甥っ子はつらいよ | 2
頻繁なアナウンス、止まることのない人々の往来から外れた片隅に、三人で囲む円卓。穴が開きそうなほど見つめていた、タイムテーブルや周辺地域の地図などの書類から視線が外れたかと思えば、次に酷く真面目な顔が語った。
「――いいか。黙っていれば美人、美人の皮を被った天然で、天然な上にじゃじゃ馬だ」
「ずいぶんと容赦ない言い方ね……」
「俺は有り体に言ってる。それに、嫌でもそのうち分かるさ……」
それはファムの指摘になんとか笑おうとして、しかし全く笑えていない不自然なコパン。言葉だけなら、歯に衣着せぬ発言にも思えるが、酷くまじめで本気のような。
彼がエレと六年ぶりに再会した日から、二日と経つ。貨物船団を護衛する当日で、飛び立つ一時間前、まだ来ないエレを三人が待っている時だった。あれから不機嫌で一徹、叔母である彼女のことを話さなかったコパンだったが、さすがに来ない相手を心配する声には、いよいよ口を開かざるを得なかった。そしてようやく重い調子で語りだしたのが、さっきであった。流れがいつの間にかエレの性格の話になったのは、答えるコパンの鬱屈とした、何か堪え難い感情の現れだろうか。リーヴで最もにぎやかであろう空港のロビーでも、それは紛れたりしないらしく。
「正直に言うと、逃げだしたい気分だ……。ねえさんは……俺にとってどうしようもなくトラブルメーカーなんだ……。六年ぶりなのに、嫌な予感がするぜ……」
弱音まで出る。もはや本気を疑うべくもなかったが、単純に驚くべきか、コパンにそこまで言わせる相手に深く自分も心配するべきなのか、シエルは少し悩んだ。
「でも……いつもだったらコパン、何か事件が起こってくれたほうが良いって言うけど」
「あのな、シエル。いくらなんでも、一方的に自分に不幸が降りかかるような事件を喜ぶほど、退屈してないぞ俺は……」
「「……」」
とにかく一言一句が真剣なので、シエルは黙り、ファムも少し困惑している。気軽に何か言ってはいけないような気がするのだ。今日の彼は――いや、エレとあった日から今このときまで、コパンには普段の気安さや余裕が感じられない。刺があるわけではないが、苛立ちはあるのかもしれない。頭がいっぱいのようだ。焦燥感と。
二人が穏やかな話題を考えようとする中で、落ち着かない様子のコパンは、自らの懐中時計を確認した。
「もう出航まで一時間切ってるぞ……。何やってんだ……」
「さすがに、遅いわね……」
「何事もなければいいんだけど……」
こればかりは気になるので、二人も言葉を添える。ここから時が経つのは早いもので、出航まで、そう待つ時間はない。既に荷物を満載にした飛行船の船団は、最終チェックの段階に入っている。最後の一人が来ないからと予定を変える訳にはいかないので、荷主や船団側からの説明は集合時間から間もなく開始され、済んでおり、三人のガンナー同士による打ち合わせも、もう済ませてしまっていた。仕事柄、彼らの意識は高く、安易に楽観的に考えることはしない。トラブルに備えるためにも、どうしても待たなければいけない事態でなければ、先に延ばすことはしない。
「間に合わないような仕事、受けるなよ!」
両手で頭を抱え込むコパン。彼にとって叔母のエレは、心配と悩みの対象、原因であり、切り離せない存在であるのは間違いない。
「そんな、初めから間に合わないと思ったわけじゃないだろうし、待つしかないよ。……まだ間に合わないとも限らないし」
他に言いようもなくシエルは言葉を掛けるが、気が利かないと言いたいのか、単に刻々と募るエレへの不満のせいなのか、コパンはテーブルに伏せってただただ唸るだけだった。
どうしたものかと、シエルは自分と似た表情のファムと顔を見合わせるが、周辺の無関係な音の中に混じった呼び声を聞き分け、振り返る。
「あれ? 誰か呼んだよね?」
見れば一人の男性が近づいてきた。一緒に向かう荷主側の従業員で、三人が依頼内容の詳細な説明を受けるため、総指揮をとる貨物船の船内まで案内してくれた相手だ。
「ガンナーのみなさん。ええと……少しいいですか?」
伏せったまま動かないコパンが気になったらしく、途中でためらった問いかけに、シエルは作り笑いをし、促した。
「あ、大丈夫です。構いませんけど、どうかしたんですか?」
「はい。警察の警戒情報が少し前に出されたみたいで、それを伝えに……」
そこまで聞くと、上体こそ持ち上がらなかったが、のそりと不満に変わらない顔だけは覗かせるコパン。
びくっと驚いた男性に、シエルだけではなくファムも笑いを作って応じた。気にしないで下さい、と。状況が理解できない男性は、つられるように同様の笑いを少し返すと、先を続けた。
「……なんでも昨晩未明に、国籍不明、所属不明の小型飛行機器が数十機ほど確認されたんだそうです。東の国境沿いで目撃情報があり、全機がそうかは確認できなかったものの、戦闘機か戦闘艇が混じっているのは間違いないとか。国境越えをしてきた空賊かもしれないということで、目下捜索を急いでいるようですね……」
「……空賊が集団で国境越えしたかもしれないって? それで、現在のところ見つかってないから、注意しろって……?」
ようやく身を持ち上げ、しかし片手で頬杖をついたコパンが、釈然としない様子で言った。
「……ええ、まあそういうことですね。まず空賊でしょうし……」
そちらから真っ先に返ってくるとは思わなかったか、男性はコパンを見やってぎこちなく頷き返す。
それはお構いなしに、すぐシエルは問うた。
「それで、予定に変更はないんですか?」
「はい、そのことですが、少しだけ。今のところは通常通りの出航予定です。軽視することではありませんが、なにぶん、その集団の目的が分かっていませんからね……。今どこにいて、いつ判明するかも分かりませんし、出航時間を見合わせるほどのアクシデントかどうか、判断する情報がまだありませんから。ただ念のために、ガンナーのみなさんには出航時間から、当初の二機より全機へ変更し、目的地への到着まで船団の護衛に当たっていただきたいと思います。異論や不都合はありますか?」
男性の言葉を聞いていくうちに、コパンの表情が晴れていく。
「……だよな。船団を狙っているか分からないってのに、神経質に様子見するほどみんな暇じゃないよな。……ああ、船内でずっとラジオを聴きながら待機になったら、暇だなって思ってたんだよ。その変更、間違っちゃいないと思うぜ」
「分かりました。何かあったときのために、僕たちがいるんですから」
繋ぐシエルに、自然な笑みが返った。
「そう言っていただけると、こちらも安心しますよ。では、改めてお願い致します。今までの活躍も聞いていますし、巷で有名なガンナーのみなさんには、こちらも期待していますからね」
「ああ、どんどん期待してくれよな。俺たちはその期待以上のことをやってみせるぜ」
分かりやすかった。期待するという言葉に反応してか、数日ぶりにコパンの自信と本気に満ちた、一見するとお調子者のような笑みが浮かんだ。どこかうわついた様子もがらりと変わり、背筋の伸びた彼は胸を張る。口述にも現れる。今までが静か過ぎたのだ。
「と言っても……飛んで出たからって、活躍の場があるかどうか分からないけどな。話の連中に企みはあるんだろうが、こっちには関係あるかどうかがなぁ。……こういっちゃあなんだけどさ、今回は永久機関みたいな超目玉品を移動させるわけじゃないんだろ?」
「それは……比較する永久機関が特別すぎますよ」
遠慮もなく問われ、答える顔には苦笑。なにしろコパンの発言には、目玉品を積んでいたら嬉しいという声が、隠しもせず入っていたからだ。襲われる確率が高いほうがいいと、言っているとも取れる。
「……今回だって、珍しいものや貴重なものをたくさん積んでいるのは変わりませんよ? 十分、賊に狙われる可能性はありますし、むしろ高いんじゃないかと思いますよ。船が博覧会の時の半分、積荷も半分とは言っても、傍から見れば十分に価値の高いものを多く運ぶわけですから、そう考えずにお願いしますよ」
困った風の男性に、コパンは隙もなく軽快に、楽しそうに笑いかける。
「もちろん、テキトーなことするつもりはないって。天才は油断もしないってモンさ。ただ、大物に狙われるような、すごい代物でも載ってないかと思っただけだよ。もしも襲ってくるなら、せっかくだしこっちも派手にやりたい……だよな?」
コパンのずらした視線の先の二人は、考える素振りすら見せず言う。
「そうね。遠慮の要らない相手がたくさん出てくるなら……ね」
「それが依頼の内容から外れず、可能なことならね」
――できるのなら、派手にやる。
それぞれの言い方があるが、同じである意見。その自信に見栄はなく迷いもなく、若きにして数々の依頼をこなしてきたガンナーの自負がある。疑いを抱くこともない、実力をかいま見た一瞬だった。それは男性の胸中に感嘆を起こし、にわかにもう一人はどう答えるのだろうという思いも呼び込んだ。そして今さらながら、その対象である相手の姿がないことに酷く疑問が。
「いや……さすが、リーヴの空を幾度となく守ってきたガンナー。頼もしい限りですね。残るもう一人の方は……。そういえば? あれ、もしかして、まだ……ですか?」
「――ううぅ……」
つぶやきとなった途中の時点で、コパンがへろへろと突っ伏した。
「あ、あれ……どうしたんですか?」
一体何がどうなり、さっきまでの自信ある態度はどこへ?
コパンの様子の変化に、男性があっけにとられた直後、
「あぁ、コパン戻ちゃった……」
「持ち直すと思ったのに、短かかったわね……」
「一瞬って感じだよね……」
「むしろこれって、どんどん悪化している気もするわね……」
ガンナーたちの、さっきまでの空気はどこへやら。溜息など吐いており、かなり深刻そうな他二人。残される、やはり何のことだか分からない男性。しかし、自分の発言途中での事態ということで、妙にばつが悪い思いにさらされる。
「え……えーと、とにかくお伝えしましたので……。僕はこれで失礼します、ね……」
「あ……」
シエルが気づいたときには、居心地の悪さを感じた男性がぎくしゃくと愛想笑いを浮かべ、そそくさと三人の側を離れていった。
悪いことをしたと思ったのも、つかの間だったが。
「――ぁあ〜いたいた! 遅くなってーごめんなさ〜い! コパンちゃぁーん、怒ってるー?」
不思議と周囲の音からすり抜けてよく通る、涼やかながら間延びした声。はっとしたのは、シエルとファムだけではない。ぎょっとしたコパンが後ろを振り返るのと、ぎょっとした先ほどの男性が後ろを振り返るのは同時で。
その瞬間の、二人の表情はよく似ていた。引きつり具合、衝撃――信じられないという顔。思いは違えども。
そして、蒼白になったかと思えば、ぶるぶるとわななき、真っ赤になるコパン。
「ね、ね……ねね――ねえさんッ!!! ちゃんづけは止めろって言っただろッ!!!」
そして一気に爆発した怒声に身を竦ませたのは、中間にいる形のエレではなく、振り返った拍子にコパンの視界に入った男性だった。
「すっ……すみません! ごめんなさい!」
まるで見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに、蒼い顔をして一目散に逃げていく。深慮する事も理解する気も起こらず、ただその邂逅のインパクトが鮮明で。きっと彼の中では、さきほどのガンナーのイメージが瓦解しているであろう。
突然の出来事に、周囲の注目が集まった中、少し遅れてエレが振り返る。しかし、既に該当の人物はおらず、すぐに彼らのほうへ振り返るが。
「えっ、え〜? なに……? さっきの人、誰に何があって謝ったのかしらね?」
「……」
「あっれ? コパンちゃ〜ん……? あれれれ、どうしたのかな……?」
表情も失せた彼の返答はない。
代わりにはならないが、それからすぐに別の方向から親しげな声がかけられる。シエル、ファム、コパンの三人には聞き覚えのある、男性の声だった。
「聞いた声に名前、何の騒ぎだろうと思ったら、やはりガンナーのみなさんじゃありませんか。今日はこれからお仕事のようですね? ……ああ、すみません。お時間、少しよろしいですか?」
人々の間から出てきたのは、やはりどこかで見た記憶がある、二人の男性。だが薄っすらだった記憶はともかく、彼らがなんであるかは決定的で、すぐにはっきりと思い出せた。なにしろ、一人は立派なカメラを構えているし、返事がなくとも無言を承諾としたか、もう一人も手際よくペンとメモ帳を取り出して、一方的に話しはじめたからだ。
「いや、事前に情報はありませんでしたが、かなり大きなお仕事ですか? ガンナーが四人も雇われるなんて、そうそうありませんよね? まあ、物騒になっているからと言われればそれまででしょうか。リーヴはそれほどでもないらしいですが、ネージュは近頃、犯罪が増加傾向にあるとは聞いていますし。いや……しかし、事件が絡む、絡まないにしろ、リーヴの有名なガンナー二人に、女性ガンナーが二人とは、それだけで記事にできそうだなぁ。よかったら、取材させてもらえませんか? いい記事を書いてみせますよ、どうですかコパンさん? 今だからこそ、一面ガンナーの記事というのもありだと思うんです。バッチリと目立ちますよ。ところで、気になるところですが、もう一人の女性ガンナーはどなたですか? もしかして、リーヴの新しいガンナーですか? そうだったら、リーヴの空も実に華やかになりますね。リーヴ程の規模の街で、女性ガンナーが二人というのは、今までにない話じゃないですか? しかし、興味深いところですが、先ほどの……呼び名から察するにずいぶんと親しい仲だと思われますが、お二人はどのような関係で……ん? おやおや、どうされたんですかコパンさん? あ〜……もしかして、我々をお忘れですかね? 旧市街の水路に現れる怪物の件では、特にお世話になりましたが」
どこをどう見ても新聞記者だった。
話を振られていたコパンは、シエルやファムからすれば怖いほど無表情だったが、彼の反応のなさに程なく新聞記者が訝った時、ぽつりと声が。
「記事だって……? さっきの……? 呼び名……」
その考えてなさそうな反応に、シエルとファムはとても嫌な予感がした。
コパンは目立つことが大好きだ。実際に大勢の前に出るのも、新聞に自分の記事を書かれるのも。しかし、色々とタイミングが悪かった……のだろう。
小さな囁きがざわつく人だかりの中心にいて、一人きょとんとしているエレを見て、新聞記者に短く聞き返され、慌てるシエルとファムがいて――。真っ白になったコパンが、その場で倒れた。
多大なショックで人事不省に陥りかけたコパンがなんとか立ち直ったのは、船団が空港を出発する二十分前だった。新聞記者の取材は頑なに断り、被害者の介抱をしつつ、遅れて説明を聞けなかったエレに詳細を話し、その間、出航の時は刻々と迫り――。しっかり者の二人のガンナーがついていても、てんやわんやの事態となったのは仕方がないだろう。そして、空港の発着する水路で離水を待つ態勢に入った二人が、やっと一息ついたところで入れ替わるように開始される、二人のやり取り。コパンの悲鳴は再開し、次の舞台へと移るのであった。
「言っておく! 天才ガンナーコパンちゃんなんて書かれた日には、俺は一生ねえさんを怨むからな!? 分かるよな!?」
指を突きつけて。コパンの体が動いてしまうためだが、水に浮くガンナーマシン、シュバリエが、乗り手である彼の心情を表すかのように激しく揺れる。
「えぇ? それって不満? コパンちゃんかわいいから、キャラクターにあってると思うけど? それに、注目凄いんじゃないかなー?」
「合ってない合ってない! 絶対合ってないッ! 俺は天才ガンナーだけど、コパンちゃんなんて付くガキじゃないんだよ! そういう変な注目をされたいんじゃ――いやだからちゃん付け禁止!」
「もー。そうやってすぐおねえさんを困らせるんだから♪」
「いやいやいや、困ってるのは俺だろ!? 話を聞いてくれねえさん!」
残る時間は僅かだった。正気に戻ってからは、反動なのか急激に動き、一時はエレが見えていないと思うほど、一心不乱に準備をしていたコパンであった。しかし飛び立つ直前に、エレと隣り合わせになって待機となれば、嫌でも気がそちらに行ってしまうようだった。
「もちろん、聞いてるわよ? でも怖いなーコパンちゃん。それじゃあ、せっかくのいい顔が台無しよ」
エレは楽しそうににこにこしている。子犬にじゃれつかれているような、そんな感じに。
何度も経験して分かっているためか、コパンはげんなりとして、開きかけた口を震わせる。その間に、シエルはすかさず言葉を滑り込ませた。
「あ、取材は断ったから」
エレが次に口を開けば、またコパンが反発するのは目に見えている。不毛なやり取りで終わらず、コパンの調子も低下する一方だ。出発前からこれでは先が不安で、なんとか会話を平穏な方向へ戻そうと試みる。
「ゴシップ誌じゃないんだし、勝手に書かれることはないよ、きっと」
「……」
不満そうであるが、彼自身は他人の迷惑になる行為を望んでいるわけではない。意図は理解してくれるのか、不承不承、言葉の代わりに溜息を吐き出しそっぽを向く。
それを見たエレの反応は、短く感嘆詞だった。
「おお〜」
「……何が、おお〜なんだよ、ねえさん」
どっと精神的な疲れが押し寄せているらしいコパンだが、どうも気になったらしく、眉を顰めて尋ねる。エレはコパンが露骨に視線を向けようとも、表情を変えないが。
「ううん。言うとコパンちゃんが怒りそうだからやめておくわ。……私は褒めてるつもりなんだけどなー。あ。あのね、怒らせたいわけじゃないのよ、念のため言っておくけど? なんか、こう、ね……。やっぱり年月を実感してるんだけど……嬉しいのよね、うんうん」
はしゃいだ様子がふと遠くなり、微笑む。
「そうか……」
仏頂面のコパンは、ふいに顔を背けたかと思えば、表情を弛ませたように見せて……がっくりと肩を落とした。
思い出したものが悪かったのか、しみじみと。
「ああ、俺には……ないな。どうしようもなく、この現実は変わってないだろ」
「――あぁ〜なんかものすごく呆れてる発言だわ。いつまでたっても大人気ないって言われてる感じだし!?」
「そりゃそうだ……」
投げやりなコパンに、駄々をこねるようなエレ。
「もうもう! 大人になったんなら、おねえさんを大事にするもんでしょ」
「めちゃくちゃだ……理屈が分からない」
「やーん。コパンちゃんがいじめる……」
「いや、それ逆だろ……。だって俺って被害者だよな、間違いなく……? って、いい歳して口を尖がらせてすねるなよ……!」
自問して悩むコパンを振り向かせ、困らせると、エレはけろりとして笑った。
「えへへ〜……。まあ、いつもやってるわけじゃないから安心して。こんなことするの、コパンちゃんの前だけよ」
打って変わった相手に、コパンは口をへの字に曲げ、捨て台詞のように「やってられるかよ」とつぶやくと、完全に向こうを向いてしまった。
「ふふふ〜。やっぱりコパンちゃん変わってないかもね……?」
上機嫌のエレ、不機嫌のコパン。先ほどと何も変わっていないように思えるが、コパンのぴりぴりとした、殺気立つ気配は無くなった。再び口出しのチャンスを失い、見守っていたシエルには、彼女に殺がれてしまったように思えた。そして、どうやらそれが二人の正常なやり取りなのだと、気づいてしまった。
だから――振り回されるコパンには同情を禁じえないが――ひとまずシエルは安心した。ちらりとファムを見ると、彼女も同じような判断を下したのか、苦笑で小さく頷いた。
「ん、んー? シエルさんとファムさんに心配かけちゃったかしら」
エレはそんな二人を見て言った。少しとぼけているようだが、決して察しが悪いわけでもないらしい。
「でも、私たちは大丈夫だから。ごめんなさいね。バタバタしちゃったから言えなかったけど、とにかく今日はよろしくね。私、ガンナーとして特別に腕が立つわけじゃないから、お荷物にならないように、がんばるわ」
途中、何が大丈夫なんだと端から聞こえてきたが、邪魔をするつもりはないようで、小声。
コパンが気になるシエルは、気を使ってほどほどの笑顔になってしまったが、必要以上に気にしすぎないよう、心で自分に言い聞かせ、話しはじめた。
「えっと、こちらこそよろしくお願いします。でもお荷物にならないようにって、とんでもないですよ。機体の扱い方を見れば、やっぱり分かりますから。経験豊富なガンナーの判断は、確かなものだと思います」
それにエレは上機嫌。言葉の調子とあわせるように、にこやかな顔から引き締めた顔となり、また笑顔に解かすと、こぶしを握った両前腕部を胸の前で合わせて、肩を揺らす。
「ん! さっすが、凄腕ガンナーって言われるシエルさんね。機体の扱い方で分かっちゃうなんて。なんだかチェックされると思うと、気を引き締めてやらなきゃ! ……って感じになるわよねー」
「いえ、チェックしてるってわけじゃ……ないんですけど……」
前面でいきなり四方八方に展開される、浮かれた雰囲気。何か返しづらい反応に、シエルが尻すぼまりにつぶやくと、不慣れな相手に対する助け舟のつもりか、コパンが仕方がなさそうに口を挟んだ。
「チェックされなくても気を引き締めてやってくれ、ねえさん……」
最初は会話をスムーズにするためのつなぎのつもりであり、別に窘める様子のない発言だった。
しかし何かひっかったのか、途中で露骨に眉を顰めると身を乗り出し、そのありのままをエレに向けるコパン。不安が底から湧いてきたと、動き出す様。
それを見て、シエルはただ、失敗したと思った。
「……。いや、まて……頼むから張り切らないでくれ、ねえさん……」
「んもー! どっちなのよぅ、コパンちゃん!」
エレは駄々っ子のように、腕をぶんぶんと振り出した。
「いや……だからその前にまず、歳相応の行動をしてくれ、ねえさん……」
「えーん! なによー、歳相応ってなによ〜」
「……」
もう落ち着いただろうと思ったのに、なんとまた始まった。
口を挟めないシエルは、二人の間において、自分が気遣う必要など、実はまったくないということを呆れながらに自覚した。
なかなか厳しい状況である。これはコパンの調子うんぬんどころでなく、自分のやる気にも影響がありそうな。
シエルがそっと様子をうかがえば、ファムですら現状打開が厳しいことを覚っている。
なにしろ今、彼女が微笑を忘れているのである。初対面でもない相手に。傍観というわけではなく、その間に入られないことを驚いている。悪い意味で、隙がほとんどない。まあ、自分たちは置いてけぼり……と言える。
そして当然ながら、打つ手などないまま、二人が二人を放置すること数分。先に飽きてくたびれたのは、エレだった。
「――とにかーく。ね、もうやめだわ、コパンちゃん。ほら、飛び立つまであと十分くらいしかないのよ? シエルさんもファムさんもおとなしく待ってるっていうのに……。最年長の私がいつまでたっても話していたら、なんだかはずかしいじゃない」
「「……」」
エレは二人の、やたらと密度の濃い沈黙に気づかないようだが、コパンは身じろぎして口をつぐんだ。済まなそうに顔を伏せる。
「うっ……。駄目だ、とにかく飛び立つまでは黙ってないと……」
そんな、反省して気持ちを封じ込めようとする、深刻な状態のコパンに対して、エレは何も気にした様子がなく、むしろ朗らかに笑う。
「ふむ。そう宣言されると、何か言わせたくなっちゃうのって……職業病?」
先ほどの決意空しく、コパンの顔が歪んだ。ガンナーである彼のプライドが、黙っていることをどうしても認められず、結局突っ込む形となってしまう。
「ガンナーってどんな仕事してるか、知ってるか……?」
「あはは、全然関係ないか。うーん、姉だからってことかしらね?」
「姉だからなんだって……?」
「え、えー……? んー、じゃあ乙女心かな? 複雑だし」
「乙女じゃない、乙女じゃない……!」
「ひっどーい! んもう、ただの茶目っ気じゃない。さすがに私だって冗談のつもりなのに、二回も否定しなくてもー!」
エレが不貞腐れて騒ぎ出す。見守っているだけのシエルには、もしや彼女の発言は意図的なのではと感じたが、そう考えている最中に、周囲の目が気になったコパンが話を振ってきて、
「――おいシエル! お前、相棒が困ってるんだから助けろよ!」
「えぇっ。でも、僕が口を挟む余地はないし……」
遠まわしに断ったつもりだったが、必死らしいコパンは引き下がらなかった。
「そんなことない! ほらお前、ねえさんのガンナーマシンが気にならないか? あれ、一点ものなんだぜ。だから飛び立つまでじっくり質問してくれ、頼んだぞ! 俺は邪魔したくないから、ちょっと前にいってる」
そういうと、彼は自分の蒼いガンナーマシン、シュバリエのエンジンを素早く点火して動かし、シエルたちが何か言い出す前に、距離を置いた。
先にあるシュバリエを見ながら、いつの間にかおとなしくなっているエレは、ため息を吐き出した。
「あ〜あ。コパンちゃんったら……やっぱりまだまだよね。余裕のない男なんて、もてないぞ」
「恥ずかしい気持ちが強いと思いますから……」
「……」
ファムは努めて障りなく返したが、シエルは返答にものすごく困ったので、ぎこちない表情で沈黙せざるを得なかった。周囲から見れば、そこの雰囲気は明らかにぎくしゃくしているのだが、エレは切り替えが早いようで、すぐに屈託のない顔に戻すと話題を変えた。
「まあ、個人的には変わらないほうがかわいいから、いいんだけど。三人になっちゃったから、違う話をしましょうか。……さっきコパンちゃんがいってたけど、シエルさん質問があるかしら?」
「あ……えーっと、はい……」
相手のように即座とはいかなかったが、それでもシエルはなんとか笑い返し、視線をずらしながら、先ほどコパンが言った言葉を思い出した。それにつれて、ぼんやりとしたエレ中心の視界が、彼女の乗る紫色のガンナーマシンへと広がっていく。彼の中で、最初から気になってはいたが、尋ねる機会が今までなかったもの。
「一点ものって……さっきコパンが言ってましたけど、特注品なんですか? ベースはシュバリエに見えますけど、フロントの部分が短くてランスのように尖っていないし、盾みたいな両翼のデザインや大きさが少し違うし……。うーん、でもアソシエ社のガンナーマシンは、新しい素材や独自の特殊なパーツが多くて、製造コストが特に高いから、デュール社みたいに多くの製造過程でライン生産に移行してるって聞いたのに、特に時間とコストがかかるオーダーメイドの機体なんて、割りに合わないものを引き受けて造るかな……。なら、改造……。いや、素材の特殊鋼自体がデリケートで、適切な加工や処理をしないと高い硬度と耐久性が得られない代物だから、気軽にできないんじゃあ……。だいたい、それが可能な設備があるのは、アソシエ社の大規模な工場レベルだろうし……」
「あらら……もしもし、シエルさーん? 思考に潜らないで、はい浮上、浮上」
考えればあれよあれよと深みに入り、紫の機体しか目に入らなくなっていたシエルに向かって、エレは面白いと思ったらしく、笑顔で片手をふりつつ声をかけた。
視界の中の動きに気づき、シエルは我に返る。
「……あ、すみません」
ガンナーはまさしく彼の天職だ。愛機アヴニールの整備や改造は自ら行い、仕事もプライベートもガンナーマシンから離れないシエルである。若くとも造詣が深く、縁のあるアルティザン社だけを見ているわけではない。他の製造メーカーの機体や技術にも興味がとてもあるし、注目している。
「聞いたわ。シエルさん、ええっと……アヴニールだったわよね? 自分のガンナーマシンを、一人で全部修理できるんでしょ? 改造もやってるって。分かるわ、興味があって好きじゃないと、できないわよね。私なんてアソシエのサービスマンに日常の点検方法を教えてもらっても、なかなか実践できなくて、ね……」
エレは照れ隠しなのか、舌を出すと、少しそれた話を元に戻した。
「ともあれ、シエルさんの読みは大体あってるわ。どう考えたってね……アソシエ社がオーダーメイドのマシンを造ってくれたとしても、とんでもない巨額のお金が必要なのは間違いないもの。でも、それって賢い選択とは、ちょっと思えないわよね。多大な労力やお金、時間をかけてまで造るものとはね……」
大金を投入すればその分、技術が比例して上がるわけではない。金に糸目をつけず、現在でき得る最高の技術をもってしても、市販のマシンと桁違いなものができるかといえば、そうではない。コストパフォーマンスが悪すぎるとエレは言う。
「ま……国家予算レベルなんて、驚天動地の額ならどこだって泣いてよろこんでやってくれるでしょうけど。生半可な大金じゃ無理だし、コネでもないかぎり、限りなく不可に近いかしらね。これが宣伝のつもりで、さらに提供するのが有名で誰でも知ってるような、ものすごーいガンナーだったら、それなりに効果が期待できるかもしれないけど。……私は全然そんなことないしね〜」
可能性としては、まず引き受けてくれないと言及する。優秀な技術者や時間、お金は有限なのである。ガンナーマシン以外にも兵器開発を行うアソシエ社のマーケットは広いのだから、それを一つのマシンにつぎ込んで一人に渡すより、質と価格が釣り合った良いものをたくさん造って数多く販売したほうが、普通は利潤が高い。
エレからは、はう、とため息。自嘲気味な台詞がでたが、そこは演技のような感じで、当人はさほど気にしていない様子。すぐに話しが移る。
「でもねー。ほら、オーダーメイドで頼むなら、それこそ得意とするアルティザン社に発注したほうが、何倍……ううん、何十倍かもしれないけど、安く上がって満足なものができると思わない? それは、アソシエ社も分かってると思うわ。経営方針ってみんな違うし、当然、得手不得手もあるし」
「そうかもしれませんね……」
シエルはとりあえず相槌を打ったのだが、最初に合っていると言われても、以降、知りたい答えは一言も含まれていない。だから今度は、単刀直入に尋ねた。
「じゃあ、その機体は一体?」
エレもシエルに応じ、端的に返した。
「ええ、これはね、製品化までいかなかった機体なのよね。プロトタイプって言えばいいのかしらね」
彼女はかなり驚く言葉をあっさりと発したが、シエルはまず最初のそれを飲み込んで、興味があるほうの疑問を優先させた。
「……試作機ですか? それって、機体としては完成しているんですか?」
「普通のガンナーマシンとしては完成しているわ。シュバリエと同時に開発に入ったけど、これだけ没になったとかで……。名前はジェネラルってついてるわ」
響きに何か感じたのか、黙って聞いていたファムがつぶやく。
「ジェネラル……」
シエルといえば、彼女のつぶやきにあわせて自然とコパンのほうを――彼の機体であるシュバリエを見ていた。
輝く特殊鋼で固められ、その身をもって勇猛に突撃する、あのマシンのコンセプトは騎士であり、デザインもそのイメージだと聞く。名称も。
そんなガンナーマシンと同時開発というなら、名が紫の機体そのものではないかと、ファムも先ほど同じことを思ったのかもしれない。
「でも、どうしてそんな機体をエレさんが……」
そして、シエルは視線をエレへと戻す途中、何気なく口にしてしまった。語尾が小さくなったのは、尋ねてもよいのかと、少し考えていたからだ。
実はこちらが最初の疑問だったのだが、聞けばジェネラルは、市販されたわけでも、専用に製作されたわけでもない機体だ。普通の入手経路では手に入らないのだから、プライベートな話に突っ込むだろう。詮索のつもりはなくとも、そうとられてもおかしくない種類の質問となるのだから、嫌がられても仕方がない。だからやや気にしたのだが。
「んー。まぁね、ベラベラ話すことじゃないんだけど、プレゼントされたのよね。もっとも、使わなくなったら返してくれって言われてるから、借りてるって言ったほうが正しいかしら。一応、実戦のデータも欲しいとか言ってた気がするけど……せっかく造ったんだから、眠らせるより、今後の参考とか、何かしら役に立てたいんだと思うわ」
変わらない様子だが、やはり事細かに話すつもりはないようだ。ならばシエルも、それ以上は何も口にしない。エレは笑い話なのだと言うように、最後は肩をすくめた。
「本音で言っちゃうと、そんなに使えるマシンじゃないのよ? 性能だと、シュバリエよりかなり遅くて、他が若干高いってくらいかしら。燃料はけっこう積めるから長時間飛べたりするんだけど、オプションウェポンは花火ミサイルしか積んでないし、EXアクションがね……使えないのよ、はあ」
そこで、シエルが何か返す前に、周囲がどっと騒がしくなった。続いてアナウンスも耳に入る。
「あ、時間か」
繋ぐ言葉はなく、ましてや繋ぐくつもりもなく、タイミングとしてはちょうどよかったのかもしれない。船団が出港する時間となった。
全体的にはおっとりな印象のエレだが、それはすばやく決まったポーズで、イグニッションガンを取り出した。
「じゃあ、お仕事に移りましょうか」
彼女が言い終えるときには、彼らの前にあるシュバリエが、大きくエンジンをうならせていた。それとは少し遅れて、三人の機体のエンジンも点火される。
程なく、四人のガンナーはゆっくりと離陸しはじめた貨物輸送船団を追って、水路から大空に舞い上がった。
<もうくたばっちゃえ>
最初は三つに分けてあげようかと思ったけど、校正や推敲が間に合わないというよりなんか区切りが微妙になるので四つにしたよッ!!!
言い訳したってどうにもならないので、前のときみたいなやり方のあとがきは今回なしで。
……となると、ここでは何を上げるか困るじゃないですか、ねえ! もう、私馬鹿なの!?
とりあえずもうゲームからはかなり離れてしまってます。WiiとかPS3とかX(中略)とか現行のゲーム機はひとつもないし、欲しいものもない。
記憶をさかのぼると、今やってるのが武装神姫バトルロンドという対戦オンラインゲーム、その前がフリーのMSX風謎解きアクションゲーのラ・ムラーナ、その前がミンサガ(ロマンシングサガ・ミンストレルソング?)で、それ以前は覚えてない!
スカイガンナーはいつからやってないかな〜。へへへ……。シューティングならグラディウスVをちょろと再開してすぐやめたかな、わりと数ヶ月前に……。
まあ、ゲームもSSもやる気があんまりないということです!
次は来年ですかねぇ。
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