ぬいぐるみVS謎の集団


<2>

 最後尾、重い足取りで頭を支えているたったひとりを除き、勇者軍は周囲の賑やかなそれに溶け込んで、笑い有りの雑談を交えつつ、選考会場を目指して本通りを進んだ。
 辿りついた会場は、広い広場の一隅で、半分ほどのスペースが露店によって占められている。そして残り半分のスペースには、大半の人込みから離れて浮く数人の男女。いらついたように足を踏み鳴らしたり、積まれた木箱に寄りかかっていたり――その木箱に、乱雑な字の割に、何か申し訳なさそうに貼りつけられた、選考会場とだけ書かれた紙片。
「あの。僕達、急募の…」
 先頭のリイムが、選考員と思しき人物へ、声を掛けたすぐだった。
「うわもぉ全員合格ですっ! 早くこっちに来て下さい!」
 いらついていた中年男性に、いきなり引っ張られる。
「あ、あの…?」
 戸惑い気味のリイムなどお構いなく、男性は大またで地面を踏みぬき、広場の端にある建物まで、彼を引っ張って行った。
 イベント実行委員会臨時本部と札が掛けられたその前で、男性は後ろを振り返った。
「みなさんも、ほら、こっちに来て下さい! 準備がありますので!」
 唖然としていた複数に。スカッシュのみが隅で、心情が滲むため息を吐いた。

 かなりの間放られ、未使用だった部屋を急遽開けたものだろう。古臭い木造の室内。どこか湿っぽく、饐えたとまではいかないが、埃くさい臭気が内部に漂う。
 リイムを引っ張り込んだ男性は、全員が入るなり背を向けていたのを止めた。見て分かる間に合わせのテーブルに、両手をバンと叩きつけて、
「あなた方に掛かっているんです! 大筋は決まっていますので、各個台詞やアクションはお任せします! あなた方の計り知れない、未知の才能に期待して!」
「――ほら、戻るぞ、リイム」
 テーブルを正面に。椅子に座らされたリイムの肩を、スカッシュが叩いた。
「待ってください!話を最後まで聞いてください!」
「さっきの発言で十分だろ。無駄足だったな」
 呼び止めた男性は全く無視で、スカッシュは顔を上向けてきたリイムへ言った。
 と、男性は再びテーブルを強く叩く。驚いて見やった彼らの目には、こわばった顔に、歯を食いしばって震える姿。
「あなたは…全然分かっていない! 事の重大性が…。――どうするんです!? もう三時間たらずで、ショーを楽しみにしている子供達が集まってくるんですよ!?」
 片手を振り上げて示した男性へ、やり返すようにテーブルが強く叩かれた。
「俺達のせいじゃないだろう! 計画性が無かったのは、お前達の責任だ!」
 男性は負けじと身を乗りだす。
「何を言われる!? 我々が冗談交じりで出した案を、まともに受け取った上の連中が悪いんです! そもそも…いまどき子供向けのイベントをやったぐらいで、売上がそう上がるわけないでしょう? 思いません!? 諸費用を取り戻すだけで消えてしまいますよ!」
 再びスカッシュは、リイムの肩を叩いた。
「聞いたかリイム。本性が出てるだろう? 子供が残念がろうが、ショーなんてどうでもいいわけだ」
「いや――違います! 結果こうなってしまった以上、このイベントはぜひともやり遂げたいですよ! 降格なんてごめんです!」
「…ここまで聞いてやるつもりか? 馬鹿だぞ?」
 じっとしていたリイムだったが、ぼそりと洩らした。
「そうかも…しれないね…」
 それにより、態度が豹変した。今度は寄りすがるように。
「私達が安易に考えていたのは謝りますっ! でも…行わないと本当に困るんです! 楽しみにしている子供がいるのは事実ですし、このイベントを大きく掲げたギルドにも響きます! 所属している我らに被害が及ぶのは、大事のうちの小事に過ぎません。イベント一つでも、単純なことではないんです、お願いしますぅう! もうあなた方しか頼れないんですっ! 我々だけではなく、皆を助けると思って、どうか協力してください!」
 テーブルに額を擦りつける男性。リイムの顔が、押しに負けそうな憂いを湛えた。
「リイム、惑わされるな。さっきまでの発言が、こいつらの真意だってわかるだろう? …お前達もだ」
 スカッシュは立ち尽くしているモーモー達に視線を送った。返答は全く返らないが、顔色が、否定をするでもない。
「う…う〜ん」
 リイムが唸り出すと。
「お、お願いです、お願いです。このとーりです! ほら君達もお願いせんか!」
 形勢の不利を覚ったか、男性は下げる頭数を増やし、ただひとり困った様子の彼――リイムへ、さらに拝み倒した。
「あの…無茶苦茶なことを言っているのは、とても分かっているんです…。だからあまり言いたくないんですけど…でも、お願いします…」
「はっきり言って悪いのは提出した主任なんですけど、色々と困るのは確かにみんななんです。助けると思って、演じていただけないものでしょうか…」
「隣り街に住む甥っ子が、楽しみにしてるって聞いて胸が痛んで…。がっかりさせたくないんですけど…」
 部下と思えるひとりの若い女性と、二人の青年が沈痛な面持ちで後を続け、主任らしい男性は、テーブルにゴチンと額をつけた。
「どーかっ! 後生ですから、見捨てないで下さいよ〜! もうあなた方に断られたら…我々は……」
「わかりました」
 リイムは目を伏せて小さく答えた。極僅か、周囲が静まり返る。
「へ…。あ、受けていただけるので…?」
 必死に頼みこんでいた割に、その呆気にとられた様は、期待していなかったのだろうが。
「リイム!?」
 スカッシュの声には悲鳴の響きが混じっていた。顔は冗談じゃないと訴えていた。それを見たリイムは言う。
「やっぱり…どう考えても、困ってる人達を放ってはおけないよ。僕達にできることなら、やってあげようよ」
 相手の彼といえば、それでも片手の平手をテーブルに打ちつけた。
「お前、簡単に言うけどな!? 簡単にいくことじゃないんだぞ! こいつらの無能が招いた事態を、進んで尻拭いする必要はないだろう! 頼れないなら、自分達で演じればいいんだ、そもそもが!」
 睨む相手を変えるスカッシュ。主任は低い態度で、気まずそうに笑って見せた。
「いや…はは…。我らの構成ではとても子供が楽しんでもらえるようなショーは出来ませんよ…。ほら、あなた方みたいにさまざまな…左から右で、上から下までいないと…さすがに」
 頷いた者がいる。イベント委員の女性だ。
「そうですね…集団でこうも多種揃いなのは、ちょっと珍しいですね。もしかしてあなた方…旅芸人一座?」
「そういうふうに見えるのか…?」
 納得しがたい眼差しを返しながらも、スカッシュは力が抜けてしまったようだ。
 そこがチャンスと思ったか、主任は立ちあがった。
「えー。承諾いただいたことですし、時間が惜しいので、さっそく準備に取りかかりましょう! 構わないですよね、リイムさん!」
「はい」
 あっさりそこで頷いてしまうリイムに、スカッシュは右手で顔を覆った。


 ではさっそく衣装と、イベント委員の四人は奥の部屋へリイム達を導いた。
 そこで、さらに奥――臨時の楽屋に、まずラビットマン、アルマジロン、とらおとこが案内され、待つこと数分。
『……』
 戻ってきた時に、彼らは不安を掻き立てられた。
 ラビットマンの顔には、太い眉毛と古傷らしきものが描かれ、アルマジロンには厚紙を丸めて作ったらしい角が、ゴムバンドで固定されている。それからとらおとこは、赤いきつきつのベストを着用していた。
 揃いに、モーモーも眉根を寄せていかめしい顔をする。
「…何の配役だモー?」
「敵戦闘員だって。…あ、次、スカッシュみたいだよ」
 リイムが振りかえった先は、いらついた様子で隅の木箱に座っている彼。
 まるで聞いていないようにそっぽを向いているが、タムタムが険のある声で促した。
「聞こえてるでしょ。ほら、時間が限られているんだから、さっさと行ってね」
 スカッシュはそちらも見ず、また、うんともすんとも言わず、ただのろのろと楽屋の奥へ入っていった。

 そして、彼が戻ってきたときは。一瞬、三人はポカンと口を開けたものだった。
「…すっごく! 変ね、スカッシュ」
「やたらと不自然だな…お前。とにかくいるだけで、違和感漂ってるモー」
「確かに、怪しいっていえばとても怪しいけど…」
 まじまじと見てくる三人を前に、スカッシュはわなないた。
 彼の格好といえば、見た目重苦しいぼうぼうの黒い付け髭に、やはり黒い厚手のローブ、マント。そして、ショルダーガードで固めた姿だった。
「ぐっ…俺だって好きでこんな格好してるんじゃない! 誰のせいだ、誰の!」
 穏やかではない衣擦れの音。タムタムはリイムを庇うように前に出た。
 モーモーは気軽につぶやく。
「はあぁ、悪の首領ねえ…。ま、同じ黒だからいいじゃねーか」
「どういう理屈だ!?」
 合点などゆくはずもない彼の横で、リイムがふいに唸った。タムタムが何かと尋ねる。
「う〜ん」
「どうかしたの、リイム?」
「うん…。なんか、誰かに似てるなって思って…」
「誰かにって?」
 タムタムの視線を受けた後、そこでリイムはモーモーに視線を送った。
「格好がさ、こんな感じだったかなって」
 モーモーは聞くと、思い返すためか、顎に手をやった。
「ん? 格好か……。…あ、ああ、分かったぜ。言われりゃ、なんかこんな感じだったかなぁ」
 気分が悪そうに返したのはスカッシュだ。
「何がこんな感じだったんだ…。こんな、『いかにも』な格好してる奴なんて、そうざらにいないぞ」
「うん…。ゲザガインがそんな格好だったかなって」
 リイムが答えると、スカッシュの動きが刹那止まった。
「…。ゲザガインに…」
 頷くモーモー。
「そう、ゲザガインだよ。って、お前は見たことないだろ? 一年前ぐらいにライナークへ攻めてきた魔王なんだけどよ。そいつがちょうど、そんな格好してたな」
「……。そいつに…似てると思うのか…?」
 彼の、影が落ちた様変わりなど気づかずに、リイムはいつも通りの、かどのない穏やかな顔で言った。
「まあ、格好は似てるけど、スカッシュは髪があるし」
「髪があるし…」
 つぶやいた後のスカッシュは、うなだれたようでもあった。タムタムが声をかけるが、
「どうしたの? 何か表情暗いわね?」
「何でも無い…。ほっといてくれ…」
 離れて行く彼。リイム達が顔を合わせた後、楽屋から呼びかけがあった。

 次はリイムだった。そして――入っていったその彼が、どうにも出にくそうにそろそろと顔を出したとき。
 タムタムがクスリと笑った。
「リイム…似合いすぎ。ぴったりすぎて怖いぐらいだわ…。でも…ふふっ、可愛いわよ」
 リイムは少し俯きながら赤くなった。白いシャツに赤い蝶ネクタイ。黒い半ズボンをサスペンダーで吊っている姿だった。
 と、そんな格好であったが、モーモーには何事でもない。なにしろ、リイムが幼い頃より、一緒に暮らしているわけだから。声には少し懐かしむ感じがあったか。
「考えてみれば…リイム、あんまり変わってないよなぁ…。昔そっくりだモー。あ、8歳ぐらいの…いつだったかな…一緒に…」
「リイム…お前いくつだ…」
 そこで横から、半眼でスカッシュ。リイムはさらに俯いた。
「僕…小さな子供じゃないんだけど…。なんか、衣装を選んでくれた人は、凄くベタ褒めしてくれたよ…とってもよく似合ってるって…」
 スカッシュは腕を組んで、やはり堪えがたいのか、顔を逸らして言った。
「お前がぼやくなよ…。俺よりかマシだと思わないか…?」
「…。とっても不満なのは一致してるね…」
 僅かな間の後、俯いたままで、二つのため息がそこへでた。直後、リイムの後ろのドアが開き、モーモーが呼ばれた。

 モーモーは先の二人に比べると、なかなか戻ってこなかった。誰もが時間がかかっているなと思った頃に、ドアがようやく、ゆっくり開いた。
 とたんに。彼らは堪え難い衝動に突き動かされそうになった。
 タムタムの声が震える。
「ぷっ、く…モ…モーモー…な、なに、それ…?」
 モーモーは何も言わなかった。彼女の反応を見て、そちらに暗い表情で首を回したのみ。
 次はスカッシュが問いかけた。やはり声が振幅する。
「あ、あ…アフロ…ヘアーに…なってるぞ…?」
「体は…茶色の顔料で…塗ってあるんだね…髪は緑で…な、何の役…?」
 リイムですらも、そのモーモーの姿を見ては、どうしようもならないらしかった。
 そんな一様の周囲の反応を、ゆるりと見やる彼。誰も気づかなかったろうが、拳は震えていた。後から後から押し上がるあまり、もはや、悲しさや絶望など通り越した虚無を感じているようだった、出した言葉は。
「き…」
 そのざわつきかけた場は、一瞬にして静まり返った。モーモーの言葉とは思えないほど、小さなつぶやきに過ぎなかったからではない。単純に、意味を理解しかねたからだ。
 おかげで、彼らを占めようとした感情は一時止まったようだったが。
「き…だと?」
 怪訝そうにスカッシュ。リイムも眉をひそめる。その言葉ひとつに価するものが浮かぶと、自身がなさそうに尋ね返した。
「きっ、て……えっと…植物、の…?」
 頷きは返らない。極限に強張った表情だが、心の乱れをそうやって殺しているのだろう。そうでもしなければ、言葉にならなかったのかもしれない。
「木だモー…」
 繰り返された言葉を聞いて、彼らは理解はしたものの、それだけで。モーモーを見上げながら、ぼそぼそ口々につぶやいた。
「なるほど…そうなんだ…」
「確かに、な…」
「言われればね…」
 そこでとうとう限界がきてしまったようで、モーモーは腕を振り下ろして叫んだ。
「やっぱり、言わないと分からないモー!!! 大体トレントを使えばいいんだ! そうだろ、なあ!? さすがに納得いかねえよ!」
 慰めなど、彼らが掛けられるはずもなかった。
「俺を見てどう思った…?」
「僕が納得してると思う…?」
 モーモーの肩と顔はガクリと下がった。
「ううっ……分かったモー…」
 静かだったのは、ほんの数秒に過ぎない。その姿は、因子であるからだ。視界に入ってしまっているかぎり、気を向けるものが失せた彼らは、再び起こるそれに、堪えなければならなかった。
 方法は、顔を逸らす、目を側める、口元を押さえる…など。
「ぷ…ぷぷ…は…ご、ごめんモーモー…僕…堪えきれないよ…」
「悪い…お、俺もだ…これ以上は…と、とてもじゃないが……直視でき…ない…」
「私も…駄目…もう、我慢が、で、出来ないわ…ぷっ…」
 誰もが笑いを我慢しているなかで、モーモーは悲痛に叫んだ。
「ひどいモー! みんなで揃って笑うことないモー!」
 すぐに慣れることは叶わず、最後の――最後に呼ばれたタムタムは、薄っすら涙を浮かべながら楽屋の中へ入っていった。

 ドアが開くまで、モーモーの存在により、微妙な雰囲気が保たれていた場だったが、いざタムタムが姿を現すと、またもあっさりとそんなものはどこかへ消えてしまった。
 今度は謎という疑問が、彼らの頭を占める。――これは一体、どういうことなのだろう。
「…モーモーか?」
「モーモー?」
 スカッシュとリイムに続き、モーモーも彼女を囲う。
「…俺なのかモー?」
 三人の問いかけに、タムタムの方も懐疑が浮かぶ顔で答えた。
 モーモーと同じ、白黒ブチの柄。顔だけが覗く、その厚ぼったい牛の着ぐるみを着ている彼女。
「違うわよ…ぬいぐるみよ。…ぬいぐるみショーだから」
 投げやり風。道理など通らないが、他に言いようがないのである。彼女は続いて、聞いたことを話した。
「…ぬいぐるみショーのぬいぐるみって、主役の正義のぬいぐるみから取ってるんだって。ちょっと…間違ってると思わない…? 紛らわしいわよね…。私はてっきり、たんに着ぐるみを着て行うショーだと思ってたけど…。そうよね、みんなを見れば分かるわ…」
 沈鬱な顔になる。だれもが、だ。
 スカッシュが吐き捨てるように言った。
「やっぱり、止めておけばよかったんだ。そう思うだろ、心底…」
「…今更そんなこと言っても…どうしようも無いじゃない…! やっぱり止めます、なんて…もう言えるわけないでしょ」
 揃って一同ため息。姿形は全く統一性がないが。
 それから、リイムがじっとタムタムを――ぬいぐるみを見つめつつ、つぶやいた。
「それにしても…なんでぬいぐるみが正義でモーモーそっくりな着ぐるみなのにぬいぐるみなんだろう?」
「なんかおかしくなってるぞ、リイム…」
 さりげなくスカッシュは突っ込むが、かといって彼はさほど気にした事でもなく、すぐタムタムに話しを振った。モーモを見やる仕草で示して。
「ここに何をしなくてもそっくりな…いや、元がいるのに、何で当人じゃないんだ…? 聞いたか?」
「…複雑だモー…俺は木なのに…木なんだぞ…木…」
 ぼそぼそと、珍しくうじうじしているモーモーだが、無理もないと思われたので、誰も言葉をかけない。慰める言葉など、あろうはずもないのだから。
 タムタムは眉間を片手で押さえて、
「やっぱりヒロインであるべきで、かわいくなくちゃうけないって…見解らしいけど」
「牛の着ぐるみ着れば、かわいいって言うのか…?」
 理解し兼ねる表情のスカッシュの横、一緒に話しを聞いていたリイムは、にこりと笑う。
「僕はかわいいと思うけどな、牛の着ぐるみ」
 発言に、すぐさま顔が横に向く。
「そうか…? そう思うのか…?」
「かわいいよ。タムタムも似合ってるし。スカッシュは見て、かわいいって思わない?」
「……」
 返されて、ただ複雑な表情のみを見せたスカッシュ。側のタムタムは、やはり複雑なものでありながらも、顔が見えて赤い。
 そのときだ、彼女の後ろのドアが開き、主任がにこにこ顔を出した。
「さて、とりあえず全員済みましたね。みなさん、よくお似合いですよ」
 即座、じろりと視線が集中する。極めて失言に他ならないが、社交辞令的に言ってしまったものだ。
 かなりの気まずさに、一瞬言葉を止めた主任だったが、顔はまだ笑顔のままで続けた。
「え、ええと…。これから、台本をお渡ししますので…目を通してください」
 こそこそ隠れるように奥へ戻り、彼は薄い小冊子を幾つか抱えてきた。
「どうぞ、これがリイムさんの分で、こっちがタムタムさんです。スカッシュさんのはこれですね…えーと…」
 次々と渡して行く主任。
 リイムはさっそく、渡された冊子の表紙を見た。
「激突…ぬいぐるみVS謎の集団…仮題…」
 そしてページを一枚めくると、役柄などが書いてあった。一目だけし、さらにぱらぱらとめくったが、後は全て白紙。
 なにかを感じながらも、とりあえず、リイムは最初のページに戻った。
 彼の役は、謎の集団にいじめられる子供の役と記述があった。次に、台詞、アクションという項目があり、それを見れば、
「ええっと…僕は…幼い子供らしい発言をする…? ぬいぐるにに助けてもらい、とりあえず泣いて逃げてやられます…」
「俺は…悪役っぽい台詞を悪っぽい口調で…? 手下がやられると現れて、大仰に行動し、ぬいぐるみと激しく戦う…最後は捨て台詞を吐いて逃走…」
「…ヒロインなので一番多く喋って下さい…? 笑顔を欠かさずに…。子供役をかばいつつ手下役と交戦、悪の首領とは派手にやる。見せ所…。終わった後は、観客の子供達と握手…アピール…」
「…木だから、動かない……」
 直後、一瞬言葉が切れたが。スカッシュは主任に向かった。リイムは首を傾げて考える。タムタムは顔も声もまいっている。
「おい、これって台本っていうのか? 大体、一ページ目しか記述がないぞ…」
「子供らしい発言って…何? でちゅとか…? あ、これじゃあ赤ちゃんか…」
「多く喋るって…何を言えばいいのよ…。大体、ストーリーすら書いて無いじゃないの…」
「…木だから…しゃべらない…」
 と、一瞬間が出来たが、主任は後退りして言った。
「はは…ちゃんとしたものを作ろうと思ったのですけど、時間がなくて…。参考にしなくても、それらしく振舞っていただければ結構ですから…よろしくお願いします!」
 一度ぺこりと頭を下げると、彼は逃れるように会場の準備とやらで、出て行ってしまう。
 無駄に紙を連ねた台本を手に、その姿を追った後、彼らはどん底の気分で再び手にある紙を、途方も無く見やったものだった。
 ――ショー開始まで、後一時間半ほど。


 一応まじめに取り組んでいる姿はリイムだけだった。と言っても、ひとりで声を出しての練習は、周りの態度からすると不自然なものである。なにしろ、タムタムはイメージトレーニングでもしているのか、目を閉じて、たまに唸るぐらいだし、スカッシュは一度楽屋側に向かったものの、後は木箱に座り込んで何一つせず、他人事のように静観しているだけだった。そして、モーモーなど台本を開いた時から全く動かず……とらおとこ、アルマジロン、ラビットマンは、ちょこんと隅の方で暇をもてあましている具合。
「いたいよー。やめてよー。助けて、ぬいぐるみー」
 棒読み同然の台詞である。しかし、誰もその難を指摘しようとはしないので、リイムは熱心にずっと、白けそうなショーの練習に励んでいた。
 内部はほとんど変化も無く時が流れていたが、突然スカッシュが顔をしかめた。
 そこへ出入り口がバタンと開かれる。見やれば、やや熱みをおびた主任の顔。
「後15分ほどです! みなさん、準備はいいですか!?」
 動いていたスカッシュが木箱から立ちあがる。しかめたままの顔で、声をかけた。
「…会場の方は…かなり来ているのか…?」
「いやあ、予想外ですな。町全体が魔物騒ぎで活気が衰えているせいか、楽しみも減っているんでしょうな。結構集まってきましたよ。まだ増えそうです。ほら…子供達のざわめきが聞こえませんか?」
 元々広場はそこそこの賑わいがあって、リイムがいきなり連れこまれたときから、今までの時間を過ごしていた間にも、声はひっきりなしに聞こえていた。だから、気づきにくかったのだ。子供の声が多くなっていたことにも。
 ドアを開けた状態のままなので、閉じられていたときより、はるかによく聞こえた。外の雑多な声の大半は、子供のわめき声である。
「わくわくしますねーなんか!」
 外の雰囲気が移ったのか、主任がそんなことを言ったため、スカッシュが冷たく返した。
「他人事だから言える台詞か…。まあ、どうなろうと俺達に責任はないがな…」
「う…。と、とにかく、会場のすぐ隣りに待機用のテントを設えましたので、そちらに移ってもらいます。ええと、もうすぐに…」
「主任。テントまで、遮蔽様の幕、張り終えましたよ」
 主任の後方からそう声。続けたかったことは、その事なのだろう。後ろを振り返った顔が戻る。
「聞いての通りです。これで、こちらの方は準備終わりましたので。どうぞみなさん、移ってください」
「よし。じゃあ、行こうよみんな」
 リイムが率先して動き出した。後ろへ、ぞろぞろぞろぞろと…とてもやる気があるとは思えない連中を引き連れて、テントへ向かう。
 互いの姿が見えないように幕が下ろされていても、観客席側の盛り上がりは筒抜けだった。ほとんどの声は混ざり合ってひとつのざわめきと化していたが、それでもところどころ聞き取れるものもある。
『ほら、いつまでもぐずぐずしてると、悪の首領が現れてさらわれるわよ』
 スカッシュの眉が上がった。
『たのしみだね、おかーさん。正義の超戦士ぬいぐるみって、どんなのかな?』
 タムタムがつんのめった。
『ねー。あそこ、緑のへんな物が動いてる! あれ、なんだろ?』
 それでようやく気づいたものだ。彼らは間違うはずもなく、ただひとりを見上げる――。
 身長二メートルを超す巨漢だ。モーモの頭のてっ辺は、幕で隠しきれていなかったのだった。
 数秒迷ったものだが、スカッシュは彼に言った。
「少し屈んだ方がいいんじゃないか? モーモー…」
「……」
 何も言葉は返らないが、僅かにモーモーは姿勢を前かがみにした。
『あっ! 見えなくなった! あのもじゃもじゃ、一体何だったんだろ?』
「……」
 テントを目前にして、モーモーの歩も、その他の歩も止まった。
「何止まってるんです? 入らないんですか?」
 見ていたのだろう。聞こえてはいないようだが。そこで、不思議そうにテントの中から出てきたスタッフの男性が呼んだ。
 返す言葉は無く、彼らは男性の顔を一瞥すると、さらに不可思議そうになった表情を見ることもなく、テントの中へ入った。
「いよいよですよ…後は始まるだけです」
 最後に入ってきた主任。その表情は、いささか緊張も窺えた。彼はそわつく足取りで舞台側への出口へ向かうと、ちらりと外を見る。
 ピークを迎えたのか、外は一段と子供の声が増えており、賑やかというより、もはやギャーギャー騒々しい。
「これほどまで集まるとは…意外でしたが…。我々が成すべきことは、変わりません。ショーを成功させるのみです」
「成功させるつもりがあったのか?」
 露骨な半眼で指摘するスカッシュに、主任は目もくれなかった。
「進行は、不肖ながら、私が務めさせていただきます。後は皆さん次第…よろしくお願いします」
 深く頭を下げた姿勢は、彼の思いだったのだろうが…ぶっつけ本番であるリイム達にとっては、この上ないプレッシャーになった。
 誰も経験者ではないわけで、さらに企画した側も滅裂。当然、半ばまじめにやる気など無く(ひとり除く)、誰でも良いから、なんとかどうにかして欲しいぐらいの気持ちである。
 しかし、予想外の反響の大きさに、失敗させてはならないという気持ちが生まれてきたのだろう、主任は。そして彼らも、思わなくはない。だが…
「…やれるだけのことは、ね…」
 緊迫に絞られる鼓動を自覚しながら、タムタムはそれだけを言った。後にあるのは、覚悟だけ。
 数分。相変わらず外は騒がしかったが、テントの内部には、そのざわめきも届かないようであった。
「…時間…ですね」
 彼らに動きを与えたのは、時計を持っていた女性スタッフの、言葉ひとつ。一斉に、出口を示す一点を見る。


 
<3へ>

 
<ぼやきが多いかも>

最初の時からこの辺の展開は変わっていません(苦笑)。だから止めていたんですが…。
自分はモーモーで、おはずかしながらうけてしまった記憶があります…。もう一年半以上前の話ですが。まあ、自分が笑えたからといって、人様に笑っていただけるかは、感性の違いでしょうから、どうしようもないのですが。
う〜ん、変な話だ(爆)。この後はやけくそっぽいです(自分が)。続いてすみません…(苦笑)



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