とんだパーティー 〜飛行機械博物館竣工祝賀会事件〜 | 1
澄み渡る青い空に蒼く揺られる海、過ぎて行く風がほどよく頬に気持ちよい清涼の日。向こうに、遠い陸も薄っすらとだが良く見える快晴の下。ぽつんと、まるで置き忘れた欠片のように海上にあるガンナーカフェに、ほわーとあくびが一つ。
白い円のテーブルに、今読まれたばかりの新聞が投げ出された。
「あ〜あ…。今日も暇だなぁ……。警察も手持ち無沙汰だっていうし、新聞には何の面白い記事もないし、リーヴは暇なときはほんと暇なんだよなぁ。ついでにいえば、こんな日はお客もこないし女の子もいないとくるんだ」
歳のころ、青年と少年のちょうど境目。ガンナーカフェの屋外で椅子にもたれかかり、そうだべっているのは、本人に言わせればリーヴの天才ガンナー、コパンだった。
審査は厳しく誰でもなれない、またその道は実力主義の世界。難度も注目度も一級品の職業。通常は許されない銃を持ち、戦闘艇に乗ってさまざまな依頼を請け負う者――。
派手好き目立ちたがり屋の彼にぴったりな仕事が、そのガンナーだった。しかしそのガンナーでも、そもそも依頼や事件がなければこうして始まらないわけである。
「そうね、今日も何か起こりそうな気配はないわね」
同席、そして同業のファム。コパンより少し上の、大人の女性。だから受け流す心得もあった。視線は上がらず、下へ向けられたまま。
「リーヴはけっこう平和よね。だからこうやって落ち着けるんだけど」
北の都会、大工業都市ネージュからやってきて数ヶ月、今やすっかりリーヴに慣れ親しんだ彼女は、暇なら暇で自分の趣味を楽しめる人物であり、本日も読書をしているところ。
二人ともガンナーとはいえ、どちらも現在は飛行服ではなく私服だった。声が掛かればいつでも仕事に出るつもりだが、さすがにいつでも緊張しているわけではない。だから出動を待ちわびているガンナーより、今はくつろぎながらも退屈を訴えている、カフェの客のように映る。
コパンは手を上げて伸びるなり、またあくびをして、また椅子に身を預ける。もう少しで、後ろに引っくり返りそうでもある。
「でも…なぁ。さすがに、ここしばらく何もなさ過ぎだと思わないか? 全く、これじゃ天才ガンナーコパンの腕が鈍っちまうぜ、ほんとに」
普段から自信満々に、彼はこうして、素で自分を天才と称する。しかし嫌味がないので誰からも憎まれたりしないし、そこも言わば長所であり、面白いところだ。
ファムがくすりと笑い、視線を上げた。
「ところで、街に出ないの? 暇なときはいつもそうしてるじゃない?」
「んー? ん、ん……。今日はイマイチ乗り気がしないんだよな……」
コパンはもたれていた椅子から身を起こすと今度は前かがみ。テーブルに肘を立てて顔を置き、難しい表情になった。
「それって珍しいわね。熱でもあるんじゃない?」
と、ファムは本を閉じ、伸ばした手を無造作にコパンの額へ当てる。
「うぐ」
コパンが硬直した。ファムは自分の額にも残りの手を当てて、首を傾げる。
「うーん……ちょっと熱くない? どこか体調悪くないの?」
コパンは手から逃げるように、椅子から慌てて立った。
「――いや、熱なんてないって! ガキじゃないんだぜ、それぐらいは分かるって…!」
「そう?」
ファムはまた首を傾げるが、分かっているのか少し面白そうに笑っている。
一緒に依頼を受ける事が多いせいか、こうやって二人が暇なときに同席しているのも、わりとこの頃はよく見られる光景だった。しかしそこへ、大きな影が落ちるというのは珍しい。
「うん?」
明るかったのに、突然日陰になったのだ。雲はほとんどないはずだと、二人は冴えきった青い空を思いだした。
頭上。いつの間にか近づいていたらしい。上を見上げると、黒い影を作ったのに反して、白い船が浮いていた。規模は同じルートを頻繁に行き交う、中型定期貨客船ほどの代物で、決して小さくはない。しかしその定期船でないことは明らかで、美しさを見せる品格のある造りからすると、あまりリーヴではお目にかかれない豪華客船に違いない。
「……なんだ、ずいぶん立派な飛行船だぜ? こんなものがくるなんて……今日、なんかあったっけな?」
「綺麗な船…。きっとオルロジェ社製の豪華客船だわ。乗っているのは、まず貴族ね」
二人の上にある優美な飛行船は、話を聞いているはずもないだろうが変化を見せた。
「? 速度が急に遅くなったんじゃないか……。まさか、カフェに着けるつもりかよ? 新市街のエリア内は空港以外、市に登録された飛行船じゃないと停泊は不可だろ。そんな当たり前なルールも知らないんじゃないだろうな? 目立つ図体で……警察くるんじゃないか? この規模だと罰金もけっこう高いだろうなぁ」
「うーん、非常事態なんじゃないかしら。船長や航空士が乗っているんだから、知らないはずないと思うけど。故障しちゃったとか……調子が悪いとか、そんなことじゃない?」
見上げたまま二人が憶測しながら話していると、背後から彼らの名前を呼ぶ声がした。
「おーい! コパン、ファム! 飛行船が上で減速したけど、何かあったの?」
シエル。ファムやコパンより若いが、彼もまたリーヴで真っ先に名を上げられる有名なガンナーの一人だった。金の癖のある髪を揺らして、いつもどおり、赤い飛行服兼作業着姿で上を確認しながら走ってくる。趣味は機体いじりで、仕事のない日はガンナーカフェの整備場に入り浸りの彼であるが、さすがに異変に気がついて出てきたのだ。
「今日、なんか依頼受けてた?」
問いに、コパンは首を横に振った。彼が忘れていても、シエルが忘れている依頼など普通ない。
「まさか。依頼があったら暇してないさ。実は俺達もチンプンカンプンなんだ。まあ、見てれば分かるんじゃないか?」
飛行船はのろのろと、真上に差しかかろうとしていた。そこで側面が開いたのか、船体から何かが突き出たのが見える。
「…あ、開いた? ……人…だね」
シエルは眼を凝らし、そう見たままにつぶやいたのだが、人物の様子に思わず前に数歩出た。
「…………え、え、え…降り…え、えええっ!?」
声が跳ね上がる。そして、ファムもコパンも語句は悲鳴になった。
「まさか…人が!」
「お、落ちてくるぞ!?」
まるで零の落ちるが如く、ポロリとそこから落下。一人、そしてさらにもう一人の姿が、飛行船から確実に身を投げて、落ちた。
上から、見る間に下へ――。
「「あ…」」
――――バッ!
三人の言葉が合わさって出かかった瞬間に、風を受けて大きく開くパラシュート。
ゆらゆらと降ってくる人影の頭上で、豪華客船は過ぎ去っていく。
出かけた言葉をも失い、しばらく呆然としていた三人だが、そのうち眉根を寄せずにはいられなかった。
ぱっくりと、魚の口のようにコパンのそれが開く。
「な…なんなんだ…???」
肝心な、真ん中の工程を端折られたものだ。最初と今が彼らには繋がらない。端と端を結ぶことが出来なくて、考えが通らないから、言葉も驚きが洩れるのみ。僅かに――思わず――後退しながら、人が揺れているのを見ているだけ。
やがて、人影は丸いふとめの形を帯び、次にはダブルの礼服を着込んで髪の色も薄れかかった壮年の男性が、たたらを踏みながら着地し、彼らの前に立っていた。そして少し遅れたもう一つの人影――二十代後半と思われる黒髪、黒服の執事らしき服装の青年は位置が少しずれており、
「――ぁ――! ぁあ゛――!」
何かわめき、言いながら手足を激しくじたばたさせて…………海へ、ドボン。
それからひらひらとパラシュートも後を追い、海面に着く。
「「…………」」
その後ろを見ている三人の前で、こっちはずるずるとパラシュートを引きずり、外しながら、最初に降りた男性が親しみ深い笑みを浮かべ、近づいてきた。
「初めてお目に掛かります。私の名前はラルジュマン。突然ですが、シエルさん。あなたにお願いがあってネージュよりきた次第です」
「え? は、はあ…???」
名前を呼ばれても、シエルは生返事。誰なのかと思うより以前に、思考がまだ巡っていない。知り合いではないが…と判断はしたものの。
彼の当惑ぶりが見えているのかいないのか、ラルジュマンと名乗る男性はさらに親しげな仕草を交え、近づいてきた。
「ネージュに開館予定の、飛行機械博物館はご存知ですかな? その件でお話があるのですよ。時間が今あるようでしたら、さっそく聞いていただきたいのですが、宜しいですかな?」
にこやかな相手に、シエルは今、どんな顔をすればいいのか迷った。遠近はあるが、視界にはまた別のもう一人が……同じところから降りてきたはずの、二人の姿が映っているわけで。
「それは…その、僕はとりあえず構いませんけど……でも」
…後ろの人が、と言いかけたところで、ラルジュマンはさらにずいずい進み出て、シエルの視界を塞いだ。
「ならば、立ち話もなんでしょう。カフェで始めましょうか」
さあさあと、そのままシエルの肩を持ってカフェに連れて行きそうなラルジュマンの横で、やや青ざめたコパンが待ったと身を乗り出した。
「お、おいおい。いいのか…?」
「うん? 私は一向に構いませんが、何か?」
どうも気づいている様子はなく、何故?な顔のラルジュマン。
それで少し気が引けたのだが、コパンは直接、指まで指して海の方を示した。
「いや、さ…。後ろ……沈みかけてるの…お連れさんじゃ、ないの?」
「後ろ……?」
それでようやく気付いたようだ。さすがに、すぐ目に付かなかったらおかしいが。
一瞬固まったかと思えば、ラルジュマンの腕が振り上がる。
「むっ。こぉらセルヴィス! やけに静かだと思ったら…一体何をしている! 早く上がってこんか!」
ラルジュマンに怒鳴られたセルヴィスという男性は、もがいて浮き沈みしながら必死で声を張り上げた。
「だ…旦那さ…ぁ…! や、はり…ぷ、ライフジャケット…ぐら…いっ…着用させ…下さい! …泳ぐのは苦手……のに…ぶほっ、スーツでは…水を吸…って思う…よ…泳げば…」
「今更なんだ!」
災難だろう。溺れかけている状態なのに、まだ怒られる。
「ライフジャケットなど着込んだ無骨な格好では、先方に失礼だといったはずだぞ! いや、そもそも着地に失敗するなど……」
ラルジュマンは情けないと嘆いた。慌てる感じはない。落ち着いた感じで、ゆっくり困ったものだと首を振る。
「ふぅ……」
などと、溜息が。
そんな姿を見ていて、シエルはようやく慌てた。湿らされた思考を掠って掠って、ようやく火がついた。
そして飛び上がる。
「あの! と、とにかく早く助けないと! えっと救命用の浮き浮き! 浮き輪!」
そんな間に、波に揺られてセルヴィスの頭が浮き沈みした。
「は、はやぐ…おね、がっぶ…………」
こうしてはいられないと走り出そうとしたファムが、唐突に気付く。
「あ――浮き輪ってどこにあるの! カフェ!? 整備場!?」
「…そういうのは確か…あ、ああ!!! 説明してる場合じゃなかった! 俺が行って取ってくる!」
初めから普通ではなかったせいか、場は直進せず回転した。答えようとしたコパンも、ぐるりと回って自ら走り出す。
暇な空気がゆらゆらと流れていたカフェはどこへやら。切迫した声が飛び交い、ガタガタバタバタと進んでいく。
こうして、ガンナーカフェは突然の客人により一気に慌しくなった。
「いや、手前の執事が大変お見苦しいところを…。申し訳ない。…セルヴィス! 謝罪を申し上げろ!」
およそ一時間後だった。投げられたロープ付きの浮き輪に掴って、海中から助け上げられたセルヴィス。その彼が存外に元気に立ち上がった以降、手際良いことに即頼んだらしい、新市街から届けられた着替え――やはり、空中から投げられた――を着こんで、カフェのロビーに登場。まだかまだかと待っていたラルジュマンに叱られて、やはり待っていた三人に頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございます…。お会いして早々にご迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした」
執事であるせいか、着替えているとはいえ、乱れたところが一つもない姿、物腰だった。髪一本はねておらず、とてもしばらく前に溺れてガボガボと沈みかけていたとは思えない。様子としても、謝りはしたが照れ笑いをするわけでもなく、恥じるでもない。言葉に誠意がないわけではなさそうだが。
「いえ、無事で良かったですね。本当に……」
落ち着きはしたが、実際のところまだ話しがまとまったわけではない。浮かんだ言葉にそれ以上はなかったが、シエルは心底からそう声を掛けた。少し同情めいたものを寄せて。
セルヴィスの横で、ラルジュマンが苦笑いをした。しかし、叱りはしたがいつまでも怒っているわけではないようで、もう表情は、降りてきた時に見せた気前良い笑みに変えている。
「彼は執事としての腕は優秀なのですがね。どうもこう…なんでしょうな、アクティブな事に対して、たまに踏ん切りが足りないところがありましてな。どうぞ許してやって下さい」
コパンはまだ衝撃が抜け切れていないのか、疑問で顔が固まったままだ。
「アクティブというか、デンジャ……」
「はい?」
顔を向けられて、コパンは作り笑いをしながら言葉を飲み込んだ。
「いや、まあ…俺達はそんなこと気にしてないけどさ……。それより、いきなり飛行船から飛び降りてきて…なんだってあんな事したんだ……?」
またきょとんとしたラルジュマンは、さも普通に、道理だと語る。
「複雑化してきた航空ルートと、近年特に問題視される空賊の関係で、この辺りは空港でないと、市に登録された飛行船以外は停泊できんのでしょう? だから泊めずに降りたまでですよ」
「……。空港に泊めてからくれば…わざわざ降下しなくてもいいと思うんだけどさ…」
ラルジュマンの横からは、どうしても飲み込めずぼそぼそと呟くコパンのそれが耳に入ったか、
「旦那様は、早く皆様にお会いしたいとのことで。普段もしばしば行っております」
セルヴィスはそれに慣れてしまったのだろうか、それとも表さないだけなのだろうか。ただ、平然と答えた。
その顔に問いかけるように、まじまじとコパンは見やった。執事の彼と視線が合う。
「いつも、あんなことやってんのか…」
「いつも、皆様驚かれますね」
「「……」」
そりゃそうだ。とコパンは言わず、シエルもファムも複雑な気分になったが、口に出して突っ込まない。
三人に見つめられるラルジュマンは、それには全然気付かず、催促されたと思ったのだろう。軽い咳払いをして、向き直った。
「それでは、こちらの不手際で中断してしまいましたが、話を始めましょうか」
「え?」
思わず出してしまったシエルを押しのけて、コパンはわざとらしく笑う。
「あ、はははっ。どうぞどうぞ始めてくれよ!」
頼むからこれ以上長引かせるなとシエルに送って、下がる。それを見て、ファムはおかしくなり少しだけ苦笑した。
何か思っているだろうが、セルヴィスの表情からは知れない。そしてラルジュマンは明らかに疑問符を浮かべたが、自分も早く話したいのか、追求してこなかった。
それから五人は、ロビーに置かれたテーブルを挟み、向き合う形で落ち着いた。
「では…まず、もう一度名乗っておきますが、私はネージュのラルジュマンです。この度はシエルさんにお願いがあって、出向いてきました」
「あの…」
もう話を止めたのはファムだった。
進行を止めることが分からず口を出すほど、彼女は何も考えていないわけではない。ただ、名前に聞き覚えがあるので確かめたかったのだ。
「あなたは、パトロンで有名な、ネージュのラルジュマンさん…ですか?」
あちらこちらで少々聞いた名前だった。知る人ぞ知るという、限定された有名人だが。
芸術分野の発展、開拓に多大に貢献しているのが、パトロンと呼ばれる彼ら。貴族や大商人など、お金に余裕のある者達の中で、主に芸術家の後援を行っている人物を指す。その行為は、嗜みや世間に対しての一種のステータスにも関係する事だが、成功するかしないか分からないのだから、気前のよさあっての事で利益を求めての事ではない。実際彼らの存在がなければ、芸術家は世間に作品を発表することもなかなか難しいのだ。
「ハハハッ、どこまで有名なのかは分かりませんがな。ともあれ、私も興味がある方面の幇助は進んでやっておりますよ」
ふーんと、コパン。
「で。あんたは、飛行機械博物館にも出してるってわけだな」
「そうです。私以外にも後援者はいますし、扱うものが扱うものですから、メーカーも協賛していますがね。ですが、資金だけではありませんよ。博物館が着工を開始した時点から、私自身も展示品の収集に赴いていましてな。主に戦闘艇の担当をしています。なんといってもガンナーは花形ですからな、一番力を入れることになりました」
それを聞いて、シエルはとたん顔色を険しく変える。
「じゃあ、僕のところへきたのは…」
展示物の戦闘艇の収集ときて、かつ自分の下にきたという話になれば、予想出来ることは一つだった。
「ええ。率直に言えば、あなたの機体、アヴニールの為に伺ったのですよ」
構えは出来ていた。ラルジュマンの言葉に即、バン!とテーブルに両手を叩きつけて、シエルはそのまま前に詰めそうな勢いで立ち上がった。いや、喰らいつきそうなぐらいに。
「それだけはダメです!!! 絶対にダメですっ!!! アヴニールはどんなにどんなにどんなに頼まれたとしても、ぜっっっったいにダメですっ!!!」
これでも足りないというぐらい、ぶんぶん首を振って拒否。
この取り乱しと迫力は、普段の彼の行動ではなかった。コパンとファムが思わず身を引いて驚き、言葉がないほど。
若年ながら、シエルはガンナーという職業が板に付いている。ベテランである。凄腕ガンナーと呼ばれるのは実力ゆえだが、その成果を出すには当然、単純に戦闘艇の操作技術が高ければ良いわけではない。的確で冷静な状況判断ができてこそ、それが発揮されるだけで、力押しばかりではとても通用しないのだ。
そんな状態に日頃身を置き、慣れている彼だから、乗っていない普段からそう簡単に取り乱したりしない。無論、感情を常に意識して制限しているわけではないので、突飛な事に笑ったり驚いたりするが、怒ることは少なく、このように問答無用でいきなり大声で怒鳴ったためしがあっただろうか。
だから知っている二人よりも、会ったばかりであるラルジュマンのほうがすぐ対応出来た。手を出して、落ち着くよう勧める。
「まあまあ、落ち着いて下さい。誰も譲って下さいとは言っていませんし、そのつもりもありませんよ」
「えっ!?」
身を乗り出したまま呆然とするシエルに、思ったとおりだと、ラルジュマンは楽しそうだが邪気のない笑みを見せる。
「ハハッ。分かっておりますよ。なにしろ、受け継いで使用している大事な愛機です。いくら大金を積もうとも、譲っていただけるとは思えませんからな」
勢いは出し尽くしてしまい、シエルは力みが抜けて、すとんと椅子に落ちた。安心したというよりは、じゃあ何?という疑問が残って、ぼんやり浮かび上がっている形だ。
「……。では、用というのは…」
彼は話すのが好きらしい。そして実際に、ガンナーマシンに大変興味を持っているようだ。ラルジュマンはニコニコと笑みがこぼれていた。
「はい、聞いて下さい。あなたのアヴニールは、現存し、飛び続けているガンナーマシンの中では最も古い。しかし現在のマシンにも引けを取らない、とても素晴らしい名機です。そのアヴニールをぜひとも展示させていただきたいのですが、現物を譲り受けることは叶わないでしょう。ですから代わりに、レプリカを造りたいと思うのです。その承諾をいただきにきたのですよ、我々は」
「アヴニールの、レプリカ…?」
驚くことも、先ほど一緒に出してしまった。何のことか分かっているが、シエルは言葉だけでとりあえず返しただけ。
分かるのだが、理解できるのだが、何かヴィジョンとしてピンと映らない。自分が大事にずっと乗っているマシンは一つきり。それが彼にとっての事実で、確信で、当たり前のことで、他にはない。
「アヴニールの……ですか……」
「はい。もっともレプリカと言っても、既に実機を製造するのは時間が非常に掛かりますし、あなたのアヴニールを分解しない限り、今の技師達が再現するのは不可能に近いので模型ですがね。製造元のアルティザン社の許可は取れましたが、あなたを無視するわけにはいかないでしょう? アヴニールの製造権利の半分は、まだ、受け継いだ現所有者のあなたにあると聞きましてな。模型といえど、お話する必要があったわけです」
シエルの乗る銃器を装備した戦闘艇――ガンナーマシンのアヴニールは、元々製造メーカーの一つ、アルティザン社に所属していた彼の祖父が仲間達と共に造り上げた物。その何十年も経つ古い機体が、今ファムやコパンの乗っている最新、現世代のマシンと肩を並べられるのは、基本設計の高さとシエルの欠かさない小まめなメンテナンス、性能の向上を図り、なおかつ基本を崩さない改造によるものだ。
「へぇ? アヴニールって、シエルが半分製造権を持ってるのか。変わってるな」
コパンが口を出したのは、もっともだった。ファムのほうも聞いたことのない話であるし、ほとんどのガンナーはそれが特別であると分かる。
「俺のシュバリエは、当然アソシエ社だけが製造権を持ってることになるからな…。他のガンナーマシンだってそうだろ? そんな話し自体出てこないよな。普通は製造元しか持ってないんじゃないか?」
ラルジュマンの口ぶりから、シエルに振る。アルティザンのことなら、関わりの深いシエルに聞くのが一番である。
シエルは悩みかけたが、考えながら話し始めた。
「うん…。えーと、どこから話せばいいのかな…。アルティザン社が造る機体は、その大半がオーダーメイドって形になるから、全く同じ物って、ほぼないんだよ。たとえ大本の基本設計が同一だとしても、要望に添って仕上げられるから、外見も含めて、最終的にまず同じ物とは言えなくなるんだ。…それで、今はいくつかの雛型を元に色々手を加えることが多いんだけど、以前は相手の強い要望によっては、一から造っていくこともかなりあったんだ。もちろん今でもやらないってことはないそうだけど…お金が掛かるからね。納期も当然、軽く二年は覚悟しないといけないし」
アルティザン社は、他社と違って大量生産に向かない製造方式を取っている。一台一台、全ての工程を職人が行い、丁寧に組み立てているのだ。色々と注文できるのもそのため。機体の評判が良い有名メーカーだが、会社として規模が大きくならないのも、よりよい機体を造るために、手間隙を惜しまない姿勢のためである。
「前はともかく、今は流行らないってわけか…。マシン性能の向上も、以前と比べれば早いだろうからなぁ。ゆっくり造ってなんかいられないかもな。…で?」
「とにかく、アヴニールはちょっと違うんだけど、流れはつまり、一から造った物と同じなんだよ。アルティザン社と、製作を頼む依頼者の注文によって造られ、仕上げられた機体は…特注品というだけじゃなく、扱いとしては専用…とでも言えばいいのかな。依頼者あっての機体になるから」
聞き入っていたファムも、納得した。
「それでメーカー以外にも、製造権利を持つ事になったのね」
「うん。正式な所有者が、一応半分持つんだ。もちろん譲渡すれば移るし、廃棄したらその時点でなくなるんだけど。アヴニールの場合はね、どちらかと言えば、アルティザンの銘があるけど、じいちゃんが仲間のみんなと一緒に、会社は関係なしの個人で仕事の合間に造り上げたものだからなんだ」
シエルの話に、コパンも頷いた。
「それでか…。なるほどなぁ」
「まあ、さっきの話も今はもう違うんだけどね。まだまだ少ないっていっても…ガンナーはやっぱり増えてるし、管理自体大変らしいから。それに、会社にとっては製造に関する事は重要だし、機密だからね。ライバルも増えてる訳だし……たぶん、三世代ぐらい前の機体までだと思うよ」
「うーん。それって、アヴニールと同じぐらいじゃんか。もうほとんどそんなマシンは残ってないし、動いてないだろ…」
シエルとはとても比べられないが、コパンの中にも戦闘艇のちょっとした歴史ぐらいは一応知識としてある。
シエルの言った世代のマシンに、馴染みは全くない。それは若いガンナーなら特にだろう。当然、自身がまだいない時代の代物だ。それが古さを感じさせるわけだが。
静かに頷きながら聞き入っていたラルジュマンだが、ここで合わせて頷いた。
「そうなのですよ。だから、アルティザン社の古い機体は集まりません…。もともと一個品が多く、その大半が稼動の限界を超えて、既に存在していないという状態ですからな……。ですからアルティザン社に関しては、展示品の大半が原寸か縮小スケールのレプリカ模型になる予定ですよ。言い方が悪いですが、大きな玩具です」
それに、シエルが即反応した。前にも勝る勢いで、立ち上がって身を乗り出した。
おわっ!と反る、コパンの悲鳴もなんのその。
「アルティザン社の、古い機体の模型を展示するんですか!?」
側の二人はそれぞれ違った笑みを漏らす。苦笑と微笑と。
「あ〜。シエルが好きそうな話だな」
「そうね。表情が輝いてるわね」
さらに満面の笑みで、ラルジュマンも身を乗り出した。
「そうですが、それだけではありませんよ! アルティザン社だけでなく、格式高いオルロジェ社、独特のマシンを製造するアソシエ社の大手、庶民向けと頑丈さでは負けないデュール社に、まだまだ始動したての中小企業まで、さまざまなメーカーの戦闘艇を新旧問わず展示しますからな。各社とも快諾してくれまして、私が言うのもなんですが、戦闘艇に関しては最高の博物館になるでしょう!」
「それは凄い! あの、いつから見られるんですか? ぜひ僕も行ってみたいです!」
勢いは増すばかりかと思いきや、ラルジュマンはそこで少々下がった。
「それが、開館は約一年後の予定ですが、はっきりと決まっていないのですよ。建物自体は竣工しましたが、展示品の数がまだ十分とは言えません。当初の予定数に達していないのですよ。特に古式の…やはりアルティザン社製ですな。会社から提供された情報を元に探してはいるのですが、ほとんどが廃棄されたか、行方が不明になってしまっていて。私も飛び回っているのですがね……」
「そうですか……」
収集には実際苦労しているようで、ラルジュマンの笑みも話していくうちに複雑になり、困ったものだと嘆息した。
「まあ……案外、空賊が廃棄されるはずの機体を横流しで手に入れて、現在でも使用している可能性があるとは聞きましたが、それでは相手が悪いですし、夜空の星から探すようなものですし……」
「ああ、そりゃやめといたほうがいいぜ。そもそも空賊のマシンなんて、めちゃくちゃな改造されてて、原型を留めてなさそうなのも多いからなぁ」
コパンもお勧めしない、つまり彼でもパッと見で分かる空賊の戦闘艇である。
彼ら、ガンナーが悪事を働く空賊を相手にするのはよくある事で、連中の戦闘艇、武装化した飛行船などを目の当たりにするわけだが、かなり酷いものがある。まず、賊が正規ルートから戦闘艇を手に入れることは通常ない。それ以外ならつまりあるわけだが、かなり高価な代物であるゆえに、新品を購入して乗り回す空賊などあまりいない。大規模で財力のある空賊は自ら設計、製作した戦闘艇に乗ることもあるが、それは特別。大体の中、小の空賊は中古品の、時には廃棄される予定の引き払われた機体を手に入れて改造、改悪し、使用している。しかし、元々数少ないガンナーが使用していたガンナーマシンを手に入れられるのは非常に稀なことで、民間、社用の一般的な飛行艇や飛行機に無理やり銃器をつけ、兵器を積んだり装甲を施したもののほうが多い。劣悪なものでは、パッチワークとまではいかないが、いつ空中分解しても不思議ではないような、そんなパーツの寄せ集め機体もあるのだ。
ラルジュマンは今だからこそだろうが、恥ずかしそうにして見せた。
「いや全く。酷い目にあいましたよ。馬鹿な事は止めろと、警察にも散々叱られましたし、苦労の末に手に入れた目的の物は、実はプロペラの部分だけという始末で…」
今日初めてあった客人の目の前なのだが、ファムもまたまた呆れた。
「実際、空賊の機体から探そうとされたんですね……」
「いやぁ。はは…。一度だけで懲りましたよ。さすがの私も」
今でこそばつが悪そうに笑っているものの、早く会いたいからと空から降下するような人物が一度だけで懲りたというのだから、相当酷い目にあったのが分かる。諦め半分、悟り半分か。
「地道に探すことにしました。早く揃えたいのですが、こればかりは仕方ありませんな」
「展示する収蔵品がないと、話にならないもんなぁ」
コパンが腕を組んだ後で、随分と反応の遅れたシエルがまとめて大きく肩を落とす。
「そうですね……」
「なんだシエル、がっかりしたのか? まあ、まだ先になりそうだしなぁ」
それを見て何か思い出したのか、ラルジュマンの横でずっと立っていたセルヴィスが、唐突に主人へ囁いた。
「旦那様。例の祝賀会に皆様もお招きしてはいかがでしょうか?」
「…ふむ。そうだな」
鷹揚に頷くラルジュマンに、コパンがいち早く反応した。
「祝賀会って、何の?」
興味深そうなコパンだが、彼に微笑むとラルジュマンはシエルに言った。
「実際の開館は先ですが前々より予定していたもので、竣工記念として協力していただいた関係者への御礼パーティーが一週間後にあるのですよ。良かったら、あなた方もお越しになられますかな? 数は半数ほどですが、現在揃っている機体は見れますぞ」
「――パーティー!」
わっ!とシエルの出かけた返事を驚きに変えて、今度はコパンがテーブルを揺らし、勢いよく身を乗り出した。
「その御礼パーティに、俺達行っていいの!?」
「ええ、特別ゲストで。何しろあなた方は有名なガンナーですからな。展示品とガンナーは密接な関係。メーカーにとってもですし、もちろん歓迎しますよ」
言葉に、コパンの動きと思考が機敏になった。
「行く行く! 一週間後なら……えーと確か空いてるよな! バッチリ空いてたな! なあ、もちろん二人とも行くだろ? よろしく頼むよ、ラルジュマンさん」
機械や機械いじりがシエルの趣味とすれば、パーティーやナンパはコパンの嗜みである。双方に言えるが、そのことになれば余念がない。まったく、分かっていても周りが呆れるほど。
「コパンったら……もう」
「コパン、メルヴィーユ内のパーティー行けなかったこと、残念がってたからね……」
嫌そうではない二人の苦笑を見て、ラルジュマンがうんうんと頷く。
「ふむ…。では、三人ともご出席ということで、よろしいのですな」
「ああ、決まり!」
言いながら確認するコパンに、ファムとシエルも応じた。
「そうね、私はいいけれど」
「仕方ないなぁ…」
と、軽い溜息と共に話が変わろうとしたところで、一緒に笑っていたラルジュマンは咳払いした。話がまだ残っているのを目配せで表し、気付いたシエルに向き直る。
「それで、シエルさん。話を元に戻しますが…アヴニールのレプリカを造ってもよろしいでしょうか? こちらもさすがに、勝手に造って展示することは出来ません」
あ〜…と、思い出しを伸ばしかけたコパンが、構わないだろう?と、シエルの肩をポンポンと叩く。
「もちろんOKだろ、シエル? 別にお前の乗ってるアヴニールをくれって言ってるわけじゃないんだし、何も問題ないだろ。それにさ、自分のマシンが展示されるのって目立って絶対いいぜ」
それが好きなのはコパンでは…。
などと頭の隅で思ったのを突っ込みもせず、シエルは目線をコパンでもなく、ラルジュマンでもなく漂わせて、考えようとした。
「ん……」
こうして話を聞いた後だから、頭ごなしに否定して振り払う衝動にこそ駆られなかったが、それでも考え難かった。むしろ、考えれば考えるほど、答えを曖昧にしてしまう気がした。それだけ、アヴニールは自らの翼なのだから。元々、考える必要を覚えたことはない。今も浮かんでくるのは、考えではなく共にある思い出だ。初めて乗った時の事や、かなり無理をして一晩中泣きそうになりながら修理した事や、はたまたコパンとの勝負、つい数ヶ月前の大事件まで。喜びも苦労もなにもかも。
しかしふと思えば、それが、答えなのだろうか。
と、
「おい、シエル…」
「シエル…?」
かなりぼんやりしていたか、コパンとファムが声をかけてくる。
思い出に面と向かうのは――困惑が、なんともくすぐったいような、面映い心地に変わる。
しかし、それは悪い気分ではないと思ったのだ。
「うん……。まあ、僕にとってはずっと一緒で……思い入れのある機体だから……。なんか恥ずかしい気もするけど……」
ラルジュマンはにっこりと笑って、右手を差し出した。
シエルは握り返した。
「ありがたい。これで希代の名機を知っていただくことが出来ますよ。いや、ありがとう」
話が決まり、コパンも一緒にか上機嫌だ。パーティーのこともあるだろうが。
「そうそう、模型でもしっかり作ったもんじゃないと駄目だぜ、ラルジュマンさん。古いくせに、なかなかどうして欠点も見当たらないガンナーマシンだからな。確かに名機だろうぜ。ちょっと他にはないかもな」
そのとたん、笑顔のラルジュマンが、何か忘れていたのか悲鳴のような高い声を上げた。
「シエルさん!」
「ど、どうかしたんですか?」
驚かされるばかりである。
「ああ、嬉しさのあまり、失念しかけていた事がありまして。そうです…。いや、古い他の名機ですが」
「? ……俺の言った事?」
コパンに頷き返すラルジュマンは、もう一度シエルに向き直った。
「ええ。アヴニールに勝るとも劣らない、アルティザンの銘のガンナーマシン…。シエルさん、実はアヴニールには兄弟機があったらしいのですが、何かご存知ではありませんかな?」
「――ええぇっ!? アヴニールに兄弟機ですかっ?」
次々と驚くばかりである。
シエルは声が上ずった。なぜなら、アヴニールに兄弟機など知らない。祖父からも、全く聞いた覚えはないから。
「その様子では、あなたも初耳のようですな……。アヴニールの所有者にして、製作者のお孫さんでもあるシエルさんなら、何か少しでもご存知かと思ったのですがね……」
ラルジュマンは、人目を憚ることなく、実に残念そうに肩を落とし、唸った。
「その機体、何故かアルティザン社にも記録がほとんど残っていないそうなのです。名前すらも……。ただ、アヴニールと同時期に…平行して造られた、同じく名機であった可能性が高いそうなのですが、行方がようとしてしれないのですよ。一体誰の手に渡ったものか……今も残っているのか……」
溜息の連続を掻き分け、コパンが疑問に眉を顰めながら話に入ってくる。
「待った。なんでアルティザン社が造ったのに、そのアルティザンにほとんど記録が残ってないんだよ? 同じぐらいのアヴニールは残っていてさ」
困惑の上に、悲壮感漂う返事。
「それが…。はっきりとは分からないそうですが、アルティザン社も過去の一時期、低迷が酷かった頃があったそうで……。もしかするとそのとき、関わる資料がどこかへ全てごっそり流れてしまったのかもしれないと。裏ルートのような、とても探れない……」
「……裏? アルティザン社製の機体……」
シエルの脳裏にその時、暗い影が現れた。
禍々しくも、風を従え、空に舞う。清澄な青空に襲いかかる漆黒の翼。不吉を呼び起こす、黒い機体が。そして、金属製の眼鏡に歪んだ口元。白と黒を纏う、奇抜な人物が乗っている。
その口元が笑うと、黒い機体は空中に停止し、凶暴すぎる轟音――ヘビーバレットを撃ち出すのだ。他でもない、アルティザン社独自の技術を、だ。
「……ぅ」
戦慄が走った。いや、予感に対する寒気か。
「? 何か? はて、顔色が悪いような……?」
「い、いえ…」
考えもろとも、シエルは首を振った。コパンもファムも思いがある目で彼を見ているが、特に何も言ってこなかった。
ラルジュマンは、かえすがえす残念な気持ちが思考を占めているようで、シエルの様子も目に入らず、ただ止め処なく唸る。
「ふむ……。しかし、アヴニールの兄弟機……どうしても、展示したいのですがねぇ……。やはり、手掛かりが皆無となれば、無理なのでしょうか……。あぁ、実に残念……。何か一つでも、何か何か手掛かりでもあれば……。どうしてよりにもよって、名機であろう機体が……」
延々と、愚痴が流れそうな気配が漂った頃、セルヴィスが新品の金時計を取り出した。
ほぼ同時に、外からは近づくエンジンの音。
「旦那様。時間のようでございます。件のお約束に間に合うためには、もうさすがに出発致しませんと。飛行タクシーも到着しております」
どうやら、迎えがきたらしい。セルヴィスが、指定の時間にガンナーカフェへくるよう、飛行タクシーを手配していたようだ。
「んんむ? そうか。あぁ…しかし……うーむ、取引の話もあるし…遅れるわけにはいかない!」
ラルジュマンは一瞬迷ったようだが、時間がないのを口惜しみ口元を曲げると、急に忙しそうな雰囲気をいっぱいに放った。
「セルヴィス! オルディネールの出港準備も出来ているな?」
「はい。直ちに出港できるよう待機させております」
「うむ。というわけでして、もっとお話したかったのですが…これで失礼させていただきます。それと、これはパーティーの招待状ですので、目をとおしておいて下さい」
成り行きを見守っていた目が、呆気に変わる。
即答に頷くなり、ラルジュマンは懐から封筒を取り出して、シエルの手を取り、押し付けるように渡した。
「は、はい」
「そうそう、会場はネージュですので、こちらからリーヴ空港までお迎えに上がりますよ。時間については、また後日電話にてご連絡します。では、しばしごきげんよう!」
にこりと笑うや、回れ右をし、走って行く。
「「あ…」」
三人の視線がラルジュマンを追いかけようとしたところで、セルヴィスが深く頭を下げた。
「では、皆様。これにて失礼致します。慌しくて十分に御礼を申し上げることもできず、申し訳ございません。パーティの時はこのような事はないと思いますので、よろしくお願い致します」
と、彼は主人よりその分遅れたせいか、慌てる様子こそ見せないが、全速力でスーツをはためかせ、あっという間に出て行った。
それから、シエル達が二人の姿を追ってカフェの外に出た時には、既に飛行タクシーは飛び立っており、空に小さな姿となっていた。それがさらにどんどん、見る間に小さくなって行く。
「ねえ。なんだか、凄くスピード出してない? 飛行タクシーって、あそこまで速かったかしら……」
「なんか……さぁ。パーティー大丈夫かなぁ……」
ファムとコパンの所感に、シエルは考えたものの、いくらでも不安が出てきそうなので止めておいた。何しろ、飛び降りてくる人である。
「う、うーん……」
その日その時、結局置き去りにされたような、三人の少々疲れた時間だった。
ラルジュマンから電話があったのは、忘れているな、と既に諦めていたパーティの前日のお昼。カフェに掛かってきたそれをマスターから回されたのは、やはり整備場にいたシエルだった。
相手を聞いた時点で、断りかと彼は思っていたが。
『ああ、シエルさん? 連絡が大変遅くなってしまい、すみません。で、早速パーティーの件ですが。午後の夕方、五時に空港に迎えに行きます。出航は半予定です。それから私のオルディネールで、パーティー会場の飛行機械博物館に向かいましょう』
「え。今日の夕方…ですか……」
『ん? 何か問題でも? 急なお仕事でも入りましたかな?』
「いえ、そうじゃなくて。その…失礼かもしれないですけど、間に合うんですか? ネージュまでって、結構遠いですよね。途中で補給も必要なんじゃないですか? 飛行船の速度を考えると……」
『ああ…。いやなるほど。大丈夫です。私のオルディネールは速度重視の特注品なんですよ。見た目は豪華客船ですが、貨客船の高速船仕様なんです。だから間に合いますよ』
「そ、そうだったんですか……」
という事だったのですぐに、旧市街地で昨日付き合うことになったばかりの彼女と一緒に、「たまには手を変えて豪華なレストランでランチ!」と洒落込んでいたコパンの行き先に連絡を取って呼び戻し、新市街にぶらぶらとウインドショッピングをしにいったファムは、行きそうなところを走り回ることでなんとか見つけ出し、慌しく用意が始まった。
時間は午後二時。残り三時間ほど。ファムは、ラルジュマンの連絡がなくとも一応ちょっとした用意はしておいた様子なので、全然何もしていなかった、これから買い物となる、回るような忙しさのコパンに比べると実に余裕が感じられた。
「うわわわっ! もうこんな時間かよ! 何が必要なんだっけっ! うおお! サイフ忘れて行くところだった! あぁー! そういえばこの前、一部古めの礼服処分しちまったんじゃなかったか!? 何捨てたか覚えてないし、一式みんな買わないと駄目か! げげっ、金降ろさないとないぞ!」
カフェのロビーでは、コパンの忙しさがキンキンと鳴り響き反射するほど、とにかくそれだけが激しかった。
それを目の当たりにしながら足元に大きな旅行用カバンを下ろしたファムは、じっと自分の荷物を見ながら唐突に考え込んで、ゆっくりシエルに言った。
「ねえ。思ったんだけど、ガンナーマシンに乗って空港まで行くのよね?」
「え? そうだよ。言ったよね。ラルジュマンさんの豪華客船にはハンガーがあるから、乗ってきてもいいって」
ガンナーは極力、自分の機体からあまり離れないように努めるものだ。ガンナーマシンあってのガンナーであり、何かあった場合に飛び立てなくては意味がないのだから。
ガンナーは登録制であり、自分の持ち場が決まってはいるが、現状としてはひっぱりだこな彼らが飽和状態になっているところなどあるはずもなく、登録された行動地域外でたまに依頼を請け負ったとしても、その事を報告する義務があるのみで、今のところ特別な罰則があるわけではない。緊急の場合はむしろ推奨される。
はて、何が言いたいのだろう?と、シエルが首を捻る前、相手の視線がずっと下向きなので理解した。直後、彼女も口で言うが。
「でも…この荷物だと、ブランシェに乗っていくのは無理ね」
戦闘艇であるガンナーマシンには基本的に格納スペースやキャリアーなどないので、軽い手荷物程度ならよいが、ファムのようにずっしり両手で抱える必要がありそうな気がする大荷物となると、やはり無理に縛り付けるなどがんばってみても……持っていけないだろう。
ファムが今頃ギリギリになって言うとは、初めに用意した以外に、後で色々と追加して詰め込んだのかもしれない。遠慮なく、こう、ぎゅうぎゅうと。
「困ったわね。せっかくの機会だし、これ以上減らしたくないんだけど。運送会社に頼まないと駄目かしら」
あぁ…と、シエルの声が困惑に下がろうとしたところで、汽笛の音が救ってくれた。
このガンナーカフェには日に三回やってくる船――市営の、新市街を回る水上バスだ。
「あ、ちょうど良かった。水上バスは空港にも向かうから、頼んで持っていってもらえば……」
「――あああぁあー!!!」
シエルの語尾を吹き飛ばした叫びと共に、自らの衣服を慌しくチェックするのは。
「ミュールの連絡先書いたメモがないっ!? 無い無い無い!!! 胸ポケットだったような……いやズボンのほうに突っ込んだんだっけ…いやいや、内ポケットか! だぁあー! サイフに入れてしまった気もしたのにっ…な、ないっ!」
なにやら焦る状況が変わっているが、今日豪華なレストランで一緒にランチを取るはずだった彼女の名前と思われる。そして、大事な彼女の情報を無くした模様。
シエルは横目でちらりと眺めつつも、特にそれについて、特に掛ける言葉はない。
「……。じゃあ、船長さんにファムの荷物を空港まで持っていってもらえるよう、頼みに行こう」
振り向くや否や、そこで驚くほど素早くコパンが動いた。
「いやまてシエル! ちょい待った。その前に一つ言わせろ!」
「ぇえ。な、なに?」
ガシっ!と肩を鷲掴みにされたわけではないが、声にそんな威力が篭っている。ツカツカとコパンは歩み寄ってきて、焦っていた様子を押しつぶしたような、疑わしい眼差しを見せた。
「よく見てみたら、なんだよ。ファムの荷物はなんとなく分かるけどな、お前の荷物に異義があるぞ!」
「へ?」
なぜかあれで、しっかりこちらの会話は聞いていたらしい。
だが、なぜ自分の荷物に異義を唱えられるのか? シエルには分からない。
「僕の荷物、どうかした? どこに文句があるのさ…?」
「何がって、大有りだろ!」
シエルが視線を送った先、コパンが指を差した場所には、ファムの荷物のおよそ三分の一程度の手提げの小荷物が、ちょこんと置いてある。
「小さくて目に入らないところだったぜ。どこをどうしたらそんなコンパクトにまとまるんだよ。何が入ってるんだ? 必要な物、入ってないんじゃないか?」
そう言われて、シエルはまだ口が開いている――何かがそこから飛び出して見えている――コパンの大きなカバンを指差した。
「コパンが、お気に入りのラジオとか置時計とか枕とか、嵩張るもの詰め込もうとするから、荷物が大きくなるんじゃないの?」
「む。――俺にとっては必要なものなんだよ! とにかく、お前のは絶対少なすぎ!」
ごくごく一瞬たじろいだかと思ったが、コパンは引かなかった。疑わしいと言わんばかりにシエルの荷物を持ち上げて、わざと大げさに視線を注ぐ。
「大体、三日分の服を入れたら、少なくとも今の大きさより一回り以上は大きくなるだろ」
「そんな。着替えはちゃんと入ってるよ。さすがに同じ服を三日も着るつもりはないよ……」
整備をして汚れるわけではないので、上着のみは替えを入れてないが、シャツや下着等はきちんと予備も詰め込んでいる。後はほぼ小物だ。そしてお金と。
必要なものだけは、しっかり忘れてないと思うのだが。
「そんなはずないだろ。大体、礼服入れればそんなに綺麗にまとまるはずないぜ」
その言葉に、首を振る。
「コパンと違って、礼服なんて着るつもりないよ、僕は。だから入ってないけど」
シエルは普通に返したのだが、瞬間でコパンの目元がピシッとなった。そしてよく見ると、ファムもこちらをじっと見て明らかに困惑している。
ふぅと抜ける、彼女の口調も……。
「あのね、シエル……駄目なのよ、それじゃあ」
雰囲気が変だった。コパンに向けるそれをよく傍から見聞きしているので分かるのだが、呆れているのではないだろうか。マズイそれだ。ひしひしと感じる。
「あ、あれ……? 何か変…だっけ?」
直後、コパンがどこかから取り出した紙を目の前に突きつけた。
「シエル! 招待状見たかドレスコードって知ってるかブラック・タイって黒いネクタイじゃないぞ!」
「え、え、え、え、え?」
わなわなしながら一気に捲くし立てるコパンに、シエルは引く。コパンは詰め寄る。
「お前な……パーティーってもんに出席したことないだろ。あぁ、メルヴィーユのパーティも断ってたし、考えてみれば分かるよな。パーティーより整備、女の子より整備。暇さえあればアヴニールの整備か改造ばっかりしてるお前が! なんかちょっと暗い青春だと思わないか!?」
肩を掴まれ、問われるが。
「いや、別に……普通じゃない?」
コパンはコパンで、ナンパのし過ぎである……とは言わず。
「……」
黙ってこちらに向けるもの。それは顔を抑えて嘆きたいのか、首を振って呆れたいのか、胸を押さえて苦しいのか。天に祈るようで、一人哀れんでいるかのようで。息が荒い。肩が上下しているコパン。
とりあえず、彼自身については今、比較の対象にならないようで。曖昧にシエルは笑っておいた。
「…で、さ。つまり……何なの?」
分からいでかと睨んでくる相手。またもや接近してカァーッと熱を放熱。
「――何って!? 今回のパーティーにはスモーキング着用って指定があるんだよ! 礼装でいくもんなんだよ!」
「えー!?」
愕然となる。それは、小さな頃からアルティザンの整備場で遊び、そのまま若くしてガンナーになった彼にとっては、寝耳に水。知らない領域だった。
「そうなの!? だって、知らないよ…」
社交界に縁はなかった。祭典のゲストになったこともない。皆の憧れの的であるガンナーであっても、生活のスタイルはお祭り騒ぎではない。新聞に活躍が大きく載ろうとも、依頼をこなし有名になろうとも、有数のプロフェッショナルでなければならないガンナーは、本来は仕事が最優先でなければならない。本当に遊んでばかりでは務まるはずもなく、実力があり有名なガンナーほど、輝かしい肩書きに比べると実態は意識が高く、真面目な傾向がある。コパンも遊んでいるようで、仕事に関してはルーズでなく、プライベートを持ち込んだりはしないしけじめはつけている。
飛び上がりそうになったシエルに、コパンは荷物を投げた。
それを慌ててキャッチ。
「わっ! 何するんだよ、コパンっ!」
「決まってるだろ。いくぞ! 俺達もまず、今の荷物を水上バスに預けるぞ」
彼は自分の荷物も抱えて、シエルの背中を押し出す。
「わっわ!」
どん、どんと押す。押す。
「さあ、買い物だ買い物! お前の分もだからな! いいからさっさと急いで行くぞ!」
「わわわわわーーーっ!!!」
「私も後で、そっちを手伝うわね」
わたわたしながらコパンに押されてカフェを出るシエル。ゆっくり荷物を持ち上げて、ファムも歩き出す。
『先に空港に行って、ガンナーマシンを置いたら即買い物だ!』
『う、うん!』
『ほら、走れよシエル! 時間がないだろ! せっかくのパーティーだってのに、出られないじゃんか!』
『ちょっと待ってよ! 僕の礼服より、絶対コパンのその他の買い物のほうが時間かかるよ!』
なおも賑やか。カフェの中も周辺も、有名なガンナー達の大声が響く。
こうして、カフェの他の客の足を止めさせて、注目を浴びながら、リーヴのガンナー達は慌てて空に飛び立って行った。先に二機、後に一機。新市街の方向へ――少し乱れた経路をとりながら。
それから、新市街を駆けずり回ってギリギリ空港に到着した三人は、荷物を振り回し、ラルジュマンとセルヴィスの驚いた送迎の後、豪華客船オルディネールに急ぎ乗り込んで、やっと息を付いたのだった。
航空は何事もなく、ネージュに着くまでの間――。もう楽しみで仕方がないコパン、少々緊張気味のシエル、そんな二人へいつも通りに微笑むファムは、まさか自分達が危機に直面しようとは、もちろん夢にも思っていなかった。
<あとがき>
今回は自分が読み直すついでに一人参照ツッコミ形式で言い訳したいと思います(何)
私がどれぐらい不届きなことを考えて書いているか分かるかも(苦笑)
置き忘れた欠片のように海上にあるガンナーカフェ
かなり久々に様子を見てみると、案外離れてないものです(苦笑) 新市街とカフェ…。
こんなに近かったのかよ!(汗) 300メートルぐらいしか離れてないかも。
「それって珍しいわね。熱でもあるんじゃない?」
相変わらずラヴラヴな具合です。まあ、この程度が楽しいものです。
ちなみにこのあたりは昔にもう出来ていた部分なので、久しぶりだと照れます(マテ)
「この規模だと罰金もけっこう高いだろうなぁ」
空にも交通ルールがあるのです…この世界は特にみんな飛んでますからねぇ。
飲酒運転はもちろん厳しいです(苦笑)
「「あ…」」
ハモりはノーマルカッコ二つにすることにしました。…そ、それだけ……。
「アクティブというか、デンジャ……」
すみません色々とアホで(涙)
「それだけはダメです!!! 絶対にダメですっ!!! アヴニールはどんなにどんなにどんなに頼まれたとしても、ぜっっっったいにダメですっ!!!」
きっと尻尾が膨張しています。触りたいし欲しいです、あうあう。
「アヴニールの製造権利の半分は、まだ、受け継いだ現所有者のあなたにあると聞きましてな」
まったく、ここら辺は話を作るためにこねまくったせいで好き勝手になりすぎました。
まあ仕方ないですな(苦笑)。う、作ったもん勝ちですよ(汗)
「……たぶん、三世代ぐらい前の機体までだと思うよ」
だいたい、アヴニールって何年前製造の機体ですか?(汗)
祖父が造ったといっても、若い頃なのか老けてからなのか…
ここらへん厳しいです。とりあえず、公式ガイドブックなんかでは結構古そうっぽい書かれ方なので50〜60年で見てますが…厳しい。
コパンの中にも戦闘艇のちょっとした歴史ぐらいは一応知識としてある。
そんなにバカじゃないのコパン(笑)
コパンもお勧めしない、つまり彼でもパッと見で分かる空賊の戦闘艇である。
コパンはよく比較対照。この先も…(笑)
「――ええぇっ!? アヴニールに兄弟機ですかっ?」
ゲーム中では、シエルがファントゥームを見て知っているような素振りを全くしないので知らないのでしょうが、そこであのきちがいな人が出てくると気分悪そう(苦笑)
セルヴィスが新品の金時計を取り出した。
海へぼっちゃん!したので、新品。だから新品なんだよー。
分からなくても良いのですが、書きたくなった(苦笑)
「見た目は豪華客船ですが、貨客船の高速船仕様なんです」
なんじゃそら。この金持ちは結構無駄っぽい事をします(蹴)
「でも…この荷物だと、ブランシェに乗っていくのは無理ね」
ファムの荷物は服でいっぱいなのです。
こんなときはきっと、欲張って遠慮なく詰め込む女性な素敵彼女です(笑)
新市街を回る水上バスだ。
新市街は周り海ですし、水路が多いので、交通は空と海が主でしょうか。
船は荷物運びが主か。車だとちょっと、他に行きたいときに不便そう。
「コパンが、お気に入りのラジオとか置時計とか枕とか、嵩張るもの詰め込もうとするから、荷物が大きくなるんじゃないの?」
ガキかあんたは。という感じ……。なんか持っていきそうだなと思った(苦笑)
「シエル! 招待状見たかドレスコードって知ってるかブラック・タイって黒いネクタイじゃないぞ!」
お約束な…。わたくし、ドレスコードな指定があるイベントなぞ出たことないです(苦笑)
「なんかちょっと暗い青春だと思わないか!?」
しかしシエルって、今までにパーティー出席したことがあると思いますか……?
とりあえずこのぐらいで…。続きます…。
最後まで行ってから急いで上げたので、校正ぬるいです…気づけば直します。
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