の動きを予測できるという。
そうでも書かないと、あんなところに住む方々の心境が知れません。
ゲーム中ではどうでもよくても、小説となると結構理屈って、重要な要素のひとつなんですよね。だから理不尽なリトマスは、あれこれと考えさせられるんですよね…へえ。


※ニ回目は5だけ。でもひとつで長いわけです。(02年4月18日)

■5より

だって俺、幸せ振りまく精霊だもん!
どうしてこんな奴になってしまったのでしょう。私ってば、変なのしか作れない…。

突進したが、彼はあえなく剣を叩き落された。
リチャード陛下の「うわーいたい!」並の弱さですね(苦笑)

あなたは…人の血も引いているのですね
私の中では、スカッシュはハーフで決定しております。拾われの実子じゃないってのは、なんだか私的に合わないような気がしますし…。どこぞから頼んで養子縁組など、まさかしないでしょうし(笑)
人間のライムをゲザは気に入った模様ですから、例えば過去に似たような事があったとしても、不自然ではないかと。

俺だっていい年だしっ!
人間と同様に数えると、53歳です(苦笑)


※三回目は残り。事情により遅くなりました。こういうところは、ぱっと上げたいものでしたが(02年5月3日)

■6より

トランプ
完全に消え去った事になりました。ファンの方(いるのか?)すみません。
アンデッドも、微塵になっちゃったらさすがに二度目の死亡(?)です。一部が無くなったぐらいなら、上から落ちてきたり、どこぞから持ってきたりも出来るかもしれませんが(苦笑)

蒼月
私的に、彼は忍者というより忍術を会得した暗殺者であります。だからああです(?)

■7より

大体なんだ!? そのしゃべり方は…!?
なんかここら辺のせいで、シリアス度-23。…もーお分かりでしょう?色々。

■8よりは…特に。まぁ、夜のシーンはたぶん最も得意です。というか好きなんでしょうかね。



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