とんだパーティー 〜飛行機械博物館竣工祝賀会事件〜 | 2
街灯も灯りだした時は、暗みが増す夜の七時前。
リーヴから豪華客船オルディネールで、ネージュ南部の飛行機械博物館近くの広い停泊場所まで、一回の補給後真っ直ぐに飛んだ。着いてからは、時間は多少あったが準備に終り、街巡りは出来ていない。また、オルディネールが泊まった周辺は街中から外れており、飛行機械博物館自体も立地の関係、広い場所と海に近い水路が確保できた郊外に建てられたせいか、賑やかさならリーヴとさほど変わらない印象を受けた。
ファムが言うには、さすがにネージュも全域が大都市の都会ではないとのことだが、おかげで今でも大工業都市ネージュへきたという実感には乏しい。
しかし幸か不幸か、そんなことを残念がるほどシエルに余裕はなかった。
「なんか、礼装ってやっぱり落ち着かないなぁ。窮屈な気がするし……」
コパンと二人、大きな建物の前。招待された人々が次々とやってくる会場の、飛行機械博物館の広場、入り口手前でシエルは止まった。そして自分をまざまざと見下ろした。
「動きにくいし……。黒い服ってまず着ないし」
自らの格好が気になって気になって仕方がない。シエルのほぼ毎日着る普段着は、赤い飛行服兼作業着で動きやすく、黒い礼服のパリッとした感じには違和感を覚える。しかも買ったばかりの新品だ。匂いも違うし全く馴染んでいない。
コパンはさすが全くそんなことはないようで、不自然な感じはなく、シエルの目から見ても着こなしているように思える。着替えの最中も、髪をコームで整え、鏡を見ながら蝶ネクタイを結び、上着に袖を通すそんな時でさえ、慣れた様子を感じさせた。
周囲を軽く見回しながら、彼は気にするなと言う。
「着慣れてないからだよ。まあ俺だって、この頃は着るような事なかったけどな。……お、蝶ネクタイ曲がってるぞ」
「あ、ほんと?」
原因は、しばらく前に襟首の窮屈さが気になって触った時か。
すっと目の前に小さな鏡を出されて、それをシエルは受け取った。
「ありがと」
「……。しかし、ファムはまだかな。もうちょっとでパーティー始まっちゃうぜ」
待つついでか、懐から時計も取り出して確認したコパン。
ファムからは、もう少し時間が掛かるからと、先に行くよう言われていた。二人は彼女を残しオルディネールから出てきたのだが、本来は送迎車に乗るところをわざわざ歩いてきたし、既にゆっくり待てるほど時間はなかった。
「女の人って、時間が掛かるんだね」
鏡を覗き、黒の蝶ネクタイを引っ張り正しながら、時間にして十数分はかけて歩いてきたのではないかと、シエルは頭の隅で考えた。
隣で、コパンはフッと溜息を吐いた。自嘲でもしたのか、ほろ苦い、しかし甘さのある諦め。
「ああ。女っていうのは、金も時間も掛かるもんだ……」
そんなことを呟きながら、彼の視線は会場にやってくるドレスで着飾った女性をしっかり追って、チェックしていたり。
「……うーん。ご婦人は多いみたいだが、あまり女の子はいそうにないなぁ」
ぽつり。
「何しにきたんだか……」
やはりコパンはコパンで。
シエルは俯いて溜息を吐きながら、鏡を返した。
コパンが女の子チェックをしている間、シエルは仕方ないので飛行機械博物館を観察した。
構造は少し変わったもので、二つの広くて大きな建物を二つの橋で繋いでいる。水路である川を挟んで建っており、自分達がこれから入る側の建物も、川の向こう側の建物も博物館らしい。
「実際に水上機を並べるって言ってたっけ……」
考えたわけでもなく口にしたところで、後方より自動車の音がした。近くで止まり、ドアが開けられ、そして閉まる音がスムーズに聞こえる。
後ろを振り向くと、排気音を鳴らし遠ざかっていく黒い専属の送迎車。
そして残されていたのは、女性だった。普段と違う、ウィッグをつけてまとめた髪、艶やかな袖のないワインレッドのロングドレス。暗くなってきた周囲で、輝く街灯よりも浮かび上がる一人の色。
少し俯き加減で、ゆっくりおしとやかに歩いてくる姿は、一瞬別人のように見えるほど雰囲気の違いがあった。
「あ。そうか、ファムだ」
こちらに向けて笑いかけてくる姿も、特別上品なように見えるから不思議だ。
以前も空で目にしたのだが、こうして見るとファムもまた、ドレス姿に違和感はなく、よく似合っているというのがシエルにも分かった。
「ファム綺麗だね。似合ってるよ」
「フフフ。ありがとう。シエルだって似合ってるじゃない。でも、衿が少し歪んでるわよ。……はい」
今度は衿を歪めたのかと、焦りかけたシエルが思わず、見えはしないのに下を向いたところ、ファムの両手が伸びて立衿を引っ張ってくれる。
着衣の不慣れが、行動にまで影響しているという事。シエルは少し恥ずかしくなって、照れ隠しに笑った。
「ありがとう、ファム。この格好、どうにも落ち着かなくて……」
「初めてだからよ。変じゃないんだから、普通にしていれば良いのよ。ね、コパン」
「あ、ああ。そうだな…」
振られたコパンは、どこかカクカクとした仕草で頷いた。その目は、ファムを見ていた。
「ファムがどうかした?」
何だろうと尋ねてみると、コパンはいつもより小さめの声で、ぼそぼそと呟いた。
「いや。あー、確かに似合ってる……」
「フフ。コパンもありがとう」
コパンは視線を逸らしたのだが。
「ほら、メルヴィーユから出てきた時はあんなんだったし、見てなかったわけじゃないけど、ファムも俺達も戦ってたし……」
なお続くつぶやきの最中にシエルは。
「あれ? コパンなんか顔が赤くない?」
すると、その顔がこちらを向いて、腕を強引に引っ張られた。
「――気のせいだ! いくぞシエル!」
「うわったった…っ。せっかくさっき直したのに! 乱れちゃうよ! 引っ張らないでよーコパン!」
そして、引っ張るコパンと引っ張られるシエルの後にファムも続き、三人は広く高い飛行機械博物館のエントランスを抜ける。
明るい照明のロビーですぐに、人の流れに逆らう方向より声が掛かった。
「…おお。皆さんこられましたな」
遅いと心配したらしい。主催者側であり、先に博物館へきていたラルジュマンとセルヴィスが三人の姿を認め、やってくる。
ファムは真っ先に謝った。
「すみません。私のせいで時間が掛かってしまったんです……」
「いえいえ。女性は仕度に時間が掛かりますからな。それに、遅れたわけではありませんし」
ラルジュマンは気にしないようにと笑って、館内ルートの出口側を示した。
「それよりも、もう始まりますので行きましょうか。歩きながら話しましょう。パーティーはメインの大展示ホールで行いますので、本日はあちらから」
セルヴィスが最後になって、五人は歩く。
大展示ホールまでの途中、まだ何もない、展示するためのウインドーや、台座を見たシエルは、きょろきょろしながらラルジュマンに訊いた。
全部集まっていないと聞いているが、集まった分はどこにあるのか?――と、素直に顔に書いてある。
「あの、展示品はどうなっているんですか?」
「おいおい。今日はパーティーが目的なんだぜ」
コパンは横から、呆れた奴だと言いたげだが、ラルジュマンはそれが面白い。
「ハハハ。シエルさんは早く見たいのですな。心配されなくとも、大展示ホールにはちゃんと、目的の実機や模型が並べてありますよ。パーティー開始の挨拶が終わったら、館内も回られるとよろしい。展示品のおよそ半数は、一応納めてありますからな」
「はい! 楽しみです」
歩みが軽快になった。もう、着慣れていない服も気になっていないだろう。シエルが浮かれているのだ。
「まったく。お前にとっちゃ、パーティーも二の次なんだよなぁ」
「いいじゃない。シエルは初めから、展示品のほうが目的だったものね」
そんなことを話すうちに、一行は一段と明るい、大展示ホールへ着く。博物館の目玉となる場所らしく、広さがあり奥行きがあった。
真っ先に、コパンが歓声を上げた。
「お。なかなかのもんだな!」
上出来だろう。会場は元々パーティー用のホールでないとはいえ、最大限に点された室内灯と厚手のカーテンで装飾され、人々の賑わいにより場は醸し出されて、雰囲気は十分仕上がっている。右の壁側には料理が並べられ――そして、ロープが張られ、一応区切られた左の壁側には、少々窮屈に、入るだけの飛行艇や飛行機が二重の列を成している。
「あれ、写真でしか見たことない飛行艇だ! 飛行機もある。周りが海で水路の多いリーヴじゃあまり見ないんだよね」
コパンもシエルも純粋に目を輝かせているものだから、特に目当てがあったわけではないが、ファムも楽しくなってきた。
「パーティ、楽しめそうね」
「ハハハハハ。けっこうけっこう。さあさ、もっと中へ行きましょう」
ラルジュマンも一段と機嫌を良くし、歩き出そうとしたところへ、ふいに横手から声がかかった。
「奇遇だな。誰かと思えば……」
その男性の声に、シエルは金縛りにあったように固まり、コパンが露骨に嫌そうな顔をする。
「うっ…!」
「げぇ……」
聞き覚えのある声だった。忘れたくても忘れられない部類の。
「……なんであんたがここにいるんだ?」
前々より相手に対して態度が素直なコパンは、振り向いて確認するのに顔色を変えようとしない。
よくよく考えれば、関係者への御礼であるパーティーの内容といい、見るだけでも身分、社会的地位の高そうな人々の顔触れといい、その人物に会ったとしても別におかしなことではないと分かるのだが、とにかく人物が人物であり、あまりにも身分が違いすぎる。本来、身近ではあり得ない相手であり、慣れた感覚でいることは難しかった。
ファムは元々あまり抵抗がないようだが、それでもやはり意外そうに、その人物を見つめた。
「リヴァルさん……」
現れた、漆黒のマシンを駆るガンナー――近づいてくる銀髪の紳士は、自らを迎える反応に僅かな苦笑を見せた。
「私がここにいてはおかしいかな? …私もラルジュマン殿と同じく、一応、出資者の一人なのだが」
「ああ、やっぱりそんなもんかよ」
投げやりに吐き捨てるコパンを見て、対し、特に反応のないリヴァルを見て、ラルジュマンは何か自分のほうが部外者のような気持ちで話しかけた。
「驚きましたぞ。彼らとお知り合いでしたか、リヴァル公」
屈指の財力と、政界への発言力があるにも関わらず、公式の場に顔を出そうとしない知る人ぞ知る貴人に、意外な面を見る。財界や政界の知り合いというならまだ分かるが、身分の高い貴族出自でもないガンナーに、しかもネージュではなく離れたリーヴのガンナーに――それも普通に――接しているとは、さすがに驚かざるを得ないのだ。
ラルジュマンは自然に、好奇の視線が問う形になっていたのだが、知ってか知らずか、リヴァルは気にした様子は全くなかった。
「以前、会う機会が少しありましてね。いや、しかしガンナーを招いたとは聞き及んでいましたが、まさか彼らだとは思いませんでしたよ」
返しもせず払いもせず、ラルジュマンから視線を外したリヴァルは、まるでヘビに睨まれているカエル状態のシエルに薄く笑った。
「ところでシエル……」
「な、な…?」
シエルは思わず身構えかけた。名を呼ばれたこともあるが、どうしても初めて会った時の印象が強く、頭から離れないせいか、この――今、目前の状態のリヴァルと対面すると妙に緊張してしまうからだ。
「な、なにか?」
息を呑んで落ち着かせてから返したつもりだったが、それがかえって目立った。かなり違和感のある対応に周囲の目は変わったが、リヴァルのほうは依然、シエルのみを見ているまま。
「カフスを見てみろ」
フッと、面と向かって何を言ってくるかと思えば――そんなことを言ってくるものだから、慌てなくてよいものを、シエルは一段と焦って袖口を持ち上げた。
シャツのボタンが外れている。
「あわわ……!」
「では、一旦これで失礼する。用事もあってきているのでね。このままずっと話している訳にもいかない。ラルジュマン殿も、また後で話しましょう」
指摘したシエルの慌てぶりを見届けるでもなく、リヴァルは短い間の最初から最後まで、そのままのままで去っていった。パーティー会場は完全に雑踏と化しており、どこからかやってきた、背の高い付き人と思しき人物と二言三言話したのち、人に紛れて何処かへと姿を消してしまう。
コパンは小さく、溜息づいた。リヴァルが見えなくなった方向へ。
「まったく。こっちは願い下げなんだがな」
「ふぅ……直った」
シエルも溜息をついたが、こちらは胸を撫で下ろした、安堵のもの。
コパンはシエルをじっと覗き込むように、そして眉を顰めて言った。
「……お前、実はあいつに遊ばれてないか?」
「い…嫌なこと言わないでよ!」
身の毛もよだつシエル。尻尾の先まで震える。
それらが何とも不思議だと見るラルジュマン。
自分でも少々緊張するあの相手に、臆さず媚びず対等の言葉を掛ける事ができるとは。
「本当に驚かされますよ。あなた方は、リヴァル公と親しいのですな」
褒めたつもりなのだが、顔を渋面にする精一杯の否定が返った。いや、非難にすら思える。
「とんでもない! まってくれよ、ラルジュマンさん。数える程しか会った事ないんだぜ。俺なんてついこの前会ったばかりで、他人同然さ。むしろ一緒にしてくれると困る!」
「…はあ」
一人が隠す素振りもなくこうなので、残り二人に視線を送ったが。
「僕も、知り合ってから浅いんですけど……」
「私もほとんど、お話した事はありません……」
「……はあ」
このまま沈黙になろうかという間で、ラルジュマンは思い切って尋ねてみた。
「……あの、失礼ですが、あの方がどういう人物がご存知なのですかな?」
「すっげー、金持ち大貴族さまさまだろ」
「なんかへ……。あっ、変わった人だと思うんですけど」
「不思議な…印象を受ける方ですね」
三人とも、それが即答に近い。
「……はあぁ」
ラルジュマンは溜息が出た。何か、期待しているものとは違ったからか。
あの現リヴァル家の当主はオープンな場に出てくることが少ないため、俗世間を避けているイメージがあり、穏やかで優雅な貴公子という見方が強いが、実は相当の実力者であるというのが内輪の密かな噂である。自らの目で、耳で確かめた事がないので噂の範疇を出ないのだが、少なくともただの凡庸な貴族ではリヴァル家の当主は務まるまい。世界有数の大富豪という、本来なら非常に目立つ立場だ。無能なら悪評なり失敗なり、もしくは財産の散逸など何かしら囁かれる。しかしそれは全く聞かない。
注目される立場に居ながら、何故か目立った話がない、何も聞かないことこそが、非凡である証ではないか?
「まあ…そんなものかも知れませんが……」
それでも確信が持てないのは、財産管理を任されているリヴァル家の執事頭は、非常に優秀というこれまた噂のせいで、現当主の実力が推し量れないためだ。
「ぅうーむ…。謎の方ですな……」
「あーもう、俺達とは全然違うところに住んでいらっしゃるからな」
合わせたと思われるコパンのそれは、憎まれ口のようだが、当人がこの場にいても口にしそうな様子である。
ラルジュマンは再び溜息をした。そして何となく思う。
もしや実際溜息が出たのは……何か実力を窺わせる片鱗でも聞けるかと思いきや、普通というか、それはあまりにもそのままというか、その前に随分と扱いが酷いような……同情だろうか?と。
「うーむ…しかし……」
しかし、それがいくらなんでも知り合ったばかりの関係であり得るのか。
「うーむ……」
やはり、互いに随分と崩しているとしか思えない彼らのやりとりに、頭の中でどうにも疑念が尽きず、ラルジュマンは客人のシエル達を置いて、ぐるぐると決まらない思考を堂々巡りにさせていた。
「……旦那様。開会のスピーチがもう始まりますが」
そこへ囁かれたセルヴィスの声。
はっと我に返り、掻き掛けた汗に嫌な自覚を覚えながら息を吐き出す。
「お、おお。そうか…。うむ」
どれだけも時は経っていないはずだが、怪訝そうに自分を見ている三人に、ラルジュマンは笑顔を向ける。
「いやいや、ぼんやりとしていてすみませんでした。考えが少々一人歩きしておりまして…。私も仕事がいくらかありますので、ここで一旦失礼しますよ。皆さんはパーティーを堪能して下さい。では」
我が身が暇でないことを少々残念がりながら、今までの思考を全て断って、ラルジュマンは慌てて三人と別れた。
ぼんやりと考えているより動かなければ。パーティーはこれからが始まり。これからが忙しく、盛り上がるのだ。
「うわぁ…。模型でもしっかり作ってあるね! ちゃんと細部の再現にもこだわってるよ! もう実機は一つも残っていないって話だけど、良くできてるなあ」
ここはパーティーの中心より外れている。実際の距離はどれほども離れていないが、隔たりが見て取れる。向こうに大勢の人の塊、こちらに三人という具合に。
「あ〜。なんでパーティーだってのに、シエルと展示物巡りしてるんだ、俺……」
アルティザン社の古いガンナーマシン。そのフルスケールの模型を、あっちから見たり、こっちから見たりしながらはしゃいでいるシエルと、傍らに立ち、パーティーの中心を眺めながら、先ほどより溜息の絶えないコパン。そのちょうど両者の間に立ち、窺っているファムも一緒。
並べられている展示品は、ほとんどが博物館のメインとなる戦闘艇の数々だが、今回ばかりはパーティーがメインである。ただひたすら機体に傾注する一人は、三人の中でもかなり浮いている。
そんなシエルは落ち着かない挙動で、年代を感じさせる型の黄色い機体を見ていたが、あっと短く声を漏らすと、ある一点を食い入るように見つめた。翼の上にあるエンジンである。
「このエンジンは本物だ…」
忙しない様子がいっぺんに固まったので、ファムが近づく。
「どうしたの?」
「この機体のエンジン、アヴニールの最初のエンジンと同じなんだよ」
シエルの示すエンジン部は、半分以上がカバーに覆われていて全貌が見えるわけではない。それでも彼が言い切っているのだから、間違いないだろう。
「よく分かるわね。剥きだしで置いてあるわけじゃないのに」
彼にとっては明確な違いが見えるのだろうが、そのシエルの目は今、どこか遠く、懐かしそうに見ている。
「アルティザンのだからね…………」
語尾の無音が伸びる。
「特に……僕が小さかったころ、このエンジンを外し換えたんだ。エンジンの交換を見るのは初めてだったし、アヴニールは特別だからね……ずっとずっと見てたから、よく覚えてる……」
止まったかと思うほどの間を置いてから、シエルは苦笑を浮かべた。徐々に思い出しているのだろう。
「ほら……エンジンがないと飛べないから。ずっとこれがアヴニールのエンジンだったから。外したエンジンを捨てないでって、頼み込んだんだよね、僕。みんなを凄く困らせたな……。異音があったし、もう駄目だったんだけどね。……これがないともう、飛べなくなると思っちゃったのかな」
彼にとってその時は、ただの思い出に止まらず、試練や冒険のようなものだったのだろう。
「でも、エンジンを交換して前より格段に調子が良くなったアヴニールを見たら、そんなことすぐ吹っ飛んじゃったけど」
昔の記憶に触れ、いっぱいの苦笑と照れで語り終えたシエルに、コパンが横から茶々を入れ、わざと溜息を吐いた。
「……やっぱり、お子様の時からお前はそんな感じだったんだな?」
ふいににやりと、シエルにしては意地の悪い笑みが返る。
「じゃあ、コパンはどうだった? やっぱり、小さなときから女の子が好きだったのかい?」
「あー? バカ言うなって。ガキの頃から女の子口説いてたわけじゃねえよ。お前は俺を何だと思ってんだ。まったく」
呆れるぜ、と言うそれに、ファムがくすくすと笑う。シエルも笑い出す。
コパンが口をへの字に曲げた。
「二人して俺のことが分かってないな? 俺をただのナンパ野郎と思ってるんじゃないだろうな? 俺は楽しいことが好きなんだよ。女の子と一緒に話したり、デートしたりすると楽しいだろ? あー言うなよ! 返答は分かってるんだ。ファムは男じゃないし、シエルは興味がないから、どうせ素直にうんとは言わないだろうな」
一人で最後まで行って、再び口元を曲げる。
一人で拗ねているものだからおかしくて、ファムとシエルは再び笑った。しかし悪気もないし機嫌を損ねたいわけではないので、すぐに謝った。やはり、笑いながらだが。
「ごめんよ。コパンが早いから、何も返せなかったし、なんかおかしくなっちゃってさ」
「ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど。楽しい事が好きなのは分かってるし、デートはそれの延長だって知っているから、私もシエルもナンパ野郎なんて思ってないわよ。安心して」
それでもまだ笑い続ける二人に、コパンはやはり拗ねたままで、溜息をついた。
「……あぁ。もういいぜ」
そうして、ようやく笑いが収まるところで、ファムは聞こうと思っていた疑問に繋げた。
「それで、どうして今日はいつもの調子で声を掛けたりしないの? パーティーパーティーって、あんなに楽しみにしていたんだから、てっきり騒ぐかと思えばシエルと一緒だし」
「あ、僕もそれ思ったよ。コパンなら真っ先に向こうにいっちゃうかと思ったんだけどね」
パーティー大好きと公言もする、三人の中で一番この時を待っていたコパンが、実際ここにきて楽しんでいる様子がない。いつの間にかシエルの側にいて、先ほども連続で溜息づいていた通りである。
「コパンって、人見知りなんてしないわよね。年配の方が多いけど、若い女の子がいないわけでもないし?」
会場内が盛り下がっているわけでもないし、一体何が原因なのか検討がつかない。
コパンはだるそうで、どこか気のない声で首を振った。
「顔触れだよ、顔触れ。ダメだ。思った以上にハイソすぎた」
コパンは視線で、ハイソサエティと言ったパーティーの中心部を示す。
品のある人がいるとは見た感じで思うのだが、よく分からず、シエルは首を捻った。
「ハイソ? ハイソなんだ?」
「へへっ。女の子に声かけたら、親とかボディーガードとか出てくるぞ、きっと」
苦笑いする。冗談のようにも聞こえたが、シエルにはやはり分からない。
「そうなの?」
「ま、声が掛けられとしても、気軽にお付き合いできない相手はごめんだな」
そのとたん、嘆きに変わった。
「一般市民クラスなんて、ガンナーの俺達ぐらいじゃないか? よーくよーく見ると、大物ばっかりがごろごろいやがるぜ。パーティーなんて久しぶりで、ちょっとばかり浮かれてたもんだから、しばらく気付かなかった。二人とも知ってるだろ。アソシエとオルロジェの社長がいたの、見えなかったか? 出資してるらしい貴族は有名な家柄の連中だぞ。それになにより、あいつに会ったしな…。さすがにあんな中じゃ、はしゃぎたくなくなるぜ」
誤算だったと、肩を下げる。
「ふぅん。そんなに凄いんだ? 僕は全然分からないからなぁ…」
「これじゃ、警官が配備されても不思議じゃないぐらいだぜ。まあ、お抱えの警備員はいたし、中にもちゃんともぐりこませてはあるな」
「よく分かるわね、コパン」
驚いて見やるファムに、まぁな、とだけ返事。
「……だから、納得したろ。適当に見て料理でも食べて、今夜は終り」
彼が視線を上げたときには、きれいさっぱり忘れたかのように笑って見せる顔があった。
「まあいいさ。たまには、仕事以外でもシエルに付き合ってやらないとな! もの凄く見たがってたし、仕方ないよな」
「――え。いやでも、そもそもパーティーの参加はコパンが……」
何気なく最後に持たされたシエルが鋭く突っ込もうとしたところ、パーティーの華やいだ賑やかさとは違う、騒がしいだけの足音で止められる。
「? あれ、なんだろう?」
シエルは振り向いて見る。
会場を無遠慮としか思えないほど、上着をはためかせて走っている黒服の人物。その顔は、ラルジュマンに仕える執事のセルヴィスである。
「こいつは…。ただごとじゃないぞ……」
確信めいて囁くコパン。
息は荒く、表情も険しさと焦りがある。人々の間を抜け、失礼と言いながらも、速度だけは落とさない。礼節を弁えているはずの、執事たる人物がだ。
彼の目標は、やはり自分の主人だった。知り合いと話し込んでいたラルジュマンは奥のほうにいたので、駆けつけた時には人々の注目を浴び、パーティー会場は一時、彼らに釘付けとなった。
「セルヴィス! 皆様になんという失礼を! パーティーの途中だというのにお前というやつは……!」
やはり、ラルジュマンはわななきながら開口一番叱り付けた。しかしセルヴィスは頭を下げたものの、すぐに顔を上げて息を呑み、ぐっと進み出た。
「申し訳ございません。重々承知致しておりますが、しかし、火急でございます…!」
「なんだと……?」
執事の訴える迫力に押され一瞬唖然としたラルジュマンに、当のセルヴィスは素早く、そっと耳元で囁いた。
「……………が………思しき輩に……」
「…なっ! なんだとっ!? そんな……」
人々は止まっているので、間を抜けるのも容易い。ラルジュマンの目の色が変わったころには、シエル達も側に辿り着いた。
「ラルジュマンさん!」
「どうしたんだよ。何かヤバイ事があったんだよな?」
シエルもコパンも、はやガンナーの顔つきである。口調に厳しさもあり、ラルジュマンは一瞬口ごもった。
「あ…。そ、それが……」
驚きが崩れ困惑に変わると、頭を掻き毟るように抱えて、言葉を下に叩きつける。
「それが! まさか、こちらではな向こうが襲われるとは……私のオルディネールが……空賊に!」
「「っ!!!」」
三人とも硬直する。即座に飛び出していける用意が出来ていたのに――。逆に突き放されて胸を強く押され、一瞬呼吸が止まる思い。
狼狽の具合からして、かなりの衝撃的な話だとは思っていたが。驚く暇などどこにあるか。そんな余裕も許さない。思考など凍結する寸前だ。事実が重過ぎてとても、他の言葉などない。
一気に、衝動が、悲鳴が口を突き破る。
船内には――。
「――あ…アヴニールがっ!!!」
自らの翼。
シエルは初めて、空以外で冷や汗が出るほど戦慄した。
自分達のガンナーマシンはオルディネールの中に格納したまま。それがどういう意味か。この理解は絶望と隣り合わせにある。
「くそっ、俺のシュバリエ!」
「そんな…私達の機体が、持っていかれる!?」
――翼のないガンナーは飛べない。
流石のラルジュマンも、悔しさと後悔で混乱していて、取り乱している。
「なんてことだ…! まさかまさか、オルディネールのほうが狙われるとは……」
その側で、セルヴィスはそれが務めだというように報告を続けた。
「……待機していたクルーは、海に投げ出されましたが全員無事でございます。その彼らから連絡があり、ようやく気づきまして…申し訳ございません。ですが、警察には既に連絡がついております」
コパンは言葉を切らせない。
「そうだ警察! 警察はそれで!?」
「は、はい。すぐ飛行艇部隊が出動するそうなのですが、クルーの話しでは奪われたオルディネールの周囲を連中の戦闘艇が取り巻いているようで、簡単にはいかないのではないかと……」
素直に苦しい様を見せる彼に、コパンはいらつきと焦りを精一杯殺して、さらに早口で聞いた。
「ここのガンナーはなにやってんだよ!?」
答えた声は、全く逆の方向からだった。
「ダメだな。この周辺のガンナーは、ほとんどがネージュに多い貴族の名ばかりのガンナーだ。それに今の時間帯だと、我々のように夜会に出ている可能性が高い。……とても期待は出来ないな」
いつの間にか側にきていたリヴァルの声も、幾分低い。それは、彼の雰囲気に取り巻いている霧が失われているからか。
しかし、今の事態にそんな些細な変化に気づく者もおらず、コパンもちらりと見やるだけで終わった。
「ちっ、当てにできないってか。くそっ…警察の部隊だけで取り戻せるのかよ!」
「ガンナーの質は悪いが、その分、警察は優秀と言える。ただし、向かう部隊は空戦が不得手かもしれない。このあたりは大規模な海運が盛んな地域上、空賊よりは海賊のほうが多くてな」
「じゃあ、このまま……奪われてしまう可能性が高いんですか!?」
ファムも焦ってそんなことを口にした。
「……」
リヴァルは返さなかった。その限りなく肯定に近い沈黙に我慢ならず、コパンは誰に向けるでもない怒声で乱す。
「くそっ! シュバリエが、マシンがあればどんな奴らだって蹴散らしてやるのに!」
どこでも自信を常に見せている様相のコパン。それに違和感がないことこそが、彼にとって正常な状態であり、物事に対応できている状態であることを示す。そして、そこに腕利きのガンナーである姿を見ることが出来る。
しかし今は誰の目にも違う姿を映している。戸惑い、怒りに震える、ガンナーになれないガンナーの切迫した姿を。
会場に残っていた僅かばかりの囁きも、窮地を悟り自然に消えた。皆が黙り込み、気分を一層沈めていく。
誰もが、口を開くことを慎んだ中。黙り込んで顔を下げ、拳を握っていたシエルが不意に顔を上げた。
その中では目立った動きに、周囲は彼を反射的に見やって、そして目を逸らせなくなる。
口元が固く結ばれていたものの、瞳より伝わる意思は、紛うことなくガンナーのそれだったから。
「そうだ……」
シエルは自分が何に向かって顔を下げていたのか、ようやく気づいた。ショックとはいえ、あまりにも身近なそれにすぐ気づけなかったのを恥じる。
「……ラルジュマンさん! ここの戦闘艇で動けるものは、何台あるんですか!」
発言を期に、皆が声を上げ、顔を上げる。呼ばれたラルジュマンはシエルの勢いに押される形で、困惑を変えられないまま、表情を引きつらせて驚いた。
「ぇ、え!? ここの戦闘艇って……ま、まさか、展示品のことですか!?」
「そうです! 早くしないと、追いつけません!」
「あ…あぁ、ええと…手前のラインにある旧式のものは、ほぼ実機の現物ですので動くかもしれませんが……。しかし、機銃にもキーのイグニッションガンにも、何も入っていませんよ…! 取扱は厳重ですし、危険ですから…。搬入する時点で燃料ももちろん…空っぽにして……」
話しながら、自らの言葉に対し申し訳なさそうに身を縮め、声も聞こえなくなる寸前まで小さくなる。
「……」
シエルの言葉が、いよいよ止まった。
彼がぐっと歯をかみ締めて、再び面を落とそうとした刹那、リヴァルが進み出た。
「近くの兵器廠に連絡を取って、すぐに手配させればいい。知り合いがいる。動いてくれるだろう。話をつける」
「は、はあ?」
ラルジュマンと同じく唖然とする周囲には何一つ応じず、リヴァルは淡々と一方的に継げた。
「まず、装備の規格が知りたい。資料館でもあるのだから、そのデータがないはずはないだろう?」
「あっ……はい。事務所にデータの綴りがありますので、探してすぐに持って参ります…!!!」
リヴァルと視線が合った瞬間、セルヴィスが一挙にぜんまいを巻かれたように急ぎ飛び出して行った。
そしてさらに彼は、自分を見る視線のうち、まだ動かない三人へ告げる。
「今のうちに、どれに乗るか決めておくことだ。自分のマシンと同じ製造元なら、さほど操縦系統は変わらないと思うが」
直後に、ラルジュマンがさらに慌てて割り込んで、否定を繰り返した。
「――し、しかし! 洗浄はしていても、今さら実働させるつもりでは…! 皆、ほぼ無整備の状態ですよ! 動いたとしても……!」
非常に危険だと告げる人物を前に、リヴァルは非情とすら思えるほど、澄まし落ち着いたものだった。
「技師はさすがにいないが、ある程度の整備なら出来るだろう。…あなた方も、今でこそ社長だが、昔は見習いから始めたと聞き及んでいますが。…違いましたか?」
振り向かないが、言葉は後ろに。
誰の事かは、当人達が名乗り出たので、リヴァルが言うまでもなく判明した。
この場において、何故か笑い始めた人物達。苦笑いではあったが、潔く観念したような、軽快なものだった。
「あなた達は……」
シエルの中に、驚きが薄く広がっていく。
パーティーに集まった人々の中に、ほぼシエルの顔見知りはいなかったが、それでも数人ほど新聞などで情報を得て、顔を知っている人物がいた。もちろんコパンも、ファムも間違いなく知っている。
どちらも男性で、一人はがっしりと体格も良く、中年も後半に差し掛かるころ。もう一人は細めの老人で、品がある。
「ふむ…その通り」
「…懐かしいですな」
その二人は、互いにごく、ちらりと相手を見やってから語り始めた。
「ふん。当時の我が社は飛行機械の製造を手掛けたばかりの頃で混沌としていたが、新しく始める事は冒険みたいなものだから、なかなか楽しかったな。ついつい勝手に構って整備工で先輩技師にどやされたものだ。怒られたとき、スパナで殴られて気絶した事もあった。何しろ完成間近のマシンを壊してしまったのだから。あの時の先輩の形相は半端じゃなかった」
「既に、飛行機械の分野で世界に認められる地位を確立していた我が社に入ったとき、いきなり新型マシンの開発チームに回されて、右も左も分からず苦労した覚えがあります。いや、本当に悲鳴ばかり上げていましたよ。深夜までオイル塗れだったのは今でも十分思い出せますな。フフフ。久しぶりに汚れてみるのも、初心に戻れて悪くないかもしれません」
この場にいる者達は全員知っている。一人は兵器開発で邁進し、ガンナーマシンにおいても高いシェアを誇るアソシエ社の、一人は飛行機械メーカーでは古く、歴史と確かな実力を持つオルロジェ社の社長であった。
おかしげに、コパンが鼻を鳴らした。依然厳しい眼差しが消えないが、その上に不敵な彼の表情が乗っている。
「変な話になってきたもんだぜ。…へっ。いいじゃねえか」
ざわめきが広がると共に、動き出していく。
真っ先に機体選びに入る。それは落ち着くためにも都合良かった。
「……なんとも言えないマシンだな。こういうのは絶対アソシエのマシンだ。見た目から違いすぎるからな」
並ぶガンナーマシンの中でコパンが目に留めた白銀の戦闘艇は、左右に盾を取り付けたような主翼の下にさらに二つ、主翼を縮小して傾けた、魚のヒレにも似たようなものがある。全長は他の機体より少し短めで、足を折り身を竦めているような感じだ。
側の展示プレートを見ると、やはりアソシエ社のロゴ。
「とりあえず、独創的という褒め言葉ととっておこう」
後ろからついてきたアソシエの社長が、少々不満げに言う。
「なになに……アソシエ社が初めて世に送り出した超新星の戦闘艇か……。なんか、こういう売り文句のは不安だぜ」
「何を言っているのかね。痛いほどの注目を浴びた我が社の記念すべき市場参入一号機だぞ。もちろん余念はなかった」
機体の周囲を回り始めたコパンが何か言うたびに、アソシエ社の社長は唸りながら付け足した。
「それで、このマシンは?」
「……少しは書いてあるのを見たまえ。ヴィグルー。木材のほうが断然多かった当時、大半に金属を用い、デュール社をも上回る頑丈さを求めた機体だ。まあ、流石に最新のマシンと比べるわけにはいかないが。そうそう、タイプは全然違うのだが、シュバリエもこの機体から進化させたものの一つだよ」
「なるほど、翼の部分や金属で固めてあるのは似てるか。でも、こっちのほうが翼も大きいし、妙にゴツイ……。 そういえば、シュバリエは騎士で、鎧とか槍とかって聞いたことあるけど、これは?」
「こちらは騎士の鎧のみだ。フルプレートを意識したものだったからな」
ヴィグルーに試しに乗り込もうと手をかけたコパンは、吹き出しそうになって社長のほうを向いた。
「ふ、ふるぷれーとぉ? その響きは、物凄く機動性に不安を感じるぜ……」
ガチガチの鎧の塊だと言う。
コパンの乗るシュバリエは、敵陣に突っ込む勇猛果敢な騎士とその槍であり、非常に速度がでるのだが。
「そう、速度は速くない。旋回性能も高くないが、それを補うためにEXアクションとしてターンブーストがある。これでも、シュバリエと違って目立った癖はない機体だ」
「なんだ、見た目より地味で堅実なんだな。シュバリエを見たときは、他メーカーと全然違うし、目立ちたがり屋の新しい物好きって感じでさ。俺も、とにかく目立つにはいいかなって思ったんだよな」
その判断に難色を示す社長。
兵器関連の事業を行い、瞬く間に巨大企業へと変貌したアソシエ社は、時代の先取りが上手い。積極的に新しい技術を取り入れ、例が少ないにも関わらず、それを成功させる。結果、今までにない形が生まれることも多く、戦闘艇においてもそれは顕著で著しい。
「むう…。何かアソシエに対して、少し誤解をしているような……。確かに新しい優れた素材や技術は積極的に使うし、新風を巻き起こす気もあるが……」
ムムム、と唸っているアソシエの社長から少し離れたところで、落ち着いた老人の温和な笑い声があった。
「ホッホッホ。見た目は譲りますな。……いやまったく、どれもこれも…なんとも奇抜で」
「――むっ!」
最後のほうは僅かな囁きだったが、鋭くアソシエ社長の顔が横を向いた。
先にはファムが自分の乗る機体を調べている姿を見守っている、オルロジェ社の社長の姿があった。
ファムは自分のブランシェと同じ白を基調とする、複葉の戦闘艇を見ている。白い翼に双発のエンジン。変わったところは見受けられない形だが、他のガンナーマシンより僅かだが大きいようだ。
古きオルロジェ社の製品全般に言えることだが、全体的に洗練された形であり、武骨さは全くなく、木材の使用が多い。しかし、決して名前だけのものではなく、性能では間違いない安定した製品を供給しており、さらに見目麗しく、社の伝統と格式を体現する機体を造るのだ。
「オルロジェ社の機体って、白が多いですよね」
「そう。全てではないが、白は我が社の基本としておりますからな」
アソシエの社長の視線に気づいているのかいないのか、オルロジェの社長は、てきぱきと機体を確認するファムの質問のみに耳を貸している。
「リュクス……。オプションウェポンは搭載できますよね? EXアクションは?」
「記憶では、二種類…。猟犬ミサイルと、花火ミサイルだったはず。EXアクションは、バックファイア」
展示プレート見ていたファムは説明に振り返る。
「バックファイア……ですか?」
「この機体の場合はですな、後ろに発砲という意味。機銃で後方攻撃できるのですよ」
「――かなり危ないもので、通り越してしまった空賊を撃つつもりが、うっかり忘れていた後方支援の味方ガンナーを撃ってしまった…なんてエピソードがわりとありましたなぁ。はっはっは」
明らかに水を差すつもりがあるその声は、二人より横に伸びた先。にこやかに笑い声を上げているアソシエの。
「おまけに、少々普通のガンナーマシンより大きいものだから、当たりやすいなんて声もあったか」
ファムは、温和に見えるオルロジェの社長のこめかみが、ぴくりと微動したのを見た。
「なに……これ以上削るとバランスが悪くなったのですよ。性能はもちろん、形も一つ一つ、細部に至るまでこだわりがありましてな。全てにおいて最上の選択をした結果がこうなったのですよ。確かに、あなたが言われたような話も出ましたが、それ以上に好評でした。当時はもっとも高いガンナーマシンでしたが、販売台数としては貴社のそれより多かったはずですぞ。やっかみですかな?」
向いて返すオルロジェ社の社長。
「「…………」」
ピシリと、二人の間の空間が軋み、鳴ったような。
「確かに、貴族のガンナーには大好評だったらしいですなぁ。実力派のガンナーはあまり乗っていなかったとか」
「平均的な能力と、扱いやすさゆえの結果でしょうからな。一部突出した能力を備えたガンナーマシンがもてはやされた時代ですし、仕方ないかと」
笑えない笑みで、互いに譲らない。
「……。はあ、楽しいんだかな…」
口を出せないコパンとファムは置いてけぼり。
「はっはっは。……それにしても、そちらの最新マシンである、ブランシェ? EXアクションが、我が社のヴィグルーの案の発展形だと思えませんかな?」
「いえ、いえいえ……。貴社が一から五で妥協してしまっただけで、我が社は一から十まで根気良く完璧に作っただけの結果なのでは?」
しばらく収まる気配がないので、コパンはファムと呆れた視線を交わすと、今向いている方向をくるりと変えて、シエルの姿を探した。
「……お前のはそれか?」
一つ機体を挟んだだけのわりと近くで、シエルはモスグリーンの機体を背伸びしながら見ている。
一枚の翼の上にエンジン一基を積んだ、典型的なアルティザン社製のガンナーマシン。
美しさも奇抜さもない、機能を追求したがために形となる。無駄なものは一切取り除くように造られたそれに、確実で有用な機能を備えさせる。
「アルティザンだよな?」
「…うん。やっぱり、できるだけ近い機体のほうが動けるし。…急いでいるから…ね」
コパンのほうは向かずに答え、シエルはガンナーマシンに乗り込み、礼装であることも忘れて、そのまま背に登った。
カバーに半ば覆われたエンジンを、近くで食い入るように覗き込む。
「見てみると、ほんと言われた通りアルティザン社製って、ほとんど見当たらないよな。…それいけそうか? 現行機が置いてあれば、選ぶ必要もなかったのにな」
生産中のものなら探し出す必要はないということで、現行機はまだ搬入されていないようだった。だから現時点でここにあるものは、どれも古い機体ばかりだ。その中でもアルティザン社製は少なく、コパンの言う通りで、シエルの見たところ三台しかない。しかもそのうち一台は、しばらく前に見ていた模型である。もう一台は明らかに電装が怪しく、ペダルの踏み応えも引っかかりがあった。エンジンは始動するかもしれないが、実際飛ぶとなると不安になる。
そしてこれが残る三台目だった。プレートには、レーヴの名。
「……うん…これもちょっと状態が悪いかも。でも、動かしてみないと分からないかな……」
エンジンの周りは腐食が多かったようだ。どこまで進行していたか分からないが。
視線を走らせながら、シエルは無意識に――日頃の癖で、作業中アヴニールの背に乗せている工具の場所へと手を伸ばしかける。
途中で、ふいに気づいた。
「あ。そっか……」
今は状況が違うことに悄然となったとき、その迷う手に突然、金属の冷たい感触。
「…え?」
振り向くと、いつの間にかそこにいた一人の白髭も伸びた老人が、見上げながらスパナを手渡してくれていた。
「ほれ、どうした? まずはカバーを外さんとな」
笑いかける老人の顔に見覚えがある。
「あ…あなたは…!」
何だ?と、コパンが身を乗り出す。
「誰だ? アルティザン社の社長じゃないよな」
あれからずっと強張り気味だったシエルの表情が、少し弛んだ。翼の上から急いで降りる。
「――会長、来てたんですか? お久しぶりです!」
アルティザン社の会長とは数年ぶりだった。以前はリーヴに居たが、現役を退いた時、出身のネージュに帰ってしまった。それ以来。
「近いし、わしが出席することになっておってな。ただ、今日は都合で遅れてしまっての。しかしこちらも驚いた。まさかお前さんに会えるとは、思っておらんかったわい」
面白そうに笑うアルティザンの会長。驚きが多少残りながらも、同じように笑うシエル。
その二人を見やって、コパンは思った。
「なんだなんだ。結構な知り合いなんだな?」
「なに、シエルの祖父とは仕事仲間だったんじゃよ。会長と言ってもな、名ばかりじゃて。もうとうの昔に現役は退いてほとんど何もしておらんのに、なかなか辞めさせてくれん」
「なるほどな」
「うん。色々お世話になったんだ。ネージュに帰ってしまってから、そのうち会いに行こうと思ってたんですが、結局、今になっちゃって……」
申し訳ないと表情を落とすシエルに、相手は首を振った。
「評判はこちらでも聞けるようになった。それで十分じゃよ。それより…急ぐ必要があるんじゃろう? 話し足りんが、しかしそれは後にせんとな」
シエルの背中を軽く叩く。
「は、はい…!」
「わしも手伝おう。今ではきっと、シエルの腕のほうが上だが、少しは役に立てるじゃろ」
「そんな…! とんでもないです。僕が構っているのはアヴニールぐらいなんですから。会長に手伝ってもらえなかったら、飛べないかもしれない。よろしくお願いします」
頭を下げるシエルに、苦笑が返った。
「あぁ、そんなに固くるしくなるな。ほれ、じいちゃんじゃろう? じぃちゃん。わしらはみんな誰でも、お前にはじいちゃんと呼ばれておったぞ」
「う…うん。そうだったね」
言われて懐かしさが込みあがる。その間、時間は止まってくれないと知りつつも、シエルは固くなりかけた心を、ほんの暫し浸した。
仕事場。祖父の仕事仲間のみんなの顔が思い出され――はしゃぎ駆け回り、誰かからは、まだまだじいちゃんじゃない、と釘を刺されたりも。
そんな時期もあった。
そしてもう一度背中を叩かれる。さっきよりも強く。
「さあ、やるぞ! 皆も仲良くやっておる。こんな時では、不謹慎な言い方じゃがの」
周囲は、混乱が様変わりし、忙しいながら一定の方向に向かっている。人が次々と、行き来している。パーティーのときとは違い、緊張した声が飛び交う。
「うぐうっ! 指挟んだぁ!」
「無理をして大見栄を張るからそういう…ぁいたたたっ!」
機体の点検に入ったアソシエの社長、オルロジェの社長、共に仲良く指を挟む。
ガンナーの二人は、まるで世話係だ。
「大丈夫ですか!?」
「はは。世話ないぜ…。俺もやんなきゃダメだな…」
「こ、工具が悪いんだ。難しい…少々無理でもしないと開けられない…」
汗を額に掻いて入ってきたラルジュマンは、両手に工具箱を持っており、嘆いたアソシエの社長の元へ駆け寄った。
「うーん。もっと別の工具はないのかね? アソシエの製品はかなり独自化があるから…………んんっ、特別な工具があればなっ、簡単なんだがっ!」
ギャンと、耳障りで嫌な音を立てて、シートの背の部分が倒れる。
「それ以外はないんですよ。無理ですよ。博物館であって、整備工場じゃないですから!」
それらのやり取りを横目で見ているものだから、
「壊しそうな勢いですな。もっと丁寧に扱えないのか……」
ファムは申し訳なく社長に指摘した。
「あの、ライトの向きが変な方向に……」
「…おお!」
周囲はたまに外れながらも、確かに同調している。騒ぎに輪を掛けている様子もあるが、そこにいる誰もが協力的で、最初の沈黙とは対照的に動き、声をかけ、何より諦める者はいなかった。
できるという、気。やる気に満ちていた。夢中の事ではあるが、オルディネールを、空賊をまだまだ追いかけられる気概がそこにある。
「みんな……頑張ってる」
シエルは俄然、いつもの調子が戻ってきたことを知った。ガンナーとして飛べる。いや、飛ぶのだ。
ここのガンナーマシンを使えないか?と思った時は、悲壮の上、苦し紛れに押し出した考えだったが、今は違う。飛ばなくてはならないのではなく、アヴニールでなくとも飛べる事に触れる。やっと確信できた。必ず取り戻す、と。
「遅くなり申し訳ございません!」
充足した直後、出て行ったきりのセルヴィスが戻ってきた。何か厚みのあるものを振って、大声を張り上げる。
「――武装の規格情報のファイル持って参りました! 皆様が選ばれたマシンをお教え下さい! 今、兵器廠に連絡がついたそうです!」
その後ろから、バタバタと、とにかく止まっていないラルジュマンも再び姿を現す。
「機体を搬出する準備出来ましたから! すぐに搬入口を開けます!」
今も、次々と開いていく手ごたえ。
シエルはレーヴに向かった。
「よし…!」
<あとがき>
「なんか、礼装ってやっぱり落ち着かないなぁ。窮屈な気がするし……」
シエルって、一生のうち三分の一はあの赤い服で終わりそうな、ことはないと思うけど(苦笑)
19世紀の産業革命の頃のパーティーの服装ってどんなのか知らないのでそういえばちょっと困った。お約束ブラックタイネタが使いたかっただけの流れ(笑)
ウィッグをつけてまとめた髪、艶やかな袖のないワインレッドのロングドレス。
結局、ファムのドレスはメルヴィーユのパーティーの時と同じ色になってしまった(苦笑)
専用BBSがあった頃から色々悩んでいたのですがね(爆)。ネックもラインも変わらん……。
まぁこういう小説の場合(どういう…)そんなにドレスの説明をする必要はないでしょう(苦笑)
「いや。あー、確かに似合ってる……」
コパンって、女の子が好き以前に惚れっぽいところもありそうな、気がしたこの頃。
「奇遇だな。誰かと思えば……」
やっぱり出てきた人。もちろん、初めから出すつもりでしたとも…。
でもこの人難しいんだなぁ。私が書くと、目立つし出番が多いし(苦笑)
「カフスを見てみろ」
しつこい(苦笑)。私の書く文章って、元々くどいところが多いですが……。
「あ〜。なんでパーティーだってのに、シエルと展示物巡りしてるんだ、俺……」
最初はパーティーについては多少書くつもりだったけど、何もなくなっちゃった(苦笑)
そういうの書きたいのと違うし。ダンスとか、誰と誰で組ませるか困る。少なくとも私は……。
長くなるのをおさえるためでもあったのですよ……。
「お前は俺を何だと思ってんだ。まったく」
まったく。まったく。まったくー。どうしてうちのコパンは「まったく」が多いのだ(汗)
「私もシエルもナンパ野郎なんて思ってないわよ。安心して」
でもそれに近いことを思っている、かもしれない……(笑)
「ハイソ? ハイソなんだ?」
私もしらなかった、ハイソな方々ばかりだったんだ…!(汗)
パーティー好きなコパンがシエル達といる理由を、無理やりここで作りました(笑)
「そんな…私達の機体が、持っていかれる!?」
昔の事なのではっきり覚えてませんがこれと飛行機械博物館というのと、リーヴ以外でたまには…というのと、リヴァルさんがくっついてこの話が出来たんだと思われ……。順番も思い出せず。
「このあたりは大規模な海運が盛んな地域上、空賊よりは海賊のほうが多くてな」
そもそもネージュ(南部)が海に面しているかも不明なので困った(苦笑)。
いやでも色々考えてのことですよ。工業都市だから、燃料もいっぱい使うでしょうし、やっぱりそれはタンカーよ! 製品の輸出も大量に積めてコストが低いのは船よ(…たぶん)! でも本当は都合により(汗)
「技師はさすがにいないが、ある程度の整備なら出来るだろう。…あなた方も、今でこそ社長だが、昔は見習いから始めたと聞き及んでいますが。…違いましたか?」
現実ではこれ、かなり厳しいね(苦笑)。中小企業ならこういうことはありますが、大企業はねぇ。
経営者は初めから経営者というか、仕事が違うからねぇ。エリートでさぁ。
まぁ…昔っぽい時代だから!ということで……。
ヴィグルー
vigoureuxと書きます。確か……(苦笑)。力強い。激しい。頑健。とからしいでふ……。
意味のわりに地味で凄くない…。というかなんか地味になった(汗)
私が書いている説明で分かるはずもありませんが(爆)、太めなので特にかっこ悪いです(笑)
リュクス
luxeです。ありがちげ…。贅沢。
オルロジェって、白好きそうだなぁと思って白にしましたが、コパンの方が銀なので色がちょっと…ねぇ。冴えない。
ガンナーマシンで一番困ったのは、EXアクションですよ。ネーミングはともかく……運良く?ACやってたもので「あ、使えそう〜」と思ったものをひっぱってきた。ここで書いても分からないと思われますが。
レーヴ
reveです。とってもありがち、他の人も使ってそう(苦笑)。夢ッスね……。
やはりこういう意味のはアルティザンー。というか。
書き忘れてたけど、オルディネールって、ordinaireです。普通の。平常の。平凡な、ありふれた。という意味のようです。
……オルロジェ社で一番安い、豪華客船ということでつけました(苦笑)。それでも、これがオルロジェ社にとって普通なんだ!という謙遜してない大自慢でもあります……。
アルティザン社の会長
何故か名前がでない人(苦笑)。つけようと思ったけどやめた。他の社長も……。社長はともかく、会長が厳しい! 役職的にも……。
じいちゃん
じっちゃんだとちょっと個人的に違うキャラを思い出してダメだった……。
アソシエの社長、オルロジェの社長、共に仲良く指を挟む。
この人たちはなぜか書いてる途中でこんなにも仲が悪くなりました、おとなげなく(苦笑)
なんか中途半端なところで切らざるをえなくなったりして。続く…。
風邪で頭が微妙なときに最後の見直ししたので、やっぱり直ってないかもね…。
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