甥っ子はつらいよ | 3
「異常まったくもってなし、だ。……なんか、このまま仕事終わりそうだな」
多くの貨物飛行船が飛行する間を、シュバリエで通り抜けつつ、コパンは通信機を使ってシエルに話しかけた。
リーヴの空港からアソシエの空港へ向かう道程も、七割がた過ぎ去っていた。全方向に広がる青い空も、刻々と形を変える白い雲も彼は嫌いではないのだが、長時間そればかりだとやはり飽きる。なにしろ目立つこと、派手にやるのが大好きだ。望んでいるのは敵影だが、見えたのは民間の武装していない飛行艇のみ。ルールに則った確認の信号に応答し、飛行船団とその相手が「よい空を」と言葉を交わすたび、内心は少しがっかり。
実に退屈そうな声である。よくあることだが、シエルはごく僅か苦笑した。
「一応、帰りの護衛もあるんだし、終わったと言うには早いんじゃないかな?」
「行きと帰りじゃ荷物の中身と量が違うだろ。まあ絶対出ないとは言い切れないが、でもなぁ……」
それで切れてしまったが、期待できないとか、どうせ出ないとか続くのだろう。なにやら失望らしき嘆息が受話器を通して聞こえてくる。しかし、その彼が次に言い出したことは、とてもシエルには笑えない話だった。
「なあ……こんなときこそさ、どこかの誰かさんが勝負を仕掛けてこないもんかな。そうなれば、ガンナーの仕事の妨害ってことにできるだろ。いくら約束してるとはいえ、俺が落としたって文句言わないよな、シエル?」
「何を言い出すかと思ったら……」
あきれを通り越す。まじめに言っているとは到底思えないが、シエルも長い溜息が出てしまった。もちろん、コパンが誰のことを言っているのかは、聞き返すまでもない。おととい、嫌だとか迷惑だとか断言していた人物だ。ガンナーの。
「会いたくない相手じゃなかったっけ?」
「普段はな。だが、理由はどうあれやりあうことになったなら、そこで四の五の言わないさ。シエルだってそうだろ?」
同意を求められ、シエルはすぐに返答しようと思ったが、思いに反して、開きかけた口からはなぜか言葉が出なかった。そしてその一時、自分の反応に悩む前に、問いの答えとは違う返事が流れ出した。
「……でもきっと、こないよ。ギャラリーがたくさんいるんだから。そこまで考えずに仕掛けてくるとは思えないし」
そう、こちらが市に登録された、公認のガンナーに対し、あちらは勝手に銃器等を装備した戦闘艇に乗っている、無登録の裏ガンナーだ。本来、銃と戦闘艇を所持してよいのは、ガンナーと警察だけ。無登録のガンナーは、法で述べるならば犯罪者と同義なのだ。彼らが見つかり、警察に捕まったという話を聞かないだけで。
シエルが頭の隅で、自分が今しがた発言した内容を確認する中、会話の齟齬を気にした様子もないコパンは、軽く同意した。
「ま、そうか。まっとうな俺たちとは、立場が違うからな」
シエルはそれには何も返さなかった。あえて言う必要のない事実であるから。
だからこれで、投げられたままで話は終わるかと思っていた。ところが、コパンはまだ続けた。本当に退屈で退屈で仕方ないらしかった。話の相手に対して、彼はいつも露骨な態度を示してきたものだが、そんな話でもしないよりましなのだろう。
「しかしなぁ、よくやってるもんだぜ。もしもバレそうなときは、揉み消す自信があるんだろうが……。リスキーもいいところだ」
シエルにはまったく分からない世界なのだが、どうも話の対象者は、権力者として重要な役職にはついていないものの、実は国家の政治に口出しができるほどの人物らしい。
そしてそんな相手に、シエルは突然勝負を持ちかけられ、依頼を頼まれ、助けられ――知り合った。思い返しても、その妙な縁は何か信じがたいが、ただひとつ、確信していることはある。だからコパンの心底と思われる感想には、簡単に返せた。
「ほんと、変な奴だよな」
「楽しいんだよ、きっと」
彼はガンナーを楽しんでやっている。それは肌で感じた。
とたん通信機の向こうで、コパンが嫌そうな表情をしたのが、シエルには見えた気がした。言葉の端々が苦々しいのは、認めたくないところなのだろうか。
「……確かに、案外と単純な動機かもな」
しかし、次の指摘にはまた、言葉が一瞬詰まった。
「でもな、あれだ……あいつは……。シエル、お前だって苦手だろ……」
「う、うん……」
今でも慣れず抵抗があるのは、おそらく初めての接触が、突然襲い掛かってくるという挑戦で印象が良くなかったことと、戦闘艇に乗っているときと乗っていないときの違い――二面性のせいだろうか……?
考えてみたものの、自分が納得するなら、今交わしている会話もスムーズに行くだろうに。
「……」
明快に捉えたと思ったところで、即すっきりしない複雑な感情を抱き、シエルが沈黙すると、コパンも近いものがあるのか、それ以上の続きはなくなる。
通信機が拾う風の音がずいぶんなノイズとなって、双方の沈黙の間に走る。ずっと聞こえていたはずのそれが、今はとても耳障りだった。彼らの内面から、聞こえてくるように思えたから。
ところがその間に、別の、まったく関係なく能天気な声が突如聞こえてくれば、彼らも思考は一気にこんがらがる。
「ねえねえ、ファムさん。今、いいかしら? ちょっとだけね、聞きたいことがあるんだけど」
エレの声だった、お気楽な。それくらいの認識しかシエルとコパンはできなかった。次の問いかけまでに、僅かな間しかなく。
「あのねー……ファムさんって、もてる? 男の人に、モテモテ?」
訳の分からないまま聞こえてきたのがその発言。シエルとコパンが受けた衝撃は並みのものではなかった。
「わっ、わわっ!」
「はぁあっ……!?」
いくらガンナーとして優秀で、有事に備え警戒を忘れることがない彼らでも、これには体勢を崩す。握っていた操縦桿には、思わず変な力が。
「しまった!」
「お! うぉお!」
機体は揺れ、思考も揺れる。特にコパンは酷かった。体は反射的に機体の立て直しを行うが、混乱した頭は即座についていかない。普段は手間取ることなどないのだが、思いと体があべこべなものだから、持ち直すのに多少時間が掛かった。
その間にも、エレの声は聞こえてくる。
「驚いたー? 突然でごめんなさいね、ほんと。訳を話すとね……私って声をかけられることが結構あるんだけど、それってやっぱり、ガンナーのせいなのかな〜って思ってね。疑問だったんだけど、今まで他の誰にも聞けなかったのよ。……女性ガンナーってほんと、少ないでしょう?」
ファムに話しかけているのは間違いないのだが、彼女の声は何一つ聞こえてこない。返していないわけではなく、二人に繋がっていないために。しかし聞こえなくとも、様子は想像できる。困り果てているに違いない。そしておそらく、シエルとコパンの二人が薄々気づき始めたように、彼女も気づいていることだろう。
もう言ってしまったことを引っ込められるはずもなく、打つ手はなく、取り繕うことなど不可能で、すでに何もかもが遅いことを。
エレは返ってくる声の質に、違和を感じたようだ。
「……あらら? 確かに唐突すぎるかもしれないけど私、そこまで変なこと……聞いたかしら?」
だがそれは、事態に何も気づいていないことの裏打ちである。
そして――それが起爆剤となってしまった。コパンの中で、怒りが一挙に駆け上ったのだ。他のあらゆる思念は一瞬にして蒸発し、衝動で通信機を操作する。
「なに言ってんだ、ねえさんっ!!!」
鬼気迫る怒声に、シエルが受話器を落としかけた。
「な、なによ、コパンちゃん……! そんな大きな声で……」
エレはとりあえず返事をしたようだが、コパンの行動から推測し、聞かれていたことが分かったようで、非難に切り替える。
「ん……? あれ、なに……まさか聞いてたのー!? そんな、女性だけの秘密の会話を聞くなんて……信じられないわ!」
「好きで聞いたんじゃない! 俺はシエルと話してたんだ!」
「はぃ……?」
怪訝そうな、しかしまだまだ事態の全容が見えていない返答に、たまりかねてファムが言った。
もはや隠す必要もないためか、プライベートな通信を切り替えたようだ。二人にも彼女の声が聞こえてくる。沈鬱そうな。
「エレさん、その……名指しで呼ばれて、疑問に思った最初に尋ねれば良かったんですけど、エレさんのチャンネルは……」
「ねえさんのはみんな聞こえてる! 誰でも聞けるチャンネル使って、なに話しかけてんだ!」
ファムの言葉を引き継ぐというより、こちらも我慢できず割り込んだコパンの怒声に、それ以上の大きな悲鳴が上がった。
今度はエレのガンナーマシンが揺れる。
「え、えええーーーーーーーッ!? うっそー!?」
「嘘で怒るかよ!」
「そ、そんな……ファムさんだけに繋げたはずなのに……」
一喝されて、彼女はあたふたと通信機を調べ始めたようだが、程なく、失態を明らかにするつぶやきと侘びが入った。
「あっちゃ〜……。ごめーんなさい……。設定間違えちゃってたわ!」
割と明るい声だが、通信機越しにそれを聞いているガンナーたちは、その結末に声も発さずに沈んでいる。
一定の範囲内なら誰でも聞ける、聞こえてしまう――用途としては救難信号や、見知らぬ相手に応答を求めるときなどに合わせるチャンネルで話しかけていた。
そんな失敗がどこまで影響を及ぼしているか。エレもさすがに気にしたようだった。
「えーと。ということは……。あ、あー、メインブリッジ、応答願います。……その、やっぱり、聞いてました? でしょうか……」
聞こえていたなら、これだけでも意味が通じるはずと踏んでの問いかけだろう。
そして、僅かな沈黙の後には、彼女の期待通りか否か、貨物船側から――船長の小さな声が返ってきた。
「……。まあ……我々も、たまたま話しただけのガンナーの私語まで、厳しく咎める権限はないわけで……」
濁って消え行く語尾の後、エレは小さく短く「すみません」と謝ると、通信機を操作し、多少焦った様子でガンナーたちにつぶやいた。
「あ、あははは……。聞こえちゃってる……わよね、まあ」
「「……」」
その間の沈黙は、重圧のように苦しかった。怒り呆れを通り越し、複数の感情が極限まで高まったコパンは、通信は切らないものの、無言で通す。
言うだけ自分が疲れると己に言い聞かせているのだろうか。それが何となく分かるシエルとファムだからこそ、下手な口出しはしなかった。一番穏便だろうと、気まずさを感じながらも通信を切らずにしばらく待つ。
そんなところへ異変が告げられたのは、絶好のタイミングだったと言えよう。気を使って保つ彼らの危ういバランスを一気に粉砕し、まるではじめからなかったことにするほどの出来事。
戦闘艇に乗り、依頼を請け負う彼らの存在理由。彼らが空にあるかぎり、何よりも優先させるべきことである。
「――全船、ガンナーに通達! 後方より機影複数! かなりのスピードです!」
船団側より通信。緊張感が走る。非常事態であることは、冷静ではない声の質と内容で分かる。
「複数……やっぱり空賊かな?」
「ここで出てきて少ないってのは、勘弁して欲しいぜ!」
一転、気を引き締めたシエルと、嬉々としたコパンはすぐに確認のため、自分たちが通りすぎた後方へ機体を旋回させる。
「も〜ぉ、なんで終りってときに出てくるかな……。もっと早く出てきてくれたら、恥ずかしい思いだってしなかったのに」
ずいぶんと手前勝手な不満を言って、口を尖らせるエレ。ただ、ここでそれを聞いたところで、呆れるような暇はない。
短い会話を交わす間にも、十は軽くこえる複数の機体は猛スピードで接近している。船団側は応答するよう通信を試みるが、反応はなく動きにも変化がなかった。
空を飛ぶ以上、通信機の搭載は義務付けられているし、全機のそれが壊れているとは到底考えられない。加えて、確認できるようになった機体の機関銃。武装化した飛行機械の所持が認められているガンナーや警察が通信を無視するはずもなく、真っ当な相手でないことは、この時点で確定となる。
ガンナー四人は戦闘態勢についた。機銃、搭載した特殊兵器であるオプションウェポン、機体が備える機能のEXアクションがいつでも使えるように、安全装置を解除する。
「まってたぜ。少しは楽しませてくれよ!」
これはまさしく、彼の望んでいた展開。コパンの声は弾む。エレと組むことになってから落ち込みが激しく、消耗、苛立ちや停滞ばかりが目に付いた、例がないくらい調子が逆方向に沈んでいた彼だ。反動もかなりのもので、高揚も普段以上かもしれない。
「マシンはてんでばらばらだ。妙に変なカラーでチカチカしてるが、空賊で間違いないな!」
よほど大きな組織か、アウトローでもとりわけ仲間意識が高い集団でない限り、徒党を組む空賊の機体に統一感があるのは珍しいことだ。機体のカラーリングを揃えたり、同一のエンブレムを描き込んでいるのは凝っているほうである。
まず、銃器など兵器を搭載することを前提に設計されたガンナーマシンは、高価で入手経路も限られているので、揃えることは難しい。そのため、空賊の機体は元、入手しやすく安価なただの飛行機や飛行艇で、それがベースということがままある。そこに手に入ればなんでも使うという事情が加われば、どうして飛べているのか疑問が生じる、スクラップよりマシ程度のマシンだってお目にかかるわけだ。銃器が使えればいいというだけの低い意識で、強引な改造も多く、いびつなものはよくある。ただし、悪事を働く自覚があるためか、大抵は控えめというか、地味なカラーにしているものだが。
「二十機……かしら。多いほうね」
コパンの言う通り、やってくる連中の機体は形も色も揃っていない。それぞれの自己主張か、センスが感じられない派手なカラーリングが多く、非常に目立っているのは珍しいが、状況的に空賊と見て間違いないだろう。
「……でも、空賊としてもなんだか見かけないような機体じゃない?」
ただ、ファムは目立っていることとは違う、少々の違和感があった。しかし彼女の中で確証はなく、判断材料が乏しかった。勘に近いようなあいまいさで、説明できる自信はなく、それを分かるように答えたのはシエルである。コパンが返している間、かなり迫ってきた機体の群れに目を凝らして。
「そうか? 俺は空賊の区別なんてつかないぜ」
「はじめて見る機体が、いくつか混じってる。あれは……」
よく見知っている国内メーカー製ではない、と答えようとしたところで、エレが驚きと戸惑いを混ぜた様子でつぶやいた。
「あれ? なんだか見たことあるような……」
トーンが控えめで、声も小さく、それはひとり言だったのだろう。聞き取るために、三人はとっさに耳を傾けていた。ところが、そう構えた態勢の直後に聞こえてきたのは、耳をつんざく大音声。
「――やっと見つけたぜ!!! エレ、愛してるッ!!!」
瞬間的に、一体どれほどの人数の思考を奪っただろうか。なんの前置きもない分、威力はさきほどの比ではなく。
低い男の声だった。いかにも柄の悪そうな品のなさに、感激の響きがこもっていた。
先ほどから彼らの想像を超えた、突拍子もない発言の連続ではあったが、耐性などできるわけがない。
「なあぁぬぅぅぅぅぅぉおおおおお!?」
反射的な反応といえば、コパンのその、口を衝いて出た言葉にならない悲鳴に集約される。
当然、さきほどのエレと同じチャンネルの通信である。だから一定の範囲で、みんな聞こえている。空賊が差し迫り緊張している場面で、誰が、いきなり愛の言葉を耳の奥に叩きつけられると思うだろうか。だから、つかの間停止した思考が正常に戻ろうとした時の反動は大波だった。機体に乗っていない状態で言えば、総じてずっこけた、あるいは噴出したリアクション。船団の一部の貨物船も揺れた。非常態勢に入ったので、オートパイロットから手動操縦に切り替えていたに違いない。シエルも、ファムまでも機体のバランスを崩してしまった。そしてシュバリエのエンジン性能はデリケートなこと、さらに受けたダメージがもっとも酷いことが重なったコパンなど、最悪だった。誤って、ローリングをしてしまったのではないかと思うくらいに。機体を回転させながら体当たりする、EXアクションの。
「なんだ、なんだ! ハハハっ、どいつもこいつも突然バランスを崩すたぁ、だらしない連中だな! 空でそんなことやってたら、命が危ねえだろうがよ。いくらあってもな!」
先頭にいる、灰色と黒白を適当に塗ったような戦闘艇が機体を一回転させた。どうやら声の主は、それにのっているらしい。
「い、イディオ〜!? え、えーーー! そんな、なんでこんなところに……」
素っとん狂な悲鳴はエレだった。男の声に応えたものではないが、それだけで少なくとも、顔見知りである関係は決まった。まあ、見知らぬ相手に愛の言葉を叩きつけるというのは正気の沙汰ではないが。
「あの……やっぱり、お知り合い……ですか?」
プライベートなことかもしれないし、聞いてよいものか思ったが、ためらいがちにファムは尋ねた。さきほどまで普段のように、このまま空賊であろう相手と戦うことを想定していたわけだが、さてどうなるか。現時点で、エレ次第なのかもしれないと思ったからだ。
「知り合いっていうか……。私がよく仕事請けてる街の近くの……ちんぴら? 空賊予備軍って感じの」
「……やっぱり。だから見たことない機体が混じっているんだ」
シエルが会話に加わる。途中で切れてしまった話の続きでもある。
エレがガンナーとして仕事をしているのは、ここ、生まれた母国ではないのだ。改造により外観も変わっているのだろうが、国外のメーカー製品だからファムが違和感を持ち、詳しいシエルにも初見のものが混じっているのだった。
得心がいき、結びつく。もう一つ、判明したことがあった。それはファムが口にしたが。
「なら、国境を越えてきたのは、あの人たち?」
「そうみたいだね……。ここまで捕まらなかったのは、不思議だけど……」
どの国でも戦闘艇に限らず、銃器などの兵器は無論のこと、あらゆる武器は所持が規制、制限されている。当然ながらおいそれと国外に持ち出し、国内に持ち込みなどできない。正式なわずらわしい手続きをとって、厳正な審査を受け、国家の許可を得て輸出入となるものである。そもそもチンピラと称される、戦闘艇の所持を認められない存在がそれを国外に持ち出そうとするなら、無許可で国境を越えることになるだろう。
「そ、そりゃあ、そうなるでしょうけど……。でも、えぇぇ……」
エレは依然として困惑の様子。それは彼女自身が一番、判断できる人物であり、実際に予感が強いからだろう。相手の目的について。
そして周囲もまた、彼女の予感と近いものを先ほどの大音声によって察しているせいか、あえて口を出さず、ひとまず流れを見る態勢になっている。しかし戸惑いの強いエレのほうはひとり言か、口をもごもごとしはじめただけ。結局、先にイディオと呼ばれた男が、待つことを知らないか、一方的に声を飛ばすことになった。
「まぁ、なんだ。突然だからさすがに驚いたかもしれねえが、しばらくだったな! 二ヶ月ぶりぐらいか? 俺は寂しかったぜ」
「うぅー……」
僅かばかりの呻きは、対処に困り、現時点ではうまい手がないということだろう。その間も、話しかける対象の返事がない、とても会話とは呼べない話は続くが。
「――なあエレ、そろそろ電話番号教えてくれよ〜! 直通の!」
「――今度、うまいもん食いに行こうぜ! 俺だってよ、小洒落た美味しい店くらい知ってるんだぜ?」
「――色々、遊びに行くのもいいよな。にぎやかなところがいいか? 静かなところか? 楽しい場所でも綺麗な場所でも、エレの知らない場所に連れて行ってやるよ! 行きたい場所に!」
無反応だというのに何に裏付けられた自信なのか、一向に衰えることのない威勢に満ちた声が通信機を通し、粗野な笑いを響かせた。そして、それを聞かされる周囲の反応は鈍りがちだった。
「口説いてるってこと……だよね」
スゴ腕、ベテランガンナーであるシエルすらも、戸惑ったものである。
これがたんなる空賊の襲撃とあれば、話は早かったのだ。船団側にもガンナー側にも素人はいない。すぐにでも判断を下し、臨機応変に対応する構えは常にできている。しかし今回の場合、判断したところで迷いが生じてしまった。なにしろ話を聞く限りでは、襲撃者と思われた闖入者の目的は、どう考えてもエレなのだから。現に、襲ってくるかと思いきや、なんと堂々とエレをナンパしはじめた。おそらく全員が、初めて遭遇するケースだった。冷静に判断し迅速に行動しなければならないのだが、この珍事の前には皆の行動が何かしら狂わされてしまった。平たく言うと驚いて、呆れて、びっくりが覚めない。
「ええと……」
どうも冴えない気分で、シエルはとりあえず通信機を操作する。船団側でも、仲間たちでも、ましてや闖入者にでもない。
そんな時も、イディオの口説きは続く。
「あ〜、思えばこのまま空の旅ってのもいいかもなぁ。俺は空が好きだし、お前も好きだろ? 青い空を特に目的もなく突っ切るってのは、いいよな。気分爽快だもんな」
「……はぁ」
ため息なのか生返事なのか分からないものが、エレの口から漏れる。それが聞こえたのか、聞こえなかったのか、反応らしい反応を求めるイディオが、多少芝居がかった口調で嘆いた。
「エレ……なんか言ってくれよ。まったくつれない奴だぜ。まあ、そういうところも嫌いじゃないんだけな。軽い女ってのはごめんだしよ、ハハハ!」
そこで何がおかしいのか、笑う。たぶん大口で。堂々たる哄笑を聞いていない者は、その場にいなかった。
貴重な品を運ぶ貨物船団に、護衛のガンナー。その中に紛れ込んだイディオという男は、明らかに浮いていた。しかも本来、気を引き締めて空を行くはずが、彼のエレを口説くという行動により、緊迫感とはほど遠い微妙な空気が流れている。その状況は当然、誰もがいけないと思いつつも、しかし現状を変えるほどの力がなかった。どうしても、湧いてこない。張り詰めたものが、ぷっつりと完全に切れてしまったというべきか。男は口説いているだけであるし、他に害と呼べるものもなく、様子を見る以外の、違う行動に切り替えるための切欠が見つからなかった。その場の状況を変える行動には、何がしかの理由という力が必要とされていたのだ。そしてそれは幸いなのか、程なく起こったが。
「しっかし、今日はほんと何も言わねえなぁ。……ははぁ、さては照れてんな?」
その発言で、聞かされている者の大半が閉口する中、とうとう一人の心頭に限界が来た。
「このっ……反応で分かるだろ!!! 本気で言ってんのか、勘違い野郎! 愛想つかされた相手にいつまでもつきまとってんじゃねえよ!」
誰が見ても明瞭な、噴火するコパンだった。彼らしくなく静かだと思えば、溜まりに溜めていたわけだ。ついでに言えば、今まで散々頭にきていたので、達するのも早かったのだろうが。
「はずかしくないのかよ! 聞かされる者の身にもなってみろ!」
かたや男のほうは、割り込まれて反射的にあざ笑ったものの、十分癪に障ったようだった。気質は知れたもので、あしらうような真似もできず、単純に感情任せの怒鳴り声を張り上げる。
「ハン……ガキは黙ってな! おままごとしか知らない奴は、大人の恋愛に口を挟むもんじゃねえ!」
その声が撒き散らされた後、一瞬だけ間があった。周囲で常に流れ行く風の音が妙に大きく聞こえるような、そんな気がした間。何か予感した間。その直後だった。コパンが高らかに笑ったのは。
「はっ……ハハハハハッ! おい……笑わせるなよ、おっさん! 俺が色恋に無知だって……? 両手の指をあわせても足りないぜ! 数も覚えてないほど、女の子と付き合った経験がある俺に向かって!」
彼らしい不敵な、最大限の自信を叩きつけるような発言ではあったが。
シエルとファムは同じガンナーとして、少し肩身が狭い気持ちになったものである。
「売り言葉に買い言葉だけど……」
「勢いとはいえ、自慢になってないわ……」
異性と付き合った数が勲章に値するかどうかは、個人の価値観次第であるが、さすがに誰でも聞けるオープンな通信で堂々とやり合う内容ではないだろう。船団側は、また目を白黒させているかも知れない。
そして会話に割り込まれることもなく、ヒートアップする一方の両者は、そんな周囲など見えていない訳だ。
「こ、このガキは……。俺はおっさん呼ばわりされるほど歳くってねえぞ!」
「別におっさんだろうがなんだろうが、俺はどうでもいいんだよ! それより、戦闘艇に乗って国境越えてまでナンパって、ありえないだろ! どこの馬鹿がするんだよ! 何考えてるんだ!」
「決め付けで馬鹿呼ばわりされる筋合いはねえよ! 理由があんに決まってんだろ! だいたい、女をとっかえひっかえするような奴に言われたかねえな!」
「なっ、人聞きの悪いこと言うなよ! それじゃあまるで、俺が女たらしみたいだろ!」
「なんだ、違うのかぁ!?」
「違う! 俺から女の子を振ったことは一度もないっ!」
――それはつまり、逆から考えると、女の子から振られているということで……。
聞いているほうの血の気が引いてしまう宣言のあとだった。ようやく、問題の当事者の制止が入ったのは。
「二人とも、落ち着いて! ねっ、ね〜?」
他人ほど気まずくなるという、凍りついた空気の中、緊張感の欠片もないエレの声は、すでに場違いのようだった。応酬していた二人の怒りの矛先がそちらを向いても、仕方なかった。
「落ち着いて、じゃあどうしろって言うんだよ!?」
「落ち着けってエレ、お前がはっきりしないからこうなったんだろ!」
通信機が震えるような、直接でなくとも肌に感じ取れる険悪な声だったが、エレは怯むどころか拗ねたようで、膨れっ面に。
「もぉー、なによなによ〜! 怒鳴らなくてもいいじゃない……。大体ね、一番驚いたのは私なのよ? だって、まさかねえ……こんなところでイディオと遇うなんて……って、ああ、そうだわ」
途中、口にしてはたと気づいたのか、エレの消え入りかけたつぶやきが切り替る。
「イディオ、どうしてここにいるのよー!」
「どうしてって、決まってんだろ。言わなきゃ分からないもんか? ……それとも、ううん? 言わせたいかぁ?」
調子だけで、見なくともにやけた顔が想像できた。それに苛立ちを抑えきれないのは、やはりコパンだった。エレが何か言う前に口を入れた。
「もったいぶってないでさっさと答えろよ! 俺たちは仕事中で急がしいんだよ!」
「もちろん、お前を追ってここまできたんだよ。なんかガキがわめいてうるさいから、さっさと勝負だ!」
すかさずイディオが言い放ったところで、誰もが疑問を感じた。最後の部分に。
眉根を寄せると同時に、コパンは反撃する。
「……勝負? 勝負だって……? 何言ってんだ! リスクを負って国境まで越えて勝負って……さっきまで言ってたことと繋がらないぞ! おかしいだろ、そんな――」
「国境を越えたのは確かにキツかったが、これでもう後には引けないしな……最後の勝負のつもりだ。気合は十分だぜ……。だから、エレ、今日こそお前は俺の女だ!」
しかし疑問は疑問を呼んだだけだった。またもや最後の一言で、コパンはうろたえた。シエルもファムも、船団側も絶句の一言ではあった。勢いとしては分かるようで、だが、そう繋がる理由がまったく不明。本気なことが分かるだけで、理解し判断できないぶん、酷く動揺してしまう内容だった。
「――な……なんなんだよ! 一体どういう話なんだよ!?」
コパンの声に含まれていたのは、怒りだけではなかった。苦しく、むしろ悲鳴である。焦り、混乱するしかない状況だ。これだけ話をしても、何が何だか分からないのでは。
そんな彼の目の前を、エレのガンナーマシンが横切ったのは幸いだった。下手にその状況が長引かなかった意味では。
「元凶だろ! 説明しろよ!」
「ほんと酷いー……! 元凶ってそんな、諸悪の根源みたいな……」
「違うのかよ」
その凍るように静かな、酩酊状態から突然素面に戻ったような声変わりには、エレも応えたものがあったらしい。
「……。ちょっとしたジョークのつもりだったのよぅ……。空でナンパしてきた相手にね、ほら……勝負して勝ったら付き合ってあげるわってね……つい言っちゃったり……しない?」
もう何度目であろう驚愕と脱力が、皆を襲った。
こうして、すべて繋がってしまった。あれだけコパンたちが苦しんだ流れは、そこから始まったのである。たとえ馬鹿なことに思えても、今までの発言からすれば、理解し難いイディオの動機は間違いなくそれに起因している。
コパンの声が震えるのは、仕方がないこと。
「なんで、そう……言うんだ」
「えっ、ほらなんか、もてる女は辛いよ……じゃなくって、いかにも女ガンナーっぽいお断りの台詞だと思わない? ちょっとクールな」
能天気な台詞を即否定した者が誰か、言うまでもない。
「思うか! それに、いざ勝負して負けたらどうすんだよ!」
「うう、そうなのよ〜……。実際に勝負を挑まれるなんて、誤算だったわ……」
エレの声のトーンが下がり、嘆きが入ったところで、大きな別の声が押し入った。
「だがなぁ、エレ! 嘘や冗談だったなんて……さすがに言わねえよなぁ!」
「――あったりまえじゃない! ガンナーに二言はないわよ……!」
挑発だと誰もが分かる発言だが、エレはヒステリックに即刻言い返した。
イディオのいやらしい笑いが聞こえてくると同時に、コパンは顔を俯けて嘆息したものだ。流れは変えようがないものの、どうしても嘆かずにはいられないので。
二人のやる気の高さと、己のやる気の低さが彼を憂鬱にする。
「はぁ……」
聞こえたのか感じ取ったのか、エレは返すように言い切った。
「問題ないわよ、負けなければいいんだから!」
「さすが、俺の惚れた女だぜ。……その潔ぎよさも強気なところも、好きだぜエレ! まったく、惚れ直しちまうよ!」
聞いているだけで面映い台詞。いい加減慣れたようで、やはり顔を顰めてしまう周囲など、きっと気にしているはずがない相手は、一人すがすがしかった。
「――じゃあ、いい加減ぐだぐだ言ってないで、おっぱじめるか! なあ!」
そして、満足そうな宣言に対して、もう誰も異論を唱えなかった。同意したわけではないが、もう我慢の限界、うんざりだったのだ。理解が及ばないとしても、とにかくこれ以上の面倒や、聞きたくもない台詞を聞かされるのは御免であり、早く終わらせたかった。だからもう、流れを変えようとするものは誰もいない。
コパンもこれ以上は諦めたようだった。いや、我慢することにより、諦めたつもりでいるのだろう。笑っているようにも聞こえるのが、少し怖い。
「……と、言ってるから、まあがんばってくれ」
「えっ……なんかその言い方って、私だけがんばれって言ってるように聞こえるんだけど〜……」
「……自分で蒔いた種だろ、自分で刈り取ってくれ。さっさと」
「――ぅえぇええん、コパンちゃん冷た〜い! 酷いひどぉおおい〜!」
一瞬で凄みが加わると、エレの駄々っ子のような声が。
そこは想像したくない場面であるが、脳裏に現れてしまうというか。一見、力関係が逆転しているように思えるが、根本的な事実は変わっていない。結局どうやっても、消耗するのはコパンだけなのだ。
やり取りを仕方なく聞いていたシエルは、思わず溜息を吐き出して、危うくそちらに気を取られかけていた。しかし無意識でも働く、経験により培った彼の確かなガンナーの勘が、異変を鋭く察知する。
「二人とも、目を離しちゃだめだ!」
瞬く間に、イディオ率いる違法な集団は動きを見せた。一定の間隔で固まるように集まり、飛んでいた機体が、散り始めたのだ。
注意を喚起したものの、シエルも少し油断があった。イディオが勝負するためエレを追いかけているという話の内容から、てっきり二人の一騎打ちになるのだろうと思っていたのだ。それはファムも船団側も、そしてコパンも同じだった。
「おい! 俺たちは関係ないだろ!」
「悪りぃな! どうあってもこの勝負、邪魔されるわけにはいかねーんだ! だから外野はケリがつくまで、手下たちと遊んでもらうぜ……!」
当然だが集団であるほど目立つ。見つかる可能性は高まる。なのにイディオが手下を引き連れ、集団で国境を越えた答えがそれだったのだ。しかし、自分たちに戦いを挑んでくるのではない。
イディオの発言が終わる前に、シエルはアヴニールの機首を定めていた。
「狙いは……」
「船団だわ!」
ファムも気づき、二人の機体は一気に加速した。
イディオの手下が向かった先は、貨物船団だった。ガンナーである彼らが、今一番に守らなければならない対象。
――目的はガンナーを引き付けること。
その行為の先に何があるのか。コパンは叫ばずにはいられなかった。
「ば……馬鹿すぎるだろ! 勝っても負けても、罪が重くなるだけだぞ!?」
「おお、分かってる分かってる。そんなもん百も承知だぜ! それでもな、俺は勝負する! そのためにわざわざ来たんだよ! 最後の勝負だって言っただろ! まあ、この俺の決意、ケツの青いガキには分からんさ!」
軽快に笑い飛ばす声が、本気を物語っていた。度し難い、本当の馬鹿なのだとコパンは認めるしかなかった。なにより、そこまでして追いかける相手なのか、彼は疑問で疑問で仕方なかった。
信じがたいが。酷い脱力感に襲われる。その身を持ち直すには、嘆息だけでは足りない。
「こんなことに付き合わなきゃならないなんてな……。ガンナーやってて、これほど馬鹿らしいと思ったことはないぜ……」
コパンはイディオの機体を睨みつける。時間の無駄だと思うが、吐き出さずにはいられない。視界の先では、加速した機体がエレに向かって突き進んでいった。
「くそ……やっぱり面倒になるんだ」
ポツリとつぶやくと同時に、コパンはシュバリエを大きく旋回させ、イディオの機体を視界から消した。エレの機体から離れる形で、一言。
「それは任せたからな! 嫌って言うなよ!」
「――ぁああん、もう! 分かってるわよ、やるわよ、私が!」
不満そうな声を後にして、コパンもシュバリエのスピードを一気に上げる。悲鳴は依然続いていたが、もはや振り返ることはしなかった。
<もうくたばっちゃえ>
ツッコミ不可ーーー。ここらから私のやる気もなし、ネタも苦し過ぎて力尽きた感じの。
ずーーーーっと放置してましたしー。見返すのも辛い。もうどれだけ時間を無駄にしてるんだと。
ほとんど自分しか書き込みしない掲示板でも、かけねーすすまねー言ってましたほんと。
まあそんな愚痴書いてもどうしようもないので、さらにどうしようもないことでも書くか!
えーとですね、私、ラブコメすきなんですよね。
もちろん、これはラブコメじゃないです……。
というか、そのつもりで私が書いても、ラブコメとは程遠いものが出来上がりますが。
以前、忌憚なく意見を言ってくれる人が、一応私が恥ずかしながらその方向で書いたものに対して(ネタを長らく封印してたのですが、とうとう書くものなくなったので)、「どこがラブラブなの、酷くね〜」というようなことをおっさられたので、やっぱりダメですよねーと。ラブコメのラブが全然足りてないので当然なんですけど(苦笑)
まあ、なんですね、とりあえずそのカップリングに興味ないとつまんないと。そらそうですけど、そこをなんとか見せられるものにしたいってもんじゃないですか、ねーーー。
……と、どう考えても関係なさそうなことを、なぜここで書いたかというと、最近ネタないし微妙なので、苦悩してます(苦笑)
この話は言うまでもなく……これの前が、女子がお湯に入らない致命的な温泉話(苦笑)、そしてさらに前が前述のラブコメじゃない何か、という流れなので、私自身が納得していないというか、まいっているのです(苦笑)
シリアス書きたいなぁぁぁぁ。ぜんっっっんぜん、ネタがないんですが……。
まあ実にくだらない話は置いて。全然更新してないのに拍手してくださった方、ありがとうございます。
それから、エレはerrer、イディオはidiotです。意味は興味があれば調べてみてください。エレは忘れちった……意味とは別物になってるかもしれない。
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