変化の兆し
<1>
召集令がかかり、リイム達三人が再び謁見の間に入ったのは、たった二日後の正午まえだった。
急な呼び出しに加え、待っていたのは王リチャードと、老賢人の固い表情。事態が間違っても穏やかなものではないことは、誰の目にも明らかだった。
「…王様、何があったのですか?」
リイムが尋ねると、リチャードは一拍置き開口した。
「うむ…実は今朝ほどの報告にあったのじゃ。突然に、神殿らしきものが出現したとな…」
「神殿が…突然出現した…?」
「そうじゃ。今まで湖しかなかった場所に、突然そのような建造物が現れたと言うことじゃ。聞いたのは、近くの村から報告も兼ねた、その調査を早急に望む嘆願でな、子細はわからぬ。だが…教授」
リチャードはラドックを見る。合図だった。
「これを、まず見るのじゃ」
ラドックは言葉を引き継いで、置かれた台座から伏せてあった何かを取った。精緻な縁取りのある、それは鏡。彼等は皆、見覚えがあった。
「…精霊の鏡ですか?」
「うむ。よく見るのじゃ…鏡面を」
ラドックの言葉にリイム達がその鏡面を見てみれば、違いに気がついた。
「あれ…なんか、雲ってんのか?」
モーモーのそれに、ラドックは頷く。
「そうじゃ。今朝方、宝物殿に鏡を取りに行って気づいた」
銀色だったはずの鏡面は、まるで霧がかったかのように白濁していた。本来精霊界を映し出すそこは、現在何も映っていない。鏡元来の役割すらも果たさず、何も映らない。
「わしが慌てて報告しにこの間へくれば、ちょうど王が先ほど話された嘆願書を、読み上げておる最中でな…」
「…んで、それとこれと、何が関係あるんだモー?」
「――先ほど、湖に神殿が現れたとおっしゃいましたよね」
モーモーが疑問をあげた直後、タムタム。
「もしかして、教授…」
彼女の思考を読んで、ラドックは静かに頷いた。
「神殿が現れた湖とは、おととい話した…そこなのじゃよ」
「教授。それはウンディーネという、水の上位精霊がいるかもしれないと言っていた…湖なんですね?」
リイムも気づいて言った。ラドックが、鏡と上位精霊は何か関係がありそうだと――そう話していたことも思い出した。
「では、その現れた神殿は、ウンディーネの…?」
「わからん。じゃが、全く偶然の無関係とは…さすがに考え難いということじゃ…」
「じゃあよ、俺達が呼ばれたのはとにかく…そこに行ってこいって訳だよな?」
モーモーが言って、リチャードが答える。
「その通りじゃ。一体何が起こったのか…何が待ちうけておるのか分からぬが…。こんなことを頼めるのは、そなた達しかおらぬ。行ってくれるか?」
「はい。もちろんです」
リイムは即座に応答した。呼ばれた時点で、その心は既に決まっている。
「済まぬな。艱苦ばかり押しつけるが…」
「いいって事よ、王様。今回もまあ、俺達に任せておけって!」
いつもの気安さでモーモー。あまり考えていないそれが、かえって、救いのような気がする。リチャードは表情を和らげ、微笑した。
「うむ。頼んだぞ。…くれぐれも気をつけてな」
「はい。お気遣いありがとうございます。準備が出来次第、急ぎ出発致します」
「では、わしはこれから文献の解読を急ぎ進める。お前さん方が戻ってくる頃には、何か鏡や上位精霊のことについて、わかるかもしれん」
ラドックの謹慎も、勇者軍の休暇も、その時点で終わりを告げた。
彼等は忙しく、動き始める。
「あー。今日も良い天気だなぁ…お水が気持ち良いねぇ。ごくらくごくらくぅ…りょ?」
今日も、王宮の庭園は穏やかな陽光に包まれていた。変わってはいない。咲き誇る花々と青々とした木々、そして揺れるサンフラワーは。
「…?」
やはり太陽に向けて顔を振っていたミラクルは、頭上の雨が止んだ事に振り向いた。
見れば、彼に恵みをもたらすはずのジョウロの口は、自らの上にあるのではなく、目の下に下がっている。これでは水が振りかかるはずもない。
そのジョウロに繋がる白い手を伝って、彼は顔を上げた。
「…姫様?」
後ろにいて水を優しく与えてくれる彼女は、彼にとってまさしく、天使のような人であった。しかし、今日は様子がおかしい事に気がついた。美しい顔が浮かない顔となり、視線はぼんやり前に向けられたまま。まるで心、ここにあらずといった様子に見える。
「…もっしもし? もし、もし、もし? はいはい俺は、おっ花さん〜♪」
「……」
反応が無い。自分の存在が、いよいよ彼女の中から消えていると確信した彼は、葉っぱをばたつかせながら叫んだ。
「ひーめーさーまぁーっ!」
「…? どうしたのですか、ミラクルさん。突然大声をあげて…」
ライム姫は戻ってきたようだった。そして、不思議そうな顔を向ける。
「した。下、見てみ。んで…てぇ上げてな」
ミラクルの言った通りに下を見て、ライムはジョウロに繋がる手を上げて、その軽さに気づいた。
「…あ。もう、水がありませんね…」
「んーそうだけども。たぶん、途中からみぃんな、下に流れちまってたぜ」
「あ…そうなのですか? すみません。また汲んできますね…」
「――いや、いいよ」
ライムが歩き出そうとした矢先を制して、ミラクルは言った。いつものように、笑いながらだが。
「…どした、姫様?」
「えっ?」
ミラクルは揺れてしかもふらふら回りながら、
「悲しいなぁー俺。姫様の心は遠いところにいっちゃってるもん。…どこに行ってるかも、な〜んとなく分かるけどな〜。だって俺お花だし。だから、お花に話してみない? ちったあすっきりすっかもよ?」
ぴたり、止まる。ライムは彼に微笑して聞いた。
「…私、変ですか?」
「いんや。姫様はいっつもきれいだな。俺が蝶になったら姫様に止まるー。…でも今日は、花が閉じちまってらーなぁ」
「……」
「分かってるぜ俺はさー。姫様の心は、同じお空の下の、一行のもとに行ってんな?」
ライムは答える変わりに、再びやわらかに微笑んだ。そして、言った。
「何か、不安なのです。別に何かあったわけではありませんけど…何か、不安がするのです…」
「あいつらはなんつっても、勇者さまさまだぜー? ちっとやそっとじゃもちろん、転ばそうたってぇ、簡単にゃぁいかねーだろ。…そりゃあ姫様が、一番よくわかってんじゃねーのか?」
その返答に、ライムは空を仰ぎ見た。近頃は変わらず、天気の良い空模様なのだが。
「そうですね。そうですけど…最近妙に落ち着かないのです。あの人は戻ってくるに決まっているのに…。どうしてか、不安が生ずるのです…」
それから俯くライム。胸元に手をやった。
ミラクルは笑顔を止めたが、やがて再び笑い出した。何か何度も頷きながら、
「…うん。うんうん…わーった! 姫様の頼みということで、俺が一肌ぬいでやろー!」
「えっ?」
「姫様が心配でたまんないなら、俺がひとつ行って、あいつらを助けてやろう! と言うわけだよ! わはははははっ!」
高らかに笑う彼。
突拍子の事に驚いているライムの前で、その花は飛び出す用意――後ろに反った。
「んじゃま、姫様! さっそく行って…」
「待って、ミラクルさん!」
「ありがとー姫様! かっこいー俺! じゃっ!」
勘違いしているミラクルは、ライムの方を見たまま、低空飛行に移行した。
「――ぎゃんっ!!!」
直後に、そこにいたゴーレムにぶつかった。
さながら張り付いた後、剥がれるが如く、ミラクルは地に仰向けになって、パサッと倒れた。
「……」
静かに立つゴーレムを見ながら、ライムはつぶやいた。
「だから待ってと言ったのに…」
小さな溜息を聞くなり、ミラクルは立ちあがって目の前へ猛然と吼えた。
「くぉらミッキぃぃっ!!! 俺の前に立ち塞がるとは……砕け散るぞその体っ! そうだ、勢いがついてたら誰も俺を止められーんのに、なーんでお前はここにいるーぅ!? 俺のかっくいー勇姿が台無しにっ!」
「……」
「わかってんぞー!? お前は俺の見張りなんだろ! だが…誰も俺は止められーんのだっ! だから止めるな、止めてくれるなっ! 姫様のハートをがっちり掴む寸法がっ!」
「………」
ゴーレムは短い腕を振った。そして、前に僅か屈んで後ろを向くと、歩き出した。
「…。な…も、もしや……俺も行くってかぁ?」
唖然としてミラクルがミッキーの後姿を見ていると、後ろから声が聞こえた。
「…ありがとう」
ミラクルが振り向けば、彼女はミッキーを見ている具合。彼は少なからず衝撃を受けた。
「……あ、あの…申し上げますと、俺達川越えられる分、勇者軍より短いルートを進めますんで…た、たぶん、無駄足には…ならないかと…その、存ずる以上でありましてはい…」
ぎくしゃくと固くなったミラクルに、ライムは微笑んだ。
「…よろしくお願いします、ミラクルさん」
「――はーいっ! 行って来るぜ姫さまー!」
それで一気に勢いづいたミラクルは飛びだし、ミッキーの後を追った。
勇者軍が城を発って、三日後の出来事であった。
<つぶやき…>
■1より
こんなことを頼めるのは、そなた達しかおらぬ。
ライナークの王国騎士団は果たして役にたっているのでしょうか…? 1からすると存在はあるようですが…大体ゲーム中に出てこないので、その辺どうなってるのかさっぱりですね。
■2より
ミラクルは飛びだし、ミッキーの後を追った。
SFC版のサンフラワーなら恐るべき移動力ですが…。こやつはきっと2並です(苦笑)。出演させてるのは、主に2からですし。
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