決意
<1>
「リイム…!」
勇者軍が帰還し、城門を潜って王城へ入るなり、向こうからライムが駆けて来た。報告を聞いて、すぐに出てきたのだろう。それが普通ではなく、さらに憂いをおびた表情で来るのだから、彼等は少なからず怪訝に思った。何か、あったのかと。
「…ライム姫? ただいま戻りました」
「リイム…お身体の具合はいかがですか?」
ライムは呼吸を乱しながら、秀麗な眉目をひそめて、突飛にそう聞いてきた。リイムは一瞬、面食らった。表情よりも、内心に。
「…ライム姫。いきなりどうされたのですか」
「リイム…」
ライムは答えない。ただ、ますます顔を曇らせるのみだった。リイムはあえて聞こうとせず、静かに告げた。
「…ライム姫。僕達は王様のもとへ、報告に行ってまいりますので」
「それからは…?」
「またすぐに、発つと思います」
「――だめっ!」
強く放った後――その後の彼女の行動に、リイムは今度こそ本当に面食らった。
「お……」
傍らのモーモーの口がぽっかり開く。タムタムは声にも出来ず、口元を押さえていた。
「ラ、ライム姫…?」
ライムが胸の内にいる。目と鼻の間に、彼女の顔があるのだ。そしてその瞳が、今にも泣き出しそうな眼差しで訴える。
「行かないで下さい…。お願いです…行かないで……!」
彼女の瞳に見つめられて、リイムはしばらく動けなかったが。
「ライム姫…」
ライムの肩を持って、そっと彼女の身体を離した。
「あっ、すみません……でも、私…」
とたん自分の起こした行動に気づき、ためらいがちに謝ってきたライムに、リイムは優しく微笑した。
「ライム姫、お気づかいありがとうございます。…でも、僕はライナークのために、戦わなければなりません。それは、この国を守りたい、僕の意志です…」
「……」
彼女は眼差しはそのままに、しかし黙った。その沈黙は迫る時に、すぐ破られたが。
「リイム殿…!」
ライムがやって来た城内の向こうから、アラビアの声。リイムはそちらを見やる。
「アラビア…。ラムフェリアさん…」
「お、俺がなぜないのー!? つんぼさじきー!?」
ミラクルが一人抗議の声を上げたが、誰もさすがに構わなかった。
ライムの様子を窺うと、僅かに表情を変えて、まずラムフェリアが静かに言った。
「リイムさん。…実はあなた達がいない間に…色々ありました。ですがこれは、私達しか知らないことです。…城の方々も…王もご存知無きこと。報告が済みましたら、その後でお話ししたいと思います。それと…今回出るときは私も、一緒に行かせてください」
一度に用件を言い終えた彼女に、リイムは様々なことを言及しなかった。何となく、彼は分かっていた。分かるような気がした。理由は後に分かると。頷く。
「分かりました…」
「リイム殿…。勝手を言って申し訳なかったでおじゃるが…今度はアラビアもいくでごじゃる…」
あまり顔を上げずに言ってきたアラビアにも、彼は頷いた。
「…うん」
「あっ! じゃ、じゃあ俺も行こうかなーなんてーっ!?」
ミラクルが慌てて葉っぱを揺らす。さらに跳ねる。
「では、後で…」
リイムがラムフェリア達に言うと、必死な返事が返ってきた。
「――おおっ! 後でなっ!!!」
それからリーダーのリイムを先頭に、無言の勇者軍はリチャードのもとへ向かった。彼女達の思う視線を、後にする。錯綜は、そこまでだった。
数日前まで、城の会議室は自由に開放されていなかった。約半年の間を置いて、ここ最近また、使用されている。ライナークの各地で魔物騒ぎがあったので、その対策を立てたために、開かれたのだ。
普段の政は、王の間こと謁見の間で執り行われる。この会議室というのは、状況が深刻、あるいは深刻化が予想される、普通ではない場合に使用された。大体が、事態が大掛かりか、戦いに関する話し合いをするためになる。そこそこ広い一室であり、壁にはライナーク王国の立派な版図の地図があった。大きな長方形の机を囲む、椅子の数も多い。今、使用されている椅子は二つのみだが。一番奥の、二つ。
彼女がここを話しの場に選んだ特別な理由は、あるようで無いのだろう。あえて言えば、近かった、まあ、入りやすかった。とりあえず静か。その程度だろう。あてがわれた客室は、ここより謁見の間から遠い。
リイムは報告を終えた後、その間の前でモーモー達と一旦別れて、ラムフェリア達とこちらへ来た。別れた彼等の方には、次の出発の準備を頼んでいる。
椅子に座り、立ったままのアラビアを一瞥した後、リイムはラムフェリアに視線を向けた。改まった話しになるだろうとは、思っていた。
「ラムフェリアさん。じゃあ…話しを…」
そう切り出したとき、何か城内の騒ぎが聞こえて、言葉を止める。入り口の方を見た。
聞き覚えのある、女性の声が聞こえた。かなりごたごたとしていて、激しく言い争っているようだ。もう一方は男性。しかも王、リチャードのものだった。その他、複数の男女の声も聞こえてくる。
リイムは腰を上げかけた。ラムフェリアも立ちあがった。
「ライム姫…? 何だろう…」
何事かと思いつぶやくと、そこで喚きながら入ってくるミラクル。彼は机の上に乗り、その上をぴょんぴょん駆けて、リイム達の前まで来る。激しく、やたらに頭を揺らした。
「わぁぁぁっ!!! 姫様がぁ……姫様がとうとう、部屋に軟禁されちまったよぉ!」
それに、リイムは完全に腰を上げた。
「――なんだって? ミラクル。一体どういうことなんだ?」
「姫様が王様にさ…自分もリイム達と一緒に行くって! …それで、王様がお叱りになっても姫様は行くって言い張ったら…とうとう……。うえぇ…」
わなないて、ミラクルは消沈した。リイムは彼を見て、しばし黙考した後、眉をひそめているラムフェリアへ向かい合った。
理解する。これはきっと、関係あるのだろうと。
「ラムフェリアさん…。一体僕達がいない間に何が…」
彼女も思っていたらしく、間を置いた後。立ったままで、まず端的に言った。
「…。ゲザガインと、スカッシュが来きました」
「ゲザガインとスカッシュが!?」
「ですが幸い、大事に至ることはありませんでした。ライム姫はゲザガインに強く押さえ込まれたせいで少々痣が出来ていましたが、私が癒しておきました」
リイムは一旦安心したが、すぐ訝った。戻ってきたときの、城の様子である。少々緊迫が感じられたが、それは方々の魔物騒ぎの影響だ。リチャードからも特に、それ以外の事を聞かされていない。彼女達しか知らないというのは、事実らしい。
「…その程度で済んだのですか? お城に被害は…出ていないようですが」
「ええ、どちらも単独で…直接来ましたから。先にゲザガインが来てライム姫を人質に取ったのですが、その途中でスカッシュが割りこんできました。お陰で…偶然とはいえ私も助かりましたが」
ミラクルが顔を出して割り込む。
「おおっ。あんときゃびっくりしたぜ! 何から何まで突然だったぞ! あのゲザガインっつー奴が姫様捕まえるわ、スカッシュって野郎が突然ゲザガインに切りかかるわで…。あ〜…つまり、俺なんていまだに、何なんだあいつら〜!?って感じだぞ。そうだ、あんな突拍子もないことは止めて欲しいと思うわけだがっ!」
「え? ゲザガインとスカッシュは…対立していたって事ですか?」
リイムはラムフェリアに聞いたのだが、すかさず横が、
「おおっ! ぜってー仲わりぃよあいつら! 物騒なことも言ってたしよぉ。ありゃあ…そうだ、道でばったり出会ったら、すぐさまほっぺたビンタの応酬が見られるぐらいのむぐ」
差し出されたラムフェリアの手に、口を止められる。
「そうですね。剣呑な雰囲気が窺えましたが…」
「そう…ですか。それから、ゲザガインとスカッシュは?」
「――はっ。あのゲザ野郎は、何かうるさく喚いて消えちまったよ! んで、スカ野郎はラムフェリアさんが……えっと、あ〜よくその辺おぼえてねえんだが…。たぶんシッシッって追っ払ってくれたぞっ! だからとりあえず、みな無事だったわけだリイム! うわーでも姫様がぁ…あぁ…」
ラムフェリアがすぐ手を離したものだから、またミラクルがしゃべったのだが。一人で言って、見る見るしおしおになってしまった。
リイムはとりあえず彼の事は置いて、ラムフェリアに尋ねた。城内に入った直後の事、そして、先ほどの出来事――。
「あのライム姫のご様子は、ただ、ゲザガイン達が来たからとは思えませんが…」
彼女はライムの身を思ったのか、僅か視線を落として、それから頷いた。
「ええ…。ライム姫のあの態度は、襲われた事によるものではありません。ライム姫は、ひどくショックを受けたのですよ。…ゲザガインが、あなたがガラバーニュに呑まれると、そう言ったことに」
「……。そうだったんですか…僕が…ガラバーニュに…」
リイムが視線を外して沈黙した後、ラムフェリアは唐突に言った。彼を見て。
「…恐ろしいですか?」
「え?」
顔を上げれば、彼女は真剣に聞いているのだと分かる。
「ガラバーニュに呑まれることが…あなたは恐ろしいですか?」
「僕は…」
視線を逸らさずに、しかし彼は断言した。
「僕は…恐ろしいです」
ラムフェリアは視線も表情も、変えることなく続けた。
「あなたは、自分を信じているのでは…ないのですか?」
「…信じています。だから剣を取りました。けど、もし…もしもガラバーニュに呑まれてしまったら…僕は皆を殺してしまうことになる。…共に戦ってきた大好きなみんなも、守ってきたライナークのみんなも、王様やライム姫も…この手で全て壊してしまうかもしれない。…恐ろしいです。そのことが…恐ろしいんです」
「…呑まれない方法は、心得ているはずでしょう?」
「はい…。初代ライナーク国王は…初代雷光の騎士は、自ら命を断って、ガラバーニュを封印したと聞いています。僕がガラバーニュに呑まれる前に命を断てば、事無きをえます。でも…」
「でも…?」
変わらぬままの彼女に、リイムは胸中を全て告げた。
「今度の戦いは…それを許さないような気がするんです。僕の心が徐々に変調をきたしていっても…戦いはまだ、終わらないような気が…するんです。もちろん僕は、全ての力を注いで、ガラバーニュの呪いに抗い続けるつもりです。でも、戦いが終わったときに…果たして僕は、自分を殺せるほど自我が残っているのか。…情けないですけど、そのことが少し心配なんです」
最後に、微苦笑した。授かったものに対して、自身の心。そう、させた。
「僕は、雷光の騎士の名に、相応しくないかもしれませんね…」
ラムフェリアは静かに首を振った。リイムを見る眼差しは、穏やかだった。
「いいえ。あなたは紛れもなく雷光の騎士ですよ…。あなたならきっと、戦いを終えることができます。…でも」
彼女の眼差しは、そこで厳しくなった。
「…いいですか? あなたがいなくなれば、多くの方が悲しみます。あなたは負けてはなりません。あなたは死んではなりません。生きて、皆さんのもとへ戻っていただきます」
言葉の強さに。眼差しの強さに、リイムは少し驚いて口にした。
「ラムフェリアさん……?」
彼女はまた、唐突に告げた。
「ゲザガインとスカッシュの目的は、私でした」
「えっ?」
「彼等は、私の持っている力を狙ったのですよ。ゲザガインはその力を消し去るため…スカッシュは、その力を手に入れるために、私達の…いえ、私の前へ現れたのです」
「あなたが持つ力…?」
「私の持つ力は…来たる最後の時に、私が解放します。因果を断ち切るために、古よりの決着を今度こそ着けるために…私は再びこの地へ来たのですから…」
そこまで彼女が淡々と言うと、今までずっと黙っていたアラビアが、わたわたとした。
「ら、ラムフェリア殿! しかしその力はゲザガインによって…」
「アラビア。私は力を失ってなどいませんよ」
「で、でもあのとき…」
言葉を濁しながら、アラビアは黙りこんだ。頭が重いように、彼は面を下げた。
リイムは、その彼のほうを見ながら、何気なく聞いてみた。
「ラムフェリアさん。あなたは…アラビアのことを知っていますか?」
「ええ…よく」
首肯と、不思議そうに上がる顔。リイムはまた、ラムフェリアに視線を向けた。
「リイム殿…?」
「アラビアは…ガラバーニュの魔人なんですね? アラビアの…アラビアと名前をつけたのは、初代雷光の騎士…」
アラビアはとたんギョッとして、目を見開いた。
「リイム殿!? な…何でそんなこと知っているでおじゃるか!?」
度を失い、ひどく狼狽する彼は別に、ラムフェリアは静かに肯定を繰り返した。その一言で、何もかもを語るように。
「その通りです…」
「そんなことを知っているあなたは…いや、ゲザガインやスカッシュにまで狙われたあなたは…一体何者ですか?」
問いに対する答えは、少々間があった。だが、リイムは答えてくれると思っていた。時はそこまで、来ているのだと思ったから。
そして彼女は、それに応じた。
「私は…初代ライナーク国王…初代雷光の騎士の、妻です」
「……」
「驚かれませんね?」
ラムフェリアはそう言ったが、反面、当然と――別にそれが不思議とは、思わなかったようだった。しかし、過剰に反応した者はいたが。しなびていても、聞いていたらしい。
「――うええええー!? まじいぃぃっ!?」
ミラクルが、ピンとなって復活した。大きな口を開けて、頭を振る。
「名前が同じって、同一人物だったのかあああっ!? そそそそ、そーいえばなんかあんときスカ野郎がなんたら意味不明なこと言ってたよーな気もしたがとにかくそれはいーとしてもそれがほんとーだとしたらこりゃまた一体どうなってんだかあああっ!? うわああああ!!!」
一人が猛烈に騒ぎ立てるそこで、リイムはひどく平静なまま、ポツリとつぶやいた。
「ガラバーニュ…」
揺れが、急速に止まる。
「――うわあああ…あ…? ガラバーニュって…お前の持ってる剣だろ…なんか危ない…」
リイムは彼に、頷いたわけではなかったが。だが、彼にでもあるし、自分自身にでもあった、それは。
「何となく、分かります。ガラバーニュにも、関係があるんですね。今起こっている事は…。あなたも…あのゲザガインも、スカッシュさえも…」
ミラクルはいまだ焦った表情で、次々と周りの顔色を窺った。
「え、え…そ、そうなんか…? そうなんか? そうなんスかっ?」
「…リイム殿! アラビアは――アラビアは本当は…」
思い詰めた。アラビアはもはや感極まった様子で、堪えかねた面持ちで言い出したが、リイムはそれに首を振り、制した。
「アラビア。何も言わなくていいよ。…言わなくて、いいんだ。君は剣の魔人だよ。宿った剣を守護し、その剣を得た主と共に戦う、剣の魔人なんだから」
情けなく口を開きかけた彼に、普通の、普段の穏やかな眼差しを向けた。
「り、リイム殿…」
「リイムさん。私は…」
アラビアが口を閉ざした後、次はラムフェリアが口を開きかけたが、リイムはそれも同様に制した。
「ラムフェリアさんも…今は後にしましょう。今は…最後の精霊、ノームのところへ…」
色々な説明も理由も、彼にはこれ以上要らないのだと、彼女は悟った。彼の心は、一つだから。揺るぎ無いものと確信して、同意した。
「そうですか…。そうですね…そこで、全て分かるはずです。役者が、揃うでしょうから…。そこで、終結を迎えるでしょう。でも決して、諦めてはなりませんよ…」
リイムはしっかり、頷いた。
「はい…。もちろんです」
「――リイム! 準備が整ったぜ! …って、まだ話しは終わってないモー?」
タイミングよく、モーモーが入ってきた。入り口に立ち、中の様子を窺いつつ尋ねてきた彼に、リイムは告げた。
「いや、ちょうど済んだところだよ。すぐ出発しよう」
その前へ、ラムフェリアは進み出た。
「リイムさん。…私は、これからライム姫に面会してきます」
「え…。でもライム姫は、今は王様の命で…」
「そうですが、私ならおそらく大丈夫でしょう。リイムさん…あなたは、さすがに駄目でしょうけれど…」
複雑な視線を彼女は送った。
こと、その点に関しては、彼が真の意味を理解しているかは不明だ。しかし、でしゃばって言うべき事ではない。
ミラクルが声を張り上げた。
「あの…お、俺も! 俺も姫様に会うっ! 姫様かわいそーだし! 俺も一緒にー!」
「そうですね。あなたもたぶん大丈夫でしょうね。…リイムさん達は、先に行ってください。私達は、後で追いつきますから」
「はい…。ライム姫に…心配ありませんと、伝えてください」
リイムの真っ直ぐな眼差しに、ラムフェリアは微かにだけ頷いた。
「ええ…」
部屋に鍵自体はかけられていなかった。それでも、そこから出る事は叶わないのだと分かっていたから、彼女はベッドに腰を降ろし、俯いて顔を押さえているだけだった。
自室ではなく、二階の一室だった。ドアを開けた両側には、父親の命で見張る、兵士がいるだろう。少なくとも今日一日は、出してはもらえない。それだけの事を自分は言ったし、こうなってしまう事も――予測出来た…予想していた。だから。こうして座っているだけだ。しかし言われたように頭を冷やす事など、どうして出来るだろうか。
ライムは何もかも出来ない自分に、嫌気がさした。そもそも常日頃の事だったが、こうして直面すると嘆く事すら出来ないのだから、頭にくることもなければ、泣くことすら出来ない。境遇を呪う事も出来ない。託つなど、どうして出来よう。自分はどうしようもなく、王女なのだ。
震える事すらなく、座っていた。顔を伏して。部屋の中はずっと静かだった。しかし、突然予想外にドアが開いたので、彼女は顔を上げた。
「ラムフェリアさん…ミラクルさんも…」
閉所に来訪してきたのは、その二人だった。父親か――もしかするとリイムかもしれないと、ほんの一瞬思った考えは、彼女自らの声に打ち消された。
ドアは閉められ。ラムフェリアはゆっくり奥まで入ってくると、目を細めて言った。
「ライム姫…。少々、過ぎましたわね。王に、リイムさんと一緒に行きたいだなんて…」
「……」
責めるようでもあり、哀れむようでもあり、それに返す言葉など無かった。
ミラクルは顔を上げて――見え見えの困りきった顔を上げて、葉っぱをばたばた動かした。
「ひめさま〜…ほら、あぶないんだぜ…。その、危ないし、危ないから、危ないわけで…心配かけちゃ、さすがにマズイと思うわけで…なんか、心配…。そう、みんな心配だから姫様のことを思ってだ…決してイジワルしてるわけじゃあなくて、ひとりじめとかそんなことでもなくて、その心配に勝るものは無しって感じだから…。…ううむ、姫様を大事に思っているからして、これはその…気持ちなんだ…! みんな、姫様が好きなんだよっ。つまるところはなっ?」
「私は…」
ライムは伏し目がちで言葉に出したが、ラムフェリアの厳然たる口調によって阻まれた。
「危険と分かりきっているのですよ、彼等の向かうところは。それにあなたは、ライナークの第一王位継承権をもつ第一王女です。やんごとない身なのです。もしあなたに何かあれば…」
それを聞いて、ライムは顔を上げた。彼女自身ビックリするほど、言葉に力が入った。
「分かって…います。それはよく分かっています。小さい頃から、よく分かっています! 私の命は私一人だけのものではなく、国を愛する国民のものでもあるのだと…。私が無事なことが、王家を…ひいては王国を守ることでもあるのだと…承知しています! 私を心配することは…国を心配することでもあるのだと…。でも…私は…でも私は、リイムの事が心配なのです! 皆さんが私を心配してくれるように、私も皆さんを…人を心配してはいけないのですか? 私は国ではなく、一人の女と別に変わらないのです。心配します…とても、心配なのです…!」
そこまで言って、再び顔を伏せると、溜息が聞こえた。
「だから、一緒に行きたいと…? 心配なだけで…心配するだけで、彼と共に行って、あなたはどうすると言うのですか? あなたに…何が出来るのですか? あなたが何もできなければ、あなたは足手まといにしかなりません。そのせいで最悪、彼が命を落とすことにでもなれば…どうしますか?」
「……」
分かりきっている。
「ラムフェリアさん、きついぜ…!」
ミラクルがすぐさま言った。
「そんなことなぁ…そんなこと、姫様だってわかってるよぉ。乙女心なんだよぉ…しかたないじゃんか…! 理屈で何でも、物事はわりきれねえじゃんよぉ…」
力押しされてでは、無い。ライムは自力でベッドから立ちあがった。目線を対等に合わせるために。
「私は、彼に助けられてばかりでした…。そうです…私は彼の力にはなれません。ずっと、待っていました…。私に出来ることと言えば…前にも言った通り、彼の無事を祈ることだけです。私はいつも、彼が来るのを…彼が戻ってくるのを…待つだけでした。でも私は…行きたいのです、彼のもとへ。だから、待つばかりはもう嫌です…。今度は、今度は行きたいのです!」
前の閉じられた瞳に、再度の溜息。開いた後の彼女は少し、呆れたような気もした。
「ふう…。私の問いの答えには、全くなっていませんね。いや…答え自体になりませんね。…祈る事しか出来ないから、ずっと無事を待つだけはもう嫌で、今度は自分が彼の側に行きたい…ですか」
「……」
返されて確かにそうだと、ライムは思った。でもそれが、めちゃくちゃであっても本心なのだから、仕方が無い。
ラムフェリアはやや困ったような顔で、尋ねてきた。
「彼のことが、信じられませんか…?」
ライムは首を横に振る。
「私はいつも、彼のことを信じています。ずっと…です。でも…」
「ええ…それとこれとは、別なのですよね」
頷くと、彼女はニッコリ笑った。ミラクルは雰囲気が和らいだ事を感じて、それを保とうと思ったのか、頷くように何度も頭を揺らした。
「そ、そうそうそう! 別なんだよな〜。うん、分かるじゃんラムフェリアさん!」
「それは、分かりますよ…よく。だからミラクルさん。あなたも一緒に考えてくださいね?」
彼女の発言に、彼は一瞬ほど止まった。どうも理解が追いつかなかったらしい。ひどく抜けた声。
「は、はやあ?」
「どうしたら、こっそり、穏便にライム姫を連れ出せるかしら…」
「はい〜?」
ラムフェリアのつぶやきに、あんぐり大口が開いた。
「…ラムフェリアさん!」
ライムが声のトーンを上げると、ラムフェリアは微笑を湛えながら告げた。
「…ライム姫。言い忘れていましたから、言っておきますよ。リイムさんから言付かりました。心配ありませんと…」
首を少し傾げながら、ライムは苦笑した。
「必ず、無事に戻ってくるから、待っていてくださいと…言ってくださればよろしいのに…」
「そうですよね。あの勇者殿は、その点の細やかな配慮というものを、まだまだ気づかれないのですから…」
「あ、あの…」
二人が話している間に、おずおずとミラクル。ラムフェリアは至って普通に、
「何か、良い案が浮かびましたか?」
微妙に引く身。
「いや、えっと…そうじゃなくてですね…。あの、良いのでしょうか…ねえ? その…ヤバイですしこりゃこりゃ」
普段はなべて脳天気を振りまき、周囲を巻きこむ彼だったが、今は彼女の放つ平然とした物腰と雰囲気に、ついてこられないようだった。
「あら…ミラクルさん、乙女心が分かるのでしょう?」
「は、はひ…そりゃその…。でも、それこそ、それとこれとは別問題というかなんというかなかなか…固いようで実は柔軟なお方なのだとおっかなびっくり…も、し」
「…あなたの大好きなライム姫が、こうも頼んでいるのですよ?」
ライムはすかさず、両手を合わせて頼みこんだ。
「ミラクルさん…お願いです…。私は今度こそは…いえ、今度は行かないといけないのです…。そんな気がするのです…」
さすがの彼も返答に間を置いた。しかし、かなりやけっぱちな様子で頭を振った。
「…う。わ、わーったっ。わーったよ! 俺はどうせ姫様に拾われたような身だ! 俺が道中、姫様を守やらあ! 姫様の願いとなりゃあ、牢獄行きでも水責めでも鞭打ちでも恐くないぞ! 俺はお花だ! だからって、こ、恐くないぞ! たとえ…たとえ好き嫌い占いの刑に処されても…!」
「悪いのは私です。わがままな私です。…もしあなた方を裁こうとするのなら、私はだまってはいませんから…」
ライムが静かにそう言った直後、ラムフェリアはすっと目を細めた。
「あなたは、年端のいかない子供ではなく…既に分別のつく、国を背負うこととなる第一王女です。無事帰ってこられたとしても、お叱り程度では済みませんよ。当分は、城内もろくに歩かせてはもらえないかもしれません…」
「構いません。然るべき処遇と心得ています」
ためらいも無く頷くと、彼女は再び穏やかに微笑した。
「揺るぎ無いようですね。さて…どうしましょうか。ドアの向こうには兵士達がいますから…」
「その兵士の方々を、一時的にでも持ち場から離せないでしょうか…?」
ラムフェリアはたちまち柳眉をひそめた。そして聞いてきた。
「それは難しいのです。その後も、途中で誰かに見つかる可能性が高いですからね…。誰にも見つからないようにあなたを誘導するのは、至難ですね…。ここはお城ですから、隠してある抜け道ぐらい、ありませんか?」
ライムも、彼女同様の眉をひそめざるを得なかった。
ここは普段の部屋ではない。一通りの寝具や調度品は置いてあるが、使用される事が少ない、決まってはいないのだが、客室の予備だ。
「自室になら、あるのですが…。あいにく、ここは別の部屋で…。お父様も、私がその抜け道を使用してでも出るのではないかと…もしかしたら、考えたのかもしれません…」
ミラクルは違わぬ顔色で思案する彼女達の間で、一回跳ねた。
「姫様っ。あっちに窓があるから、窓からでりゃいーよ」
「ミラクルさん。ここはニ階ですよ…」
指摘すると、彼は実に得意げに、胸である茎を反らした。
「ははん♪ 俺は天下のサンフラワーだぜ? こう、にょきにょきにょき〜とだな…へへっ、下からのばしてやっからさ!」
伸びるように顔を突き出す彼に、ラムフェリアは納得したようだった。
「なるほど…あなた方の、植物を操る特技ですか」
「そう。ちなみに、後は逆に縮めてやっから、降りるときもあら安全! 俺って気配りいいねっ! で、まずは下見だ」
ミラクルは窓側まで跳ねて行って、窓際に立った。下を揺れながら窺っている。
「ふむうむ…ここは裏側みたいだし。ま、ちょいちょいとうまくやりゃあ、まずみつからねーよ」
振り返って告げ、戻ってくる彼に、ラムフェリアは軽く首肯した。
「そうと決まれば…一旦私達は部屋を出ましょう。巡回している兵士もいるでしょうから…見計らって動きます。ライム姫、あなたは大人しく待っていてくださいね」
「はい。その間に、書置きを書いておきます。何も残さず出れば…気づかれたときに、大変な騒ぎになるでしょうから…」
「いやぁ、書いても十分おおごとだと思うわ俺…。姫様って意外と…それに、ラムフェリアさんはかなりなぁ…」
今までとはまるで違うものでも見るかのように、彼は二人を見上げたが、
「なんですか?」
ラムフェリアに見下ろされて、慌てて頭を振った。
「はやや、なんでもないっスッ! ではこっそりいきましょうかー…ねえっ」
入ってきた、ドアに向かう彼。後は無言で続こうとするラムフェリアに、ライムは声をかけた。
「あの…ラムフェリアさん」
「…なんでしょうか?」
振り返る彼女。ひとつだけ、聞きたい事が最後にあった。ふと思えば…目的は?
「私のもとへ来られたのは、このため…だったのですか?」
「まさか…。あなたを危険な目に遇わせてしまうかもしれないのに…そんなことを考えてなど来ませんよ」
楚々と微笑する。
「では…何だったのですか?」
「もういいのですよ、それは。…こうなって、しまいましたからね」
ごく、ほろ苦い笑みだった。たぶん、自分に対するそれを浮かべて、彼女はしかし満足そうに言った。
<つぶやき…>
■1より
「お……」
お…(苦笑)。私がまあ、タムタムの相手が別人なので、どうにもこんな形になりつつあるのですねぇ、自然と。
う〜ん、前半タムタムが出ていたので、後半はライムが来て、結局良い待遇になったのがライムって感じですけどね。おかげで、タムタムは出番激減です。
■2より
お城に被害は…出ていないようですが
いや、良かったですねー。またお城が壊れなくて(苦笑)。…最初は、壊すつもりだったんですけどねー。変わりましてね。
■3より
ここはお城ですから、隠してある抜け道ぐらい、ありませんか?
普通、お城っていうと、隠し通路があって当然だと思うのですけれど…ライナーク王城には過去なかった模様ですね〜。でも、陛下が懲りて、一応城を直したときに作ったという設定に、今回しております(笑)
ではこっそりいきましょうかー…ねえっ
既に十分騒いでいる奴がおりますが…。外の兵士が見逃してくれたのか、それとも聞こえなかったのかは…どっちでもいいですが(をい)
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