それは まことに ゆゆしき事態


<2>

 夕食もまた一人で先に済ませ、タムタムは城内の与えられた自室に戻り、着替えの最中だった。一人用の小部屋だが、置いてあるものが少ないため、見た目の手狭さはあまりない。自室といっても、用途はほぼ寝室。そんな部屋の中で、空間の占有率としては一番のベッドに寝間着のネグリジェを置き、小さな円卓とセットになった椅子の背もたれに、脱いだ法衣を一時的に掛ける。
 その淀みない一連の行為を途中で遮ったのは、唐突なノックの音だった。
「は、はい?」
 まだ寝間着を着ていない。びくりとして振り向くが、ドアの方角から聞こえてきたのは友人の声だった。タムタムは胸を撫で下ろして着替えを再開しようとした。
『タムタム、いるよね? 私だけど』
「……シャルルね。ちょっと待って。今着替え中だから……って!?」
 ドアが開いた。
 鍵がかかっていないことに気づいたのか、待つことをせず室内に入ってきた友人シャルルに、下着姿のタムタムは、思わず身じろぎした。
「待ってって言ったのに!」
「別に気にしなくてもいいじゃないの。女同士だし、私たちの仲でしょ。だいたい、着替えなんて昔、毎日見てたじゃない、お互い」
 怒っても効果なし。
 後ろ手にドアを閉め、何をいまさらと、シャルルは笑って手を上げながら歩いてくる。
 頭部の高い位置で長い髪を一つに束ねて垂らし、白を基調とした神官の装束。彼女の仕える宗教国家マテドラルの国教、カラード教の独特な法衣姿は、ライナークではよく目立つ。
「私のことは、気にしてくれなくていいから。客人じゃなくって、ほら、友人としてね」
 気安く言ってくる相手に、タムタムは感情的になった。
「そうじゃなくって! もう子供じゃないんだし、昔は昔、親しき仲にも礼儀ありでしょっ。そんなに待たせるわけじゃないんだから、少しは遠慮してよ、まったくもう……」
 後半は嘆きながら。
 お互いラドックに師事した身。一緒に学んでいたこともある。だが、昔の話で今ではない。
 そっちは気にしないかもしれないが、こちらはもう気恥ずかしいのだと、完全に背を向けたタムタムは、ぶつぶつと文句を漏らす。
 しかしシャルルは肩を竦め、悪びれる様子はなかった。
「……それなら、鍵をかけておけばいいじゃない。礼儀とか遠慮以前に、ちょっと無用心じゃないの? 色々」
 注意したつもりが、逆に返ってくる始末。なかなか細かい相手に、タムタムは多少不機嫌になった。ネグリジェを手に取ったものの、着替えをまた中断して、振り返る。
「遅く到着しても、どうせ今日中に尋ねてくると思ったから、戻ったとき鍵をしなかったのよ。もちろん普段はちゃんとしてるわ」
 今日、シャルルが王城にくることは分かっていた。隣国マテドラルの使いとして、度々彼女はライナークにやってくる。だからそろそろ来る時間かと、タムタムは鍵を掛けず待っていたのである。
 ところがその説明に、シャルルは呆れたようだった。
「今日たまたま、夕方の数時間くらいって言いたいんだろうけど……その間に何かあったらどうするのよ。……私がくる間に、もしも覗かれてたら?」
「えっ……!」
 考えもしなかったことを言われて、タムタムは硬直し、真っ赤になった。
 否定できる状態ではなかったのが事実。
「そ、それは……。たぶん、たぶんないと……思うけど……」
 シャルルはおかしそうに笑った。
「もぉ、タムタムって無用心というか、ほんと無防備よね。……まあ周りがああだから、仕方ないかもしれないけどさ」
「そ……そうなのかしら……」
 昨日あった老婆に言われたことと、近いニュアンスのような。
 しかし、考え始めたタムタムの前でシャルルが話し始めたのは、自分のことではなく、先ほど言った周囲のほうだった。
「そうよ。勇者殿もモーモーも無関心でしょ……。スカッシュは……なんだろ?  あれって老成してるのかな? だから、そんな中にいるんじゃ、やっぱりねえ」
 そこまで言って、思い出したように手を打ち、一気にしゃべる。
「――あっ、そうだそうそう! それで勇者殿たちよ! ここに来る前にすれ違って会ったの。気にしてたわよー? 今朝から一緒に食べてないんだけど、そんなに忙しいのかって。なんで一緒に食べなかったの? たまにならいいけど、今日一日、三食全て別々だったんでしょ。なーに避けてるのよ?」
「……」
 言い終えて返答を待つシャルルに、タムタムは何も言えなかった。順を追っての説明が必要な話しだったから。
「え……。そこで黙っちゃうわけ……? 言えない、こと……?」
 半分冗談のつもりだったのだろうが、笑みを消して尋ねてくるシャルルに、タムタムは首を横に振って否定すると、ベッドに腰を下ろして俯いた。
「あのね、シャルル……そのテーブルの上に置いてある紙の包み、開けてみて」
 シャルルは眉を顰めたが、言われたとおり円卓の上にあった包みを開いた。
 でてきた白いブラウスを、広げる。
「……これ、服? あ、かわいいじゃない。タムタム、明日休みなんだってね。着るの?」
「……」
 タムタムは答えの代わりに、溜息を吐いた。
「……もう、どうしたのよ? また黙っちゃってさ」
「それ、可能なら交換してもらおうかと思って……」
 シャルルの顔は、怪訝そうに変化する。
「ふぅん、気に入らなかった? 私は結構いいと思うけどな。……でも交換なんて、自分で買ったんじゃないの?」
「気に入ったから買ったんだけど……」
「――じゃあ何よ……」
 分からないと咄嗟に返しかけたようだが、途中で言葉が止まる。
 眉間に皺が寄ったのを、タムタムは見逃さない。思い当たったのだろう。シャルルは声のトーンを下げて聞いてきた。
「もしかして……着られなかった……?」
 タムタムはシャルルの目を見て話せなかった。口にするのがなにより辛く、視線が逸れる。
 初めて着たのは、昨晩だった。夕食が済んでから、うきうきしながら袖を通したとき。
「……。ギリギリ着られる……けど、キツイの……。普通のサイズより、少し小さめとは聞いてたけど……」
 苦労した。着れるには着れたが、無理をしたら、縫い目のどこかが破れそうな恐怖を感じた。
 思わぬ事態だった。視界が暗転し、床にへたり込んだほど。
「そっか……。それで……量を減らしてる訳ね」
 シャルルは何回か、緩やかに頷く。タムタムが、なぜリイムたちと一緒に食事を食べないか、合点がいったと。
「油断してたわ……」
 話すほどやるせなくなってくる。タムタムは俯きながらぽつりぽつりと口にした。
「最近ね……ちょっと食べすぎかな、とは思ってたのよ……。ハードスケジュールだったとはいえ……」
 しかし、そう思っても後の祭り。脳裏に浮かんでタムタムを苦しめるのは、容赦のない「太った」の文字。浮かんだ瞬間など、絶叫を上げかけた。
「お腹が空いて空いて仕方なくて。結局それでも食べちゃったのが……」
 頭を押さえながら思ったのである。このままでは、マズイと。だから手段を考え、即実行に移すことにした。それが、食事の量を減らすこと。食べすぎが原因であれば、単純な話だ。
「でも……やっぱり小さめって聞いてたんだから……仕方ないんじゃない? 太ったわけじゃあ……」
 シャルルが言葉を選んでいるのがまた辛く、さらに説明をするのはもっと辛く。
「他の、手持ちの服を出してみたの……。やっぱり、ちょっと……ね……」
「……。それ、小さくなったのと違うの? だってタムタム、着る機会ないからって、たくさん服買わないじゃない。……前に買った服だったら、小さくなってもおかしくないし」
 子供ではあるまいし、見えて育つ年齢はもう過ぎていた。
「さっきの服の前に、買ったのを着てみたんだけど……。まだ半年前かしら……」
「……」
 いよいよシャルルが言葉を失った。それでも次の瞬間には、苦しそうな様子で考え始めた。
「え、えと……ね! うん、単純に太ったって決め付けるのは、まだ早いと思うわ! だって、たくさん食べたかもしれないけど、その分タムタムは動くもの。贅肉がついてるとは限らないんじゃない?」
何が言いたいのかはすぐ理解できたが、内容は今の自分と相手の表情と同じ。
 強い身体を求めているなら別だが、同性で筋肉がついたと言われて喜ぶ者は、なかなかいないだろう。
「それ……逞しくなってるってことでしょ……。どっちにしろ、嬉しくないんだけど」
「で、でも! ぷよぷよな脂肪より全然いいでしょ! 引き締まってるし!」
「私別に、女らしさを捨てたいわけじゃないし……」
「そんな、見た目変わってないわよ……! 体格が男っぽくなったとか、全然ないから!」 
「じゃあやっぱり、太っただけなんだわ……。ちょっと筋肉がついて引き締まったくらいで、服が着れなくなることはないと思うの……」
 タムタムは、もはや遠いどこかを見ていた。丸まってしまう背中。下がってしまう視線の先で、聞こえるか聞こえないかの吐息をする。
 そして――。それを前で見るシャルルは、何かふっきれてしまったようだった。
 震え、わなないたかと思えば。
「ちょっと……タムタム!」
「へっ!?」
 強く呼ばれた名前に、タムタムが驚いて顔を上げると、腰に手を当てて口を結んでいたシャルルが、突然飛び掛ってきた。
「――キャアァッ!?」
 逃げる間もない。いまだ下着姿だったこともあり、腰の辺りを直接触られて、思わず悲鳴が出た。
「ちょ、ちょっとシャルル! やだ、どこ触ってるのよっ!」
 突き放そうと相手を見るが、その目が本気でタムタムは怯む。
「こうなったら、まずは実際どうなのか確認すべきよ! 筋肉があるのか脂肪があるのか! それ以外だったら、きっと今でも成長してるだけ!」
「ええっ!? ま、待って……! やだやだ……っ、くすぐったいってば!」
 動くとなると狭いベッドの上。タムタムは身体をよじって逃げ出そうとしたが、慌てていることもあり、シャルルの手から逃れることはできなかった。
「ダーメ! タムタムがそんなぐずぐずしてるからいけないの! すっきりさせたほうがいいの!」
 タムタムは嫌がったが、火がついてしまったらしいシャルルは、止めてくれそうにない。
「シャルル――」
 ――どうしよう、どう逃げる。
 タムタムは混乱の最中、本能的に逃げる手段を探してもがいたが、そこに自分たち以外の存在を察すると、意識も移る。
 やや強めに叩かれた、ノックの音。
「……!?」
 自分もシャルルも、一瞬でぴたりと動きを止めた。そしてお互い、ドアを。
『――すみません、タムタム殿! 何かありましたか? 先ほど悲鳴が聞こえたような』
 特に聞き覚えのない、若い男の声だった。おそらく、城内を警備している兵士だろう。
 そして悪いことに、彼はすぐさま異変に気づいてしまった。
『鍵が……開いていますね。とりあえず異常がないか、中を確認させてもらってもいいでしょうか?』
 その言葉に、タムタムとシャルルは顔を見合わせて飛び上がった。
 ――まだ、着替え中。
「だっ……ダメ! いやあのすみませんっ、ちょっと待ってくださいっ!」
 タムタムは慌てて、ベッドの向こうへ投げ出されている、ネグリジェを着ようとした。
 シャルルは走ってドアの前に行き、ノブを押さえた。
「ご、ごめんなさい。少し騒いじゃっただけで……何でもないんです! 本当に!
 しかしシャルルの声は、相手にとってなじみがない。彼女の声に、廊下の兵士は逆に、警戒の色を強めたようだった。
『……ええと、タムタム殿以外の方ですね。どなたですか?』
「あ……。あのっその私、タムタムの友人のシャルルです……。シャルル・ブレッド。マテドラルの使いとして、先ほど……」
 シャルルはそこで、自分は黙っておくべきだったと気づいたようだが、もう引っ込みはつかない。身を明かしたものの、それだけで納得してくれる相手ではなかった。
『ああ、マテドラルの。伺っております。……ですが一応、確認させていただけますか? 申し訳ありませんが、僅かなことでも確かめるのが我々の務めですので……』
 明らかに疑いを抱く声からして、そのうち踏み込んで来そうだった。シャルルは両手をドアノブにかけて、後ろを振り向いてくる。
 焦って促す視線はこちらへ、平静を装いきれない声は、ドアの向こうへと。
「そ、それは全然構わないんですけど、もう少し、だけ……」
 タムタムは視線を送られるまでもなく、いち早く着替えることが先決と行動に移っているが、酷く慌てているせいか、手間取ってなかなか進まなかった。しかし、ようやくネグリジェを被り、腕を通したので、多少の乱れはよしとしたか、見たシャルルはドアノブから手を離した。
「えっと、はい。大丈夫です……たぶん」
『……では、失礼します』
 一応、気を使ってのことだろう。ゆっくり静かにドアが開き、そこに立っていたのは二十歳頃の兵士二人。話をしていたのは一人だったが、二人一組で城内を回っているので、おかしなことではない。ただ、見える真正面――部屋の中を見た彼らの表情は、瞬く間に赤みを帯び、目を見開いた驚きのそれで固まった。
「「……!?」」
 二人の視界の真ん中には、乱れた髪にネグリジェ、疲れた表情で、やはり乱れたベッドにぺたんと座り込む姿があるわけだ。
 一拍の間。無音だが、内面は激しい衝撃の数秒。
「すっ、スス、スミマセンっ! まさか着替えの最中とは! 配慮が足りませんでしたっ!」
 それから、バタンと勢いよく閉まるドア。
 そして、パタンとベッドに力なく倒れるタムタム。
 半ば放心状態だった。そこにシャルルが急ぎ駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫……タムタム!?」
 タムタムは答える代わりに、仰向けに倒れた。そのままごろんと転がって、シャルルに背を向ける。
「もう最悪よ……。前と後ろ反対だし……」
 なんとか言葉にしたものの、それの脱力は凄まじく、一緒に魂までも抜けてしまいそうだった。
「えっ? あっ……ほんとだ」
 シャルルは今気づいたらしい。
 タムタムも袖を通してから気づいたのだが、ネグリジェは前と後ろが反対だった。背中側にリボンがついている。慌てていたので、間違えてしまった。
「ご、ごめん! 私も慌ててたから、そんなの全く思わなかったし、気づかなかったわ……。でっ、でも! 女の私でもこうだし、あの二人も気づいてないわよ……きっと、全然!」
「……」
 気休めにもならないと分かっているだろうに、シャルルも、それを口にせずにはいられなかったのだろう。
 もちろん聞いたところで、今の気分が晴れるはずもない。それどころかますます惨めに、嘆きたくなるだけ。
 背中越しに伝わったか、シャルルは黙ってしまう。
 気まずさゆえに動けなかった沈黙だが、一分も続かなかった。
「ごめんシャルル……」
 今は、側に誰かがいることが苦痛で、耐えられない。もはや話す気のなくなったタムタムは、振り返ることもせず、断った。
「今日はもう疲れちゃった……。話は……また明日でいいかな……」
 自分でもどうにか聞える程度のか細い声だったが、なんとか届いたらしく、身じろぎが感じられた。
「う、うん……。ほんとごめんね、タムタム……。色々……明日ね」
 今は何を言っても無理だと判断したのだろう。シャルルは、おとなしく離れ始めた。
 しかしその足はすぐに止まった。
「……あ。そうだ、服。たたんで包みなおしとくね……」
 周りが投げっぱなし、出しっぱなしのままだったので、自分が広げたそれくらいは片付けていこうと思ったようだ。
 たまたま、目に付いただけのことだろう。言った以上の意味はなく、何気なしにたたもうとしたのだろう。だが、包んであった飾り気のない包装紙に戻している途中のことか、シャルルが小さく声を上げた。
「ん?」
 何かに気づいたと思しきもの。ただ、タムタムはその時まだ気に留めなかった。シャルルの声が僅かに震えるまでは。
「え……。こ、これ……って……」
 動揺した様子。
 ようやくタムタムはおかしいと察したが、具体的に何なのかは見当がつかなかったので、重く身を起こし、振り向くこととなった。
「シャルル……?」
 タムタムはうっかり、そして先ほどの事態のため、すっかり忘れていた。
 あれがあることを――。振り向いた先、固まったシャルルが両手の指で摘むように持っていたものを。
「あ――」
 口が開きかけたところで、目があう。
 同じく振り向いてきたシャルルのそれは、大きく見開かれ、丸くなっていた。しかも少し顔が赤い。
「タムタム……。うそ……こんなの……はくんだ……」
 問われて、頭は真っ白になる。しかし顔は真っ赤になる。
 ブラウスの下にあったのだ。一緒に返すつもりで、包装紙に包んでいた。透けそうな、薄いピンクのヒラヒラしたもの。
 タムタムは半狂乱で叫んでいた。
「キャァアアアアアーッ!? ちっ、ちち、違うのそれっ! 頼んでないの入ってたのっ! 返すのだから! 買ったんじゃないからぁーっ!!!」
 己の行動など考えられる状態ではなかった。恥ずかしさが身体を突き飛ばす。タムタムは弾かれるように体ごと右手を伸ばした。だがベッドから届く距離ではなく、バランスを崩してそこから落ちる。
 しかし、己の悲鳴と痛みを気にする間などなかった。酷い場面に拍車をかける、激しいノックとさっきの声。
『――あ、あの、タムタム殿ッ!? 今度こそ何か!?』
 本来なら、褒めるべきことなのだろうが。彼らは再び聞こえた悲鳴に、実に迅速に行動していた。
「あ、ああ……あ……」
 どうにかできる限界を超えていた。
 逃げ出したいとも思わない。どう収拾すべきかと考えることもない。そんな方法はそもそもなかったが、頭の中は感情だけでパンクしていた。何かを考える隙間はできない。埋め尽くされ、膨れ、感情が破裂した。
「……違う……違うのーーーー!!!」
 羞恥に混乱し、動けなくなり、自室の床にへたりこんだタムタムは、絶叫を上げることしかできなかったのだった。

 結局、その夜の出来事は、勇者軍も駆けつける騒ぎとなった。


 翌朝、昨日の騒ぎで完全に寝不足のタムタムは、とぼとぼと中央広場に向かった。数少ない休みの日であったが、普段のままの法衣に着替え、服の包みを小脇に抱え、人目を避け逃げるように城を出た。周囲の朝の賑わいは、彼女の耳に一切入らない。目的の場所にたどり着くまで少しかかるため、頭の中は昨晩のことがぐるぐると回り、どれだけしたか分からない後悔やら、消えそうもない羞恥やらがタムタムにのしかかった。それが周りから見れば、重い足取りとなり、背筋を曲げ、肩を落とす姿となった。
「はぁ……」
 取り乱していたので、その後のことははっきりとは覚えていない。ただシャルルが、色々と説明したり誤魔化してくれたようで、とりあえず事態は収まった。
 リイムは本当に心配そうで、モーモーは終始首を傾げるばかり。スカッシュは駆けつけた時から呆れていて、ミラクルは普段どおりうるさかった。
「ふうぅ……」
 今日が休みで良かったと思う。一緒に食事をしないことを気にする必要もなく、顔を合わせなくていいのだから。特にリイムに会ったら、顔から火が出かねない。
 そして何度も何度も溜息をつきつつ、タムタムは中央広場にたどり着く。寄り道をする気分になれるはずもなく、真っ直ぐブラウスを買った老婆の元へ足を進める。
「あれ……」
 しかし、近くまで来て、タムタムは足を止めざるを得なかった。そこには老婆の姿はおろか、並べられた服や組み立てられた試着室もなく、敷物も取り払われていたからだ。
 タムタムは一瞬、呆然とした。だが、老婆がいたスペースの横で、これから店を始めようと準備をする中年の男性が見えたので、そちらに声を掛けていた。
「あの。隣で女性向けの服を売っていたおばあさん……ご存知ないですか?」
 頭の天辺は禿げ上がり、横に髪を残すのみとなった小太りの店主は、後ろの荷車から品のよさそうな陶器のカップとソーサーを取り出して、清潔そうな真っ白のテーブルクロスが掛けられた台に並べつつ、答えた。
「ああ、知ってるよ。自分は一昨日の夕方こっちに来たんだけどね。あのばあさん、昨日今日は隣町に行くって言ってたよ。……お嬢さん、もしかしてタムタムさん?」
「は、はい……」
 向こうが自分の名前を知っていたので少し驚いた。店主はにっこりと笑って、準備を続けた。
 カップとソーサーの次に、ティーポットが出てくる。
「そうかい、なら言付けを頼まれているよ。明後日にはまた戻ってくるから、用があるならその時に頼む、ってね」
「明後日……。昨日今日は隣町で、明日は……?」
 ふとした疑問だったが、店主は小首を傾げつつも手は止めず、後で思い出したと話し始めた。
「ん? ……あ〜、明日は隣村かな。自分も行商でね、隣町、ここと、同じところを回ってるけど、まだ一緒になったことがないんだ。それで、隣村で一緒に商売することになるねって、話しになったんだよね。それなら自分は明日、隣村だから」
「……そうですか」
 隣町も隣村も、二時間もあれば行ける。遠くはない。だが、今日隣町まで行く元気があるかと言えばそれはないし、たとえ遠くなくても明日はもう休みではない。現時点で隣村に行く用事もない。
 タムタムは考えたが、突然の任務でも入らない限り、明後日に合間を見てここに来たほうが、一番時間の無駄がないと判断した。
「分かりました。明後日、また来ようと思います。ありがとうございました」
「ああ、隣村に行って会ったら、ばあさんに伝えておくよ。お嬢さんが来るってこと」
 仕方ないので帰ろうと。タムタムは、店主に頭を下げて礼をした。それでもう、立ち去るつもりだった。
 だが、ふとしたことだ。顔を上げたところで、テーブル前にちょうど今置かれた看板。目が行った。
「え……」
 赤いリボンが掛けられた枠の中。誰が書いたのか分からないが、そこにはかわいらしさを出すためであろう、丸っこい文字がある。
 陶器を売る店かと思っていたが、違うようだ。
「ダイ、エット……?」
 タムタムの目は、釘付けとなった。魔法のダイエットティー販売中と、書いてあったから。
「そうだよ。健康的に、無理なく減量ができるお茶を売っているんだ。お嬢さん、ダイエットに興味があるお友達とかいるかな?」
 店主は反応を見て、少なからず関心があると思ったのだろう。愛嬌よく笑い、手のひらに乗るほどの木箱を取り出した。
「なんとこのお茶、飲むと太りにくくなるんだよ。それに満腹感がでるから、食べる量も控えめになって、より効果的だよ。何が入ってるのかは秘密で答えられないけど、色々な薬草をバランスよく混ぜてあるんだ」
 営業トークと共に、木箱の中身が開けられる。そこには、乾燥した植物の葉や枝、実らしきものが詰められており、これが商品なのだと分かる。
「お茶だから手軽だし、味だって保証するよ。やっぱり、我慢して不味いものを飲んでも続かなかったりするからね、そこは特にこだわってるんだ。希望があればブレンドして、フレーバーティーにすることもできるよ。上品な香りのローズや、甘い香りのアップル、ピーチ。さっぱりとしたレモンやマスカットなんかが人気だよ」
 店主はラベルが貼られたいくつかの瓶を取り出した。中にはやはり、乾燥した果実の皮や、花弁と思しきものが入っており、それが先ほど言った香り付けのための材料らしかった。
「どうだい? あやしいものじゃないって自信があるから、試飲もやってるよ。興味がある人がいたら、ぜひ連れて来て。説明は可能な限りさせてもらうから」
 店主は少し勘違いをしていた。だが、それを指摘するというのは、自分が気にしているのを露呈させるわけで口にし辛い。
 タムタムは、言葉に困りながら話した。
「えっと……友達で興味ありそうな人は、ちょっといないんですけど……」
 言葉を濁すタムタムに、店主は少し首を傾げたが。
「……あれ。もしかしてタムタムさん……興味あるんだ?」
「あ、それは……」
 頷くというより、恥ずかしさで俯いてしまう。しかし店主は納得したと、頷いた。
「なんだ……。ああ、いやいや、ごめんよ。おじさん、タムタムさん自身が興味あるとは思ってなかったんだ。でもこういうのは、他人の判断じゃなくて、当人がどう思うかの問題もあるんだよね。分かる分かる」
「……」
「それで、どうする? とりあえず試飲してみるかい? 気軽に試してもらえるよう、三日分の小さなパックもあるよ。後は、一週間分のこの小箱のタイプと、レギュラーサイズの一ヶ月分、そしてお得な大箱三ヶ月分と、幅広く用意しているよ」
 タムタムがまだ躊躇いにある中で、店主はどんどん勧めてくる。そのせいか急かされている気もしてきて、悩み困るが、返答を探す前に、数人の若い女性の声が割り込んできた。
「あ、ここよ、ここー! 例のお茶やさん!」
「ねえ、本当に効果あるのぉ?」
「それより、あまり高いと買えないわよ……」
 町娘なのだろう。タムタムと同じか、若干若いくらいの女の子が三人。黒髪でポニーテールの子、茶色の巻き毛にそばかすの子、ブロンドのロングで青いヘアバンドの子とそれぞれ異なるが、タムタムと同じく、見た目にふくよかな者はいなかった。
 それでも彼女たちが客なのは、すぐに分かった。
「おっじさーん! 友達つれてきたよ。試飲させてよー!」
 元気そうに手を上げて、黒髪の子がテーブルの前に立つ。
「ああ、昨日の子だね。いらっしゃい」
 少し距離があり、立っているだけのタムタムを気にした様子もなく、三人は小さな店を騒がしく囲んだ。
「ねえねぇ、おじさん。ちゃんと効果あるのぉ? おじさん、太ってるじゃないの」
「ハハハ。鋭いねお嬢ちゃん。でも……びっくりしちゃいけないよ? これでもおじさん、前は今の倍くらい横幅があったんだよ」
「えぇー! ほんとにぃー?」
「本当さ。でも、このお茶を飲み続けて、ここまで減ってきたんだ。もっと痩せたいから、まだまだ自分で飲み続けてるよ」
 客を前にして、相手にしないわけにもいかないだろう。気になるのか、ちらりとタムタムのほうを見たものの、店主は三人の接客を始めた。
「これ、どれくらいで効果がでます……? 時間がかかるようなのはちょっと……」
「うーん、そこは個人差があるとしか言えないなぁ……。普段の食生活とか、運動量とかみんな違うからね。でも、遅くても一ヶ月くらいから分かるようになるよ。あと……お嬢ちゃんたちみたいに、元からあまり顕著じゃない人は、極端に痩せないよ。分かると思うけど……」
「そうなのー? じゃあこのぷよぷよの腕回り、飲んでもダメなのかなぁー。そうだったら、飲む意味ないよー!」
 女の子たちは騒ぎ続け、すぐに終わる気配はなさそうだ。
「どうしよう……」
 タムタムは途方に暮れてつぶやいた。
 あそこに踏ん切りもつかないまま、ダイエットティーを求め、一人で入っていく勇気はさすがになかった。しかし彼女たちが去るのを待つというのも、ばかばかしいし気がするし、何より今、自分はこの場にいて浮いている自覚があった。
(うーん……。ごめんなさいっ)
 しばらく迷ったが。店主には悪いと思いつつも、タムタムは心の中で謝り、店を離れた。
「あっ……。数日したら、またここに戻ってくるよ! 良かったらまた来てよー!」
 店主はすぐに気づいたようで、後ろから声を掛けてくる。だが、思い返す余裕ができたからだろうか。どんどん強まる恥ずかしさに走り出したタムタムは、答えることも振り返ることもできなかった。


 
<3へ>

 
<う……うん>

やるきねーですよーーーーん。だから出来てても短くても上げなかったよ……。
これはサービスしようと思ってサービスしたんじゃないんだからねっ。
たまたまこんな流れになっただけなんだよほんとだよ信じてよ……!!!

着替え
読む人の逞しい想像力で好きな格好を考えるとよろしいかと思われます。

「あれって老成してるのかな?」
人間の年齢で言うと完璧ジジイな年は生きてることにしてます頭の中ではねっ。
でも魔族で言うとほんと若造ねっ。見た目よりはるかに年食ってるっていいよねっ。

太った
つまりそういう話だということで分かっていただきたい。

シャルルが、突然飛び掛ってきた
どうよどうよ? ほら、百合っぽいのもちょっと入ってるよ……ねえ完璧じゃない!?
ちなみに私は百合もやおいも興味ないスよ正直。どうでもいい。

「うそ……こんなの……はくんだ……」
だからは○てないんだよ!!! ってことにするほうがマズいよー。
実はもう一回ぱんちゅネタ引っ張ってやろうと思ったけど、さすがにくどすぎるかと思って止めたわ。
くそ、なんでこんなお下品なことばかり書いているのだ私は……。

ダイエットティー
こんなネタつかえるのタムタムしかおらんじゃーん……。

町娘
うざい、うざそう。



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