ぬいぐるみVS謎の集団


<1>

 すぐ側でありながら、隔絶されたその一角。他界であるそこを一面に満たす、沈黙の空気。並々ならぬその濃さに、誰もが付近に近づけない。
 中心には――
 数分前から微動ともせず、彼等はいたずらに時を過ごしているかのようだった。しかし、違う。それが待っているのだと気づくことが出来るのは、ずっと彼等を見続けられる者だけだ。
 一つの丸いテーブルを取り囲み、座する沈痛な面持ちの、まるで塑像達。そんな彼等は四人だった。騎士の姿をした、幼くも見える少年。たくましい、ホルスタイン柄のミノタウロス。僧侶と思しき法衣を着た少女に、黒の色調でほぼ身を固めた、青年。
 彼等全員、誰もが一様に目を閉じ、そこの重みに身を埋めている。それが望んでのことかは、知り得ない。だが確かに、彼等は待っていた。
 待ち続ける…こと。やがて何を伴ない、何が起ころうとも、そこに自ら身を置こうとするならば、苛まれようと甘受する。しなければ、ならない。
 彼等には、取り巻く流れを知りながら、忍ぶこと。己の力とは何の関係も無い流動、摂理。その中は、抗おうとしても決して止まらせてなどくれない。戻ることも許されない。進むことを、強いられるようになっている。だから時は、必ず進む。
 彼等の時は、進んでいる。
 経過を辿る、気まずい均衡。破る自由は各々に与えられていた。それ自体に、なんら制約はない。軽い仕草でも、溜息でも。まじろぎでも構わない。要は何でも良い――何かをすれば触発され、その場は緩やかにでも、方向を持って進展するはず。
 しかし、彼等はあえて、彼ひとりを待たなければならなかった。
 場合、死活問題にも匹敵する出来事の、発覚。責任という名の、重圧かかる責め苦に立ち向かい、示す一つの決断は容易なことではない。
 ――だが彼は、それを示そうとしているから。そして、その彼が機会の到来を待っているから。ただし、五分前と五分先――おそらくそこに大差などないが。いや、あるとは思えない。ただ覚悟は、時が必要だろう。
 待ち続けるのが、せめてもの…心遣いというものか。その許容が、限界を超えることはないだろう。いずれ――それは、決して遠くない。分かりきっている。決して止まりはしないのだから。それを彼は知っている。
 そして彼は知っている。必要以上に伸ばすことが、全く意味を成さないことを。それ以前に悪化が、彼等の内を深部から、徐々に侵蝕し始める事実を。
 だからもう、長くはない。
「……みんな、聞いて欲しい」
 そして今ここに、騎士の少年がいよいよ心を決めた時が来た。下げられていた顔が、僅かに上向く。
 目には、意志。
 ――彼は魔王ゲザガインを倒した、勇者だった。
 その彼の勇気が、ここにあってどれほどのモノか、取り巻く彼等は無言で何一つ変えずに待つ。次だ。
「…ごめん。どうやら……僕が全ての資金、落としちゃったみたいだ…」
 彼はまさしく、勇気ある者だった。
 その告白に敬意を示すはずもなく…溜まりに溜まった長い嘆息が、同時にそこへ漏れる。
 …止めることは、出来はしない。

「…まさか、こんな事が起こるなんてな」
「ごめん…」
「…進軍の遅れは必至か。こんなことで遅れをとるなんて…全くの予想外だよな」
「ううっ、ごめんよ…」
「誰だって、夢にも思わないさ。…一体これで、どれだけ進軍に影響がでるか。とにかく、計画は変更せざるをえないぞ。どういうことか、よく分かってるな?」
「……」
 椅子に座ったまま、しょぼんと沈む勇者軍リーダーのリイムを、その向かいに位置する青年――スカッシュが、さあ責任をとれとれと、実は楽しそうにいびっている。
 …ように、僧侶の少女タムタムには見えた。
「ちょっとスカッシュ! ここぞとばかりにリイムをいびるのは止めてよね」
 立っていた彼女は、つかつかと彼らに歩み寄った。
「おい、人聞きの悪いこと言うな! 何がここぞとばかりにいびるだ? これは間違い無くリイムの過失なんだぞ。責めるのは当然、当たり前だろう!」
 スカッシュは即刻見上げ非難を返して、それから苦くうめいた。
「とにかく…今は現状打開だ。責任追及は後回しでもいい。事は早急になんとかしないといけない問題だ…」
 側に突っ立っているミノタウロス――モーモーは、普段どおり、何も考えてなさそうだった。首を捻りつつ、
「問題…かモー…。えっと…たとえば…」
 スカッシュはかなりいらついたように、しかし周囲を鋭く窺い、あくまで押し殺した小声で言った。
「いや、考えるまでもないだろう…! 勇者軍の資金は今…ゼロだぞ? つまりほぼ無一文なんだぞ…! 王国あてのツケは出来ないんだろう? ここの支払いの、飲食・宿泊代はどうするんだ…。今朝でチェック・アウトするんだろうが…!」
 あー。と、モーモーの顔はいまいち緊張のないまま、しかし納得は出来たらしく頷いた。
 反応が、悪すぎる。実は彼も、かなり放心しているのかもしない。
 しばらく、沈黙があった。
 ――昨夜遅くに訪れた事もあり、勇者軍と伝えたおかげ、難なく後払いで止宿した宿である。今朝になってからは一階にて、彼らはごくごく平凡に食事を取り、それからしばらく後には、これから取るルートや、目的地までの予定等の簡単な確認が控えていた。そして、次には当然ながら順調に、出発となったはずだった。
 が…確認の時点だった。勇者軍のメンバーが集まった時。一旦部屋に戻っていたリイムがぽつり、お金が無いとつぶやいたのだ。
 一同はまず、かなり冷静に席についた。その後が、しばらく前にあった通りだ。
 タムタムはややあってから、重大さに青ざめた表情で言った。周囲の顔を窺う。
「…えっと…ねえ、多少は…みんなお金もってる…でしょ? もってる…わよね?」
 その問いに、まずリイムが暗い顔で首を横に振った。
「…僕、本当にお小遣い程度しか持ってないよ…とても足しにはならないよ…」
「俺は…全く持ってないモー…。財布は、普段ならリイムに預けてるんだけどよ…今は預けても無けりゃあ、持ち歩いてもない…」
 そこへ、側へ戻ってきた仲間の魔物達――恐ろしく濃い密度から逃げるように離れていた――ラビットマン、アルマジロン、とらおとこは、両手とも、まるで投降、降参するかのように上げて、持っていないとつまり言っていた。
 まあ、分かりきっていることだが。…さらに分かりやすいように、その場でぐるりと回転してもくれる。
「…私は、一人分ぐらいならあるけど」
 青ざめた顔を維持しつつ、タムタム最後に、まだ発言してない彼を見やる。
「――言っとくが、俺も持ってないからな」
 そこから、気遣いもなく冷たく返された返答に、彼女は思わず悲鳴を上げかけたが…周囲を配慮に入れて、なんとか自制したのだろう。小声で確認を、恐々と問うた。
「ええっ…!? ……あなたも、持ってないわけ…?」
「…望みを絶って悪いが、ほとんど持ってない」
 無粋とも思える素っ気無さを聞くと、タムタムはテーブルに両手を弱々しくついた。がくりと頭が落ちる。
「旅をしていたなら、そこそこ持ち合わせがあると思ったのに…」
 俯き、見えこそはしないものの、表情が完全に暗くなった彼女の声。
 しかしふいにそれが、意外にも素早くあがった。
「…じゃあ、もしかして。それで…私達の仲間になったってわけ?」
 モーモーも即座見た。
「じゃあまさか、それでダイナで行き倒れてたって訳かモー?」
「――ちがうっ!」
 二人の訝しむ視線と問いただしに、スカッシュは椅子を蹴飛ばす勢いで立ちあがった。
 ――確かに思惑はある。自分は紛れもない夾雑物だ。が、しかし…さすがの彼も、金銭面で困窮したから、ちゃっかり仲間になったなどと思われては、笑って済ますことなどできなかった。矜持が許せる範囲を超える。それでも、声を押さえて椅子に再び座りこんだ。怒気を押さえて。
「確かに…旅の先々で、たまには傭兵まがいの事をして金は得ていたが…。貯め込むつもりはなかったんだ…」
 その弁明に、納得と頷いた者がいた。もとより、ほとんど疑うことなど知らない彼であるが。
「そっか…俺もライトと会うまでは、いっつも食いつなぐ程度だったモー。…それに、草でも葉っぱでも、いざとなったら食ったしなぁ…」
 モーモーは昔に思いを馳せているらしく、神妙な面持ちで顔を上げた。傍らには、そんな友に、かなり真剣な視線を送るリイム。
 彼の事だ。自分が生まれてもいない昔のモーモーを想像し、さぞ気の毒に思ったのだろう。
「モーモー…。父さんに会うまでは、そんなに苦労してたんだね…」
 ところが下を見やったモーモーの顔は、辛苦を乗り越えた顔――という立派めいたものはなかった。
「いや…それがな、結構うまい葉っぱとかあったんだよ。…もう一度食いてえなぁ…。アレ、なんだったかなぁ…」
「……」
 思い出そうとしきりにうなる横で、リイムはかける言葉が浮かばず沈黙した。余所へ視線を移すこともできず、残りの面々へとりあえず向く。
 そもそも、逸していただけで、問題はまったく解決していない…。
「えっと……。とにかくどうすればいいのかな…」
 勇者たる彼の言葉は、ほとほと困った声。まあ、勇者が行う行動に規格があるとすれば――今回の件、大いに外れているのは間違いなさそうなので、多少なさけなくとも無理はなかった。
 スカッシュは頬杖を付いてつぶやいた。リイムに視線のみを投げかけて、
「そうだな…ひたすら謝るか? 金額分働きますって、頭を下げるか? 当然だが、そんなことしたら勇者軍の名は一気に失墜だな。名が通っている分、はっきり言って、王国軍の恥だぞ」
「……」
 言葉はどこからも返らない。スカッシュはため息をついた。
「とにかく。金をどうにかして工面するしかないだろう…。ここはとりあえず、予定ができたからもう一泊するとでも言って、時間を稼ごう。…幸い、宿の経営者や使用人には聞かれていないはずだ。…客も、びくついてはいるようだが、そばだててはなさそうだ。別段、怪しまれはしないだろうさ。何せ、こっちはそもそも、彼の勇者軍だしな…」
 ほろ苦い笑みを浮かべて、周りの沈んだ顔を見やる。やはり誰も口は出さない。
 彼はそして、ずいぶんと納得がいかないふうに、首を振りつつ言った。
「大体な……おかしいんだ。…なんで王国あてのツケが駄目なんだよ? それぐらいの権限、王国正規の軍なら普通あるだろう…? たとえ勇者軍が別格で小隊でも…扱いが不当じゃないか?」
 やはりしばらく、誰もが黙った。スカッシュは諦めたように、再びため息を吐いたが、そこで、
「予算が…余裕が、つまりないんだよね」
 ぽつりとリイム。スカッシュは視線を主にし、僅かにそちらを向いた。
「一年前に王国は…まあ、他の国もそうだから君も知っていると思うけど…魔界から現れた魔王に襲われて、かなりの被害に遭ったんだ。多くの町や村が襲われたし、王城も襲撃されて…当然だけど、大変なことになったんだよ…」
「……」
「復興の為に、かなり国費が費やされてるんだよね。ライナークはその一年前まで平和だったけど、小さな王国だし、とりわけ裕福な国って訳じゃないし…今年は…言っちゃえば国政に赤字を出してるんだよね…」
「……」
 今度はスカッシュが黙ったままだった。既にリイムが言いたいことは、なんとなく分かっているのだろう。
「…僕達に支給される軍資金も、きっちり決まっているよ。筋が通った理由があって、申請すれば、もちろん増やしてくれるけど…それでもうまくやりくりしないといけないんだ。ちゃんと領収書ももらって、後で提出しないといけないし…」
「……」
 リイムは淡々と話す。やや、弱いが。顔を上げてみたり、下げてみたり。
「ほら、ツケで通していくと、ついつい余計に利用するかもしれないからさ…軍規も、ちょっと金銭面に関しては、厳しくなったんだよね…」
 スカッシュはもう十分だということか。俯き加減で片手を上げた。
「ああ…分かった。それで実は野宿が多いんだな…」
「……」
 リイムは無言で答えなかった。スカッシュは構わず、静かに立ちあがった。
「まあそんな話より、今の事態を考えるぞ…。率先しないといけないだろう? さっそく行動に移らないとな…」
「ちょっと。行動に移るって、一体どうするのよ? お金を工面するって、どうやって?」
 横からすぐ問い掛けたタムタムに、スカッシュは首を僅かに捻った仕草。
「そうだな……どう考える? こっそり泥棒でもすれば、手っ取り早いがな」
「――そんなこと出来ないわよっ!」
「だよな。なら地道に稼ぐしか、他に手がないだろう?」
 真っ直ぐ感情を表情に出す彼女へ向かって、揶揄を少々含ませた微笑が返る。
 タムタムは眉をひそめつつ、当然だろうと言わんばかりの発言に口を出した。
「地道に稼ぐって……それって、私、働くって意味に聞こえるんだけど」
「他にあるのか?」
「……」
 さらりと返されて、彼女は言葉を失った。スカッシュは顔を少々顰める。
「…それしか…ないだろう? 俺だって正直嫌だがな…他に上手く解決する手立てがあるのか? 何か別に、解決する糸口は?」
 問う視線を向けられても、タムタムは答えられず、無言。そこへリイムが出た。
「でもさ、スカッシュ。なら、どこで働くんだい…? 聞いて回るんじゃあ…」
「不幸中の幸いだが…すぐ隣の町は規模が大きい。仕事の斡旋所ぐらいあるんじゃないか?」
 スカッシュのそれで、しばらくほど沈黙があった。つまり、整理し、決心する時間だった。
「じゃあ…もうそれで決まりだな」
 しばらく、しばらく。宿の、フロント兼カウンターの位置――さっきまで奥へ行っていた主人を横目で確認しながら、モーモーが言った。


 歩いて片道三十分程。宿に大半の荷物を残し、勇者軍は隣町へ辿り着いた。そこは元々商工業が盛んなところで、普段から人の往来があり、活気ある町だ。しかし目的の場所へ行くため街中を歩けば、人々達が生き生きとし、それでいて慌しいのが分かる。特に、商店街は賑やかだった。既に構えてある店の他に、他からやってきたと思われる、鮮やかな露店もところ狭しとひしめいている。リイム達の記憶と、どこかで聞いた話を合わせれば、どうやら今日から毎年行われている、商工業ギルド主催のイベントセールが始まるようだった。
 ゆっくり見物するわけにもいかず、街中の様子見はほどほど。すぐに、スカッシュが見込んだ通り存在した、仕事斡旋所へ一路行く勇者軍。自分が言ったものの、やはり本心は乗る気がしないらしい彼が、都合よく仕事はありそうだと言葉にしたとき、先頭のリイムがドアをくぐっていた。
「おお、結構貼ってあるみたいだぜ!」
 モーモーが一目見て。ただ多いという事が、至極単純に嬉しさを起こしたのだろう。
 あまり広く無い斡旋所内は、狭苦しさを感じる配置だった。まず、入り口の右手すぐの壁際に紙が幾つも貼ってあり、さらに左側の空間には、窓際に椅子、そして中ほどに数枚の木製ボードがほぼ等間隔で、壁に垂直となるよう並んでいた。ボードの両面にも、紙が幾つもピンで貼り付けられており、今も数名の人や魔物が、間に入ってその紙を見入っている。一番奥にはまた椅子が並べられており、雑然としたオフィスが丸見えの、受付があった。
「…さて、探すとすっか」
 普段と同じ癖か、モーモーは左手で右肩を掴んで腕を回すと、よっしゃと言って先陣を切った。その後に、数名はため息などもらしつつ、各個バラバラに散って行った。
 ――勇者軍は、現在七名構成。その人数で、とにかく食事付きの宿代二日分を今日中に稼ぐことが、最低限必須だった。そして、リイムが無くした軍資金分まで達する事が出来たなら、最良である。
 次の軍資金の支給は三日後であるが、保存食があるので、宿代さえ払えれば後の二日、しのぐ事に関しては問題無い。しかしそれが訪れた時点で、前回の支給時の金額から、どれだけ使ったのかきっちりと申告しなければならないので、面倒で非常に頭の下がる処理を踏まなくて済むようにするには、無くした軍資金の残り以上を稼ぐことが必要となる。
 当然ながら、彼らは出来るだけ賃の良い仕事を探していた。
「あっ。この仕事、かなりお給料いいな。それにちょうど日払いだって」
 募集事項が書かれた求人表を、一枚一枚丹念に見ていたリイムがふと声を上げた。
 それを聞いた反対側のボードにいたスカッシュが、やってくる。
「…どんな仕事だ?」
 言いながら、リイムが見ていた一葉を、自分で見やる彼。程なく、僅かに眉根を寄せた。
 それから。横にいる、無邪気とも聞こえた声を上げた相手へ、そのままで視線を送った。
「…やるのか、リイム? お前なら、どっちからもひっぱりだこかもしれないが…」
「えっ? どっちからもって…誰と誰?」
 きょとんとするリイム。
 そこで、何やら二人がやり取りしているのを目撃したタムタムがやってきた。
「なに、いい仕事あった?」
 尋ねてくる彼女へ、スカッシュは前に貼ってある一枚を目で示す。
 怪訝な眼差しを一瞬見せてから、タムタムはそれに向き直る。そして…一通り見るなり、震えだした。戦慄いた。
 放たれる彼女の鬼気迫る様子に、スカッシュは当然ながら、リイムも何か悪い予感を感じて後退った。
 求人票には、このようなことが書かれていた。

あなたのやる気、応援します。ぜひ、あなたの夢のお手伝いをさせて下さい!
当方、夜間飲食業、ホテル業経営。
お客様の接待が主な仕事です。…短期、長期どちらも常時募集中!
十代の若い男性。同じく十代の若い女性。基本的に、若ければ若いほど歓迎します。
日給制。能力別昇給制度有り。制服貸与。住み込み可。その他諸手当て支給。
日当額はあくまで平均であり目安です。
その他時間帯等、詳細全ては面接(常時)にて決定します。
担当、モロゾフまで直接お越し下さい。

 タムタムは二人のほうを振り返ると…スカッシュを睨み付けた。
「ちょっとスカッシュ! 何、いかがしい募集要項見てるのよ! リイムに変なこと吹き込まないでよ!」
「決め付けるな! リイムだリイムっ! 俺じゃない、先に見たのはリイムだぞ!」
 すぐにスカッシュが反駁すると、タムタムは憤然とした面持ちのまま、訳のわからない顔をしているリイムの手を引っ張って、連れて行った。
「あー、稼ぎの良い仕事か…」
 リイムは依然引っ張られる形だが、二人が入ったボードの間には、ぼんやりと考えているようなモーモーがいて、そうつぶやいていた。
「――極一般的な普通の仕事でよ!?」
 タムタムが怒った調子で言うと、モーモーは横目で彼女を見やった。
 …先ほどの一件は、人目を憚らない声であったし、彼の耳に十分聞こえていた。
「分かってるよ…。変なのは見てねーよ…」
 そう返されて、タムタムは何も言うことが無く、不機嫌な様子は変わらぬままで、モーモーが見ている側とは反対の求人票を見始めた。
 手を離されたリイムはひとしきり首を捻り、それでもまた、やがて貼りつけられた紙に目をやった。
 それから、ほんの数分後だった。
「あんた達、金払いのいい仕事探してんのかい?」
 男の声に、三人がほぼ同時に振り返ってみれば、そこに中年の、半分頭が禿げかかった貫禄ある男性がいた。手に紙を一枚持っている。
「いや、聞こえた話からして、そうかなと思っただけだよ。…これは今から貼りつけるんだが、賃は良いぞ。ちょっとアレだが……まあ、興味があれば見るといいよ、向こうへ貼るから」
 どうやら斡旋所の人間らしい。彼は少し言葉を濁しつつ言ってから、持った紙を一瞥した。そして振り返り、歩き出そうとした矢先、肩越しに振り返って、
「…そういえば、さっきリイムって聞こえたが…まさかあんた達って…」
「あ。その…彼、よく間違われるけど、同名なんですぅ!」
 タムタムは傍目、かなり慌ててあやしく笑っていたが、男性はとりあえず疑わなかった。
「そうか。そうだよな…ゲザガインを倒した勇者様達が、まさかこんなところで仕事探してるはずないさなぁ」
 そのまさか、なのだが…。男性はそれっきり彼等に興味を失ったのか、前を向いて歩き出した。入り口側の壁に持った紙を貼り終えると、後はさっさと奥へ戻って行く。
「…全く、よく誤魔化せたな。まあ確かに…『勇者様ご一向』が、まさかまさか、金に困って仕事を探しているなんて、普通及ばない考えだが…」
 憮然とした面持ちでスカッシュがやってきた。皮肉を湛えた口調だが、それでも周囲を意識したごく小声で、まだ焦りの色が消えないタムタムをじろりと見る。
「…上手くいったんだから良いじゃない。大体、あなたに言われる筋合いはないわよっ」
 タムタムは視線を真っ向から返して、歩き出した。何か言ってくるかと思いきや、何も返してこない彼の横を通過して、さっき新たな紙が貼られた入り口側のスペースへ向かう。
「ここって、短期アルバイトの欄ね…」
 前に立ち、ざっと見て。彼女それから、さっき張られたという紙片を探した。
「えっと…さっき貼られたのって…」
「これだ」
 後ろからの声。むっとしてタムタムが視線を移せば、横にきたスカッシュが、壁に貼られた一枚を指差していた。
「どんな仕事だモー?」
 モーモーも興味があったのか、側に来ていた。斜め後方から覗くように顔を出すと、スカッシュは下がる。
「…見てみろよ」
 素っ気無く嫌そうな態度からして、彼は好まない仕事のようだった。
 タムタムは、どいた彼の位置に移る。モーモーが読み出そうとするが。
「ふうん…赤ででかでかとなぁ…急募か。ん…ちょうど今日の十時過ぎあたり…って、張り出されたのついさっきだぞ? 超急募だモー…」
 それだけで、彼でもいささか呆れた様子だ。
 そして肝要なる、書き記されていた内容は…

 主催、中央商工業ギルド毎年恒例の慣行行事、一斉放出大感謝祭に、今年からお子様向けのイベントとして、ぬいぐるみショーを急遽行うことに決定致しました。しかし何分にも時間の猶予が無く、最終採決の時点で不備が生じましたので、ただ今ショーを実際に行う人物が全て未定となっている状態です。つきましては、当ギルドでは急ぎショーを行って下さる方を求めている所存です。まずは、今日の10:30より行われる人員選考会場までお越しください。会場にて、適正を判断致します。性別、年齢、種族問わず、幅広く募集していますので、奮ってのご参加お待ちしております。最後に。地域振興に、なにとぞご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

 目で読み上げた頃に、スカッシュが言う。
「急遽決まった、子供向けのぬいぐるみショー…か。ギルドとしては、子連れの客を期待しているわけだろうな。だが、全くむちゃな決定だ。大方、赤字が続いて、運営に頭を悩ませてでもいるんだろう…こんな事を考えるようになったんなら」
「どこも、前ほど賑わいがないのは当然よ…。一年前の戦火や、今の魔物騒ぎ…。隊商の動きも鈍いし、みんな出歩きを控えるようになったから、売上がかなり落ちてるのね」
 そこにモーモーが腕を組んで入る。
「で、どうすんだモー?」
 スカッシュは露骨に顔を顰めた。
「どうするって…。まさか、こんな馬鹿げた仕事、請けるつもりはないだろう? よく、理解したか? 貼り出されたのが当日で、ショーは今日やるって事なんだぞ? 一体何が出来るって言うんだ? がたい無理な話だ」
「でも、一番もらえそうだね。ここに貼り出されている仕事の中では」
 後ろに来ていたリイムが言った。スカッシュが苦い顔で、そちらを向きかければ、
「そうね。…皆で出れば、十分足りて余るぐらいね、短時間で」
「それに、人助けにもなるモー。決まらなければ、イベントは中止になっちまうよな。みんな困るぜ、きっと」
 タムタム、続いてモーモーと。
 彼女達の言葉に、一時動きの止まった彼は、微かに肩を震わせた。
「お前達…本気で言ってるのか…? 本気の…本気か? いや、正気なんだろうな?」
 堪えがたい様子のスカッシュに、タムタムはさらりと答えた。
「何言ってるのよ、当たり前でしょう。こんなときに、誰が冗談なんか」
「――俺は嫌だぞ! 誰が…何で、よりにもよって、ぬいぐるみショーなんか!」
 力んでスカッシュ。
 心底嫌らしい。普段は声を荒らげることも少なく、表情すら、薄い代物であるかのようなのに。
 タムタムは、少し首を傾げながら見返した。
「でもスカッシュ…手伝うって言ったじゃない? これも手伝いのうちよ。自分が言ったことは、最後まで責任を持たなくちゃね。そうでしょう?」
 傾げた首を反対に。スカッシュは一瞬戸惑ったように見えた。苦い顔は相変わらず。
「うっ…ぐ…。いや、俺は魔物退治を手伝うって言ったんだ…! 誰もぬいぐるみショーなんか一緒にするって言ってない!」
 彼女は肩を竦めた。
「もぅ。…いつまでもうだうだぐずぐず言わないの。私やリイムより年上でしょう? 子供みたいに駄々をこねないでよ」
「それとこれとは違うだろ!」
 業を煮やした様子の彼に、タムタムは軽く吐息をすると、手を腰に当てつつ言い切った。
「…とにかく。スカッシュあなた、今は勇者軍に居る訳なんだから、軍の方針にしたがってもらわないと。ほら、なんだったかしら…郷に入っては郷に従えってあるじゃないの」
 スカッシュはタムタムとの距離を詰めた。
「だからってな! こんな馬鹿げきった話、そうそう承諾できると…」
 タムタムも顔を突き出す。
「何よ! 今はみんなで、一丸となってやらなきゃダメなのよ。あなただけ例外は認められないからね? それが嫌なら…」
 その先は、言わずとも分かる含みを加えた。ただし対する彼のみに、だが。
 そんな時。多少勢いが衰えたスカッシュに、リイムがポンと肩に手を置いた。
 思わずそちらを見やってあったのは、無垢な、無邪気にすら思える笑顔だった。
「スカッシュ、なんとかなるよ。心配しなくても、みんな一緒なんだから。がんばろう」
「……」
 ごく一瞬、沈殿した雰囲気へ変じたが、動じないタムタムがパンと手を鳴らした。
「はい。多数決で決定。リーダーの意向により、全員参加ね」


 
<2へ>

 
<ぼやきが多いかも>

ははは。まだ序の口です。てか。書くことありません、思えば。
これに何を書けばいいとっ? とりあえずアホなでだしでスミマセン…。
ネタは古いですよ〜。これを引っ張りあげてこなければならなくなったのは、ひとえにネタ切れです。
ないです。もう。どうしましょう…。
長編上げた後は最悪ですね。長編以降の話しならまた出せるかもしれないですけど…あまり過ぎるのも。
私が話しにだすと…スカッシュは辛いです。結構苦労人やってるなぁ、彼(笑)



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