闇に光芒そして満ちる

 闇。ただ闇。夜でも無く。黒でも無い。闇。一面の闇の中なのか…底なのか。
 彼等にそれの感覚はなかった。足元は無い。そこは闇だから。頭上も無い。そこは闇だから。自分が逆さまに立っているのかも、分からないそこ。あるのはあくまで闇でしかなく、上下左右のどこも区別は無い。目の前は遥か先なのかもしれないし、手が届く位置かもしれない。だか決して掴めない。掴めるはずも無い。分かるはずも無い。闇に形は無い。
 そんな闇であるのに、それは闇よりもなお暗く見えた。
 巨大なシルエットが、彼等の側に確かに在る。はっきりとした姿は分からない。だが、確実にいるのだ。とてつもなく圧倒的な存在を感じるのだから。現に彼等は、それを見て動けなかった。
「我が懐へ来たりてなんとする…? 神が創りし剣を振るう脆弱な生き物よ…。小さき光放とうと、我が闇を裂けると思うのか…。お前の先にあるは無限、不滅の闇底ぞ…。おろかなる者達よ…闇の恐ろしさと安息を知らぬ者達よ…我が闇に染めてやろう…」
 それは微動もしなかった。叫んでもいない。動いてもいない。
 しかし、彼等は攻撃を受けた。音もない、見えもしない波動だったのか。闇そのものに縛られたのか。
「うわあああっ!!!」
「きゃあああっ!!!」
「うぎゃあああっ!!!」
 モーモー、タムタムが膝を折った。ミラクルはひどく悶えて後ろに倒れた。スカッシュは何とか立っている。リイムは歯を食いしばりながら、唯一、その闇の中で微細な光を放つガラバーニュを振り上げた。
「ガラバーニュ…! 光を! はああぁっ!」
 振り下ろし、闇の塊に光を撃つ。だがその光は、まるで張られた糸がぷつりと切れるように、絶える。届く前に、闇の中で消え去った。
「ガラバーニュの力が…!」
 邪神は笑いもしなかった。
「お前の小さき光など、我が闇を貫くことなどできぬ…。小さき人間よ…お前の光など我に届かぬことが分からぬか」
 リイムはそれでも、さらに光を放つ。それもまた、闇に消える。
「同様に…闇に消えよ。永久に、お前は闇となるがよい。闇は何者をも隔てない。何者を包みこむ。お前に永遠の安息を与えよう…。そして全ての世界も闇になる…全てが同じになるのだ…等しく。神々の作り上げたモノは、何一つ完全なモノがない…。形在る不平等な世界も存在も、ただ一つの闇になればよい…」
 再び、無音の攻撃が彼等を襲う。今度は悲鳴すら上げられない。圧迫し、浸透する闇の力に、全く抗う事は出来なかった。悶える事も叶わなかった。動けないままで、そこに何とか各個の存在があったというだけだった。
 リイムだけが、まだ立っていた。
「僕は…諦めない…っ! お前が言う、作り上げられた不平等な世界でも…そこには必死に生きているみんながいる! どれもたった一つしかない、大勢の命があるんだ…それぞれ違って何がいけないんだ…! 僕達は違っても、笑う事は出来る。泣く事も出来る…。戦う事もあるけれど…同様に生きているんだ! 僕はそのみんなを壊させない。失わせない……闇になんかさせない! だから僕は絶対負けない! 何度でも…何度でも光を放つ! お前の何も無い闇を払うまで、お前のただ存在する闇を貫くまで、何度でも…!」
 また、リイムは光を放った。再び闇に消え入るが、彼の側にモーモーが立っていた。
「リイム…こんな、何もわかっちゃいねえ…わけわからねえ奴には…負けられねえよな…!」
 光が再度撃ち出される。それもまた、消え入る。しかしリイムの側には、タムタムも立っていた。
「リイム…。私、みんなと一緒にいるのが好きよ…。悲しい事はあるけれど…楽しくて、嬉しくて…そんな、とびっきりじゃなくても、ちょっと笑いあえる時があるだけで、元気付けられるじゃない。そうしているのが好きなのよ…。闇になったら…そんなちっちゃな事だって無くなっちゃう…! みんなが持っている、ほんの小さな想いだって、無くなっちゃう…!」
 光はまた放たれる。また消える。今度はミラクルが、彼の側でギャーギャー喚いた。
「俺はよおぉぉっ、お花だから光が好きだぁああーっ! それでいいだろー!!! 大体そんなことだろー!!! お花も木も、暗いのは困るうぅぅっ!!! 誰にも文句は言わせねーぞっ!!! お前なんかお呼びじゃねーってわかんねのーかよっ! さては、脳みそまで無くて、闇なんだなっ!? だからこーんな単純な事もわかんねーんだなっ!?」
「――はあああっ!!!」
 再三の光。やはりそれも、闇に散る。
「無駄だ。何度やっても同じ事よ…。我にお前の…お前達の光は届かぬ」
 邪神は哀れむでもなし、ずっと変わらぬ語調で静かに言った。
 そこで、スカッシュが動く。彼は腕を突き出したようだが、特にそこで、何が起こったわけでもなかったが。それには邪神の声が、返るのみ。
「お前の力は我が力なり…。闇は闇。我が闇とお前の闇が違えることはなし…」
「くっ…」
「そして、我が闇を貫く光なし。さあ、全て我が闇に包まれよ…全て我が闇となれ」
 今度の邪神の攻撃は、一層激しかった。彼等は足で立つ事も出来ず、かといってくずおれることも出来ず、闇の中で最後を絞られるように、絶叫を上げた。
「うわああああ!!! …り、リイム!!!」
「きゃあああっ…! リイ…ム!」
「ぐわあああっ! 何とかしてくれーりいむーうがあああっ!」
 リイムは必死に耐えていた。邪神の攻撃で、そしてガラバーニュの苛む力で挟まれながらも、乾坤一擲の光を放とうとした。
「ガラバーニュっ…!」
 剣を持ち上げる。再び振りかぶろうとしたところで、スカッシュが突然、その刃の根元を右手で掴んだ。
「ガラバーニュ! 力を貸せ…!」
「スカッシュ…!?」
 驚くリイムの横で、彼は苦しみ出した。
 ガラバーニュによって、スカッシュはゲザガインやディンガズス同様、力に身を焼かれている。言葉を途切れさせながら、
「うう…俺の…力を…魂でも…いい…くれてやる! だから、一度でいい…力を…力を貸せ…!」
「スカッシュ! 何を!?」
「いいか…リイ…ム…ぐううっ…。奴を…取り巻く闇が深すぎて…お前の…ガラバーニュの光が…届かない。…だ…から…闇を抜ける光を生むんだ…ううっ! お前の力に…俺の奴と同様の…力をあわせれば……ガラバーニュを介せば…それができる…は…ず…ぐううううっ!!!」
 彼はそこまで言って、意識を保つためか、自らの唇を噛みきった。手は放さないが、前にくずれかかって、屈みこむ。
「スカッシュ!」
「はや…く…しろ…! わから…ないのかっ! おれが…も…た…ない…!」
 気にするリイムにひどくいらついて、それが苦しみに押されて声にはでないが、彼は怒鳴りつけた。
「……。――ガラバーニュ! 僕達に力を! 闇を貫く力を!」
 目を閉じ、リイムはガラバーニュを青眼に構える。そこで、二人の中に声が聞こえた。
『その願い、聞き入れた。放つがいい、最後の光を。闇にすら阻まれることの無い、強き意志そのものを』
 リイムは目を見開き、放つ。
「光よ…! 届けーーーっ!!!」
 闇の中でそれは、青白くも見える細い線に過ぎなかった。しかし、通ったのだ。闇の中をほんの一瞬、一直線に突き通った。
 直後、闇に、震えが生じた。たったの、ごく細い光が通っただけの闇の塊が、震えた。
「ば…ばかな…ッ!? よもや…わが…闇を通すなど…っ!!! オオオオオっ!!!」
「う…うわあああー!!!」
 邪神の揺らぎに、彼等は弾き飛ばされた。そしてその後に、光の点が現われる。どうにか見えた、小さかったそれだが、すぐに輝きを増していく。
「オオオオ…オオオ…光が……光がここに…!」
「邪神ヨグド…。今度こそ、光の中へ消えなさい。もはや、逃げることは叶いません」
 光の声だった。彼女の、声。光の増大は、一気に加速した。
「光が……闇に、満ちる!」
 リイムは眩しさに、手で目を覆った。モーモーも堪らず、同じ事をする。
「ま…まぶしいモー! 何も…何も見えなくなっちまう…!」
「うおおっ! めぇつむっても、白いって感じだっ! 色々すげー体験を俺はしているー!?」
 ミラクルは既に、先ほどの何もかもを忘れたように、はしゃいだ声を上げた。
 彼等は各個、ばらばらに吹き飛ばされたはずなのだが、互いの声は身近に聞こえる。不思議と、互いの存在も身近に感じた。姿こそは、全く見えないが。
 そこはもう、白光に溢れていた。
「…光が闇に満ち満ちて、その光が消え去るとき、全てが終わる。光により邪神は封印され、光の浄化によりその因果律は全て消滅する。…リイム、ガラバーニュによるお前への呪いは…消え去る」
 スカッシュがつぶやいた。光の声が続ける。
「そうです…。雷光の騎士リイムよ…あなたは滅亡の運命に打ち勝ったのです。邪神はもうすぐ、封印されます」
「ラムフェリアさん…?」
 リイムは彼女の名を呼んだが、どこを向けばよいのか分からない。光の中では、よく位置が分からない。いや、神々しい光を発するそのものが、彼女だという事は分かったのだが。
「……。もう、僅かです。言いたいことはありませんか…?」
 彼女は唐突にそう言ってきた。ミラクルが怪訝そうに尋ねる。
「…誰に言ってるんだよぉ、ラムフェリアさん? あ、俺ならいっぱいあるけどなー! いっぱいあって、何を言ったらいいかわかんねーけどなー!」
「…無いな」
 ポツリと、スカッシュ。おそらく言葉に答えたのだろうが、リイム達には意味が分からず、疑問の声を上げた。
「え…?」
「それは…どういう意味なの…?」
 彼は彼等に答えなかった。
「良いのですか? 言わなくても…。後で恨まれても、知りませんよ…」
「何を今さら……俺が何だと思ってるんだ…」
 ラムフェリアの声には、スカッシュは物憂げに答えた。横を向いていそうだ。
「本当に、良いのですね…?」
「…くどい」
「そうですか…」
 スカッシュがあくまで、彼女の確認するような言葉を撥ね付けると、ラムフェリアは諦めたようだった。
「分かりました。ならば私は、何も言わないほうがいいですね…」
 二人のやり取りに、タムタムとミラクルが声を上げる。
「なに…なんなの? 気になるじゃない…」
「そうだっ! 何か言ったからには、ヒントだけでも言うもんだっ!」
 そこで話し始めたのは、聞きなれない声。リイムは知っていて、スカッシュは先ほど聞いた声だった。それがアラビアの声であるのは、話しを聞くうちに、知らない者も悟った。
 そして、リイムはそこでやっと、ガラバーニュが手元に無い事に気づいた。
『リイムよ…私は邪神により生み出され、神剣ガラバーニュに寄生した魔物…。魔剣ガラバーニュはもはや私であり、私は魔剣ガラバーニュと共にある。神々は知りながらも、この危険な剣の浄化を真っ先に行わなかったのは、訳がある…。力を失った神々は、新たな剣…剣でなくともよいが、邪心に対抗する武器を作ることなどできなかったのだ。この剣を、頼るほかなかったのだ。なぜなら…魔剣の浄化とはすなわち、私と一体化した剣そのものを、消失させることになるからだ…』
「えっ!? じゃあ…光の浄化によって…アラビアは…魔剣ガラバーニュごと消える!?」
 リイムが驚いて口にすると、モーモーが怒鳴るように叫んだ。
「なんだよそれ!!!」
『…気にすることは無い。私は過去…友を死に追いやった呪いの魔物。友は私に…こんな使われない剣にいても退屈だろうから、出ろと…フフ、強引なことを言ったが…。今度こそ本当に、こんな呪われた魔剣などには用が無い。消えて然りなのだ』
 当然の事と告げるアラビアに、リイムは首を振った。見えなくても良い。彼は横に振った。
「そんなことない!」
『…リイムよ、お前の、私に対しての言葉は嬉しかった。こんな魔物に…呪いの魔物に、あの言葉は嬉しかった。礼を言う』
「礼なんて…僕が…僕が言う方なんだ! ううっ、光が強く…!」
 リイムも怒鳴って、光の中で見えないガラバーニュを探そうとした。しかし一層強くなった輝きに、思わず身を引いた。
「…もうすぐだ、全てが終わるのは。最大に達したら、すぐに解放されるだろう」
 淡々と語ったスカッシュに、リイムの脳裏には予感がひらめいた。
「スカッシュ…。まさか、君も浄化されるのか…!?」
 彼はしばらく無言だったが。ぽつりぽつり話し出した。
「…俺も、因果律の中だからな。光は邪神を封印し…それから生じた一切の存在をも消し去る。話した通り、俺は黒魔龍の血を…魂を分かち持っていたから生き返った。…魂を分けて、黒魔龍を生み出したのは邪神。…だから、原因が消え去って、結果に連なる俺も消え去るのがそうだ」
「そんな…アラビアも君も、どうにもならないのか…!」
 訴えるリイムに、アラビアもスカッシュも言い切った。
『私はこれでいいのだ、リイム…』
「まあ…純粋な黒魔龍ではない俺の復活は、元々不完全だ。光がたとえ因果を断たないとしても、邪神が封印されて流れてくる力が途絶えてしまえば、どのみち今の俺は消えてしまう存在なのさ」
「そんな…」
 リイムが絶句しかけたとき、光はますます白く輝いた。静かな声が、終わりを告げる。
「さあ、封印が終わります。目を、瞑りなさい…。とても開けてはいられませんよ…」
「ま…まって下さい…!」
 光は掴まるはずも無いが、リイムは手を伸ばした。時の間。彼女はきっと、首を横にふったことだろう。
「もう…止められません」
 その後、光が音もなく爆発するのを、彼等は感じ取った。これで終わり――。
「…スカッシュ! アラビア!」
 光は爆発を終え、ごく一瞬、間を作った。彼等は目にした。微笑している二人を。
『さらばだ…我が友よ…』
「……」
 もはや声も上げられず、彼等の視界は落ちた。
 
<エピローグ>

 
<つぶやき…>


え〜と。え〜と(汗)。ナニをここで語りましょうか。ありませんよそんなもの…。ただ、自分が苛まれるぐらいです…。



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