それは まことに ゆゆしき事態
<1>
ライナーク王城内の広い食堂は、これから混雑のピークを迎える。数分前までは、給仕の女性たちが長方形の共用テーブルに食事を並べ、忙しく準備をしているだけだったが、先ほど休憩の時間帯となり、交代で昼食になる兵士たちの第一陣が続々と入ってきた。そのため食堂は一気にざわめいて、個々の言葉などとても判別できるものではなかったが、一足先に奥のテーブルについていたタムタムは、ふと顔を上げていた。
年頃は妙齢。肩までの髪を額から回したリボンで纏め、動きやすい法衣を着ている彼女は、ライナーク王国の優秀な宮廷僧侶だった。王国一博識なネズミの博士、ラドック教授の直弟子であり、魔物絡みの任務や国王の勅命において行動する特殊な部隊、勇者軍にも籍をおく。
秀でた才能、それに伴う活躍。そしてうら若い娘――。これで目立たないはずがない。城勤めをしている者なら、みんな彼女のことを知っている。分かりやすい性格で、喜怒哀楽ははっきりとしており、よく働くしよく話す。明るく活発な部分が過ぎて、お転婆になるのががたまに傷だが、愛嬌があり人気者だった。
だがそんな彼女も、今は一人である。そのテーブルには、食べる者がいてもいなくても、毎食時とりあえず七人分の食事が用意されることになっているが、現時点で埋まっている席はただ一つのみ。話す相手もいなければ、世話をする相手もいなかった。
「…………」
だから向こうを、無言で見やることになる。それはいわゆる勘というもので、しかもあまりよくない予感で。
そして、注視から数秒ほど。
兵士の流れが一瞬だけ止まり、談笑が驚きに変わった。彼らの足下から、勢いよく出てきたモノのせい。周囲とは姿形がまったく異なる、何かが。
「――タぁムちゃぁぁぁあんッ!」
大声で彼女の名を呼んだものは、黄色の花弁に囲まれた丸い顔、茎と葉っぱ。どう見たところで、小ぢんまりとしたヒマワリの花。精霊のサンフラワーだった。それが人混みを抜けるや、低空飛行に移行したのである。
まるで撃ち出されたような、かなりのスピード。初見であれば、怯むであろう勢い。だが、タムタムは動じないどころか、眉を顰めるほどの余裕があった。
それはとても簡単な話しで、彼女にとってはできれば避けたいものの、遭遇率の高い日常であるからだ。ああやっぱりとか、またか、とか。
「おっかえり〜! いやもう、会いたかったあぁ〜っ! 俺すっっっげー寂しかったぜ!? 枯れそうなほど!」
どうなってるのかは不明だが、手前でぴたりと止まった飛行。生き生きとした左右に揺れる顔は、サンフラワーという名称に相応しく、とても輝いている。
溜息がでるほどに。
「……はいはい。たったの二日ぶりね」
自然とテーブルに頬杖をつき、呆れながらタムタムは指摘した。
基本的に半月状態で開いている、大きなサンフラワーの口。そこから飛び出す頭痛の種……とまではいかないが、あしらうのが少し面倒な台詞に、彼女は今さら躊躇も遠慮もしなかった。億劫なのは、言っても効果がほとんどないためで。
「たったのって言われても! どうしようもなかったんだよ! だって俺の胸は張り裂けそうなくらい寂しさでいっぱいだったんだ! 分かるだろ? 俺の胸って茎だからこんなに細いし、容積ないわけだから、すぐにいっぱいになるのが」
一回転した後、顔を突き出し葉っぱをばたつかせて、精一杯会えなかった寂しさとやらを強調している精霊に、タムタムは再び嘆息した。
「……はいはい。よく分からないけど、まあいいわ」
「――うわっ、なんか今日切り捨てるの早っ!」
「そんなことないわよ」
言い放って、ミラクルからテーブル上の昼食に向かう。
そこになお、相手は食い下がってくるが。一本の茎を曲げて、器用に飛び跳ねながら。
「えー、そんなことあるー、あるってばー! つれないようで、タムちゃんなんだかんだ言って構ってくれてるじゃん! 俺知ってるしー、タムちゃん優しいの知ってるしー! ……いや、実際は怒られることが多いけど、でも構ってくれてるしー! それってきっと優しさだと思うしー!」
接し方や内容はともかく、相手にされないのが不満とのこと。
「うーん……」
放っておくとふて腐れ、駄々をこねるじたばたが始まりそうなので、タムタムは多少折れ、諭すように言ってみた。浮かんでしまう苦笑は、引っ込められなかったが。
「今日は特に忙しいから、早く食べないといけないのよ」
そうして、改めて見る今日のランチ。種族により食べられないものがあるため、全員が同じものを食べるわけではないが、タムタムの分はクロワッサンにポテトサラダ、コーンスープにソーセージというメニューだった。
残念なことに、今は美味しそうと感じることはない。急いで食べなければいけないということが念頭にあるし、一人だけで食べるという物寂しさもある。
「……だから、ごめんなさい」
ちらりと見れば、止まっているミラクル。もう一押しかと、タムタムは一言付け加えた。
「また、時間があるときにね」
「ちぇーっ! 分かったよ……。また今度構ってくれるって約束だかんなー」
その時は膨れっ面を見せたものの、次の瞬間には笑顔に戻る。切り替えの早いところは、この精霊のいいところなのだろうが。
何事もなかったように、再び人懐っこく話しかけてきた。
「ともあれ、それでタムちゃん一人だけってことか。でも、リイムたちはー? それにしてもいつもより遅くねーか?」
任務等で城外に出ているときはともかく、食事の時間は大体決まっていた。タムタムが早く来たので一人というわけではなく、他のメンバーが遅いということにも気づいたらしい。
「あ〜、なんか変わったことあったっけ?」
「まあ、リイムたちはリイムたちでね、忙しいのよ。する報告と、受ける報告がどっちもたくさんたまってたから。だから休憩にもまだ入ってなくて、食事はもう少し後になるのよ」
話しながら、タムタムはフォークを手に取った。もう食べ始めるという、合図のつもりでもあった。
「……それで、私は私で別の用事が控えててね。待っているわけにもいかないし、今日はもうずっと、別行動になるから」
食事は基本、勇者軍のメンバー、つまりリイムたちと一緒に食べることが多かった。だが、掛け持ちの多いタムタムは別の仕事に回ることもあり、時間が合わず、たまに別々になるときもある。
ミラクルは納得だと何度も頷いていたが、突然何かに引っかかったように止まり、顔を上げた。
「ほうほう、そっかー。……じゃ、タムちゃんだけで先に食べるってことだな?」
「そうなるけど……。何よ、改めて聞くこと?」
様子の変化を不審に思って、タムタムは眉を顰めるが、ミラクルが見上げて見ているのは彼女の顔から外れた場所だった。テーブルの端。
「いやさ、思ったんだけど……。そこにあるでっかいオレンジはどうなるのかな……って」
テーブルの上には、用意された昼食の他に、丸い果物のオレンジがあった。
「しかも、三つもあんだけど……」
ほとんどの者は知っている。ミラクルも例外ではない。それはタムタムの大好物。だが、三つ。しかも大きいジャンボサイズ。
おそらく、一つであれば口にすることはなかったであろう。そしてそれが、テーブルの中央に並んでいれば、皆で分けると考えただろう。
ところが、その大きなオレンジは、タムタムが座った端の席に三つ固められているのである。彼女のものとばかりに。
「どうなるのかなって……。もちろん、食べるわよ? 飾るものじゃないんだから」
変なことを聞くものだと、タムタムは小さい相手を見下ろしたが、ミラクルはオレンジから視線を逸らさなかった。
「えっ……と、全部?」
「そうよ?」
「でもでも……ほら、でかいぜ?」
「皮を剥けばそうでもないわよ」
「……」
この相手にしては珍しく黙り込む。
タムタムは溜息をついた。
「……まあ、普段より多いのは分かってるわよ」
何を言わんとしているか。このことに関しては、まったく無自覚でもなかった。
「でも、お腹減っちゃうのよね。最近すごく忙しくて……ほんと疲れるんだもの。しっかり食べないと倒れちゃうわ」
最近は特にばたばたしがち。今日もこれから、調べものが多く色々回らなければならない、ラドックからの用事があった。結局ミラクルの会話に付き合っているが、本当に余裕はあまりないのだ。
ミラクルは妙に、カクカクと頭を揺らし始めた。
「ああ……うん、知ってる知ってる。女性って生き物は、デザート別腹だって」
「納得してるんだかしてないんだか、分からない言い方ね……」
「いや……そんなこたぁないぜ? 食欲がないよか、ずっといいと思うんだわ、俺」
タムタムはじろりと相手を見た。
縦線のような目、半月の口。笑顔に見えるそれに、変化はないように思える。一見は。
「……微妙に引っかかるんだけど、まあいいわ」
「うんうん、いい食べっぷりは健康な証拠だよたぶん」
最後は明らかに棒読みだったが、話を引っ張るメリットはまったくないので、タムタムは今度こそ、食事に向かった。
「じゃあ私、ほんとにもう食べるからね。何度も言うようだけど、時間がないし」
それを聞くと、一拍後、ミラクルは再び揺れながらにこやかに笑いだした。
「んあ〜そだなー。うんうん、忙しいもんな! 食べるの邪魔するのよくないし、そのうち怒られそうだから、俺そろそろ行くわ! ――じゃ!」
退散するようでもあった。さっと向きを変えるなり飛び出すミラクル。
タムタムが声を掛ける間もあらばこそ。その姿はあっという間に、人影を越え、食堂の外に消えてしまった。
「何なのよ、もう……」
向こうでは、入ってきた時と同じように、驚きの声がざわざわと上がる。
だが、皆、慣れたものである。今やそれは、たまにやってくる突風程度だった。過ぎ去ったものを反射的に避けようとしたり、立ち止まって見送る停滞と乱れは、ほどなく元の流れへと戻り始めた。
早いもので、もういつもの食堂だ。
「……」
再三、タムタムは料理と向き合う。横目でオレンジも見る。
「まあ、いいわよ……ね」
そして、タムタムはフォークをソーセージに突き刺した。腑に落ちないところはあるが、とにかく今は時間もない。食べることに集中しようと、それを口に運ぶことにした。
「あーもうっ! 教授ったら! ……今後はお使いなんてしませんって、ガツンと強く言わなきゃ……!」
ひとり言になると分かっていても、口にせずにはいられなかった。募るイライラを少しでも発散すべく、来なかった相手に文句を言う。
タムタムは城下にいて、王城に向かう街路、つまり戻る道を進んでいた。肩を出し、腕を大きくふり、大またで足早に歩き……ひたむきに突き進む。漏れるのは、ぶつぶつなどと優しいつぶやきではなく、それなりに聞こえる怒り声で、すれ違う住人たちを怯ませながら。
もちろん周りを見る冷静さなど、今の彼女には欠けている。しかし、己が何をやっているか、決して分からないわけではない。意識しても抑えきれない、我慢できないだけなのだ。
「常習犯だから、本当に性質が悪いのよね……。いつもいつも、みんなに甘えすぎ……!」
口にすると思い出される先ほどどの場面。もうこれで三回目のリピートだった。 まずは先日のこと。師であるラドックから、大事な用事があるから時間を空けておいて欲しいと言われていた。今日、資料を渡すから調べものを至急して欲しいと。だから都合して他の用事を早めにすませ、一昨日、昨日と勇者軍に同行するハードスケジュールながら、時間を上手く空けたのだ。しかしタムタムが待ち合わせ場所の研究所に行ってみたら、誰の姿もないではないか。
他の相手であれば、遅れているのだと軽く考えたろう。だが、相手は研究熱心で博識なばかりか、問題が多いことでも高名な博士だった。
嫌な予感がした。
「謝りにくるピーコックだって気の毒だわ……嫌な役を押し付けられて。大体、謝れば済むってものじゃないし……!」
皆も、もちろんタムタムも、今まで度々振り回されてきた。それは見事に的中した。
研究所にラドックは来なかったのだ。代わりに、助手をしているピーコックが慌てふためきながら駆け込んできて、驚いたタムタムが声を掛けるより前に、とにかく頭を必死に、何度も下げ始めたのである。そして、彼に頭を下げるのは止めて、何があったのか話して欲しいと聞いてみると、こうだった。
――どうしても優先させなければいけない予定外の発見があったから、今日の件はまた後日頼む、と。
「――簡単に言わないで欲しいわっ!」
思わず立ち止まって、声を上げていた。
突如の出来事に、びくついた周囲をもちろん彼女は見ていない。おっかなびっくりの眼差しを送られながら、数秒後には歩みを再開する。
「とにかく、今回は本気で怒らなきゃ……!」
ピーコックに当たるわけにもいかなかったし、はけ口はなく募るばかり。次にあったら、師匠であるラドックをどうやって懲らしめればいいか、そんな考えばかりが頭を巡った。片隅では、落ち着け、考えまいとも思ったが、どうしても無理だった。
「今までだって本気だったけど……。きつく言ってるつもりだったのに、何も変わらないし……! そのたびに呆れて怒って……」
口にすればするほど気分が治まらなくなる。そんなことは分かりきっているのにやはり止められず、タムタムの歩く速度は上がり、視野は狭まり、周囲に放つ雰囲気はとげとげしくなるばかりだった。
しかし、つとその足が止まる。ここ数日から今日まで、慌しく仕事を進めた自分を思い出すに至って。
タムタムの表情が陰る。
「もしかして……。教授、私が暇だって思ってないわよね……。どれだけ私ががんばって片付けたか……」
何となく思ってみた疑問だったが。
「……」
それは、あれだけ荒れていた怒りを一気に冷ましてしまうほどの、彼女にとっては重い認識だった。すぐにまさかと、さすがにそんなことはないだろうと思い直し歩みは再開するが、先ほどとは違い、しょぼくれたような足取りになる。
「そんなこと……」
情緒も不安定になっていた。とたん、悲しみが満ちた。気を張っていたのが失せて、残ったのは疲労で。がんばった分、大きく胸中にできた空しさ。一変して溜息をつき、俯き気味で、前を見られなくなる。
「私が、空回りしてるのかな……」
そして、憂鬱な気持ちが入り込んだタムタムは、そのままとぼとぼと街路を進んだ。そんな彼女が、城下の中央広場にたどり着いていたことにようやく気づいたのは、横手から声を掛けられたからだった。
老婆の優しい声で。
「おやおや……お嬢さん、どうしたんだい? そんな暗そうに俯いてたら、せっかくのかわいい顔が台無しだよ? ほら、前を向いて笑って」
「……」
何も考えられず、手繰り寄せられるようにそちらを向いた。
その方向には、布らしきものがいくつも並べられた敷物と、ひと一人が入れるくらいか、布で覆われた縦長の物体がある。それから、座った白髪の老婆がいて、皺の深い顔に隠れた細い眼と口元で微笑んでいた。異国を思わせる荒い織物の衣服を着て、やわらかい物腰で声を掛ける姿に、頭の中で行商の文字が浮かぶ。
「えっ……と……」
意識が一瞬傾いたためか、タムタムの視界と思考が切り替わる。そこでようやく、周囲の音や声が彼女の内に届くようになった。
中央広場は城下町でもっとも大きい広場で、憩いの場とするには少し騒がしすぎるかもしれない。人や魔物の往来が多く、様々な行商、露天商をはじめとする商人たちが商いをしている。はしゃぐ子供たちに、彼らを放って世間話に余念がない婦人たち。ちょっとした歌や芸を披露して、投げ銭を貰っている者もいる。突然、怒鳴り声や悲鳴が聞こえたりもする、喧騒。
何かと集まる場所なので、たまには喧嘩が起こったり、スリに遭ったりすることもないわけではない。まあそれらをひっくるめて、ここはとても活気に満ちている。
「……」
その中で、自分ひとりが場違いに塞ぎこみ、沈んでいる気がして、タムタムは光景から目を逸らすように、再び俯いてしまった。
「あらまあ。本当にショックなことがあったんだねぇ。まあいいわ、お嬢さん。いいからこっちにいらっしゃいな。……ほら、彼氏の一人や二人くらいいるんだろ?」
「――ぃ!」
最後に付け加えられた意味ありげな笑みと問いかけに、タムタムは声にならない声をあげ、飛び上がりそうになった。顔は即、真っ赤。
こうなってしまうと、憂鬱な気分も蒸発するかのように消え、どこかへいってしまう。
優秀な宮廷僧侶で王国に仕え、勇者軍と共に激しい戦いに赴く彼女もまた、一人の年頃の娘なのだった。密かに思う相手はいるのだが、恋愛話はとても苦手とする。自分の話になるとさらに酷い。顔を真っ赤に染めるなどよくあることで、露骨にぎくしゃくしたり、どもったり声が裏返ったり。稀に大胆な行動を伴って暴走したりもする。
そんなこともあり、彼女の恋慕する意中の相手は、周囲にバレバレという有様なのだが。
「あ、あの……っ、どうしてそこで、なんでそういう話に……!?」
タムタムは詰め寄るように老婆との距離を縮めた。敷物の上に膝をつき、両手をついて迫った。
その相手は、訳がわからないと混乱する彼女の前で、愉快そうに含み笑いをした。
「フフフ……。そうさねぇ。お嬢さんの事情は分からないけど、こういう時は楽しいことで早く忘れるもんだよ。そう……たとえばおしゃれをしてね、彼氏とデートなんてどうだい?」
そう言うと、言葉に仰け反りかけたタムタムの眼前で、横にあった白い布らしきものを広げて見せる。
「……これ」
目の前に出されたものを、タムタムは即座に判断した。
確かに布ではあったが、それは加工されていた。型に合わせて切り取られ、縫製された代物だった。袖があり襟があり、ボタンがある。つまり、服だ。ブラウスらしい。
老婆は周りにある、たたみ、積まれた服を示しながら言った。
「私はねぇ、女性向けの衣類を扱っててね。行く先々で仕入れて売る商売をしてるんだよ。……お嬢さん向けのかわいいのもあるから、もし良かったら見ていかないかい?」
出された時点で、タムタムの目は、服に釘付けとなっていた。ごく普通の年頃の娘ならば、ここですぐに頷いたことだろう。
「服……」
しかし、彼女は城に勤める多忙な宮廷僧侶。私用で休むことなど滅多になく、僅かな休みを満喫して遊びにでかけるということも、皆無の生活を送っていた。買い物に出かける時は、勇者軍に必要なものを揃えるためで、ついでに自分のものを少し買うくらい。だから、僧侶の法衣でほとんどの時間を過ごす日々である。
「でも私、いま……」
決しておしゃれに興味がないわけではない。だが、着る機会がほとんどない。私服はあまり持っていない――たくさん持っていても仕方がない。現実の彼女は、無頓着状態にならざるを得なかった。
タムタムが真っ先に考えたのは、今日は休みの日でないこと。ラドックからの用事がなくなったとはいえ、他にもやるべきことはいくらでもあること。城に戻らなければと、思った。
「おや、何か用事があるのかい? そういえば……お嬢さん、術者みたいな格好してるねぇ。お仕事中?」
「ええ、まあ……」
タムタムが力なく、俯くように頷きかけたときだった。
「ぉおお〜い! タ〜ム〜ちゃ〜んっ!」
どういうわけか、聞き覚えのある能天気な声が聞こえた。見なくても分かるが、反射的に振り向く。
「えっ!? あなた……」
「ほいほい、俺様だよー! やほーい! まさかタムちゃんに会うとは思わなかったなー」
思ったとおり、サンフラワーの姿があった。人が多いにも関わらず、ざわめくその間を縫って飛んで来た。
そして、ミラクルが側に来るなり、タムタムは両手で茎の部分をむんずと掴み、捕まえた。
「――まーた、人が多いところで飛ばしてる!」
「だわぁぁッ! 許してー! だって、歩いてたらなかなか前に進めねーってば!」
しかしミラクルもある程度予測していたらしく、捕まるなり顔を激しく揺らして、タムタムの手からするりと逃げ出した。
「もう! 事故が起こってからじゃ遅いのよ?」
「分かってるよぉ。これでもスピード落として気をつけて飛んでるって、ほんと」
叱るが、ミラクルはタムタムの伸ばした腕が届かない、ぎりぎりの距離に降り立つと、反省しているのかさっぱり分からない笑顔で言う。
「俺も叱られたくないしー」
「まあ、サンフラワーに絶対飛ぶなとは言えないんだけど……」
困ったものだとタムタムは溜息を吐いたものだが、ミラクルはそんなことよりと、顔を突き出してきた。
「なあなあ。ところでいいか、タムちゃん?」
「……え、何よ」
「いや、こんなとこでどうしたんだよ? すげー忙しいんじゃなかったっけ? あのじいさんの仕事で」
「ああ……」
そこで再び思いだし、タムタムは脱力した。だが、少し時間が経ったせいか幾分ショックは和らいでいた。この騒がしい精霊を相手にする煩わしさと同じくらいには。
仕方がない、いつものことかと、割り切れるくらいには。
「うん……その用事ね、なくなっちゃったの。……突然の突然だけど」
ミラクルは跳び上がったり頭を揺らしたが、しかし、唐突に顔が輝いたように思える。
「えっ、それってドタキャンじゃねーか! ひっでーなぁ! ……あっ、でもまてよ? 用事がなくなったってことは、その分時間ができたってことか! じゃあ、いくら話してもいいってことだよな!」
「時間はできたけど、そうはならないでしょ」
調子よく、好きなように話を進めるミラクルに、タムタムが嘆息したところだった。
「この動いてしゃべるヒマワリ……もしかして『お日様さん』かい?」
黙って待っていた老婆が、口を挟んだ。じっと、ミラクルを見ながら。
知らない呼び名が出てきて、タムタムは聞き返した。
「え、おひさま……さん? なんですか、それ?」
「ああ、えぇとなんだったかね? 確か、サンフラワーのことだよ。私が生まれたところでは、そう呼んでいたのさ。理由がよく分からないけど、ひたすら花を咲かせてる精霊だったかねぇ? ほんと滅多に見られないんだけど、天気続きで太陽が真上に上がってる快晴の日に、運が良かったら見られるって言われててねぇ……。だから、お日様さん。見ることができたら、幸運がやってくるって」
「……そうなんですか。初めて聞きました」
その逸話に、ミラクルがとたん、上機嫌になる。
「おおっ! ばあちゃんあってる、すげーーそれ当たってるよ! 俺、幸せ振りまくのが仕事なんだ! ばあちゃんもきっといいことあるぜ!」
しかし老婆は、首を捻って見せた。
「うーん、でもあたりにいる人、みんな見てるだろ? 私が聞いていたのとも現れ方が違うし……これってどうなのかねぇ」
疑問を投げかける声だったが、ミラクルは笑い飛ばして見せた。
「まあ、気にすんなって! 俺は一時だけとか、そんなケチ臭く幸せ振りまかねーから! みんな幸せになっからさ!」
「はあ……それはすごいねぇ」
顔を大きく仰け反らせて豪語する姿に、老婆は苦笑しながら頷いた。
タムタムは再び溜息を吐き出しながら、疑問に思ったことを聞く。
相手は自分にあって驚いたようだが、それはこちらも同じである。
「それであなた……何しに来たの?」
「あ? っと、そうだよ! 俺、お花屋さんが来てるって聞いたから探してたんだよ! 先にタムちゃん見つけたもんだから、忘れてたぜ! じゃあ、これで行くわ!」
「え……え」
尋ねるなり思い出したと、ミラクルは飛んでいってしまった。再び足下の間を縫い、騒ぎを起こし、その姿はすぐ消える。
あっという間の出来事に、タムタムは呆気に取られ、老婆がぽつりとつぶやいた。
「なんだかねぇ……。でも一つ、小さな幸運はあったかねぇ」
「え? ……はい?」
タムタムが振り向くと、その顔は面白そうに笑っていた。
「かわいいお嬢さん、タムタムさん……だったね? 服、見て行ってくれるだろう? さっき、お日様さんと話してたね。時間ができたって」
「あ……は、はい……」
そうだったと思っても、時既に遅い。
断りづらくなったのもあり、タムタムはその場で頷くしかなかった。
「ほら、こんなのもあるよ。これもかわいいと思うんだけどね。しばらく前に立ち寄った国で仕入れた、流行モノだよ」
「えっ。その、でもこれってなんだか……ビスチェじゃないですか?」
「ああ、今はねぇ、下着だけじゃないんだよ。こういうので出歩くみたいだよ。実際この目で見たさ。でもおかしいとは思わなかったよ。別にこれ一枚で歩いているわけじゃないしね」
「そうなんですか……。こんなのが流行ってる国があるんだ……」
ほんの最初は、見るだけだからと仕方なく思っていたタムタムも、次々と出される様々な服を眺めるうちに、すっかり夢中になっていた。時にカルチャーショックをうけ、時に関心し、なかなか飽きない。
しかし、ある程度出し終えたのか、老婆が出す手を一旦止めた。
「そういえば、今まで一方的にこっちが出していたけど、何か見たいものがあるかい? スカートもあるよ、ワンピースも。重ね着するものもあるし。ケープとか、ボレロとか。……もちろん、寝間着や下着もちゃんとあるよ」
タムタムは、その品揃えにも驚いた。
「何から何まであるんですね」
よく聞かれることでもあるのか、彼女の言葉のニュアンスに、老婆は答えた。
「ここの城下で売っているのは私だけどね、商売は息子や娘たちと一緒にやっているんだよ。私だけじゃあ、こんなに持ち歩きできないからねぇ。後ろにある荷車も、この歳じゃあ厳しくて。試着室の組み立ても、大変になってきたからねぇ。……それでまぁ、みんなで行商の規制が緩いところにいって、誰かが売って、誰かが仕入れて。今日がそうだけど、違う場所で分かれて売っていることもあるし」
「家族で……なるほど」
タムタムが納得したところで、老婆は先ほど見せたビスチェをしまいつつ、再び問いかけた。
「それでどうしたらいいかねぇ? どれも選んで仕入れたおすすめの品だから、私は全部見せてあげたっていいけど、それぐらいゆっくりできるかい?」
「あ、いえ、そこまでの余裕は……」
ゆっくりという言葉を聞いて、戻らなければという思いが再び頭に浮かぶ。しかしこれだけ見て、何も買わないというのもさすがに悪い気がする。
一瞬悩んだタムタムだったが、最近服を買っていないこともあり、着る予定はないものの、一枚くらいならいいかと決めた。
「うーん、じゃあ……ブラウスでお願いします」
「はいよ、ブラウスね……。とりあえずお嬢さん向けのものをいくつか出してみようかね」
老婆は近くにあった包みをほどき、折りたたまれたブラウスをタムタムの前に並べ始めた。レースの襟が豪華なものや、見事な刺繍で装飾されたもの、シックな花柄のものなど、ブラウスだけでもかなりありそうだった。
「手にとって、広げて見てもらっていいからね。気に入ってもらえるものがあるといいんだけど」
包みの中にあった最後のブラウスを出し終えた老婆がそう言いい、タムタムがふと手を伸ばしたのは、その一枚だった。
首周りの襟がない白い半そでのブラウスで、フリルはあるが控えめの、シンプルなもの。
それを両手で広げてみて、つぶやく。
「袖口や襟ぐりのフリルがとてもかわいいけど……でも、これって着てみると胸元が結構開いてる……?」
「気になるほどかい? 袖なしとか、肩まで出てるものもあるんだから、そうでもないと思うけどねぇ」
老婆は意外そうに言った。少しタムタムの足下を見てから。
「……それにタムタムさん、スリットが大きいスカートをはいているけど、それは気にしたことないのかい? 私から見れば、十分大胆に見えるんだけど。……てっきり、ちょっとしたアピールかと思ったよ」
「――へぇっ!?」
指摘されて、タムタムは赤くなり、右側のみ大きくスリットが入ったスカートを慌てて手繰り寄せた。
彼女もまた、そんなことを言われるのは意外というか、ショックだった。
「ち、ちち、違いますよっ! これはそういうのじゃなくて、動きやすさで……。長いスカートは走りにくくて……でも昔みたいに短いのは、ちょっともう抵抗があって……」
「……それでそんなスリットいれちゃうのかい? フフフ、面白い子だねぇ」
客の手前のためか、かなり我慢しているようだが、本当に面白そうだった。
タムタムは一気に恥ずかしくなって俯いたのだが、老婆は別の包みを持ち出して、話を進め始めた。
「なぁに、意識してなかったとしても、そのくらい気にするほどじゃないよ。だから、そのブラウスもね。とにかく、それが気にいったなら……こういうのとあわせてみないかい? そのブラウスを仕入れたところで流行ってたコーディネートなんだけど」
そして、身を縮めたタムタムの前に出されたのは、コルセットやらスカートやら、パニエやら。
放っておくと、小物の類まで出てきそうだった。そんなに出されるとは思わなかったタムタムは、慌てて身を乗り出し、止めに入った。
「す、すみません。お金使う用事はなかったから、そんなに持ってきてないんです……」
「あら、別に今日じゃなくても私はいいんだよ。まだしばらくはこの国にいる予定だからね」
事実ではあるが、後先を考えずに使った言い訳だったので、そう切り返されると言葉に詰まる。
「いえ、でも……やっぱり……」
タムタムが困っていると、老婆は少し残念そうに笑って、ブラウス以外を片付け始めた。
「そうかい。ごめんねぇ、私も商売人だから、つい悪い癖がでちゃったよ。もちろん無理やり売りつけたりしないから安心して。……でも、最後のとっておきだけは見ていってくれるかい? いいのが揃ってるから」
それから老婆が後ろから取り出したのは、上部に取っ手がついた四角い小箱だった。
「とっておき、ですか?」
大きなものではないのは確かだが。見当はつかない。
老婆は反応に、薄く笑ったようだった。それから左手で箱の底をもち、右手で取っ手をもって差し出される箱。もったいぶるように、タムタムの前で開かれた。
「……?」
それをそっと覗くと、中は小さな正方形の仕切りがいくつもあり、その中に色とりどりの布らしきものが詰められていた。
その時は分からないまま、薄いピンクの一つをそっとつまんで取り出してみて、タムタムははたと固まった。
「こっ……これって……!?」
ほんの僅かなやわらかい布と、あとは紐。たぶんほかも似たようなもの。おそらく、ヒラヒラしていたり、レースだったり。
「……フフフ、どーだい? 彼氏さん、きっと喜ぶと思うよ」
笑みは、たぶんにやけている類のものだろう。
「〜〜〜〜ッッッ!?」
硬直、衝撃から次の段階に進んだタムタムは、仰け反り口を開けて、爆発しそうなほど顔を真っ赤にさせた。
しかし彼女が暴走する前に、横にぽつんといた者が声を上げた。
「うっわぁ〜〜〜っ! タムちゃんそれ買うのかー?」
存在に、二人とも気づかなかった。予想だにしない声に、ゆっくりと老婆が、そしてタムタムがすごい勢いでそれを見下ろした。
ヒマワリの顔、半月の大きな口――。サンフラワーのミラクル。
タムタムの目は、大きく見開かれた。
「はぁ!? えっ、あ、あぁ……あなたっ!? いつの間にそこにいたのよ……!?」
「へ? いや、ついさっきだけど……。あぁそっかぁ。歩いてきたから気づかなかったんだな? ま、歩いたというか飛び跳ねてきたんだけどな。ほら、また怒られそうだったから、俺様、今度はちゃ〜んと地道に歩いてきたんだ〜。ほ・め・て!」
その場で回って顔を突き出すミラクルに、タムタムの動きがぴたりと止まった。
しかし止まらない者。
「それにしてもタムちゃん……そっかそっかぁ。とうとうプッシュするってことかぁ! いや、これでも俺、人間のこと結構詳しいからな〜知ってるぜ! あれだろ、勝負ぱ――」
自慢げにミラクルが話し始めたところで、タムタムが動いた。
「――ンぶッ!!!」
一瞬にして、ミラクルの大口は突き出された右手に塞がれ、老婆の持っていた開かれた箱は、同時に動いた左手によって閉じられた。
「は、早業ねぇ……」
思わず漏れたのだろうが。
「……おばあさん、すみません。これ……いりませんから……」
ポーズを崩さぬまま、荒い呼吸をするタムタムに、老婆はもはや、こくこくと頷くだけだった。
ところが、予想外の展開は一度だけでは終わらなかったのである。今度は真後ろから。
「やあ、タムタム。……何してるんだい?」
男性のものだが、柔らかく落ち着いた声。それが普段と異なる部分があるとすれば、少し不思議そうなところだろう。
そう、彼女にはやはり聞き覚えのある声。聞いていると安心する声。普段の、何事もない時であればだが。
思わず、飛び上がるところだった。
「り――リイムぅぅッ!?」
タムタムは、完全に叫びとしか聞き取れない声を上げながら、後方を振り向いた。
彼女の先ほどより驚きに満ちた目に、近づいてきた一行が映る。
一人は、砂色のマントに白い鎧を着込み帯剣した、小柄で優しい面立ちの若い騎士。一人は筋骨逞しく、大きな白黒の体に牛の頭がある魔物。牛頭人身の種族、ミノタウロス。そしてもう一人は、黒髪、黒い軽装で黒鞘の刀を手に持った、剣士風の青年。
その他加えて、彼らの足下にごちゃごちゃと、サボテン魔獣カクタス、ブタ魔獣オークがいた。
傍目からみれば、かなり目を引く風変わりな集団だろう。しかし、奇異の眼差しで見る者などいない。かといって、騒ぎ立てるほど珍しく、遠い存在でもない。
城下に住む者たちにとっては、親しみこそある一行だった。もちろんタムタムにとっては、なによりも。
――彼らは勇者軍。魔界の黒魔龍、ゲザガインの侵攻によって、絶望の只中にあった人々が、立ち上がった一人の若者と率いる仲間たちに向け、希望を託してそう呼んだのが始まり。そしてゲザガインを打ち倒したのちも、皆を守る剣となり盾となり、今に至っている。彼らは王国騎士団の特別な部隊であり、ゲザガインを倒した勇者リイムを筆頭に、何度も王国の危機を救った英雄たちだ。
その中の一人――雷光の騎士の称号を持ち、数々の困難に打ち勝ってきた、紛れもない勇者である彼を見て、タムタムは慌て始めた。いや、パニックになっている。
「えっ……!? ええっ!? どうなって……な、何なの!?」
その、あまりの違和感ある体勢で、周囲が見えていない狼狽ぶりに見かねたのか、黒髪の剣士――スカッシュが、微かに目を細めて口を動かした。
「……タムタム。まずはその両手を下ろすといい」
言われてタムタムは、ミラクルと小箱から、まるで恐ろしいものにでも触れていたかのように両手をひっこめた。
両手が自由になったおかげか、それともとりあえず行動をひとつ挟んだおかげか、タムタムの問いかけは幾分マシになった。
「リイム……! 何で!? どうしてここにいるのっ?」
「僕が、どうしてって……」
自分がいることが、そんなに驚かれることかと疑問に思ったようで、リイムの言葉が濁る。
代わりとなる返答は、タムタムの横からだった。先ほどまで蒼白になっていた精霊が、ふらふらしつつ。
「フぐぐ……。言ってなかったっけ……。俺、今リイムたちと城下を見回りしてんだー……って……」
「見回り……」
まったく珍しいことではない。通常魔物に関わる任務を遂行する勇者軍も、その任がなく待機の時は、自主的に一部の人員を回し、城下や王城内の警邏をすることがあった。
「そう、なんだ……。そう……よね……」
タムタムが聞いていた勇者軍の午後の予定は、確かに待機だった。だから、彼らがよくそのとき行っている鍛錬ではなく、見回りを選んだところで、おかしなことはない。
納得を始めたことで、少しだけ落ち着きを取り戻しかけたタムタムだったが、しかしリイムに尋ねられたので、再び思考が絡まりだした。
「それで、タムタムはここで何をしてるんだい?」
「あのね、違うのリイム……! ここで遊んでるわけじゃないの、だって、だってね、教授が……!」
見るからに不審。
ところが、明らかに混乱しているタムタムに対し、リイムはすっかり落ち着いていた。彼女が取り乱す理由を、悟ったと。
「うん、それはミラクルから聞いたよ。待ちぼうけだったって。さすがに、あんまりだと思ったよ、今回は。タムタムがショックなのも仕方ないと思う」
「う、うん……」
どうやら彼は、タムタムがラドックにすっぽかされて、そのショックで取り乱していると思ったらしかった。
実際は違うのだが。
「うん……ショックだったわ……さすがに」
同意しながらも、俯くタムタムを見て、老婆が薄く笑った。リイムを見て、話しかける。
「……悪かったかねぇ。私がね、このお嬢さんに声を掛けて引き止めたんだよ。時間が少しあるみたいだから、見ていかないかい? ってね」
「そうだったんですか」
リイムは素直に言葉を受け取り、頷くが、タムタムは否定した。
「違うの、おばあさんのせいじゃないのよ。私も、見てもいいかなって思ったの。色々なのがあって、いいのがたくさんあって、さっきまでずっと見せてもらってて……どうしようかなって」
そこでタムタムは、広げられたままの服に視線を落とす。
気にすることはないと言われても、着慣れない服のことであるし、似合うかどうか不安もあった。浮いてしまうのでは、と。
しかし、ふと視線を上げたとき、リイムが微笑んだ。
「それが気に入った服? かわいい服だね」
「う、うん……」
「もしかして、迷ってたのかい? 似合うと思うけど」
「そ……そう、かしら……」
リイムにとっては何気ない一言だろうが、タムタムの顔は紅潮し始めた。
そのやりとりを見た老婆は、一度にやりと笑い、リイムに視線を投げた。広げた服を持って言う。
「もちろん、私も似合うと思うよ。……それでどう、彼氏さん? どーんとプレゼントしないかね?」
「え? 僕ですか?」
意外なことを言われたという、僅かな驚きだけのリイムに対し、タムタムは飛び上がるように立ち上がって、真っ赤な顔とギクシャクした全身の素振りで否定した。
「ち、ちちちち、ちが、違いますっ!!! 私たちはそういう関係じゃなくてっ!」
老婆もかなり驚いたようだった。タムタムの行動よりも、否定に。
「そんな、違うのかい? もう、お嬢さんの様子からてっきり……。じゃあ、そっちの黒いお兄さんの方なのかい?」
次に老婆は、最初の言葉以降動きがなく、その場に佇んで成り行きを見ているスカッシュを指で示したが、当然タムタムは首をぶんぶん横に振った。
「ううん、その人も違います! 違いますから!」
老婆はまた、指をずらしていた。今度は、全く話についていけなくて、口も出せず困り顔のモーモーに。
「まさか、逞しい牛さん?」
「――だから、違うんですっ。全然! 私たちその、同僚というかつまり、ただのなんでもない仕事仲間で!」
タムタムはもう感情で頭がいっぱいいっぱいで。全身でそんな事実はないと、これでもかというくらい、完全否定してしまっていた。
「……その」
思わず口走った直後、そこまで徹底的に否定しなくてもいいのにと思ったが、横で突然不満の声を上げる者に、気を取られた。
「おい、ばーちゃん! なんでそこで、『なら、このかっこいいヒマワリさんだね〜』ってならないんだよ!」
場違いな叫びに、皆がほんの一瞬、沈黙した。
数秒。声を掛けられた老婆は、困った様子でミラクルに話しかけた。
「……お日様さん。悪いけど、さすがにどう見てもそれはないと思うわ」
「えーっ!? なんでどうしてー!?」
そして、納得がいかないと顔を振るミラクルの前に、カクタスのトーマスと、オークのダンが立っていた。どちらも相当頭にきている感じで、凄みながら。
「おいコラ、なるわけねぇだろ、アミーゴ……」
「てめぇ、ちょっとこっちきやがれブヒ……」
「ぁあ? なんだよサボテンとブタさんがこの俺様に何の用だって……いててててっ! こっ、こら、花びら摘むなぁぁ!」
左右から花びらをそれぞれに引っ張られて、ミラクルは引きずられていった。
もちろん、その場にいる誰も、行為を止めなかった。
「いや……ちょっとほんと簡単に引っ張ってくれるけど、花びらちぎれたどーすんのっ!? 普段俺が簡単に生やしてるからって、抜けてもすぐ生えてくると思ってない? 違うよっ!? 魔力を使って戻してんのよ!? もし全部抜けたら半分ぐらいなくなっちゃうほどかなり大変なことなんだよ!? だから大事に扱ってくんない!? いざってときに花を咲かせられなかったら困るでしょ!? ねえ、困るよね!? ――俺があああぁぁぁぁ……!!!」
なにやらかなり長いことを叫んでいたが、やがて中央広場の雑踏に消えてしまう。
そうなると、程度の差はあれ呆気にとられていた面々も、さすがに目線が移る。さてどうしたものか、話しを戻すべきかと考え始めた。
タムタムは、いまだ消えない恥ずかしさに身を縮め、俯き加減だったが、やはり気に掛かることであり、ふと気づけばリイムを見ていた。そして、たまたま目があう。
「あ……」
小さく声を漏らし、向けた視線を思わず引っ込める前に、相手は微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ見回りに戻らないとね。ミラクルたちは……たぶん、すぐ見つかるかな。それで、タムタムはどうする? 僕たちといっしょにくるかい?」
「う、ううん……。私……お城でやることがあるから……。今日は、もう戻るわ」 リイムはいつでも優しい。提案に、普段であればもちろん頷いていた。しかし、とてもそんな気分ではないタムタムは、合った視線を逸らして言って、後は彼に背を向けた。
逃げるように向き合ったのは、行商の老婆。
恥ずかしさのあまり、どうにかなってしまうかもしれないと、もっと酷いことを言ってしまうかもしれないと、怖くなったから。
「それであの、おばあさん長々とごめんなさい。商売の邪魔をしちゃって……すぐ帰ります。もちろんこれは買いますから」
前に向かう相手は、今まで明るく笑っていた顔を心配そうに陰らせた。触れることはしなかったものの。
「毎度あり……って言うところだけど。まあ、これ以上口出することじゃないねぇ」
タムタム自身は、笑って見せたつもりだったが。
ほろ苦いような、すっきりしない表情で尋ねてくる。
「ところで、試着していかないのかい? 言い忘れてたけど、このブラウス、普通のサイズより少し小さめらしいんだよ。お嬢さんくらいなら、たぶん大丈夫だとは思うけど……」
「あ、いいです。試着するとまた時間がかかりますから……」
タムタムは考えることもせず、首を横に振った。そして、まだ金額を聞いていないにも関わらず、自分の硬貨入れを取り出して、袋の口をあける。早くこの場から、立ち去りたい思いに駆られていた。
老婆は残念そうだったが、ブラウスを持って綺麗にたたみ始めた。
「……そうかい。じゃあ、あとほんの少し待って。簡単だけど紙に包んであげるからね」
雰囲気的に、何となく言葉は掛けづらくなっていたのだろう。二人以外が関係者ではないように、リイムたちは口を開くことがなく、周囲の賑わいに反して静かに黙々と進む。
「……お代は、これほど」
途中、老婆が指を立てた数の硬貨をタムタムは取り出し、渡した。それから程なく、包まれた服を受け取ると、一度だけリイムたちのほうを振り返った。
「じゃあ私……いくね」
「うん……」
結局最後に、リイムが頷いただけ。それなりにおしゃべりのモーモーも、彼女にまったく声を掛けられないまま、顔を顰めた。スカッシュは何の表情も変えないが、視線だけは追う。
そして、走りはしないが足早に離れていくタムタムを、そんな面々が、解かれることのない空気の中で見送る。老婆だけが、背中に声を掛け続けて。
「まだしばらくここにいるから、もしもキツイと思ったらまた持っておいで。娘が違うサイズのを持ち出しているはずだから、売れてなければ交換してあげるよ。……あと、邪魔なんかじゃなかったからね! 良かったらまたおいで!」
彼女が離れていくほど声量を上げて。最後に、思い出したと付け加えて。
「それと、サービスしておいたからねぇ!」
タムタムは振り返ることはなかったが、老婆の声は満足そうだった。
翌日、朝の食堂にも、タムタムは早くから来ていたが、必ずしも彼女が勇者軍と食事を共にするわけではないため、誰もそれを怪訝に思うことはなかった。早くきて食べているだけ。周囲の目にはそう映る。だからいつもの場所で、特に慌てているわけでもない彼女の食事の終りが、かなり早くなりそうなことに気づく者もいなかった。
――彼がやってくるまでは。
知った一人が近づいてくるのを確認したタムタムは、食べる手は止めずに、ちらりと横目で見た。
黒髪の剣士、スカッシュだった。彼女の苦手とする。
おそらく、見ていることにも気づいている相手であるから、あえて自分の行動を隠すこともせず、タムタムは側に来た彼を露骨になった視線で追いつつ、挨拶だけはした。
「……。おはよう」
「……ああ、おはよう」
淡々とした同じ挨拶だけが返り、彼はタムタムを見ることもなく、テーブルの奥側にいき、大体の定位置である場所に今日も座った。
自分とは向かい側となる列で、椅子三脚分離れている。
「……リイムたちは?」
「途中で呼び止められて、話をしている。もう終わっているかもしれないが」
彼だけが先にきたということか。
顔も視線も動かさず、話しやすいとは言えない位置から、抑揚のない返事があった。大きな声ではないが、不思議と今まで聞き逃すようなこともない。
「そう……。今日はみんな、普段より少し早いわね……」
それは彼に話しかけたのではなく、心で思ったことがふと漏れたつぶやき。
タムタムは今日、早めに食堂に来たのだ。勇者軍のいつも集まる時間を考えて。しかしそんな今日に限って、勇者軍のメンバーも来るのが少し早かった。
「モーモーの起床が、いつもより早かったな」
「……なるほど」
答えを求めたわけではなかったが、変化のない返事がある。それは納得できる内容で、理由として疑問を抱く余地もない。
「……」
そしてタムタムは、やはり視線だけでスカッシュのほうを確認する。
彼はいつの間にか、目を閉じているようだった。
なにより。何も見ず、何も言わなかった。
そのことを思って、タムタムはそっと視線を落とす。目の前にある朝食は、ロールパンにかぼちゃのポタージュ、コールスローにムニエルというメニュー。ただし、半分もない量。
「……ふぅ」
軽い吐息後。
ならば早く食べてしまおうかと、タムタムは止めてしまっていたフォークを再び動かした。
ところが、そのタイミングで呼ばれたのだった。
「タムタム」
目を開いて、今、視線を送ってくるスカッシュに。
タムタムは思わず、身体を硬直させた。
「――な、なに?」
「体調が悪いのか。半分しかないようだが」
言われて、内心慌てる。もちろん、彼が言っているのは自分の朝食のことに他ならない。
努めて、態度にでないように意識して、タムタムは声を落ち着かせる。もう、向こうは見られない。
「そ、そんなことはないんだけど……」
「……。そうか……」
僅かな沈黙後。スカッシュはそれで、言い終えたと思ったが。
「昨日の――」
「――ぁあああーっ!? 駄目! それ以上言っちゃダメ! 分かっても言っちゃダメっ!」
タムタムは椅子から飛び上がる。テーブルを手のひらで打ちつけて、悲鳴を上げた。食堂内にいる者の一部が、不思議そうに見てくるが、ここは気にしていられない。推測をそれ以上、言わせないために。
タムタムは相手の方に身を乗り出した姿勢で、その顔をじっと見る、というより睨むことになる。
ようやく、まともに顔を向けてきた相手。彼にしては、かなり困惑した様子を受け取ったが、スカッシュは一旦、口を閉じた。
「……」
おそらく、彼のそれは当たっている。鋭い相手だ。その冷たく深い眼差しのように。
タムタムは恨めしくつぶやいた。
「はぁ……。分からなくていいのに……」
魔王ゲザガインの息子であり、今は仲間としてここにいる相手だが、やはりリイムやモーモーと違って、タムタムにはなじみにくい存在。表情はあまり変わらないから、そこから心情を窺い知ることも難しいし、感情をぶつけるようなこともあまりないのだろう。どうも分かりにくい人物で、もやもやする。
「あのね……私のことは気にしないでいいから。ここは、黙っていて欲しいの」
周囲に覚られないようにと考えてきたが、あっさりと看破されてしまった。こうなってしまえば、様子を窺うことなど不要で、開き直るしかない。
スカッシュはよくやるように、溜息を一つ吐き出して見せた。
「それはいいが」
「……何?」
そこで、彼の目つきは一段と鋭くなった。
こういう時はなんとなく分かる。たぶん少し、怒っている。
「なんで、残り半分を全て俺のところに移しかえているんだ……」
彼は一度も下を見た様子がなかったが、しっかりと気づいていたようだった。
スカッシュの前にある食事は、他に並ぶそれと違い、量が多い。1.5倍くらいは。
タムタムは笑って、うやむやにするしかなかった。
「……やっぱり、それも気づいた?」
「当たり前だ……」
「だって……。みんなにちょっとずつ分けるのって、時間がかかって大変なんだもの……こぼしちゃうかもしれないし」
自分の食事の半分。最初はみんなに少しずつ分けようかと思っていたのだが、思ったより手間で、時間がかかりそうだと気づいたので断念した。
「それに、あなた細めだから、それくらい食べたっていいかなと思って」
悪気はない。
それで誰に分ければいいかと少し考えたところで、スカッシュが妥当かなと思ったのだ。相手はかなり不満そうだが。
「……」
「ごめんなさい! 食べられないわけじゃないでしょ? もうしないから、今日のところは食べて!」
黙ってしまったスカッシュに、タムタムはそう詫びて話を終えた。
幸い、相手はかなり呆れてしまったようだが、続けるのは面倒だと思ったか、それから何も言ってこなかった。
これでもう邪魔は入らないはず――。そう考えたタムタムは、自分の食事に専念する。
そして黙々と、急ぎ食べること数分。どうにか間に合った。
ちょうど食べ終えたところで、リイムたちが食堂にやって来たのが見える。
「ごちそうさまでした……」
タムタムは食器を重ねて持ち、席を立つが、当然誰も訝しがる様子はなかった。
すれ違いざま、彼らと一言挨拶を交わして、立ち去ることに成功する。何事もなかったかのように。
モーモーが椅子に座る前に、タムタムが去っていった食堂の出入り口を振り返った。
「タムタム、また早かったんだな。……まあ、ここのところずっと忙しいって言ってたから、今日も忙しいんだろうな」
「タムタムは担当の仕事が色々あるからね。今日も別行動になるんじゃないかな。僕たちもたぶん、いつもの訓練が終わったら待機だろうし」
先に座ったリイムも同意する。城内での朝食は、たとえ忙しくてもタムタムは同席することが多かったが、しなかったらおかしいという話にもならなかった。
こういうこともあるだろう、と。昨日の夕食時は少なくとも一緒に食べたのだし、今朝が早いのもたまたま。その時、ミラクルがタムタムに、夕食はオレンジ三つ食べないのかと尋ねたせいでかなり荒れはしたものの、それはそれ。さすがに関係があるだろうとは、誰も思わなかった。
よってリイムも、この時点では気がかりではなかった。タムタムに関しては。
「ただ……ちょっと、最近変わった動きが少しあるみたいだけど……どうかな」
今日の予定を口にしたことで、昨日聞いた近隣の近況報告と、今朝呼び止められて少し話をしたことが思い出される。
ふと考えかけたリイムだったが、数人が近づいてくる気配に中断し、そちらを見やった。
向こうから、元気な挨拶が飛んでくる。
「みんな、おはようでごじゃる」
「おーい、おはようブヒー!」
「おっはようだぜー! アミーゴ!」
ターバンを巻いたずんぐりむっくりの体型、髭面の男はアラビア。リイムが携える魔剣、ガラバーニュを守護する剣の魔人である。そして昨日もリイムたちと共にいた、オークのダンにカクタス、トーマスの姿。小走りにかけてくる。
リイムは笑顔で迎えた。
「おはよう、みんな」
ところが、返って来たのは不満そうな様子だった。
「なあリイムー! 今日はどっかにでかけないのかー。アミーゴ!」
「変わった予定が入ってないブヒ? 自分たちの時は、なーんか待機が多い気がするんだブヒ……。たまには遠征もしたいブヒねぇ」
側に来るなり、トーマスとダン。
リイムは少しの苦笑を見せるしかなかった。がっかりそうな表情を前にしても、こればかりはどうしようもない。
勇者軍は、リーダーであるリイムの判断で独自行動を許されているが、それはよほど切迫した事態のみ。王国に仕えているのだから、普段から好き勝手なことはできない。
「残念だけど、今のところ出る予定はないんだ」
「ちぇっ。違う奴らのときは、結構出かけてる気がすんだけどなぁ……」
「前はいつ出かけたのか、覚えてないブヒよ……」
リイムは魔物と心を通わせることができた。そのこともあり、彼が率いる勇者軍のメンバーは大半が魔物。人望ゆえ、数も多かった。だから、リーダーである彼と、親友であるモーモー、表向きは勇者軍の監視下にあるスカッシュ、そして回復役としてサポートするタムタムの主要メンバー以外は、状況や任務の区切り、日数によって交代がある。よって、魔物に関する護衛や討伐など特別な任務に、なかなか当たらないメンバーも、少なからず出てくる。
彼らのように、特殊任務を望む者ばかりではないが。
「あ〜あ。どっかに行く用事ってできないのかよー」
「突然の事件って、なかなかないものブヒぃ……」
「うーん、ミラージュの塔に行くくらいかな……」
リイムが困ったところで、後からのんびりと歩いてきたアラビアが、諌めるように言った。
「トーマス殿、ダン殿。リイム殿が困っているでごじゃる。それに、出かける用事がない方が、平和でいいことでごじゃるよ」
初めから無理なことは分かっていたのだ。トーマスとダンの顔は、ますますしょげかえった。
「そうだけどなぁ……。俺のマラカスが錆びついちまうぜ……アミーゴ」
「アラビアはいいブヒよー。リイムたちが出かける時は、お城に残る部隊を任されてる訳だし……それに、呼ばれたらいつでもリイムのところにいけるって、いつも言ってるブヒブヒ」
不満の方向がアラビアへ向かうが、彼はそんなことでは動じなかった。
「しかし今のところ、そんな非常事態は起こってないでごじゃる。それがいつあるのか分からないし、今後まったくないかもしれないでごじゃる。でもそのほうが、いいことなのでごじゃる」
対して言い返すような強さはなく、のんびりゆっくりと話すアラビア。
リイムたちが出かける時、留守を任されるということは、勇者軍の中で一番出かける確率が低くなる。その相手に自分は不満がないと言われると、自分たちがわがままを言っているように思えるらしく、トーマスとダンは不承不承、大人しくなった。
リイムはそんな彼らに、にっこりと笑いかける。
「アラビア。それにトーマスとダンも、ありがとう。いざというときは、頼りにしているからね。僕は平和を望んでいるけど……でも、ライナークが危機に直面したのは、ここ数年で何度もあったからね」
最後は笑みが消えた。
真剣さは伝わったのだろう。アラビアは相変わらずだが、トーマスは少しまごつき、ダンは調子よく腕を上げた。
「責任ある役を任されているでごじゃる。だからがんばるでごじゃるよ」
「お、俺は、お礼言われることなにもしてないぜ、アミーゴ! まあその……何かあったら、このマラカスがうなるだけだぜ!」
「分かってるブヒ! いざというときにしっかり戦えるよう、日頃から訓練するブヒー」
とりあえず丸く収まった。そこを見計らってか、ずっと待っていたモーモーが恨めしく声を上げた。目の前にしてお預けは、辛いと。
「じゃあ、もう食べようぜ。何事も、食べないとしっかりできねえだろ。話だって、後からのほうがまとまるんじゃねえか?」
「まあ、訓練の前に食事があるのは、ちゃんと理由があるよね」
リイムは苦笑して頷くが、もちろんお腹は空いている。
「よし、まずは食べてからにしよう」
誰ももちろん反対しない。こうなると、後は黙々と食べ始めるのがいつもの食事だが。
宣言した直後だった。椅子に飛び乗ったダンが、驚きの高い声を上げた。
「あぁ〜〜!? スカッシュの大盛りブヒー! どういうことブヒ?」
またその対象が、普段槍玉に上がるような人物ではなく、先ほどから沈黙を保っていた相手だったため、皆驚いて彼のほうを見た。
「え、大盛り?」
リイムももちろん驚いた。スカッシュは、食べ物に拘る素振りを見せたことがないのだ。出されたものは食べるようだが、いつも静かにしており、どう思っているかは別として、好きそうな印象を抱いたことがなかった。それが今日は大盛りとは。
「スカッシュ、そんなに食べるのかモー。珍しいな……いや初めてか」
「半分くらい上乗せの量だね。……今日はお腹が空いてるのかい?」
リイムが尋ねると、スカッシュは不機嫌そうな、嘆くような様子を滲ませ、かなり投げやりに言い放った。
「……来た時点で、こうなっていただけだ。替えて欲しかったら替えてやる」
そうなった経緯を知っている感じがするが、言う気はないらしい。
触れてはいけないことだったかと、リイムは言葉少なく断った。
「え。あ、いや……。僕は……ごめん、いいよ」
「こうなってたって……? うーん、まあ言われてみれば、もっと食べたい奴はおかわり制だもんなぁ、ここは。元から大盛りというか、てんこ盛りなのはモーモーぐらいで」
トーマスのつぶやきが自分の話になって、モーモーはどことなく罰が悪そうに食事の手を止めた。
「俺は基本、サラダとパンだから、大盛りくらいいいだろ……」
心なしか雰囲気が悪くなってきた食事時だったが、彼らとは全く別の声が入ってきた。
「リイム殿。お食事時に、すみません」
意識が完全に仲間のほうに向いて、近くに来るまで気づかなかった。
呼ばれる声にリイムが振り向けば、そこには若い男の文官が身を縮め、申し訳なさそうに立っている。
「はい、何でしょうか?」
「あ、いえ、そのままで。これを持ってきただけです。先ほど上がってきたので、お渡しするようにと……」
相手ははリイムが立ち上がる前に、紙一枚を手渡して礼をし、すぐに立ち去った。
「んっんー? それなーんだブヒ? わざわざ今渡すものブヒ〜? あ、もしかして事件ブヒヒっ!?」
ダンが期待するように身を乗り出すが、書類を見ているリイムは、ゆっくり首を横に振った。
それは、近隣の魔物に関する報告書だった。
「いや……。まだそんなにはっきりしたものじゃないんだ」
そうは言ったが、リイムは立ち上がってスカッシュの側に行くと、彼に報告書を手渡す。
「昨日少し報告で触れられていた、魔物に関する件なんだけど……。とりあえず、現時点のまとめがこれなんだ。……どう思う? 君なら分かるかな」
受け取った報告書に目を通すさなか、スカッシュは怪訝そうに眉を顰めた。そして読み終えた感想は、彼もまた同じようだった。
「まだなんとも言えないな……。被害もなし。散見されているだけなんだろう?」
「うん。ただ、今までにないことだから、気になってはいるんだよね……」
最初は、変わった魔物を見たという話しから始まった。
「その目撃情報も、少しずつ増えてるみたいだし。このまま何事もなければいいんだけど……」
しかし今のところ被害が全くないので、事件には至っていない。このまま目撃情報が増え、不安の声が高まれば、勇者軍に調査指令があるかもしれないが。
「……なんだ、はっきりしてない報告書なんだな? 俺はとりあえず、食べててもいいよな?」
モーモーは一応、食べる手を止めて話を聞いていたようだが、急ぐ深刻な話ではないと分かったからか、再び口を動かし始めた。
「いつ食べても、美味いモー!」
ご機嫌なモーモー。戦い方は豪快だが、食べ方も豪快だった。彼にとっては小さいであろうロールパンが、次々と口に入っていく。
見事な食べっぷりのためか、たまたま通りかかった給仕の少女が、モーモーに声を掛けた。
「モーモーさん、もっといりませんか? パンもおかずも今はおかわり自由ですから、遠慮なくいっぱい食べて下さいね!」
「おう、後でもらいにいくモー!」
そのやり取りを見てのことか、思い出したようにスカッシュが聞いてくる。
「……リイム。そういえば今年は豊作で、魔物被害自体は少ないはずだったな?」
「そうだね。十数年ぶりの大豊作らしいよ。作物は例年の倍くらいの収穫があるらしいし、自然の野山にも食べ物が溢れているから、人里をわざわざ荒らしてまで食べようとする魔物は少ないんだろうね」
彼の言う通り、今年は豊作だった。だから食材が安くたくさんある今は、おかわり自由になっている。そして自然も例外ではなかったから、魔物たちはその恩恵を受けて、今はかなりおとなしい。
「……」
「それがどうかしたのかい?」
スカッシュが考え始めたので、リイムは何の関係があるのかと聞いてみたが、彼は首を横に振ると、思考もやめたようだった。
「すまない。今はまだ言えることがない。……まだまだ調査中の段階だろう? もう少し情報が揃ってからの話しだな……」
彼はそう言って、目の前のボリュームある食事に視線を戻すと、げっそりとした様子で再び食べ始めた。
<うん……>
ストックの中で最新ネタでしたが大失敗がこれ。
まだあと2、3があるけど。2は短かくて、3が一番無駄に長いですね……。
初めから読み手サービスを狙ったわけじゃないが、なんか変な流れになっていた。
私はあまりそういうのはしないけど(苦笑)、別に書くのが嫌ってわけじゃないです。
後半まではすっごい速かったですよ打ち込みは。おたふく風邪ひいて動けないときに。
1、2はまあいいんですよ。3の部分が非常に苦痛だった。
もうタムネタはいかんとおもった。ロクでもない方向に進んで収集がつかないから。
いや前々からですが……。
ソーセージ
出しちゃった。食べちゃった。何の腸詰だこれ!?
タムタムのスカート
あんなに上まで切れ目入れませんよ普通、ねえ(苦笑)
虹のタムタムの絵でドキリとした人は、どれくらいいるのか。
「あれだろ、勝負ぱ――」
でもタムタムはあれですからね。○○○ないよね。そう見えるんだもん(苦笑)
ブタ・サボテン
大昔に出した連中ですが、前の方が個性が強かった気もする。
あまり変なことを言わせなくなっただけですが……。
「なんで、残り半分を全て俺のところに移しかえているんだ……」
これは酷い嫌がらせやいじめだと思うのです。
スカに嫌そうな顔をさせるシチュエーションがいい!!! 楽しい!!!
ア☆ラ☆ビ☆ア
こやつがいつも居残り組な、理由。
今後の活躍? 一応ネタあるんだけど作れるかどうかワカンナイ……。
そういえば私は前はアラビアにおじゃるごじゃるで言わせてた気がしたのですが。
……どういうわけ方をしてたかも忘れたわ。
「俺は基本、サラダとパンだから、大盛りくらいいいだろ……」
昔にモーモーは草食ということで出したはずなので、肉は食べない……(苦笑)
モーモーは全然出番ない。どうでもいい役。内容が内容なので出番なんてあるわけないわよー!
別の話であっても、もうモーモーの出番ってあんまり……。
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