とんだパーティー 〜飛行機械博物館竣工祝賀会事件〜 | 3

 月の姿がない夜の川辺に、多くの明かり。それに囲まれている三機のガンナーマシンは、既に博物館の外に出されていた。博物館と博物館を繋ぐ橋の下――緩やかに流れる水路に、すぐにでも着水できる状態にセッティング。
 博物館は元々、ちょっとした演出のため、当初から新型や旧式の飛行艇が発着するアトラクションを盛り込む予定にあり、そこに移るのは素早く行えた。
 時間の経過は、あれから一時間半を回り、そろそろ二時間に近くなっていた。三十分前までは燃料の注入、弾丸の装填にオプションウェポンの搭載と慌しかったが、作業はもう最終段階。しきりに口を動かしていた時は終わっており、黙々と進んでいくだけだった。
 そして、
「「いくぞ…!」」
 一人だけの声ではなかった。イグニッションガンに指を添えた二人、そして見守る面々がそこに揃う。
 期待と望み――。注ぎ込む指が、引かれる。
 息を潜めた間の静寂を震わせ、ついにエンジンの音がうるさく、今はとても頼もしく唸りをあげた。ファムの選んだリュクス、僅差でコパンの選んだヴィグルーが、己が健在であるコンディションを示す。
「動いたわ!」
「……よし、飛べそうだな! かなり不安だったが、ひとまずこれなら大丈夫か」
 しばし聞き入った後の歓喜の中に、落ち着いた溜息。緊張が切れたことで、忘れていた疲れの重みがかかったのだ。
 互いに顔を合わせた、二人の社長の表情が弛んだ。
「ふう…。どっと疲れましたな」
「は…ハハハ。やればなんとかできるものだな……なにしろ久しぶりで、不安だったが」
「今頃言わないでくれよ……。まあ、しっかり動いてるからいいけどさ」
 言いながら、コパンはまだエンジンの鳴っていない一台を見やる。
 博物館の中から走ってきたシエルがレーヴに飛び乗り、別の一台から外してきたらしい部品をアルティザンの会長に渡した。
「動くかしら……」
 向こうの作業はまだ続いている。自分が乗るマシンよりも、今は気になることだった。ファムも心配そうに見つめている。
「シエルと場数を踏んだアルティザンのご隠居だぜ。きっと大丈夫さ」
 一連の様子を、また別の一人が見ていた。
 僅か瞳を閉じ。彼は自らの時計を見て、背後から必死に走ってくるセルヴィスに振り向かないまま声を掛けた。
 一人がまだだが、リミットは残り僅か。これ以上は待てない判断だった。
「二時間前たな。オルディネールが奪われてからの時間は、およそ二時間半か。相手は?」
「は、はいっ」
 リヴァルに問われて、セルヴィスはその場に停止した。同時に、視線を一身に受ける。
 言いたくないことだが、言わなければならない。セルヴィスは一つ息を吸い、吐く。
「……空賊は今も海上を、警察の部隊と応戦しながら逃げているようです。賊には増援があったらしく、警察の旗色が悪いようで、オルディネールの速度が上がっているとのこと。警察もさらに、西部警察へ増援を要請したそうですが……」
「それじゃあ間に合わねえよ! 俺達が行くまで、空賊の位置を見失うなよ……!」
 願掛けのようにコパンが唸る。
 返答はやはり悪い。分かっていたからこそ、彼は集中が乱れないよう作業が終わるまで待ち、状況については触れなかったし、触れさせなかった。
 リヴァルは残る一人のほうをもう一度ちらりと見たが、それからセルヴィスに向き直る。
「こちらからガンナーが出るから、警察部隊にはオルディネールを極力進ませないよう、とにかく妨害して欲しいと伝えてくれ」
「かしこまりました!」
 セルヴィスは翻り、きたとき以上の速度で戻っていく。それが余波となって、苛立ちと焦りがとたんに速度を増していく。
 コパンとファムは身体が動くままに、飛び立つ準備を始めた。
「あー! このマシン遅いって、どれだけ速度がでるんだ!?」
「時速計算だと600キロぐらいだ。だが、最高速度まで出してはいかん。長らく飛んでいなかった機体だ。途中で壊れてしまったら、それこそおしまいになる」
「じゃあ、どれだけ試運転すればいいんですか? 私達には時間がありません……!」
「うむむ。最低三十分……いや、二十分は待たないと、非常に不安ですな。いいですか。飛ぶことはできるが、無理ができない機体であることを忘れてはいけない」
 二人は途中、逸る気持ちを両社長に抑えるよう言われ、口を噤む。それが出来たのは、彼らよりも一層不安を募らせていながら、ただ一心に作業を続けるシエルの姿があるからだ。
 仲間として彼を真っ先に飛ばしてやりたいが、時は一秒でも惜しい。これはガンナーの仕事であり、誇りでもあること。自分達の機体だけの話ではない。感情を優先させるわけにはいかないこと。自分だけしか飛べなくとも、一機だけだとしても、飛びたてるのならば発たなくてはならない。それはシエルも望むこと。
 だから、ファムは迷わず告げた。
「……出ます!」
「オーケー…俺も行ける!」
 コパンも揃えて、もう一度シエルを見やる。
 その時、彼は自分を心配そうに見る二人に向かって頷いて――起動キーであるイグニッションガンを、機体に差し込んだ。
「……」
 迷わない。無心で、シエルは一息にトリガを引く。
 止まったわけではない間。走り抜けた緊迫感。
 極度に静まり返って、しかしそのたった一瞬だった。揃った皆の気持ちに応えるように、レーヴのエンジンもまた、激しい音を鳴らし眠りから目覚めた。
「おお! 思った以上に元気そうじゃ! これならきっと大丈夫じゃよ」
 あちらこちらが汚れているアルティザンの会長が、満面の笑みを見せる。
 そうさせたエンジンの音は安定して継続し、止まる気配はない。周囲も再び沸いた。
 周囲の大勢に負けることなく、シエルもようやく、湧き上がる熱い興奮と感情を実感した。
「やった……!」
 振動を心地よく思う。疲労も喜びもごちゃ混ぜに溢れかえって、自身も震えた。
「やった!!!」
 飛び上がりそうなのを、すぐに操縦桿を握ることで押さえる。そして昂る気持ちも押さえ込む。
 シエルは目を閉じて、息を吸い、吐いた。
「よし……」
 振動に感情に、そのまま身を委ねてはいられない。何度も心の中に言い聞かせて。
 待たせたねと、合図を二人へ――笑う。
「ああ、行こうぜ! 逃がしてたまるかよ!」
「ええ。追い付いて、一泡吹かせてあげないとね!」
 笑い返したのを皮切りに、コパンもファムも自分の行動に素早く移った。
 そして、機体を水路に移し、いよいよというところでラルジュマンが慌てて走ってくる。ぐっと息を飲み込んで、口の中を噛み締め、胸の前で拳を握って。
「みなさん! 気をつけて下さい。あの、それとお願いですから……その、機体はできるだけ壊さないで下さいっ!」
 表情も声も隠すことなく、泣きが入っているのが苦笑を誘った。
「心配するなって。この天才ガンナーコパンに任せときな。でもオルディネールのほうは状況によるぜ。たぶん撃つけど、怒らないでくれよ!」
 コパンは考えることもなく即答する。それはいつものガンナーの彼であるから、今はとても頼もしいのだ。テンションを上げてくれる。
 ファムは分かっていながら、少々挑発的に言ってみた。
「言うじゃない、コパン。いつものシュバリエじゃないのよ?」
「へっ。シュバリエじゃないって事がハンデになるかよ。天才はマシンじゃない。この俺、ガンナーさ」
「ふふふ。負けないわよ。私、けっこう色々な機体に乗ったことがあるし、いつも以上に戦ってみせるわ」
 二人が先に盛り上がっているので、シエルも乗って主張する。これも彼らの準備だった。
「僕を忘れてもらったら困るよ、二人とも。機体の起動は最後になっちゃったけど、オルディネール奪還は絶対に譲らないからね! 悪いけど、僕が決めるよ!」
 互いにやり合うのが、自分達のやり方。これをもって開始とした。
「大きくでたな。後でマシンが違うとか、服が礼服だから上手くいかなかったとか言うなよ?」
「望むところよ。みんな普段より不利なんだから、後は実力で言ってね」
 こうすると、恐れも不安も薄らいで、代わりにやる気と力が広がってくる。皆同じ。
「よーーし! 行くよ!」
 シエルの宣言。そうして、三人の機体が一際大きく唸る。水路の暗い水面を白く掻き立てて、三機は飛沫を散らしながら夜の空に飛び立つ。
 橋の上から見守っていたパーティーの出席者が、彼らを歓声で送り出した。

 晴れているが月がないゆえに暗く、すぐに三機とも星に紛れて見えなくなってしまったその空を見据えながら、リヴァルは呟いた。
「行ったか……」
 側でラルジュマンは気を揉んでいた。三人の身も心配であるし、三機も心配。オルディネールも心配、その中の機体も心配――。心配で心配で心配で心配で。
「あぁ…しかし、心配ですな……。シエルさん達がいくら一流なガンナーでも、不慣れな、しかも動くのがやっとの古い機体で本当に大丈夫なのか……あぁ、穴が開いたりして直せるのやら……。皆さん無事に帰ってきて下さいよ!」
 後は待つだけとなった、ざわめきも消え行く集団の一角に、再び慌しく飛び込んだのはセルヴィスだった。
「あ……! そうか、皆様もう向かわれたのですね……」
 自分もこれで、急ぐ必要もなく待機組になったのかと思えば足も緩み、セルヴィスは走るのを止めて、リヴァルとラルジュマンの側に付く。
 声を掛けたのは、リヴァルだけだった。
「先ほど発ったばかりだ。それで、警察と空賊の状況は? 通信は?」
 セルヴィスは後姿を見ながら、ようやく相手に対して疑問を思う。今更気づいたが、騒ぎに自ら突っ込みたがる人物とは思わなかったからだ。
 しかし、だからといって態度を変える必要もなく、ただ少しだけ見方を改めるに留めた。疑問を感じて、どうなる相手ではない、と。
「はい。警察のほうが依然……劣勢です。増援が遅れており、状況は刻一刻と、やはり悪くなっているようです。ガンナーが着くまで、持ちこたえるとの返事はもらいましたが……」
 今度は返事がなかった。それに黙りこんだのは一人だけではなく、そこから言葉が失せて沈黙となる。
 何か、することはないのだろうか? 言葉が絶えるのは何も出来ないようで居心地悪く、セルヴィスはそこで何となく、ひとり言のつもりで意見を述べてみた。
「……しかし、なかなか計画的と思われる賊ですね。行き当たりばったりの行動ではありません。たまたま停泊していたオルディネールを奪っていくには手際が良すぎます。クルーの話しでは、人数が多く役割も決まっていたようですし、事前に情報を入手して狙っていたのでしょうね……。もしかしたら、この辺りのガンナーの質が悪いのも、警察部隊が空賊に慣れていないのも知った上での犯行では……」
「うむ…。用意周到な賊のようだ。さらに犯行時の時間帯や、付近が郊外であることも計算に入れてオルディネールを狙ったとしか思えない。その可能性は高い」
 同じ事を考えていたのか、リヴァルの相槌は早かった。
「しかし、そうだとすれば……」
 呟きも半ば、リヴァルはくるりと方向を変えて足早に歩き出す。
「リヴァル様?」
 佇んでいるだけの周囲を残して、その場から出て行く。

「……そんなこたぁいい! それより首尾はどうなってやがる…ウスノロどもが! なにぃ? 心配しなくてももう少しだぁ? バカが、おせーんだよ!」
 薄暗い一室だった。騒ぎのあった大展示ホールから離れた、電話機があるだけの部屋だ。最後に余った部分であり、最初に用途がはっきりと決められず、警備員用の仮眠室にする予定の、今誰も用事があるはずもない部屋。
 まず怒鳴ったが、それでも声を潜めているつもりだ。
「空戦に慣れてない警察相手に、なぁにチンタラやってやがる! 遊んでられるほどヒマはねえぞ!? さっさと落として撒きやがれ…! いいか…状況が変わった。さっきガンナーが三人出やがったんだ。だが、ネージュの腰抜け連中じゃねえぞ? やり手が多いリーヴのガンナーだ。やつら、ふざけた事にこっちにあった旧式のポンコツに乗って出やがったんだよ。だから追いつかれるまでに終わらせろ。幸い連中は、最高速までスピードを出すなと釘を刺されてるからな、ざっと計算しても、そっちに着くまでにおそらく一時間ぐらいかかるはずだ。それと、警察のほうも増援部隊が出るらしい。……分かったか? とにかくごたつく前に早く終らせろ。豪華客船が多少痛んでもかまねえ。派手にやって一気に決着を…」
「……どさくさにまぎれて、一体どこに連絡をしている?」
 誰も近づくはずがないと思われた場所。それは双方思っていた事だ。
 割って入った声に、電話を掛けていた男は酷く跳ね上がって電話を切った。
「…チッ!? でかい声出しすぎちまったか!」
 構えて入り口側を見やったが、そこに居る人物を見やって、にたりと笑う。
「へっ…へへっ。なんだよ、貴族の若様じゃねえか」
 見た目で分かる。それが一体どこの誰かは知らないが、品の良さを感じる姿と礼装で、今日のパーティーに出席した貴族だと踏む。しかも、一人だけ。
 男は内心ほくそえんで歩みだす。現れた相手は退く反応を見せたが、もうその時には素早く近づいて腰元の警棒を抜き、細いと思った腕を掴んだ。
「オラ、おとなしくしな! いてえ目に遭いたくなかったら……っつ?」
 捕まえてしまえば後は楽だ。そう思って相手の顔を見ようと思ったが、何故かその姿はゆるりと回った気がした。腕を掴んだつもりが、掴れており、気配は背後。
 何が起こったか解らず、首を捻ろうとしたところ、急激に腕に強い力が掛かった。
「ぉお? ……ギャアアア!!! い、いてえぇえ!!! いてえぇ!!!」
 動こうとした男は悲鳴を撒き散らす。解らないまま突然腕を捻り上げられた痛みだったから、押さえようもなくうるさかった。
「――何事だ!? なっ。り、リヴァル様?」
 泣き声に、後から捜し歩いていたセルヴィスが気づいて駆けつけ、驚いた。
 一回りも体格が違う警備員の服装の男を、貴族で紳士たる人物のリヴァルが乱れもなく押さえているのだから。
「内通者……潜り込んでいた賊だな。向こうと連絡を取っていた」
 相手はセルヴィスの驚きも、押さえている男の悲鳴もあまり気にしていないようだった。淡々と言って聞かせる。
「ち…ぢぐしょぉ……」
 男は、涙をこぼす。セルヴィスは何故か同情してしまったが、すぐに状況を理解した。
「警備員として潜り込んでいたのですか……。クッ、身元は調べたはずなのに、チェックが甘かったのか……」
 まざまざと二人を見る。状況が状況なだけに、気づかれないと思って連絡を取っていた空賊を、手際の良さに不審を抱いたリヴァルが、どこかに内通者がいると睨んだ結果、探し当てたという訳か。
 実に気だるそうな様子だった。
 考えながらぼんやりとリヴァルを見ていたが、セルヴィスは疑問を抱き、薄々感付いてきた今にようやく、相手が知っていた像ではない事に気づく。
 今まで見ていた相手は、時間の流れが違うような雰囲気の人物であり、そこに何も見ることはできなかったが。
 ――そうではない。漠然とだかはっきり確信した瞬間、思わず慄いて、少し戸惑った程だ。
 感じ取ったのか、セルヴィスに瞳が向けられる。はっと息を飲んで、何を見ているのか、見透かしているのかと思ったが、やはりリヴァルは気にも留めるつもりがないらしかった。
 捕まえた空賊を歩かせて、近づいてくる。
「シエル達が着くまで持つか怪しい……。君、こいつの身柄を警察に渡してくれ」
「くっそぉ! …ひっ、いでえ! いてぇよぉぉぉ……」
 空賊は暴れようとしたがまた締め上げられて、弱まった悲鳴を上げる。そして腕を放されたとたん、座り込んだ。
 放置するわけにもいかず、セルヴィスは空賊の傷めつけられた腕を取る。
「おとなしくしろ!」
「ひィッ! い、いってぇっ! もうそこは止めてくれよぉ……」
 セルヴィスが空賊に少しだけ気を取られた間、いつの間に現れたのか、背の高い眼鏡を掛けた付き人らしき男がリヴァルの側にいて、会釈をしてきた。
 それから二言三言交わした後、リヴァルが踵を返す。
 慌ててセルヴィスは問いかけた。今声を掛けなければ、そのままどこかへ行ってしまうと思われたから。
「あ…あの……! リヴァル様、どちらへ…」
「……用事が出来てしまった。大変申し訳無いが、私は先に失礼する。ラルジュマン殿に伝え願いたい」
 振り向いたリヴァルは、今まで見てきた相手だった。そこに不審な点は全くない。
「あ…は、はい。承知致しました」
 付き人の男が再度会釈し、彼らはそこから去っていく。
 狐につままれた気分でセルヴィスは取り残され、二人が姿を消した後もしばらく、ぼんやりしていた。

 違う風。シエルとコパンは北のネージュの空を飛ぶのは初めてだ。アソシエやリーヴとは異なる、乾いた冷たい空気を突き進むのは、肌を常に叩かれるような飛行だった。さらに闇夜。暖かみは一切ない暗さに、空気は一段と冷えて感じられる。
「…さむっ! やっぱり、結構冷えるよな。格好も格好だしな……」
「ネージュの空……。確かに寒いね」
「気を引き締めるにはいいわよ。ネージュはこれからもっと寒くなるんだから」
 ファムの言葉に、コパンは首を振る。
「寒いのは苦手だぜ…。ま、そんなことは言ってられないけどな! やっと海だ……。しかし蒸気霧かよ。嫌な出迎えだな」
 彼らはようやく陸地から海へと移るところだった。視界が変わるので、寒さを余計に覚えてしまったのもある。眼下の海原は真っ黒、空も黒く、散りばめられた星のアクセント程度では明かりをもたらさない。さらにそこには霧が立ち込めていたので、彼らは高度を少し上げた。
 勢いよく出てきたが、現状の暗さは変えようがない。それが前に広がっているようで、嫌な気分にさせられる。
 そのまま流されないように、コパンは話題を変えた。確認することもある。
「今、何分経った? 空賊はずっと真っ直ぐ逃げてるって話だったが、方向こっちでいいんだろうな?」
「大体、十分過ぎたぐらいだよ。南西と聞いたけど、正確じゃないだろうね。変わっているかもしれない。警察の部隊に直接通信してみよう。妨害されているかもしれないから、この通信機で繋がるか分からないけど……。ダメなら警察の本部に聞いてもらうしかないね」
 シエルが通信機を操作する間、コパンはぼやく。
「あー…。遅い。まだしばらくこの低速かよ……。分かってたけど、これじゃあ熱が冷めちまうぜ」
 数年は飛んでいなかったかもしれない、起きたばかりのガンナーマシンをいきなりかっ飛ばす訳にはいかず、最低速度近くで慣らしながら飛んでいる。苛立ってもどうにもならないのだが、ここまでくるとそれを押さえるのは難しい。慣らしを終えたとしても、出せるのはせいぜい最大速度の四分の三だ。自分達の機体のスピードでいえば、半分程度しか出せない。
「気をつけてね。飛ばしたいのは分かるけど……」
 声を掛けたファムも、葛藤は分かる。自分を含める三人とも、等しく思っていることだ。
 今はどうしても考えすぎたら下がってしまう。コパンは軽く返した。
「分かってるって。空中で突然止まったり、バラバラにでもなったら困るからな」
 それで沈黙。
 しばらくそのまま飛び続けるが、再び苛立ちの小波が迫ってきたところで、ようやくシエルの音声が届く。唸り声だったが。
「……だめだ。やっぱり繋がらな……あれ?」
 繋がらないと思えば、呼び出しのコール。単純に繋がったかと一瞬思ったが、シエルはそれを即否定した。ただの予感だったが、胸中が曇る。
「繋がった? いや……」
『聞こえるか? 私だ』
 三人にはクリアに聞こえた。音質の悪い古い通信機からの声。しかし確かに知った声は。
「リヴァル……」
 シエルは息を飲む。声を聞いてからじんわりと、分かってきた。
 相手は用件のみで応える。
『会場の警備員に扮して賊が紛れ込み、仲間に連絡をしていた。お前達が向かった事を知った連中は、何か行動を起こすかもしれん。できるかぎり急ぐんだな』
 その声には心配も気遣いもなく、頼まれた伝言のようにあっさりとしている。
 口では伝えているが、その心はここにない。そして見ているのは、自分達ではないだろう。
 ざわざわと、コパンにも予感が広がった。
「なんかその話し方……あんた、まさか……」
『さっき出たところだ。ククク…既に抜かしたからな、お前達より早く着くぞ』
 相手もまたこの空を飛んでいる。笑みを浮かべて。あの、不気味な影を思わせる黒い機体で。空賊を狩りに行くのか、不法のガンナーが。
 躊躇したが、ファムは尋ねる。
「……いいんですか? 向こうには警察も…」
 返答は意に介さぬもので、短かった。
『この闇夜では捉えられん』
「けっ、物好きだぜ……」
 目の前にいるわけではないが、コパンは視線を少し逸らして吐き捨てた。もちろん相手はそれに反応を示さなかったが。
「リヴァル」
 シエルが呼びかけると、どこかの空から彼の喜悦が見えた気がした。相手は掛けられる言葉は望まないだろう。
『今のところ方向はあっている。だが、スピードが出せず時間がかかる以上、目標へのルートのズレが僅かでも、放置すれば大きなロスを生む。逐一連絡を取るんだな。私が辿りついたら、先に発光信号弾を出してやろう』
 それを聞き、コパンは笑ってみせた。
「なんだ、あんたでも一人じゃ不安か?」
『フ…。あまりグズグズしないことだ。お前達は気が気でないだろうが、私には関係のないことだからな。暇つぶしにもならないくだらない相手では、さっさと終えてしまうぞ』
「う…待て! 俺達の怒りのはけ口はどうなるんだ! お呼びじゃないのに、勝手にでしゃばるな!」
 コパンは通信機に噛み付きそうな勢いだが、ガチャリと切れた音。ささやかなノイズのみ続く向こうにわなないて、自らも通信機の受話器を置く。
「あいつ…俺達を抜いたって言いやがったが、どこを飛んでやがるんだ。上か…!? ライトもつけてないな? クソ、あいつに全部持っていかれるのだけはゴメンだぜ」
 声が終り、沈黙になろうとした最中、シエルは操縦桿を握りなおした。
 時計をわざわざ確認するまでもない。
「もう、試運転は終りだね。今は一刻も早く着きたい。僕はネージュ南部警察にかけるから、二人は通信機で飛行艇部隊への連絡を試して欲しい」
 二人も操縦桿を改めて握り、力を込める。
「分かった」
「間に合って……」
 三機は少しずつスピードを上げる。いまだ星空しか見えない視界の先へ、ガンナーマシンをただ走らせる。

 飛び立ってから、そろそろ十五分になるかと感じ始めた頃、彼の目には幾つもの、星とは違う瞬きが見えるようになった。
「あと、五、六分程度か…」
 距離、速度、時間でそんな目測をつけながら、あまり使わない通信機を操作する。
『…………ら、グラーヴ! ガンナーと増援部隊の到着、まだか!? もう…くそ! 奴らに遊ばれている!』
『こちら、ネージュ南部警察本部! ガンナーとは直接連絡がついており、そちらに向かっているのは確認しております。しかし彼らも事情があり、スピードは出せない状態とのこと。増援部隊についても西部への出撃要請通りました。こちらも向かっています。どうか、もうしばらくがんばって下さい!』
 傍受した内容は警察のやり取りで、かなり切羽詰った様子か。
 それ以上聞き入るつもりもなく、リヴァルはさらにダイヤルを操作した。
『……ギャ…ハハ! 一機また撃墜したぜ! ほんと、こいつら空戦はからきしだなぁ! あ〜ぁ。俺達が遊んでやってるだけで終わっちまうぞ、おい? 別に急がなくてもいいんじゃねぇかぁ? いくらガンナーがこようが、その前に片付いちまうって』
『……てめぇはバカだのアホだのクソだの、耳んなか突っ込まれた俺様の気持ちが分かるかぁ? さっさと片付けりゃぁ、グダグダ言われねぇんだよ。あれから何分経ったと思ってんだ? もう遊んでる暇はねえ。ぱっぱと片付けてずらかるぞ! そうすりゃ、後は俺達の知ったことじゃねぇしな……。かったるいことは早く終わらせて、のんびりさせろよな!』
 ノイズは彼の耳にとって無音と等しいものだが、無意味に大きく品のなさを露呈する騒音には流石に不快感がある。ある程度聞いたところで、興味のない内容に通信機を止めた。
「警察相手には一方的のようだが、さて、私を楽しませる連中か……」
 出てきたからには、どちらかだ。目的が何であろうと、自分が楽しめるか、否か。戦いを楽しむことが望むことであり、目的については作業に過ぎない。
「クク……行くとするか」
 始める前の、軽い痺れのような感覚。
 白い大きな影、四機ばかりの黄色の機体、揃えるつもりもないらしいその他戦闘艇が十機以上。視界に入った。
 リヴァルのガンナーマシン、ファントゥームは、火花を散らしながら最大速力で上昇した。

 無言で前方を凝視し、徐々に冷たさを増す空気を裂いて進む中、シエルはハッとした。
 何かが掠ったように、見えた気がしたのだ。その通りに、星とは違う一つの光が突然、夜の中で強く瞬いた。
「あれは……信号弾! でも、まだ遠い!」
 向かう方向はほぼ合っていたが、信号弾が見えた位置は高くなく、水平線に近かった。自分達の飛んでいる高度と今の速度から考えれば、数分程度の距離ではない。
 舌打ちが聞こえる。
「もうあいつは追い付いたってことか!? あとどれくらいかかるんだよ! 終わってから追い付いたんじゃ、笑いもんだぜ!」
「もどかしいわね……」
 一気にスロットルペダルを踏み、エンジンを全開にしたいところだが、それが出来ないのが非常に悔しい。焦っても距離は近くならないが、心中穏やかにいられない。
「それでも、近づいてる! これなら……」
 シエルは逸る気持ちを落ち着けることも兼ねて、状況と考えを巡らせ、再度通信機を操作した。
「もしもし! 飛行艇部隊、聞こえますか? こちら、そちらに向かっているガンナーです。応答して下さい!」
 警察の飛行艇部隊の番号は聞いている。今なら繋がるかもしれないと思った。
『…っ…ガ…』
 手ごたえ。コパンとファムにも通信を繋ぐ。切羽詰った声が、三人に届いた。
『…ちら、ネージュ市南部警察、飛行艇部隊のグラーヴ! ガンナーか!? すまない。我々は既に危機的状況下にある! 早く援護にきてくれ!』
「すみません、まだ……」
 すぐ行きます、という言葉を飲み込んで対応しようとしたところ、相手の息をのむ感覚が、耳から肌に届いた。
 突如、プッツリと通信が切れる。
 面白くなさそうに、コパンが呟いた。
「あいつだな……」

 悪寒だった。上からの背筋が凍るプレッシャー。振り仰ぐのを躊躇ったその先に、闇夜よりも暗い影が、獰猛な牙を剥く様を見る。
 ネージュ市南部警察の警部補、飛行艇部隊を率いるグラーヴは、自らの身が固まり、動くことも叶わず、それを見送るのをはっきり自覚した。
「ウ…………っつ…!!!」
 聞こえるはずもない悲鳴が届く。または、自分の悲鳴だったのかもしれない。二機の戦闘艇が突然、冗談のように弾けたのだから。
 そして、ぼんやりと落ちていく戦闘艇を眺めている間に、別の一機が同じ運命を辿った。それが再開のスイッチとなる。
「なっ、な、なんですか!? あれはガンナー!?」
 部下の警察官の悲鳴。
 黒い影はまさしく黒い戦闘艇だった。こちらより上空の後方からライトの点灯も無しに迫ってきて、いきなり空賊に襲い掛かった。しかし奇襲とはいえ、あまりのあっけなさ。機銃の攻撃だけで易々と三機を撃墜するなど、聞いたこともない。凄まじい威力だ。操縦技術においても、その不気味な存在に関わらずなんと華麗に猛々しく、魅せるのか。
 あっというまに群れた空賊と豪華客船の間をすり抜け、旋回する。挑発だろう、一機ながら。
 ――何から何まで違うあの存在は。
「違う……」
「え? 何がですか?」
 思わず呟いた事だったが、疑問の声には、別に返した。
「いや…先ほど私が話したガンナーとは違う……。一体あのガンナーは……」
 グラーヴが何とかして黒い戦闘艇を捉えようと瞳を凝らすと、別の警察官の声が割り込んできた。
「警部捕。一応、通信を試みましたが……黒い機体の相手機、一向に応答ありません……。どうしますか?」
 あるはずがないだろうと、聞きながら思う。今まで見たことはなかったが、確信に近い考えが、彼の頭の中で既に組まれていた。
 超一流の腕前ながらどこにも登録がなく、しかしどこかで暗躍している裏のガンナーが存在する。囁かれてはいるが実際に遭遇した話はほとんどなく、違法行為でも請け負う事があるというが、その現場を押さえた者がいないため、警察もほとんど関わった事がない相手だ。
「もしかすると…あれが噂のガンナーかもしれんな……。何を考えているのか分からないが、襲ってこないところをみると、こちらをどうこうするつもりはないのだろう……」
 おそらく、そんな馬鹿な真似はしまい。無差別な相手ならば、とうの昔に逮捕命令が出て追っているか、何らかの被害報告があるはず。
 冷や汗の冷たさが、今は良かったのかもしれない。考えているうちに、もがけることに気がつく。
 不安がないわけではないが――。相手の思惑が何であれ、今はチャンスであり、利用しなくてはならない。
「全機に通達する! 空賊が乱れているうちは、こちらもできるだけ攻撃! そのうちリーヴのガンナーも西部の部隊も到着するはずだ! 我々はそれまで絶対に持ちこたえなければならない。やるぞ!」

「…何だ!?」
 気づいたときには、仲間の三機が落とされていた。分からないまま、想像を絶するような、とんでもない事が起こっている。
「たぶんガンナーだ! 速い…クソ、黒い機体に乗ってやがるぞ! しかもライトすらつけてねえ…! あんなスピードでぶつからねえのか!?」
 自分達の戦闘艇のライトに掠っても、機体は黒い。真っ黒いまま迫ってくる影に、空賊は怯えて声を荒らげた。
「なんだよもう着いたのかよ!? まだ掛かるんじゃなかったのか!? 連絡があってから一時間も経ってねえぞ!」
「…そういえば、さっきちらりとなんか光った気がしたな……。ありゃあ…もしかして信号弾か……」
「クソ野郎が! そういう事は早く言え! この…!」
「――やめろ!」
 熱くなってもどんなに口汚く罵ってもどうにもならない。恐れと怒りで、それでも怒鳴り散らさずにはいられない。
「チッ…どいつもこいつもふざけやがって! もうちょっとで終わるってぇのに! しかも、警察連中まで調子づいてるじゃねえか!!!」
「俺が知るかよ……! だいたい、ガンナーは一人だとは言わなかったぜ…もしかして違うガンナーじゃねえのか! ――っはぁ!?」
 通信機から悲鳴と轟音が届くのは、もはや恐怖にしかならなかった。また仲間のうちの一機が、落ちたに他ならないから。
 言い合っているのがいかに現実的ではないか、空賊達もようやく理解した。
「動きが並のガンナーじゃねえな…。奴から目ぇ逸らすなよ! 機銃の威力も半端じゃねえ! 絶対油断すんじゃねえぞ! 集中してると一気にやられる。 こっちは散って、奴を集中攻撃だ!」
 奪った豪華客船の側でやや固まっていた空賊達は、互いの距離を開きつつスピードを上げた。背筋に走る冷たい予感と本能のまま、黒いファントゥーム一機のみを狙う。
「…げぇ!」
 しかし、やっと統制と連携を取り戻した空賊の攻撃でも、黒い影の動きを妨げることすらできなかった。振り回されて乱れ、また一機、また一機とその数を減らしていく。

「くだらん……」
 数えもせず適当に空賊の相手をしていたリヴァルは、合間に時計を取り出した。
「……ザコとまではいかないが、やはり脆いな」
 時刻を確認してから、空賊ではなく、彼方の空の瞬きを見やって呟いた。
「……くだらんが、まぁ、もう少しだけ付き合ってやるか」

 黒い戦闘艇に光が点る。今になってライトを点けたのだろう。それの意味するところを、空賊たちは少し交えただけで十分味わい、知っていた。
 自分たちが警察の飛行部隊にしたように、遊んでいるのだ。ハンデのつもり。
「うぐっ…なんて野郎だっ…!」
 震えはそれだけではなく、さらに予感を呼び起こす。
 ……実際のところは遊び以前に、あまりにも退屈で退屈で、少しでも退屈しのぎにならないかと点灯したのではあるまいか。
「クソ…このクソ野郎…!」
 光めがけて機銃を撃ち込んでも、まるで手ごたえがない。その姿は幻で、実体がないのか。
「化物がぁ!」
 空賊は乾いた口腔の奥で吼え、何度か間違える危うい手つきにいらつきながら、通信機を操作する。
「おい! おいコラ! 飛行船側応答しろ! そっちからも武器で狙え! デッキは危ないだぁ!? っざけんなぁ!!! …ぁあ!?窓なんざ叩き割っていい! とにかく何でもいい! …もうくる!? んなこたぁわかってるんだよ! こっちは一秒後でもわからねえんだ!!! いいから早く奴を狙え! 気を逸らせ! 何かしやがれ!!!」

 ふと気づけば、オルディネールからも銃器の炎が瞬いている。
「無駄なことをする……」
 どうなろうと実にくだらない。話にならない。彼が下した以上。
「所詮はその程度のレベルか……」
 退屈な時をさらに憂鬱に変えられて、リヴァルは冷めてくるのが分かった。やがて一気に片付けてしまおうかと考え始めていたが、飢えが彼に鋭く気づかせる。
「あれは」
 上空に、幾つもの光が点る。かなりの数だった。しかもそのうちの一つは大きい。
「クククククッ。なんだ、まだいたのか」
 なるほど、これからか…とつぶやき、逆の方向を向く。
 時間だった。彼の口元に一際強い笑みが浮かぶ。
 輝きを増した光は三つ。
「揃ったな……」


4へ続く


<あとがき>


別の一台から外してきたらしい部品をアルティザンの会長に渡した。
いけませんねー。こういうことをすると後で外したことを忘れるのです。

貴族で紳士たる人物のリヴァルが乱れもなく押さえているのだから。
ボディーガードをぞろぞろとつれて歩くイメージもなく、彼自身がそれなりに強いとは思われ。
ぼっちゃんのくせに。
まぁ……ファントゥームに乗れる人だしね(苦笑)

背の高い眼鏡を掛けた付き人らしき男
背の高い人。受話器持ってるあの人…。
一番信頼を寄せられているスチュワードは、リヴァルが出かける時は必ず留守番役にさせられると思われるので、ここらへん(笑)が付いて行くのではないかと思っております。

結構冷えるよな。格好も格好だしな……
礼装にドレスで飛んでるわけですが、なんか笑える……。

出せるのはせいぜい最大速度の四分の三だ。
コパンのヴィグルー基準で。自分達の機体の半分程度しか出せないとは書きましたが
実際はもうちょっとでてます。だって、コパンのシュバリエとシエルのアヴニール違うもん…。
ちなみに高度やら速度やらの計算は一応して、時間や見える距離なんぞも出してみましたが
おおまかだったのでズレてそう。でも分かるような書き方はしてない大丈夫(苦笑)

『聞こえるか? 私だ』
もちろん彼を飛ばすつもりでいましたとも……。いいところばっかりとって困る。
ちなみにシエル達が20分近く掛かって飛んだ距離を、彼は3分未満で追い抜かしてます(笑)

ネージュ南部警察
ネージュは都会な分、犯罪も多そうなので、警察も北、東、南、西で分けてありそうだなという感じで。

グラーヴ
この人の意味なんだったか忘れた。ちなみにラルジュマンもセルヴィスも忘れた……。
既に意味とは似ても似つかない人になっている可能性大(笑)

今回特にあまり書くことなかったかも……。
いや、リヴァル活躍しすぎだけど……。思った以上に出てしまいましたし
ちょっと良い人になってしまった。まぁ仲良くなったということか、うん……(汗)
あと、分割しすぎかな…こんなに細切れにしたの初めてだよ……。
また中途半端なところで切らざるをえなくなったりして、最後に続きます。

戻る