温泉村を救え!


<2>

 監視していた駐在の兵士たちに話しを聞くも、やはり得られた情報は大差がなかった。大陸一広い露天風呂に、夜間現れる魔物たち。そしてその直後に姿を現す、民家かそれ以上はある大きな影。それらが何をしているかは定かでなく、どうやら温泉の奥になる、人間の住まない山岳地帯からやってきて、戻っていくらしかった。山あり谷ありの山岳地帯は広く、人々が知らない未踏の場所も多いため、当てもなくただ向かうのは危険が伴う上、効率が悪いと判断し、夜間にやってくるのを待ち構えることにした。――そしてその前に。何か手がかりが掴めるかもしれないと、魔物が現れる温泉とその周辺を、彼らは調査することにしたのだった。

「はい、これ。あなたの分ね」
「……」
 差し出された長い木の柄を、食い入るように――逸らせないのかもしれないが――見つめるスカッシュに、タムタムは急かすようにそれを前に突き出し、押し付けて手渡した。彼が戸惑っている間に。
「――うぉぉぉぉッ! これが大陸一広い露天風呂かあぁぁぁぁッ! なるほどぉぉぉぉッ! ばかでけー温泉だあぁぁぁッ! 泳ぐのも大変そうだぞぉぉぉぉぉッ!」
 向こうで、なぜか無駄に張り叫んでいるミラクル。その前にある、大陸一の広さをもつという温泉は、段差のある崖に囲まれた中にあり、小さな湖と呼んでもいい大きさだった。奥の山岳から降りてくる風は冷たく、近くで見れば微かなものだが、広い面積から立ち上る湯気のせいで向こう岸が霞んでいる。そんな温泉の周りには、夜間時の灯火を焚く台と、ほぼ等間隔で脱衣場がいくつも設置されており、好きな場所で入湯できるようになっていた。
「ここ見なよ。危険なので温泉で泳がないでください、だってさー」
「なんだと!? こんなに広いのに泳がないのかよ!」
「そんなこと言われてもね……。普通に入ってる人がいたら迷惑だし……当然でしょ、コケ」
「……」
「み、ミッキー!? いま俺を白い目で見たな!? 分かるぞなんか!? いや、俺様は泳がないぞ!? 飛ぶから! 言っただろうが! お花はお湯に入っちゃだめなんだって!」
 立て札の側にいた、ロビー、ジョージとミッキーの側に、ミラクルが加わって騒いでいる。
 その手前で。やかましく、目障りにすら思えるほどちょろちょろ動き回っている彼らとは対照的に、押し黙って立つスカッシュと相対するタムタムがいた。しかし既に話はついており、みんな行動に取り掛かったところなのである。最後に残ったのがこの彼で、ただひとり抵抗を示したのだった。
「下手なことで折れないように、堅い木の、特別に丈夫なものをちゃんと用意してきたのよ。かさ張るから、三本しか持ってこなかったけど」
 それを聞いたスカッシュは、はなはだ疑問を感じたようで、タムタムをまじまじと疑う視線で見やり、眉根を寄せた。なにしろ、こちらの村で調達したものではないと言ったので。
「……お前、一体何を想定してきたんだ」
「何って言われると……おとりとか、潜入とか? 自然に紛れ込めるように。温泉場だしこれなら違和感ないかなって思ったんだけど」
 ごく自然に、悪びれる様子もなく言ったタムタムが見下ろし、スカッシュがためらい気味に握るその長い木の柄には、先端にたわしがついていた。早い話が、デッキブラシである。
「確実に使うつもりで用意したわけじゃないけど」
 しばし黙り込んだスカッシュは、タムタムの言葉を咀嚼しようとしたのか。しかし、表情は晴れるどころか曇る一方だ。
「これでどうしろと……」
 スカッシュは普段、表情も態度も分かりにくく冷静なほうだが、いまは彼なりに動転しているらしく、途方に暮れた様子でつぶやいた。そんな、簡単な答えの結論を下すことを避けている相手にもどかしさを感じ、タムタムは腰に手を当てて表情を鋭くした。
「そんな、決まったことをまた言わないと分からないの? 大体、デッキブラシなんだから、お掃除してもらう以外にないわよ。そうしないと、逆に違和感があるでしょ」
 ――流れはこうである。魔物が現れる温泉を調査するに当たり、タムタムはリーダーであるリイムに進言した。魔物はいつどこから、温泉を見ているとも分からない。武装した者が温泉を調べ、うろうろしていれば、警戒してしばらく現れないかもしれない。魔物が監視しているかいないか、それは分からないが、事件の解決が長引けば長引くほど村にとっては損害。早期解決を望むなら、可能性がある場合を考慮して行動するべきではないかと。
「ほら、ぼーっと突っ立ってないで。リイムたちは何も気にしてないじゃない。これも任務の一部、延長なんだし、何で悩むのよ」
 くるくる、こんがらかるように入れ替わるロビーたち。その塊から少し離れた位置では、鎧も帯剣も外したリイムと、元々上半身は裸身であるモーモーが、デッキブラシを握って岩場の地面を磨いていた。しかし、タムタムとスカッシュがなかなか動かないためか、気になったらしく、一時手を止めて呼びかけてきた。
「おーい! スカッシュ、タムタム、なにやってんだモー?」
 タムタムの意見に、リイムたちから異論は出なかった。だから彼と違って、デッキブラシを持って調査兼温泉の掃除をすることに、何の抵抗もなかった。そのつもりはないのだが、タムタムの「お掃除することって、いいことでしょう? 調査ついでに人助けもやってることになるんだから」という畳み掛けは、元来お人よしである彼らに微塵の疑念も持たせず、考えるまでもない行動として、あっさり了承されたのである。
「……」
 名前を呼ばれても、スカッシュはそちらを見なかった。黙しているせいでより分かりにくく、僅かばかりの変化でしかないのだが、紛れもなく渋い顔がある。それでも他のみんながやっているのだから、彼だけ大目にみることは認められない。タムタムは容赦なく促すだけで。
「……ほらほら、上着くらい脱がないと。そのままじゃ掃除なんてできないわよ。リイムだって身軽な格好になってるでしょ」
「……」
 返事もない、もちろん動きもしない。視線だけは返ってくるが、物言わず文句を送りつけてくるだけで、膠着状態が解消されることはない。
 タムタムは相手の強硬な態度に困ってきたが、それでも彼女は逆に、黙することなど、黙ってなどいられない性格だ。
「もう! 主眼は調査なのよ。熱心に掃除をしろなんて、言ってないでしょう? みんな分かってるわよ。ふりでいいの、ふりで。何か見つかるかもしれないんだから、あなたにも参加してもらわないと」
 そう言われると、彼は顔をタムタムから逸らすように動かし、リイムたちがいる向こうを見た。
 つられてタムタムがそちらを見やると、ちょうどミラクルの大声が聞こえてくる。足元を見ているようだった。
「お……おいおい! みつけたぜ! おーい、モーモー! ここ、ここ! ここだぁぁぁあッ!」
「見つけたかモー」
 ジャンプして呼ぶミラクル。そこにモーモーが急ぎ駆け寄る。
 そのとき、タムタムは何の手がかりを見つけたのかと、自身も駆けつけようと足を踏み出しかけた。ところが半歩出たところで、突き出されたデッキブラシの柄が進行を阻む。
「なによ……」
 振り返り言いかけたところで、彼女はまたすぐに向こうを振り向くことになった。
「発見したぞ! ほら、よく見ろ! ここが……ぬるぬるしているっ! 分かるか!?」
「よし、任せるモー! うぉぉぉぉ!!!」
 気合の入った声と共に、モーモーが繰り出すブラシが床をどんどんこすって行く。
「どうもかなりの広範囲だ、滑る、危険だろう! これはいかんと思うわけだ」
「村長さん、封鎖してるって言ってたからな。きっと、魔物が出てから掃除してないんだモー」
 同じような声は、他からも上がる。バケツで水をかけ、小さなたわしを掴んで。
「コケコケ! ここもだよ! ほらほら!」
「こんなに広いと掃除も大変だよね、そりゃあ」
 そして、スカッシュが溜息と共に目を伏せた。それも一瞬のことで、彼がタムタムを再び見やったときには、ずいぶんと呆れた眼差しをしていたが。
「……うっ」
 伝わってくる。どこが調査で、どこがふりなんだと言いたいのだろう。明らかに掃除に夢中になっているみんなを引き合いに出されて、思わずタムタムは言葉に詰まったが、今度は向こうからリイムが呼んだ。
「スカッシュ! こっち手伝ってくれるかな。あちこちが水垢で汚れてるんだ」
「……」
 その直後の彼は、もしかして呻きかけたのかもしれないが。そうなる前にそびやかしていた姿勢を崩した。がっくりと、疲れたような面持ちが下がって。
「やればいいんだろう、やれば……。ああ、分かっているさ……」
 避けられないのは初めから分かっていたであろうが――。他の誰でもない、リイムに言われたことが色々と応えたようだった。なにしろ相手は、ライナークの救い主である雷光の騎士であり、魔王ゲザガインを倒した正真正銘の勇者であり、また彼自身を一対一で打ち破った当人なのだから。いかにデッキブラシをもって、にこにこしていようとも。
「まあ……とにかく、うん、ほら、がんばって」
 投げやりなつぶやきに、思わずタムタムは返していた。もはや一瞥すらくれないスカッシュは、重い足取りでリイムのほうへ向かって行った。その向こうではモーモーが、気持ち良さそうに伸びをしていた。
「いや、たまにはこういう作業もやってみると面白いもんだモー」
 嬉々とした声が、広い温泉の上空へ吸い込まれて行く。そこにある日はまだ、高かった。
 調査は日が暮れるまで続ける予定だ。


「だぁぁ……ちょっと飛び回りすぎたぜ……。はぁぁ」
 日が沈もうとする夕刻、広い広い温泉の周りでは、くたびれた姿が転がっていた。その範囲内で言えば、うつぶせに倒れているミラクル、岩に腰掛けているロビー。ジョージも座っているし、立っているミッキーだけが、あまり困憊していないように見えた。
「疲れた……。俺は……もうだめだぁ……」
 うつ伏せから仰向けになる。その緩慢な動作が映ったものの、特に見やりはせずに、ロビーは言った。
「キミさぁ……飛んでただけじゃん?」
 がばっと、ミラクルが顔だけ起こす。
「――ななっ、何を言いやがる!? ぬるぬるをあれだけ見つけた俺に向かって!」
「それだけじゃないか。ボクは力を入れて磨いてたから、キミよりずっと疲れてるけどぉ」
「お前、お花が飛ぶのにどれだけ凄いパワーがいるか知らんのか!?」
「知るわけないよ、興味ないし」
「おーのれー! ラビットロビー! いまこそマジでテメーにお花を咲かせるべきか!」
 面倒くさそうに手を振るロビーにミラクルは立ち上がったが、ぼんやりと眺めていたジョージがのんびりと言葉を差し込んだ。
「まあまあ……。疲れてるんだから余計に疲れることなんてやめなよ。夜になったら見張りもあるんだし」
 それで威勢がそがれたか、鼻白んで大きな口を閉じたミラクルは、再び地面に伏せった。不貞寝するように。
「とにかく俺様、今日はもう何もしない」
「そう。じゃあタムタムに言うよ」
「――ま、まてまて!? あのそれはちょっと……」
 ロビーのつぶやきに、ミラクルがまた跳び上がって酷く慌てたさ中、歩いてきたスカッシュが側を抜けた。少し前まで、掃除を終えたリイム、モーモーと向こうで話していたが。
「……ぁ〜お?」
 ぐるりと、向こうからあちらへ。ミラクルの顔が大きく回る。声はでないものの、ロビーも同じだ。
 リイムやモーモー、タムタムならまずそういったことはないので、自分たちを無視して行く相手を、二人はある種の興味、奇異の目で追う。その先で、スカッシュはバラバラの石材や木材などが散乱する場所を前にし、止まった。以前の形は残っていないが、魔物に壊されたという脱衣場だった。
 倒壊した跡をじっと見ているその彼の側に、ミラクルは近づいた。
「おい、スカー! お前、見直したぞ!」
 一応視線が動くが、無言の一瞥。しかしそんな応答に慣れているミラクルは、気にせず周囲を跳ね回りながら言った。相手と、その手に握られている物を見上げて。
「ハハッ! まだ磨こうなんて、掃除熱心だな!」
「…………」
 とたんに顔が向いたかと思えば、一瞬表情をゆがめて。不機嫌なのか不満なのか、自分が持つその柄を見て。
「おお、まぁがんばれ! ひたすら滅私奉公に励めよな! ワハハ……あん?」
 スカッシュの様子に何となく気づいたミラクルは、止まって再び見上げる。
 別に、その瞬間はさほどの変化を感じなかったのだ。ただ柄に意識が向き、その向こうに開いた手が見えただけで。しかしそこで咄嗟に疑問が。しかし、その疑問が咄嗟に分からない。だからそれがなぜなのか、もう一度よく見ようとさらに顔を上げて――。気づいたときには、もう。
 視界を縦に割るそれに視点を合わせたときには、せいぜい葉をばたつかせるのが関の山。
「ぉ、おあ……え? ――ぶぷっ!」
 倒れてきたデッキブラシの柄に、仰け反った顔を打ち付けられたミラクルは、地面にそのまま倒れた。木の柄と岩の地面が接触して、カタンと音。
「――おいこらぁ!? スカお前、いまわざと倒しただろ!? 俺の上に!?」
「いや」
 ブラシの下から転がり出て、高く跳び上がるミラクル。スカッシュは聞こえるか聞こえないかの細い声で言うと、他に気にする素振りもなく、脱衣所の残骸の少し奥――険しい山岳へ続く道を見ている。回りこむ先の崖や岩に遮られて、見えるのは僅かな距離だけだが。
 その態度が気に入らないか、ミラクルは顔を振って、騒ぎ立てた。
「う、う、ううう……嘘だぁ! こうもぴったりと俺のまん前に落ちてくるもんかよ!?」
「あはは。日頃の行いが悪いからだよ、たぶんね」
 横から声が飛んだ。ミラクルの向きは、すぐさまそちらへ回った。いまも腰掛けている状態の相手に、また跳ねる。一枚の葉っぱを突きつけて。
「――お前! 前々から思ってたがなッ!? 性格悪いぞ!」
「それは被害妄想だなぁ。キミが不真面目なだけだと思うけど。だって、注意されてばかりだし? だーよね、リイム?」
 ふいにロビーが首を回すと、やってくる途中のリイムとモーモーが首を傾げた。最後の呼びかけしか聞こえていない。
「騙されるな、リイム!」
 叫んだミラクルがリイムの元に飛んで行く。聞いて目を吊り上げたロビーも、少し遅れて駆け寄る。
「何言ってんのさ! なんで騙さなきゃいけないんだよ! いい加減で適当だから怒られるんだよ。ほら、リイムも何か言ってやってよ!」
「ええと、何の話だい?」
 二人に迫られるが、状況が掴めないリイムは困った顔しかできず、中立だろうと思われる相手へ尋ねてみた。
「……スカッシュ、どうなってるのかな」
「俺は関与していない……」
 そうスカッシュが顔を逸らすや、ミラクルは跳び上がって否定する。そんなミラクルに、ロビーも腕をぶんぶんと振って抗議する。
「――どこが! 俺の上にデッキブラシを落としただろーがぁ! 狙って!」
「それはキミの日頃の行いの悪さだって、言ってるじゃん!」
 ますます分からなくなったリイムは、残る二人に尋ねた。光景としては珍しくないせいか、どちらも傍観を決め込んでいる。
「……? ジョージ、ミッキー」
「……」
「うーん? どっちもどっち……って奴じゃない? 喧嘩両成敗」
 聞いたリイムは頷いて納得した。他愛ないことであるのは、彼らの態度で分かっているし、いつものように軽く注意するにとどめた。
「そっか。……ミラクル、ロビー、スカッシュ。誰が悪いとは思わないけど、いまは任務中だから、悪ふざけはしないようにね」
 ミラクルとロビーが毎度毎度、口々に不満の声を上げる前に、スカッシュがいち早く振り向いた。
「いや、俺は……」
「うん?」
「――リイム! この兎野郎、ぜってー性格悪い! ことあるごとに俺をいじめるんだぜ!?」
「――不真面目で困るんだよ、リイム! なんとかしてよ! 任務に支障が出たら困るよ、ほんと!」
 飛びつくように近づき、足元にすりよってきて文句を述べ続ける問題の二人。なだめ始めたリイムが顔を上げると、かき消されてしまったか、口が開いて言葉半ばだと思われるスカッシュと視線が合った。
「……。何でもない……」
 と思えば、目線を下げ、僅かに表情を揺らすと口を閉じ、再びついと顔を逸らす。悩んでいるようだが、掛けられる言葉を拒絶する様相で、リイムには分かりかねた。
「……? そうかい?」
「ぅお、うおおお……! リイム……あの……撫でるなぁ! お、俺は……野郎に撫でられる趣味はないんだぁぁ!」
「くすぐったいよ〜リイムー!」
 そして、ミラクルが体をねじり、ロビーが困惑したところで、リイムの隣にきたモーモーが笑った。
「ふざけが過ぎるとお仕置きだモー。嫌ならリイムを困らせないことだな。なんなら、俺がしてやっていいぞ?」
 途中までは、反論しようと口を開きかけた二人だった。ところがモーモーが言い終えたとたん、頭を撫でるリイムの手から凄い勢いで後退し、青い表情で相手を見やった。
「――ぎゃぁぁ!? 死ぬ! 頼む、止めてくれ! 死んでしまう! 死ぬー枯れる! 俺様はまだ土に還りたくないんだ! 助けてくれー!」
「ごめん、パス……。ほんと……遠慮するから……」
 そんな心底嫌がる反応に、冗談だよと言いつつも、心外だと言わんばかりの表情をしてモーモーは肩をすくめた。今度は隣でリイムが笑った。
 それから彼は程なく、青い色を失った、ごく薄い灰色の空を仰いだ。予定があるので、じゃれあってばかりもいられない。気を引き締め、気持ちを切り替えるための、ちょっとした仕種だった。
「……さてと。掃除も済んだし、日が完全に暮れるまで休憩だよ。これから食事をとって、今晩は脱衣場で温泉を監視するからね」
「だ、脱衣場でぇ……? 狭いし湿気がありそ……っデッ!?」
 リイムの説明に即ミラクルが嫌そうな態度をとるが、すかさずジョージに突かれた。その程度では、流れも変わらない。視線はリイムに集まる。
「……昨日は来てないらしいから、いままでの間隔だと、今日か明日にも現れるんじゃないかと思う」
「そうだねぇ……。掃除しても、特に発見はなかったし……結局、向こうが出てくるのを待つしかないよね」
 小さな溜息を吐いて、ロビーが再び岩に座り込む。
 調査兼掃除は、終了後、ただの掃除になった。周辺はブラシで磨きながら、温泉の中はミッキーが歩いてゴミを集めつつ調べたのだが、ロビーが言ったとおり、魔物に関わるであろう発見はなかった。
 調査の収穫はゼロ。ただ、掃除が終わった直後にスカッシュが見てくると告げ、先にこの場所へやってきたのを思い出し、リイムは念のため尋ねた。
「何か、見つかったかい?」
 しかし、あれば真っ先に言ってくる相手だ。リイムが思ったとおりの成果だったようで、スカッシュは緩く僅かに、首を横に振った。
「……目的が分かるようなことは何も。奥地からくると聞いたが、今回の件の魔物も、この道を利用していることくらいだな」
 スカッシュが奥に続く山道を視線で示したところで、早々に復活したミラクルが割り込む。あからさまに難癖つける態度で。
「あっちでもそっちでもない、この道からきて戻っていくってぇ? 本当かぁ絶対かぁ? 適当に言うなよぼぼ……ッ!?」
「――うん、キミがね」
 顔を突き出そうとしたところに、ロビーの手が伸び、花びらを一枚掴む。しかし今度はそれで諦めず、口の端がかなり伸びた状態で、ミラクルはロビーに向き直った。
「へへぃ! ひゃんす! ほんどこそほひゃなほ……」
「よし……」
 何を言っているのか分からなかったが、雰囲気にモーモーが咳払いをしつつ、軽く腕を持ち上げて、拳を鳴らしたりすると、ささっと二人は離れた。
 その間にも、スカッシュとリイムの会話は続いている。
「他に道らしい道もないが……何度もこの上を通った形跡がある。壊れ方がまばらで、異なっている。何度も踏まれた部分は、かなりくだけているし、通るたびにつぶされたり、弾かれたりするせいで、破片もずいぶんと四方に広がっている」
「なるほど。村の人たちは近づいていないわけだから、魔物だろうね……。風でどんどん広がるほど、軽いものじゃないし……」
 そこで、ジョージが羽を上げた。
「……じゃあわざわざ、じゃまっぽい障害物を踏んでるわけ?」
「大きな影だ。断言できないが、巨体ゆえに残骸の上を避けて進むことができないのかもしれない」
 スカッシュの発言に、皆の視線が脱衣場の跡へ揃う。
「壊された脱衣場は道を隠すように建ってたみたいだよな。どう進んでもぶち当たる大きさっていうと……最低でも幅は、ミッキーを二人並べたくらいかモー?」
 そうモーモーが考え始めると、ロビーが口を出す。
「あれ、家くらい大きいって話じゃなかったっけ。かなり大きいんだなって思ったけど……。まあ、家っていう大きさも曖昧だけど……小屋?」
 そして次々と疑問が出る。得心がいかないとミラクルが葉を振り始める。聞いた話を思い出しながら、ミッキーと顔をあわせるリイムも、不思議がるばかり。
「おいまて! 俺様思ったが、あんまりでかすぎると道が通れないんじゃないのかよ? 山道にしては幅が広いかもしれんが、家サイズは完璧に無理だろ」
「……。……!」
「うん、突然現れるって聞いたからね。初めから大きい何かがやって来るなら、もっと早く気づきそうなものだし……。何だろう、最初は小さかったのに、途中から大きくなって……?」
「……大きくなったり小さくなったり、自由自在?」
「コケ! その大きいのが魔物だとは限らないのかも!?」
 ロビーとジョージも顔を合わせ、その間に顔をねじ込んでくるミラクル。
「じゃあ何だそれは!」
「え? えーと……さあ、なんだろ」
 そうして、ああでもないこうでもないと、決め手がない憶測に悩む一団に、少し離れた場所から声がかかった。
「みんなー! 夕御飯の準備できたわよー!」
 皆が振り返って姿を見たのは、夕食調達のため、一行から離れていたタムタムだった。彼女は止まって呼びかけたようだが、すぐ話し合っている様子に気づいたためか、小走りに近寄ってくる。
「何かあったの? てがかり、見つかった?」
 タムタムはリイムを見ながら尋ねたのだが、その間で飛び跳ねるようにして、真っ先にミラクルが喚いた。
「いんや、ダメだぁタムちゃん! 考えに考え抜いて考えようとしたんだが、ろくな考えは出てこないし、さっぱり分からん! そういう複雑な心境がこんがらがって、頭の痛い状況だな!」
「やっぱり……分からないってこと?」
「うんうん、そう! 要約するとな!」
 頭を揺らしながら、ちょろちょろと周りを跳ね、なぜか自信満々に述べる精霊の動きをタムタムは片手で止める。茎と花の付け根を押さえて。
「はいはい、そんな堂々と言わなくてもいいから」
「だってさーだってさー!? せっかく俺様も考えたのに! ――やい、こらスカぁ! お前がどうでもいいこと言うからみんな無駄に考えちまったんだろうが! お前、何が言いたかったんだ! 山道から来るって、当たり前っぽいことわざわざ言わなくても、どうせここにはやってくるんだろうが! ちゃんと説明しろ! なんで俺様がタムちゃんに呆れられねばならんのだ! 責任とってくれ……れれれ……」
 今回はやたらと執念深い……というより意地になっているようだが、ロビー、ジョージ、モーモーが側で取り囲む形になったので、口をぱくぱくさせたミラクル。
 スカッシュは迷惑そうな表情を浮かべるものの、その正面を見ようとはせず、つぶやくように言った。
「この道を通るなら、監視しやすくて近い脱衣場に身を潜めればいいだろう……と、見張りについて意見するつもりだったが」
「ぁあ、な、なるほど……。うん……そういう、そういうこと……ですか……ガク」
 あっさり説明が返ってきたためか、ミラクルはその場で萎びたようにしわしわになって、前に倒れた。
「いま、ガクって口で言ったよね……」
「そっか。死んでお詫びするとかいうやつ?」
 ジョージに、ロビー。リイムも思わず口を出した。
「それは何か、違うと思うよ……。そういう昔の風習が残る国もあるって、聞いたことはあるけど……」
「そうよ。それに、大体このお花……そんなに殊勝じゃないでしょ」
 タムタムが溜息をついたところで、ミラクルはがばっと顔を上げた。
「――なんで、俺様酷い言われよう!? ここは心配してくれるシーンじゃないのか!」
 その叫びには誰も答えることがなく、僅かな沈黙ののち、タムタムが口を開く。
「とにかく。せっかくの御飯、冷めちゃうわよ。話が終わったなら早めに食べましょ。村の人たちも色々気を使って用意してくれたのよ」
「あのー、あのあのー……話は終わってないと思いまーす。……だよね、そうだよね? なんかごちゃごちゃしたから分かんない……みんなもそうだよねっ?」
 足元辺りからこそこそ聞こえるので、タムタムは腰に手をあてつつ、ふうとまた溜息を吐きだした。
「ええっと……。魔物があの道を通る以外、何も分からないから、私たちは奥の道に近くてよく監視できる脱衣場で、来るのを待ち構えるしかない……ってことでいいんでしょう?」
「そうだね」
「ああ」
 リイムとスカッシュが短く肯定する。
「くぉ……道から来なかったら、後が酷いんだぞっ」
 酷く拗ねたようで、まだしつこく下から聞こえてくるが、誰もそちらは一顧だにせず、ただ奥に続いているらしい道を見やった。そうして何か思ったか、ロビーが「あー……」と声を洩らした。
「そういえばさ……あの山道ってさ、先はどうなってんの? これ以上奥には人間が住んでないんだよね? そのわりにそこそこ広い道があるってことは、何かあるの?」
 誰に言えばいいのか分からなかったため、ロビーは振り向く面々に言った。それに答えたのは、タムタムだった。
「うん、あの道……ね。壊された脱衣場が塞いでいるような感じだったし、普段使ってないのかなって私も思ったんだけど。少し気になったから、さっき村長さんとすれ違ったときに、ちょうど聞いたところよ。なんでも、温泉村を建てるため、辺りを開拓していた頃に削りだした古い道で、当初はもっともっと奥まで村を広げるつもりだったそうよ。いまある以上の源泉が見つかると思ってたらしいんだけど、この大きな温泉くらいまでが集中している範囲だったみたい。だから気づいた時点で、それ以上の開拓は止めたんだって」
 リイムが尋ねる。
「じゃあ、やっぱり先には何もないのかい?」
「ううん。末端に、掘り当てて開拓を止めることになった最後の温泉があるって、聞いたわよ。でも少し遠いし、温泉自体は村に十分あるんだし、用がまったくなくて誰も行かないから、どうなってるのかもう全然分からないって言ってたけど」
「そうか……」
 うつむき、考えを整理しようとしたリイムだったが、隣でグルルと低い音が鳴ると、すぐに顔を上げた。腹に手を当てたモーモーが、照れ隠しに笑っていて、リイムも笑い返した。
「……もし今夜、魔物が現れなかったら、明日は山道を登ってみようか」
「そうだな。いまは考えても仕方ないモー」
 タムタムもにっこり笑う。
「急ぐ話でもないし、これくらいにしましょ。いいかげんに食べないと、ほんと冷めちゃうから」
 ジョージもロビーも笑っている。
「コケコケ! 今夜のためにしっかり食べておかないとね」
「モーモーは、食べ過ぎて眠くならないように気をつけないとね」
「おいおい……それは俺だけじゃないだろ?」
「うーん。どうかなぁ」
「そういう話は、歩きながらでもできるわよ?」
 憮然としたモーモーも含め、タムタムが周囲に歩行を促すと、彼女の足元のほうから、熱に浮かされた病人のような声が聞こえてきた。いつの間にか近づいていたらしく、下を見るとうつ伏せになっている。
「うぅ……あぁ……ううん……」
 放っておいても別にどうなるわけでもないのだが、唸り声も酷くなる一方であるし、仕方なく彼女は言った。
「……。ちゃんとお水も用意してあるわよ。お花用の」
「――た、タムちゃ〜ん! そうだよな! タムちゃん優しいから俺を見捨てたりしないよな!」
 とたんに纏わりついてくる。本当に嬉しそうに笑顔を振りまくサンフラワーに、タムタムは溜息を禁じえなかったが。
「あーもう……現金なんだから。でも、いつもいつも拗ねられても困るし、いつか見捨てちゃうかもしれないんだからね?」
 ここぞとばかりに、ロビーが肩を竦めた。
「……タムタムも心が広いよ。ボクだったらとうの昔に見捨ててるよ。丸めてポイだよ」
「ええい、性悪ラビットめ! お前には聞いてないっ! それに丸めてポイってなんだ!? どこらへんを言っている!? 俺様はそんなに薄くない!」
 何かあればすぐに始まるため、モーモーもさすがに呆れて、二人を押しにかかる。
「いい加減にしろって。ほらほら、歩け歩け。みんなで晩飯だモー」
「分かってらぁ!」
「夕御飯の後、覚えてなよ!」
「ミラクル、ロビー。食事のあとは見張らないといけないから、静かにしていないと駄目だよ」
「うっ、うん……。そうだ、ねえぇ……」
「チッ……」
 しまいにはリイムに釘を刺され、沈黙し、いよいよ全員が食事に向かおうと進みだしたときだった。
「あぁーーー!」
 真っ先に進んで、後続があるか振り返ったタムタムが、突然甲高い声を上げていた。一体何事かと驚く面々の前で、彼女は一点を指す。
 そこにずっとあったのだが、彼女の死角にあったため、ようやく気づいたらしい、地面に倒れたそれである。
「――ちょっと! もう、デッキブラシ片付けてないの、誰よ」
 声が漏れたかどうか。しかし、まずい表情をスカッシュは浮かべ、次にミラクルの大口が全開となった。
「……」
「ぅ、ワハハハハハハッ! 墓穴を掘ったな、スカ! そう、俺様をぞんざいに扱うからこーゆーはめになるんだ! 告げてやろうかと思ったが、黙っていた俺様の勝利ということで!」
 げらげら笑うミラクルに、あの時の状況を見ていたロビーたちは「えー」とつぶやいているが、ともあれその宣言が気に障り、一段と彼女の機嫌を損ねたのは確かだった。
「……知っていて放置するのも、同罪だから」
「――きゃあああ!?」
 愉快に揺れていたのが、急に捻じ曲がるミラクルの茎。それを全く見ようともしないタムタムは、まるで進路に立ちふさがるかのように皆の前にいた。腰に手を当てて。
 ――雲行きが怪しい、悪い予感。
 誰もがそう思った通り、彼女はそこで言いだした。
「私以外、誰もいままで倒れているブラシを気にしたり、気づいたりしなかったわけ? なんだか心配になってきちゃったわ。みんな、お掃除の片付けはきちんとできてるの? ちゃんと、持ってきたものはもって帰るんだからね。ちょっとこれからチェックするから」
 ……結局、温かかったはずの夕食は、冷めてしまったのだった。


 
<3へ>

 
<はぁ……>

メインPCをWindows Vista入った新PCに変えたもので、予定より一週間以上遅れてしまいました。
実際使ってみて、個人的に、Vistaはそんなに悪い印象はありません……。
確かに高めのスペックは要求されますが……。金がかかると言えばそうですね。
うちの場合、何もしてない常時でメモリ使用量が1GBで、ウイルススキャンやると1.5Gくらい使ってます(苦笑)。やっぱり2GBは欲しいですね。購入した直後でも700MB以上ありましたし。
デフォルトのままでは使いづらいので、ある程度カスタマイズ。
でも私が気にしないのは、98やXPの初期の頃(SP1まで)の方がトラブルやエラーが多かったからです。
……
と、まったくあとがきとして関係ない話してみました(汗)
2も短めですね。次は切る場所がないせいもありますが、量は倍ぐらいありますね。
まぁ、ここはスカの出番が多かったですな。ひまわりと。

「こんなに広いと掃除も大変だよね、そりゃあ」
なんでもまじめにやってしまいがちな勇者軍です。
スカが嫌がってますが、やると言わせてしまえばしめたもので(苦笑)
そうなればまじめにやってくれる人物です。
うなずかせるまでが結構強情で大変ですが!
とりあえず変な方向にいくのは、いつもタムタムが絡んでいる気がします(苦笑)

「ハハッ! まだ磨こうなんて、掃除熱心だな!」
つい持ったまま。彼も疲れているのです。精神的に。
最近、勇者軍にいるせいで毒されてきて悩んでいます?

悩んでいるようだが、掛けられる言葉を拒絶する様相で、リイムには分かりかねた。
ショックのスカですが。
仕方のない奴だと思われて、一緒に頭を撫でられてしまうのを危惧……
したら面白いのですが、それはなしね(苦笑)

むやみにだらだらとした地味なパートです。
が、勇者軍の普段の駄目っぽさを書いてるパートでもあります……。
スカが悩むのはいつものことです。



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